兄二人が難しい話をしている間、居間に残されたセシルもまた難しい顔をしていた。 「はぁ……」ため息がこぼれたのは何度目か。 あの日、リックと慌ただしく列車に乗ってフェルリッジに舞い戻ってから、数日の間は気にしていなかったけど、もう一週間だ。いくらなんでも手紙のひとつも寄越さないなんてひどすぎる。今日の午後に出掛けたついでに郵便局で確認してみたけど、僕宛の手紙が届いている様子もどこかにまぎれてい…
一人で何もかも決めてしまうくせに、話し合おうなどとよくも言えたものだ。 サミーはエリックの言う通りに向かいの椅子に座った。嘘や誤魔化しがないように、しっかり顔の見える場所がいい。 「話し合いは済んだと思っていたけど?」まだ隠していることは大いにありそうだが、サミーは素知らぬふりで尋ねた。話したいことがあるなら聞く耳はある。 「さっきのは報告だ」 「報告ねえ……ずいぶんとざっくりした報告だ…
話すべきことは話した。すべてではないが。 エリックは尻に根の生えた二人を残して地階へ行き、グラントにひとつ用事を頼んだ。まずはサミーのためにブラックを呼び戻すことが先決だ。それと、自分のため――突き詰めればサミーのためだが――にカインを呼ぶ。プラットはいい顔をしないだろうが、どうせしばらく屋敷は空いた状態でやることもないなら、こっちで仕事をさせるまでだ。サミーの許可はあるとか何とか言っておけば…
エリックにこれまでにわかったことをいくつか聞かされたが、なぜそんなことまで調べられるのか疑問を抱くのは至極当然。 ハンカチの刺繍を見ただけで、どこの誰が針を刺したものかわかるご婦人がいると言うが、どうにも胡散臭い。エリックと一緒に調査しているときにはほとんど何も進展しないのに、急にすべてが判明するのもおかしなものだ。 細かな調査を行っているのはあのスミスとかいう男だろうか。地味で目立たない風貌…
何から話すべきか、正直悩むところだ。 これまでにはっきりしたことはふたつ。 マーカス・ウェストの居場所とクリスマスの朝この屋敷の敷地内へ侵入した者。ああ、それとそれを依頼した者も。 ひとまずマーカス・ウェストの次の逗留場所は確認できた。事務所で聞き出した通り、しばらくはブレイクリーハウスにいるようだが、あそこの女主人は少々厄介だ。ブラックには戻ってくるように言って、あとはユースタスに任せるか…
外出から戻ると出迎えた従僕がやけにそわそわとしていた。いま残っている使用人たちは多少のことでは動じたりしないが、エリックが絡むと話は違ってくる。客のくせに屋敷の主然と振る舞うせいで、使わなくてもいい気を使わなくてはならない。 サミーはグラントを呼びつけた。聞けばエリックは僕がどこへ行ったのか気にしていたようで、戻り次第知らせるようにと命じていた。 「直接伝えるから、居間にティーセットを用意し…
エリックが屋敷に戻ったとき、そこにいるはずのサミーもセシルもいなかった。大抵は居間の暖炉の前のソファか、窓際の椅子でまどろんでいる。もしくは図書室か。 出掛けるとは聞いていない。出迎えた下僕も何も言っていなかった。わざわざ居場所を聞くのも大袈裟な気がして――というのも、サミーが何かにつけ大袈裟だと言うからだ――見回りがてら邸内を巡った。 大きな屋敷ではないし、二人のいそうな場所は限られている…
「セシル、エリックを見なかった?」サミーは居間でセシルを見つけ、向かいのソファに座った。ここ数日すっきりしない空模様だったが、今日はよく晴れていて暖かいからか、暖炉の火も小さいままだ。 「リックならちょっと出かけてくるって」セシルが読んでいる本から顔を上げた。昨日から読み始めた本は、もう半分まで進んでいる。 「こんな田舎のどこへ出かけるって?」サミーはうんざりとした口調にならないよう気をつけ…
「ねえ、メグ。これクリスには不評みたいよ」アンジェラは足元に落としたズボンを鏡越しに見ながら言う。足元が温かいし、動きやすいし、文句なしなのに。 「たいていの夫はそういう反応をすると思います」メグはきびきびと言い、ズボンを回収する。 「でもこれはセシルのおさがりでも紳士用でもなく、ちゃんと婦人用のズボンなのよ。狩りや乗馬する時にスカートより便利だし、みんなもそうするべきよ」そうは言いつつも、…
「ハニー、そこでいったい何を?」アンジェラを探して庭に出たクリスは、庭師から教えられたとおりの場所でアンジェラを見つけた。日が高く昇っている時間とはいえ、この季節屋外で過ごすのはおすすめできない。 ここへ来て三日、屋敷の者ともすぐに打ち解けあれこれ手を出しているが、できれば目の届く場所にいて欲しいというのはわがままだろうか。 「土を掘っているの」地面にしゃがみ込むアンジェラは、覗き込むクリス…
このどんぐりクッキーなかなかいける。 セシルは指先についた粉糖をぺろりと舐めて、つい溜息を吐いた。ずっと待っているのに、誰も来ない。どうせリックがサミーを離さないからに決まっている。何が起こったのかは聞いたけど、正直わからないことだらけだ。どうして家庭教師をしていた人がサミーを襲うの? きっとサミーは訊いたら教えてはくれるだろうけど、進んで聞きたいような話ではないし、かといって知らないままな…
サミーは身体が痛いと言ってソファに横になった。膝を貸してやろうとしたが、花柄のクッションを枕にして人の膝は足置きにするあたり、さほど心配はいらないようだ。しかも室内履きを脱いだ足はなぜか靴下をはいていない。真冬になにをしているんだか。 エリックは仕方なしにウールケットを引っ張り上げて、サミーの足を覆った。膝の上で指先がきゅっと丸まったのがわかった。 今朝報告を受けて顔を見るまでは、嫌な考えば…
エリックに気を使われることほど、腹立たしいものはない。腫物を触るような態度で、中途半端なからかいしかできないなら、ここへ来て欲しくなかった。 一人で対処する。できもしないのにそんなことを思う。結局は諦めてエリックのすることを受け入れるしかないのに。 グラントが姿を見せたことで会話はそのまま途切れ、サミーはひとまずスープを手にした。浮き身のひとつも浮いていない透き通ったコンソメスープは、すんな…
エリックはソファの座面を手のひらでぐっと押し、クッションがきいていることを確かめると、畳まれたウールケットをそこに置いた。 グラントが空のトレイを手にやってきて、窓際のテーブルを素早く片付けた。声を掛けなくても、次に現れた時にはきちんと欲しいものを用意してくれているだろう。たとえ仕えている家の者を守れなくても、そのくらいはできるはずだ。 ダグラスがいればと思うが、そもそもクリスとハニーがここ…
ブラックがエリックに報告した時点でこうなると予想はしていたが、セシルまで巻き込むことは想定していなかった。 セシルとはお互いのそういう話をほんの少しだけしたことがある。確か来週には恋人に会えると言っていた。それなのにこんなところへ連れてきて、エリックはいったい何を考えているんだか。 のろのろとした足取りで居間へ向かいながら、マーカスの事を思った。いったい僕の何がマーカスを怒らせたのだろう。頭…
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