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琉球史と絡む先祖調査の記録です https://blog.goo.ne.jp/yononushi

琉球が三山時代であった北山王の次男と言われる沖永良部の島主「世之主」 当家のご先祖様であるという伝承をもとに、ご先祖調査をしており、その内容をブログに記録しています。

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2021/02/12

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  • Vol.328 もうすぐ上陸します!

    いよいよ、明日から念願の沖永良部島に行って参ります!明日の早朝便で出発です。この日のためにいろいろと準備を進めてきました。(ぜんぜん間に合ってませんが、、、)一週間ほどの滞在予定で、美しい自然と海を横目に見ながら島中を駆け巡って、ご先祖調査に没頭する予定です。滞在中の予定としては、まずはご先祖様のお墓参り。そして世之主神社への参拝とご神体や奉納品との対面。歴史民俗資料館。親戚や関係者巡り。研究家の先生方との面会。他にもいろいろ予定があります。そして活動のメインである島内散策。こちらも訪れたい場所が色々あります。・ご先祖様にゆかりのある屋敷跡などの場所・口碑伝承の場所・琉球式お墓群・いくつかある城跡などなど。島の気温はもう20度超えの夏日のようです。そろそろ海開きなどもあるようで、一足先に夏を感じられそう。...Vol.328もうすぐ上陸します!

  • Vol.327 玉帳陰符経(兵法書)のルーツを訪ねて②

    岸和田市大木村から県道62号線で山越し車で約30分ほど走ると、和歌山県の紀の川市に出ます。そこから西の方角にある根来寺へ。ここは高野山の学僧でもあった覚鑁(かくばん)上人によって開創された新義真言宗の総本山。開山以来、約900年の伝統を誇るそうで、山内には日本最大の木造の『大毘廬遮那法界体性塔』(だいびるしゃなほっかいたいしょうとう)通称「大塔」建立のほか、大伝法堂には重要文化財の本尊大日如来(だいにちにょらい)・金剛薩埵(こんごうさった)・尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)の三体が奉安されていました。 1585(天正13)年に秀吉の紀州攻めにより炎上しますが、大伝法堂・大塔・大師堂等は焼け残りますが、大伝法堂は解体。本尊の三尊像は京都嵯峨へ運び出され無事だったようです。大伝法堂は1826年に復元されます。...Vol.327玉帳陰符経(兵法書)のルーツを訪ねて②

  • Vol.326 玉帳陰符経(兵法書)のルーツを訪ねて①

    『玉超陰符経』という兵法書の古文書が島の本家に保管されていることは以前に何度か書きました。そしてこの古文書と同じものが、大阪の岸和田市大木という山間の地区に保管されていることも以前の記事で書きました。今回その大木地区の方からご連絡を頂きまして、その古文書などが活字で収録されている『史料太郎兵衛講文書』という本を頂戴することになり、はるばる行ってまいりました。このブログからの御縁で、何度もやりとりさせてもらっているKさん。実際にお会いするのは今回が初めてです。少し体調を崩されていらしたのですが、私たちのためににこやかに対応してくださり、集落の中を少し案内してくださいました。大木地区は緑豊で旧家が残る、空気がとても美味しく感じるのどかな場所でした。現在この地区には150世帯ほどがお住いのようですが、一人暮らし...Vol.326玉帳陰符経(兵法書)のルーツを訪ねて①

  • Vol.325 ノロだったのだろうか?

    ご先祖さまが代々住んでいた直城の土地台帳が全て揃いました。土地台帳は私が確認できる範囲では、土地の所有者としての記録が残る最古のもので、明治初期頃の土地の所有者が分かります。調査の対象地区においては、明治20~40年頃に記録されたものが多いです。そんな土地台帳を眺めていたら、あることに気が付きました。とある家の女性Zさんの名義になっている土地が、かなりの数あるのです。このZさんは私の知人のお婆様になる方で、恐らく江戸末から明治初め頃のお生まれだと推測します。ちょうど土地台帳が作成された頃には、30~40代くらいの年齢だったのではと思われます。そんな女性の名義になっている土地、それは畑や山林、原野ばかりではありません。宅地もご本人のご自宅以外も数件お持ちなのです。この時代、まだまだ女性が男性と同じような立場...Vol.325ノロだったのだろうか?

  • Vol.324 家系図のこと

    当家に存在していたと思われる家系図は、以前から所在が不明です。実際にご先祖さま達によって代々作成されてきた家系図が存在していたのか?現物が無いので確認のしようがないのですが、しかしお爺さまが書いている記録の中には、『宗家系図』という文字が何度か出ており、お爺さま自身がその系図を参照しながら様々な記録を書いていったような形跡があります。この家系図はいつの時代のところまで書かれたものだったのか?大変気になるのです。そしてある関係者によれば、宗家は以前に沖縄在住の方で家系図作製をされていたH氏という人に家系図を作成してもらったようだという話なのです。この方について調べてみましたが情報は少なく、親戚に訪ねてみましたが誰もそのH氏のことや家系図の存在を知らないのです。本当にこの方によって家系図が作成されていたのか?...Vol.324家系図のこと

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