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心の灯火 https://twinkling-stars.hatenablog.com/

いわゆる宗教的なサイトではありませんが、宗教の話をしています。長期の構想は持っていません。ある程度書いたら、完成とします。可能な限り綴っていこうと思います。

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2022/09/27

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  • 『キリスト者の自由・聖書への序言』/ マルティン・ルター著について

    わずか50ページほどの短い論文ですが、キリストによってもたらされた自由とは何か、信仰とは何か、義とは?、愛とは?が、明瞭、簡潔に説かれている。 キリスト者の自由・聖書への序言 (岩波文庫) 作者:マルティン・ルター 岩波書店 Amazon ここで掲げられている2つの命題、 キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。 キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する。 これを理解するには、人(キリスト者)は皆、”何人も霊的と身体的との両性質を持っていることを記憶しなければならない。” とあります。 さて、ルターの改革の動機は、以下の文面に現れています…

  • 文化の相違と普遍性

    『現代思想の教科書』という本があるのですが、この本の第12章「宗教について」ーー宗教回帰を問うーー西谷修との対談の中に、このようなことが書かれたあった。それは、ルターの改革によって、現代の政教分離の概念が生じた、というもので、(ルターの改革というのは、調べればすぐにわかることですが、ローマカトリック教会による所与の制度による信仰のあり方からではなく、内面の信仰によって、罪が贖われる、と考えるもの)。信仰は、内面的なもの(信教の自由、宗教的領域)であり、そのことにより、公(政治的な領域)との分離が生まれ、今でいう、多文化理解というものが説明できる、ということを話されています。 そこで自由になった…

  • イエスは、今をご覧になっていた?

    それを当時の人たちは、どれだけ理解していたか。聖書を読むと、弟子たちは、余りにも理解できない場面が多く出てくる。 今だから言える?それは、キリストは、今を見て宣教活動をされていたとーーー。 もちろん、この世の終わりを予言しているのだから、そんなの改めて言うまでもない、と思われるかもしれない。でも、想像してみて欲しい。それが、どれほど壮絶だったことかを。 当時の人達に、それを理解できるはずがない。イエスは言う。” 人間は生まれ変わることでしか神の国を見ることができない”ーーー。 キリストは、様々な奇跡を行った。予言も的中させた。人々は、「神以外、誰がこのような技をお示しになられるか」、と恐れ驚き…

  • 真理と平和について

    仏教では、真理とは、悟りを開いて得られるもののことをいう。 キリスト教では、キリストを信じることで、真理を得る、ということになっている。 私は、20代の頃、こうしたことを熱心に考えていた。そして、確信したことは、仏教は、探究の宗教であり、キリスト教は、その答えである、ということだった。今は、その考えに強い確信は持っていないが、私の気持ちが後退したか、むしろ、前進したか。しかしまた、それらは全く別のものかもしれない、どちらが真か。 本質的なところでは、仏教を信じている方が、世の中平和になるような気がする。そこには、対立はなく、キリスト教のように、いきなり「私を信じよ」と言われたって、わからないも…

  • 聖書を読む

    まず始めに。聖書の一節からーーー。 マルコ第4章「タネを蒔く人」のたとえ (3節-8節) (マタイ13・1-9、ルカ8・4-8) 「よく聞きなさい。種を撒く人が種蒔に出て行った。撒いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。他の種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐに芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。他の種は、茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆い塞いだので、実を結ばなかった。また、他の種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは、三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」(新約聖書 新共同訳より) または…

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