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2022/03/03

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  • 花嫁の秘密 324

    「満足したか?」 ん?と、何のことだと、ソファでまどろむサミーは無防備な顔をエリックに向ける。 腹がいっぱいになった途端こうだ。俺の事を給仕係か何かだとしか思っていないらしい。 「君の言うように、自分の家を持つのもいいかもしれない」サミーがぽつりと言う。数日前突如エリックによって投げかけられた課題は、サミーの新しい悩みとなっていた。 もちろんエリックもサミーの心の動きには気づいている。そうなるようにエリック自身が仕向けたからだ。けれども、サミーにのめり込むうちに、この思いつきはあまりいい考えではないような気がしてきていた。 「お前がそうしたいならいくらでも手伝ってやる」ゆったりと椅子の背に身体を預け、サミーの乱れたままの髪を見て頬を緩ませる。人に髪を切れと言うわりに、サミーの髪もなかなかの無法地帯だ。 「もう適当な住まいを見つけたんじゃないのか?」 ..

  • 花嫁の秘密 323

    カーテンの隙間から日が漏れている。 サミーは重たい瞼を何とか持ち上げた。どうやら眠っていたようだが、いまは朝なのか昼なのか、部屋は暗いままでよくわからない。 身体を起こす気にもなれず、手を伸ばしてベッドを探るが、そこにエリックはいなかった。もうどこかへ出掛けたのだろうか。 のんびり過ごすとはなんだったのか。昨日あれだけしておいて、よく朝から動けるものだ。僕は何もする気が起きないっていうのに。 喉の渇きと空腹を覚え、サミーは諦めて上掛けから這い出た。 「起きたのか?」 足元の方へ顔を向けると、ソファの向こうでエリックが腰をかがめて何かしていた。 「そこで何してる?」 「火を大きくしている」エリックは火かき棒を手に振り向いた。「朝食は部屋に持ってくるように言っておいたから、もう少し待ってろ」 ということは、まだかろうじて朝ってことか。「まるで既..

  • 花嫁の秘密 322

    サミーの背中の傷を愛おしく思っているのは自分だけだと、エリックは自負している。『醜いだろう?』と傷ついた表情でそう言ったサミーに、そんなことはないと慰めの言葉を掛けなかったのは、そうされるのをサミーが嫌うと知っていたから。 けれどもその代わりに、サミーを抱くときには必ずこの場所に触れ、キスをした。痛むはずはないとわかっていても、優しく触れずにはいられなかった。 サミーは敏感に反応し、普段は出さない声を聞かせてくれる。とても魅力的な声だ。きっと俺しか聞いたことがないだろう。サミーの感じる場所を探り当て、普段は抑えている欲望をありとあらゆる方法で引き出す。これが出来るのもきっと俺だけだ。 「サミー、こっちを向け」エリックはサミーの背を抱き、耳元で告げた。今夜ほどおとなしくベッドへ招き入れてくれた日があっただろうか。 サミーはゆっくりと振り向き、濡れた瞳で見上げた。抱かれ..

  • 花嫁の秘密 321

    クッションのよく効いた三人掛けのソファは長身の男二人が寝そべるにはやや手狭だ。まあ、密着していれば別だけど。 押し潰さないように気遣うエリックの優しさは、母親譲りだろうかそれとも父親譲りだろうか。コートニーの人間は皆優しい。うちとは大違いだ。 「クィンにクラブを売れと、もう言ったのか?キスをする前に答えてくれたらありがたい」エリックの形のいい唇が目の前でぴたりと止まった。最近はキスする権利が当然あるかのように振る舞っているが、僕は一度だって勝手にしていいと言ったことはない。 「いや、内情を聞き出そうとしただけだ」 「何か教えてくれたのか」唇が重なってきたが、かまわず訊き返した。 「いきなり教えると思うか?あの男が」ひと通り味わって、エリックは返事をした。続きをしたければ答えるしかないからだ。 「どうだろう?彼はそう堅苦しい男でもないよ。少し世間話でもすれ..

  • 花嫁の秘密 320

    暖かな部屋でお腹が満たされると、細かいことはどうでもよくなった。 サミーがいつもより素直なのは、隠し事をしているからだとわかっている。それを追求するつもりはいまのところはない。せっかく機嫌良くワインを飲んでいるのに、雰囲気をぶち壊すような真似をするのはあまりにも愚かだからだ。 「それで?君は今夜どこへ行っていたんだ」 エリックが追求しないからといって、サミーもしないとは言っていない。 「帽子屋へ行くと言っただろう」ひとまず月並みな返しをしたが、サミーが納得するはずもなく、じろりとひと睨みしてワインをちびりと飲んだ。 「それから?」サミーはテーブルにグラスを戻し、ソファの上に足を乗せてウールケットにくるまった。本格的に話を聞く体勢なのか、ソファの肘かけと背中の間にクッションを挟みもぞもぞといい位置を探っている。 「聞いてどうする?」それこそ聞いても無駄だろ..

  • 花嫁の秘密 319

    エリックが暖炉の前に座り込んで髪を乾かす姿を窓辺の椅子に座って眺めながら、サミーは明日から何をしようかと考えを巡らせていた。 ブラックにはふたつ頼み事をした。ひとつはフェルリッジに行って、父の葬儀に出席した者の名簿をダグラスから受け取って、ここへ持ち帰ってくること。 ブライアークリフ卿のパーティーで見かけたあの男が誰なのかようやく思い出せたものの、四年前ちらりと見ただけだし、念のため確認は必要だ。決定づけられれば、彼らについて調べを進めることが出来る。 それともうひとつ、例の事件現場となった屋敷を手に入れた持ち主に、屋敷を手に入れるに至った経緯を確かめてくること。どちらが先でもいいけど、名簿が先の方がありがたい。ダグラスはすでに用意して待っているだろうし……。そういえばダグラスはクリスについてラムズデンに行くのだろうか。 当然ついて行くだろう。そうしないといけない。..

  • 花嫁の秘密 318

    エリックが身支度を整え部屋から出ると、廊下でブラックが壁に寄りかかって待っていた。 「何か用か?」まだ湿ったままの長い髪にタオルを当てながら尋ねた。これで少しはマシな匂いになっただろうか。 「ええ、一応報告を」ブラックが含むように言う。 「サミーに何か?」エリックは短く訊いた。 「あなたに金で雇われているのかと訊かれたので、そうだと答えたら、仕事をひとつ頼まれました」ブラックは壁から離れ一歩近づくと囁くように言った。どうせ人はいないから声を潜める必要はない。 エリックは思わず額に手を当てた。前髪をぐしゃっと握り、深い溜息を吐く。わざわざ金で動くのか確認して何を依頼したのやら。「引き受けたのか?」 「ええ」ブラックの口の端が心持ち持ち上がる。 面白がっている場合か。ったく、頼む方も頼む方だが、引き受ける方も引き受ける方だ。 「お前がそう判断した..

  • 花嫁の秘密 317

    いったい僕は何をしているんだか。 サミーは頭の部分に貴婦人をあしらった真鍮製の火かき棒で、赤くくすぶる石炭をざくざくと突き暖炉の火を大きくしていた。 エリックはまだ戻ってこないが、食事は済ませてくるのだろうか。てっきり晩餐までには戻ってくると思っていつも通りの時間に食事を用意させたが、一向にその気配がない。今夜は一段と冷えるし、さっさと部屋へ引き上げたいのに。 「何してる?」 前かがみになっていたサミーは顔をあげて声の主を仰ぎ見た。「火を大きくしている」 「見ればわかる。食事は済ませたのか?」 「いつもの時間にね」サミーは火かき棒を台に立てかけ、エリックに向き直った。ひんやりとした空気がエリックから流れてくる。 「少しくらい待てなかったのか?」エリックはそう言いながら、炉棚の上に脱いだ手袋を置いた。 「少しは待ったさ。五分くらいね」その五分で..

  • 花嫁の秘密 316

    「いや、俺の依頼だ」しかもほとんど個人的な。とにかくフェルリッジは最寄りの駅から遠すぎる。専用駅ならもしもの時――サミーやアンジェラに何かあった時――内密な移動が可能になる。 ステフにこんな頼みごとをするのも、父親から譲り受けた鉄道会社を当てにしてのものだ。父親のアストンは以前問題を起こしこの国を追われているが、先見の明はあった。持っていた鉄道会社は順調に成長し、莫大な利益を生んでいる。ステフは経営に口出しをしてはいないが、決定権は持っている。 「ハニーさんのためですか?」ジョンが訊いた。途端に興味を引かれたのか、ステフが前のめりになる。 この二人、ハニーの事はクリスを通じてよく知っているらしい。 クリスがここの顧客なのも不思議な話だが、先日ハニーの誘拐事件の再調査を依頼してきて、対応に困ったステフが連絡してきた。もちろん引き受けるわけにはいかないと断らせたが、クリスが..

  • 花嫁の秘密 315

    午後七時 <S&J探偵事務所>にて 「今日も暇そうだな」エリックは事務所に入るなり言った。どうせ誰もいないし遠慮することもない。 数日前に来た時も客が来た気配は微塵もなく、S&J探偵事務所の所員ステファン・アストンとジョン・スチュワートはひとつに椅子に二人で座って何かしていた。今日は珍しく離れた場所にいる。本当に珍しい。 「もう店仕舞いです。ミスター・コートニー」机に向かって頬杖をついていたステフが、不機嫌そうに返す。二つ年下のこいつは、ほとんどの場合相手が年上でも生意気な態度だし、ジョンに触れていないと不機嫌だ。 「どうせ開けてもいないんだろう?」エリックは来客用のソファに身を投げ出すようにして座った。あちこち歩いたせいか、足が重い。 「年の瀬ですからね。ここのところ新規の依頼はないんですよ」ジョンがやんわりと口を挟む。愛嬌のある黒っぽい瞳はいつもきらきらと..

  • 花嫁の秘密 314

    大まかな計画を話し合った後、メリッサはラッセルホテルへ向かうため、一旦自分の屋敷へと戻って行った。エリックも帽子屋に用があると言って出かけ、一人残されたサミーは書斎で仕事に取り掛かることにした。 エリックがウィンター卿の空き家を買い取ったように、サミーもアンジェラ誘拐の現場となった廃墟同然の屋敷を手に入れようとしていた。無事手に入れたら、直ちに屋敷は取り壊す。跡形もなく。万が一クリスがそこに辿り着いても、誰が犯人だったのかわからなくするためだ。 持ち主がいまもジュリエットなら少し面倒だと思ったが、詳しく調べてみれば、まったくあの土地に縁のない人物の手に渡っていたことが判明した。そういえば、あの男の死体はどこへ埋めたのだろう。どこか別の場所ならいいが、あそこに埋まっているなら、やはりすぐにでも手に入れる必要がある。 代理人は誰を立てようか。リード家の弁護士を使うわけにもいか..

  • 花嫁の秘密 313

    「ビー、余計なことをしゃべるな」用を済ませて居間に戻ったエリックは、開口一番唸るように言った。 少し目を離したらこうだ。ビーがおしゃべりなのは、いまに始まったことではない。だが、サミーはどうだ?いつになくご機嫌でビーの相手をしているじゃないか。 「あら、必要な情報を聞いていただけよ。誰かさんが話してくれないから」メリッサは嫌味っぽい口調で反論し、意味ありげな薄い緑色の瞳でサミーに目配せをした。 「お前の学校の話が必要な情報だとは思わないが」エリックはサミーの隣に不機嫌さもあらわに座り、目の前のティーカップを手に取って口を付けた「アチッ!」 「冷めていたから新しいものを持ってきてもらったんだ。焼き菓子もどうぞ」サミーはすまし顔で焼き菓子の乗った皿をエリックの方に押した。「セシルがいるつもりで作りすぎたみたいだ」 「どうせ二週間くらいで戻ってくる。缶にでも詰めて置..

  • 花嫁の秘密 312

    いままで彼女と二人きりになったことがあっただろうかと、サミーは束の間記憶を巡らせた。 確か、アンジェラ救出の時にエリックの屋敷で。会話はほとんどしなかったはずだ。僕は怪我をしていて、熱もあったせいかぼんやりとしていたから、記憶があいまいなだけかもしれない。 エリックが例の調査員――クレインと言ったか――に呼ばれ、席を外してもう一〇分は過ぎた。もちろん見たこともない男がずかずかと居間に入ってきたわけではなく、エリックが勝手にクレインの気配を察知して出て行ったわけだけど、きっとあの男は何度かここに忍び込んだことがあるのだろう。 エリックがここを拠点として仕事をするのを、黙って見ているべきかどうか悩ましいところだ。 「今回のこと、エリックから説明は?」メリッサがひと通り皿の上のものを胃に納めるのを待って、サミーはようやく口を開いた。いつまでも黙っているわけにもいかないので仕方..

  • 花嫁の秘密 311

    翌日の午後、ロンドンへ到着したばかりのメリッサがリード邸を訪れた。 着いたら、ここへ顔を出すようにエリックに言われていたからだ。 なぜという疑問を抱いても仕方がない。エリックがリード邸に来いと言うなら、そうする他ない。これがアンジェラの為でなかったなら従ってはいなかったと思うけど。 執事に案内され家族用の居間へ通されたメリッサは、その温かさと居心地の良さに思わずほっと息を吐いた。山積みの問題からしばらく離れてみるのも、そう悪くはないのかもしれない。 「やあ、ビー。元気にしてたか?そのコートすごく似合ってる」エリックはメリッサに歓迎の抱擁をして、頬――極めて唇に近い場所――にキスをした。 濃いグリーンのコートは、自分を高貴に見せようと新調したものだ。エリックが褒めたということは、合格点はもらえたのだろう。 メリッサはチクチクするような視線を感じつつ、エリッ..

  • 花嫁の秘密 310

    ふと目を覚ますと、暖炉の小さな炎が目に入った。顔に当たるふわふわとした毛布はいつもと違う匂いがした。狭い場所は嫌いじゃない。広い場所だと身を守れないからだ。 そろりと起き上がると、肩がみしりと音を立てた。下になっていた腕が血流を取り戻し、みるみる生き返ってくのがわかった。こういう感覚も嫌いじゃない。 目の前の椅子でエリックが目を閉じて座っている。眠っているのだろうか?なぜベッドへ行かない? 傍のテーブルにはブランデーで満たされたままのグラスがひっそりと置かれていた。結局口を付けなかったのか、飲んでいる途中で眠ってしまったのか、どちらだろう。 炉棚の上の時計を見ようとしたが、暗くて時間が読み取れなかった。脚をソファから降ろし、毛布を抱いて再びソファに深く沈んだ。 エリックの話を聞きそびれてしまった。まあ聞いたところで僕にできることはなさそうだけど。クィンと何を話..

  • 花嫁の秘密 309

    クィンの話を聞きたがっていたサミーは、自分の話が終わると眠ってしまった。さすがに抱えて階段をのぼるわけにもいかず、プラットに言って毛布を持ってこさせた。 「目を覚ましたら部屋へ連れて行くから、気にせずもう休め」エリックはプラットを気遣い慇懃に言った。 「何かございましたらすぐにお呼びください」プラットは気づかわしげにサミーを一瞥したが、特に意見することはなかった。 「ああ、そうだ。プラットは先代の時はここにいたんだっけ?」下がろうとするプラットに、エリックは思い出したように尋ねた。 「いいえ。いまの旦那様になってからでございます。今年に入ってから父が引退しましたので、この屋敷全般を任された次第です」 任されたと言っても、クリスがこっちに出てくるときはダグラスも連れてくるから、胸中は複雑だろう。 「お父上は元気にしているのか?」そう歳にも見えなかったが、息..

  • 花嫁の秘密 308

    身体が温まると途端に眠気が襲ってくる。 サミーは目を閉じ、ソファのひじ掛けにもたれた。エリックはデレクとの事を話すまで、絶対に引き下がらないだろう。別に秘密というほどではない。ただ、思い出したくない出来事で、今夜デレクがあんなこと言いださなければ、ずっと封印していただろう。 「十四歳の時、僕は寄宿学校に入れられたんだ」サミーは静かに切り出した。「でも、僕の場合クリスとは違って、ただ父の目の届かない場所ならどこでもよかったんだ」 エリックからの返事はなかった。グラスを片手にじっと僕の言葉に耳を傾けている。 「初めて外にやられて、戸惑いもあったけど、僕はちょっと浮かれていたのかもしれない。家族と見慣れた使用人だけの世界とは違って、外の世界はとても新鮮だったからね。先生たちも優しかったし、もちろん僕が誰の息子かわかっているからだと思うけど、当時はそんなこと思いもしなかった..

  • 花嫁の秘密 307

    個室を出ると、壁際に置かれた半円形の小さなテーブルにココアが置いてあった。ピカピカに磨かれた銀製のポットにアンティークの高価なカップ。いつ置かれたのか気になったが、知らない方がいいような気がしてポットに触れるのはやめておいた。 エリックは先を行くサミーの背を見ながら、まだ熱の残る唇に触れた。 今夜はどうかしている。もちろんこれは自分の事ではなく、サミーの事だ。いや、俺が酒を飲ませたからこうなったのか? サミーが過去の話をしようとしないのも、酔ってもいないのにキスを拒まなかったのも、すべてがどうでもよくなるほど頭に血が上ったのも、一切合切俺のせいだ。そうしておいた方が、あれこれ頭を悩ませるよりもずっと楽だ。 大抵において怒りの感情は、熱く燃えるようなものだと思っていた。確かにこれまではそうだった。それなのに、なぜか今夜は違った。呼吸も血流も止まり、身体の熱さえ奪った。..

  • 花嫁の秘密 306

    エリックがあれほど怒っている姿を見たのは初めてだった。 ドアの向こうで盗み聞きする余裕があったのは、デレクがアンジェラのことを口にするまで。 暗にジュリエットをけしかけるぞと脅していたけど、すでに行動を起こしたのでは?あのクリスマスの贈り物がデレクの仕業だったとしたら、このあとどう行動すべきだろう。 「だいたいなんだってデレクを部屋に入れたんだ?」 「そっちがドアを閉めて行かなかったからだろう」サミーはエリックに詰め寄った。あんな無防備な姿をデレクに見られて、僕がどれほど屈辱的だったか。 「ドアは閉めた……」エリックは曖昧に返事をし、腕を伸ばしてサミーを抱きすくめた。 「誤魔化そうたって――」言い掛けた言葉はエリックの口で封じられた。黙らせるには一番効果的な方法だ。けど、いったいどうしてこんな場所で。「エ……リッ――」 エリックはアルコールの味がした。..

  • 花嫁の秘密 305

    サミーとデレクの確執は想像していたものと違っていた。 過去に接点などないと思っていたが――調べても出てこなかったので――デレクがサミーの背中の傷の存在を知るほど近くにいたと知って混乱した。と同時に、デレクがそれを武器にサミーに攻撃を仕掛けたことへの怒りで、エリックのすべては支配された。 気付けばデレクに飛びかかり押し倒していた。ここが大理石の床ではなく毛足の長い絨毯だったことを、デレクは感謝すべきだ。 「エリック!やめろっ!」 固く握った拳がデレクの鼻先で止まる。いま叫んだのはサミーか?それとも目の前の屑か? 止まっていた呼吸が再開し、大きく息を吐き出す。デレクの肩を押さえつける左手を喉に滑らせ、親指をぐっと押し込んだ。 呻き声が聞こえたが、こいつからはもう何も聞きたくない。二度とサミーを脅せないように喉を潰してやる。 「エリック、デレクから離れるんだ..

  • 花嫁の秘密 304

    デレクの人生の中で、サミーの存在はそれほど大きなものではない。ほとんど交流のないただの同級生で、お互い好感を抱いているとは言い難い。 いや、はっきり言って、サミーは俺を嫌っている。理由は明確。もうずっと昔の、まだお互い子供だった頃、俺がサミーを傷つけたから。 もちろん当時はそんなつもりはまったくなかった。寄宿学校ではあれは通過儀礼のようなものだし、気に入らないからしたわけではない。あの後、サミーはまるで元からそこにいなかったかのように姿を消し、残った者は記憶からサミーを消した。 でもいまは違う。何から何まで気に入らない。味方を得て気が大きくなっているようだが、エリック・コートニーなど潰すのは簡単だ。先にあの目障りな男から始末したっていい。あいつは害でしかない。 「エリックの事を言っているのなら、まああながち間違いではないかもね。彼は兄弟の面倒を見るのが好きだし、この..

  • 花嫁の秘密 303

    ソファにもたれかかりいったん目を閉じてしまうと、エリックの後を追うなど不可能だった。三階の個室に置き去りにされても、そのうち戻ってくるのだからと、結局面倒でそのまま横になった。 クィンと何を話すのだろう。簡単に話を出来る相手ではないことはエリックもわかっているだろうけど、果たしてそんなことエリックが気にするだろうか。もしもここを買収する話だとしたら、もっと適切な時期を選ぶべきだ。 さすがにそれはないかと、サミーは小さく頭を振った。ここを買い取ったらどうだと言い出したのは僕だけど、あれはほんの冗談だし、エリックもそれをわかっていて話を合わせただけだ。スパイを送り込む手間が省けるが、持ち主があのエリック・コートニーだとわかれば会員の中には脱会する者もいるかもしれない。 いや、オーナーがエリックだったとしたら、逆に会員の情報は常に保護され、むやみに新聞に書きたてられる心配も減る..

  • 花嫁の秘密 302

    「おい、サミー。その辺にしとけ」 サミーに酒を飲ませるんじゃなかった。いや、軽く食事をして程よく酔った状態まではよかった。特に顔色が変わるわけでも暴れるわけでもなく、ただ少しいつもより感傷的になるだけだし、普段喋らないことも喋ってくれる。飲みすぎればもっと違った姿が見られるのだろうが、そんな姿は他の誰にも見せるつもりはない。 カードルームへ行ったのが間違いだ。てっきり酔ったら弱くなるものだと思っていた。デレクが姿を現すまでの時間潰しでと始めたが、このままではテーブルに着く三人を丸裸にしてしまう。 エリックは青ざめる三人に愛想笑いを向け、サミーの腕をがっちり掴み引き上げると、そのまま引きずるようにしてカードルームを出た。 「まったくお前はどうしようもないな」サミーを壁に押し付けシルバーの瞳を覗き込む。多少ぼんやりとしているが、一見酔っているようには見えない。 「..

  • 花嫁の秘密 301

    「今夜は人が少ないようだね」 ポーターにコートと帽子、ステッキを預け、サミーはラウンジを見回した。この時間にしては――と言うほどプルートスに通い詰めているわけではないが――人はまばらで、会員より従業員の方が多いほどだ。 「オルセンのところで大きなパーティーがあるからだろう」エリックはポーターに何か耳打ちすると、そばに来て言った。 「オルセン?大富豪のあの?」 「娘の婿探しさ。適当なやつらを手当たり次第に招待している」エリックは難を逃れてホッとしているようだ。 「もしかして君も招待されていたのか?」訊くまでもない。オルセンがエリックを招待するのは当然だ。家柄もよく見た目も申し分ない、職業柄オルセンの助けにもなるとなれば婿候補として名前が上がってもおかしくはない。 「しばらく予定はないと言っただろう」エリックはさらりと言って、サミーにどこでも好きな場所へ座れ..

  • 花嫁の秘密 300

    サミーは何も言わないが、ジュリエットの誘いを断ったのだろうか? ティールームでお茶を飲むだけ?ホテルまで出向いて行ってそれだけで済むと思っているとしたら、あまりに世間知らずだ。以前同じホテルに滞在して、部屋で何時間も語り合ったと言っていたが、実際どうだったのか知る由もないし、いまさら聞いたところでどうしようもない。 「今夜はどうする?」エリックは尋ねた。特にすることがないなら、プルートスへ行って少し遊ぶのもいい。気分転換になるし、ついでにデレクたちを探ることもできる。あいつらの誰かは絶対に来ているだろうし。 「どうしようか。どこかのパーティーに参加してもいいし、面倒だからこのまま出掛けずに過ごしてもいい。どうせ君に何か考えがあるんだろう?」 いちいち言い方に棘があるのが気になるが、まあこっちの言うことに従うというならここは聞き流そう。 「プルートスへ行こう。お..

  • 花嫁の秘密 299

    「クリスは何だって?」 エリックの問いかけに、サミーは顔をあげた。外出から戻ったようだ。 「クリスはクリスで調べているようだよ。君のスパイを借りるってさ」サミーは紙切れをエリックに差し出した。ついさっきクリスから届いた電報にはセシルが無事到着したことと、エリックが送り込んだ調査員を引き留めることが書かれていた。 エリックは特に確認するでもなく、肘掛椅子に座って暖炉に向かって足を伸ばした。「まあ、向こうで調べることもあるだろうな。これでしばらく動きもないだろうし、好きにさせておけばいい」 「どうして動きがないとわかる?」数ヶ月経ってまた動き始めたというのに、これだけで終わりとは思えない。 「動く必要がないからだ。俺たちもカウントダウンまではゆっくりしよう」エリックは意味ありげに微笑んだ。 「ゆっくり?本気で言っているのか?アンジェラは住み慣れた場所から離れ..

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