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1件〜100件

  • 赤い三つ星輝く夜空を仰いで

    10月に入る。しばらくぶりの家飲みチューハイで早く寝入ったせいか、日付が変わった午前1時には目が覚めていて、ほんとにひさびさ、ベランダから夜空を仰ぐ。いちばん明るい木星が西の空に移動を始めると、東の空から狩人オリオンが南進し始める。冬の南の宵の空に雄々しく姿を見せるオリオンは、印象としては冬の星座だが、秋も深まると未明の空の代表格だ。オリオンに向かって左肩のベテルギウスと左足のリゲルが一等星だが、今朝は、赤いベテルギウスの上方に赤い同じような輝きのお星さまが二つ。おうし座の一等星アルデバランと火星(マーズ)だ。明るさは、マーズ-0.6、ベテルギウス0.45、アルデバラン0.87、の順に明るいが、いずれも明るい仙台の空でも目立って輝きを見せている。火星は軍神、おうしは角を突き付ける闘牛、オリオンは武器を振り...赤い三つ星輝く夜空を仰いで

  • 9月の森にお別れを

    9月の終わりの日に円楽が死んだ。肺がんだったという。その肺がん健診のため、八木山にバスで行った。ついでに、青葉の森に行こうと思った。三月ぶりだろうか、9月の終わりに青葉の森を歩く。耳を澄ますと、まだツクツクがないている。森のところどころ、一匹か二匹によるさみしい発声。遅れて生まれてきた者の孤独というものを感じるが、遅れてきた者同士、この暖かな秋の日に何とか結ばれて子孫を残せるように。ツクツクの声が途切れると、森は静かなもんだ。あのオオルリ一家やキビタキやホトトギスたちはどうしたのだろう。もう子供たちはすっかり大きくなってたので、家族で南の国に旅立ってしまったのだろうか。。彼らの旅とはどういうものなのだろう。高層の気流に乗って一気に南下するのか、それともあちこち「観光名所」を訪ねながらののんびり旅行か。子育...9月の森にお別れを

  • 秋のそら 秋のくも 秋のいろ

    夜明け、南西の空を見上げると、茜色に染まった朝焼け。「ああ、秋だ」「ひつじぐも?」くもの姿は、高度の高い順から、「巻雲」⇒「巻積雲」⇒「巻層雲」⇒「高積雲」⇒「高層雲」に分類されるというが、秋の代名詞の「鱗雲・うろこぐも」や「鰯雲・いわしぐも」は、高さ5千以上の「巻積雲」だ。今見えている「高積雲」分類される「羊雲・ひつじぐも」は、もっと低い位置、2千くらい。今朝のTVで、空に人差し指をかざして、指に雲が隠れれば「巻積雲」、指の大きさをはみでれば「高積雲」と教えられた。「羊雲」は、たしかに指に隠れない。なぜか「鱗雲」、「鰯雲」、「鯖雲」のいわゆる「魚系」は、「高い空」と同じように秋の季語となっているが、「羊雲」はどの季節の季語を探しても見つからなかった。「朝見えていた雲は、秋の雲ではなかったのか、第一印象は...秋のそら秋のくも秋のいろ

  • 秋の美しき生きもの2

    野草園の一角に、キンポウゲ科サラシナショウマの白い穂がかぜにそよいでいた。「今頃咲いているんだ。」この春、食べ物としていただく、あたらしい山菜の仲間として、①ユキノシタ科トリアシショウマ(鳥足升麻)②バラ科ヤマブキショウマ(山吹升麻)の若芽にであったが、この③キンポウゲ科サラシナショウマ(更科升麻)とあわせて、花の違いをしっかり覚えたただろうか。みな、微妙に花の時期を異にするものだから、よく比較もできないまま、あっというまに1年が過ぎようとしている。「だいいち、升麻という言葉の意味だって分からんだろう。」と、図鑑の解説を読むと、「升麻」は、その根茎を解熱、発汗、解毒に効用があると漢方で用いられた植物で、本家はこのサラシナショオウマをいうのらしい。それぞれ分類は異なるが、みな静かな深山に生育し、地味ながら白...秋の美しき生きもの2

  • 秋のうつくしき生きものたち1

    少し晴れたので、7月末以来となる野草園を歩く。朝の寒さにやられたのか、もう首筋や足元をなやます蚊の仲間は気にならない。もう、ツクツクたちセミ一門の声も途絶えた。鳥たちも騒がず、都市の一角の緑地は、あくまでも静かだ。冷たい風を受けると、なんだかさみしい。萩まつりの期間だというが、もう盛りを過ぎているのだらろうか。公園自体が萩色に燃えていない。ミヤギノハギを中心としたうす桃色と大好きな白萩が、この時期秋風に鮮やかな彩色を揺らしているはずだが、全体にややくすんでいる。「取り立てて、萩を見に来たわけでもないので・・」とうそぶく。ことしは、アジサイの盛りも見逃した。うつくしい生き物を発見した。山ウドの大きな葉の上に、同じ緑色でじっと動かない生きもの。葉を食べるのでもなく、翅をふるわせて鳴くのでもなく、天敵を恐れるの...秋のうつくしき生きものたち1

  • 賢治祭の日に

    「寒いっ」という言葉が思わずもれる。台風14号が去った、昨日の午後から。台風一過は、南からの温かい空気を運んでくるという既成概念は覆された。北西から冷たい空気の一団がやってきた。当地の、今朝の最低気温は13℃とか。1000m以上の高所では、にわかに紅葉が進んでいるだろう。はやくも月末から来月中に向けて、東北の山々は錦秋の時を向かえる。さて、今秋の赤や黄の彩度はいかがか。出かけてみようぜ。本日、9月21日は賢治さんの命日。普通、文人の忌日は「〇〇忌」という言い方をされるが、賢治さんは、「賢治祭」という愛称で、花巻市民の年中行事となっていて、あちこちでさまざまな催しが行われている。その方がいい。亡くなる二日前の9月19日夜に詠んだとされる絶筆二首のうち「方十里稗貫のみかも稲熟れてみ祭三日そらはれわたる」のよう...賢治祭の日に

  • 御坂峠の太宰治碑をたずねて

    太宰治の「富嶽百景」の舞台となった天下茶屋の建つ山梨県の御坂峠には、太宰治の「富士には月見草がよく似合う」の文学碑が建っている。旧御坂トンネルに向かって左、御坂峠への登山道への階段を10数段ほど登り、少し平坦になった富士の良く見えるところにその石碑が建てられているのだが、トンネル入り口や天下茶屋には何等案内板らしきものがないので、太宰に興味のないヒトは知らずに通り過ぎるのだろう。オイラも、ネットの情報がなければ、危うく見過ごすところであった。その碑であるが、なりは立派だが、訪れる人も少ないのか、天下茶屋さんや山梨県の公園整備課(そんなところがあるか不明だが)もあまり整備、維持に関心がないのか、苔むしていて、風化も進み、「富士には・・」の刻印も、よく読み取れないというありさまだった。この太宰碑も、全国にある...御坂峠の太宰治碑をたずねて

  • 富士山留年生

    来年のことを言うと富士が笑う。2022年の富士山卒業旅行須走ルートは、標高≒1400mから標高≒2300mを踏破しただけで、それより上部のルートは、降りしきる雨と回復しないとの天気予報により断念した。だが、2300mの新六合目から吉田口六合目までの緑豊かなトラバース道や富士吉田市街までの緑深い古道を12時間近く歩いて、今回は十分満足した。なので、「もういい、須走ルートの良さも分かったので、もう卒業だ。」と富士山卒業宣言を発出しても、まったく後悔はない。だが、夕刻、河口湖の宿に辿り着くころには、雲の切れ間から富士の頂上近くの青い影が現れ始めたのを見て、「ああ、あそこの稜線を歩き損ねたな」とため息が出たのだし、翌日、天下茶屋までの御坂みちを登りながら太宰くんも見ただろうすっきりとした富士の姿にあらためて対面し...富士山留年生

  • ウチかソトか、太宰くんと賢治さんのアンテナの方向

    太宰治、1909年(明治42年)6月19日~1953年(昭和23年)6月19日、38歳没。青森県津軽の大地主が実家。宮澤賢治、1896年(明治29年)8月27日~1933年(昭和8年)9月21日、37歳没。岩手県花巻の質屋・古着屋が実家。ふたりとも、明治の東北地方の富裕層の家に生を受け、自らの出自・親の生業にある種の反感を抱いて多感な青春時代を送った。その間、数々の名作を残し、若くして天に召されたが、今や日本を代表する文人であるのは言うまでもない。ただし、文人と言っても、賢治さんは詩人、童話作家として今やコスモポリタン的な存在であり、太宰君は、小説家なのであるが、いまだ青年層を中心に熱狂的なファンを抱えているという違いはある。富裕層の出自・生命時間・同時代に生きていたという共通点はあるが、お互いに相手を知...ウチかソトか、太宰くんと賢治さんのアンテナの方向

  • 荷の軽ろきこと天馬のごとし

    定番となっているが、大人の休日フリーパスを利用した山旅に乳頭温泉でくつろげる田沢湖を選択する。何年ぶりだろう、今日は乳頭山(烏帽子岳)に登る。富士の高度順応訓練?もあったのかもしれないが、荷が5キロ以内と軽かったせいもあり、ひさびさ標準コースタイムで往復してくる。ああ、荷が軽いってこんなにサクサク楽しく歩けるんだ!どうだろう、「老いらく」の山歩きは、「軽量化」の研究に勤しもうか。だって、楽!見る角度によって烏帽子とも乳頭とも形を変えるが、この山は、乳頭山でなければならない。荷の軽ろきこと天馬のごとし

  • ひさびさ目に熱いものか込み上げたよ!小説「津軽」

    大人の休日フリーパスを利用し、かねてからの課題だった太宰治くん(限りない親しみをこめて)の出自探訪のため、津軽鉄道の金木駅に降りて、今は太宰記念館として自治体管理となっている「斜陽館」に行ってくる。ザックにいれた新潮文庫「津軽」を読み進めながらの旅である。で、小説「津軽」、高尚な風土記チックなスタイルを匂わせてはいるが、そこは太宰くん特有の仕掛ではあって、(出版社の意向もあろうが)、実は大酒飲み同士の旧友とのたのしい酒盛譚なのだ。敗戦間際の軍需統制を極めていた、なかでもアルコールの確保が困難を極めていた昭和19年に、ひさびさ故郷を訪れた(アルコール依存体質の)太宰くんが、旧友や親類縁者の饗応にあずかりながら、朝から晩まで酒と郷土料理を堪能している、なんとも戦時なのかと疑いたくもなるような、今でいう食べ歩き...ひさびさ目に熱いものか込み上げたよ!小説「津軽」

  • 天下茶屋に月見草なく、富士だけがよかったよ、太宰くん!

    宮沢賢治を賢治さんと呼ぶように、太宰治を太宰くんと呼ぶことにする。上から目線ではなく、あくまでも、顔がほころぶような親しみをこめて。その太宰くんが、風呂屋のペンキ画などと散々悪罵嘲笑した天下茶屋からの富士は、掛け値なしに良かった。雲の中から現れ、その全貌をひけらかさないという、羞じらいをみせた姿がよかったのかもしれないが、それにしても、高く、空に突き出でる意思が感じられ、どこまでも青く、雲の白さに抗うような意思が感じられ、今日の富士はバカにする要素はまったくなし。太宰くんは、9月から11月の間にここにいたのだから、すこしは富士の変幻自在ぶりを認めてほしかった。それと、太宰くんには申し訳ないが、ふもとの三つ峠入口から天下茶屋まで、周囲の草木に目を凝らしながら歩いたが、月見草(マツヨイグサ)の影形もなかった。...天下茶屋に月見草なく、富士だけがよかったよ、太宰くん!

  • テンニンソウ(天人草)をかき分け雨の森をゆく

    午前10時過ぎ、富士山須走口に鎮座する富士浅間神社にお詣りする頃には、霧雨のような細かな水滴が空から舞う。上着ここから五合目まで、歩いていく気力はすでになく、11時の須走五合目脱いだが、行きバスで、標高1400mの馬返しまでワープ。本格的な雨模様となり、左手に笠、右手にストックという出で立ちで五合目までの原生林トレイル。蒸し暑さに、はじめ雨具の上は、すぐに脱いだが、雨に濡れたテンニンソウが道を上ふさぐようになり、雨具の下は欠かせないものとなる。そのうち、森の中でも雨音が繁くなり、2000mに近づき冷えてきたので雨具の上も欠かせなくなる。あとで宿のかみさんに聞いたら、シノザサが多かった古道だが鹿に食べられてしまい、鹿の食べないテンニンソウが繁茂するようになったとか。名前の割には、不人気な草。毒があるとは聞い...テンニンソウ(天人草)をかき分け雨の森をゆく

  • それでも吉田うどん・甲州ほうとうを食べに行く

    今週の富士登山(卒業式)と御坂峠と三つ峠の「月見草ウォッチング」文学散歩については、連天気予報が☂マークの連続であり、ほとんど期待していない。下手をすれば、まったく冨士の姿を見ずに終わってしまうのかもしれない。が、台風11号も明日の後半には北へ行っちゃう予報でもあり、風の又三郎が「どつどどどどどうど」と騒ぎ立てる二百十日の嵐の直撃を受けそうにもないので、スタートすることにした。富士登山を今年卒業できなければ、来年へとバトンタッチするだけであり、悲しくはない。今回は、何が何でも全部歩いて頂上に達するという目標はとうに捨てており、個人的には、「須走浅間神社のお参りしたら、自動車規制が終わった長いふじあざみラインの舗装道路は省略して、標高1300地点の馬返しからの樹林帯の古道を歩いて、吉田コースと出会う本八合目...それでも吉田うどん・甲州ほうとうを食べに行く

  • 島酒を飲んで、ぬるめの湯舟に浸かって台風を聴いていた思い出

    仕事の関係で沖縄に滞在していた足掛け11年間のうち、「離島」(沖縄本島も立派な離島なのだが、石垣島や宮古島は、沖縄本島人から見て「離島」と称される。)である宮古島には2年間、石垣島には6年間過ごしたことになる。「内地」(沖縄のヒトは、沖縄県外を「内地」あるいは「本土」と言っていたが、どちらの言葉も好きじゃない。ちなみに、北海道にも暮らしたことがあるが、向こうのヒトは道外を「内地」とよく言っていた。その「内地」に長いこと育った者としては、猛烈な風台風(風速30m/s以上・最大瞬間風速50m/以上)体験は、すざましいものであったが、離島暮らしの6年間に何度か、このような規模の台風を経験した。2001年だったか、宮古島ではじめて風速40m/s以上を体感した時には、わずか300mくらい離れた職場に歩いて出勤するこ...島酒を飲んで、ぬるめの湯舟に浸かって台風を聴いていた思い出

  • 「富士日記」昭和51年9月1日を胸に刻んで・・・

    来週の富士山卒業式にちなんで、太宰「富嶽百景」に触れてきたが、「富士山」絡みで武田百合子「富士日記」を手に取る。9月1日は、賢治さんの「風の又三郎」にちなんで私的に「風の又三郎記念日」と決めていて、毎年再読しているのだが、昨晩は枕もとでYouTubeで市原悦子さん朗読の「風の又三郎」を聴きながら寝入って、すぐに目が覚めたら「9月4日、日曜」の「ガラスとマント」で又三郎が空を飛ぶ幻想的なシーンをやっていたが、眠くなったのでスマホを切って寝た。「風の又三郎」は、夏休み明けの9月1日からはじまって嵐の翌日の9月12日までの物語であるから、今年は「台風11号」もやってきていることだし、台風と過ごしながら、この台風が列島を過ぎていくまでじっくりと読み進めることにして、今晩も、市原さんの朗読をつづきを聴きながら眠るこ...「富士日記」昭和51年9月1日を胸に刻んで・・・

  • 打ちのめされた富士の大きさ

    太宰治「富嶽百景」において、太宰は冨士の評価値を上げたり下げたりと、その評価をくるくると変えており、「いったいどっちなんだ!」と、一読者として、彼の気分屋に疑問を呈したくもなるが、当時の精神上の不安定(私生活・文芸活動上の苦悩や時代背景等もろもろ影響して肉体的にも精神的にもボロボロ状態)がそうさせているのあると推察されのであり、そこがこの小説の味わいでもあり、素直に受け止めようと思う。太宰が富士を持ち上げた箇所で、オイラは彼が文学青年たちに誘われて山を下り、麓の富士吉田市内で過ごした夜、外に出て富士に面対した描写が好きだ。「そこで飲んで、その夜の冨士がよかった。・・・・おそろしく、明るい月夜だった。冨士が、よかった。月光を受けて、青く透きとほるやうで、私は、狐に化かされてゐるやうな気がした。冨士が、したた...打ちのめされた富士の大きさ

  • 河口湖・御坂峠間の月見草を探しに行く

    太宰治「富嶽百景」に、まだこだわっている。青空文庫縦読みテキスト「えあ草紙」のお世話になつて、叙述順に従ったエピソードや作家の本音らしき述懐、そしてこの小説のテーマではないのだろうが、天下茶屋の15歳の娘と作家(30歳前後か)との淡い心の交流について、大学ノートに抜き書きをしながら読む。デガダンで性格破産者(吉田の新田青年が「佐藤春夫の小説に書いていたとコメントしていた)の太宰には、茶屋の娘は聖女のような存在だったのではないだろうか。どうでもいいことかもしれないが、この作品で太宰は御坂峠からの富士を「冨士三景」と記しているが、あとの「二景」はどこなのか、インターネットで検索しても出てこない。昭和初期には、世間の常識だったのだろうが、現代においては誰も関心がないようだ。今度、天下茶屋に行って店の人に聞いたら...河口湖・御坂峠間の月見草を探しに行く

  • 9月初めは、雨、雨、雨・・の予報 それでも卒業式富士をめざす

    台風11号が発生し、南西諸島方面に発達しながら西進し、その後北上するという。来週には本州方面にも何らかの影響が出るとか。昨日か一昨日までの二週間天気予報では、来週は晴れマークが続いていたのに、今日の予報では、山梨県側(河口湖周辺)も静岡県側(三島周辺)も連日の雨マークとなっている。(落胆)いつものことであるが、富士山麓へのアクセス費用を節約するため早割料金の高速バスや、思い付きでオプション追加した御坂峠「天下茶屋」立ち寄りのため、前泊にと、「空室あと1室!」と標示されている安価なホテル予約も行った。予約さえしなければ、前日の天気図を見ながら出かければいいのだが、遠出となればそうはいかない。よっぽどの悪天なら躊躇せずキャンセル料金を惜しみながらキャンセルしよう。雨マークでも嵐でなければ、一応出かけて、登らず...9月初めは、雨、雨、雨・・の予報それでも卒業式富士をめざす

  • 「富嶽百景」から「津軽」までのあいだ

    蚊取り線香の香りが好きで寝る前に焚いていたのと、窓を開けて寝入ったこともあり、目覚めたら喉に痛みを覚え、悪寒が走った。線香の脂が喉に炎症を生じさせ、風邪の原因となったのだろう。富士登山のトレーニングどころか、昼間の半分を薬を飲んで横になっていた。昨日、久々太宰の「富嶽百景」を縦読みのできる青空文庫「えあ草子」のお世話でスマホ走り読みをしたが、やはりもう一度紙で読んでみようと書棚を探したが、見つけられなかった。今の新潮文庫なら「走りメロス」に掲載されているが、「走りメロス」を買った記憶がなく、それでは「富嶽百景・走りメロス」が表題の岩波文庫かといえばその記憶も怪しい。ほんとうに文庫で読んだか記憶もあいまいになってきたので、横になって、YouTubeの朗読(シャボン朗読横丁さんの女性の声で)を、ちかくにあった...「富嶽百景」から「津軽」までのあいだ

  • 富士山卒業式の帰りに太宰治の月見草を探しに行こうか

    もしかしたら、太宰治の作品では、あの戦争が始まる前、昭和14年に発表されたという「富嶽百景」との付き合いが長いこともあり、オイラにとっては、これが最も愛している作品と言えるのかもしれない。たしか、高校時代の国語の教科書にも載っていたはず。おそらく全文掲載ではなかったかと思う。作品の一部分だけの切り取りか、抜粋部分の継ぎ合わせだったろう。その教科書では、①太宰が先輩作家井伏鱒二さんの後を追いかけて御坂峠の富士山の展望がよい「天下茶屋」に秋のはじめから富士山頂が白く染まるころまで逗留したこと。②当初、太宰は、富士三景と賞されるほどだった茶屋からの富士を風呂屋のペンキ画と卑下するほど価値を認めていなかった。③尊敬していた井伏さんと、ある秋のある日三つ峠山に登ったが、雲の中で富士山が見えず、不機嫌そうにタバコをふ...富士山卒業式の帰りに太宰治の月見草を探しに行こうか

  • 冨士登頂卒業式をめざしてにわかトレ開始・・

    2018年4月27日最後のUTMF関連でSTY(静岡to山梨90k)に参加するも35地点で早くも途中関門2019年7月1日前日、河口湖駅スタート、船津口より奥庭荘前泊で富士山山開きに向かうも悪天により5合目から吉田口下山2020年新型コロナ禍により富士山登山道閉鎖2021年7月1日前日、北口浅間神社スタート吉田口より7合目東洋館前泊、富士山山開きに向かうも悪天により8合目でから吉田口下山2000年以降、その山の大いさを尊崇し、のめり込んで、麓から古道をたどって登らせていただいたり、麓を周遊するイベントに参加させていただいた霊峰富士山へのかかわりは、この4年間、上記のように外的要因のため惨憺たる「不調」に遭っている。これまで、とくに近世以来の富士詣にならって麓から富士山頂を目指すルート、すなわち吉田口、須山...冨士登頂卒業式をめざしてにわかトレ開始・・

  • 初秋(はつあき)のモーツァルト

    山田洋次監督「男はつらいよ」シリーズは、BSテレ東で土曜日の夕方、ほぼ2年おきにくり返し放映されているが、ほぼ全編録画していることもあり、もう何度も何度も繰り返し見てきたこともあり、このところ映画の始めから終わりまであまり通しで見ることはなくなった。物語を起・承・転・結に分ければ、寅さんが恋の絶頂にいたる「起」と「承」あたりまで観て、その後の視聴を停止していることが多い。理由は、寅さんの失恋が辛いこともあるのだろうし、それのマンネリが嫌だという気持ちからなのかもしれない。昨夜は、ちょうど30年前の1992年12月に封切りされた、シリーズ45作目の「寅次郎の青春」をやっていた。この作品のロケ地は、宮崎県の青島や油津や飫肥城(おびじょう)。マドンナは、風吹ジユン。オイラは、この作品の油津の風景、とくに油津の海...初秋(はつあき)のモーツァルト

  • 819 HAIKU= 俳句の日に寄せて

    Abobetheroughseas,荒海やstretchingherselfoutoverSadoIsland佐渡に横たふTheMilkyWay.天河*芭蕉が奥の細道で詠んだ句を、ピーター・J・マクミランさんが英訳したもの8月19日は、語呂合わせで「俳句の日」であることをテレビ朝日グッドモーニングの林修先生に教えられた。7月末発症のG病のせいで、ずいぶんと野外に出かけなくなって、俳句の真髄たる「写生」の機会を失っていて、いつの間にか立秋、旧盆も超えてしまった。歩くことも、汗をかくことも苦にならないくらい回復しているので、そろそろ、カメラをぶら下げた写すだけの「写生」をはじめよう。ひさびさ晴れ渡ったので、3週間ぶりに野草園に立ち寄る。木陰のベンチで「速読英単語」にセミ声をいっとき忘れる時間帯もあったが、いま...819HAIKU=俳句の日に寄せて

  • 雨上がり 五山送り火 ・・・

    昨夜、3年ぶりとなる京都の大文字の送り火が行われていた。。BS日テレで先代円楽、歌丸が元気だったころの「笑点なつかし版」を見ていて、CM中、たまたまチャンネルを切り替えたらNHKBSプレミアムでライブ中継をやっていた。お盆最終日の送り火の行事だということを知った。大文字送り火は、「五山送り火」ともいわれ、東山の如意ヶ嶽の大文字ほか四山(妙法・舟形・左大文字・鳥居形)にそれぞれ「妙・法文字」、「舟形」、「左大文字」、「鳥居形」のかがり火が午後八時ころから、灯され、すっかり日が落ちた京の山並みに鎮魂の火を輝かせる。BSのライブをイヤホンで視聴していたら、はじめ物凄い雨の音。驟雨というよりも豪雨だ。「これじゃ、松明の火も消され、とても点火、燃焼には至らないだろう。」と直感し、お天気アプリの雨雲の動きを見たら、京...雨上がり五山送り火・・・

  • ピーター・J・マクミランに学ぶ敗戦の日

    きのうの朝日新聞「星の林に(ピーター・J・マクミランの詩歌翻遊)に載った「万葉集」大友家持の歌。戦時日本の国民歌謡「海行かば」(信時潔作曲)は、この詩をもとにした。記事によると、「ラジオで日本軍の玉砕が伝えられる時には、いつもこの曲が流された。」という。YourMajesty=「大君」=「天皇陛下」のおそばで死ぬことを何らためらわない、という今からして言えば、国家神道という「宗教」にマインドコントロールされた多くの国民が、戦における死というものを美化し、こだわりなく受容できた歌だ。マクミランさんの、この記事によれば、この歌は、家持という武門の家の者が雇い主である聖武天皇に忠誠を誓ったものであって、誰もが心に刻む言葉ではなかった、という。天皇制は古代より脈々と維持されてきたが、どれだけの庶民が、天皇のおそば...ピーター・J・マクミランに学ぶ敗戦の日

  • 呻吟、苦悶の夜、センナの魔力

    (きたない話で御免)便秘の解消にと、街のドラックストアから購入してきた生薬センナの二包を処方にあるとおり15分ほど煎じ詰めて、その黒いエキスを、昨日の午後から就寝前の2回に分けて、処方の基準の2倍(150m×2)ほど飲んでみた。日が改まった深夜、目が覚めた。いつものとおり感じる尿意に合わせ、便意も感じたので、トイレへ。「出た!」いつもの2倍ほど、「やった~!」と喜んだのはその時まで。それから朝になるまで直腸から排出される液状化軟便を排出するため何度トイレに駆け込んだのだろう。下腹部が苦しさに我慢ならず、漢字二字で表わすと呻吟(苦しみうめくこと)、苦悶(苦しみもだえること)の時間をこんなに送ることになるとは、「基準の2倍は失敗だったか」。反省するも、時すでに遅し。脱水防止のために水と牛乳を口に入れたが、今度...呻吟、苦悶の夜、センナの魔力

  • 曙杉(メタセコイア)の木陰で

    陰暦の旧盆の送り火の夜、沖縄でいうとウークイにあたる昨夜は、月の出頃になって厚い雲が全天を覆い始めたので、お月様は少しだけ姿を現しただけで、煙るような雲に覆われてしまい、とうとう煌々とした十五夜お月様をお酒をいただきながら仰いで、星に旅立ったヒトビトを思い出す時間をつくること叶わなかった。よって、近所のコンビニからお酒(お月見なら月桂冠の「月」はどこでも手に入るのだが)を買ってくることもせず、断酒生活は二週間という記録を更新している。断酒の結果、何か良いことがあったか検討するに、相変わらず眠りの浅い夜が続いていて、夜中4,5回は目が覚める。飲酒生活には経験のないような便秘が改善せず、寝る前に多量の水を摂取するせいもあるのか、目覚めのためにトイレのお世話になる。目覚めも、これといってすっきりという具合にはい...曙杉(メタセコイア)の木陰で

  • 驟雨 

    せみ黙しこすずめちらすあめのおと午後の短い間、「驟雨・しゅうう」という言葉にぴったりとした強い雨が降った。あちこちで鳴いていたツクツク(法師)たちは、声を潜め、家の前の桜葉の中で、エサを探しながら遊んでいた小雀たちは急いでどこかに避難していった。八月も山の日になつた。いまだ庭を眺めながら、山に出かけな日々が続く。盆には、熱帯低気圧が台風8号となって、週末、東日本を通過するという。「ああ、山に行かなくてよかった」と、また自己慰安の言葉が発せられる。お盆のさなかの満月、ことしは陰暦で盆を先祖と過ごす沖縄(10日~12日)と、太陽暦の旧盆の暦(13日~15日)とほぼ重なるのだが、明日12日が、その満月となる日。断酒したとたん、便秘状態が続いているのであり、厄介払いのため、禁を破り、日本酒をいただきながら月を眺め...驟雨

  • 立秋すぎて 

    きのうだったか、おとついだったか、陽が落ちてからしばらくだったか、未明にベランダに出てのことだったのか、定かではなくなったが、草むらから「虫の声」が届いた。コオロギくんだったか・・・あやしい。8月7日は、立秋だったが、関東以南は猛暑だの酷暑のだのと聞いただけで暑苦しく、先週は、北陸から北日本は、南の海から吹き込んだ暖かく湿った空気が前線を刺激し、あちらこちらで線状降水帯による水害が発生していて、今週もまだ北国には、その前線が居座っている。またなにかやらかすかもしれない。まことにいまのわが国の「立秋」は、言葉だけの、暦だけのものになってしまったが、草陰の虫くんと、このごろ主たる勢力となってきたツクツク(法師)たちだけが、かろうじて秋のシグナルを発信してくれているようだ。ちなみに、カナカナとツクツクは、歳時記...立秋すぎて

  • 2年まえの8月6日

    残念ながら今年の8月6日は、家にいてG病治療に専念している。昨日、血圧かかりつけのクリニックに行って、Gの調子が悪いといったら、G病の薬をひと月分相当処方してくれた。保険がきいているので、市価の3割以下で助かった。使用してみたらなかなか具合が良さそうなので、続けてみよう。クリニックには、「1か月後に健診に参ります」と約束してきた。G病と言っても歩けないわけでもないし、少々のジョグ程度なら可能だろう。6月末の北岳からもうひと月も経ってしまった。体がなまって、腹の張り出し、体重増も気になるところ。健診と山歩き再開めざして、週明けの月曜から始動してみよう。断酒もまだ続いている。去年の8月は尾瀬から、おととしは立山からはじまった。その記録を見ていたら。雷鳥沢のテン場で20mレンズで撮った20時ころの立山の星景写真...2年まえの8月6日

  • 断酒の夏 山から遠ざかる日々

    夏山シーズン真っただ中の7月の終わりに、あろうことかG病が新展開を迎え、YouTubeで「この薬は効く」といわれたステロイド系の軟膏と舌下錠を投与しながら、自宅療養に努めている。あわせて、「この際に」とばかり7月26日だから、もう1週間以上ビールをはじめアルコール1滴も体内に注入していない。おかげで、症状はずいぶんと改善されたが、7月半ば以前への原状回復には至っておらず、まだまだ断酒の記録は続きそうである。1週間以上もアルコールと無縁であるのは成人して以来であるが、疾病悪化を気遣う深層心理が働いているのか、不思議とまったく禁断というものはなく、どこにも出かけず、汗もかかないのだからビールの渇望もない。もしかしたら長年考えてはいた「酒のない人生」あるいは「酒の力で眠る生活」とは異なる「パラレル人生」を送るこ...断酒の夏山から遠ざかる日々

  • (      )は、(   )て ゆく人だ。

    文法書開けば真夏過ぎゆけり新しい英文法の学習書を丸善で買ってきた。全額某カードのポイント利用である。評判の「一億人の英文法」を二、三度回したら、マスターには程遠いが、もっと丁寧でオーソドックスなテキストも読みたくなっていたところ、前の晩YouTubeにアップされた若者たちに「何がいいか」教えを乞うたら、たまたま二人の女性が、旺文社刊「表現のための実践ロイヤル英文法」を薦めていたので、つい「よし、これにしよう」と乗ってしまった。この本の評判を知るためにアマゾンを開いたらテキスト数ページ分のためし読みもできたので、読んしでみたら、何とかついて行けそうなので、迷いもなくきめた。丸善に出かける前に、書棚をがさこそ探したら昭和59年3月発行の講談社文庫・林育男著「ビートルズで英語を学ぼう」がすっかりシミで汚れたまま...()は、()てゆく人だ。

  • 開放された窓から聞こえる八月の音

    この2・3日、の明け方、開放している南側の窓からは、どうもカナカナの二重唱とも三重唱とも言ってよいような悲しい(「愛しい」と言った方が適切か。)歌声は聞きとれなかった。8月になって、もう、彼らの恋のシーズンは終わりを告げようとしているのか。そういえば、一昨昨日(さきおととい)は、やや気温が低くどんよりと曇っていたせいだろうか、図書館に行くために瑞鳳殿の杉並木の参道を歩いたが、カナカナたちの、それこそ大合唱であった。まだまだ、彼らの夏はあるのだと思っていたが、どうなんだろう。彼らも、熱中症にでもなったのだろうか。今朝といいい、暗くなりかけた今時分(19時)になっても、カナカナの声は識別できない。そのかわり、ニイニイ、ジリジリ(アブラ)、ツクツク(ボウシ)は、まだ歌っている。あの芭蕉翁が山寺立石寺で詠んだ閑(...開放された窓から聞こえる八月の音

  • ビートルズ詩集で中高文法を復習しながら,Youtubeで歌おう

    この4月から、あの朝ドラに感化されて英語の復習を始めたおかげで、なんとか中高時代の英語文法をぼんやりと思い出すまでにいたった。語彙力・熟語力はまだまだという段階だが、復習の成果か、手元にあった対訳ライブラリーなどの文意はつかめるようになってきた。要は、どんな長い文章でも、5つあるといわれている文型を押さえ、文章を構成する語、句、節がどの品詞に当たるかを押さえ、時制を押さえ、疑問文や感嘆文のような文型の配置転換を押さえれば、英文というもののしくみを理解できるのだろう。参考書や若きYoutuberたちに、そう教わった。参考書のレベルも指導法も「50年以上前」とは格段に進歩しているし、いまやネットという強い見方があり、楽しすぎる。英検やTOECをめざそうなど、いまや大それた目的などないのだが、「楽しい脳活トレー...ビートルズ詩集で中高文法を復習しながら,Youtubeで歌おう

  • 旅に行けなくとも、心の旅に出かけよう

    夏山シーズン真っただ中にもかかわらず、突然悪化したG病。外G核に「よく効く」と喧伝される軟膏と舌下服用剤など取り揃えて使用し様子を見ているが、使用開始から3日経過しても、顕著な回復がいまだ見受けられない。この二日間アルコールも断じているので、内心「背水の陣」の構えなのだが・・・後は、いつもどおり観音様と聖マリア様に手を合わせるしかないのか。YouTubeの専門家などの意見では、上記施薬で効果がない場合は「もう、あきらめて医療機関へGO!」だとか。恥ずかしいとか言ってられない事態だということ。とにかくしばらく自宅安静だが、幸い歩くことにさほど支障はないので、片道25分の図書館に徒歩往復してきて、アイルランド出身の詩人であり翻訳家であるピーター・j・マクミランさんの①松尾芭蕉を旅するー英語で読む名句の世界ー(...旅に行けなくとも、心の旅に出かけよう

  • 過行く季節、動けない季節

    昼前に雲間から日差しがさして、朝までの雨がねっとりした水蒸気となって天に昇る。ツクツクボウシが鳴きだした。未明には、カナカナの美しい声色を目をつむりながら聴いた。あと何日、奏でてくれるのだろう。日本列島は、7月第1週を過ぎて、戻り梅雨のような気圧配置になっていて、いまだすっきりと前線が消えてくれない。ただ、週半ばから、晴天の地域が広がってきており、晴れ予報の地域の山に向かえば、快適な夏山を享受できるのだろう。「じゃあザックに荷物をつめて出かけようか」という具合になるところであるが、この月末はいささか具合が悪い。というよりか、ヤバイ、尻の具合が悪い。いわゆるG病が悪化しいまはまともに歩けない。先週末から、症状がでて、「The薬」、「Nun膏」のたぐいを試してはいるが、いまだ腫れがひかず、「原状回復」に困難を...過行く季節、動けない季節

  • 夏の花に誘われて、命輝くとき

    雨つづきのまま、7月も後半にいたる。雨の予報が途絶えたきのう、ひと月以上の間をおいて、野草園を訪ねる。近所で、セミの歌声を聴きたいからだ。ニイニイの通奏低音に、ジルジル(アブラ)が歌いだす。まだ弱々しいが、たしかにツクツク(ボウシ)も鳴き始めた。早暁には、遠くのカンカナもしっかり歌いだした。あとは、勇者ミンミンの登場を待つばかりか。セミたちの夏がやって来た。野草園の大きなノリウツギの木の枝に、見慣れない?カラ系の小鳥が止まつてしきりにえさをついばんでいた。頭が黒いが、少し鼠色、コガラともヒガラとも違うようだ。とにかく、写真に収めて家の図鑑とにらめっこしたら、体全体の黒白のデザインから、「あれはシジュウカラだ。体色の具合から、今年生まれたばかりの幼鳥に違いない。」という結論に達した。写真をよく見ると、セミの...夏の花に誘われて、命輝くとき

  • ユーミンベストソングは、「瞳を閉じて」

    昨日の「海の日」、午後から、途切れ途切れではあったが、NHKFMの「今日は1日ユーミン三昧」を聴いていた。視聴者から募っての「ユーミンのベスト50」を紹介しながら全曲流してくれた。ユーミンとの出会いは1974年ころだったから、東京に出た大学1年のころか。すでに、「ひこうき雲」でデビューしていたユーミンは、そのころ「あの日にかえりたい」が大ヒットしていて、カラオケのないそのころ、アパートで隣人たちと飲みながら歌った。ユーミンについては、みゆきさんほどぞっこんではないが、都会に生きることの孤独や喪失感、そしてどことないアンニュイ感に魅かれて時代を追って耳にしてきたが、ベストソングを選べと言われたら、やはり初期「荒井由実」時代のものが集中しそうだ。視聴者のベスト50には、異議をはさまないが、「ひこうき雲」「やさ...ユーミンベストソングは、「瞳を閉じて」

  • カナカナの記憶

    7月13日未明の「初聞き」以来、朝になると耳を澄ましているのだが、カナカナことヒグラシの鳴き声が耳に入らない。明るくなってもニイニイことニニイニイゼミ、ジリジリことアブラゼミ、ミンミンことオオゼミ(ミンミンゼミ)、の歌声も耳にしていない。昨日は、1日中金沢で行われている仲邑菫ちゃんの女流囲碁最強戦決勝をネットで見ていたが、対局場の日本庭園らしい緑地帯から1日中カナカナを耳にすることができたというのに、太平洋側の北緯38℃の当地は未だなのである。(残念ながら、菫ちゃんは終盤の大逆転でタイトルを逃した。前日の碁聖戦で一力遼くんも逆転負けして崖っぷちに追いやられていて、不機嫌なのである。)どうして、カナカナにこだわるかというが、理由はない。ただただ好きなのである。英語で表わせばLIKEではなくLOVE。このブロ...カナカナの記憶

  • カナカナ聞いた・・・雨の朝

    昨日の日記で、カナカナはまだ鳴かないなと綴ったが、本日未明、雨音のする明けた窓のむこうから、やや弱々しいが、少数のカナカナが力を合わせるように鳴き始めたのを耳にした。大雨の朝である。今日から、およそ2,3週間、近郊の山でも、早朝と夕暮れにこの愛しいセミたちの声を耳にするのだろう。盛夏の青葉の森はどうなっているのだろう、ブリビタキたちの子供らはもう森を飛び回っているのだろうか、歩いてみたいが、雨が続いている。今日は大雨、明日は曇り時々雨、明後日はまた大雨・・どうなっているのだろうか。ニイニイやカナカナは雨の滴る青葉の森の木の枝や幹に震えながらジッとしているのだろうか。恋の相手を見つけられるのだろうか。南アルプスでは、トンボやチョウは恋を謳歌していました。セズジイトトンボの仲間♂♀と一人ぼっちの♂スジクロシロ...カナカナ聞いた・・・雨の朝

  • 戻り梅雨なのか

    最近は、山の天気予報を見ながら、とくにアプリ「登山天気」を眺めて、1週間程度の予報を確認してすこしでもお天気の日を選んで、山行を決定することにしている。これが、一人歩きの気楽さである。それが、南アルプスの北岳から戻って10日ばかり経過しているのだが、思わしくない。今週は、北の八甲田か栗駒に4,5日キャンプしてフラワー・バード・スターウォッチング(略してFBSWと勝手に名付ける)とのんびり過ごそうか思っていたが、いずれの山域も☂☂☂が並んでいる。然らばほかの山域とチェックするも、関東、中部上越どこも同じである。天気図を見ると、梅雨が明けたのに太平洋高気圧は東に追いやられ、次々と低気圧が西から東に移動してきている。前線が張り出してはいないので、長いこと雨にやられるというほどではないけれども、なにやら不思議な天...戻り梅雨なのか

  • 酷暑の新潟バスセンターのカレー

    さきの土曜日から3日間、JR東日本「大人の休日俱楽部パス」を利用して「新幹線避暑」。山を下りたばかりで、また山に向かう気にならなかったこともあったが、それでも3日目ぐらいは山に行こうと目論んでいた。が、悪天の予報で3日とも、ただブラブラ新幹線に乗り続けた。新幹線にただ乗って、読書や車窓から見える山々を眺めているだけでよかったが、とりあえず目的地。「新幹線に乗って、まず.どこに行きたい?」思い出の奥底から返答があった。「新潟に行って、ただただバスセンターのカレーを食って来たい」どういうわけか、新潟万代のバスセンターの立そば屋の人気商品のライスカレーが食いたくなった。さらばと、9時に仙台発、大宮駅を経由し、土曜日の昼過ぎに酷暑の新潟駅に降り立った。万代バスターミナルまではそこから歩いて20分。日影を選んで歩い...酷暑の新潟バスセンターのカレー

  • 幸福の青い花とはいわないの

    幸福を呼ぶという青い鳥。日本では夏鳥のオオルリ・コルリ・ルリビタキが知られるが、南アルプスのテン場、標高約2300m付近の白根御池小屋界隈は、もうルリビタキさんたちが未明から陽の落ちるまであの少し愁いを帯びた歌声を広範に奏でていた。オオルリやコルリほどの甲高さはなく、控えめな一定の音調のため、オイラはこの青い鳥のさえずりを一番愛しているのかもしれないし、まさに心を落ち着かせる癒しの夏鳥だ。だが、なかなか姿を現してくれないためあの控えめながらも美しい♂の淡い青さには巡り合えなかった。ただし、北岳から草すべりコースを下山中に、おいらはカップルと思われる小鳥から威嚇を受けた。オオルリ同様警戒を強めると、オイラの周りを何度も行き来して立ち去ろうとしない。果たして、今回は♂♀らしき羽色の異なるものが共同で威嚇してい...幸福の青い花とはいわないの

  • 目覚めたら満天の星

    梅雨明けの知らせと同時に南アルプス北岳に馳せ参じ、標高約2300mの白根御池小屋にテントを張って三泊過ごしたのだが、体が疲弊しているのか小屋の自動販売機で購入した350mの缶ビールだけで日没とともに眠りにつくことができたが、翌朝日付が変わるころには、尿意も手伝って必ず目が覚めた。テントから顔を出すと満天の星・酷暑といっても、さすが2000mをこえると少しテントの外に出るのが憚れるが、尿意の解消とスターウォッチングを兼ね、勇気を鼓舞して外に出てみたら南東の北岳方向に架かる天の川の荘厳にしばし立ち尽くす。すぐにテントにもどりミニ三脚をG3Ⅹ君に取りつけ、なれない「星空仕様」にセッティングして、とりあえず撮影してみる。コンデジの「自動露出」、「自動1SO」、などが機能し、なんとか下記のような映像を手にすることが...目覚めたら満天の星

  • キタダケソウが元気で安心した夏

    1週間途絶えたブログを再開する。キタダケソウに逢うためにバスを乗り継いで山梨県南アルプス市の北岳に4日ばかり滞在し、戻りはJR東日本の「大人の休日倶楽部パス」を利用したため、帰路を入れて4日間も「避暑のため」東日本界隈の新幹線に乗りっぱなしだった都合、ブログをそっちのけにしていた。やっと落ち着いたので、今日から少しずつ北岳や新幹線避暑生活にまつわる所感を綴っていきたい。にわかに梅雨明けとなったため、とりあえず行ってみようという気になってその「キタダケソウ群生地」にむかったが、やはり天気が良すぎた日が続いたのか、キタダケソウのピークは過ぎていて、あまりにもドビカ~ンと晴れ過ぎていたせいで、映像的には満足のいく姿をとらえることができなかったが、「でも逢えた、逢うことができた」。ちょうど環境省の腕章をした北岳山...キタダケソウが元気で安心した夏

  • ずうっと張り出している太平洋高気圧

    今週からの1週間、アプリ「登山天気」でいただく情報によると、関東から九州・南西諸島にかけて太平洋高気圧が大きく張り出していて、週の半ばごろまでは、北東北から北海道にかけてまだ低気圧、おそらく梅雨前線が走っているが、これも週の後半は消え去って、日本列島全体がもう太平洋高気圧に覆われる予想となっている。今週向かおうとしている南アルプス方面は、山頂部でも晴れかくもり、週半ばからは大気の不安定も収まり、落雷のおそれもない、そしてなんと、標高3000mを超える北岳山頂付近でも、最高気温が15℃前後、最低気温が9℃前後と快適な夏山の雰囲気が漂っている。1000mにつき6℃の温度差として、下界は33℃前後と猛暑が続くことになり、日本アルプスは格好の避暑地となろう。きたいしていなかった登山基地とするテン場には3泊ばかりの...ずうっと張り出している太平洋高気圧

  • ふるさとで命をつなぐものたち

    青葉の森で生まれ育った野鳥のオオルリは、たとえ秋の訪れとともに遠いインドシナなどの南国に旅をしても、春の訪れとともに何千キロという大飛行の苦難を顧みず、ふるさとの青葉の森におおむねピンポイントで帰ってきて、(これは推測だが)親鳥たちは5年のという短い寿命のうちに同じパートナーと幾度かの子育てを体験し、前年に生まれた子供たちは、新たに縄張りをこさえて新しいパートナーを探すという試練に挑むことになるのだろう。何かの図鑑で読んだが、オオルリの♂があの鮮やかな青い鳥になるには、1年以上を要すということで、あるいは1歳で恋をするということではないのかもしれないが、いずれにしても5年という天寿の間に、ふるさとで複数回の子育てを行いながら子孫を繁栄させていくのではないだろうか。子育てのための巣を外敵から守るために、あん...ふるさとで命をつなぐものたち

  • 強いぞオオルリパパ!

    10日ほど前、青葉の森を歩いているときに耳にした聞きなれない野鳥の声。姿を確認できなかったので、図鑑やネットでいろいろと調べたが、代表的なさえずり音に該当する野鳥は見つからなかった。ただ、オオルリの地鳴きというか、さえずり音とは異なる鳴き声、それも警戒音だとされている鳴き声によく似ていたので、100%の自信はなかったが、あれはたぶんオオルリ夫妻が、抱卵化子育て中のため、巣の近くを通るものに対する警戒ないし威嚇のための鳴き声ではないかと書き込んだ。そしてきのう蒸し暑いが、少し涼しくなったので、あの鳴き声をきいた森の近くを歩いたら、また同じような鳴き声、それも前回同様、別方向から「ぴぃぴぃぴぃ・・・/ちぃちぃちぃ・・」といった二羽の声と思われる声が聴こえてきた。しばらくじっとして息をひそめていると、「来た!」...強いぞオオルリパパ!

  • 「北岳草も咲き始めあとは林道の開通を待つばかりです」と書き出しのあるブログ

    梅雨に入り急激な気温上昇で、この二三日、熱中症のリスクを感じながら外出を躊躇し、なかば痴呆老人のようにボーっと暮らしていた。このところ、カムカムの影響もあったが、脳トレの一環として「中学英語の復習」に比較的熱心に取り組んでいて、まあ、家にいることも楽しいのだが、外出せんとセミの抜け殻状態ではある。梅雨前線が列島南方に居座っていて、これから月末に向けてもあまり好天は期待できないのだが、「活発化」して大荒れにならない限り、あれほど「いいよ」といっていた6月の山に出かけない理由はない。気になっていた、南アルプス北岳の「キタダケソウ」の開花状態だが、今年は東北ではあるが1週間程度花の開花が遅れているという実感があったので、「まだかな」という気分で、北岳関係者のHPなどをのぞいてみたら、この24日に営業を開始すると...「北岳草も咲き始めあとは林道の開通を待つばかりです」と書き出しのあるブログ

  • 野草園で遊ぶ

    梅雨の晴れ間、梅雨冷からも解放されて、金曜日、ひと月ぶりに野草園の小道を歩く。むせるような夏日の直射日光を浴びながら屈んで立ち上がると、すこし立ち眩みを覚える。このところの不摂生、つまるところ飲みすぎによる内臓の不調か。これからの山歩きがあるから養生しないといけないと思いつつも・・・・こないだ、ダイソーさんで購入した「スマートフォンレンズセット」のマクロレンズ(他に広角と魚眼がセット)をスマホのレンズに取りつけて少し遊んでみる。やはり三脚がないとピントの固定がむつかしいが、何枚も録って「下手な鉄砲も数うちゃ当たる」式で手持ちてやってみる。たかがスマホと100均というなかれ、面白いマクロ画像と美しいボケ味の世界を切りとることができる。花写真撮影に味方が増えた。じつはこのマクロレンズ、こないだ青葉の森でためそ...野草園で遊ぶ

  • 下山後の醤油ラーメン

    この月曜日の南蔵王縦走は、スタートの地蔵岳駅からゴールの長老湖公民館まで、時間に追われて、ほぼ8時間歩き通しで、途中水分補給ととクリームパン1個、塩キャラメル1個、ラムネ数個を口にしただけだったので、七ヶ宿のバス停となっているファミマとCOOP併合店に着いた頃には、腹が空いてしょうがなかった。ザックの中には、わざわざガスカートリッジとクッカーに大きめのカップ麺を忍ばせていて、山上で景色を見ながらたしなもうと思っていたのに、そんな余裕はなかった。まずビールだな、と七ヶ宿のファミマに入るとちょっとした食堂並みの広いイートインがあり、白石行きの最終バスが出るまで30分ほどの時間があったので、そのスペースでバス待ちをしながらビールといっしょになにか腹につっこもうと店内をまわった。。「うーん、やっぱり下山後はラーメ...下山後の醤油ラーメン

  • 22年以上の時を経た南蔵王縦走

    この土曜日、雨のため、またもや山形蔵王古道の歩みを断念したが、予約していた蔵王温泉のいつもの宿に宿泊し、次の日、22年以上の時を経て南蔵王の山々を歩いた。そして、記憶にしたがうと南蔵王の一方通行による縦走は地元の山でありながら初めてではなかったか。オイラは2001年春に沖縄勤務のために車を処分し、その後内地に戻ってからも車を所有していないし、レンタカーを借りてまで南蔵王に行こうという気にもならなかった。その辺を推し量ると少なくとも西暦2000年以降は、南蔵王(刈田峠~不忘山)の山々には足を踏み入れていないことになる。2000年以前の車で山に出かけていた時代、七ヶ宿の硯石キャンプ場や白石スキー場を起点として不忘山や水引入道は何度か歩いたし、刈田岳山頂直下の刈田峠に車を止めて芝草平に花の撮影に出かけたりしてい...22年以上の時を経た南蔵王縦走

  • 聞きなれぬ声の主は?

    木曜日に青葉の森で遭遇した聴きなれぬ野鳥の声の主は果たして誰だったのか、想定される野鳥の声を、ナツメ社図鑑のQRコードでダウンロードした音声で調べてみたが、代表的ないわゆる「囀り音」に該当する音源はなかった。だが、ダウンロードした音声にはこの「囀り音」のほかに異なった音声も入っている。いわゆる「地鳴き」といった地味な音声や明らかに「囀り音」と異なる音源も丁寧に入れられている。そして、この音声のうちオオルリのところの中間部に「チーチーチーチー」という音声が聞きとれ、この音声が木曜日に青葉の森で聴いた鳴き声に近いような気がした。もしやと思い、またもやYouTubeのお世話になりオオルリの「地声」、「警戒音」で検索したところ下記のmamoさんのアップしている「警戒音」にいきついた。「これだ!」と思った。「そうか...聞きなれぬ声の主は?

  • 幼鳥の羽ばたくころ

    雨模様が続いたこともあったのだろうか、青葉の森を歩くのは先月の26日以来となる。いったいいままでどうしていたのだろう。この間、蔵王を1日だけ歩いたことだけしか思い出せない。何か、大切な時を浪費していたとしか思えない。今日は、昼前にすこしぱらついたが出かけることにした。この前、カモシカシロちゃんに出会った森の入り口から。ズボンが、伸び切った草たちにぬらされる。何やら小鳥の地声めいた声が聞こえたと思って、すこしゆっくり歩みを進めると、突然、眼のまえをゆっくりとした羽ばたき、まるで大型のチョウのような穏やかさで斜め下方に過る者あり。その者が、5,6メートル先の倒木の上に止まったものだから、あわてて双眼鏡を向けピントを合わせようとしたが、すぐにまた同じような速度で地殻の木立の中に消えていった。柔らかな産毛のような...幼鳥の羽ばたくころ

  • 雨の季節の生き方

    関東甲信がきのう梅雨に入った。東北や新潟地方もそろそろだろうが、この時期天気図を眺めて、梅雨前線が南下して高気圧が張り出すエリアを狙って歩く山を選んでいる。遠出する場合には、晴れそうなところを選んで出かけるようにしている。6月の山は、あちこち花が咲きだして、野鳥も恋の歌を奏でているし、花から花へチョウも短い命を謳歌し、ブナの森はエゾハルゼミの大合唱だ。雪が融けた1500m以上の高山は、この6月が一番いい季節なのだが、雨の季節に重なって、雨繁く降れば、この季節は気温も下がり、鳥やセミは沈黙し、チョウも葉陰に身を隠し、花を撮るにもカメラはザックにしまい込んでいるという状態。なので、梅雨前線影響下のエリアを極力回避するように努めているが、すこし今年の天気図は単純ではなさそうで、例えば、梅雨前線は南下しており、明...雨の季節の生き方

  • 百均マクロ活躍のの可能性

    植物学者の多田多恵子先生や、ニッポン百名山などで紹介された百均でも販売している、スマホカメラレンズにクリップして取付けられるマクロレンズ(ルーペ)をきのうダイソーから110円で買ってきたので、近くの観音堂に試し撮りに行ってきた。たしかに、対象物に1センチ以内に近づけてもピントが合うルーペとなりうるレンズだが、なにしろ望遠と同じように拡大するのだから、ピントが合っても手が震えてなかなか思うような写真を撮れないことが分かった。三脚が必要だ。調べたらダイソーには220円でスマホに固定するミニ三脚を売っているらしいし、付属のスマホホルダーはほかの三脚のネジ穴にハマる規格だそうなので、三脚付きのストックに取りつければ、背の高い位置にある対象物にもアクセスできるかもしれない。さっそく購入してこよう。山の生き物たちのあ...百均マクロ活躍のの可能性

  • 55年目の「The End of the World」

    今朝のNHKR1「石丸謙二郎の山カフェ・9時台」で、アメリカの60年代のオールディーズ「この世の果てまで・TheEndoftheWorld」が流れた。ニキータ・ディヴィスという女性歌手が歌ってヒットした後、さまざまな歌手によって歌われているが、やはり今日聴いたニキータの唄が思い出として残っている。離島の中学生だった当時だから、もう55年くらい前のころ。英語の授業に、見慣れない若者がやってきた。おそらく、教育実習のためやって来た東北学院大生だったと思う。黒板に、「TheEndoftheWorld」の歌詞をやにわに書き始めた。当時、ボクラは、英語の筆記といえば「筆記体」が常識で、先生も黒板には筆記体で書いていたが、その若者は、いわゆる「ブロック体」(現在は一般的だが)で書いたのが印象的で新鮮であった。たぶん板...55年目の「TheEndoftheWorld」

  • 生きた野鳥図鑑 Youtube 

    宮城蔵王古道の大黒天ポイントから賽の河原までの背丈の低い針葉樹や広葉樹の混合林内を歩いているときに特徴のあるリズムのさえずりが聞こえてきた。「ホーイ・チンチンチン」と一定のリズムを繰り返す。姿を認めようと、しばらく立ち尽くすがかなわず。歩みを進めたところ、ほんの一瞬高い枝から舞い降り、10メートルほど先の小暗い枝に止まったが、すぐに飛び去っていた青黒い小鳥。きっと、さえずりの主は彼だったのかもしれない。飛び去った、少し遠くの森からまた「ホーイ・チンチンチン」のさえずりを始めた。よっぽど♀が恋しいのか。単純なリズムなので、一度耳にしたら、頭から離れそうもなかったが、「記憶力はニワトリ並み?」なので、カメラの動画ボタンをおしてさえずりだけを記憶させて家に帰る。ナツメ社の「ぱっと見わけ観察を楽しむ野鳥図鑑」で、...生きた野鳥図鑑Youtube

  • 季節のタイムマシン

    今春、「散りぬる花」を惜しんだ者は、雪まだ残る山に行けばよい。季節を2か月ばかり巻き戻してくれる。春に戻りたければ高い山へ、一足先に紅葉の季節に行ってみたければ高い山に、山はちょっぴり過去と未来への時間旅行を楽しませてくれる。背丈の低いピンクのミネザクラが、残雪が消えた蔵王の峰々に咲きだしていて、昨日通過した低気圧の置き土産であろうか、風速8m程度の北西の風(ロープウェイ駅の黒板に表示)に止むことなく揺らめいていた。昨年の今頃に同じ道を歩いたが、雪はまだだいぶ残っていて、ミネザクラのバックに聳える烏帽子岳はじめ南蔵王の山々の針葉樹の森の底は、まだまだ白いものが支配しているようだ。お釜の周囲の雪もまだ厚い。雪の消えた蔵王の最高峰熊野岳の北斜面には、ごつごつした岩の間にツツジ科のミネズオウのうす桃色の一団があ...季節のタイムマシン

  • 蔵王古道の旅、今年は暗雲たちこめて

    2019年から歩きだした蔵王古道。宮城の遠刈田温泉刈田峰神社(約360m)から刈田岳山頂の刈田峰神社(1757.8m)までの「宮城蔵王古道」と、山形の宝沢集落蔵王大権現(約500m)から熊野岳熊野神社(1841m)の「山形蔵王古道」、いずれも「蔵王権現様」が祀られていて、奈良の熊野、吉野と通じるいにしえの信仰の道。各古道とも、標高差が1300m程度であるが、山形側は、ドッコ沼を過ぎると広大なスキー場に古道が飲み込まれ少々シラケるし、かたや宮城側は、刈田岳の直下まで蔵王エコーラインと並行する道で、ときおりバイクや車の騒音を聴くなど、どちらもいささか趣にかける面があるが、しかしこの時代になっても古人(と言っても江戸から戦前までと比較的新しいが)が歩いたという小道が、土地の有志によって整備、復活されていることに感激し...蔵王古道の旅、今年は暗雲たちこめて

  • 身元判明証拠品としての免許証・最後の更新

    昨日運転免許証を更新した。おそらく最後の更新となるのだろう。なんたってこの3年間車を「まったく」運転していないのだし、この先もレンタカーも含めて運転する予定もないので、この際、返上してもよかったのだが、顔写真付きの身分証明書として、たとえば映画館のシニア割引利用時の年齢証明書としてに提示するなど、なにかと利用価値があるので、今回は3000円という手数料を払ってまで更新した。(返上しても、別途「運転経歴証明書」の交付を受ければ証明効果は同じなのだが、なんだかまだ早すぎるようで躊躇。)3年も車に乗っていないと、「あれ、アクセルとブレーキどっちが右についていたんだっけ」という感覚になっていて、レンタカーを借りる自信もなくなってきた。この先5年間は、あるいは東北のキャンプ地利用時か離島など交通量のほとんどない場所でエン...身元判明証拠品としての免許証・最後の更新

  • カモシカシロちゃんに追いかけられる(汗)の日

    森を歩けばきのうの森ではない。あしたの森でもない。ゆくとしの森でもなければくるとしの森でもない。1日中、青葉の森には、ホトトギスくんたちがやってきていた。托卵相手のウグイスさんたちは、警戒を強めているようで気が荒い。きょう1日、森を歩けば今日のおみやげが待っていてくれる。今日のおみやげは、まず白い毛並みのカモシカに出会って、少し追いかけられたこと。道を下っていくと、おいしそうに草を食んでいる白い毛並みのカモシカに出会った。カモシカは♂♀ともツノがあって、おしっこのスタイルでしか雌雄を判別できないらしく、ここでは「シロちゃん」と呼んでおこう。こちらにきずいたみたいだが、気にもせず草を食みだした。路の真ん中にいたので、ニアミスをさけるべく少し後ずさりしながら元の道を戻ろうとした。ときおり、眼と眼があっていた。すこし...カモシカシロちゃんに追いかけられる(汗)の日

  • ホトトギス(不如帰)がやって来た!

    朝4時ころか、窓を開けるとホトトギスの忍び音が聴こえた。いよいよ、日本の夏がやって来たか。高原やヨシ原ではカッコウが、青葉の森では、彼らの仲間のツツドリはすでに鳴いている。ジュウイチの鳴き声はまだ耳にしていない。ナツメ社の野鳥図鑑によると、カッコウの仲間はみな「托卵」、すなわち、自分より体が小さいが卵の紋様や色が似ている他の鳥に卵を産み付け、仮親にヒナを育ててもらう、という「子育て放棄の横着もの」(ただしヒトの価値観で)だ。托卵相手の仮親となるのは、①カッコウ=モズ、オオヨシキリ、ノビタキ、ホオジロなど②ホトトギス=主にウグイス③ツツドリ=センダイムシクイ許せないのは④ジュウイチで、幸福の青い鳥オオルリ、コルリ、ルリビタキと、だいたい決まっているらしい。親が親なら、卵帰ったヒナもヒナ、誰に教えられたというのでも...ホトトギス(不如帰)がやって来た!

  • 初夏の高原の音源さえあれば、生きていける

    図書館から中央大学ワンダーフォーゲル部OBで、日本野鳥の会バードウォッチング案内人などの肩書のある大津雅光さんの著書「探鳥の山旅」(白山書房)を借りてきて、楽しんでいる。オイラより一回り先輩の方である。日本全国の山に登ったいわゆる山の紀行文であるが、他の寄稿文と異なり登山者の耳にする野鳥の紹介とその鳴き声をていねいに片仮名で紹介している。たとえば、秋田・山形県境の神室山(かむろさん)の項では、「フイフイフイフイフイ・・・よく透るゴジュウカラの声が広葉樹の森に響き渡る。スズメ大の小さな体だが、素晴らしいアルトを聴かせてくれるブナの森の主である。チチピン、チチピン、チチピン・・・穏やかな陽気に誘われてヒガラが風に舞うがごときさえずり始めた。」という具合に。といっても、その野鳥らの鳴き声の実感がわかないので、オイラは...初夏の高原の音源さえあれば、生きていける

  • 南面白山山頂でヒメギフチョウさんは元気に舞っていた

    こないだ購入した図鑑「フィールドガイド日本のチョウ」(誠文堂新光社)によれば、ヒメギフチョウが成虫(チョウの姿)で現れるが4月上旬から5月の初めと案内されていた(山形県低地)が、本日5月19日に同じ山形県の南面白山(1225m)に登ってきたが、山頂でヒメギフチョウさんが♂♀とも忙しく舞っていた。同じ山形県でも1000m以上の高所ならば5月半ばを過ぎても成虫たちの営みが行われていることを現地で確認した。この図鑑の日本海から西日本に主に生息するギフチョウの説明書きに「♂は山頂に集まる習性がある。」とされているが、オイラは4月末に青麻山山頂に立った時、♂♀とも山頂に集まって、そこがデートスポット(交尾の場)になっていることを目撃した。そして、今日の南面白山山頂でも、♂と思われる個体が何度も何度も山頂を周回している間に...南面白山山頂でヒメギフチョウさんは元気に舞っていた

  • 双眼鏡とコンデジを携えた山歩きスタイルで

    ことしから、コンデジを右肩にかけ、左手、または右手に双眼鏡、ときには双眼鏡も首にかけた、上半身にやや負担をかけたスタイルで山を歩いている。これまで同行させなかったが、8倍ほどのニコンモナークの威力は抜群で、野鳥のほか高い樹木の葉っぱ確認にも活躍してくれていて、もはや手放せなくなっている。この前、熊野古道に忘れてしまったダブルストックの補充がまだできていないが、上のスタイルだとダブルストックによる登山スタイルに支障をきたす。日帰りの軽登山だとシングルストックで足りるが、テント泊の重装備だとやはり安全性からダブルストックだ。この問題を解決するために、双眼鏡を手に持たないで、かつすぐ取り出しができる丈夫なサコッシュを検討している。野鳥に樹木にチョウやトンボやセミ君たちに少し離れた花たちに五感をサポートしてくれる双眼鏡...双眼鏡とコンデジを携えた山歩きスタイルで

  • ちがいの分かる野人であれ

    ひさしぶりに仙台野草園を歩いた。近くを歩いていた同世代と思われるご婦人から「あの白い花がたくさん咲いている木は何ですか?」と訪ねられた。「あれはトチの木です。花の下の方にいっぱいつけているのが雄花で、先端付近に咲いている花が雌花で・・」と昨年まで覚えた知識をひけらかす。ご婦人は、オイラが植物の達者と感じたのか、立て続けにあの「赤い花はサクラソウですか?」と尋ねてきたが、よく見るとクリンソウに見えたので「クリンソウかもしれません、もっと育たないとよく分からないが、まあサクラソウの仲間ですね・・・」と口を濁した。あまり、付き合うとなんだかんだ聞かれてわが浅知識がばれてしまうので、気づかれないように距離を置き、そそくさとその場を離れた。少し行った先に、「サクラソウ」と「クリンソウ」の栽培地があったので、その違いを復習...ちがいの分かる野人であれ

  • 渡りの夏鳥たちにリスペクト

    バスで10分余り、青葉の森にこの季節足繁く通うのは、この森の三大夏鳥、美しいオオルリ・キビタキ・サンコウチョウに逢いたいがため。しかし、声はすれども姿は見えず。とくに今年は一度もサンコウチョウに逢えていない。サンコウチョウは、森の中を移動しながらさえずっっているらしい。声の方に足を向けてもそれっきりということが多い。なかなか会えるチャンスがないので焦る。オオルリやキビタキのように、一カ所に留まって懸命にさえずることないようだ。そのオオルリくんとキビタキくんだが、今季ちらっと何度か見かけたが、「声はすれども姿は見えず」。オイラはどれぐらい声のするほうに目を凝らして立ちすくしているのだろう。森は、日ごとに青葉が繁って声の主をいいように隠してくれる。が、あきらめずに後、1,2週間通い続けよう。(歩くのは、いつも昼頃だ...渡りの夏鳥たちにリスペクト

  • 青葉の森のエピソード

    Episode1晴れた青葉の森。1日誰にも会わなかった。時折足を止めてスマホを操作、ウクライナ情勢と囲碁本因坊戦の様子を伺う。どこまでも静かな木漏れ日の森だ。突然、聞きなれたさえずり、足を止めてさえずりの主を目で追う。視界の中で移動する物体を目で追うと、やはりルリビタキくん。カメラを向けたが、距離が遠すぎたことと若葉が重なったためコンデジ君のピントが合わずピンボケ。だが、しばらくさえずりを聴きながら立ち尽くす。何度もピントを合わせようとするが、あきらめる。ピンボケも、なぜこの鳥と出会うと満ち足りるのだろう。Episode2カタクリ7年生の、完璧な終焉を目撃した。放った種は、アリさんによってしっかり遠くに運ばれたのだろう。Episode3Episode3ヒラヒラ飛んでいた中小型のチョウが止まったので撮影してみた。...青葉の森のエピソード

  • 花と蝶 みんな美しい

    青葉の森の林床を観察すると、1か月前にはあれほど群生していたカタクリの1年生から6年生までの葉っぱたちは姿を消している。溶けいるように土に消えたことが分かる。わずかに残っているのは、卒業生のお母さんカタクリの大きく膨らんだ果実(蒴果)と今にも溶けだしそうな二枚葉。まもなく果実が弾けて複数の種を近くを飛ばし、アリさんの大好きな甘いエライオゾームをくっつけたタネを付近に散らばせるのだろう。カタクリお母さんの果実は何かしら安息のかたまりのようだ。生きものの終焉がかくも安息に満ちた姿であることは美しい。種を飛ばしたら、お母さんもあっという間に森の中に溶け消えていくことだろう。潔い終わり方もまた美しい。毎日のように森を歩く理由は、そのような生態まで理解した「美」というものを探しに行くことだろうが、まだまだ表面的な「美」だ...花と蝶みんな美しい

  • 朝日新聞社からいただいた図書カードをチョウ図鑑に換える

    朝日新聞土曜日のbパズルというコーナーに毎週回答をメールで送るのが習慣となっている。数独や間違い探し・クロスワードなど毎週3問ずつ出題されていて、土曜日の朝に朝刊が届くと前週の回答欄をまずみて、間違いのなかったことを確認してから、今週の出題に取り掛かる。1時間もあれば大抵の答えがでるので、さっそくスマホで回答を送る。正解者から抽選で30人に2000円の図書カードがもらえるとのことだ。全国的に新聞購読数が減少しているとはいえ、天下の朝日新聞だ。いまだ何百万紙の売り上げをあげているだろうから、オイラのような時間の大いに余裕のある高齢者や主婦からおそらく何万もの回答が寄せられるだろうから、そのうち30人なんて、「まあ宝くじみたいなもんか、でも、まあいいモチベーションにはなるわな」と毎回送り続けていた。そしたら、先週「...朝日新聞社からいただいた図書カードをチョウ図鑑に換える

  • 汗ばむ森にヒメシャガひらく

    青葉の森の坂道を登りながら汗をぬぐう。わずか1日の間をおいて青葉の森の同じような道を歩いたが、ピンク色のアヤメ科ヒメシャガがあちこち花を開かせていた。花には花のコミュニケーションというものがあって、離れた場所に根づいていても、ある日、ある朝、ある時間帯に一斉の開くのだろうか。耳を澄ましながら歩きオオルリくんとサンコウチョウくんのさえずりを確認したが、姿を目にすることができなかった。あきらめずに、晴れたら歩き続けよう。森の神様が、出会いを演出してくれるのかもしれない。ところどころにあるベンチに座って、スマホを取り出しウクライナ情勢を伺う。森歩きには似合わない所為なのではあるが、気になってしょうがないのだ。それと、最近、ウクライナ軍がロシアの戦車やヘリコプターを打ち落とすYouTube画像を頻繁に見るようになった。...汗ばむ森にヒメシャガひらく

  • 青葉の森にやってきた美しの小鳥たち

    晴れて気温が上がったが、風が強く若葉の葉擦れがやかましかったため、野鳥観察は不向きの日、少し野鳥たちとの出会いはあきらめて3時間ほど青葉の森を足早に歩いた。それでも撮影と録音が叶わなかったが、去年出会った杉林の遠くでサンコウチョウの「ツキ・ヒ・ホシ・ホイホイホイ~」のさえずりが聞こえた。もう渡ってきてくれたんだ!しばらく佇んでいたがあの美しい姿は視界に入らなかった。沢筋を昇ると若葉の間から、のど元の朱い小鳥が現れて枝先に止まっていたのでレンズを向けたがピンボケだった。鳴かなかったが「鷽・ウソ」にちがいない。この森では、はじめての出会いだ。今日は、「誰にも出会えない」と帰り道を急いでいると、甲高いガビチョウと競うようにオオルリの鳴き声が道を挟んんで聞えてきた。しばらく立ちすくんでやっと青い影を発見してレンズを向け...青葉の森にやってきた美しの小鳥たち

  • ゆっくり覚えていけばいいさ

    写真は、先週青麻山を歩いていた時、標高600mくらいの林床に伸び出ていた不思議な花茎のような植物。どうやら葉緑素を持たない白とピンクからなる花茎。調べても分からないので、教えてくれるサイト「花せんせい」に投稿したところ、その日のうちにハナウツボ科ヤマウツボ属ヤマウツボという寄生植物であることが判明した。ブナやカバの仲間の木にの根に寄生して栄養を奪って種を永らえるのだという。寄生というとなにか悪者みたいだが、決して被寄生者の命を危うくするでもなく、いわばチャッカリものなのだろう。しかし、長年山を歩いてきて、花などを観察をするために視線を林床にもあててきたが、はずかしながら初めて出会った植物で、なにやら怪しい姿にこれからどのように花を咲かせ子孫を残していくのか興味を抱かせてくれた。連休明けに、もう一度青麻山に出向き...ゆっくり覚えていけばいいさ

  • ソーメンの薬味は野生

    晴れたので、1日青葉の森を彷徨ったが、声は耳にすれどもオオルリ君には逢えず、キビタキ君の姿を一瞬目にしたが姿が見えない梢でさえずっていた。たしかにすでに渡って来ているらしい。ヒメギフチョウさんたちには、この春もこの森ではお目にかかることはないのだろうか。が、決して失意しているわけではない。彼ら彼女らが、この森のどこかで静かに愛を奏でているものと想像しながら心弾ませながら歩き続けよう。少し大きくなりかけたが、ウコギ科コシアブラ、ハリギリ、キク科ヨモギ、ハルジオン、シソ科カキドオシ、リョウブ科リョウブ、ミカン科サンショウなどをすこし青葉の森からいただいてきて、ハルジオンとヨモギは粉焼きに、サンショウはサンショウ味噌に、コシアブラ、ハルジオン、リョウブ、カキドオシは湯がいて刻んで、サンショウは生のまま刻んでソーメンの...ソーメンの薬味は野生

  • 森を歩こう A walk in the light green forest

    たしか53年くらい前の朝のラジオ番組で、毎日のように軽快なポップ音楽が流れていた。その音楽を聴きながら母の作った朝ご飯を食べていた。この曲が「森を歩こう」という名の音楽であることは知っていたが、あとからドイツのホルスト・ヤンコフスキーというジャズミュージシャンが作った作品で、1665年ころ世界中にヒットした軽音楽だと知った。また、この曲は長いことNHKFMの夕方の音楽番組のテーマ曲として長い間使用されていることも知った。が、オイラにとっては短い間だが、小さな島で父母と暮らした中学の2年間の朝に聴いた音楽の思い出となっていて、今となってはどのような番組だったのか調べようもないし、あるいは記憶違いかもしれない。「森を歩こう」は、妙に明るい音楽で、これを聴いて森を歩いているような晴れ晴れとした気持ちになるかといえば、...森を歩こうAwalkinthelightgreenforest

  • やっと出会えたスプリングエフェメラル・ヒメギフチョウさん

    晴れた1日、昨年同様蔵王古道の会が整備してくれている青麻古道をつたって青麻山(799m)に登る。この登山道は宮城蔵王の絶好の展望地もあり、花も山菜も豊富で、下山後の温泉もありすっかり気に入った。人気が増しているようで平日でもあり昨年は誰にも会わなかったが、今年は10人以上の登山者とすれ違った。それと、この山はカタクリ、トウコクサイシン、スミレ、ヤマザクラなどの植生から、春のいっときだけ現れるスプリングエフェメラル・ヒメギフチョウさんに逢えるかもしれないというなんだか不思議な確信めいた予感がしていた。途中の休憩地遠白広場や頂上広場には様々チョウが飛び交っていたので、なんだかこの山が初めての出会いの場所になるような予感がしていた。昨年は、青麻山頂でキアゲハをギフチョウと間違えて小躍りする失態をやらかしたが、ヒメギフ...やっと出会えたスプリングエフェメラル・ヒメギフチョウさん

  • グールドのピアノを聴きながら地図にルートを書き入れる

    今年は、カナダが生んだ世界的ピアニスト、グレン・グールドのアニバーサリーイヤー。彼は、1932年に生まれて50歳になったばかりの1982年にこの世を去っているから、今年は、生誕90年、没後40年ということになる。そのことを、昨日放送されたNHKFM「クラシックカフェ」を録音したものを聞いて今日知った。放送の大部分は、バッハのゴールトベルク変奏曲を、彼が1955年にモノラル録音したものと、亡くなる前年1981年にデジタル録音したものを全曲聴かせるというものだった。1955年版は、彼が23歳でレコードデビューした記念すべきもので、技量はもちろん若さと清新さで世間をアッと言わせた作品で、何と1956年のアルバムは、ルイアームストロングを抜いてヒットチャート1位にもなったのだという。この1955年版と1981年版は、グ...グールドのピアノを聴きながら地図にルートを書き入れる

  • 青葉の森のカタクリ1年生たち

    4月も終わりに近づいて、青葉の森のカタクリの花(カタクリ7年生またはカタクリのお母さんと呼ぼう)は大方結実して、いままさに種を飛ばしそうである。カタクリ2年生から6年生の一枚の葉たちは、いまだ太陽を浴びることにおしみなく緑の葉を広げている。カタクリの葉っぱたちは、5月になって広葉樹がおい繁って地表への光があまり届かなくなるころ、土に溶けて眠りにつく。根には来年の春に向けた栄養をいっぱい貯めての心地よい眠りである。カタクリ一家がそのような様子を見せているとき、お母さんカタクリのまわりに糸のような緑色の芽があちこち伸びている。これが、カタクリ1年生の葉なんだとか。糸のように伸びて、それからどうなるのか観察を続けよう。この糸のような葉が、0年生すなわちこの春に撒かれた種が発芽したものという説もあるが、いままだお母さん...青葉の森のカタクリ1年生たち

  • 幸福の青い鳥オオルリ君にまた出会えたよ 

    青葉山の稜線に甲高い美しいさえずり。「ヒーリピーリリリリ」。目を凝らすと目の前の枝にオオルリ君(♂)の青い姿が。しきりに鳴いていて、こだまするように谷あいから別の個体種の鳴き声が聞こえる。その鳴き声方向に向かって、しばらくすると目の前のオオルリ君が飛び去って行った。帰って、かろうじて3枚だけシャッターを押せた画像を見てみると、今日のオオルリ君は険しい顔。いわば戦闘モード。野鳥にも表情があることが分かる。専門家ではないので想像の域を出ないが、青葉の森に南から渡って来たオオルリさま御一行は、これから相手を見つけカップルとなり、子供を授かり、秋までにはまた南の国に旅する。いまは、やっと南の国から到着した時分にすぎないが、♂の青い鳥君は忙しい。まず、ライバルとなる♂同士で縄張り争い、それぞれのテリトリーを確保する必要が...幸福の青い鳥オオルリ君にまた出会えたよ

  • 新緑を浴びてのロングトレイル

    5月のGW明けは、かねてから信越トレイルのロングトレイルを計画していたが、信越方面の雪深さから、5月はコース上に雪が多く標識なども雪に埋もれている箇所があることが分かった。まして今年は例年より雪が多いとの情報なので、5月の計画はまたとする。今年の日本海側や中部から東日本の背稜地帯は、雪の多さに要注意である。日本ロングトレイル協会のHPによる登録コースを見ると、中部以北で、今の時期そうした雪の心配はなく5月の新緑を浴びて季節の贈り物を堪能できそうなルートは、二カ所。八ヶ岳山麓スーパートレイルと富士山ロングトレイルである。どちらも、5月半ば以降なら雪も消えて、広葉樹の新緑や野鳥のさえずりを楽しみながら歩けそうだし、ルートは大会や山歩きで断片的に踏破している土地勘もある。さて、どちらにしようか。今回UTMFの大会の模...新緑を浴びてのロングトレイル

  • 祝開催!UTMF2022(ウルトラ・トレイル・マウント・フジ)

    すっかり忘れていた。今日から3日間の予定でUTMFが開催されているんだ。第1回開催が2012年だから記念すべき10回大会となるが、昨年・一昨年とコロナのため中止となっていて、たしか2019年は、降雪のため途中打ち切りになって満足に開催されていなかった。いろいろあったが、とにかくも3年ぶりの開催おめでとうと言いたい。思えば、初回以降、自然保護や土地所有者の意向などで何度も開催時期やコース変更の憂き目にあっていて、主催者の鏑木毅さんたちはさぞかしご苦労されてきたことだろう。50代前半にトレランにハマったオイラは、縁があって、この記念すべき第1回に参加できている。本来は、2011年の5月に開催される予定であったが東日本大震災により1年延期され、2011年にエントリーしていたオイラは2012年の参加権を得たという成り行...祝開催!UTMF2022(ウルトラ・トレイル・マウント・フジ)

  • 青い鳥来たよ!

    青葉の森は、日々というか、刻々と新緑の森と変容しているようだ。あと一週間もすれば、若葉から正真正銘「青葉の森」にふさわしい森の陰影を取り戻し、夏鳥たちの愛の巣を提供するのだろう。と、思いながら、一昨年あの幸福の青い鳥オオルリくんと出会った尾根筋を歩いていると、突然目の前に青い飛翔体が枝をつたう。双眼鏡を首にかけていたので、すばやくピントを合わせると「おおオオルリくん♂」ではないか。少しさえずったかとみえたが、ほどなく暗い針葉樹の谷に消えていった。残念ながら、G3Xくんはザックにしまっていたので姿を記憶することができなかったが、2022年4月21日、この青葉の森にすでにオオルリさま御一行ははるけくも南の国から渡ってきていることをこの目で確認した。平年より早いのか遅いのか分からない。あの2020年のオオルリくんと同...青い鳥来たよ!

  • 面白山の青い花と白い花

    あんまりの晴れ予報だったため、南面白山の頂上で真っ白な月山や蔵王の姿を眺めたいと、一番列車に乗って面白山高原駅へ。駅から1000mを超える北面白山にも南面白山にもすぐに登れるこの辺では大事な駅なのだが、駅に降りたのはオイラだけ。今年は、雪が多いため平日はまだ一般登山者は足を向けないのだろう。それにしても、数年前に営業を止めた面白山スキー場の廃れぶりはさみしい。錆びたスキーリフトはそのまますべて放置され、スキースクールやロッジは大雪や地震や台風のせいなのだろうか、崩れ、吹き飛んだ建物の一部が、そのまま公道に放置され、誰も撤去しようとせず見苦しい。所有者も行政もなんという無責任なのだろう。どこも撤去費用がないのだろう。スキー場の廃れ具合は、ここ、面白山だけの話ではないのだろう。宮城に限っても知りうる限り、鳴子の花渕...面白山の青い花と白い花

  • Magnoliam(マグノリア)の木

    4月のコブシ(辛夷)、5月のタムシバ(田虫葉)、いずれもモクレン科で学名にMagnoriaという名前がついている。樹の下から咲き誇るそれらのマグノリアの花たちを眺めると、その清楚のすがたに安らかな心地を覚える。毎年、マグノリアたちに出会うと、毎年賢治さんの不可思議な「マグノリアの木」という童話あるいは仏教説話を読む。このお話で、賢治さんは「マグノリアの木は寂静印(じゃくじょういん)です。」と書いているので、賢治さんもコブシやタムシバの樹の下でなんともいえない安らかな気持ちになったのだろう。物語は、険しい峰々をいくつも苦難の末渡って来た主人公がやっと頂上と思しき平坦な場所に辿り着き、そこに立つマグノリアの木の下で聖者のような男と出会う。上の会話はその時のもの。何やら、われわれ登山者が苦しいルートを登りつめて山頂に...Magnoliam(マグノリア)の木

  • みどりのいただきもの

    晴れて、やっと暖かくなった青葉の森。昨年より10日ばかり遅い春の船出、とはいえ、森はいつも通りの季節を調整しているかのような速度で遅れを取り戻そうとしているような気配。大好きなコシアブラやハリギリが小さな芽を出していた。ウルイ(ギボウシ)も仏の光背のような衣装を地上に現わしていた。木の芽(サンショウ)も、あちこちの枝先から黄金色の葉を一生懸命伸ばしていた。そして、いつもの場所で、リョウブの金色の葉が枝先から天をめがけて新芽を伸ばしていた。青葉の森のこれらの「幸」を、少しづつ摘んで夜の晩餐とした。すこし欲張って摘みすぎたのかもしれない。晩の酒のあてとしてわずかだけでいいのだが、つい、新芽を見つけると手を伸ばしてしまうのは我欲という性(サガ)か。帰って、缶ビールをいただきながら、よく洗って、おひたし、天ぷら、油みそ...みどりのいただきもの

  • 春のスピード

    昨日、おとといと冷たい春の雨が降っていて、野に出ることは憚られた。平年並みに4月8日に開花した仙台の桜は少しは散り始めの時を遅らせたのだろうか。花たちのせいではないが、ウクライナ問題があって素直に歓べなかった今春の花たちとのお別れに、コンビニで紙パック酒を2合ほど仕入れて、午後にでも広瀬河原にくりだそうか。昨年の仙台の開花日は3月28日と今年より11日も早かった。この春の青葉の森の目覚め方も、桜の遅速に倣って、肌感覚では昨年より10日前後遅い感覚だ。カタクリの花も、その蜜を糧にするチョウやハチやハナアブ、それからカタクリのタネの運び屋さんのアリたちだって、右に倣い、同じ遅速で地上に現れるのだろう。そうしないと、飢え死にしてしまうのだから。でも、この自然のサイクルはいつ誰の号令に基づくのだろうか。個々の判断だとは...春のスピード

  • やっと地上に.現れた細辛(トウゴクサイシン)さん

    急激に気温が上がってきたこの数日。昨日、五日ぶりに青葉の森を歩いたが、この森も「爆発的に」変化し、樹の枝という枝から木の芽が伸びだして、クロモジやモミジイチゴの花も咲き始め、ガマズミのツボミも大きくなっていた。このままだと、あと1週間もすれば、コシアブラやハリギリといったウコギの仲間も「おしいそうな」顔をのぞかせるのだろう。季節の循環は爆発的に回転し始めている。昨日も、太白山麓まで足を伸ばし、カタクリが彩る林床に、立ち尽くしてヒメギフチョウさんの飛翔を確認したかったが、クジャクチョウ、キタテハ、キタキチョウ、ルリシジミなどを確認できただけで、かなわなかった。だが、ホッとしとことに、ヒメギフチョウさんが卵を産みつけて、幼虫たちの食草になるというウマノスズクサ科ウスバサイシン属トウゴクサイシン節がポツポツと葉を広げ...やっと地上に.現れた細辛(トウゴクサイシン)さん

  • 素直に歓べぬ花の季節に

    仙台駅東口にある小さな映画館で、あのイタリア映画「ひまわり」の映画を観た。50周年とあったが、まさにオイラが高校生のころ、いまはない「石巻東宝」でみた映画だ。50年たってもヘンリーマンシーニの音楽と広大なひまわり畑、結婚直後の卵24個のオムレツ、それとアントニオの命を救ってロシアで子を儲けたマーシャの可憐な美しさだけは記憶に合致していた。あとは、記憶が薄れていたが、すべてよみがえった。膨大な戦士が地に眠るといウクライナのひまわり畑、数え切れぬほどの十字架の丘。その丘で、今も戦火が絶えないとは・・・・なんというおろかな所為。映画が終わって、サクラが美しかろうと榴ヶ岡公園にアルコールとつまみをコンビニで仕入れて花見に。おでんやワンカップを楽しめたあの桜まつりは今年もない。愛する「つばさ桜」さんにも出会えたし、公園は...素直に歓べぬ花の季節に

  • 神の住みたまふ山嶺

    晴れ渡った四月第二の日曜日、春の18キップの最後の使い道として、かつて二度跨いだ最上の山刀伐峠の赤倉温泉に垢を落としにいく。思えば、この春の18キップの旅は、30数年ぶりに、かつて住んでいた南紀のローカル線から始まり、賢治さんゆかりの小岩井農場や鉛温泉を再訪するというノスタルジーの旅であった。この先も、18キップの使い道は、まだ見ぬユートピアなる場所に足を向けるよりも、青春回収の旅になるのかもしれない。赤倉温泉の帰路、雪解けの田園の西方に最上のアルプスとも名付けたくなる神室山~小又山~火打山の白い尾根が輝いていた。30数年前八戸の山岳会の仲間と歩いた尾根だ。右手の神室があんなに立派な山だったとは知らず、ただ仲間の背を追って黙々と歩いていたな。なつかしのふるさとの山も、回収に向かわなければ。神の住みたまふ山嶺

  • 空は広いな大きいな、岩手山の空は

    雪がすっかり解けた広大な牧草地は、にわかに緑を増してきたようだ。その向こうに四月の岩手山。一昨年東側の焼走から眺めた均衡のとれた美しいコニーデの容姿は、南の小岩井農場から仰ぐと、山頂から西に向かって鬼ヶ城、網張、八幡平方面へと緩やかな勾配をなしていて、南部片冨士といわれる所以であるが、これはこれで美しい。特に雪をいただいたこの季節は、尾根筋の陰影がクリアに映り、立体感が増している。それにしても小岩井農場の空は広いな。このような場所にテントを張って、岩手山に煌めく北の星空を撮れたらいいのになと思ったが、残念ながら小岩井にはキャンプ場はないのだ、もっと山麓方向にすすめば相の沢や網張にキャンプ場があるが、どうなんだろう。お山が大きすぎるか。いずれにして富士山などとちがって岩手山麓は人工的な明かりが少ないので、賢治さん...空は広いな大きいな、岩手山の空は

  • いで湯のために一日を費やす幸福

    18きっぷ4回目。今朝は、ある目的を抱いて常磐線のいわき駅にむかう予定だった。が、強風のため「大幅に遅れます」と構内アナウンスがあったので、目的を達成困難と判断し、予定どおり出発しそうな東北線の下りに乗った。Bプラン、Cプランといつも頭の片隅に控えていたので、賢治さんゆかりの花巻市鉛温泉に向かった。片道3時間少し、バス待ち時間1時間半、バス30分ほど740円。日帰り温泉料金700円。復路のバス時間まで2時間。同じく30分かけて花巻駅に戻るも、次の列車が来るまで1時間すこし。またまた3時間ほどかけて仙台へ向かう。今日のBプランは、以上のとおりたった2時間のために、丸一日をかけたことになり、世間から見るとお笑い種なのであろうが、ここのいで湯の魅了せられた者は、分かってくれるのではないだろうか。とくに、「日本一深い」...いで湯のために一日を費やす幸福

  • 回収の旅路

    いつになく熱心に見続けた朝ドラ「カムカム」も、いよいよ明日最終回となる。このドラマのネットの反応で「回収」という聞きなれない言葉が日々駆けめぐった。途絶えていた縁(えにし)がある時点で繋がって視聴者をスッキリさせる意か。今日は、田沢湖線小岩井駅から小岩井農場まで賢治さんが歩いたというルートを歩き、朝ドラ「どんと晴れ」で世に知られるところとなった「小岩井の一本桜」を訪ねた。歩きは往復12Kの道程。賢治さんの「春と修羅」の「小岩井農場」と「どんと晴れ」の回収である。「小岩井農場」の回収は、賢治さんの歩いたとされる片道6キロの道のりを歩いて賢治さんの心象を探ること。一月ばかり早いが、あの日と同じようにひばりが高らかにさえずっていた「どんと晴れ」の回収は、岩手山をバックにした桜木に対面すること。いずれも、今日のうちに回...回収の旅路

  • カタクリの森1年生の謎解きと新しい仲間たち

    青葉の森でのこの春の課題は、カタクリ1年生の生態の謎を解明することと、カタクリの森を飛び交うチョウたち、なかでもスプリングエフェメラルのヒメギフチョウさんに出会うこと。サクラの開花は、昨年より10日以上遅いが、これに符合するように青葉の森の花たちも遅いようだ。気温20℃となったこの日、1週間ぶりに青葉の森のいつものコースを歩く。カタクリの開花は三分咲きというところか、これから1週間で満開の時を向かえていくのだろう。今日も、カタクリ1年生の苗を目を凝らして観察したが1~2株しか確認されなかった。2年生から6年生までの葉はたくさん地上に伸びてきているというのに、あまりにも数が少なすぎる。やはり、1年生というより0年生が正解で、今咲いている7年生以上の花たちが種をまいた後に、この年の初夏まで糸のような芽を出して、それ...カタクリの森1年生の謎解きと新しい仲間たち

  • バッケ(ふきのとう)を口に入れないと春が来ない東北ビト

    18キップでいく一線1湯・一酒の旅。なんのことはない、出かければどこかの沿線に近接した温泉を楽しみ、湯上り後に缶ビールやワンカップを嗜みながら車窓からの風景を楽しむということである。今の季節は、駅を降りたら季節の花を撮ったりや野草を摘んで、帰ってからの酒のあてにして楽しむ。今日の目当ては、県境を越えて雪どけの土手に芽を出したバッケ(フキノトウ)を摘んできて、天ぷらやバッケミソをこしらえていただこうということだった。3時間かけて陸羽東線で山形に行き瀬見温泉駅におりたが、駅構内でもまだ1メートル程度の残雪は意に反した。探せど探せど雪どけの土手は見当たらず1時間余り捜し歩いたが、やっと小国川の土手の一部に草が現れていたところにバッケを見つけ、30株ほど摘んでから、小1時間熱い湯に浸かった。湯上り後、近くの酒屋で、缶ビ...バッケ(ふきのとう)を口に入れないと春が来ない東北ビト

  • ユキノシタ・ヨモギ・シュンギク粉焼の味わい

    きのうの天ぷら代替のヨモギの粉焼がもっちりとした食感で、かつ草餅の味わいがあっておいしかったので、きょうも新たに摘んできたユキノシタとスーパーで買ってきたシュンギクと粉焼きをヨモギの粉焼とそれぞれ作って食べ比べをしてみた。ユキノシタはヨモギやシュンギクみたいな癖のある個性的な香りはないのだが、食感が独特の口ざわりでそれなりにおいしいと思った。ヨモギとシュンギクは粉が少なかったので、もっちり感がなかったが、ヨモギのほうが香りがあっておいしいと感じた。このトリオについては、次回てんぷらにして食べてみよう。家では、油の節約のためなるべく天ぷらを作りたくないのだが、今日は、シュンギクが個性を発揮できなかったため、再挑戦させたい。広瀬川の土手には、ノカンゾウがいっぱい芽を出していたので、今日も20本ほど摘んできて酢味噌和...ユキノシタ・ヨモギ・シュンギク粉焼の味わい

  • 春を食らう

    春の草が伸びてきた。1か月前に摘んだハコベラが旺盛に伸びていたので、摘んでおひたしと親子丼の具とした。あちこちにノビルが群を作っていたので、地中の根から掘り起こし、酢味噌和えや木綿豆腐の薬味とした。河原沿いにカンゾウがあちこちに芽を出していたので、根元からナイフで切り落とし、湯掻いて田楽味噌やマヨネーズでいただいた。スイバやギシギシの類も新芽を出していたので、若葉やヌルッとした新芽を出していたのでナイフで切り取ってポン酢のおひたしとした。ヨモギを少し摘んできて、練った小麦粉に入れ、ごま油でお好み焼き風に焼いてコショウとアジシオ、マヨネーズでいただいた。すこし砂糖を入れたので、草餅の美味しさを感じた。ヨモギ>ノビル>カンゾウ>ハコベラ>スイバの順で、お気に入り酒のあてとした。初夏まで、野を歩くたびに、野草を少しづ...春を食らう

  • カタクリさんの実生(みしょう)は0年生か1年生か、新たな疑問

    スプリング・エフェメラルの仲間カタクリさんは、植物学者多田多恵子先生の情報では、最初の発芽(実生)1年生は、糸状の芽であり、その後毎年1枚の葉を伸ばしながら根に栄養を蓄え、7年目にしてやっと2枚の葉を出して花を咲かせるだという。7年目の花が種を飛ばし、アリさんが種に付着したエライオゾームという甘い物質を目当てに巣付近まで運び、食べ残された種から1年後、1年生として初めて芽を出すのだと理解していた。ところが、本日3年ぶりに開園した東北大学植物園を訪れて、標本展示室に行ったら、そのカタクリさんが花を咲かせるまでの1年ごとの姿を造花によって展示されていたが、あの糸状の芽は0年生の姿と標示してあった。そして、花を咲かせる個体は、7年生ばかりではなく8年生から10年生あたりまでのものがあることも教えられた。「0年生?、タ...カタクリさんの実生(みしょう)は0年生か1年生か、新たな疑問

  • 気温19℃、早春の妖精(スプリング・エフェメラル)たちに面会する

    あったか!南東北もやっと春めいてきた。外に出ても1日アウターの必要なかった。昼の再興気温は19℃だったという。この20日に開園したばかりの仙台野草園に行ってきた。今だけ咲いているスプリング・エフェメラルたちに会いたいがためだ。なかでもキンポウゲ科のユキワリソウ(ミスミソウ・スハマソウの仲間たち)、フクジュソウ、キクザキイチゲ、アズマイチゲなどが、いつもの場所にいつもの色あいで咲いていた。まだ、チョウやハナアブたちはやってこなかった。この春は、青葉の森をはじめ近郊の森で、彼女たちの仲間とお友達の虫たちの観察の頻度を密にしたいので、野草園は月に2~3度というところか、でも、この植物園は歩いて20分程度のご近所のポイントで、野草を学び、花々や虫たちをを愛でる大切な癒しの施設。また、焼いたシャケと野草をのせた弁当と熱い...気温19℃、早春の妖精(スプリング・エフェメラル)たちに面会する

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