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私の中の私と向き合う https://blog.goo.ne.jp/hana0724

乳がん再発、双極性障害と夢遊病、首下がり症と腰分離すべり症、膝痛、起立性調節障害を抱えながらも、前向きに一生懸命生きています😃自分の病気治すために日々奮闘しています。ブログでは、日々の生活や気づいたことな書いています(^^♪

まりあ
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2023/09/30

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  • 左脳さん、右脳さん。

    私が今、ハマっているのは、「左脳さん、右脳さん。」でベストセラーになったネドじゅんさんです。普通の主婦が、ある日突然、思考が消えて完全マインドフルネス状態になったというお話です。つまり、頭の中をグルグル回っているひとりごとの思考が消えてなくなったそうです。いわゆる「悟り」とか、「覚醒」「意識の目覚め」なんて呼ばれている状態です。すごくないですか?私も、頭の中をグルグル回っている思考が消えたら、どんなに楽かと思っていたところです。8月27日(火)に、もう介護問題・実家処理問題にどうにもならなくなって、お手上げでした。そして、6月から3か月続いている「うつ状態」にもどうにもならなくなって、限界まで来ていて、ある意味サレンダー(降伏)でした。その日から前から気になっていた「今ココ呼吸」始めました。始めてまだ4日...左脳さん、右脳さん。

  • 自分が生まれたことに、ありがとう

    私は、物心ついたと時に、母に「パパと別れようと思ったら、まりあちゃんがお腹にできた」聞かされていた。子ども心にショックで、ものすごい傷ついて「私は生まれてきてはいけない子だった」「生まれてこなければよかった」と思っていた。「この世から消えてしまいたい」と何度も思ってきた。でもそれは小さな子どもだったら、自分の力が弱かった。でも大人になって、カウンセリングやセッションで助かる得る方法ができるようになった。このブログでも、読んでくれたり、応援してくれる仲間もできた。私1人ぼっちではないこともわかっできた。まだまだ思えないけれど、こんな自分でも、自分が生まれてきたことに「ありがとう」を言えるようになりたいと思うこの頃だ。私が心の底から「生まれてきたことにありがとう」言えたら人生変わってくると思う。自分が生まれたことに、ありがとう

  • 呼吸と瞑想の会②

  • 横浜金沢花火大会

    これは、私の主人が撮った「横浜金沢花火大会」の写真です^^私が撮ったスマホの写真とは、段違い平行棒?です。夏の風物詩、花火楽しんでいただけると嬉しいです♪下は、私がバルコニーから撮ったスマホの写真です^^これが精一杯!!笑笑横浜金沢花火大会

  • フラワーエッセンス( ^ω^)・・・

    私は、これでも細々と自分なりにマイペースで続けている勉強・学習がある。それは「コンパッション」「シーターヒーリング」そして「フラワーエッセンス」などがある。「フラワーエッセンス」は、18年前に出会って、休み休み勉強・学習していた。今年は、フラワーエッセンスのスクール「シャンドゥルール」で「花療法士」と「花音セラピスト」のオンライン講座を受けていて、資格を取得するつもりでいた。ところが、父の介護問題、実家処理問題とこじれにこじれて、精神的・身体的ダメージが大きくて、断念して来年に振り替えてもらうようにお願いした。バッチレメディ38種類、私の宝物である。シャンドゥルールのオリジナル、「和のエッセンス」とスプレーとても楽しみにしていたけど、中断は苦渋の決断だ。私は、今、実家や家族に接触することで、今と昔の自分の...フラワーエッセンス(^ω^)・・・

  • 父 特養入所拒否

    最近の出来事で、一番私がダメージを受けているのが、父が特養入所拒否したことである。3か月前に、父は腰の圧迫骨折で入院して、2か月前から「退院したら特養に入りたい。」と周りの人に言っていた。そして、私は色々と横浜の特養に、問い合わせ、申し込みセンターで相談、見学、面談とあれこれ動いていた。兄も私も、父の希望に沿うように、2人とも横浜在住なので、横浜の特養に呼ぶ形になっていた。兄と、横浜の特養に見学、面談して、入所できそうなところを押さえていた。8月に入って、本格的に話を父にすすめたところ、「入所する」と言ったり、「入所しない」と言ったり、毎日揺れ動いていた。その発言でどうするのか、こちらも一喜一憂している毎日で、ひやひやだった。14日に父が「もう一晩考えさせてくれ」と言うので、私電話して話をしたが、「俺が一...父特養入所拒否

  • アダルトチルドレン(AC)

    旅行やものすごいトラブルあって、せっかくコメントいただいていたのに、中断してしまってごめんなさい。今日は、「アダルトチルドレン(AC)」について書きたいです。「アダルトチルドレン」とは、心理学用語で、機能不全な家族で育った人のことを言います。たとえば、精神的・身体的・性的虐待があったり、両親または片親がいなかったり、アルコール依存症など嗜癖のある親の元で育ったりなど、色々な人がいるのですが、何らかの機能不全の家庭で育った問題のある人たちのことを言います。私は、精神的・身体的虐待があったので、まぎれもなく「アダルトチルドレン」です。この言葉は、もうかなり古くて最近は「毒親」とも言われたりしています。私は、今はもうないけれど、専門の麻布十番にある「さいとうクリニック」や「IFF相談室」のもかかっていた時期があ...アダルトチルドレン(AC)

  • 私が何で病気になったのか②

    「なぜ私が病気になったのか①」で、私が何で精神的病になったのか、そのからくりが見えてきて、正直に書いてみた。精神的病は、30年かなり良くはなっているが、今だに精神科に通い、精神薬飲んではいる。私は、48才の時、両胸乳がんでステージ2で、両胸部分摘出の手術になり、リンパも悪性で取っている。最初、がんと言われた時1人で聞いて、本当にショックで、ガーン、ガーンときて、しばらく立ち直れなかった。でもその後に、何故だか嬉しい気持ちが出て来た。精神的病はとてもわかりにわかってもらえなくて、「病気のうちに入らない」と、義母に言われたり、両親も全く理解してくれなくて、私は途方に暮れていた。がんならみんな誰もが知っている病気で、精神的病はみんなわかってくれなかったけど、それでとても苦しい思いしてきたけと、今度はわかってもら...私が何で病気になったのか②

  • なぜ私が病気になったのか①

    私は、シーターヒーリングを「基礎」「応用」「ディッグデーバー」のセミナーをこの1年間で、8日間学んだ。その中で、私がなぜ30歳でうつ病になって約20年苦しみ、この10年は双極性障害に苦しんできたか、段々とわかったこときたことがある。私の母は、精神的病でわたしを本当には受け入れたり、愛することができなかった。(でも、本当の魂のお母さんは私を愛していたと思う)私は、物心ついた頃から母に拒絶されていて、とても傷ついたし、悲しかったし、淋しかった。子供の頃、台所で私は母のそばで勉強していたら、母が洗い物でお茶碗を落とし割れた。そしたら、私のせいにして「まりあのせいでお茶碗が割れた。」と怒られた。何度もあった。お買い物に一緒に行って、母が財布をなくしたら、「まりあが着いてきたから財布がなくなった。」と怒られた。日常...なぜ私が病気になったのか①

  • 「私に生まれてきてよかった「」と心から思える本

    この本の中で、今の私にぴったりくるページがあった。「私の心を開放し、自由にしてくれる言葉」*嫌なことは断ってもいい*甘えてもいい*人から嫌われてもいい*人と比べなくていい*弱い自分を見せてもいい、ダメな自分でもいい*人に助けをもとめてもいい*前に進もうとしなくていい*完璧にならなくてもいい*楽しいことを優先していい*今の瞬間、幸せになっていい*もっと自分を好きになっていい*ありのままに、生きたいよう生きていい*私はただいるだけで、愛される価値がある*何をしなくても、私は変わらず、すばらしい*大丈夫!結局すべては、うまくいく!どの言葉も、今の私にはしっくり来ていて、「モーニングメソッド」のアファメーションの時間、これを何度も言ってます。どれもホントにすばらしくて、感動しています。私は、今は前半の言葉より後半...「私に生まれてきてよかった「」と心から思える本

  • 本気で関わる人

    私は、いつもいつも温かいコメントいただいているそらさんに、私に本気で関わってくれているなと心から感謝している。実の家族に「死ね!」と言われた経験と苦しみをわかっていただけていることに、シェアで来てることで、私は本当に救われている。私に本気で関わってくれた人で、最近よく思い出されるのが、私が40歳の時11か月半精神科の病院に入院した時の主治医の先生、矢花先生を思い出すようになってきた。私が病棟から走って逃げようとした時、矢花先生は本気で走って追いかけて止めてくれたり、私が外出して自助グループに出かけたとき、矢花先生は私を心配して、夜の9時半まで残業して、私の帰りを待ってくれていたり、「薬ください」と看護婦さんに私が絡んで困らせたのに、矢花先生は閉鎖病棟行のところ責任取ってくれたり、週2回認知行動療法してくれ...本気で関わる人

  • 自己肯定感

    ご存知の通り、私はものすごい自己肯定感が低い。(笑)私は、母親に「死ね。お前なんか一生恨んでやる。」父親には、「死ねしかないな。オーム真理教にでも入ってしまえ。」と言われたトラウマは、いまだもって感情、感覚麻痺している。やはり、「私は愛されない」「私はありのままでは愛されない」「私はダメなんだ」「私は生きていてはいけない」など、思いっきり自己否定が強く、自己肯定感も低かった。それで、その思い込みが強くて、「私は愛されないんだ」「私はありのままではいけないんだ」「私はダメなんだ」「私は生きていてはいけないんだ」という現実を無意識に引き寄せていた。そうでしょう?そうでしょう?と、次々と起こっていた。自分の強い思い込みから来ていることに気づいていなかった。このブログで「死ねという言葉①②」書いてみてそのことがド...自己肯定感

  • 負の連鎖

    私の心の闇を綴って申し訳ないが、そらさんのコメントで、私は勇気をもらって、書いてみようと思う。私は子供がいない。子供を産む選択をしなかった。私は30歳に、アダルトチルドレンの本で「親から虐待された人が自分の子供に同じように虐待してしまう。」という記事を読んだ。その時、私は激しい身体的、精神的虐待を両親から受けて育ったので、私も子供を持ったら同じことしてしまうのかもしれないと思ってしまった。代々続く負の連鎖を私の代で終わらせなくてはいけないと思って、子どもを持たないと心に誓ってしまった。とても恐ろしかったのである。それと私も主人も精神科にかかっており、主治医の先生に「今飲んでいるお薬で、奇形児の生まれる可能性もある。」(そんな恐ろしい薬出すのか?)と言われていた。生まれてきた子が奇形児だったらと考えたらとて...負の連鎖

  • 「死ね!」と言う言葉②

    「死ね」と言う言葉①で、私の両親に、私が「死ね」と言われたことがあるエピソードはお話しした。母親には、高2の時、「死ね。お前なんか一生恨んでやる。」父親には30才のうつ病で入院している時に、「死ぬしかないな。オーム真理教にでも入ってしまえ。」と、真面目に真顔で言われたことがある。母親は、病気だったと今は思う。父親は、私がずっと後になって聞いたら「口が悪かった。」と言っていた。私に至らない点があったとしても、どんな理由があろうとも、子どもに、人に「死ね!」と言ってはいけないことだと私は思う。その影響で私はその後、保健室登校になったり、うつ病を繰り返していた。自分が親に「死ね!」と言われたことは、あまりにもショッキングで誰にも言えなかった。先生にも、友達にも、主治医にも、家族にも、カウンセラーにも言えなかった...「死ね!」と言う言葉②

  • 自分を守る^ ^

    明日は、父の退院だが、私は午前中に行く予定、明後日から泊まる予定だったが、体調崩しているので、思い切って断った。兄が対応してくれるので、私が行かなくても何とかなると思う。今は自分、家庭を守らなくてはいけない。父の特養もインシュリン可、看取り可のところを、横浜の特養申し込みセンターまで、先週1人で相談に行ったが、待機者が多くてすぐに入れらところはなかった。あちこち電話してみたが、対応できるところもなかった。私の自宅近くで、良さそうな特養あったが、待機者200人で2年待ちで私の力ではどうにもならなくて、あきらめらしかなかった。父の特養入所は、看取りのできない施設しか今は入れない。兄が、様子を見ると言ったので、申し込み保留にしている。でも、そこしか特養は入れないのにぐずぐずしていたら、入れ損ねるかもしれまい。父...自分を守る^^

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