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2022/03/03

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  • 伯爵と少年 エピソードゼロ

    「お帰りなさい、お母さま」 きらきらと輝く金色の髪をなびかせながら、キャサリンは庭先まで駆け出し母に抱きついた。 「あらあら、お土産が目当てね」母がキャサリンに微笑む。しかしその視線はすぐに別のところへ移された。「アンディ!」 母の弾むような声。キャサリンなど最初からそこにいなかったかのように、まばゆいばかりの笑顔をアンディに向ける。娘の腕を振りほどくようにして逃れ、愛する息子の元へ歩み寄った。 「お母さま、お帰りなさい。疲れたでしょ、テラスで一緒にお茶を飲みましょう」 「アンディは優しいのね」そう言って微笑むと、母はアンディと連れ立って屋敷の中へ入っていった。 アンディ―― いつもそうだ。生まれた日も、顔も、髪の色も、このブルーの瞳だって同じなのにどうしてアンディばかり……みんなに愛されて。 グリフィス家の跡取りだから?――ただそれだけじゃない..

  • 伯爵と少年 96 最終話

    「エドワード様よろしいのですか?いくらなんでも放って置き過ぎでは?」 アンディの様子を心配したローレンスがずかずかと書斎に入ってきた。ローレンスにとってエドワードは雇い主で主人はアンディだ。だから雇い主である伯爵に対して多少無礼でも、エドワードは見逃すことにしている。 エドワードは特に何をしているわけでもなく、ただ椅子に座りその時が過ぎるのを待っていたのだが、あまりに待ちすぎてローレンスが不安を感じやってきたのだ。 「しかし……まだ泣いているのだろう?」 そう、アンディはずっと泣いていた。 母であるマーガレットとの別れがあまりにも辛すぎたのだ。もちろんエドワードと別れることなど考えられなかったのだが、苦渋の決断をして息子を送り出した母の気持ちを思うと、涙が止まらないのも仕方のないことだ。 あの瞬間に躊躇うことなく決断したマーガレットには頭が下がる思いだった。 ..

  • 伯爵と少年 95

    屋敷の前ではエドワードの馬車がその時を待っていた。 玄関でマーガレットに挨拶をするエドワードをアンディがじっと見つめていた。 アンディはマーガレットの傍らで、一緒にエドワードを見送るこの屋敷側の人間になってしまった。 エドワードがアンディから去ってゆく――じわじわと迫るその時に、アンディはとうとうその感情のすべてを爆発させた。 「いやだっ!ぼくエディと一緒に行くっ……やだ、捨てないでエディ」泣きじゃくりエドワードに縋りつく。 マーガレットが驚きに目を見張る。最愛の息子の悲痛な叫びにどうすることもできず、ただ衝撃を受けていた。 エドワードはそんなアンディをしっかりと抱きとめた。 「アンディ――ここがアンディの居場所なんだよ。また、会いたかったらいつでも来ていいんだ。待っているから」乱れた金色の髪に触れ、子供をあやす様に優しく言い聞かせる。 「いやっ!!..

  • 伯爵と少年 94

    翌朝、エドワードはアンディを薔薇園に誘った。朝まで同じベッドで過ごすつもりだったが、アンディはひとりで寝ると言って別々の夜を過ごした。 もしかすると、いまにも別れを告げようとするエドワードに気付き、警戒したのかもしれない。 今は眠りについている薔薇たちに囲まれ、少し傾いたベンチに腰を掛ける。アンディはマーガレットに手渡されたブランケットを体に巻き付けそっとエドワードに寄り添った。 これが最後になると思うと、喉の奥が詰まりうまく声が出せない。明日でもいいのではないかという考えが頭をよぎったが、今言ってしまわなければ、手放すことができなくなってしまう。 「アンディ、少し話を聞いてくれるか?」やっとのことで絞り出した声はかすれ震えていた。 「なに?エディ……どうしたの?」エドワードの今までとは全く違う口調に、アンディはすでに不安そうな顔に変わっていた。 エドワ..

  • 伯爵と少年 93

    アンディはベッドに置かれたブラウスに目をやった。袖口にたっぷりとフリルがあしらわれ、手の傷を思いの外よく隠してくれた。 お母様が秘密を守るために用意してくれたもの。つまりはケイトを守るためのものだ。 二人の目的は違いこそすれ、あの事件を公にしないということでは意見が一致した。もちろん二人の間で話し合いが行われたわけではないが、暗黙のうちにそうなっていた。 そのおかげで、エディは気づかなかった。ほっとする一方で、不安でもあった。 通常なら必ず気づいていたはず。それなのに気づかなかったのは、どこか様子がおかしかったからだろうか。 お母様はエディに会いに行って何を話したのだろう。ケイトと喧嘩になって訊きそびれてしまったけど、訊いたってきっとお母様は喋ってはくれなかっただろう。 「アンディ様、ガーゼの交換をしましょう」 いつの間にかローレンスがそばに立っていた..

  • 伯爵と少年 92

    エドワードが再びフェアハーストを訪れたのは、マーガレットの訪問から三日後だった。エドワードは知る由もないが、アンディの事件から二日経っていた。 再会した二人を邪魔する者はなく、離れていた時を埋めるように抱き合い、唇を重ね、相手の温もりを確かめ合った。 小さな居間の片隅で一緒にいられなかった数日のことを語り合った。長椅子に並んで腰かけ、紅茶を片手にゆったりとした時を過ごす。お互いたいした出来事はなかった。エドワードは土地管理人や管財人と仕事の話をしたこと、アンディは記憶が早く戻るようにとあちこち散策したこと、そんなことばかりだった。 アンディはマーガレットに告白したことを言おうとはしなかった。エドワードもマーガレットが屋敷を訪れたことを言えずにいた。それともアンディはもう知っているのだろうか?三日前、マーガレットは一日留守にしていたはずだ。アンディでなくともキャサリンがどこ..

  • 伯爵と少年 91

    目覚めたアンディはぼんやりと天井を見つめながら、キャサリンのことを考えていた。 キャサリンはアンディと同じ人を好きになった。だから邪魔な存在を消そうとした。単純な出来事だ。 でもキャサリンは妹。その妹がぼくを殺そうとしたなんて認めたくなかった。 エディがこのことを知ったら、どう思うだろう。 アンディは左手の痛みに顔を顰めた。傷はひどいのだろうか?包帯の上から触れただけで激痛が走り、これをエディに隠すのは難しいだろうと頭を悩ませた。 冷たい水の中に沈みながら、断片的に記憶が蘇っていた。 マーガレットが母だという事、そしてこの屋敷がアンディの家だと言う事、今日と同じように冷たい水の中へ落ちたこと――なぜ落ちたのかは思い出せなかったし思い出せなくてよかったと思っている。真実はきっと、耐え難いものだから。 それに思い出したすべてを誰にも言いたくなかった。 記憶が..

  • 伯爵と少年 90

    マーガレットはすべてを知った。 六年前のあの日、キャサリンは今日と同じような事をしたのだ。信じられなくとも、この目で見たのだから疑いの余地はない。 キャサリンは一切喋るつもりはないらしく、頑なに口を閉ざしている。 けれど、いまさら説明を聞いてどうなるというのだろう。娘が最愛の息子を殺そうとしたなどと、知ってどうなると?それも二度も。 これからどうするべきなのか、マーガレットには見当もつかなかった。すべてをひた隠しにする以外の選択肢があるはずもなく、かといってこのまま何もなかったことになど出来るはずがない。娘を罰するべきなのはわかっている。 アンディの所へ行きたくても、今はキャサリンから目を離せない。スタントンがアンディの従者に任せておけば安心だと言ってくれなければ、とっくにキャサリンを置いてあの子のそばに駆けつけていた。 「失礼いたします」 ローレンス..

  • 伯爵と少年 89

    ローレンスは斜面を素早く駆け下り川の中へ飛び込んだ。 なかば沈みかけ流されるアンディを必死にとらえようとするが、一瞬で見失ってしまった。流れは想像していたよりも速く、水温もかなり低い。 もがいてくれれば位置が掴めるのだが―― ローレンスは気が急くあまり考えなしに飛び込んだことを後悔した。とにかく一刻も早く引き上げなければ、命に係わる。 幸いなことに水中の見通しはよく、少し離れた場所に沈んでいるのが見えた。長い腕を伸ばしアンディを引き寄せると、水面に顔だけ出ししばらく流れに身を任せゆっくりと岸へ寄った。マーガレットとその執事の手を借り、二人はようやく水中を脱することが出来た。 青い顔でぐったりと横たわるアンディは息をしておらず、ローレンスはためらうことなく自分の唇をアンディの唇に重ねた。 とにかく水を吐かせなければ。ローレンスは自分が知り得る蘇生法をアンデ..

  • 伯爵と少年 88

    二人はしばらく散策していたが、やがて前庭から門の外へと出た。 門の外の道はその先の森までまっすぐに伸びている。右手には穏やかな流れの小川、左手には城壁の跡のような石造りの塀の残骸がちらほらと見える草地が広がっている。 かつて一〇歳のアンディが好きだった散歩道だ。 もちろんアンディは覚えていない。森の入り口まで散歩するのか日課だったことも、ここで行方知れずになったことも。 日傘を陽気にくるくると回すキャサリンは立ち止まって言った。 「アンディ、下に降りてみましょう」 アンディは足が竦んだ。記憶にはなくとも恐怖心はあった。そこはここへ来た二日目にマーガレットに案内され、自分の靴が発見されたところだと言われた場所だったからだ。 「どうしたのアンディ?」緩やかな斜面を下りていくキャサリンは振り返り、不思議そうな顔をアンディに向けた。 「ううん、なんでもな..

  • 伯爵と少年 87

    「ローレンスさん、どうかしたの?」 「いいえ、アンディ様。外に出るなら上着をお忘れなく」 物思いに耽っていたローレンスはうわの空で答えた。 キャサリン様がアンディ様を散歩に誘うなど、どう考えてもおかしい。 昨夜の騒動はあっという間に使用人の口から口へと伝わり、即座にこの屋敷の執事により箝口令が敷かれた。口を噤むことにかけては精鋭揃いのこの屋敷では、二度とお仕えする家族が言い争っていたなどと耳にすることはなかった。 詳細を知っているのはローレンスと執事のスタントンのみだ。夕食を給仕していた者たちは言い争いが始まって早々にダイニングルームから追い出された。もしかすると聞き耳を立てていたのかもしれないが、キャサリン様の告白は――こう呼ぶのが相応しいのかは分からないが――耳にしてはいないだろう。 あれは結局どういう意味だったのだろうか。 ローレンスは自分が想像した..

  • お知らせ

    こんばんは。 いつも訪問&バナーぽちっとありがとうございます。 昨日の更新1話飛ばしていました。 慌てて間に差し込みました。 よろしくお願いします。

  • 伯爵と少年 86

    翌日、キャサリンはいつもと変わらない様子で朝食の席についた。まるで前日の言い争いなどなかったかのようなその姿に、アンディは戸惑った。 何もなかったことになるなら、それでもいいと思った。妹に恨まれているなんてとても耐えられない。 ようやく思い出した記憶の一部。キャサリンとはここフェアハーストの屋敷で、幼いころからずっと一緒だった。一日も離れたことがなかったし、言い争いや喧嘩も一度もしたことがなかった。 「ねぇ、アンディ――午後は庭を散歩しない?」 最近はずいぶん日も短くなってきている。散歩をするなら午前のうちがいいように思ったが、アンディは誘ってもらえたことが嬉しくて深く考えずに返事をしていた。 「うん。そうする」 昨夜まともに食事をしていなかったのでものすごくおなかがすいていた。ローレンスが夜食を差し入れたが、混乱した状態のアンディはほとんど口をつけることが..

  • 伯爵と少年 85

    同時にマーガレットも気付いていた。けれどもあまりに恐ろしい事実に体は震え、思うように言葉が出ない。それでも確かめなければならない。 「キャサリンそれはどういう意味なの?」背筋を伸ばし、キャサリンをまっすぐに見る。キャサリンは顔を伏せ何も答えるものかと口をきゅっと引き絞っている。マーガレットの方も答えを聞くまで引き下がるつもりはなかった。「キャサリン!――わたしがせっかくってどういう意味なの?いったい、何をしたの?」 いったい、何をしたのだろう。何もしていなくても、キャサリンがアンディの存在を疎ましく思っていることに変わりはない。双子の兄妹なのにどうしてそこまで―― 「ぼくは死んだほうがよかったの?――ねぇ……ケイト?」アンディはうつむき消え入りそうな声で問いかけた。 マーガレットはアンディを見た。いま、ケイトと言ったのかしら?あまりに小さな声で聞き逃しそうになってし..

  • 伯爵と少年 84

    朝から不在だったマーガレットは晩餐の席にも姿を見せないのではと思っていたが、キャサリンが家族用に小さなダイニングルームに入った時にはもう席について待っていた。もちろんアンディもそこにいる。 二人の間には昨夜同様気づまりな空気が流れていたが、キャサリンは気付かないふりをして自分の席についた。 食事が始まっても、沈黙は続いていた。いくら気づまりでも昨日はまだ会話があった。おしゃべりなお母様が一言も発しないなんて、きっと出かけた先で何かあったに違いない。 エドワード様といったい何を話したの? 「お母様、今日はどこへ行っていたの?」 大嫌いな豆のスープを押しやり、キャサリンは訊ねた。緑色でどろどろしていて気持ち悪いったらない。 考え事をしているのか上の空なのか、ぼんやりとしていたマーガレットはスープスプーンをそっと置いて娘の方を見た。 「――今日は、エドワード様のお屋敷に..

  • 伯爵と少年 83

    マーガレットがエドワードの屋敷を訪れていたその頃、フェアハーストのアンディとキャサリンは午後のティータイムをティールームで過ごしていた。アンディがどんな気持ちで過ごしていようとも、一日のスケジュールが狂うことはない。 「アンディ、よく聞きなさい。あんたはこのままここにいるのよ。だってここが本当の居場所でしょ」 キャサリンの今までとは違う口調にアンディは驚き困惑した。 「キャサリン様……?」 「やめてよ!キャサリン様なんて、ケイトって呼んだら?いつもそう呼んでたでしょ」キャサリンが苛立ったように言う。 「ケイト……?」そう口にして、ふいに胸の奥がざわめいた。本当にぼくの妹だとしたら、当然愛称で呼んでいてもおかしくない。けど……。 「そうよ、あんたの大切な妹でしょ。大切な妹のために、ここに残って、わたしとエドワード様との結婚に協力してよ」 「結婚……協..

  • 伯爵と少年 82

    エドワードがホロウェルワースに戻って三日目の朝―― 「エドワード様、グリフィス伯爵夫人がお見えですが」 スティーヴンが思いもよらないことを口走った。 「何を言っている、そんなはずはないだろ」エドワードは突然のことに驚きを隠しきれず、手にしていた書類を叩きつけるようにして置き立ち上がった。確かに今日は来客の予定はあるが、それがマーガレットでないことだけは確かだ。 「すでに応接間でお待ちいただいております」 エドワードは遅い朝食を済ませ、たまっていた書類にようやく目を通し始めたところだった。客を迎えるには早すぎる時間だが、相手も相当朝早く出たに違いない。 つまりは――アンディに何かあったということだ。 「伯爵夫人どうされたのですか?アンディに何かあったのですか?」エドワードは挨拶も忘れ、応接間に飛び込み早口で訊ねた。 「あなたにアンディの事でお伺..

  • 伯爵と少年 81

    午後のお茶の時間は親子三人の日課となっていた。弟のダニエルはまだ幼く、アンディはほとんど顔を合わせることがなかった。 「おばさま、お話があります」 アンディはもう記憶がないままでも、自分が何者かわからないままでもどうでもよかった。エドワードと一緒にいられないなら、記憶が戻ったとしても無意味だからだ。 「なにかしら?アンディ」マーガレットは穏やかに微笑み、手にしていた薔薇模様のティーカップを置いた。「もしかして何か思い出したのかしら?」 「いえ……」アンディは小さく首を振って、キャサリンの方を見た。 キャサリンは兄にも母にも興味がないといった様子で、おろしたままの艶のある巻き毛を大事そうに撫でている。エドワードが帰ってからというもの、何をするときも退屈そうだ。用を済ませたエドワードが再びここにやってきたら、キャサリンは喜ぶだろう。でもアンディは? そばにいるの..

  • 伯爵と少年 80

    夜遅く、エドワードはアンディの部屋に忍び込んだ。 ただドアを開けて中に入りまたドアを閉めるだけだ。家族の棟とは少し離れているので誰に見られることもない。なぜこれまでそうしなかったのか自分でも理解できないが、スティーヴンのおかげで目が覚めたとしか言いようがない。 ここへ来て三日、アンディはまるで出会った頃に戻ったようだ。ただ怯えて、今よりも悪い状況にならなければいいと、エドワードの顔色をうかがっていたあの頃に。あれからまだ一年も経っていないと誰が思う? アンディはやはり大きなベッドで身を縮め丸くなって眠っていた。起こさないようにゆっくりとベッドにあがり背を包むように抱き込んだ。 朝使用人たちが起き出すまでの間、その間だけが二人が誰にも邪魔されずに唯一一緒にいられる時だ。 ほんの数日なのに、少し触れ合えないだけでこんなにも苦しいとは思いもしなかった。 アンディをその胸に..

  • 伯爵と少年 79

    三日目、マーガレットは焦れた様子でアンディに自分の部屋で過ごしてはどうかと提案してきた。 その方が早く記憶が戻るのではないかという理由だ。 アンディがかつて使っていた部屋は子供部屋だ。成長したアンディにはすべてが小さく幼すぎ、いったい何をして過ごせというのだろう。 「それでアンディ様はどうなさると?」 スティーヴンとローレンスは裏庭の一角の野菜畑にいた。もちろん野菜を収穫するためではないが、二人がここにいたからといって気にする者はいない。ここではアンディに仕えているというだけで信用を得ている。 『ああ、アンディ様の口に入るものを確認されているのだろう』きっとその程度にしか思われない。 ホロウェルワースとは違いこの屋敷には十分すぎるほど使用人がいる。二人は暇を持て余していたが、すべきことがないわけではない。 目下、お互いが仕えている人物がボロボロの状態で..

  • 伯爵と少年 78

    まだ二日しか経っていないというのに、アンディはもうくたくただった。 不安を胸にこの場所へやってきて、色々案内されたが、何ひとつ思い出せず、何も分からなかった。思い出話も知らない物語を聞かされているようで、記憶があったはずの場所が埋まることはなかった。 それでも、周囲の期待になんとか答えたいと必死に思い出そうと頑張っている。 なによりアンディを疲れさせているのが、エドワードと一緒にいられないことだ。触れることはおろか顔すらまともに見ることが出来ずにいる。そばにいても話もできず、グリフィス家の人たちが二人の間に立ちはだかっているのだ。 「ローレンスさん、エディに会える?」 衣装棚の整理をしていたローレンスは扉を閉じ、窓辺でぼんやりと外を眺めるアンディに向き直った。 「エドワード様はキャサリン様とティールームにいらっしゃいます」 「そう……」アンディの疲れ切..

  • 伯爵と少年 77

    翌日は屋敷の外を案内された。 庭を巡りアンディの好きだった薔薇園へと向かった。薔薇はすでに次花開くその時まで、しばしの眠りについていた。 そこには少し朽ちかけ傾いた木のベンチが置いてあった。 アンディはそこに長い時間座っていつも薔薇を眺めていたのだという。 薔薇が散っても、庭師が剪定をする姿などをよく見ていたらしい。花が咲くときだけが、そのすべてではないことをアンディは分かっていたのだ。 それから屋敷の門を抜け森へと続く道に出た。 来るときに馬車で通り抜けた道だ。 アンディが毎日散歩するのを楽しみにしていたその道だった。 なだらかで見通しのよいその道の側には並ぶようにして川が流れている。 アンディは毎日この道をどんな気持ちで散歩していたのだろうか? 穏やかな川の流れを臨み、草花を愛で、鳥たちの会話を耳にしていたのだろうか? なぜ、その川へと..

  • 伯爵と少年 76

    フェアハーストの屋敷はグリフィス家が所有する数ある屋敷の中ではそれほど大きなものではない。 それでも、ここに居を構えているのはアンディがここを気に入っていたからだという。 グリフィス伯爵はロンドンの屋敷や本邸を行き来しているが、マーガレットと子供達はほとんどここを離れたことがなかったそうだ。 アフタヌーンティーの時間を過ぎたころ、アンディを乗せた馬車が屋敷の門をくぐった。予定よりもだいぶん遅れての到着だったが、屋敷の使用人達が待ち構えていたようにそこかしこから顔を覗かせた。今まさにアンディが馬車から降りるその姿を食い入るように見つめている。 玄関広間には父であるアルバート・グリフィス伯爵以外は家族全員が出迎えていた。伯爵は幸か不幸か現在国内にはいない。 マーガレットにキャサリン、そして二歳になるダニエル、アンディのお世話係や執事、ハウスメイドなど当時を知る使用人た..

  • 伯爵と少年 75

    「スティーヴン、どう思う?」 困ったときはスティーヴンについつい意見を求めてしまう。 「難しい問題ですね。グリフィス家にはアンディ様が亡くなってから……もちろんこれは今の時点での話しですが、跡継ぎがいなくなりました。それでも、二年ほど前に男の子を授かっておりますので、今の跡取りはこの二歳になるダニエル様になります。しかし、実は長男であるアンディ様が生きていたとなると――アンディ様がグリフィス家の正統な後継者ということになります」 やっぱりスティーヴンはいちいち正確だ。確かめるまでもなく、アンディは伯爵家の跡取りだ。それは誰にも変えることはできない。 「アンディの記憶が戻らなくても、そういうことになるな……」 エドワードはどうにかアンディを傍に置いておく方法を考えた。記憶がないのだから、アンディをグリフィス家と結びつける決定的な証拠が必要になる。それは今のところマー..

  • 伯爵と少年 74

    今夜はゆっくり休ませてやりたいと思ったが、やはりマーガレットとの会話が気になりエドワードはアンディの部屋を訪れていた。 「アンディ入るよ」 アンディは窓際の椅子に座って暗い外を眺めていた。深く考え込んでいるのかエドワードが声をかけても気付かなかったようだ。部屋を横切り近付いたところで、ようやくアンディは振り返った。立ち上がって歩み寄り、エドワードの背に腕を回してぎゅっと抱きついた。 エドワードはしばらく無言でアンディの頭をいたわるように撫でていたが、肩を抱くようにして椅子に座るように促した。アンディは素直に従い、エドワードが椅子を引き寄せ隣に座るのを待ってから言った。 「エディ……マーガレット様はお母様なのかな?今度お屋敷へ来てって言われたんだ。どうしたらいい?」 アンディの口から出るのは、やはり戸惑いの言葉ばかり。エドワードはアンディと目線を合わせゆっくり優..

  • 伯爵と少年 73

    さすがに会話を楽しむというような晩餐とはならず、当たり障りのない話題――おもに天気と今年の流行について――で食事を終えた。 エドワードはキャサリンを応接室に連れて行き(もちろん侍女付き)、ダイニングルームにはアンディとマーガレットが残された。 「アンディ様、お茶の用意が出来ました」 スティーヴンが隣の居間へ二人を案内する。 アンディは母親だという伯爵夫人と小さなテーブルをはさんで向かい合った。夫人は自ら給仕係をかって出て、アンディのティーカップになみなみ紅茶を注いだ。まるでずっとそうしたかったと言わんばかりに。 「ありがとうございます――」 アンディは伯爵夫人をどう呼べばいいのか悩んでいた。母だと彼女は言ったが、やはり知らない人で、相手は貴族なのだ。エドワードに倣ってマーガレット様と呼ぶのもいいのかも知れないと思ったが、なんとなくしっくりこなかった。 「ア..

  • 伯爵と少年 72

    ウィリアム・アンドリュー・グリフィス アンドリュー アンディはアンドリューの愛称だったのか―― スティーヴンにグリフィス家の息子の名前を聞いたとき、アンディではなくて安心した。 しっかり調べれば分ったことなのにウィリアムと聞いて、あっさり違うと判断したのは私だ。 『アンディはウィリアムよりも、アンドリューの名前の方を気に入っていたのです。だから家の者はみな、アンディと呼ぶのです』 マーガレットが言っていたことだ。だがスティーヴンに調べさせたときにはその名前は一切出てこなかった。だからといってきちんと調べなかった理由にはならないが、それも彼女の言う『封印』と関係があるのだろうか?伯爵夫人の正気を保つため周囲の人間もアンディを封印した。そんなことがあり得るのかと疑ってみたところで仕方がない。実際誰もアンディの名を口にしなかったというのだから。 今日一緒に来てい..

  • 伯爵と少年 71

    エドワードにはアンディの戸惑いが手に取るようだった。 記憶がない。目の前の人が自分の母だと聞かされても、何の反応も出来ない。嬉しいのか何なのかも分からない。自分は孤児ではなかった。家族がいたのだ。 きっとマーガレットと同様、立っていられないほどの衝撃を受けている。それでもなんとか踏みとどまっているのはスティーヴンが支えているから。 「ローレンス、アンディを部屋へ」 エドワードはすっかり落ち着きを取り戻していた。アンディの悲痛な顔を見ていつまでも狼狽えているわけにはいかない。 アンディが出て行くと、すべてを受け止める覚悟でマーガレットに問いかけた。 「マーガレット様、アンディの事を――訊かせてください。本当にアンディが、あなたの息子なのですか?」 「間違いありませんわ。もちろんずいぶんと成長していますが……母親が息子を見間違えると思いますか?」マーガレットの..

  • 伯爵と少年 70

    「スティーヴン」エドワードは静かに命じた。 その時を待っていたかのように、スティーヴンが素早く動く。ほどなくしてアンディが部屋を横切りテラスにやってきた。 「アンディ、こちらへ来なさい」エドワードはアンディを引き寄せるようにして、隣に立たせた。アンディはいつも通りの礼儀正しさで訪問者に挨拶をした。 「はじめまして――えっと……伯爵夫人様、ぼくアンディと言います。キャサリン様、こんにちは」 キャサリンは答える代わりににっこりと微笑んだ。完璧な笑みだ。アンディもつられてにこりとし、キャサリンの隣のマーガレットに目を向ける。 マーガレットはぼんやりと焦点の定まらない瞳をアンディに向けていた。戸惑いの表情がみるみる驚きに満ちていく。 「アンディ」最初はとても小さくつぶやくように。それから立ち上がりアンディの傍までよろめくようにして近づく。「アンディ、アンディなの..

  • 伯爵と少年 69

    アンディにいつもの笑顔が戻ってからほどなくして、キャサリンからエドワード宛に手紙が届いた。 近々アンディの事を知る人物と屋敷を訪問したいとの事だった。 エドワードはスティーヴンと相談し、そしてアンディにもこの事を伝え、キャサリンに返事を出した。 いったい誰がやってくるのか、エドワードにはおおよそ見当はついていた。キャサリンはアンディのことを知る人物など連れては来ない。きっと母親と再びこの屋敷を訪れ縁談を進めるつもりだ。 エドワードは深いため息を吐き、深々と椅子の背にもたれた。 公爵邸からの使者はいまだ来ない。ということは祖父は謝るつもりもなければ、今後エドワードに期待もしないということだ。もう縁を切ったのだからそれでかまわない。 公爵の後押しを期待できない今、伯爵夫人はどう出るつもりだろう。そもそも手助けなど必要としていないのかもしれない。グリフィス家は家柄もよく裕福だ..

  • 伯爵と少年 68

    ロンドンから戻って数日が過ぎた。 あれからアンディは子供のようにエドワードにべったりとくっついている。もう恐れるものは何もないとわかっていても、心に受けた傷はそう簡単に癒えるものではないのだろう。 エドワードに出来ることは、アンディに安心できる場所を与えることだけ。 心地よく風が吹き抜ける四阿で、二人は午後のお茶の時間をゆったりと過ごしていた。早く元気になるようにと、メアリの提案だった。特別にドライフルーツ入りのスコーンも焼いてくれた。 アンディはエドワードに寄り掛かるようにして目を閉じていた。眠ってはいないようだが、それに近い状態のようだ。 「……エディ」アンディがか細く言葉を発した。それは風の音にかき消されてしまいそうなほどのささやき声だった。 (今――ものすごく自分の都合のいいように聞こえたが……まさか、な) 「どうした?アンディ?」腕の中を覗き..

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