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3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ https://shinjiyoshikawa.hatenablog.com/

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

吉川 真司
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2020/11/27

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  • 6月6日(金) スペイン語の出版記念トークイベント 無事終了。

    スペイン語で話す内容を準備するのは、想像していたより大変だったけど、何とか無事終わりました。もう1週間たったけれど、まだ余韻が残っています。 たぶん、20名ぐらいしか入らないけれど、レアな古本を売るAntoniaというブックカフェで7時から開催しました。 当日は、ワインやジンジャーエールなんかのソフトドリンクも出して、お祝いしてもらいました。 入場すると本が飾られていて、欲しい人が買える。 まずは、編集者のエルビアが開会の挨拶と、著者つまり僕の紹介をしてくれました。すでに会場から30分経っていたので、皆の手元には赤ワインやら、スパークリングワインやらがすでにあったので、思わず乾杯からトークを始…

  • オールスパイスの葉の巻(第38話)

    飛行機から久しぶりに外の様子を撮影した。チェトゥマル上空。 メキシコシティの自宅で荷をほどいた僕は、リュックのポケットに一枚の葉っぱが入っているのを見つけた。ベカン遺跡を去る間際にアンヘルからもらったものだ。 「ピミエンタ・ゴルダと言って、いい匂いがするんだ」 ぷちりと音を鳴らしながら、木から生い茂った葉の一枚をちぎりとって、いったん自分の鼻先に持っていってから僕に手渡した。 スペイン語で「太った(まるまるとした)胡椒」を意味する木は、英語名で「オールスパイス(AllSpice)」というらしい。実の形は似ているらしいが、胡椒とは種類が違う。 どうせ匂いなんてあまり分からないだろうなと、手渡され…

  • ラスト・ドライブの巻(第37話)

    正午前まではメキシコの食堂はだいたい朝ご飯の時間だ。 人気の店ほど客が多いのが市場の常だが、この日はどこも同じぐらいの入りだった。3日前にも僕を担当してくれたウェイターの若い兄さんを見つけて、相席だけどとりあえず席を確保した。 暑い地域では、炭酸飲料を頼むのが得策だと最近気づいた。コカコーラ・ライトは、カロリーもなく、自分でふたを開けるのが衛生的だから、こういう埃っぽい食堂で頼むにはぴったりだ。 そして三日前にファティマに教えてもらった、ユカタン料理の「チルモレ」を一緒に頼んだ。この旅に出る前までは聞いたこともなかった料理だ。軽やかに注文をさばいている彼は、厨房に向かって「チルモレいっちょう!…

  • チェトゥマルへ入る検問所はまるで関所 の巻(第36話)

    走り出して40分ぐらいたったところで、大柄または小太りな乗客で重くなった車がスピードをぐっと落とした。左前方に軍服を着た男たちが、車を1台ずつ止めている。僕らが乗っているタクシーも素直に指示に従った。窓を開け、運転手はあいさつを丁寧にしているが、サングラスをかけた中年の軍人はなぜか僕の方を見ている。 「ええっと。その人は外国人かな。身分証明書を見せて」 口元に少し笑みを蓄えながら、中腰で僕の方をのぞきこんでいる。運転手が隣の僕を困ったようにちらりと見た。 「日本人です」 何も悪いことをしていないのに、僕の心臓の鼓動は自然と早くなっている。この国では、何かにつけ、外国人にいちゃもんをつける警察官…

  • 乗り合いタクシーのルールの巻(第35話)

    バレンティン村に比べると、イシュプヒルは「超」がつく大都会だ。何せ全国にチェーン展開している薬局の支店や、オクソ(OXXO)というコンビニエンス・ストアがそれぞれ1店ずつあるのだ。おにぎりは売っていないが、オクソは日本でいうところのファミリーマートみたいなお店だ。 ホテルスタッフに乗り合いタクシー乗り場まで連れて行ってもらい、荷物とともに降ろしてもらったが、そこにタクシーらしき車は1台もとまっていなかった。 「おかしいな、ここだって聞いたけど。向かいに大型バスの乗り場があるけどそこに行ってみる?」 自分の仕事をさておいて僕を送ってくれた若者は、そう言いながらあたりをきょろきょろと見回した。あま…

  • 目的地とは決して場所ではない の巻(第34話)

    カサ・カーンの夜。フロントからコテージまでほのかにライトアップされている。 2日間みっちりと敏腕ガイドについて、あちらこちらに足を踏み入れた。内容は想像していたよりとても濃い。今回の旅を通して、僕はユカタン半島のマヤ流「世界への対峙の仕方」に少しだけ触れることができた。ほんの少しだけだけれど。 One's destination is never a place, but a new way of seeing things. 「重要なのは目的地に到達することではなく、新しいものの見方を獲得することだ」。これはアメリカの作家、ヘンリーミラーの言葉だ。 カラクムルという目的地に足を踏み入れて、沼…

  • 時計と反対周りの謎の巻(第33話)

    上からはまったく見えないが、横穴の洞窟の中にコウモリたちがぶら下がっている(出典SEMARNATCAM)。 この洞窟は上から見ると、ずぼっと下に深いだけのように見えるが、実は底の方で横に伸びる長い穴があって、9月から11月のピーク時には、そこに300万と推計されるコウモリが生息しているという。その横穴の長さは実に670メートルだ。 この中に生息するコウモリの種類は、研究者が調査したところによると、7種類と言われているらしい。だいたいは昆虫を食べるが、花の蜜を食料にしているコウモリもいる。 昆虫を食べるコウモリ ・パーネルヒゲコウモリ ・オオヒゲコウモリ ・オオカグラコウモリ ・ヒロオオオオコウ…

  • 「運がいいね」が続きすぎるの巻(第32話)

    せっかく、宿泊しているカサ・カーンの近くにいるので、ハチミツやら木の器やらをかさばるお土産を部屋に置かせてもらうことにした。アンヘルは、このホテルの元従業員で、オーナーの右腕みたいなポジションだったから、勝手を知っている。 「Colibri(ハチドリ)の小屋まで、車で入れるかな」 「もちろん。問題ないよ、レセプションから遠いもんね」 確かに遠いのだ。ほとんどの宿泊客は、レンタカーを借りて各コテージに乗り付けている。要するに、歩いて部屋から受付のある場所まで行き来しているのは僕だけなのだ。 荷物を置き、グレーのトヨタ車に乗り込んだ僕らは、ホテル敷地内の林を徐行しながら外へ出ようと進もうとした。で…

  • ここら辺に来る旅行者って何人が多いの?の巻(第31話)

    アンヘルの両親はタバスコ州からの移植し、バレンティン村に住まいを構え、アンヘルを含む兄弟たちを育て上げた。僕は自分が泊っているホテルからほんの数分の場所に、そんな偉大なお父さんとお母さんが住んでいるなんて、想像もしていなかった。 「この村でぼくは生まれて育ったんだ。お父さんは養蜂もしているから、たぶん自分で収穫したハチミツを分けてくれると思う」 カサ・カーンのある土地の元所有だというから、アンヘルの両親は立派な家に住んでいるだろうと勝手に想像していた。でも、実際は本当に小さなトタン屋根の家に家族3代で暮らしていた。庭のようなものはあるが、洗濯物がぎっしりと干されていて、家の入口までは干されたシ…

  • はちみつの概念がくつがえるの巻(第30話)

    「はちみつだね、次は」 アンヘルは、僕の遠慮ない要望の数々に何とか時間内に応えようとしている。 アンヘルやエセキエルには、さんざんハチミツを収穫している話を聞いていた。ヨーロッパから来た外来種の蜂は大量に蜜を出すが、ユカタン半島にもともといた蜂は、さらさらとして水気が多い。そうアンヘルは「マヤの蜂」と「ヨーロッパの蜂」を対比して、素人の僕に分かりやすいように教えてくれた。 生産量が少ないが、薬効があると信じられていて、値段はめちゃくちゃ高いという。 蜂の種類はメリポナ蜂(Abeja Melipona)といい、これもマヤ文明と深いかかわりがあるらしい。紀元前1000年前から重宝されていたと言われ…

  • なぜみかん? の巻(第29話)

    マルタ師匠が見送ってくれる中、日なたで熱気をたっぷり蓄えたセダンに乗り込み、次の目的地の民芸品工房に向かった。同じ村にあって、それほど観光化されていない工房を巡るのだ。 一つ目に行った工房は未舗装の道からそれて、歩いて森の中に少し入ったところにある作業場だった。対応してくれた女性は、どうも家事の途中からいそいそと出てきて、茅葺屋根のある屋外の小さな作業テーブルの前で、さっとかぶせていた布を取り払った。森の中で落ちている木の実や種、メノウなんかの小さな色のついた石を拾い集め、透明のプラスチック容器に種類ごとに分けた材料たちがテーブルの下のスペースに所狭しと段済みされていた。ざっと30種類ぐらいは…

  • 文化的背景と味覚の関係の巻(第28話)

    サルブーテはトルティージャを揚げてつくる。 ところでこの日、僕は何の料理を作るのか知らされていなかった。エセキエルは、その日にその家で作れるものを、体験させてくれるからと話していた。ものすごく行き当たりばったりに聞こえるかもしれないが、それが逆に期待を大幅に上回って、満足度が上がっているのは間違いない。もしわざとだとしたら、にくい演出だ。 サルブーテは、先ほどの要領でトルティージャを作るのだが、焼いたときに空気が入って膨らんだ隙間に、そっとフリホール(ペースト状の黒い豆)を塗る。そしてもう一度口を閉じて油で揚げるという凝ったプロセスを踏む。 さすがにこれは熟練の技が必要で、僕には手伝いようがな…

  • マヤ料理界の巨匠の巻(第27話)

    ベインテ・デ・ノビエンブレ村に入ったのは、約束の時間ギリギリの1時半だった。 アンヘルの運転で国道から集落の入口の看板を横目に左折すると、舗装された道路が奥へと続いていく。両側には緑があるが、道まではみ出すようなジャングル感はない。途中前日案内をしてくれたエセキエルの自宅や、生まれ育った家が並んでいるのを通り過ぎたが、しっかりした家だった。急いで10分ほど進んで、未舗装の坂道の中腹で車はとまった。 「ここが料理を教えてくれる女性がいる家だよ。ぼくも初めてだけど、どうもエセキエルの親戚らしい」 アンヘルが家の前にいたティーンエイジャーの女の子に声をかけた。木製、トタン屋根の家の奥から出てきたのは…

  • 気をつかう若手とわがまま男の巻(第26話)

    あまり人が出たり入ったりしないせいか、神殿の各部屋に入ると、たまに天井にさかさまになって寝ている黒いコウモリがいた。壁についた黒い線状の跡が彼らの糞だということを、しばらくして気づいた。発酵した独特の匂いは、幼少の頃家の前の公園で巣をつくっていた鳩たちを思い出させた。 修復された遺跡もやがて劣化していくんだ、とアンヘルは寂しそうに言った。 遺跡の前で表面の装飾について考古学者の解釈を話していたアンヘルが、ふと視線を上に向けた。つられてそちらに目をやると、すぐ後ろの高い木に猛禽類の鳥がとまっていた。 「あれはコウモリハヤブサ。ああやって周りを見回しては、餌が飛んでいないか見張っている。本当につい…

  • 死後の世界はあーるの巻(第25話)

    「これ、なんだか分かる?」 アンヘルが地面から何やら黒い色のついたガラスの破片のようなものを拾った。 プラスチックのかけらのようにも見えたのは、光線の加減か少し紫がかっていたからかもしれない。 「もしかして、黒曜石かい」 「正解。今日しんじはついてる。持って帰りな」 いや、そんな出土品をねこばばなんて、めっそうもない。マヤ文明ではナイフや矢じりに使われていたとされる貴重な石だ。 「心配しなくていいよ。もうこのあたりの大切な出土品は全部発掘された後だから、残りは拾われなかったものってわけ」 そこまで有資格のガイドがいうのであれば、ありがたく頂だいすることにした。 手術用メスより鋭利に割れることも…

  • 土曜日なのに誰もいない頂上での巻(第24話)

    これだけ城壁をよじ登ったり、おりたりしているとコツが分かってくるもので、だんだん疲れなくなってきているのがうれしくなってきた。だから、見れるものはなんでも見てやろうという気分になってきた。 少しややこしい話だが、ニューヨークタイムズというアメリカの新聞のコラムを、メキシコのレフォルマという新聞でスペイン語に翻訳で紹介しているのを読んだ。去年読んだその記事によると、旅行に出て最初の日が一番幸せ度が高いらしい。例えばヨーロッパ人は、そもそもバケーションが1か月を超えるので、ビーチなんかで長居する人が多い。だが、どうやら最初の出発してから飛行機に乗る時から、すでに爆発的に高揚感は上がっていて、結局4…

  • アンヘルのヒミツの巻(第23話)

    カラクムルとはうってかわって、ベカン遺跡は近い。ガイドのアンヘルと会った駐車場から車でたった10分で到着する。 世界遺産に登録されたカラクルムとは違って、ひっそりと、そしてこじんまりとしている。8時過ぎに着いた僕たち以外には、工事をしている男たちと、入場口の受付係員ぐらいしか人はいない。そう、ここでもまた工事中だ。 アンヘルは、ガイドなので無料だけれど、僕は入場料を少し払って遺跡に入っていった。ここにきて、今更ながら、本当に遅いのだけれど、メキシコのピラミッドは、日本でいうお城なのだと納得した。 小さな遺跡なので歩いてすぐ建造物まで行き着く。 「ここ、少し凹んでいるでしょ。分かりずらいけれど、…

  • おしゃれもいいけど、ほどほどにの巻(第22話)

    暗闇の中、目を覚したのは3時前だった。 年のせいとは思いたくないので、これは9時前に就寝したせいだと自分に言い聞かせた。ベッドサイドのライトのスイッチをオンにしたが、つかない。部屋の電気はどこもつかなかった。どうやら停電だ。まあ、あるよねと諦めて、星空をせっかくだから見ようと外に出た。 月明かり。停電でも全く問題ない。 特に北斗七星とオリオン座がくっきり見えた。電気がつかないし、携帯電話の充電が減っても仕方ないので、またベッドに潜り込んで眠ることにした。部屋の裏側についているはずの林を照らすライトも消えている。耳を澄ますとまた、赤フクロウのキリキリっという声が一拍おいては繰り返された。 朝7時…

  • 侵入者はどっちだ? の巻(第21話)

    急いでお別れしたエセキエルからは、そもそもこのベラクルス料理のレストランがどの位置にあるのかしっかり聞いていなかった。レストランから歩いて帰ればいいぐらいに思っていたのだ。でもホテルがある村を通り過ぎて、5分ぐらいは猛スピードで走ってイシュプヒルに向かう途中で降ろしてもらったことはわかった。国道は路肩こそあるが、誰も徒歩で歩いている人がいない、ただまっすぐな道なので早々に歩くのはやめた。 食事をゆっくり済ませると店員にタクシーを呼んでもらった。本当に来てくれるのかと心配していたが、10分ぐらいして無事少し白人系の顔をした30歳前後の筋肉質な運転手がやってきた。 「バレンティン村にあるカサ・カー…

  • 任せっぱなしの客の巻(第20話)

    入り口にショーアップされた石碑。 「ところで」、とエセキエルが切り出したのは、意外な質問だった。 「会ったこともないのに、全部前払いしてくれたけど、一体どうやってそんなに信用できたの?」 「簡単に言うと現金を持ち歩くのが嫌だったからで、カード払いもできなさそうだったから」 僕は旅行に行く時は、できるだけ現金をポケットから出す回数を減らしたいといつも願っている。一つはあまり大金を人前で見せたくないという治安の観点からだ。でもそれよりも何よりもいつの間にか無くなっているとか、リュックに入れっぱなしにしてそれをどこかにおき忘れたりするのが嫌なのだ。 森と遺跡の間に整備された道があるが、おそらく昔は何…

  • 愛が強すぎて絡みつく木の巻(第19話)

    愛し合っているというより、一方的にストーカーされている木。 マヤのジャングルの真ん中を歩いていると、不思議な木の生態に目を奪われることがある。 「ねえ、あの木もしかして愛の木って呼ばれているやつかい」 エセキエルに尋ねてみた。しっかりした灰色の幹に、細い他の木が絡みついている。どうみても絡みつかれている方が太くと強そうだけど、どう見ても苦しそうだ。 「ああ、絡みつかれている方はフィカスだな。なんかこの状況って、結婚みたいだろ。ゆっくりゆっくりお互い死んでいくっていう感じが、すごく似てる」 結婚していないエセキエルは、こんなふうに皮肉屋だから一生結婚しないな、と思いながら、僕も「なるほどね」とう…

  • ギネス認定の「地上で最もうるさい動物」の巻(第18話)

    「上るのはいいんだけど、下りるの怖いの」 一番上の段で腰をかけていた、30代半ばのアメリカ人らしき太めの女性が、メキシコ人カップルに向かってつぶやいた。確かに上まで登るときは下を見ないからいいが、上からいざ階段を見下ろすと、55メートルの高さの建物が、ほぼ直角に切り立っているようなひりひりした感覚が迫ってくるのだ。そして、ジャングルでは結構近くでキングコングがまだ強烈な大声で吠えている。 「見ててあげるから。ゆっくり、一緒に下りようか」 さすがにホスピタリティの国だ。カップルはつかず離れずそのアメリカ人女性に目を配りながら、ゆっくりと下りて行った。前を向かず、身体を横向きにして、足の裏がしっか…

  • ノープランは時に腹が減るの巻(第17話)

    さて、一息ついたら、我々二人はえっちらおっちらと建造物の斜面をよじ登り始めた。途中からはロッククライミングの様相を呈してくる。何しろ目の前に壁のような段差がせり出しているのだ。 最初はいいのだが、中腹から突然勾配が急になる。 不揃いの段差たちに、翻ろうされながら一気に登る。 エセキエルと一緒に上るが、すでに建造物1で体力を消耗しているので、逆にゆっくり上ると疲れそうだ。何段か上ってから、休憩なしで一気に駆け上がることにして、頂上までたどりついたが、息はあがっている。 途中ジャガーの顔が形どられたところで、エセキエルの説明を聞く。 向かい側には建造物1が見える。それ以外は、とにかくジャングルだ。…

  • 黒い影がはるか頭上に見えるけど、の巻(第16話)

    プルプルと小気味よいけいれんを時折起こす太もものまま地面に降り立ったら、歩くときに少しよれよれとした。でも人に気付かれるのが嫌なので、顔だけでも平然とするよう心がけてみた。他のガイドと談笑していたエセキエルを見つけ、上での気持ちの良さをあれこれ伝えた。 「そうだろう。でももう1つの方はもっと高い。今度は俺も一緒に登るわ」 向かいにある建造物1まで二人で5分ほど歩いたが、途中でカサ・カーンで宿泊中のオランダ人家族に会った。おっ、お前もか、みたいな感じで挨拶をしただけだが、やはり目当てはカラクムル遺跡だった。相変わらず、彼らは子供が周りでパタパタと騒がしく動き回っていた。レストランでは別の席だった…

  • ピラミッド、下から見るか、上から見るか?の巻(第15話)

    ばらばらと並ぶ石碑のラインを通り抜け、ピラミッドの下で待つエセキエルをしり目に、僕は靴が3分の2ぐらいしか踏めない狭い石段を登り始めた。 どのメキシコの遺跡もそうだが、勾配は急で、体力に自信がなかったり、脚力が弱いと思っている人は上らない方がいい。こんなところで「階段落ち」なんか演じている場合ではない。そもそも人が少ないから、よく海岸の観光地でいるライフガードもいない。 勾配の角度は最初は体感でしかないが45度ぐらいあるはずだ。そして途中からもっと急になる。一段に靴は縦に普通に段差にのせるとかかとがはみ出すこともあるので、余裕をみて30㎝として、高さは膝のちょっと下ぐらいだった。僕の膝までの高…

  • ウヨウヨと生える石碑とややこしいマヤのカレンダーの巻(第14話)

    なぜかカラクムルの遺跡には、石にレリーフで人物像が掘られたエステラと呼ばれる石碑がたくさんある。その数はマヤの遺跡の中でも突出して多い。その数は117本だという。「本」を単位として数えていいのか分からないが、とにかくあちこちに立っている。 「これは王様」、「これは捕えられ、囚人になった他の都市の王様」などと一つ一つ説明を受けた。不思議なことにエセキエルは石碑の左側面に記されたマヤ文字を解読し、ときに本を見ながら数字を確認した。しっかりと年号が記録されているらしいのだ。 マヤ文字はしっかり読める文字として機能していたみたいだ。ただし、現代社会のように識字率が90%を超えるような状況ではなく、一部…

  • 双眼鏡、狙いを定めても・・・の巻(第13話)

    駐車場はとにかく工事中だった。 というか、この旅では行くところ行くところ、工事中だったという印象だ。 道路も駐車場も拡張したり、補修したり。 カラクムル遺跡の入り口駐車場は、拡張工事中。トラックが通るからと言って、交通整備のお兄さんに、一度停めかけたトヨタを移動するように言われ、エセキエルは面倒くせえなあという表情を隠さずに、工事車両が来ない場所を選んだ。 さっきの村人税のような保護区への入場料も、遺跡への入場料も僕は自分の分だけ払った。ガイドのエセキエルは首からかけたIDカードを見せれば無料だ。何せほぼ毎日来ているのだから、係員も顔見知りだ。 「だいたい4時間ぐらいいるからね」 と、森の中の…

  • 線路はつづくよの巻(第12話)

    今回、ガイドとの話題で何度も繰り返されたのが「マヤの古代文化の知性」と「鉄道施設による自然破壊」だ。 我らがベテランガイド、エセキエルはこの地で15年以上ガイドをしている、カラクムル案内専門家の第1世代だ。彼がガイドを始めた頃、道はそれほど整備されていなかったし、カラクムル遺跡にはきれいな駐車場や水洗トイレもなかった。なぜならやっと今、工事が完了しようとしているぐらい、最近本格的に観光に力を入れ始めたからだ。 それが、田中角栄ばりの剛腕オブラドール元大統領により、マヤ鉄道(スペイン語ではTren Maya)が建設され、広大なユカタン半島のジャングルを真っ直ぐに横切ってしまう線路が忽然と現れた。…

  • スペイン語版「山と電波とラブレター」出版!

    Yo Publico!というメキシコの出版社から、スペイン語版で出版です。 今回は、編集者が入って、オリジナルのイラストがふんだんに入ってます。 結構気に入っています。 期せずしてかわいくなったのは、僕の趣味というよりは編集者の好みです。 メキシコのAmazonで発売開始しましたが、El Zotanoという本屋さんにも置かれるみたいです。 www.amazon.com.mx 挿し絵とカラー写真入りです。 日本では買えないかもしれませんので、欲しい方がいたら、連絡ください。 今度帰国するときに持って帰りますので、お送りしますよ。 お知らせでした!

  • カラクルム生物保護区 7000ヘクタールってどんだけ?の巻(第11話)

    カラクルムの生物保護区はエセキエルによると7000ヘクタールらしい。 でも、畑や田んぼを持つ農家でもない限り、ヘクタールという面積をイメージするのは難しい。日本人なら、ここでよく引き合いに出てくるのが「東京ドーム」だ。 東京ドームは4.6ヘクタールらしいので、7000÷4.6=1521個分だ。 やっぱりよくわからないね。 要するに、ブラジルのアマゾンの熱帯雨林の保護区の次に世界で2番目に大きくて、グーグルマップでみたら、世界地図レベルで俯瞰しても緑だらけだという広さだ。 生物保護区というだけあって、トリップアドバイザーのコメントを見ても「猿を見た、けどジャガーは見られなかった」、というなかなか…

  • こぼれないのか、こぼれるのか、ブラックコーヒーの巻 (第10話)

    再生紙の紙袋の中身はこんなだった。 ・バナナ ・りんご ・シリアルバー ・1リットルの水(PETボトル) ・オレンジジュース(ブリックタイプ) ・サンドウィッチ 前夜のうちに、ホテルのスタッフからのおすすめ通り、サンドウィッチは木の壁に埋め込まれた冷蔵庫に入れておいた。その時に袋の中身を全部、ワインやコーヒーメーカーが置いてある台に広げておいた。ただ単純に起きてバタバタしているうちに食べ忘れないようにしたかっただけだが、その朝バナナの異変に気づいた。 ちょうど手で持つあたり、下4分の1あたりのところに見覚えがない穴が空いている。0.5ミリ程度の穴は分厚い皮を貫通し、身のところまで届いていた。確…

  • ジャングルの中で寝るのはこんなに寒いんですか?の巻 (第9話)

    荷物もほどき終わって、コーヒーで一服したら、もう夕方の6時だった。 受付に併設されたレストランは半屋外になっていて、テントの延長みたいな骨組みだ。人懐っこい白と黒のまあまあ大きめの犬が二匹ウロウロと歩いている。どうやら食事のおこぼれに預かりたいのか、僕のところにもやってきたが、食事中だから撫でてあげられないし、餌もあげない。もちろん周りは木だらけで、知らない鳥がたまに枝から枝へ飛び移っていたりする。 受付兼レストランのカウンターの内側に陣取るメガネの女性に、明日紹介してもらったエセキエルというガイドが朝6時に迎えにくる旨を伝えた。小柄でショートヘアの彼女は、きっとこのホテルの事務作業をすべて取…

  • ジャングルの中でAI(人工知能)にきいたことの巻 (8話)

    自然の中に放り出されて宿泊するとき、個人的に2種類のスタイルがあると思っている。 ひとつは、デジタル接続なしのスタイル。つまりWifiもない、携帯電波もない、前回の旅行で泊まったエバーグリーン牧場がそれだ。母屋以外からはWifiがつながらないし、携帯を見てもアンテナのバーは1本も立たないから、諦めがついて潔い。 だけど今回は、小屋の横にWifiのアンテナが各棟にそびえたっている。専用なので混み合って速度が遅くなることもない。 ガラスの大きな扉を開けてデッキに出ると、鳥のさえずりが聞こえる。幹が白い細い木がたくさん並んでいて、視界はやがて緑にさえぎられるが、匂いがいい。たぶん草だったり、葉っぱだ…

  • トリップアドバイザーの超主観的「正しい」使い方(第7話)

    前にも書いたが、旅の行き先を決める時、トリップアドバイザーを頼りにすることが多い。 今回のホテルも、探した時の流れはいつもと同じだ。とにかくあまり迷って時間を無駄にしたくない。迷うことこそが楽しみだという考え方もあるが、僕の場合は単純にその時間の余裕がない。会社には行き先と日程を事前に伝えるというルールがある。 そこで何度も使っているうちに編み出したトリップアドバイザーの使い方が下に記した1から5のステップだ。 1.目的地にあるホテルすべてを評価が高い順に並べ替える。 2.5点満点で極力5つ丸がついているホテルを上から眺める。最低で4.5。 3.コメント欄は、ヨーロッパ人のものを中心に本音を言…

  • Ixpujil なんて読めばいいのか想像がつかないの巻 (第6話)

    イシュプヒルの町は、ベリーズとの国境の町チェトゥマルから、内陸に向かって西に進んで2時間のところにある、人口3千人程度の小さな町だ。途中キンタナロー州とカンペチェ州の州境を超えるが、そこで1時間の時差が発生する。実はホテルに着くまでどの時間が正しいのか分からないまましばらく過ごしていた。 カラクムルがあるカンペチェ州は、若干メキシコシティに向かって西に戻る位置にあるため、また1時間時計を巻き戻さなくてはならない。携帯電話は電波がつながりさえすれば勝手に現地時間を変更してくれるが、僕が愛用しているアディダスの腕時計は自分で針を戻さなくてはならない。腕時計が正しいのか、携帯電話が正しいのか、結局ホ…

  • 女性用ですが入っていいんですか?の巻(第5話)

    乗り合いタクシーは、4名の乗客が集まらない限り、絶対に出発しない。 僕が市場でダラダラ歩き回っているうちに、1台出発してしまったらしい。 もう何時に着こうが、今日中にホテルにさえつければいいわけだから、多少遅れても構わない。ファティマによると少しずつ人が集まるから、気長に待ってなさいとのことだった。 イシュプヒルまでは直行で2時間かかる。だからタクシーに乗り込む前にトイレに行くことにした。実は社長然としてデスクを構えていたチョンボさんは、トイレの代金回収担当だった。 「10ペソもらうよ。そこのバケツに水があるだろ、それ持って入りな」 小さなバケツに水がくまれていて、多少のサイズの違いはあれ5つ…

  • モンドンゴってなに?の巻 (第4話)

    途中、メキシコならいたる所にある市場を通り過ぎ、角を曲がると乗り場らしきところについた。全く持ってこじんまりとしていて、路駐のタクシーが4台ほどあるからそれだとわかる程度だった。 「イシュプヒル行きはこっちだぜ」 と運転手の兄さんたちに誘(いざな)われるままに、70歳ぐらいのおっちゃんが待つ机に通された。そこできっとチケットを買うのだろうと思っていたが、ただの待合所で、料金はタクシーの運ちゃんに降りる時に払うシステムだそうだ。 「どこからきたの?」 待合室に座っていた、陽気な事務社員風の女性が話しかけてきた。 「日本さ」 「チェトゥマルは初めてかい」 「いやそうでもないよ。今回はカラクムルに行…

  • 治安維持部隊と空港タクシーの巻(第3話)

    チェトゥマルの空港に到着したのは、正午前だった。 メキシコシティから出発したのは8時半で、所要時間は2時間ちょいだが、世界的ハネムーンの行き先であるカンクンを要するキンタナロー州は、時差で1時間先に進んでいる。 空港に着いて、宿泊先に移動する乗り合いタクシー乗り場がどこにあるのか知らないことを思い出した。南部は暑いはずだが、さすがに12月半ばなので長袖のシャツがちょうど良い。 ガイドのエセキエルとは出発前にメッセージアプリのワッツアップで、翌朝6時にホテルに迎えにきてもらう約束をした。そして、直接空港からホテルのあるイシュプヒルまでタクシーをチャーターすると、高いからと、乗り合いタクシーをすす…

  • いったいどこに行くんだ俺? カラクルムで決まりだろうの巻 (第2話)

    実はもう一つの候補は、チアパス州のタパチューラという町だった。 学生時代に知り合った同い年のメキシコ人が大学で英語を教えている。何もないグアテマラとの国境の町だが、とあるスペイン語の語学試験の勉強をしたときに、練習問題のエッセイで、ハイチからの移民が住み着いて、どこの国か分からないぐらいだと書いてあったので、一度見てみたいと思っていた場所だ。 その友達に「何があるんだ」と聞いたら、 「え? 俺がいるけど、それで十分だろ」 と答えがかえってきた。 気持ちは分かるし、30年ぶりに会いたいのは間違いない。評判の良いホテルも見つけたが、その友人が住む町からは2時間という辺鄙なところにあった。でも何年か…

  • カラクムル遺跡に突撃するのか、しないのか? どうする俺 の巻 (第1話)

    仕事でへとへとだったはずなのに、1人旅に12月に出かけることにした。 大体からして、11月から12月は1年で一番忙しくて出張だらけなのに、その合間を縫って旅をするるからには、相当に楽しくなくては元が取れない。今年は仕事で大きなイベントへの参加やデジタル系の宣伝強化なんかの実験をして、そのうちのいくつかは今後必ずヒントになるような成果が出た。だけど必ず現場にいることにしたおかげで、結構体力的に大変だったのだ。1回は風邪もひいた。 そんな思いをしても、誰もほめてくれない立場や歳になったので、自分に「よくやったな、お前」的なごほうび休みで今年を締められたら、そんないいことはないと思っていたのだ。 と…

  • 出版記念トークイベント 満員御礼! ありがとうございました!

    いやあーー。感動しました。 あいにく前日からしんしんとノンストップで雪が降り続け、イベント当日の朝から除雪車や雪かきの人で通りはざわついていました。 凍る寒さの中、ストーブで毛矢珈琲の室内を温めながら、マスターと僕の準備はああでもない、こうでもないと進みます。 途中、PCとプロジェクターの接続がうまくいかないとか、本当にこんな積雪25センチの足元の悪い中人は来るのかと心配してしまうシーンが何度もありましたが、何とか30分遅れで開演。 2000円の入場料にはフード・ドリンククーポンが3枚つき、メキシコのビールカクテル「ミチェラダ」やテキーラ、メスカル各種、タコスなどが選べます。当日僕がスーツケー…

  • 「山と電波とラブレター」出版記念イベント 12月22日(金)開催です。

    福井駅から徒歩15分。 毛矢という場所にある、「毛矢珈琲」という席数15席の小さなカフェがあります。 マスターからお誘いを受けて、出版記念パーティを開催してもらうことになりました。 告知の必要がないぐらい、準備段階で参加希望者が集まってしまいました。 でも、このブログはまだ僕がどうやって何をしたら本が出るのか、一人でも多くの人に伝えられるのかと試行錯誤していた時に始めたものです。その初期から応援してくれている人がこのイベントを知らないというのは、道義的にいかんなあ、と考えて告知させてもらいます。 ただし、場所は福井県です。年末の忙しい時期に、近隣にお住まいでない限りなかなか来れる場所ではないか…

  • とうとう出ました英語版。どうやってできたか思い出しながら解説します。

    出版社が用意してくれた宣伝用画像 とうとう、初めて英語で出版しました。 洋題(?)は、「山と電波とラブレター」をずばりそのまま直訳して、 Mountains, Radio Waves and a Love Letter です。 ちょうど、日本語で出版して1年経って、そろそろ何か次のチャレンジをと思っていたところで、内容からして欧米人とか英語圏の人の方が合ってるかもしれないと思い始めました。 英語出版に欠かせない必殺翻訳プログラム そこで登場するのが、DeepLです。 ドイツのAIを活用した翻訳プログラムを開発している会社のサイトで、日本語のテキストを英語に訳しました。 実はこのソフト、Goog…

  • いよいよ発売日(仮)決定。 インドの書店20か所とAmazon で2月販売開始。

    Mountains, Radio Waves and a Love letter 私のデビュー作「山と電波とラブレター」の英語版が2月10日発売開始予定で準備が進んでいます。 上の画像は出版社が販促用に用意してくれたものです。 流通先はインドの書店20か所と、インドのAmazonおよびアメリカのAmazonみたいです。実は詳しいことはそれ以上分かっていません。 今回の翻訳にあたっては、イギリス人の英語の先生が全面的に協力してくれたおかげで、原作より文章はエレガントかつ、ウィットやひねりに富んでいて、時にアイロニックです。 それと何と言ってもDeepL。これがなければ何も始まりません。すごい。 …

  • 不便だから人気のランプの宿

    最近YouTubeのおすすめで、日本の秘境に外国人が集まってくる宿をテレビ取材した動画に行き当たり、見入ってしまいました。 ドイツやアメリカ、オーストラリアなどから、青森の山奥の雪の中、電気もない、電波も届かない、インターネットもない宿に人が集まっています。 東京から乗り継いで一般車が入れない雪山にある宿。 中の照明はランプ。ほの暗い中、宿泊客同士がなんとなく仲良くなる。 これ、なんか私が本に書いたのと同じだなと思いました。 携帯電話もつながらないから、知らず知らずのうちに画面をいじることがない。 テレビもないから、逆にくつろげる。 もともと、一昔前はネットも携帯もなかったんですからね。 英語…

  • 山と電波とラブレター 英語版共同出版について

    2023年1月に、とうとう英語版が出版される予定です。 翻訳からイギリス人による英語スピーカー向けリライト、英語圏出版社への応募まで、長かったけれど、やったかいがありました。 結局返事があったのはインドのリードスタートという中堅出版社です。 ネット上での評価はいろいろでしたが、思い切ってお願いしてよかったというのが今の正直な感想です。 まず、プロジェクトマネージャーが有能で、レスが早いです。これが一番助かる。 それに表紙のデザインもオリジナルで、質も高い。テンプレートを利用して安くあげるのとは大違いで、納得いくまで議論できました。面倒くさがらない対応も非常に好感が持てます。 英語圏のAmazo…

  • エリック・ワイナー作 The Geography of Bliss(世界しあわせ紀行)を読んだ

    エリック・ワイナーの渾身の旅行記。 いやあ、面白かったのです。 自分が旅行記を出版したのをきっかけに、世界でトラベルライターなる職業が存在することを知り、いろいろと調べているうちに行き当たったのがこの本です。 もう忘れたけど、世界の旅行記を紹介しているサイトに、面白い旅行記がランキング形式で並んでいました。 日本語で「世界しあわせ紀行」とあったのですが、もともとの英文タイトルは The Geography of Bliss(直訳:至福の地理学) なので、ちょっとニュアンスが違うのです。ただ日本の出版社が「世界しあわせ紀行」って悩んだ末につけたんでしょうね。この方が分かりやすいし。 僕は普段それ…

  • わりあいに本格派のラーメンと遠くを見つめる女性

    メキシコは古くから壁画アートが受け継がれている。 フリーダ・カーロの夫「ディエゴ・リベラ」が世界的に有名だが、他にもシケイロスなど日本ではそれほど知られていないが数々の名作を残した壁画画家はたくさんいる。 でも、もともとはいきなり画家になったわけではない人もいそうだ。壁があれば描く。これは多くの人道行く人に一番目につきやすいキャンパスとして、アートを志す人に衝動を与えるのだろう。 私の住むメキシコシティでもいたるところに壁アートが存在する。 今回から不定期で「メキシコの壁アート」と題して、街で撮影した壁を紹介する。 先週までなかった壁のアート、ラーメンをお箸で食べようとする姉さんはなぜか寂しげ…

  • 山と電波とラブレター 英語版について

    昨年11月に出版した「山と電波とラブレター」。 内容がどちらかというと欧米人向けなのではないかと、自分でも前から思っていて、今回全文を英語に翻訳しました。 と言っても、実はDeepLというドイツの会社が運営している自動翻訳ソフトを利用したので、ほぼ自分の力ではありません。 グーグル翻訳とは全く違って、非常に精度が高くて、驚いてしまいました。 あるサイトで日本の方が、英語出版をしているのを参考に、まあ、試しにと使ってみたら、これがすごい。あっちゅうま(1分もかかりません)にワードファイルがそのまま英語になりました。 その訳をざっとまず自分で目を通して、その後、娘の家庭教師をしているイギリス人の先…

  • 第26話 最終話 再会、お別れ(2)

    僕はダニエルにその後、一度だけ再会した。 短い夏休みを利用して、オアハカを訪れたのは、就職してから数年たってからだ。 メールやインターネットがまだ普及する前だから、どうやって待ち合わせたか覚えていない。だけど彼はメキシコ人の地元ミュージシャンとともにバンドを組み、バーで演奏をして、何とか生計を立てているようだった。 僕はダニエルが好きだった日本のチューブわさびをお土産に渡した。 「覚えてくれていたのか」 そう言いながら大事そうに小さなお土産をポケットにしまった。 そして、彼は僕をある家の裏庭に招き、バンドのメンバーとともに演奏を聞かせてくれた。スペイン語の歌詞で懸命に歌うダニエルは、心の底から…

  • 「山と電波とラブレター」 書店での展開の様子と常陽リビング紙サイト掲載のお知らせ

    学生の時に新聞より貴重な情報源としていたタウン誌常陽リビング。 今回、本紙とサイトに掲載いただきましたので、リンクを紹介します。 取材があったので、多少本に込めた思いをお伝えしました。 www.joyoliving.co.jp それから! 私はメキシコにいるの書店の様子は見に行けないんですが、友人たちが新宿の紀伊国屋本店や、池袋ジュンク堂の様子を送ってくれました。 新宿紀伊国屋本店 綾瀬はるかの隣にしっかり積まれていると教えてくれました。 池袋ジュンク堂さん 池袋ジュンク堂での陳列の様子 手に取ってもらえていたとしたら幸せですね。 今回の出版にはたくさんの感謝したい人がいて、個別にお礼してもし…

  • 第25話 再会、お別れ(1)

    小さなオアハカの空港を発つと、大都会のメキシコシティへ50分ほどで着く。 最後の日、友人たちが見送りに来た出発口で、僕は寂しいというよりは、お世話になった土地への感謝と、これから日本になじめるのかという不安で感傷的になっている暇はなかった。 その冬、確か3月の初旬だったと思うが、成田空港に約2年ぶりに到着して、初めて寂しさがこみあげた。友人たちやダニエルとはまたいつか会えると確信があったが、決定的に欠落していたのは「色彩」だ。 成田を足早に歩いている男女は、みな一様にシックな黒ベースの服を着ていた。それがえらく悲しく映ったのだ。黄色や赤や派手な柄を自由に笑顔とともに着こなし、べらべらと大声で冗…

  • 第24話 最後の授業

    「もう今さら何を言ってもしかたがない。ただ、シンジがオアハカからいなくなるのは寂しいよ」 僕のギターの先生はアメリカ人だ。日本的な奥ゆかしい表現はしない。 ストレートに僕が上達したことを自分のことのように喜び、これから、どうやって続けていくかのアドバイスをくれた。 「日本にだってギターの先生はいるはずだ。自分で見つけて、教えてもらうといい。それがかなわないなら、もう自分で学ぶことができるレベルにまで来ている」 そうやって心配するなと僕を勇気づけた。 もう、最後の授業で何をやったかは覚えていない。ただ、最後に記念撮影させてくれとお願いした。そして僕と彼の文字が往復書簡のように入り乱れたキンバリー…

  • 第23話 カセットテープとラテン

    ダニエルと僕はとにかくカセットテープを多用した。 楽譜が読めない、いやそもそも楽譜なんかいらないという前提で教わっている手前、メロディーは書きとめられない。コード進行と歌詞以外は勘で進めるのだが、どうしても録音しないと思い出せないことが多い。 じっとダニエルの手元を見ながら、カセットに録音する。 一通り見聞きしたら、それを家に帰ってひたすら再現する。 テープは道端の露店商の友人から買った。足が悪いからずっと座っているけど、いいやつだった。 あるとき、僕がカセットにはノーマルとクロームとメタルというのがあって、音質が微妙に違うんだという話をダニエルにしたことがある。僕は中学校の時にクロームのカセ…

  • 第22話 I Give In

    ダニエルは、レッスンの合間や始める前にいつの間にかギターのデモンストレーションをしていることが多い。呼吸するみたいに音楽が「出てくる」んだと思う。 その中で何度も彼のオリジナル曲ーー毎日作曲しているから自分の曲が無限にある―ーを披露してくれるシーンがあった。中でも3拍子の曲で「I give in」という、彼にしてはさわやかなメジャー調でしかも弾きやすいシンプルなコード進行だった。 I still can be found on this merry-go round I can't seem to get off, I can't seem to slow down I go round an…

  • 発売開始! 「山と電波とラブレター」全国の書店で。

    とうとう、今週11月10日、日本の書店で発売開始された「山と電波とラブレター」。 都市部を中心に、大型の書店では見かけていただけるかもしれません。 紀伊国屋書店さん32店を皮切りに、ジュンク堂さんや丸善さんなどでも販売開始されています。 メディア向けプレスリリースや、出版社のパレードブックスさんのブログなどでも紹介されています。 プレスリリース(PR TIMES) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000158.000046294.html ブログ(パレードブックス) https://ameblo.jp/paradeppress/entry-127089…

  • 第21話 Wild Wood Flower

    ダニエルは、本気で僕がミュージシャンを目指すなら、と冗談なのか本気なのか分からない指南をし始めた。もう日本に帰る日が近づいているからだ。 「今、レパートリーは50曲だろ。1回のショーで15曲ぐらい用意しておけば東京のバーで演奏できるはずだから3回分のコンビネーションは用意できているわけだ」 半年たった僕のノートにはたくさんの曲の歌詞とコード進行が並んでいた。ラテンアメリカの曲、英語や日本語の曲もある。 「それから、ギターは日本に帰っても続けてほしい。練習の仕方は2つある。つまり先生について習うか、それとも自分で学ぶかだ」 ダニエルは自分のような先生を見つけるのがいいが、そう簡単に見つからないだ…

  • 好きな旅行記10選

    はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選」 思い出したり、本棚あさって並べてみました。順不同というか特に1位から10位で並べたわけではありません。 1.表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 オードリーの若林正恭が書いたキューバ紀行。 一人でホテルをネット予約したり、有名人がするかという作業をどきどきしながらやっているのが伝わってくる。別にオードリーのファンではないですが、単純に本として面白かった。 それにしてもおやっさんが大好きだったんだなあ。 2.辺境・近境 村上春樹があちこち行った紀行文集。 僕が住んでいるメキシコのことが書いてあって、さらに友達が文中に登場してびっくりした。そう…

  • 第20話 セッション 飛んでいけ

    ダニエルは「あんたが作った曲に俺が歌詞をつけるから」と、コード進行と鼻歌の録音を宿題にその日はクラスを終えた。 僕は適当にコードを3拍子でかき鳴らし、ハミングでメロディを作った。 そしてダニエルに披露した。当然歌詞はない。 「わかった。来週までに歌詞を作って、披露するから待ってな」 でもこの曲にどんなメッセージを込めたいかときいてきた。 青二才だった僕は、この留学が終わるとすぐに仕事を見つけて、まず間違いなく会社員になるだろうことを知っていた。そして、それまでの時間が短いことに少し焦りを感じていた。何かまだやるべきことはないか、とか、このままサラリーマンになっていいのかと。そんなことをなんとな…

  • 第19話 Jazzへ

    ダニエルはよく僕がテープに録音した曲を持っていくと、宿題として持ち帰ってくれてコードを探して、弾き方を教えてくれた。 その中でもよく覚えているのが、ニーナ・シモンの歌う「Love me or Leave me」だ。 もともとメキシコ人の観光ガイドの友達が教えてくれた曲で、いわゆるジャズのスタンダードな名曲に数えられるのだと思う。 ハスキーで野太い声がセクシーで、私のこと好きなの、そうじゃないのみたいな言葉で迫ってくる。 ダニエルは僕がそれまで習ったことがないディミニッシュトコードなるものを持ち出してきて、 「そろそろ、次のステップに行く頃かもしれないな」 とつぶやいた。 「ジャズはブルースとつ…

  • 「山と電波とラブレター」発売日が決定しました!! 11月10日です。

    11月10日発売予定。 いよいよ、発売日が決定しました。 すでにAmazonでは先行予約が開始され、旅行記ランキングでも50位以内に入りました。 まだ、発売していないのですが、ありがたいことです。 本日朝のランキングは20位でした。 本人の私もまだ、現物を見ていないのですが、不安なような、わくわくするような感じです!!

  • エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち 出版決定!!

    本ブログから誕生した物語、出版します! いよいよ、本ブログで連載した「エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち」あらため、 「山と電波とラブレター」 というタイトルで、11月ごろに全国の書店で発売します。 いやあ、長かった校正作業も間もなく終了し、いよいよ出版準備大詰めです。 今は、そう簡単に旅行できる状況にありませんが、この本で3泊4日の旅を疑似体験していただければ、そんなに光栄なことはありません。 巻頭カラーページ、各章にも白黒ですが写真を入れております。 また、具体的な発売日が決まりましたら、この場でご報告します! 私はメキシコにいるので、日本の書店で並ぶ様子が見られないのは残念ですが、少し…

  • 第18話 国境の子守歌

    僕は1週間かけて何度もダニエルの鼻歌を聞き、ああでもない、こうでもないと歌詞をあてていった。 悲しげなメロディ(マイナーコード)でトーンが統一されていて、聞いているうちに僕は加藤登紀子を思い出した。 実は留学にあたり加藤登紀子のCDをカセットにダビングして持ってきていた。もともと好きで聞いていたわけではないが、日本から来たのに洋学ばかりのカセットを持ち歩いていたのでは、日本の音楽を聞かせてくれと言われたときに格好がつかない。 実際、オアハカで大学で知り合ったメキシコ人の学生たちや、僕がお世話になった大家さん家族から、日本の音楽ってどんなのかと聞かれることは何度もあった。そして、僕はそのたびに、…

  • 第17話 鼻歌に作詞という宿題

    毎週日付と課題がリストアップされた ある日、ダニエルのアパートにレッスンに行くと、例によって小さなギターを抱えながらダニエルが鼻歌を歌いながら伴奏していた。ゆったりとしたバラード調のメロディーだが、なぜか懐かしい感覚がした。 その日、普通にレッスンの中で新しいコード進行やデモンストレーションの演奏を見た後に、また例の懐かしいメロディの鼻歌を歌い始めた。 「シンジ、この曲は日本語の歌詞にしようと考えている。てつだってくれないか」 「???」 「だからあんたが作詞して初めて、曲として完成するんだ」 僕は作詞なんかしたことなかったけれど、良しあしが相手に伝わるわけでもないし、軽い気持ちで引き受けた。…

  • 第16話 アンダードッグ・ラグ(負け犬のラグタイム)

    White Feathers in the Coop アルバムジャケット。 ダニエルの人生は音楽を土台にすべてが成り立っている。だけど何か事情があってアメリカに嫌気がさし、メキシコのオアハカで住むようになった。でも自分が成し遂げてきたこと(=過去)にほとんど執着がなくて、最低限の楽器以外は、何も持っていない。 僕がフィンガーピッキングをマスターし始めた頃、アンダードッグ・ラグという曲を教えてくれた。 「これ簡単だから真似して弾いてみな」 そう言って、見本を見せながらダニエルは相変わらず体に似合わない小さなギターでクリアーで乾いた音を鳴らし始めた。確かに使っているコードは少なく、指の動きも派手に…

  • 第15話 生まれて初めての実技試験

    ダニエルとギターレッスンを開始してから2か月ほどたった頃のことだ。 「シンジ、これは正式なクラスだから当然実技試験がある」 とダニエル師匠は僕に告げた。 「フィンガーピッキングの課題をリズムに合わせてなるべく正確に弾く。それからこれまで覚えた曲の弾きがたりだ」 僕は試験と聞くと緊張してしまうたちなので、本番で緊張しないように何度も家で練習をした。 「曲を弾き語るときは、人に聞かせることが大切だ。自分ひとりで弾くのと、誰かに聞いてもらうのとでは意味が少し違う。あんたにはミュージシャンとしてギターを仕込みたいと思っている」 相変わらずダニエルは僕にモチベーションを高める言葉を投げかけてくる。ほんの…

  • 第14話 My baby is so fine

    作者直筆の歌詞とコード進行 ダニエルは自分のアルバムが入ったテープを貸してくれた。10代の頃からレコーディングに参加し、リーダーズアルバムは17枚を数えると教えてくれた。でも僕が知っている洋楽の世界に彼の名前はない。本人が自主制作したものや自分でプロデュースしたレーベルも多いから、日本で手に入れるのは当時はなかなか難しかった。 彼が貸してくれたテープには、10曲がみっちり入っていて、すべてオリジナル曲だ。レゲエから始まり、いろいろな種類のカリブ音楽と自分の感性を融合させている。結局このアルバムはレコーディングまでしたのに、CDとしては出なかった。あるいは出る前に彼は事情があって、アメリカを後に…

  • 第13話 エリック・クラプトン

    メキシコ北部の町できいたホーンセクション主体のバンダ ダニエルとのレッスンに、僕は常に自分が弾いて歌いたいと思った曲をカセットにダビングしては持って行った。今考えるとなんともぜいたくなことをしていたのかと思うが、いつも次のレッスンまでにダニエルは曲のコード進行をメモしてくれていた。 「シンジもいずれできるようになるさ。曲を聴いたらコードが浮かんでくるようにね」 僕はその感覚がよく分からなかった。ダニエルが探してくれたコード進行を弾くことはできるけど、自分で曲を聴きながらコードを探し当てることは到底できない。 その日僕はエリック・クラプトンのバラードで当時えらくヒットした Tears in He…

  • 第12話 感情を表現する

    アフリカからアメリカ大陸に行きついたリズムが多くの音楽のルーツになった ダニエルのレッスンは常に音楽の歴史とともに進む。彼はカントリーとブルースをベースに、ジャズやアフリカ音楽、カリブの音楽を取り入れて「ワールドビート」という独自のスタイルを築いたのだという。 「ブルースもジャズも結局アフリカがルーツだ。アメリカならそうだけど、例えばハイチならコンパという音楽ある。ジャマイカならレゲエだ。多くの黒人ミュージシャンとこれまで音楽やってきたけど、彼らは本当にシンプルな奏法で見事に感情を表現する」 そう言ってその一つのテクニックとして「チョーキング」を僕に見せた。弦を普通に上から指で押さえるのではな…

  • 第11話 ラグタイム

    町ではときにけたたましい音楽が家まで聞こえる。 トラビス・ピッキングを何度も練習しているうちに、徐々に形ができてきた。その頃の僕はたぶん取りつかれたようにこの一見複雑なピッキングを何度も何度も繰り返して自分のものにしようとしていた。 ベース音は間もなくできるようになったが、それに合わせて今度は高い音を同時に弾く。それもリズムに合わせないといけない。いちいち力が入っていたが、徐々に指が自 然に動くようになってきた。指を意識していたのが、だんだん音やリズムを耳で聞いて指がそれについてくるように調節する感じに近い。 そうして僕はダニエルの前で妙に力が入ったトラビスピッキングを披露した。 「とうとうで…

  • 第10話 3フィンガー

    ホテルのロビーでフラメンコが演奏される(本文と写真は関係ありません。) 「マール・トラビスからすべてが始まっている」 ダニエルは僕にフィンガーピッキングを教えるときにあるギタリストの話をし始めた。後にトラビス・ピッキングと呼ばれる奏法を編み出した人だ。 僕はその日まで、ダニエルが指で弾く奏法を何度も見て、どうしてそんな風に弾けるのか不思議でしょうがなかった。 左手はギアーのネックを持ち、フレットを押さえる。 結局ピアノなら10本でいろいろな弾けるが、ギターの場合音を出す際に弦をはじくのは右手の5本だけだ。 それで低音のベース音を親指で弾きながら、メロディーは人差し指から小指までを使って弾く。親…

  • 第9話 楽して弦を押さえる

    メキシコで見たジャズ生演奏。キューバ人のバンドによくお目にかかれる。 ところでダニエルは、開放弦を使うことを僕に強く勧めた。コードを抑えるときに、左手の人差し指で一列ズバッと押さえ、他の指の抑える位置でコードを構成するやり方をセハというらしい。でもダニエルはできればきれいな音が出るようにセハをそれほど重要視していなかった。もちろん押さえなくてはいけないときもあるが、それはやむを得ずやるという感じだった。 そんな風にして、とにかく初心者の僕にダニエルは、最初から指の形が難しかったり、難解な練習は一切与えなかった。それから音符も一回も使わなかった。コードがあって、メロディーがある。それでいいじゃな…

  • 第8話 ワン・フォー・ファイブ(1・4・5)

    ソン・ハロチョはベラクルスのスタイルだ 「西洋の音楽にはいろんな法則がある。その一つに1・4・5というのがある」 そう言いながら、ダニエルは聞き覚えのあるラテン音楽を弾き始めた。 「Cが1とすれば、4はF、5はGだ」 つまり一つ目のコードがCだから、そこから4番目なので2番目がD、3番目がE、そして4番目がFとなる。それをじゃかじゃか順番に鳴らすだけで、見事にLa Bambaの伴奏になる。 「Dから始めるならD、G、Aを繰り返せばいい」 たった3つのコードで曲ができるというわけだ。例えばキューバの超有名な曲「Guantanamela(ワンタナメラ)」も同じ1、4、5の順番でコードをひたすら鳴ら…

  • 第7話 Caballo Viejo(カバジョ・ビエホ) 年老いた馬

    メキシコにいてうれしいことの一つは、道を歩いているだけで家庭や店からラテン音楽が漏れ聞こえることだ。せっかく中南米にいるのだからと、僕はせっせとサルサやクンビア、マリアッチなどの音楽を友達からダビングさせてもらったり、CDショップで購入しては、聞いた。 その一つをダニエルに聞かせて、ぜひ弾いてみたいとお願いした。すると次のレッスンには、コード進行を解読してくれていた。 「あんたもコードを自然に見つけられるようにいずれはなるぜ」 と何度も言われたが、僕にはまったく音楽を聴いていてコードが何かを見つけられる気がしなかった。 「この曲はコードを3つしか使わない。Cm→G7→Fm、これだけだ。後はシン…

  • 第6話 算数みたいに音楽する

    オアハカの市場で買ったギターは少しボディの裏面が膨らんでいる 最初のコードがE(ミ)だとすると、僕の場合、そのまま歌うとサビで必ず声がでなくなるか上ずってひどい声になってしまう。だからコード自体を「C(ド)」まで下げて曲全体を少し低い音でも歌えるようにするのだ。 「歌っていて気持ちいいところまで、ずらすといい」 そう言われて、僕は算数の計算をするみたいにコードをひたすらずらす練習をノートの上で繰り返した。 「俺は音楽が専門だけど、小さい頃から算数や数学は好きだった。音楽も結構数学に近い部分があるんだ」 とダニエルは僕に言った。 例えばギターには、「フレット」、要するに節みたいな区切りがついてい…

  • 第5話 トランスクリプション

    コード進行の換算をした計算ページ 「あれ、真似しようとしてもうまくできないぜ」 ダニエルは茶化すように僕の弾き方を真似するが、確かにうまくできないようだ。そしてにやりと笑った。それは僕をこれから育てようとしてくれるにあたって、少しは筋があると見込んだせいかもしれなかった。 このギター教室が始まって、これからどうなるのかまったくもって想像できていなかったが、課題曲の「Por Ella」をきっかけにギターに相当にのめり込むことになった。 僕はギターと同時にスペイン語も習っていたから、流行している歌で好きな曲は歌詞をしっかり聞くようにしていた。この曲はラブソングだけど、もともとロベルト・カルロスはブ…

  • 第4話 課題曲「Por Ella」

    Por Ellaの歌詞とコード進行を書いた初めての弾き語り用ノート コードを実際に鳴らしながら曲を弾くための練習曲も自分で用意する。僕が授業に持って行ったカセットテープを彼は預かり、次の授業までにコード進行を書いて用意してくれていた。このやりとりは僕が彼からギターを習った半年間、ずっと続いた。 最初に選んだのは当時ラジオで聞いて好きになった「Por Ella(ポル・エジャ)」という曲だ。ブラジル人歌手のロベルト・カルロスが、1990年にリリースした。僕がメキシコに留学したのが1991年だからよくラジオで流れていた。たぶん、母国語のポルトガル語でも歌っているのだろうが、僕は聞いたことがない。スペ…

  • 第3話 コード

    誕生日プレゼントにもらったハーモニカ ダニエルは、大きな体に似合わない、小さなギターだけを持っていた。僕のギターと同じ下から3弦がナイロン、上側の3弦が金属性の弦が貼ってある、いわゆるガットギターとかクラシックギターと言われるものだ。彼の少したっぷりとしたお腹の上で、その小さなギターは大きな音を立てる。アパートは天井が日本の家屋より高いのと、空気が乾燥しているせいで、よく音が響くのだ。 「あんたがハーモニカ吹いているの、聞こえてたぜ」 僕は高校の時に友達から誕生日にプレゼントされた、トンボ製のハーモニカでYou Are My Sunshineを我流で吹いていた。そして僕のアパートは敷地内でも門…

  • 第2話 ギターの音色

    石壁のアパートに、乾いたギターの音が響き渡る それから幾月が経過した1月のある日、僕は自分の誕生日に大家さん家族とダニエルを招いて食事会を催した。僕は限られた材料で自分にできる和食をふるまった。親子丼を作ったように覚えている。 その1週間ほど前、僕はオアハカの中心部にある市場の小さな楽器店でクラシックギターを買った。でもギターは憧れているだけで、別に弾けるわけではなかった。ただ、吸い込まれるようにして、メキシコ製のギターをどうしても欲しくなって買っただけだった。弾けるわけではなかったが、その楽器店でつま弾いたナイロン弦は、深いやさしい響きをしていた。 ダニエルは僕の家に来ると僕が弾けないのに僕…

  • 第1話 ダニエル (「ダニエルからギターを習う」 初回)

    市場には郷土料理を食べさせる食堂がたくさんある。 「ダニエルからギターを習う」という連載を本日より開始します。 僕がメキシコに学生のときに出会ったミュージシャンからギターを習う話です。 ダン・デル・サントというミュージシャンのことを知っている日本人はほとんどいない。ニューヨーク出身のイタリア系アメリカ人で、プロフェッショナルのギタリストでありシンガーソングライターだ。 彼に出会ったのは僕が21歳の時だ。ちょうどメキシコのオアハカ州にアパートを借りてスペイン語を勉強していた頃で、1992年にさかのぼる。僕は大学を休学し、スペイン語を何とか現地で身につけようと、なるだけ日本人が集まらない田舎町で、…

  • 第64話 エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち(最終回)

    僕のパソコンの壁紙はこの旅の後から牧場の月夜になった これがサン・イシドロ・チチウィスタンという村の、とある牧場で過ごした三泊四日の一部始終だ。 チアパス州奥地の森の中に、どうして遠いヨーロッパから人がやってくるのかと、最初は不思議に思ったが、今ではその理由がよく分かる。 「イタリアからメールが来てね、新年をここで過ごしたいって」 ステファニーは僕がメキシコシティに帰る最終日の朝も、メールで入ったこの牧場のリピーターからの宿泊依頼に、あわただしく返答していた。 一度この場所を訪れた人にとってこの牧場は、まるで仲のいい親戚の家みたいにいつでも戻れる場所の一つになるのかもしれない。このイタリアの夫…

  • 手作りのオパールペンダントをデザイナーに発注してみた

    お題「#買って良かった2020 」 2年前にメキシコのオパール鉱山を訪れたとき、試しに買っておいたルース(裸石)を机のひきだしから取り出したのは今年4月のことでした。 今住んでいるメキシコは、世界に3カ月ほど遅れて、コロナウィルス感染が徐々に拡大し始め、ロックダウンとはいかないまでも、極力家にいなさい、スーパーや食品関連企業、医療機関以外はほとんど閉めなさいと政府からお達しが出ました。 そのとき、頭に浮かんだのは以前にオーダーメイドジュエリーを作ってもらった銀細工を得意とするデザイナーのお店のことでした。当然彼女が持つ3つのお店はすべて一時的に閉じなくてはなりません。メキシコシティでも立地のよ…

  • 第63話 故郷が一つ増えたみたいだ

    嬉々としてトラクターに乗り込む僕 三日間寝泊まりした「納屋風小屋」の裏まで、車を移動してもらっている間に、母屋からサムエルとステファニーと一緒に並んで歩いた。サムエルが最後に緑のトラクターに乗れと僕に言った。そして僕のカメラを手に取った。 「トラクターと牧場の記念撮影だ」 シャッターを何度も押し、僕にどうだと撮った写真を見せた。トラクターの上の僕は満足そうというよりは恥ずかしくて居心地の悪そうな表情をしている。そして僕らはお別れのハグをした。 「昨日の歌、素晴らしかったよ。今度はいいギターを俺が用意するから、他の歌も練習して聞かせてくれ」 お世辞でもうれしい言葉に、僕は「了解、そうする」とだけ…

  • ネオンテトラに救われた

    お題「#買って良かった2020 」 カラフルな「メダカ」、ネオンテトラ。 外に出るな、人と距離を置け。 ここメキシコでそんな呼びかけがされ始めたのは今年の四月ごろです。 子供は学校に行かなくなり、僕自身も会社に行けない日々が続きました。 家の中で四六時中過ごすのが苦手な僕にはそれはストレスのたまる日々です。 そこで家族で話し合って購入したのが、観賞用の魚。 ある日曜日にマスク、フェイスシールドを完備した状態で近くにある熱帯魚屋さんに行きました。実はもともと探していたのは熱帯魚ではなく、メダカだったのですが、この国で売っているメダカは、どうも日本のような地味なオレンジ色ではなく、人工的に着色され…

  • 第62話 エバーグリーン式 タクシーのつかまえ方

    母屋の外にはいつもスクービーがいた 食事もすべて済ませ、ステファニーにタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。 だけど、この宿がいつも声をかける隣村の運転手は、ボイスメッセージを送ってもいっこうに返事をしてこない。結構真面目なおじさんだと聞いていたが、ステファニーの見立てどおり、前夜のクリスマスイブでどの家もパーティをしていたはずで、ほとんどの村人はまだ起きていないのだろう。 仕方ないので前日のゲストだったドイツ人のセバスチアンに声をかけてくれることになった。その日彼が用事でサン・クリストバルまで行くので、そこに便乗してはどうかとステファニーから提案があったのだ。セバスチアンはその朝ドイツ人宿泊客三…

  • 第61話 3泊4日の旅が終わる朝

    一夜明けたクリスマスツリーは、元気に天井まで届いている 夜が明けたクリスマス当日の朝八時ごろ、身支度をすっかり済ませた僕は、とうとうメキシコシティに戻らなくてはならない。 母屋の前ではいつも通り、中に入ろうと控えている猫たちが待っている。何とか足でブロックしながら扉をすり抜けて中に入ることに成功した。そして三日間お世話になったステファニーに最後の朝ご飯を作ってもらった。そして起きたばかりでいつも以上にもしゃもしゃ頭のサムエルに「グッドモーニング」と挨拶をした。 その日の朝食もやっぱりフルーツ、ヨーグルト、クレープとコーヒーをお願いした。肌寒い高原の朝の空気の中で、チアパス産のコーヒーから立つ湯…

  • 第60話 多国籍な夜はにぎやかに、そして静かに更けて

    がやがやと笑顔が絶えないテーブル そのあとは僕もデイビッドもそれぞれの「芸」が終わり、肩の荷が下りたせいで、ぐいぐいワインをあおった。 いつの間にかラテンのダンスミュージックがかかり、踊りが始まった。娘二人、ゾエもシャヤンもアメリカ人とフランス人のハーフだけど、育ちはメキシコだから、結構しなやかかつリズミカルにステップを踏めるのだ。僕は隣に座っていたサムエルを、食卓の横にできた小さなダンスホールに連れ出し、彼は長女のゾエと、僕は次女のシャヤンとペアになって踊った。 初めてエバーグリーン牧場を訪れた僕が、こんなふうにみんなと打ち解けられてよほどうれしかったのか、僕はサムエルと一緒に机をたたきなが…

  • 第59話 ハレルヤ

    デイビッドのアルペジオがクリスマスイブにしみわたる 僕が歌い終わってしばらくおかずをつまんでいると、デイビッドが彼の持ち歌「ハレルヤ」をギターで爪弾き始めた。僕は昼間に彼と二人でいるときに、お互いどんな曲を弾くのかを見せ合っていた。そのときに一番だけ聞かせてもらっていたが、フルコーラスを聞くのはそれが初めてだった。 I‛ve heard there was a secret chord (この世には秘密のコードがあるらしい) That David played and it pleased the Lord (それをダビデが奏でて、神様が喜んだんだ) But you don‛t really …

  • 第58話 別れる、別れない?

    もはや僕にとってホストファミリーとなったステファニー家族 そして二曲目はマルコ・アントニオ・ソリスというメキシコ人歌手の「トゥ・カルセル」を選んだ。二十年以上も前の曲だけど、メキシコで大ヒットした曲は、いつまでもラジオで流れ続けるから世代を超えて愛されている。この曲もその一つだ。 Te vas amor, si así lo quieres qué voy a hacer (やっぱりいってしまうんだね、だったら僕には何もできない) Tu vanidad no te deja entender (見栄っ張りの君には分からない) Que en la pobreza se sabe querer (…

  • 第57話 見上げてごらん 夜の星を

    丸太で作られた長いテーブルの全席が埋まった みんなが注目して静まりかえる中、僕は坂本九の「見上げてごらん夜の星を」を一曲目に歌うことにした。オリジナルバージョンはほとんど聞いたことがないのだけれど、平井堅がカバーしているのを聞いて、自分でも歌うようになった曲だ。 「この曲は、日本で一九六〇年代にヒットした曲で、夜空の星が僕らの小さな幸せを照らすということがテーマになっている。ここの夜空の星が曲のイメージにぴったりだし」 その場で日本語が分かるのは僕だけだから、そんな風に英語で少し解説してからギターを弾き始めた。 見上げてごらん、夜の星を 小さな星の、小さな光が ささやかな幸せを、歌ってる 見上…

  • 第56話 DJ サムエルからアナウンスを受けて

    巻きずしは子供たちがあっという間に平らげた 辺りが暗くなり始めた頃、「メリークリスマス」という乾杯でディナーは始まった。すでにワインを飲みながら準備をしていたので、がやがやとにぎやかだ。クリスティーナは英語が話せないし、サムエルのスペイン語はかなりブロークンだ。だから間にステファニーやその娘たちが入って、フランス語を含めた三言語が混ざり合う、まさに言葉のボーダレス状態に入った。 子供たちは運動会のかけっこの号砲が鳴ったときみたいな勢いで、寿司の奪い合いを始め、皆に用意されたお箸――なぜかきれいな日本の塗り箸が用意されていた――で、鼻息荒くほおばっている。 あっという間に二枚の皿からは少し形のゆ…

  • 第55話 持ち寄りでがやがやと準備が進んでいく

    パーティーは持ち寄りでがやがやと準備が進んでいった ところでイギリス人のマットはゾエやシャヤンのことを小さな時から知っているお兄さんだ。ユカタン半島のカンクンから南に一時間ほど南下したところにある、トゥルムという小さなビーチリゾートに住んでいる。そこには小さくておしゃれなリゾートホテルがたくさんあって、そんなホテルに飾るように等身大から大きなもので五メートルもある木彫り作品を納品している。オブジェのモチーフは様々で、人魚だったり、熱帯に生息する鳥だったり、猿だったりする。 「本当はチアパスに住みたいけど、僕の作品が売れるのはトゥルムみたいなちょっと風変わりなリゾート地だったりする。だからまだ、…

  • 第54話 クリスマスツリー点灯

    森にはいくらでもクリスマスツリーになりそうな木が並んでいる 母屋のキッチン兼食卓の周りには、久しぶりに会った友達同士の近況や初対面のあいさつで、華やいだ空気が充満している。 松ぼっくりに娘たちが色を塗って作った飾りを、そこらへんでサムエルが切ってきた、樅木っぽい木の周りに置いて立派なツリーができ上がった。その根元に僕はさっき山道で拾ってきた大きな松ぼっくりを五つ黙ってそっと並べた。 サムエルがブルーのイルミネーションライトを手早く木の周りに巻く。準備を進めながらそれぞれが自分の好きなワインを持ち寄り、グラスを片手に語り合う。僕は前日までサン・クリストバルにいたクリスティーナおばさんに、チリ産の…

  • 第53話 巻き寿司はいかが

    キッチンには地元の野菜や果物が無造作に並んでいた 僕は鉄鍋にざるで洗ったお米と水を入れ、コンロの火をつけた。鍋とふたには微妙な隙間があって、ぴったりとはまらず、蒸気が予想以上に漏れ始めた。だからステファニーと相談して、蒸気が出ているところに濡れ布巾を上からかけることにした。幸い蓋がガラス製なので中の様子はよく見える。 水気が飛んで湯気が徐々に出なくなり、ぐつぐつという音も聞こえなくなったところで火を消す。ここまでくれば、ほぼできたも同然だ。 「お米はこのまま蓋をして、最低三十分はおいておく。そうすればさらに蒸されて、お米が柔らかくふっくらしてくるから」 そうステファニーに言うと、 「これが秘密…

  • 第52話 パーティーが始まろうとしている

    キッチンではかわるがわるシェフが登場する その日の夕方、まだ日が暮れる前なのに、パーティの準備で母屋はにわかに活気であふれていた。台所ではこの村の人口密度が局所的に史上最高を記録していたに違いない。 クリスティーナおばさんを含めた牧場の家族五人。それに前日から泊まりに来ていた、イギリス人木彫りアーティストのマットは、この家族と十八年の付き合いで、ゾエやシャヤンのことも小さなときから知っている。 近くで民宿を営むドイツ人のセバスチアンとメキシコ人の奥さんジュリディア、そしてその小さな子供たち三人。バーニャ、デイビッドと僕の宿泊客三人組。それぞれが交代で台所を使い、サラダを作り、持参した料理を食卓…

  • 第51話 デイビッドのギター

    クールな部屋でも夜は寒い。窓にガラスがまだはまっていない。 そんなデイビッドの引っ越し荷物の中に、小さなギターケースがあった。 実は彼らの部屋を初日に見せてもらったときに見つけて気になってはいたのだが、特に触れずにいた。でも僕は楽器が大好きでギターも少し弾くので、我慢できずにデイビッドに弾かせてもらった。カリフォルニア製の小さなギターは、旅行にはぴったりの大きさだ。お互いのギター歴とほんの少しのレパートリーを披露しあった。 「僕はギター習いだして三年なんだ。もともとそんなに音楽が得意ではないけど、ギターで曲を弾けたらかっこいいなと思ってトライしている」 デイビッドはギターの弦を指でつまびくアル…

  • 第50話 クールな部屋

    山道では誰ともすれ違わなかった。 一時間も歩き回っていたら、エバーグリーン牧場にいつの間にか戻っていた。途中、何度も「ほら見て家だよ」とチェペは教えてくれた。だけど、結局ステファニーが言っていた「丘から見える村の美しい景色」らしきものは見当たらなかった。でも牧場の外の様子が分かったので満足だった。僕はお礼を言い、二百ペソ(千二百円)を渡して兄弟と別れた。決して安い金額ではないが、僕はステファニーに聞いていた金額をそのまま渡した。 ステファニーは仲介料を取らない。よそ者の外国人が牧場を運営しているのだから、少しでも地元の村人に還元しようという姿勢がこんなところからも伝わってくる。 とうもろこしが…

  • 第49話 プーロ トラバハール(働いてばっかりだよ)

    働いてばっかりだよ、と兄は笑った。 散策ツアーと言っても、山道を登ったり下ったりたりする、まったりとした散歩でしかない。ただ道に迷わないように、地元の少年たちが付き添ってくれる。「畑仕事を手伝ってんのか」とか、「坂道歩くのは疲れないか」とか、雑談しながら未舗装の山道を歩き回った。花や木の実を見つけると、とチェペは僕に「ほらそこの花見て」とか、「その木の実は食べられるんだよ」と熱心に教えてくれた。 山の中で唐突に現れる冬瓜やトウモロコシ畑の横を通るたび、畑の中に見える作物を指さした。その小一時間の間、山道を行く僕らは誰ともすれ違わなかったし、畑仕事をしている人も見かけなかった。そもそも人が少ない…

  • 第48話 散策ツアーと兄弟

    スクービーはずいぶん嬉しそうに山道の散歩についてきた。 その日、つまりクリスマスイブのメインイベントは夕食だ。僕はこの広い牧場でいろんな国の人達と一緒に食べるディナーにゲストとして招待されている。 でもそれまでには二時間ほど時間があるのでステファニーに他に何か楽しそうなアクティビティはないかときいてみた。すると地元の少年と行く村の自然散策ツアーに出るのはどうか、と提案があった。これまでいろんな国のゲストが、村の少年と朝から山に登り、珍しいキノコを見つけ、はたまた植物の解説を受けて喜ばれているというのだ。簡単に言うとエコツアーだ。 僕がディナーの前に散歩できるとしても、せいぜい一時間ぐらいだから…

  • 第47話 たぶん馬から落ちていた

    馬に悪気はないが、突然全速力はかんべんしてください。 そんな風にいろいろと試行錯誤しているうちに、本当に一度だけ、馬が言うことを聞いたのか、ただの気まぐれか、突然スピードを上げて馬場を全速力で駆け出した。最初はちょっと走ってみたという感じだったのに、どうやら調子に乗ってきたようでぐんぐんスピードが上がる。 そんな馬の高揚感とは裏腹に、半ばあきらめかけていた僕は完全に不意を突かれた。二百メートルほどを一周する最終コーナーで、顔の前に木の枝が現れた。必死で馬の背中に身を伏せ、間一髪でけがを避けることができた。そこまではよかったが、直後に身体のバランスを崩して落馬しそうになった。上体が馬の背中の定位…

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