あるようでない自分の意志を探しだせば無限の旅に出るような気がしはじめる人の声に左右されどうにもまっすぐ歩けないそんな時は風を呼び風に耳を澄ますそうすれば自然と足が前に出て闇の中から抜け出ることができるもとより人は自然であり風も同じく自然である風は友雨は父である正しいものを教わりたければ人ではなく自然に聴くのがよろしかろう友は風
バタバタと過ぎ行く夏の終わりを肌で感じつつ大袈裟なことは特になくただ穏やかな朝が続く日々。思い返す時間が少しだけ訪れたなら、幼かった日の思い出を歩いてみたくなり、生まれた町へ車を走らせた。そこそこ遠いので高速道路を走り田舎のインターで下りて暫く山間の道を走る。みんなとは違って追われるように出て行ったふるさとは年をとってもどこか後ろめたい気がする。何も人を傷つけたわけではないのに、小さな町への郷愁の中にが今もなお心のささくれを残している。記憶は勝手なもので、その全てを美化しようとするが、心はそうはいかない。泣きながら町を出た少年は、今もなお泣きながら生きている。ただ、気持ちを抱きしめるすべを見つける事だけを人生の中で習得し、心の詩を謡い笑うことを母として歩んできた。今はただただ穏やかなり。何も足さず何も引か...ただ穏やかなり
人は生きていれば夢を見てそれを目標にして日々追いかける。今現在の世界のトップに君臨する人たちが求めるのは宇宙である。宇宙を支配するものが地球を支配するみたいなことなのだろうか。凡人が宇宙の広さとかを考えた時、無限の彼方とかいくつもの星系の集まりとか、M78星雲とか・・・そんなもんである。ただ、地球を支配してどうする・・宇宙に行ってどうする・・そう思うから一般人なのだろうが、どうせなら宇宙を支配する夢をもつべきかもしれない。SF映画でもよくあるがでかい隕石一つ壊すのも世界最大の核爆弾でも破壊できないレベルの大宇宙を支配することは、不可能か否か。物質的には難しくても心では可能である。「はい、宇宙支配しました~~」と思えば済む事。アホな考えなのかどうなのか誰にもわからない。なぜなら、最初はみんなそんな誰も予測も...宇宙止まり
夜の食事を抜いた夜、腹が減るのを我慢して眠った。すると夢の中で、チーズバーガー祭りが始まっていた。とろけるチーズがあふれ出すチーズバーガーに溺れながら泳ぐアホなじじい。ポテトの林をフォークを振りかざしながら、突き進むアホな武士。それでも空腹はおさまらない、なぜか、食ってないからだ。仕方なく起きて冷蔵庫を探したが、それらしきものはなかった。朝用のバナナを片手にさっきの夢に出てきた風景を描いてみた。夜が明けて、建築屋のおやじとマックで待ち合わせして、新しいホテルのデザインを見せた。「面白い」ということで夢のホテルを完成させた。予約の電話が鳴りやまぬ、地域ナンバーワンのホテルとなった。「あはははは。笑いがとまらんな~」と言い合ったところで目が覚めた。いつから建築デザイナーになったのか・・・それすら意味不明である...ハングリードリーム
自分の持ち時間は大体決まっているし、それ以上は使いきれもしない。何をするにしてもそうである。歯磨きを1時間することはできないし、頭を洗うのも30分も洗えない。まあ。できるとすればお得意なお勉強か世界中のドングリのせいくらべのゲームくらいである。できればその日の優先順位に従って時間の配分を変えたいが変えると頭が体が副反応を起こしてしまう。それはきっとその人の持ち時間全部と関係しているのだと思う。そう残り時間に対しての配分である。歳を取るのは仕方ないが、少しでも幸せを噛み締めれるように感じれるように、無駄な時間を省きたい。では、どうすればどう考えればいいのか、そんな事、たまには考えてみてください。時に抗う
時代が世知辛くなると人の力が大事になってくる。時と場合では命に係わる事案もある。そうなると強い絆が生死を分ける事となる。絶対絶命の時にふっと現れる人がいる。いつも、知らない人ばかりである。親戚に助けられることは少ない。いや、ない。もとより付き合いがないのである。では、なぜ知らない人が危機に現れるのだろうか?多分、知らない人たちを私を育てた人たちが助けたのだろう。そうたくさんいるはずもないが、それでも10人いれば十分である。一年に一回危機が来ても10年で10人いれば助かる。どうせ、大した人生でもないのだから、みんな、1年に1人くらい救うことを心がければ、自分の大切な人たちを救う絆を紡ぐ努力はしたいものであります。紡ぎだされる絆
夏のほてりはまだ癒えそうもないけれど季節が変わっていくのは感じられる熱い思いも少しづつ翳りつつ依然の自分を思い出せるようになる捨ててきた記憶を拾い集め本当と今の自分を照らし合わせてこれから生きやすい道を探すようになる夏の魔法は日の陰りと比例してその熱さも次第に溶けてなくなっていく翳りつつ
ぜんぎょうほうべんと読みます。あの手この手を使って、人を善の道に導くという意味です。善い行いをすると気持ちが良いものです。悪い行いはしたことがないのでわかりませんが・・・。ですから、身近な人に良い行いを勧めてそれを行動に移された時の気持ちを鑑みるだけで、心がすっーとするものです。教育もそうです、善い行いだけを教えればよい。おかしな教えをするからおかしな世界が蔓延するのです。いや~~世の中そんなあまいものじゃね~~よ~~と言われますが、どれほどの苦労を知ってそういわれるのか理解に苦しみます。この世の苦は四苦八苦であります。生苦(生まれる苦しみ)老苦(老いる苦しみ)病苦(病の苦しみ)死苦(死ぬ苦しみ)愛別離苦(あいべつりく:愛するものととの別れによる苦しみ)怨憎会苦(おんぞうえく:恨み憎しみを感じる人と会わな...善巧方便
信号待ちで歩行者道路を見ていると、小学生の男の子が側溝にはまっているのを見かけた。「これ、行くべきだよな」と車を停めてハザードつけて走っていった。「お~い、大丈夫か?」と声をかけると「はい、でも猫が」というので「ん?猫」と言いながら側溝の奥を覗くと子猫が3匹捨てられていた。「君、どいてごらん、おじさんいやおじいさんいやおに~さんが助けるから」と言いながら、側溝の奥に手を伸ばしたが届かない。「これ蓋を取らないと無理だね~」と少年に言うと泣きそうな顔をしている。ので、「僕はここで見張っていてね」と言いながら信号待ちをする強そうな人たちを巻き込み「すいません、ちと手伝ってもらえませんか?」と頼んだ。田舎なので「どうしました?」「いやちと猫が?」というとすぐ人が集まった。ものの何分かで猫救出終了した。皆さんにお礼...リフレインショット
例えば誰かにハメられて世間から後ろ指を差されても、僕は最後まで君を守る。真実がどうであれ関係ない。出逢ったときの約束に期限はない。昔、新聞に叩かれてまるで犯罪者扱いされた人がいたが、その時も同じことを言ったし実行した。真実は昔と今では判断が違う、例えば子供にげんこつしたら100パーセントした方が悪い。どんな悲惨な真実があってもである。そんな時代が始まろうとしてた矢先の事だった。誰かを守るためには自分を捨ててかからなければ守れない。そんな時はあっさりと自分を捨てることができるのは子供のころからの得意技である。だから、時代がどう変わろうと自分だけは変わらない生き方をしていきたい。なぜなら、自分しかいないからである、大事な人たちにとって。最後の一人
人の美意識が変わっていくこの時代を模索して新しいスターを必死で探している業界がある。神話が崩壊してテレビもネットも見なくなる世代が出てくる。今、手紙がまた流行っている。そうポストマンの時代である。荒廃した世界で人々の希望を再開させてくれた手紙、電気やエネルギーが壊れた世界で、結局残るのは人力でしかない事を忘れないようにしなければ、これからの世界を生き抜くのは容易ではない。一日で世界は変わる時代が、風の時代である。想定内の知恵は無意味で、想像を絶する出来事が起こりうる。その手でその足でその口でさて生き残れるのかを試す必要がある、自分の気持ちや状況をちゃんと伝えることが自分の文字でできるだろうか。君の家には鉛筆一本残っているだろうか、何かに偏り過ぎてはいないだろうか、これからのスターは夢の世界でなく意外と現実...過ぎ行く時代
いつのことやら定かでないが、小さな女の子と約束をしたことがある。同じ花の種を二人で別々に育てて、花が咲いたら見せ合うという約束。その頃の僕は結構忙しくて、買ってきた鉢に公園の土を入れ、そこに花の種を置いただけで、ベランダの隅に置いておいた。水をやるのも忘れて、彼女との約束も忘れて。一年くらいが過ぎた頃アパートの大家さんが、一階から声をかけてきた。「綺麗な花ね~、その花は珍しいんだよね~~、咲いているのを初めてみたよ~~」と驚いていた様子だった。僕は「花?」と思ったがその瞬間胸が頭ががーーーんとなった。「あの子との約束・・・」「忘れてた」のである。その時の花は今も庭に咲いている。そして、約束事をするたびにその花を見ながら「忘れない花」と独り言のように口にする。その時の天使?さてさて、それはご想像にお任せする...天使との約束
どんな時にでも微笑みを持てば心は少しだけ軽くなる。それは思い切り笑った時の口元の感触を脳が記憶しているからなのだろうか。学者ではないからわからないが、とにかく無理してでも笑うと胸のつかえが少し軽くなる。明日、明後日、と続けてみることにしよう。夏が終わるまでには、熱い残照を体から心から消し去るために。きっと、寒すぎる季節が来る前に。何度でも
いつもいつでも優しかった人は本当はいないのです。そんな幸せな話しがあるわけないじゃないですか。もし、あるとすれば貴方が優しさに飢えていただけの事です。いつもいつも哀しい世界で生きていたからそんな甘い罠に引っかかってしまったんですよ。口では何とでも言えるんですから。そんな話をたくさんしてきましたね。でも、本当は貴方は嘘でもよかったのかもしれませんね、一瞬でも微笑むことができれば、騙された振りも涙も構わなかったのかもしれません。それに気づかない僕の方が愚か者で子供だったのかもしれません。いつの間にか、笑える時間が嘘でも持てる事が楽しかったのかもしれません。それの繰り返しで時間を過ごすことの方が、貴方が泣かせない分、僕も心が楽だったのかもしれませんね。いつの間にか、逃げ出そうとしていたのは・・・。いつの間にか
本当に心が綺麗な子は言葉が素敵で、覚えたての日本語もそこらじゅうの現地人よりずっと澄んでいた。きっと母国で愛語だけしか教えてなかったのだろう。確かに「ありがとうございます」で充分なのである。いつか誰かに教えたことがある。「ありがとう」は君を守る武器になる。それ以外は、なんの意味もない言葉である。と。遠くから来た少女
穏やかな日差しの風が優しく感じる日に、なだらかな丘を小走りに駆け下りると、微かに風を切る音が聴こえてくる。そうすると気持ちがいい。生きていると感じる。さらにもう一度丘に登りながら、ある言葉を口ごもりながらスタート位置につく。「僕は生きている」「楽しいぞ~」と叫びながら同じ丘を下る。すると言葉が風に切られて、耳で共鳴する。ビビッと震えながら伝わる。なんでもないそんな事が、たまにはみんな必要な気がする。余計なお世話だけど。風を切る
こうも暑いとラピュタに行って巨神兵を何体か貸してもらいたいものです。もちろん草刈り要員です。戦う機能はいらないので、小鳥を肩に乗せたままでいいので草刈り機を担いでもらってチャッチャ~とやってもらえばすぐ終わるはずです。どっちかというとラピュタに行く方が大変ですが。まあ、そんな妄想をしながら草を見つめております。もう少し寒くなってから~~とか日が落ちてから~と言ってるうちに家が草に埋もれてしまいますので、まじで来年までには巨神兵を作ろうと思います。多分、中に入るのは‥僕でしょうけど・・。巨神兵のように
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あるようでない自分の意志を探しだせば無限の旅に出るような気がしはじめる人の声に左右されどうにもまっすぐ歩けないそんな時は風を呼び風に耳を澄ますそうすれば自然と足が前に出て闇の中から抜け出ることができるもとより人は自然であり風も同じく自然である風は友雨は父である正しいものを教わりたければ人ではなく自然に聴くのがよろしかろう友は風
AIの進歩でなくなる仕事も増えるだろうけれど、それ以上に経営者のエゴで優秀な社員を失う事の方が増えている。これからホワイトカラーの仕事は減りブルーカラーの仕事が増えるのは確実であるのに、経営を知らない雇われ社長などがいる会社や施設はどんどんなくなっていくだろう。私利私欲では社会貢献は出来ないし、やる気もないのだろうが、こんなにSNSが発達した時代にまだ昭和初期の経営体系がいつまでもまかり通るはずがない。誰かの一言ですべてが変わるこの時代、最終的に残るのはやはり、社会貢献を軸とする経営体系であることは間違いない。自分の会社の粗探しをしている役員がいるような会社は結局は世間の粗探しの餌食となる。真面目にかなうものはやはりどこにもないのである。無くなる会社
規則的な仕事の人たちが街の雑踏に戻る事となるそうして何もなかったように普段の日々が始まる形だけでも休みを謳歌したような気持になりたいみんなであるがそうそう暢気でもいられない今度の連休まで頑張る人もいれば会社辞めたい人も出てくる何のための休日なのか何のための仕事なのかそれをゆっくり考えるのが本当は黄金の連休なのだけれど終わってから悩む人がその殆どである休日を満喫する
日々自分にとって耳障りの良い言葉を色んなところで探すそれ以外の事は目にも耳にも入れないそんな生き方もしばらくはいいただ、そればかりでは何かが物足りなくなるやはり人は人に愛されたいのであるでも愛され方がわからない時それを忘れた時は誰かや何かを愛する事から始めたらいいそうすることで耳障りの世界も気にならなくなっていく言葉探し
準備運動の足りなさからか、ふくらはぎが肉離れを起こしてしまった。普通なら冷やすのだが、できるだけ血行を良くした方がいいと聞きそのままボウリングをしたら、次の日結構腫れているではないかい。それも昭和生まれ育ちの体育会系なので、庭の除草作業を頑張った結果、ずいぶんと歩きやすくなった。根性で治るはずもないが、神経がマヒしているのかもしれないと思ったが、痛くなけりゃそれが完治と言うのだろうという事にした。やはり昭和の人間はおかしいのかも・・・いや、私だけでしょう、おほほほほ。肉離れ
行った先でケンカするくらいなら家でゆっくりしとけばいいのにそう思う人も多いし実際そんな家族やカップルをたくさん見かける遠いところは何も車でなくてもいける。今流行りのバーチャルリアリティーを使えば、観たこともない素晴らしい世界が観れる。酔うかと思ったが意外と酔わないものだ。まあ、五感を騙す方法と言えばそれだけであるが、ケンカするよりはいいかもしれない。旅行したつもりで、買えない金額でもないし。ただ、ゴーグル外したら連休が終わってたというのも、なんか嫌な感じではあるけれど。目をつむって体休めていい夢見れば、それもまた良し。晴れた庭にビニールチェアを置いて鶯の歌を鑑賞するのは、尚更いい。連休
ここから先へは一歩も行かせない。それがディフェンダーの仕事である。重装備の心と体で守り抜くことを常としどんな力にも対応していく。そんなロボットあなたは持っていますか?これからは必要になりますよ、冷蔵庫の前に是非、購入を検討してください。私?要りませんよ、自分がディフェンダーですから。ディフェンダー
ようやくストライクを連発することができるようになった。元々は野球でピッチャーやっていたのでコントロールはいい方である。ただ、人生のストライクって言うのは中々うまく続かない。このお話のストライクはボウリングの事である。ボウリングの場合はピンとピンがぶつかり合って寝ているピンをたたき起こさないとストライクにはならないものです。あはは。ストライク
自己保身に走る人は遠回しな言葉で人にわかってもらおうとするけれど、他人はわかっていてもメンドクサイので相手にしなくなる。人から嫌われたくないならはっきり口にした方がいい事の方が多い。忖度はお互いに壁を作るだけである。昔からファン心理がないのでデリカシーに欠けるけれど、たまには「1,2,3、ダァー」でいいと思う。口ごもっていてはな~んにも伝わりませぬ。遠回しな言葉で
最近は習う事もなくなった心ない言葉。大事なものだが窮屈だから消されていく心ある言葉。努力しない者が力あるものに勝てたような錯覚に陥る世界になってきて、苦労を避ける話ばかりが育てていくシステムの未来は暗い。嫌な事の後にしか楽しい事はないのは犬でもわかっているのに。心ない言葉
人は影を失うと生きていけない影は太陽に照らされている時だけ映るものではない。見えないだけで暗闇にも影は映る。影の正体を知らないまま生きていると、いつか自分が誰かの影になる。人影
人から当てにされない事である。人を当てにしているとそのうち当てにされない事となる。「空」とは嘘の世界ではない。空しさとは
もともと魚だった人間はそのうち足が生えてきたことであまり泳げなくなっただから水が嫌いになった雨の日の記憶は大体暗いものが多いでもよく考えたら雨の記憶はいつも繊細で静かなものが多い池の水面を踊るあめんぼうイヤホンから流れてくる音楽に合わせて泳いでいるように見える心地よいけれどイヤホン外して聴こえる雨音の方がその踊りとシンクロしているように見えるのは人の水の記憶のせいなのかもしれないあめんぼう
毎日必ず一回はやってくる人との出会いたとえば君と出かける時君に何かを伝える物語が起きる「ほらね、優しいでしょみんな」とか「ほら、叫んでるでしょみんな」とか。いろんな人の赤裸々な思いが伝わるような出来事が起きるそれはすべて、頑張る君を励ますストーリー、心を広く持てばどんなことさえ、その謎が解けてくるでしょう。ワンストーリー
練習の成果を発揮する舞台を設定しよう。圧倒的な力をみなさんにお見せしましょう。並みじゃない事の一つや二つあるでしょう。100メートルを7秒で走ったら世界一だし、200キロのボールを投げたらキャッチャーもとれないし、そんなだったらまず捕獲されていろんな実験されるので、爪を隠してきたけれどね~我慢するのも疲れたのでほんの少しだけ披露しましょうよ、ねえ、そこのあなた・・・。実践
人に言われて気づくことではないけれど拾うものと捨てるものを間違えてはいけない拾うのはゴミとか人の心とかだが捨てるのはプライドとかである誰かが有名になってそのまねをしても功徳はない人には分があるので捨てないと拾えないものであるだから拾いもしないが捨てもしないのが一番自分の為には楽な人生になる現代ではまさにそういう人が多いから当たり前の事が凄いことになっているのである。落ちている100円を拾う時にポケットから零れ落ちる500円に気づかないようなものである拾うのではなく捨てるもの
差し伸べていた手をゆっくりと放すことが成長へのおおきなステップです。私の場合は極端で手を振りほどくことの方が多いのですが、いつまでも補助輪付きの自転車ではスピードも出ないし、遠くへも行けません。子供が独り歩きできるようになると、寂しさもあるでしょうが、その背中のたくましさに感動して納得することが大事なのだといつも思います。一人歩き
すべての物語はおはようからはじまる月曜の朝は特に大事で「おはよう」と口にすると自分の中で何かが始まる準備をするものである。相手は花でもいい、できれば返事が返ってこない方がいい、相手の気持ちを考えなくていいから。私の場合、額に入れて机に置いた絵に「おはよう」そこから、また新しいページがはじまる。おはようから始まる
自然の中でもそうであるように危険なものほど美しい見とれるほどの絶景は常に明と暗の背中合わせであり人も美しいものほど危険な刃を隠し持っているものである危険なほど美しい
躊躇している暇はないどこにも余裕などない学べそれしか恐怖に打ち勝つ道はないのだから学べ
たまには目を閉じて五感を研ぎ澄ます練習をしましょう。あまりにも視覚に頼りすぎる生活が多くなって人間らしさを取り戻す事が必要な時代になってます人としてのバランスはファイブセンスで保たれていますそれが崩れると体調がおかしくなったり病気になったりします簡単に言えばさっきも書きましたが、人間らしさを失っていくのです。私達は脳だけで生きているのではありません体全体で生きているのですAI技術が進んで人間が支配されそうなときそれに対抗するのはファイブセンスとその先にあるシックスセンスなのかもしれません。ファイブセンス
その子は空地に住んでおりました空地に友人が家を建てまして家が建つのをその子はいつも寝転んでみていました名前もしらないのでおいでおいでと呼ぶとニャーニャーと言って怖がりもしないで近寄って私の足にすり寄ってきておりましたあれから何年たった事でしょうそれぞれの時間が過ぎてお互い歳を取りましていつしかお別れの時が来ましたここに来るのは久しぶりでしたがなぜか呼ばれた気がしましたその日声をかけて帰宅したあと琴切れたと聞きましたすれ違う時間の中で出逢いと別れが交錯していきますその一瞬を無駄にしない生き方をこの子にまた気づかされて私は生きてゆくのですそんな出会いと別れで人生は創られている事を忘れずに・・・ある猫のお話
なんでもすぐ言葉にしないで心の中でじわじわと増殖していくような感動を味わってみるといい理論を越えた世界があってそれは人でしか味わえない境地でもある茜色に染まる夕日が自分の視界を全部満たす位にあふれた時きっと人はそれを見て感動するだろう「まじきれい」ではなく「素晴らしく綺麗」だろう人が人間らしさを捨てた進化を望むなら容易に手に入る金と欲の代わりに心を失ってしまわないように注意しなければならない人の最後の砦は言葉ではなく心なのだから・・・心が揺れ動くような感動
初夏の風に揺れる稲穂あざやかな緑に包まれて日差しを浴びて揺れる暑さと清涼が交錯する季節潮風がそよぐ海岸に砂浜を踏みしめ歩き出す太陽が降り注ぐきらめく海と空の間で初夏の初々しい恋心胸に秘めささやかな夢を抱いて風に揺れる花々にあなたの面影を感じる初夏
君が苦しい時には僕が一緒に背負うよひとりじゃないよ、そばにいるよ信じて、手を伸ばして風が吹き荒れる日も雨が降り続く夜も共に進もう、踏みしめていこういつだって、一緒に乗り越えよう笑顔が失われた日には涙を流してもいいんだ弱さを隠さず、受け止める勇気見つけ出すために、僕がそばにいる信じて、手を伸ばして一歩ずつ、歩き出そう共に進もう、踏みしめていこういつだって、一緒に乗り越えよう風が吹き荒れる日も雨が降り続く夜も共に進もう、踏みしめていこういつだって、一緒に乗り越えようこの詩が、誰かの心に少しでも届き、支えとなれば嬉しいです。一緒に乗り越える
朝、目を覚ます瞬間。一日のスタートです。この瞬間を「目覚め」と呼ぶのも、なんだか意味があるような気がします。この瞬間、新しい一日が始まるわけですが、どんな一日にしたいですか?何か新しいことに挑戦したいですか?それとも、いつもと同じように過ごすだけでいいですか?もちろん、いつもと同じように過ごすことも大切です。ルーティンを守り、自分の生活リズムを整えることで、心身ともに健康的に過ごせます。しかし、それだけでは成長や進歩はありません。何か新しいことに挑戦し、自分自身を成長させることが必要です。「目覚め」という言葉には、目が覚めた瞬間に新しい気づきや気持ちが生まれるという意味も含まれています。朝の時間を使って、自分の目標や夢を振り返り、どうしたらそれを達成できるかを考えてみましょう。そして、今日から何か新しいこ...目覚め
風の時代とは、変化が激しい社会のことを言います。この時代に生きる私たちは、どのように対応すればいいのでしょうか?今回のブログでは、風の時代に適応するための3つのポイントを紹介します。1.柔軟性を持つ風の時代には、予測不能な出来事が多く起こります。そのため、固定観念にとらわれず、状況に応じて柔軟に対応することが重要です。例えば、仕事では新しいスキルや知識を学ぶことや、異なる分野や人と協力することが求められるかもしれません。プライベートでは、ライフスタイルや価値観が変わることもあります。そうした変化に対して、自分の考えや行動を見直すことで、風の時代に適応できるようになります。2.チャレンジする風の時代には、チャンスも多くあります。新しい技術やサービスが登場したり、社会的な問題が解決されたりする可能性があります...今の時代(風)
穏やかな朝、窓から差し込む光心地よい風が運んでくる花の香り何もかもを忘れてただ眺める景色これが素敵な休日の始まり自然に囲まれた公園を歩きながら鳥たちのさえずりが耳に心地よく響く木漏れ日が照らす小さな池に鯉が泳ぐ心が穏やかになる、そんな瞬間お気に入りのカフェで読書を楽しみながらゆったりとした時間が流れるカフェラテの温かさが身体を包み込む何もかもを忘れてただひたすらにリラックス夕陽が染める海岸を歩きながら波の音が聞こえてくる心が洗われるような感覚に包まれるこれが素敵な休日の終わり素晴らしい自然と過ごす休日心と身体がリフレッシュする瞬間何もかもを忘れてただ過ごすそんな素敵な休日を過ごしてみたい素敵な休日
道のりは長く、時に曲がりくねり、人生の旅路を歩んでゆく。拾ったものと捨てたものが、その背中に積み重なる砂時計。拾ったものは愛と知恵、心を満たす無尽蔵の宝物。出会いや経験から生まれる、これからの旅を彩る彩り。捨てたものは悲しみと痛み、重たい荷物を背負わずに済む。過去の過ちや失敗を振り払い、新しい道へと歩み出す力。拾ったものと捨てたものが、織りなす人生の物語。時には涙に濡れ、時には笑顔に溢れ、それぞれの形で心に残る。人生の旅路で出会うすべてのものに、ありがとうと言葉をかける。拾ったものと捨てたものが、私たちの成長を築く足跡となる。何を拾い、何を捨てるかで、人生の風景は変わってゆく。この旅を続けながら、大切なものを見つけ、手放し、学ぶ。人生で拾ったもの捨てたもの
贈り物は静かにやってくる、心の奥底から輝く星。ふとした瞬間に顔を見せ、心を満たす、この宝物。風が運ぶ綿毛のような優しさを感じるたび、プレゼントがそっと包んでくれる大切な想い出の数々。時が過ぎても色あせない、心に刻まれた宝石。愛と喜びの形を持ち、プレゼントは輝く夢のカケラ。出会い、別れ、笑顔も涙も、すべてが贈り物だと気付く。それぞれが織りなす物語、プレゼントと言う詩が生まれる。ありがとう、この瞬間に。ありがとう、すべての出会いに。心から溢れる感謝の言葉、プレゼントと言う詩に込めて。プレゼント
空に浮かぶ蒼穹の色5月の朝、夜明けのとき穏やかな風が吹き抜ける新緑の葉に微かな露鳥たちの歌声は高く静かな世界を満たす心地良い温もりと共にいざ目覚めよ、大地よ花々は微笑むかの如く優しい光を放ちながら小川は清らかに流れる水面に映る朝の光子どもたちの笑い声元気に響く街角で歩く人々の笑顔も新たな日々の証5月の朝、希望とともに恵みの風を運ぶ心の中に生まれる愛すべては新たな始まり5月の朝
故郷は遠きにありて思うもの昔の日々、心に刻む静かなる時の流れに、浮かぶ記憶遠い空に、夕陽が沈む故郷の風、香りを運ぶ幼き日の夢、今もまだ生きる故郷の川、流れる清らか幾度となく遊んだ場所遠い昔、宝物のように抱いて友と共に歩んだ道笑い声、喜び、そして涙遠く離れても、心の中で繋がる故郷は遠きにありて思うものどこへ行っても、心の拠り所時が経ち、歳を重ねてもいつか帰る、その地へ心安らぐ、愛しい場所故郷は遠きにありて、思うもの故郷
遠い所へ行こう、君と共に空を彩る夕焼けに誘われ静かな海を渡り、遥かな地へ手を取り合い、未知の旅へ風に舞う花のように、自由に君と歩む、この広い世界で見たこともない景色、出会い感じる心の高鳴り、永遠に遠い所へ行こう、時を越えて歴史の彼方、物語の中へ古き良き時代を訪れ、感じる時代とともに変わる、愛のかたち遠い所へ行こう、星の彼方へ無限の宇宙、その広がりの中で君と二人、光を追いかけ永遠の愛を紡ぐ、未来へ遠い所へ行こう、君と共にすべての経験を抱きしめながら心の中に刻む、この旅の記憶二人だけの宝物、永遠に旅
良い年寄は、知恵と優しさを持ち世代を超えて、人々に愛されるその言葉は、時を経ても色褪せぬ悪い年寄は、心に妬みと怒りを抱く過去に囚われ、未来を閉ざしてしまうその姿は、人々を遠ざける影となる良い年寄の心は、若者を導く光経験と知恵を分け与え、共に歩むその存在は、世代をつなぐ架け橋となる悪い年寄の心は、暗い影に隠れる自らの過去にしがみつき、進まぬその姿は、世代の溝を深くするだけ良い年寄は、変化を受け入れる勇気新しい時代にも、柔軟な心で立ち向かうその姿勢は、永遠の教訓となるだろう悪い年寄は、変化を恐れ、拒む過去の栄光にすがり、未来を閉ざすその姿は、進歩の足枷となってしまうなりたい年寄に向かって進み良い年寄の心を持ち続けよう世代を繋ぎ、未来への道しるべとなれ良い年寄と悪い年寄
風が吹く街角で、静かな夜の帳が下りる。街灯のぼんやりとした光が、やわらかく優しく照らす。歩く人々のざわめきも、風にさらわれ遠く消えてゆく。窓の向こうには、あたたかい家庭の笑顔が揺れる。風の街で吹き抜ける、たくさんの思い出と出会い。愛する人と手をつなぎ、新しい物語が始まる。風が運んでくる季節の移ろい、花の香りや雨の匂いを感じる。それぞれの胸に秘めた想い、風に乗せてどこまでも広がる。風の街で出逢った人たち、時には優しく、時には厳しく。それでも信じる未来へと、共に歩む道を続ける。風の街に包まれながら、いつか見た夢が叶うその日まで。僕らは歩みを進める、この風の街で、永遠に。風の街へ
ひとりよがりの世界で、独り占めの夢を見つめる。自分だけの空間、誰もいない孤独な場所で。月明かりが差し込む夜、影と踊り、自問自答。心の奥底に秘められた痛み、ひとりよがりが生む哀しみ。幸せを探し求めて、手を伸ばすものの届かない。ひとりよがりの中で迷い込む、無限の迷路のような存在。他人と繋がりたい願い、隠したままの素直な心。分かち合いたい喜びと悲しみ、見せぬままの弱さと痛み。ひとりよがりの果てに見える、光と影の交差する道。選ぶべきは自分だけの未来か、それとも手を繋ぎ歩む仲間か。過去の自分を乗り越え、新たな道を切り開く勇気。ひとりよがりの世界を捨て、共に歩む仲間と共に進む。ひとりよがりから解放された時、心に溢れる喜びと感謝。繋がりと共に生きる力を知り、輝く未来へと歩みだす。ひとりよがり
今日は雨が降っている花はしおれているでも心配しないで明日は晴れるだろう明日は違う色になる花は咲き誇るでも驚かないで明日は変わるだろう明日は何が起こるかわからない花は散ってしまうかもしれないでも悲しまないで明日は生きるだろう明日咲く
人はそれぞれ何かしらの能力を持っています何もない人は一人もいないただ気づかないでいるだけたまに気づかないふりの人もいます何故なら面倒くさいからただ静かに生きて生きたいからそれもいいでしょう貴方が望んでいないなら・・でも人は望まなくてもやらなければならないことだらけで構成されています例えば・・・息をする事・・食する事・・・そして・・・愛されること・・・必ず誰かから人は愛されるようになっているのです・・・この物語の少年のように・・・さあ、立ち上がりますよ、少年と共に・・・「なにかしら」
雲の上から眼も開けていられないくらいの光が矢のようにとがって横になっている少年の胸に突き刺さった「さあ、起きなさい」と優しい声がするすると死んだように倒れていた少年はスクッと立ち上がった。「さあ、坊やの時間ですよ、ちゃんと目を覚ましなさい」と母親のような口調で声が続いた。「あなたは選ばれしもの」「すべての生き物を死から守るもの」少年は黙って頷いた・・・「すべてを救うもの・・・オロチ」ここに覚醒する・・・すると
色々と忙しい環境で疲れて眠る少年のもとに森から逃げてきた生き物たちが駆け寄ってきたすると生き物たちは声を揃えて「オロチ・・イル」「タスケル・・オロチ・タスケル・・」と言い出した。この島の先住者たちは「オロチ」をいや「少年」を知っていた。そして、先住者たちは天を見上げて星を見つめてみんな目を潤ませだした・・・「オロチ・・オロチ・・光の死者。オロチオロチ光の使者・・」どっちかはわからないが、そんな声が光もない島に響き渡った。いつの間にか