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2022/03/03

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  • 花嫁の秘密 347

    「とにかく、カインのことを僕に言うのはやめてくれ。気に入らなければクビにすることはできるけど、勝手には動かせない」サミーはこの話をこれ以上するつもりなら、今後一切君とは話をしないと言外に匂わせていた。 さすがのエリックも口を閉じた。 ここにあるものすべてお前のものだろうと言ってもよかったが、この状況では火に油を注ぐだけだ。 カインのことは気に入るも入らないもないと思っていたが、読みを誤ったようだ。こっちで手を回して秘かにことを進めることにしよう。クリスには許可を得るとして、今後の動きも把握しなきゃならんし、例の箱の調査状況についての報告も兼ねて手紙を出すか。 「それで、そこの空白は?」エリックはサミーの走り書きを見ながら尋ねた。 「報酬額はブラックに記入させようかと。君は彼にいくら支払っているのか言わないだろう?」 「相場くらいわかるだろう?」言ってもいいが..

  • 花嫁の秘密 346

    外出から戻ったサミーとエリックは、図書室に紙の束とペンを用意し向かい合ってテーブルに着いた。傍らには、サンドイッチと紅茶。昼食は済ませたと言ったが、エリックは無視してプラットに二人分持ってこさせた。 誰かと契約を交わすのは初めてだ。まずは僕の希望を書き出して、それをブラックに確認してもらうのが面倒が少なくて済む。問題は彼がどのくらいの報酬を望むかだが、いまエリックからいくらもらっているかを明かす気はないだろう。 となると、エリックに直接聞いてみるのが手っ取り早い。 サンドイッチを頬張るエリックを尻目に、サミーは思いつくまま紙にペンを走らせていた。近侍としてそばにいてもらうとして、服装に関して縛りは設けない方がいいだろう。もちろんそれなりに相応しい格好というものがあるが、現時点でそう趣味も悪くないしいまのままで構わない。 「――おい、聞いているのか?」 サミーは..

  • 花嫁の秘密 345

    サミーの面白いところは、自分が周りからどう思われているか全く気づいていないところだ。 おそらく自分では馴染めていると思っているのだろうが、ティールームの隅で紳士が一人でケーキを食べている姿がありふれた光景だとでも?好奇心いっぱいにサミーを見つめるご婦人方の中には、自分の娘の相手にどうだろうかと考えている者もいれば、自分の愛人にと思っている者もいる。 そんな中にいつまでも放置しておくほど、俺は寛大な心は持ち合わせていない。 エリックは帽子をひとつ購入し、サミーが姿を見せるのを辛抱強く待った。あの給仕が俺の伝言を正しく伝えていればもう間もなくやってくるだろう。もちろん逃げ出さなければの話だが、残念ながら出口はすでに押さえている。 「君の用事は済んだのか?」すっと隣に立ったサミーが言う。 「まあね。お前の荷物にチョコレートも紛れ込ませておいた。二日もあれば向こうに届..

  • 花嫁の秘密 344

    ラッセルがこの百貨店を買い取ったおかげで、年の瀬だというのに思い通りの買い物ができた。あと数時間で閉まってしまうようだが、三日ほど休んですぐに通常営業に戻る。従業員は大変だがそんなことはおくびにも出さない。よほど訓練されているのだろう。 結局朝食は昼食になってしまったが、ここのティールームは静かで男一人でいてもとても居心地がいい。 サミーはアルコーブの奥まった場所から、客や従業員の動きをのんびりと観察していた。 仕事をするというのはどんなものなのだろう。人に使われる側と使う側と。エリックはちょうど両方の立場にある。新聞社や雑誌社が欲しがっている記事を提供するのも、そう簡単ではないはず。依頼された記事を書き上げるまでに、何人くらい人を動かすのだろう。 ケーキの最後のひと口を口に運び、ここにセシルがいたらいいのにと、一緒に味わえないことを残念に思った。しばらくしてこっちに戻..

  • 花嫁の秘密 343

    あからさまに喜ぶサミーの顔を見て、一緒に喜べるかといえば嘘になる。気に入らないわけではないが、まだハニーに負けていると思うと途端に自信がなくなる。これほど想って尽くしてもまだ足りないというわけだ。 「エリック、今日の予定は?」サミーは手紙を丁寧に封筒に仕舞うと、膝に置いた。大切そうに手の中で指を滑らせている。 「このあと少し出てくる。夕方までには戻るが、何かあるのか?」予定を尋ねたからには何かあるのだろう。ブラックのことか、それともカインのことをもう耳にしただろうか。 「僕も少し出てこようと思う。さすがに<デュ・メテル>は開いていないだろうから、百貨店に行ってくるよ」 手紙の礼にハニーに贈るつもりか。ったく。俺にもこのくらい尽くしてくれないものかね。「様子を見て来てやろうか?店は閉まっているかもしれないが、商品はあるだろう?」 「いや、あの辺もぶらつくからつい..

  • 花嫁の秘密 342

    目が覚めて、ベッドでまどろみ、そこにエリックがいるのか手を伸ばして確かめる。大抵どちらかが先に起きてベッドから出た後は、一緒にいた痕跡を残さないようにさっさと部屋を出る。 この屋敷の誰が何に気づいたとしても、お互い別に気にはしない。それなのになぜ、と不満をこぼしそうになったところでほんの三日前、部屋で二人、朝食を取ったことを思い出した。 エリックと暮らしたら毎日あんなふうなのかといえば、それは違うだろう。彼は仕事を持っているし、いつも何かと忙しくしていて、いま毎日一緒にいることの方が稀だ。 身支度はいつも通り一人で整える。ブラックに手伝ってもらうことがあるとすれば、正装するときくらいだろうが、それさえも必要かどうか。ブラックもきっとそういう仕事は望んでいないだろう。 今日は夜までの時間、契約書を作成することに費やそう。ブラックは細かく内容を決めたがるだろうか。それと..

  • 花嫁の秘密 341

    大晦日の屋敷は賑やかな方が好きだ。 年越しの支度に追われる使用人たちはどこか楽しげで、見ていて気持ちがいい。この朝の慌ただしさが過ぎてしまえば、夜にはお楽しみが待っている。おそらくサミーは気前よく小遣いを渡しているはずだ。 「エリック様どうされましたか?」地階まで降りてきたエリックを見て、プラットが慌てた様子で声をかけてきた。 「いや、ただ早く目が覚めただけだ。落ち着いたらコーヒーを居間へ持って来て欲しい」目は覚めたが、頭はまだぼんやりしている。ベッドでサミーの寝顔を見ていてもよかったが、今日は夜までに片付ける用がいくつかある。 「部屋はすでに暖まっております。すぐにお持ちいたしますので、上でお待ちください」 プラットの言葉に従い、エリックは上に戻った。サミーはあと一時間は起きてこないだろう。クラブでの話を聞きそびれたが、今朝までに何の報告もないということは、..

  • 花嫁の秘密 340

    「いい加減こっちを向いたらどうだ?」 「てっきり君は僕の背中が好きなんだと思っていたよ」そう軽口を叩きながらも、サミーはもぞもぞとエリックに向き直った。「目を閉じてもいいか?」今夜はもうあと一〇分も起きていられないだろう。 エリックと一緒に寝るのも慣れてきたけど、あまりいいことではないなと思う。でもまあ、いまはまだ寒いし、暖かくなるまではしばらくこのままでもいいか。 「今日はやりたいことやって満足したか?」目を閉じるとエリックが言った。 「まあね。そっちこそ、すべて予定通り進んでいるようで何よりだ」嫌味っぽく返そうとしたが、エリックが抱きついてきて声がくぐもってしまった。 「明日の準備をしてきただけだ。お前のせいでゆっくりできやしない」エリックが忙しくしているのは好きでやっていることだ。僕の眠りを妨げているくせによく言う。 「そういえば、明日どうする?ジ..

  • 花嫁の秘密 339

    ブラックはどうやら引き受けるつもりらしい。おかげで説得せずに済んだが、本当にサミーの面倒を見きれるのか不安が残る。 我ながら矛盾しているなと、エリックは失笑した。 サミーがこれまで一人だったのは、背中の傷も含めてそれなりの理由がある。もちろん自分だけが理解者だなどと言うつもりはない。けど、誰よりも理解しようとはしている。 ブラックには決して見るな触れるなと忠告しておいたが、どれほどの物か知ったらさぞ驚くだろう。 今夜はサミーには色々聞きたいことがある。たまには向こうから会いに来てくれてもいいものだが、サミー相手にそういうものを求めても仕方がない。あいつは誰かに自分から擦り寄ったり頼ったりはしない。 だが皮肉なことに、そのサミーがブラックを欲しがった。嫉妬こそしないが、あまりいい気はしない。 そろそろベッドに入った頃だろうかと、エリックはサミーの元へ向かっ..

  • 花嫁の秘密 338

    特に何の問題もなく帰宅したサミーは居間と図書室を覗き、エリックがいないのを見て取って自分の部屋へあがった。 ドアを開けるとそこはいつも通り暖かく静かだった。エリックは帰宅はしているようだけど、珍しく自分の部屋にいるようだ。 今夜はデレクもその取り巻きもいなかったし、カードゲームで少し勝たせてもらって気分がいい。身ぐるみ剥いだってよかったけど、会員との良好な関係を保っておいて悪いことはない。それと思いがけない人物と話すことができたのも、今夜の収穫のひとつだろう。 上着をベッドの上に放り、カフスボタンを外してその上に投げた。こういうのをダグラスが見たら嫌な顔をしそうだけど――もちろん僕のいない所で――、彼はここにはいないし、結局自分で片付けるのだから好きにさせてもらう。 背後でノック音がして、静かにドアが開いた。エリックがノックするなんて、珍しいこともあるものだ。 ..

  • 花嫁の秘密 337

    晩餐の時間に間に合うよう帰宅したエリックを待っていたのは、サミーではなくブラックだった。報告すべきことがある時は、いつも待ち構えている。 「どこへ行ったって?」訊き返すまでもなくもちろん聞こえていたが、反射的にそうしていた。 「今夜はプルートスで食事をすると言って、暗くなる前に出掛けて行きました」 澄ました顔で答えるブラックに、お前の仕事は何なのだと耳元で怒鳴ってやりたい衝動を抑え、エリックはゆっくりと息を吐き出した。 「一応止めましたよ」ブラックは何の意味も持たない言葉を付け加えた。 「だったらなぜお前はここにいて、サミーはいない?」もちろんサミーを止められなかったからだ。 「まさかついて行けと言うつもりじゃないでしょうね?あの方は好きなように行動するし、そもそも俺の言うことなんて聞きやしませんよ」 そんなこと言われるまでもなくわかっている。サミ..

  • 花嫁の秘密 336

    父の葬儀の出席者の名簿は何冊かあったが、ダグラスは僕が欲しがっていた名前の載っている名簿をうまくブラックに渡してくれたようだ。 この名簿は誰がまとめたものだろう。出席者の詳細も漏れなく記入されている。おかげでブライアークリフ卿のパーティーで見かけた男の正体がわかった。 これでブラックに調べを進めてもらえるが、エリックはブラックに例の話をしたのだろうか?箱の調査を任せると言ってすぐに、またどこかへ出掛けてしまったけど。 直接僕からブラックに言ってもいいけど、現雇い主であるエリックがクビにしてくれないと話を進めようがない。それに報酬はいくらにすればいいのか見当がつかない。引き抜くわけだから五割り増しくらいでいいのだろうか。それとも倍は払わないと首を縦に振らないだろうか。 そういえば、ジュリエットにもうあれは届いただろうか。特に知らせがないということはまだなのだろう。夜は..

  • 花嫁の秘密 335

    昼食後、ブラックが持ち帰った帳簿のようなものにサミーが夢中になっている間に、エリックは注文していたものを取りに仕立屋に向かった。もちろんアンダーソンのところではない。 特に中を確かめるでもなく商品を受け取ると、次にラッセルホテルへ向かう。仕立屋に直接ホテルに届けさせてもよかったが、メリッサの驚く顔を見逃す手はない。ついでにジュリエットの様子も確かめておきたかった。 やめておけばいいのに、サミーはジュリエットに何通か手紙を出していたようだ。作戦は変更すると言っても、サミーは自分の立てた計画を変更するつもりはないようで、こっちの手を煩わせることしか考えていないのかと思うほどだ。 ティーラウンジには客たちの視線を集めながら、優雅にティータイムを楽しんでいるメリッサがいた。ジュリエットが同席してないということは、特に仲良くはなっていないようだ。どちらにしても、明日には嫌でも一緒に..

  • 花嫁の秘密 334

    二日経って、ブラックが名簿を手に戻って来た。カウントダウンイベントはもう明日に迫っている。 名簿にすぐにでも目を通したかったが、エリックが派遣していた調査員も例の箱を持って一緒に戻って来たので、ひとまず後回しにすることにした。 サミーは図書室の一角でプレゼント箱を見下ろしながら、アンジェラがこれを目にした時のことを思い胸を痛めた。 中身はクリスが知らせた通りの物が入っていたが、調べた後なのでただそこにナイフとハンカチがあるだけだ。調査員の報告ではナイフもハンカチも新しいものではなく、村で調達されたものではないとの事。 アンジェラの名前が刺繍されたハンカチには血が付着しているが、これが人のものなのか動物のものなのかは、現時点ではわかっていない。刺繍はアンジェラがしたものではないのは、ひと目見て分かった。もしかするとこれを見て、誰が針を刺したのかわかる者がいるかもしれな..

  • 花嫁の秘密 333

    「こんな雨の中どうしたんです?」路地裏のパブのカウンターで一人飲んでいたクレインは、隣に雇い主が座ったのを気配で感じ囁くように言った。 今夜はもう仕事は終わりだと思っていたが、そう甘くはなかったか。 「ひとつ問題が起きた」 やれやれ、この数日問題だらけだ。これ以上何が起こるっていうんだ? 「デレク・ストーンの事でしたら対処中です」クレインは先んじて答えると、カウンターの向こうの給仕にエールのお代わりを頼んで、エリックを横目で確かめた。「髪、どうしたんです?」 「邪魔になったから切っただけだ」外套を羽織ったままのエリックは素っ気なく答え、ジンのソーダ割を注文した。 もう何年も同じ髪型で、いまさら邪魔になったと?どうせサミュエル・リードに何か言われたんだろう。 「寒い時期に切ると風邪を引きますよ」ふいに給仕の手が割って入り、ジョッキを目の前に、最初に頼..

  • 花嫁の秘密 332

    サミーに全面的に頼られるのも悪くない。悪くないどころか、とても気分がいい。ついさっきまでひどく腹を立てていたと思ったのに、子供でも飲める程度の酒ですっかりおとなしくなるのだからかわいいものだ。 エリックはグラスをテーブルに戻し、サミーと同じように紅茶を飲むことにした。本当は濃い目のコーヒーと行きたいところだが、これ以上プラットの手を煩わせることもない。あと数時間、夕食まではサミーとゆっくり過ごしたい。さすがにもうこの数時間で問題が起きることはないだろう。 「なあエリック。ブラックを僕にくれないか?」 何の脈絡もなく発せられた言葉に、エリックは固まった。いま何を考えていたのかさえ忘れてしまうほど、強烈なひと言だ。 「なんだって?」とりあえず、訊き返した。 サミーは横目でじろりと睨み、どうしようもないなとばかりに溜息を吐いた。「酔ったのか?」 酔ったのか?ま..

  • 花嫁の秘密 331

    お腹が膨れた頃には、サミーは少々酔いが回っていた。それでもいつもよりは幾分かマシで、まっすぐに座っておくのが面倒な程度だった。 プラットに熱い紅茶を持ってくるように頼むと、窓際のテーブルから離れいつものように暖炉の前を陣取った。 エリックはキャビネットから別の酒とグラスを取ってソファテーブルに置くと、サミーから離れて座った。顔つきを見るに、これからどう動こうか考えているようだ。それよりも気になるのが、バッサリと切ってしまった蜜色の髪。ベッドの中で毛先が身体に触れる感触が好きだったが、もうあれは味わえないのか。 「それで、俺にどうして欲しい?」エリックが言った。 エリックにして欲しいことといえば、マーカスがいまどこで何をしているのか――いや、そんなことよりも彼をここに来させないで欲しい。魂胆が何であれ会いたくない。 僕はマーカスの父と僕の父が知り合いだということ..

  • 花嫁の秘密 330

    胸に何かつかえたような苦しさを感じるのはなぜだろうか。 食欲は一気に失せ酒でも飲みたい気分だったが、この話題はあまりに繊細過ぎて素面でなければまともな話し合いが出来そうにもない。 サミーが質問に淡々と答えてくれているのを救いと思うか、一瞬にして他人行儀になったのを嘆くべきか。 エリックは唾を飲み下し、サミーの次の攻撃に備えた。サミーは俺が勝手にウェストを調べたことを怒っている。おかげでウェストの魂胆を推測できるってのに、ただ責めるだけでそこを考慮することはないのか? 「オールドブリッジで何を?まだ家庭教師をしているわけじゃないよね?」サミーはむっつりとした表情で尋ね、突然席を立った。どこへ行くのか見ていたら、キャビネットからブランデーボトル取って戻って来た。 「あいつがお前の家庭教師をしていたのは、父親同士が知り合いだったからだ」サミーの驚いた顔を見てエリックは口..

  • 花嫁の秘密 329

    いま僕はどんな顔をしているのだろう。 顔から血の気が失せているのを感じていたが、下手な動きを見せればエリックに追及されてしまう。もちろん黙っているのは無理だと最初から分かっていた。けど、もう少し待てなかったのか?僕が喋りたくなるタイミングまで。 エリックはなぜ何でも知りたがるのだろうか。どうせもう知っているくせに、なぜ僕にわざわざ尋ねる? サミーはゆっくりと息を吐き出した。弱さは見せたくない。 「ここへ来た理由はわからない。会っていないからな」それ以上言うべき言葉はない。 「対応したのはプラットか?」エリックは何も聞き逃すものかといった鋭い目つきで睨んでくる。かろうじて、なぜ会わなかったと訊かないだけの良識はあったか。 「プラット以外に対応できる者はいないよ」主人が不在のこの屋敷には、最低限の使用人しか置いていない。僕もエリックも従者を必要としないので余..

  • 花嫁の秘密 328

    エリックはいつも通り上品な仕草でティーカップに口をつけるサミーを正面に見据え、ベーコンのキッシュにかぶりついた。 腹が減っている上、腹も立っている。サミーのように上品ぶってられるか。 プラットはものの一〇分ほどで、居間のティーテーブルに望みのものを用意してくれた。サミーは昼食を取っていない。おそらくいつ声を掛けられてもいいように準備していたのだろう。 サミーは窓の外を見るばかりで、紅茶は飲んでも食事には手をつけようとはしない。雨粒を見ながら何を思っているのか。 サミーはマーカス・ウェストのことを言わないつもりだろうか? デレクとの確執よりも言いたくない過去があるのは知っている。もちろんすべてではないが、ウェストがどういう人間かはわかっている。父親に虐待されていたサミーにとって、ウェストは唯一の救いだったに違いない。 ウェストはなぜサミーに会いに?まったく..

  • 花嫁の秘密 327

    サミーは途方に暮れていた。 朝起きて、エリックと朝食を食べたところまでは平穏そのものだった。けれどもいま同じ場所に座って見えるのは、数時間前にプラットが用意した手つかずのままのティーセット。干からびて反り返ったサンドイッチ、熱々だった紅茶はすっかり冷めて飲めたものではないだろう。 マーカスはいったい何しにここへ?金の無心?それともあの時突然姿を消した理由をいまさら話してくれるとか?父に追い出されたからだとずっと思っていたけど、そうではなかった可能性もあることに最近気づいた。なぜならマーカスはエリックとまったく違うからだ。 せめていまどんな姿をしているのか見ておくべきだった。そうすれば彼の魂胆も容易に想像できただろう。それなのに、たかが名刺に書かれた名前を見ただけで、無力な子供のように怯えて馬鹿みたいだ。 けど彼はなぜ肩書も書かれていない名刺を?いまは何をしているのだろう..

  • 花嫁の秘密 326

    用を済ませたエリックは通りに出て曇り空を見上げ、このまままっすぐに帰宅するか、少し寄り道をするか束の間考えを巡らせた。もうたいしてすることもないが、少し先回りして手を打っておくのも悪くない。けど、空を見るにひと雨来そうだ。となると、ここは予定通り何もせずにおくのがいいだろう。 エリックはコートの襟を立てた。手に持ったチョコレートを大事に抱え、家路を急ぐ。タナーはいい仕事をしてくれた。タナーの指示でチョコレートを買いに行った下僕も。 メリッサの所にも届けるように言っておいたから、少しは機嫌を直してくれるだろう。サミーの手前ノーとは言わなかったが、本当は人前に出るのは嫌だったはずだ。けどこの仕事を引き受けてよかったと必ず思う時が来る。あのまま田舎にいたらきっとボロボロになって、学校を開くどころじゃなくなっていただろう。 だがあいつが素直に感謝するかどうか。オークロイドの方も何..

  • 花嫁の秘密 325

    “公爵のチョコ”ってなんだろう。きっと<デュ・メテル>のチョコレートのことだろうけど、人気なのは御用達だからなのか。 ゆっくり過ごそうと言っていたエリックは出掛けてしまった。彼はじっとしておけない性分なんだろうけど、本当によく動く。家には着替えでも取りに行ったのだろうか。いや、それなら持って来させれば済むことだし、別の用で出掛けたのだろう。それに家に戻るとも限らない。 慎重にドアをノックする音が聞こえ、プラットが静かに部屋に入ってきた。顔には出ていないが、きっとエリックとの関係を訝しんでいるに違いない。 「プラット、熱い紅茶も頼んでいいかな」プラットが余計なことを口にしないのはわかっているけど、何か言われる前に口を開かずにはいられなかった。 「はい。只今ご用意しております」 プラットは出来る男だが、あまりに気が利き過ぎている。「エリックが用意しろって?」 ..

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