HOME O&O INDEX ふたたび付き合いはじめてから季節はめぐり、ふたりとも三十歳になっていた。「いいかげん結婚の話も出てるのでは?」と親友の路子に問われても、陽子は答えあぐねてしまう。 CONTENTS COMING SOON...無断転載を禁じます。Copyright © 小田桐直 sunao odagiri All Rights Reserved. TOP O&O INDEX ...
オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。
コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。
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連載中の小説last update2023.8.05再掲載中。6章・319完結しました。番外編・7「暗くも、渇いてもいないはず」最終話まで更新しました。最新はEpisode8から。思いがけず出会っていた二人は、はたして、ケッコンすることになるのか……?last update2022.3.17フォッグ続編的なお話。先生と生徒のお話になる予定。連載途中でお休み中です。(フォッグもアップ予定です)エブリスタさんにも作品を投稿しています→Twitterで更新報告して...
――あんたの人生なんだから好きなように進め。 さきほど。陽子とのことは格好よく進言してくれたのに、見事なまでの手のひら返し。 ははは。と笑ってしまったが何も突っ込まなかった。突っ込めなかった。 母は、以前よりもだいぶ肉々しさを失った手でもって、ショルダーバッグからあるものを取り出していた。 緑の使い捨てカメラ、写ルンです。 なぜにいま。 上のほうで音がした。 ログハウス造りの喫茶店。そのドアがあい...
犬が、おそろしい喜びようで腹を見せながら緑に背中を擦りつけている。 わしゃわしゃと撫でながら母は犬に囁いていた。 めんこいわあ、めんこいわあ。と。「――でも。また母さん、陽子さんに会いたいなあ」「ん?」「旅行来たついででいいから、またふたりで会いに来て。陽子さんがあんたのこと見て笑う可愛い顔を、目におさめときたいんだよ、母さん。だからまた、連れて来て。それまでちゃんと元気でいるから」 母の手から「...
・ 陽子とのドライブ旅行はもうすぐ終わる。明日、彼女を札幌の自宅へ送り届けたらそれでお終い。 ひとりで函館へ戻ったら、翌日にはまた仕事が待っている。 これから釧路へ移動して予約した宿に向かうつもりだ。まだ明るいうちに北見ここを発って、暗くならないうちに峠道を抜けてしまいたい。 だから「もう俺ら行くわ」と母に伝えていた。 煮込みハンバーグセットはとっくに食べ終えていたし、コーンポタージュスープが...
・ (要らないと言ったのに)気を使った陽子がわざわざ調達してきた「まりも羊羹」は、パーマおばさんの手に渡った。黒のショルダーバッグとともに母の隣席に置いてある。 北見市の小高い場所にあるログハウス造りの喫茶店は、(母が案内してくれたわりには)お洒落な雰囲気だった。雑貨も販売しているらしく、カトラリーや陶芸品が置かれてあったりして。 そして人気店らしい。通されたテーブルは空いていた最後の席だった。...
-- side : Takashi -- 交通整理の人間を置かなければならないほど、病院の駐車場は混んでいた。 左奥のほうなら空いてるから入れ。と係員にジェスチャーされたが首を横に振る。 すでにいたからだ。 駐車場へ入ってまっすぐに進んだ先。病院の出入り口前に、白い服を着たオバチャンが。「家族を迎えにきてて。拾ったらすぐに出るんで」 開け放った窓から係員へ伝え、少しだけ車を加速させる。何台も駐車された中を縫うように...
前回の「お知らせ」でO&O#6「319」以降の番外編は三部作になると記していましたが、間違いでした。もう一編追加がありました。⇒「暗くも、渇いてもいないはず」某ショートストーリーの翌朝からの話――ということで、タイトルは無理やり似せたものにしたという。10P程度になると思います。番外編がもうひとつあったことを、私ってばド忘れしていました(´・_・`)さらに、たった先ほど気づいたことがありまして……。各小説のトップペ...
自分でもどうしたらいいか分からないほど、奥村が好きだ。 この熱量をグラフで表せるとしたら、最高到達点に達しているのだと思う。いまは。 とかいいながらまだまだ最高到達点を超えてしまいそうな勢いがあるけれど。 札幌から函館まで毎週末通うことがまったく苦にならないし、合鍵で入った奥村の部屋が散らかっていても喜んで片付けてしまうし、下手くそながら料理を作って部屋の主が仕事から帰ってくるのを待つのも楽しい...
-- side : Yohko -- やはり診察が遅れているそうだ。 ――昼までに自宅へ戻るのは難しいから、病院まで直接迎えに来てほしい。 との連絡が奥村の母親から入ったのは、車が北見市に入る手前だった。 電話の着信を受けて停めた道路脇。あたりは鮮やかな緑の畑が広がっていて、培っているのが馬鈴薯なのか甜菜なのか何なのか、土から生え伸びた葉っぱだけで見当をつけるのは無理だった。 というか緑を楽しむ余裕なんて皆無だった。...
どれだけ喋っていたのだか。 この母親の、トンチンカンな話に応じるのはなかなかのエネルギーがいる。 目覚めの直後から渇きを感じていた喉が、ますます渇いてしまっていた。 掛け布団が目の前を舞って、下半身を覆うように落ちていく。 そういえば素っ裸だった。ずっと。 こんな姿のまま、胡座をかいて喋り続けていたのだ。 左を見れば、陽子はすでに浴衣姿だった。腰に紺色の帯をきゅっと締め、着こなす姿はなかなかいい...
-- side : Takashi --「あ、もしもし高志ぃ? いやー母さん、びっくりしちゃったさあ! あんたの電話にかけたつもりが、いきなり女のひと出るんだものぉ」 朝っぱらから。携帯電話の向こうから、やかましい声が耳を襲う。「……びっくりしちゃったさあ、って母ちゃん」 何なんだよこのババアは。 と心の中で悪態をついてクッと笑う。 電話を渡してきた陽子にも聞こえていそうな大きな声だ。 ――とりあえず、今日もこの母が元気...
また音が鳴りだして現実へ引き戻されていく。乱暴に。 しっかり目覚ましを解除しなければ、何分か後にまた騒がしくなるよう設定した。 ――そんなようなことを奥村が言っていたっけ。寝入りばな。 嫌々ながらも手をのばし、そこらに放置していた電話機をふたたび手にとっていく。 重くて片がわしかあけられない目。いまだにやかましい携帯。 画面に表示されていたのは、時刻を伝えるものではなく、着信を告げるものだった。 ...
――「暗く、乾いた部屋」からの-- side : Yohko-- 鳴っている。 枕もとから音がする。 目覚まし時計なのだろう。 ああ止めなきゃ。 と、思うのだけれど寝ていたい。 まあいいや鳴らしとけ。 と、目をあけもせず放っておいたら肩から腕を撫でられた。というより軽くゆすられた。裸の肌に感じる、大きな手のひらが心地いい。「陽子」 真後ろから奥村の声がする。頭に髪の毛に耳に、吐息がふれている。一緒にくるまっている掛...
無言でいればいいのか、処理をしている間は困る。 結局なにも言わないで素早く済ませ、横たわる彼女のもそっと処理してやる。 汚いというのではなく何だろう、見てはいけない物のようなぐしゃぐしゃの白い固まり。それを敷布団の脇に投げ置いて、しばらく忘れることにした。 疲れた。だるい。息もまだ荒い。 だがすでに頭は冷静で、残してきた仕事のことを考えてしまっている。明日、確認の電話を入れようなどと...
「……あー、分かった陽子ちゃん」 と、抱きついた先の人が、耳元でささやいてくる。「きみ、抱っこしてほしかったんだろ」 うん。 と返した声がかすれてしまった。 ちゃんと伝わらなかったかも。と憂いたのは一瞬だった。奥村がすぐに抱き返してくる。両手を背中に回してくる。やさしく。 この部屋の中も、耳にふれている奥村の顎か首すじあたりの肌も、あたたかい。 のに、手にふれているカーキ色のブルゾンはまだ、ひんやり...
「それじゃあ失礼いたします。あっ――はい、どうも。おやすみなさい」 エレベーターの箱の中。 母に別れを告げながら、奥村は6のボタンを押していく。 扉が閉まり、一階から上昇する際。箱全体がガタゴト揺れたものだから、バランスを崩してよろめいてしまう。 そこを、とっさに支えられていた。奥村に。 流しこんだアルコールはまだ分解できていないはず。でも醒めている。酔ってはいない。 からだ全部がふわふわしているの...
もうこちらがまともだと分かっているから、奥村は介抱なんてしてこない。誰かの携帯を耳にあてたまま、先に車から降りてしまった。 渡された革財布からわたわたと千円札を取り出して、渡して、釣りを受け取って。会話の一部始終を耳にしていただろうに素知らぬふりをしてくれる運転手に軽く礼を告げ。 ホテルの入口前で待っていてくれていた人のもとへ、駆けていく。 回転ドアの向こうから、やわらかな光がのびている。華やか...
覚醒してみれば、携帯の向こうが話す内容まで難なく聞こえてきてしまう。 はきはきと喋る母の声は大きい。タクシー運転手の耳にも届いていそうなほどに響いていた。一言一句、余すことなく。(うちの陽子、家の鍵忘れてってるのよ、家の鍵。あのね、玄関の靴箱のうえに、ポーンて、置いてあってね?)「家の、鍵ですか?」(そうそう。あのね? 小学校のお友達の集まりで遅くなるとは聞いてたんだけどね? あのー。私のほうはね...
・ よいしょ、とシートの奥へ抱えられるように押し込められた。もう遠慮することなく目をつぶる。 タクシーの中は幸せなくらいあたたかい。何も心配することなく羊水に浮かぶ、胎児にでもなったかのよう。 バタン、とドアが閉められていくのを、夢うつつで聞いていた。「すみません。近くで申し訳ないんですけど、大通のホテルAサッポロまで」「あっ、全然全然。ホテルAサッポロですね。分かりました」 奥村と優しそうなタ...
・ 大きな屋根に覆われたプラットホーム。 弁当屋。 ジュースの自動販売機。 列車を待つ人々。 昔よく使っていたのは地下鉄だったし、JR札幌駅で乗降することは少なかった。それでも懐かしさがこみあげてしまう。おのぼりのように周りをきょろきょろと眺めてしまう。 予定の到着時刻通りだった。 列車からホームへ足を降ろせば寒い。三月の札幌はまだ冷える。息を吐けばもうもうと白く濁る。 だが、いまに限ってはそ...
「陽子ちゃんに会うの、いつぶり?」 不意に詩織の声。 ぬるいポカリスエットはほとんど残っていなかった。一気に飲み干して蓋をきっちりとしめる。舌に残るのは嘘くさいグレープフルーツ味。「……詩織さんてほんっと、聞きたがりだわねえ。いいでしょう? もう、僕たちのことはさあ」「わたしたちの結婚式の時以来?」「……」「一ヶ月ぶり?」「……」「ねえねえ」 空になったペットボトルで隣の頭を軽く叩くなり、ポコっと間抜け...
「……あのさ。きみ一体どういう情報網をお持ちなの? なんなの? あんたエスパー? 何で知ってるの、まだ教えてないのに」「結婚式のあとでね?」「式のあとでなしたの」「ほら、あの会が終わって。一週間旅行行って。帰って来てから陽子ちゃんにわたし、電話したの。その後はどう? って」「その後はどう、ってなにをわざわざあなた余計なことあの人に聞いちゃってんの? そういうのは俺によこせばいいでしょう?」「や、だって。...
[Episode13. 319キロの先] −−−−−− くすんだえんじのシートが、いつの間にか空っぽだ。隣に座っていた男は先に降りてしまったのだろう。こちらが眠っている間に。 結露でにじんだ窓を左手で拭えば、カーキ色のシャツの袖もわずかに湿る。 だがすぐに乾くだろう。特急列車の中は暑い。 それは暖房が効きすぎているせいなのか、今しがたまで寝ていたからそう感じるのか。蒸した車両内でひとつ、溜息をついてみる。 拭ったば...
「ああスッキリしたわ。いろいろ言ったら」 ぽそり、つぶやくのが聞こえてこわごわと顔を上げる。斜め向かいを覗きこむ。 中川は両腕を広げ、ウーンと伸びをしていた。ベージュのコート姿のまま。「さて。もう、更衣室も暖房効いてきてあったまってるかな。さくっと着替えて、店に出て仕事はじめてますわ、仕事」 何てことないよ。もう気にしてないし。 そんなオーラをあやなしながら、すぐに中川は腰を浮かす。 こちらも立ち...
デスクの上には電卓と鉛筆立て。そして、A4の紙がホチキスで綴じられて置いてある。こんなものは休み前までなかった。何かの資料だろうか。 手持ち無沙汰で机の引き出しを開けてみれば、秘密のダイアリーなんて勿論なく。入っていたのは薄っぺらいマニュアル冊子に、薬品関係の教材がずらり。ぽつんと一本、書きづらい黒のシャープペンシル。 中川が本来の席――隣のデスクに座ってこないのは気まずいからだ。それぐらい分かり...
狭い事務所の、一つしかない窓から、ささやかに朝陽が射しこんでいる。ふわふわと浮遊する細かな塵を照らしながら。 相変わらず扉の近くに立ったまま、中川がつぶやいた。ぼそりと。 寒くってさ。「……え?」「あの。女子更衣室で着替えちゃおうと思ったら、寒くってコート脱げなくて。いつもふつうなら、もう暖房ついててさ、あったかいでしょ? でも今日はぜんぜんあったかくないんだもん。もしかして店開け当番のひと、暖房...
いつものベージュ色コートをまとった彼女が、申し訳なさそうに事務所に入ってくる。 まずいと思った。 まずいというか気まずいというか。 常識で考えて、勤務中の私的電話はご法度。しかもいまの相手は陽子。恋人。 その、電話の相手が押し黙っている。こちらの雰囲気に感づいたのか。いや、そんなことはないだろう。分かるはずなんてない。「あーっと、すみませんじゃあ私、仕事は七時には多分終わってますので、これで失礼...
・ 店長はまだ出勤して来ないはず。それをいいことに、当人のデスクでだらりと頬杖をついていた。 少し気になっていたことがある。 陽子の父親。あの人に以前、どこかで会ったように思うのだ――。 パソコンモニターの黒画面に並んでいるのは英文章。最後に現れたクエスチョンマークに促されるまま、マニュアル通り押してみるエンターキー。その操作を二回、くり返し。 とたん忙しそうに回りだした冷却ファン。目の前でプロ...
[Episode13.違う香り] --------- あくびが止まらない。 あとからあとから涙が浮かび、滲んで見えてしまう店の裏側。 従業員の入り口前に立っていた。ジーンズのポケットから、鍵の束を取り出していた。 施錠をといてドアを開けても真っ暗で、外と変わりない冷ややかな空気。手で壁を伝いつつ電気のスイッチをすべて押し、寒い寒いとぼやきながら進んでいく。狭い廊下を。暖房のスイッチがある部屋はまだ先にある。事務所はま...
きっと誰もがいまの冬天を「寒い」と言うだろう。 けれどどうしたことか先ほどから、自分の背中に汗が滲む気配。コートを羽織っていないにもかかわらずだ。頬と鼻先はきっちり凍えているくせに。 かの人が、無言で後をついてくる。 陽子のボストンバッグはその通り、うしろに積んでいたから運転席へ回りこむ。車内のオープナーで鍵が解除され、開いたトランク。 陽子の父親はやはり、黙ってそれを見守っていた。 こちらから...
薄青い空。 八階建てのマンションの窓から、いくつかの白明かり。 寒くても朝の音はいつもと変わらない。 どこからか烏の声。「父さんあのさ、あの、昨日の最終で戻る予定だったんだけど、あたし時間を間違えてそれで乗り遅れちゃってね? それであの、夜行の列車もあったんだけど、あの、こちら、奥村……奥村くんが、車で送っていってくれるって言うから、函館からずっと車で来て。連絡しないでごめんなさい」 あたふた。...
さらに男が歩み寄ってくる。こちらをしげしげと眺めながら。 目元に深くきざまれた皺を、その几帳面そうな雰囲気を、ただ立ち尽くしたまま見取っていた。 こちらと大して変わらない背丈。黒いコートにつつまれた肩の向こうに、陽子の姿がぼんやりとある。マンションのエントランス前で突っ立ったまま、口をぽっかりあけている。 その彼女と、目が合ったように思う。 途端、向こうがうろたえながら引き返してきた。「寒くない...
・ だんだんと空が白み、電灯が際立つこともなくなった住宅街。アパートや一戸建ての壁色が明らかになっていく。屋根にはこんもりと積もった雪。あちこちでぶら下がっているつらら。 車の中でたわいない話をし続け、ふと会話が途切れた時。 おもむろに、陽子が切り出してきた。 じゃあ。「そろそろあたし、行こうかな」「はい、うん」 彼女のマンション前に着いてから実のところ、気ぜわしくそわそわしていた。まさぐり続...
[Episode11.今日は結構です] −−−−−− はじめてここへ来たのは夏に向かう頃。 晴れ上がり、青が澄んだ日だった。 いまは道路脇にわんさかと雪が積もり夜明け前。人工の光に包まれた道のりは、あの日とまったく雰囲気が違う。 それでも、迷わずにたどり着くことができた。陽子の家に。何世帯も入っているであろうマンション前に。「着きましたよ小笠原さん」 小さく告げれば、助手席もささやかに返してくる。「ありがとう、ね...
だんだんと近づいてくる女に、いいように振り回されているとあらためて自覚してしまう。悔しいけれど笑みがこぼれてしまう。しょっちゅう拗ねてしまう女。よじれ合った雰囲気のところを構わないでと言わんばかり、黙りこんで目を閉じてしまう女。 そんな女だけれど、自分のもとへ寄ってこられるのが嬉しくて仕方ないのだ。 笑いかけてくるわけじゃない。ただこちらを見据えているだけ。けれど、まっすぐ歩み寄ってくる彼女に、...
「富浦」と記された上に大きな「P」。 用を足すためにいったん高速を離れ、滑り込んだパーキングエリアを灯す明かりは寂しかった。除雪車が来ていったのはいつだろう。路面は整備され、すがすがしいほど真っ平ら。けれどその、スケートリンクのような白が視界の助けだ。 裸の木々に囲まれた駐車場には驚いたことに、他の車が一台もなかった。端っこにわびしく、トイレと思われる白い建物。緑に発光した非常用電話ボックス。た...
・ 案内標識は緑。 室蘭インターチェンジへの降り口が左に現れた途端、すぐ過ぎ去ってしまう。 有珠山サービスエリアで一度休憩すれば良かった。そこを過ぎたあたりで用を足したくなってしまったからだ。次のパーキングエリアまであとどれくらいかかるだろう。 幾度も目にする交通情報には「凍結による速度規制 50km/h」。仰せのまま、手元のスピードメーターはずっと50だった。それ以上速く走るつもりもなかった。どこ...
「俺さ、なんて言ったら。どう、小笠原に伝えていいかあの時、分かんなかったんだわ」 母の病状がかなり悪いと聞かされていた、去年の秋。「こう俺がさ? 悩んでる事を全部言ってさ? 俺の家族のことだけどさ、母親のことを一緒にこう、なんだろ。不安を分かち合うって言うのも変だけど」 変じゃないよ、と陽子。「……考えたもの俺。実際小笠原に言おうとしたし。あの時は母親のこと聞かされて、やばいどうしようって結構落ち込ん...
・ 海岸線は現れない。 標識にはまだ「札幌」の文字もなく、繰り返される雪景色。ただ暗く、真っすぐに伸びている国道五号線。飽きて、ともすれば緊張が緩んでしまいそうな道のり。 けれどひたすらにハンドルを握り続けていた。結露で窓が曇っていたのにも気づかなかった時のように。 陽子が隣にいる。 纏っていたグレイのロングコートも、小さなハンドバッグも、後部席へ置かせていた。助手席はすでに、すらりとしたワン...