微子第十八の09「大師摯適齊」についてです。国が乱れ始めると人々は他国へ逃れるようになるというお話です。
陽貨第十七の09「小子何莫學夫詩」についてです。弟子たちに詩経を学ぶことの大切さを説いています。この当時は詩経から学ぶことが沢山あったようです。
【論語】季氏第十六09「生まれながらにして之を知る者は上なり」
季氏第十六の09「生而知之者上也」についてです。学ぶことの重要さを説いています。努力せず学びもしないのは下だと言っていますね。
【論語】衛霊公第十五09「志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無し」
衛霊公第十五の09「志士仁人、無求生以害仁」についてです。志や仁のある者は決して己の保身のために仁を損ねたりせず、かえって仁のために身を犠牲にすることも厭わない。
憲問第十四の09「爲命、裨諶草創之」についてです。鄭では外交文書を作るのにいろんなフェーズで精査を重ねていたようですね。重要なことを決めるときは慎重を期すのが大事です。
子路第十三の09「子適衛、冉有僕」についてです。人を増やし、経済を豊かにし、文化を広める。これが国作りの基礎だと考えていたのですね。
顔淵第十二の09「哀公問於有若曰」についてです。不作の折、哀公から方策を尋ねられ有若が答えました。あえて年貢を下げてはどうかと進言しました。どういう理由なのでしょう。
先進第十一の09「天喪予、天喪予」についてです。顔淵が亡くなった時にその死を嘆いて言った言葉です。
郷党第十の09「席不正、不坐」についてです。まぁ言葉通りの意味だと思います。大事なことですね。
子罕第九の09「鳳鳥不至、河不出圖」についてです。名君が久しく現れないことを嘆いた言葉です。孔子のような人でも弱気になってしまう事があるんですね。
泰伯第八の09「民可使由之」についてです。政策は実行するのは容易でも、民衆にその理由までを理解させることは難しいと言っています。
述而第七の09「子食於有喪者之側」についてです。喪中の人がいるときや喪に服している時のふるまいについて語られています。
雍也第六の09「季氏使閔子騫爲費宰」についてです。季子の政治があまりいいものではなかったのでそれを辞退し、再び重用しようとすれば他所へ行きますよと断りを入れています。よほど仕官したくなかったのでしょうね。
公冶長第五の09「回也聞一以知十」についてです。「一を聞いて十を知る」の言はここからきているのですね。顔淵は非常に優秀な人だったのでしょう。
里仁第四の09「士志於道、而恥悪衣悪食者」についてです。なるほど、至極もっともなお言葉ですね。肝に銘じておきます。
八佾第三の09「夏禮吾能言之」についてです。夏や殷のことについてはよく語る事が出来る孔子も、十分な文献が残されていない時代(杞や宋)については語るだけのものがないと言っています。いつの時代も証拠(エビデンス)って大事ですね。
為政第二の09「吾與回言終日」についてです。顔回と話した折、なにも発しなかったので愚か者だと思っていた孔子は、彼の生活ぶりを見て考え方が一変したようです。
学而第一の09「愼終追遠、民徳歸厚矣」についてです。ご先祖をちゃんと供養することの大切さ、それを上に立つものが行い民衆を導くことの重要さを曾子が説いています。
子張第十九の08「小人之過也必文」についてです。子夏の言葉です。小人は必ず自分の過ちを飾ると言っています。確かにその通りですね。
【論語】微子第十八08「其の志を降さず、其の身を辱しめざるは」
微子第十八の08「不降其志、不辱其身」についてです。当時は隠遁生活を送りながらもその名を知られた思想家というのが結構いたようですね。それらの人々を評して言った言葉です。
陽貨第十七の08「女聞六言六蔽矣乎」についてです。孔子が、六つの前言についてそれぞれ弊害があると言っています。子路にその内容を語っています。
季氏第十六の08「君子有三畏」についてです。君子が畏れるものが三つあるようです。どのようなものなのでしょう?
衛霊公第十五の08「可與言、而不與之言、失人」についてです。語る事の出来る相手とはしっかり語らないと、相手を失う。語るべきでない相手と語っても無駄である。何とも深い言葉です。
【論語】憲問第十四08「之を愛して能く労すること勿からんや」
憲問第十四の08「愛之能勿勞乎」についてです。人としての在り方を語った孔子の言葉です。
【論語】子路第十三08「子、衛の公子荊を謂わく、善く室を居る」
子路第十三の08「子謂衛公子荊、善居室」についてです。孔子が衛の公子荊についてその財のなし方を称えています。お金は大事ですね。
顔淵第十二の08「君子質而已矣、何以文爲」についてです。難しい内容です。
【論語】先進第十一08「子の車以てこれが椁を為らんことを請う」
先進第十一の08「請子之車、以爲之椁」についてです。顔淵の死について語られています。またそれとともに孔子自身の息子が死んだ際に外棺を作ってあげられなかったことも書かれています。
郷党第十の08「食不厭精、膾不厭細」についてです。なかなか面白い章句ですね。孔子の普段の生活態度を言っているのでしょうか。論語っていろんな事が書かれていますね。
【論語】子罕第九08「吾知ること有らんや、知ること無きなり」
子罕第九の08「吾有知乎哉、無知也」についてです。本気で教えを乞われたなら、自分が無知であっても丁寧に尽くして応える。人徳のなせる業ですね。
泰伯第八の08「興於詩、立於禮、成於樂」についてです。孔子の時代では漢詩の習いは非常に重要だったようですね。詩文を聞いて奮い立つほどでないと人格者とは言えなかったのでしょう。
「ブログリーダー」を活用して、しんさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。