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3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ https://shinjiyoshikawa.hatenablog.com/

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

吉川 真司
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2020/11/27

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  • 出版記念トークイベント 満員御礼! ありがとうございました!

    いやあーー。感動しました。 あいにく前日からしんしんとノンストップで雪が降り続け、イベント当日の朝から除雪車や雪かきの人で通りはざわついていました。 凍る寒さの中、ストーブで毛矢珈琲の室内を温めながら、マスターと僕の準備はああでもない、こうでもないと進みます。 途中、PCとプロジェクターの接続がうまくいかないとか、本当にこんな積雪25センチの足元の悪い中人は来るのかと心配してしまうシーンが何度もありましたが、何とか30分遅れで開演。 2000円の入場料にはフード・ドリンククーポンが3枚つき、メキシコのビールカクテル「ミチェラダ」やテキーラ、メスカル各種、タコスなどが選べます。当日僕がスーツケー…

  • 「山と電波とラブレター」出版記念イベント 12月22日(金)開催です。

    福井駅から徒歩15分。 毛矢という場所にある、「毛矢珈琲」という席数15席の小さなカフェがあります。 マスターからお誘いを受けて、出版記念パーティを開催してもらうことになりました。 告知の必要がないぐらい、準備段階で参加希望者が集まってしまいました。 でも、このブログはまだ僕がどうやって何をしたら本が出るのか、一人でも多くの人に伝えられるのかと試行錯誤していた時に始めたものです。その初期から応援してくれている人がこのイベントを知らないというのは、道義的にいかんなあ、と考えて告知させてもらいます。 ただし、場所は福井県です。年末の忙しい時期に、近隣にお住まいでない限りなかなか来れる場所ではないか…

  • とうとう出ました英語版。どうやってできたか思い出しながら解説します。

    出版社が用意してくれた宣伝用画像 とうとう、初めて英語で出版しました。 洋題(?)は、「山と電波とラブレター」をずばりそのまま直訳して、 Mountains, Radio Waves and a Love Letter です。 ちょうど、日本語で出版して1年経って、そろそろ何か次のチャレンジをと思っていたところで、内容からして欧米人とか英語圏の人の方が合ってるかもしれないと思い始めました。 英語出版に欠かせない必殺翻訳プログラム そこで登場するのが、DeepLです。 ドイツのAIを活用した翻訳プログラムを開発している会社のサイトで、日本語のテキストを英語に訳しました。 実はこのソフト、Goog…

  • いよいよ発売日(仮)決定。 インドの書店20か所とAmazon で2月販売開始。

    Mountains, Radio Waves and a Love letter 私のデビュー作「山と電波とラブレター」の英語版が2月10日発売開始予定で準備が進んでいます。 上の画像は出版社が販促用に用意してくれたものです。 流通先はインドの書店20か所と、インドのAmazonおよびアメリカのAmazonみたいです。実は詳しいことはそれ以上分かっていません。 今回の翻訳にあたっては、イギリス人の英語の先生が全面的に協力してくれたおかげで、原作より文章はエレガントかつ、ウィットやひねりに富んでいて、時にアイロニックです。 それと何と言ってもDeepL。これがなければ何も始まりません。すごい。 …

  • 不便だから人気のランプの宿

    最近YouTubeのおすすめで、日本の秘境に外国人が集まってくる宿をテレビ取材した動画に行き当たり、見入ってしまいました。 ドイツやアメリカ、オーストラリアなどから、青森の山奥の雪の中、電気もない、電波も届かない、インターネットもない宿に人が集まっています。 東京から乗り継いで一般車が入れない雪山にある宿。 中の照明はランプ。ほの暗い中、宿泊客同士がなんとなく仲良くなる。 これ、なんか私が本に書いたのと同じだなと思いました。 携帯電話もつながらないから、知らず知らずのうちに画面をいじることがない。 テレビもないから、逆にくつろげる。 もともと、一昔前はネットも携帯もなかったんですからね。 英語…

  • 山と電波とラブレター 英語版共同出版について

    2023年1月に、とうとう英語版が出版される予定です。 翻訳からイギリス人による英語スピーカー向けリライト、英語圏出版社への応募まで、長かったけれど、やったかいがありました。 結局返事があったのはインドのリードスタートという中堅出版社です。 ネット上での評価はいろいろでしたが、思い切ってお願いしてよかったというのが今の正直な感想です。 まず、プロジェクトマネージャーが有能で、レスが早いです。これが一番助かる。 それに表紙のデザインもオリジナルで、質も高い。テンプレートを利用して安くあげるのとは大違いで、納得いくまで議論できました。面倒くさがらない対応も非常に好感が持てます。 英語圏のAmazo…

  • エリック・ワイナー作 The Geography of Bliss(世界しあわせ紀行)を読んだ

    エリック・ワイナーの渾身の旅行記。 いやあ、面白かったのです。 自分が旅行記を出版したのをきっかけに、世界でトラベルライターなる職業が存在することを知り、いろいろと調べているうちに行き当たったのがこの本です。 もう忘れたけど、世界の旅行記を紹介しているサイトに、面白い旅行記がランキング形式で並んでいました。 日本語で「世界しあわせ紀行」とあったのですが、もともとの英文タイトルは The Geography of Bliss(直訳:至福の地理学) なので、ちょっとニュアンスが違うのです。ただ日本の出版社が「世界しあわせ紀行」って悩んだ末につけたんでしょうね。この方が分かりやすいし。 僕は普段それ…

  • わりあいに本格派のラーメンと遠くを見つめる女性

    メキシコは古くから壁画アートが受け継がれている。 フリーダ・カーロの夫「ディエゴ・リベラ」が世界的に有名だが、他にもシケイロスなど日本ではそれほど知られていないが数々の名作を残した壁画画家はたくさんいる。 でも、もともとはいきなり画家になったわけではない人もいそうだ。壁があれば描く。これは多くの人道行く人に一番目につきやすいキャンパスとして、アートを志す人に衝動を与えるのだろう。 私の住むメキシコシティでもいたるところに壁アートが存在する。 今回から不定期で「メキシコの壁アート」と題して、街で撮影した壁を紹介する。 先週までなかった壁のアート、ラーメンをお箸で食べようとする姉さんはなぜか寂しげ…

  • 山と電波とラブレター 英語版について

    昨年11月に出版した「山と電波とラブレター」。 内容がどちらかというと欧米人向けなのではないかと、自分でも前から思っていて、今回全文を英語に翻訳しました。 と言っても、実はDeepLというドイツの会社が運営している自動翻訳ソフトを利用したので、ほぼ自分の力ではありません。 グーグル翻訳とは全く違って、非常に精度が高くて、驚いてしまいました。 あるサイトで日本の方が、英語出版をしているのを参考に、まあ、試しにと使ってみたら、これがすごい。あっちゅうま(1分もかかりません)にワードファイルがそのまま英語になりました。 その訳をざっとまず自分で目を通して、その後、娘の家庭教師をしているイギリス人の先…

  • 第26話 最終話 再会、お別れ(2)

    僕はダニエルにその後、一度だけ再会した。 短い夏休みを利用して、オアハカを訪れたのは、就職してから数年たってからだ。 メールやインターネットがまだ普及する前だから、どうやって待ち合わせたか覚えていない。だけど彼はメキシコ人の地元ミュージシャンとともにバンドを組み、バーで演奏をして、何とか生計を立てているようだった。 僕はダニエルが好きだった日本のチューブわさびをお土産に渡した。 「覚えてくれていたのか」 そう言いながら大事そうに小さなお土産をポケットにしまった。 そして、彼は僕をある家の裏庭に招き、バンドのメンバーとともに演奏を聞かせてくれた。スペイン語の歌詞で懸命に歌うダニエルは、心の底から…

  • 「山と電波とラブレター」 書店での展開の様子と常陽リビング紙サイト掲載のお知らせ

    学生の時に新聞より貴重な情報源としていたタウン誌常陽リビング。 今回、本紙とサイトに掲載いただきましたので、リンクを紹介します。 取材があったので、多少本に込めた思いをお伝えしました。 www.joyoliving.co.jp それから! 私はメキシコにいるの書店の様子は見に行けないんですが、友人たちが新宿の紀伊国屋本店や、池袋ジュンク堂の様子を送ってくれました。 新宿紀伊国屋本店 綾瀬はるかの隣にしっかり積まれていると教えてくれました。 池袋ジュンク堂さん 池袋ジュンク堂での陳列の様子 手に取ってもらえていたとしたら幸せですね。 今回の出版にはたくさんの感謝したい人がいて、個別にお礼してもし…

  • 第25話 再会、お別れ(1)

    小さなオアハカの空港を発つと、大都会のメキシコシティへ50分ほどで着く。 最後の日、友人たちが見送りに来た出発口で、僕は寂しいというよりは、お世話になった土地への感謝と、これから日本になじめるのかという不安で感傷的になっている暇はなかった。 その冬、確か3月の初旬だったと思うが、成田空港に約2年ぶりに到着して、初めて寂しさがこみあげた。友人たちやダニエルとはまたいつか会えると確信があったが、決定的に欠落していたのは「色彩」だ。 成田を足早に歩いている男女は、みな一様にシックな黒ベースの服を着ていた。それがえらく悲しく映ったのだ。黄色や赤や派手な柄を自由に笑顔とともに着こなし、べらべらと大声で冗…

  • 第24話 最後の授業

    「もう今さら何を言ってもしかたがない。ただ、シンジがオアハカからいなくなるのは寂しいよ」 僕のギターの先生はアメリカ人だ。日本的な奥ゆかしい表現はしない。 ストレートに僕が上達したことを自分のことのように喜び、これから、どうやって続けていくかのアドバイスをくれた。 「日本にだってギターの先生はいるはずだ。自分で見つけて、教えてもらうといい。それがかなわないなら、もう自分で学ぶことができるレベルにまで来ている」 そうやって心配するなと僕を勇気づけた。 もう、最後の授業で何をやったかは覚えていない。ただ、最後に記念撮影させてくれとお願いした。そして僕と彼の文字が往復書簡のように入り乱れたキンバリー…

  • 第23話 カセットテープとラテン

    ダニエルと僕はとにかくカセットテープを多用した。 楽譜が読めない、いやそもそも楽譜なんかいらないという前提で教わっている手前、メロディーは書きとめられない。コード進行と歌詞以外は勘で進めるのだが、どうしても録音しないと思い出せないことが多い。 じっとダニエルの手元を見ながら、カセットに録音する。 一通り見聞きしたら、それを家に帰ってひたすら再現する。 テープは道端の露店商の友人から買った。足が悪いからずっと座っているけど、いいやつだった。 あるとき、僕がカセットにはノーマルとクロームとメタルというのがあって、音質が微妙に違うんだという話をダニエルにしたことがある。僕は中学校の時にクロームのカセ…

  • 第22話 I Give In

    ダニエルは、レッスンの合間や始める前にいつの間にかギターのデモンストレーションをしていることが多い。呼吸するみたいに音楽が「出てくる」んだと思う。 その中で何度も彼のオリジナル曲ーー毎日作曲しているから自分の曲が無限にある―ーを披露してくれるシーンがあった。中でも3拍子の曲で「I give in」という、彼にしてはさわやかなメジャー調でしかも弾きやすいシンプルなコード進行だった。 I still can be found on this merry-go round I can't seem to get off, I can't seem to slow down I go round an…

  • 発売開始! 「山と電波とラブレター」全国の書店で。

    とうとう、今週11月10日、日本の書店で発売開始された「山と電波とラブレター」。 都市部を中心に、大型の書店では見かけていただけるかもしれません。 紀伊国屋書店さん32店を皮切りに、ジュンク堂さんや丸善さんなどでも販売開始されています。 メディア向けプレスリリースや、出版社のパレードブックスさんのブログなどでも紹介されています。 プレスリリース(PR TIMES) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000158.000046294.html ブログ(パレードブックス) https://ameblo.jp/paradeppress/entry-127089…

  • 第21話 Wild Wood Flower

    ダニエルは、本気で僕がミュージシャンを目指すなら、と冗談なのか本気なのか分からない指南をし始めた。もう日本に帰る日が近づいているからだ。 「今、レパートリーは50曲だろ。1回のショーで15曲ぐらい用意しておけば東京のバーで演奏できるはずだから3回分のコンビネーションは用意できているわけだ」 半年たった僕のノートにはたくさんの曲の歌詞とコード進行が並んでいた。ラテンアメリカの曲、英語や日本語の曲もある。 「それから、ギターは日本に帰っても続けてほしい。練習の仕方は2つある。つまり先生について習うか、それとも自分で学ぶかだ」 ダニエルは自分のような先生を見つけるのがいいが、そう簡単に見つからないだ…

  • 好きな旅行記10選

    はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選」 思い出したり、本棚あさって並べてみました。順不同というか特に1位から10位で並べたわけではありません。 1.表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 オードリーの若林正恭が書いたキューバ紀行。 一人でホテルをネット予約したり、有名人がするかという作業をどきどきしながらやっているのが伝わってくる。別にオードリーのファンではないですが、単純に本として面白かった。 それにしてもおやっさんが大好きだったんだなあ。 2.辺境・近境 村上春樹があちこち行った紀行文集。 僕が住んでいるメキシコのことが書いてあって、さらに友達が文中に登場してびっくりした。そう…

  • 第20話 セッション 飛んでいけ

    ダニエルは「あんたが作った曲に俺が歌詞をつけるから」と、コード進行と鼻歌の録音を宿題にその日はクラスを終えた。 僕は適当にコードを3拍子でかき鳴らし、ハミングでメロディを作った。 そしてダニエルに披露した。当然歌詞はない。 「わかった。来週までに歌詞を作って、披露するから待ってな」 でもこの曲にどんなメッセージを込めたいかときいてきた。 青二才だった僕は、この留学が終わるとすぐに仕事を見つけて、まず間違いなく会社員になるだろうことを知っていた。そして、それまでの時間が短いことに少し焦りを感じていた。何かまだやるべきことはないか、とか、このままサラリーマンになっていいのかと。そんなことをなんとな…

  • 第19話 Jazzへ

    ダニエルはよく僕がテープに録音した曲を持っていくと、宿題として持ち帰ってくれてコードを探して、弾き方を教えてくれた。 その中でもよく覚えているのが、ニーナ・シモンの歌う「Love me or Leave me」だ。 もともとメキシコ人の観光ガイドの友達が教えてくれた曲で、いわゆるジャズのスタンダードな名曲に数えられるのだと思う。 ハスキーで野太い声がセクシーで、私のこと好きなの、そうじゃないのみたいな言葉で迫ってくる。 ダニエルは僕がそれまで習ったことがないディミニッシュトコードなるものを持ち出してきて、 「そろそろ、次のステップに行く頃かもしれないな」 とつぶやいた。 「ジャズはブルースとつ…

  • 「山と電波とラブレター」発売日が決定しました!! 11月10日です。

    11月10日発売予定。 いよいよ、発売日が決定しました。 すでにAmazonでは先行予約が開始され、旅行記ランキングでも50位以内に入りました。 まだ、発売していないのですが、ありがたいことです。 本日朝のランキングは20位でした。 本人の私もまだ、現物を見ていないのですが、不安なような、わくわくするような感じです!!

  • エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち 出版決定!!

    本ブログから誕生した物語、出版します! いよいよ、本ブログで連載した「エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち」あらため、 「山と電波とラブレター」 というタイトルで、11月ごろに全国の書店で発売します。 いやあ、長かった校正作業も間もなく終了し、いよいよ出版準備大詰めです。 今は、そう簡単に旅行できる状況にありませんが、この本で3泊4日の旅を疑似体験していただければ、そんなに光栄なことはありません。 巻頭カラーページ、各章にも白黒ですが写真を入れております。 また、具体的な発売日が決まりましたら、この場でご報告します! 私はメキシコにいるので、日本の書店で並ぶ様子が見られないのは残念ですが、少し…

  • 第18話 国境の子守歌

    僕は1週間かけて何度もダニエルの鼻歌を聞き、ああでもない、こうでもないと歌詞をあてていった。 悲しげなメロディ(マイナーコード)でトーンが統一されていて、聞いているうちに僕は加藤登紀子を思い出した。 実は留学にあたり加藤登紀子のCDをカセットにダビングして持ってきていた。もともと好きで聞いていたわけではないが、日本から来たのに洋学ばかりのカセットを持ち歩いていたのでは、日本の音楽を聞かせてくれと言われたときに格好がつかない。 実際、オアハカで大学で知り合ったメキシコ人の学生たちや、僕がお世話になった大家さん家族から、日本の音楽ってどんなのかと聞かれることは何度もあった。そして、僕はそのたびに、…

  • 第17話 鼻歌に作詞という宿題

    毎週日付と課題がリストアップされた ある日、ダニエルのアパートにレッスンに行くと、例によって小さなギターを抱えながらダニエルが鼻歌を歌いながら伴奏していた。ゆったりとしたバラード調のメロディーだが、なぜか懐かしい感覚がした。 その日、普通にレッスンの中で新しいコード進行やデモンストレーションの演奏を見た後に、また例の懐かしいメロディの鼻歌を歌い始めた。 「シンジ、この曲は日本語の歌詞にしようと考えている。てつだってくれないか」 「???」 「だからあんたが作詞して初めて、曲として完成するんだ」 僕は作詞なんかしたことなかったけれど、良しあしが相手に伝わるわけでもないし、軽い気持ちで引き受けた。…

  • 第16話 アンダードッグ・ラグ(負け犬のラグタイム)

    White Feathers in the Coop アルバムジャケット。 ダニエルの人生は音楽を土台にすべてが成り立っている。だけど何か事情があってアメリカに嫌気がさし、メキシコのオアハカで住むようになった。でも自分が成し遂げてきたこと(=過去)にほとんど執着がなくて、最低限の楽器以外は、何も持っていない。 僕がフィンガーピッキングをマスターし始めた頃、アンダードッグ・ラグという曲を教えてくれた。 「これ簡単だから真似して弾いてみな」 そう言って、見本を見せながらダニエルは相変わらず体に似合わない小さなギターでクリアーで乾いた音を鳴らし始めた。確かに使っているコードは少なく、指の動きも派手に…

  • 第15話 生まれて初めての実技試験

    ダニエルとギターレッスンを開始してから2か月ほどたった頃のことだ。 「シンジ、これは正式なクラスだから当然実技試験がある」 とダニエル師匠は僕に告げた。 「フィンガーピッキングの課題をリズムに合わせてなるべく正確に弾く。それからこれまで覚えた曲の弾きがたりだ」 僕は試験と聞くと緊張してしまうたちなので、本番で緊張しないように何度も家で練習をした。 「曲を弾き語るときは、人に聞かせることが大切だ。自分ひとりで弾くのと、誰かに聞いてもらうのとでは意味が少し違う。あんたにはミュージシャンとしてギターを仕込みたいと思っている」 相変わらずダニエルは僕にモチベーションを高める言葉を投げかけてくる。ほんの…

  • 第14話 My baby is so fine

    作者直筆の歌詞とコード進行 ダニエルは自分のアルバムが入ったテープを貸してくれた。10代の頃からレコーディングに参加し、リーダーズアルバムは17枚を数えると教えてくれた。でも僕が知っている洋楽の世界に彼の名前はない。本人が自主制作したものや自分でプロデュースしたレーベルも多いから、日本で手に入れるのは当時はなかなか難しかった。 彼が貸してくれたテープには、10曲がみっちり入っていて、すべてオリジナル曲だ。レゲエから始まり、いろいろな種類のカリブ音楽と自分の感性を融合させている。結局このアルバムはレコーディングまでしたのに、CDとしては出なかった。あるいは出る前に彼は事情があって、アメリカを後に…

  • 第13話 エリック・クラプトン

    メキシコ北部の町できいたホーンセクション主体のバンダ ダニエルとのレッスンに、僕は常に自分が弾いて歌いたいと思った曲をカセットにダビングしては持って行った。今考えるとなんともぜいたくなことをしていたのかと思うが、いつも次のレッスンまでにダニエルは曲のコード進行をメモしてくれていた。 「シンジもいずれできるようになるさ。曲を聴いたらコードが浮かんでくるようにね」 僕はその感覚がよく分からなかった。ダニエルが探してくれたコード進行を弾くことはできるけど、自分で曲を聴きながらコードを探し当てることは到底できない。 その日僕はエリック・クラプトンのバラードで当時えらくヒットした Tears in He…

  • 第12話 感情を表現する

    アフリカからアメリカ大陸に行きついたリズムが多くの音楽のルーツになった ダニエルのレッスンは常に音楽の歴史とともに進む。彼はカントリーとブルースをベースに、ジャズやアフリカ音楽、カリブの音楽を取り入れて「ワールドビート」という独自のスタイルを築いたのだという。 「ブルースもジャズも結局アフリカがルーツだ。アメリカならそうだけど、例えばハイチならコンパという音楽ある。ジャマイカならレゲエだ。多くの黒人ミュージシャンとこれまで音楽やってきたけど、彼らは本当にシンプルな奏法で見事に感情を表現する」 そう言ってその一つのテクニックとして「チョーキング」を僕に見せた。弦を普通に上から指で押さえるのではな…

  • 第11話 ラグタイム

    町ではときにけたたましい音楽が家まで聞こえる。 トラビス・ピッキングを何度も練習しているうちに、徐々に形ができてきた。その頃の僕はたぶん取りつかれたようにこの一見複雑なピッキングを何度も何度も繰り返して自分のものにしようとしていた。 ベース音は間もなくできるようになったが、それに合わせて今度は高い音を同時に弾く。それもリズムに合わせないといけない。いちいち力が入っていたが、徐々に指が自 然に動くようになってきた。指を意識していたのが、だんだん音やリズムを耳で聞いて指がそれについてくるように調節する感じに近い。 そうして僕はダニエルの前で妙に力が入ったトラビスピッキングを披露した。 「とうとうで…

  • 第10話 3フィンガー

    ホテルのロビーでフラメンコが演奏される(本文と写真は関係ありません。) 「マール・トラビスからすべてが始まっている」 ダニエルは僕にフィンガーピッキングを教えるときにあるギタリストの話をし始めた。後にトラビス・ピッキングと呼ばれる奏法を編み出した人だ。 僕はその日まで、ダニエルが指で弾く奏法を何度も見て、どうしてそんな風に弾けるのか不思議でしょうがなかった。 左手はギアーのネックを持ち、フレットを押さえる。 結局ピアノなら10本でいろいろな弾けるが、ギターの場合音を出す際に弦をはじくのは右手の5本だけだ。 それで低音のベース音を親指で弾きながら、メロディーは人差し指から小指までを使って弾く。親…

  • 第9話 楽して弦を押さえる

    メキシコで見たジャズ生演奏。キューバ人のバンドによくお目にかかれる。 ところでダニエルは、開放弦を使うことを僕に強く勧めた。コードを抑えるときに、左手の人差し指で一列ズバッと押さえ、他の指の抑える位置でコードを構成するやり方をセハというらしい。でもダニエルはできればきれいな音が出るようにセハをそれほど重要視していなかった。もちろん押さえなくてはいけないときもあるが、それはやむを得ずやるという感じだった。 そんな風にして、とにかく初心者の僕にダニエルは、最初から指の形が難しかったり、難解な練習は一切与えなかった。それから音符も一回も使わなかった。コードがあって、メロディーがある。それでいいじゃな…

  • 第8話 ワン・フォー・ファイブ(1・4・5)

    ソン・ハロチョはベラクルスのスタイルだ 「西洋の音楽にはいろんな法則がある。その一つに1・4・5というのがある」 そう言いながら、ダニエルは聞き覚えのあるラテン音楽を弾き始めた。 「Cが1とすれば、4はF、5はGだ」 つまり一つ目のコードがCだから、そこから4番目なので2番目がD、3番目がE、そして4番目がFとなる。それをじゃかじゃか順番に鳴らすだけで、見事にLa Bambaの伴奏になる。 「Dから始めるならD、G、Aを繰り返せばいい」 たった3つのコードで曲ができるというわけだ。例えばキューバの超有名な曲「Guantanamela(ワンタナメラ)」も同じ1、4、5の順番でコードをひたすら鳴ら…

  • 第7話 Caballo Viejo(カバジョ・ビエホ) 年老いた馬

    メキシコにいてうれしいことの一つは、道を歩いているだけで家庭や店からラテン音楽が漏れ聞こえることだ。せっかく中南米にいるのだからと、僕はせっせとサルサやクンビア、マリアッチなどの音楽を友達からダビングさせてもらったり、CDショップで購入しては、聞いた。 その一つをダニエルに聞かせて、ぜひ弾いてみたいとお願いした。すると次のレッスンには、コード進行を解読してくれていた。 「あんたもコードを自然に見つけられるようにいずれはなるぜ」 と何度も言われたが、僕にはまったく音楽を聴いていてコードが何かを見つけられる気がしなかった。 「この曲はコードを3つしか使わない。Cm→G7→Fm、これだけだ。後はシン…

  • 第6話 算数みたいに音楽する

    オアハカの市場で買ったギターは少しボディの裏面が膨らんでいる 最初のコードがE(ミ)だとすると、僕の場合、そのまま歌うとサビで必ず声がでなくなるか上ずってひどい声になってしまう。だからコード自体を「C(ド)」まで下げて曲全体を少し低い音でも歌えるようにするのだ。 「歌っていて気持ちいいところまで、ずらすといい」 そう言われて、僕は算数の計算をするみたいにコードをひたすらずらす練習をノートの上で繰り返した。 「俺は音楽が専門だけど、小さい頃から算数や数学は好きだった。音楽も結構数学に近い部分があるんだ」 とダニエルは僕に言った。 例えばギターには、「フレット」、要するに節みたいな区切りがついてい…

  • 第5話 トランスクリプション

    コード進行の換算をした計算ページ 「あれ、真似しようとしてもうまくできないぜ」 ダニエルは茶化すように僕の弾き方を真似するが、確かにうまくできないようだ。そしてにやりと笑った。それは僕をこれから育てようとしてくれるにあたって、少しは筋があると見込んだせいかもしれなかった。 このギター教室が始まって、これからどうなるのかまったくもって想像できていなかったが、課題曲の「Por Ella」をきっかけにギターに相当にのめり込むことになった。 僕はギターと同時にスペイン語も習っていたから、流行している歌で好きな曲は歌詞をしっかり聞くようにしていた。この曲はラブソングだけど、もともとロベルト・カルロスはブ…

  • 第4話 課題曲「Por Ella」

    Por Ellaの歌詞とコード進行を書いた初めての弾き語り用ノート コードを実際に鳴らしながら曲を弾くための練習曲も自分で用意する。僕が授業に持って行ったカセットテープを彼は預かり、次の授業までにコード進行を書いて用意してくれていた。このやりとりは僕が彼からギターを習った半年間、ずっと続いた。 最初に選んだのは当時ラジオで聞いて好きになった「Por Ella(ポル・エジャ)」という曲だ。ブラジル人歌手のロベルト・カルロスが、1990年にリリースした。僕がメキシコに留学したのが1991年だからよくラジオで流れていた。たぶん、母国語のポルトガル語でも歌っているのだろうが、僕は聞いたことがない。スペ…

  • 第3話 コード

    誕生日プレゼントにもらったハーモニカ ダニエルは、大きな体に似合わない、小さなギターだけを持っていた。僕のギターと同じ下から3弦がナイロン、上側の3弦が金属性の弦が貼ってある、いわゆるガットギターとかクラシックギターと言われるものだ。彼の少したっぷりとしたお腹の上で、その小さなギターは大きな音を立てる。アパートは天井が日本の家屋より高いのと、空気が乾燥しているせいで、よく音が響くのだ。 「あんたがハーモニカ吹いているの、聞こえてたぜ」 僕は高校の時に友達から誕生日にプレゼントされた、トンボ製のハーモニカでYou Are My Sunshineを我流で吹いていた。そして僕のアパートは敷地内でも門…

  • 第2話 ギターの音色

    石壁のアパートに、乾いたギターの音が響き渡る それから幾月が経過した1月のある日、僕は自分の誕生日に大家さん家族とダニエルを招いて食事会を催した。僕は限られた材料で自分にできる和食をふるまった。親子丼を作ったように覚えている。 その1週間ほど前、僕はオアハカの中心部にある市場の小さな楽器店でクラシックギターを買った。でもギターは憧れているだけで、別に弾けるわけではなかった。ただ、吸い込まれるようにして、メキシコ製のギターをどうしても欲しくなって買っただけだった。弾けるわけではなかったが、その楽器店でつま弾いたナイロン弦は、深いやさしい響きをしていた。 ダニエルは僕の家に来ると僕が弾けないのに僕…

  • 第1話 ダニエル (「ダニエルからギターを習う」 初回)

    市場には郷土料理を食べさせる食堂がたくさんある。 「ダニエルからギターを習う」という連載を本日より開始します。 僕がメキシコに学生のときに出会ったミュージシャンからギターを習う話です。 ダン・デル・サントというミュージシャンのことを知っている日本人はほとんどいない。ニューヨーク出身のイタリア系アメリカ人で、プロフェッショナルのギタリストでありシンガーソングライターだ。 彼に出会ったのは僕が21歳の時だ。ちょうどメキシコのオアハカ州にアパートを借りてスペイン語を勉強していた頃で、1992年にさかのぼる。僕は大学を休学し、スペイン語を何とか現地で身につけようと、なるだけ日本人が集まらない田舎町で、…

  • 第64話 エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち(最終回)

    僕のパソコンの壁紙はこの旅の後から牧場の月夜になった これがサン・イシドロ・チチウィスタンという村の、とある牧場で過ごした三泊四日の一部始終だ。 チアパス州奥地の森の中に、どうして遠いヨーロッパから人がやってくるのかと、最初は不思議に思ったが、今ではその理由がよく分かる。 「イタリアからメールが来てね、新年をここで過ごしたいって」 ステファニーは僕がメキシコシティに帰る最終日の朝も、メールで入ったこの牧場のリピーターからの宿泊依頼に、あわただしく返答していた。 一度この場所を訪れた人にとってこの牧場は、まるで仲のいい親戚の家みたいにいつでも戻れる場所の一つになるのかもしれない。このイタリアの夫…

  • 手作りのオパールペンダントをデザイナーに発注してみた

    お題「#買って良かった2020 」 2年前にメキシコのオパール鉱山を訪れたとき、試しに買っておいたルース(裸石)を机のひきだしから取り出したのは今年4月のことでした。 今住んでいるメキシコは、世界に3カ月ほど遅れて、コロナウィルス感染が徐々に拡大し始め、ロックダウンとはいかないまでも、極力家にいなさい、スーパーや食品関連企業、医療機関以外はほとんど閉めなさいと政府からお達しが出ました。 そのとき、頭に浮かんだのは以前にオーダーメイドジュエリーを作ってもらった銀細工を得意とするデザイナーのお店のことでした。当然彼女が持つ3つのお店はすべて一時的に閉じなくてはなりません。メキシコシティでも立地のよ…

  • 第63話 故郷が一つ増えたみたいだ

    嬉々としてトラクターに乗り込む僕 三日間寝泊まりした「納屋風小屋」の裏まで、車を移動してもらっている間に、母屋からサムエルとステファニーと一緒に並んで歩いた。サムエルが最後に緑のトラクターに乗れと僕に言った。そして僕のカメラを手に取った。 「トラクターと牧場の記念撮影だ」 シャッターを何度も押し、僕にどうだと撮った写真を見せた。トラクターの上の僕は満足そうというよりは恥ずかしくて居心地の悪そうな表情をしている。そして僕らはお別れのハグをした。 「昨日の歌、素晴らしかったよ。今度はいいギターを俺が用意するから、他の歌も練習して聞かせてくれ」 お世辞でもうれしい言葉に、僕は「了解、そうする」とだけ…

  • ネオンテトラに救われた

    お題「#買って良かった2020 」 カラフルな「メダカ」、ネオンテトラ。 外に出るな、人と距離を置け。 ここメキシコでそんな呼びかけがされ始めたのは今年の四月ごろです。 子供は学校に行かなくなり、僕自身も会社に行けない日々が続きました。 家の中で四六時中過ごすのが苦手な僕にはそれはストレスのたまる日々です。 そこで家族で話し合って購入したのが、観賞用の魚。 ある日曜日にマスク、フェイスシールドを完備した状態で近くにある熱帯魚屋さんに行きました。実はもともと探していたのは熱帯魚ではなく、メダカだったのですが、この国で売っているメダカは、どうも日本のような地味なオレンジ色ではなく、人工的に着色され…

  • 第62話 エバーグリーン式 タクシーのつかまえ方

    母屋の外にはいつもスクービーがいた 食事もすべて済ませ、ステファニーにタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。 だけど、この宿がいつも声をかける隣村の運転手は、ボイスメッセージを送ってもいっこうに返事をしてこない。結構真面目なおじさんだと聞いていたが、ステファニーの見立てどおり、前夜のクリスマスイブでどの家もパーティをしていたはずで、ほとんどの村人はまだ起きていないのだろう。 仕方ないので前日のゲストだったドイツ人のセバスチアンに声をかけてくれることになった。その日彼が用事でサン・クリストバルまで行くので、そこに便乗してはどうかとステファニーから提案があったのだ。セバスチアンはその朝ドイツ人宿泊客三…

  • 第61話 3泊4日の旅が終わる朝

    一夜明けたクリスマスツリーは、元気に天井まで届いている 夜が明けたクリスマス当日の朝八時ごろ、身支度をすっかり済ませた僕は、とうとうメキシコシティに戻らなくてはならない。 母屋の前ではいつも通り、中に入ろうと控えている猫たちが待っている。何とか足でブロックしながら扉をすり抜けて中に入ることに成功した。そして三日間お世話になったステファニーに最後の朝ご飯を作ってもらった。そして起きたばかりでいつも以上にもしゃもしゃ頭のサムエルに「グッドモーニング」と挨拶をした。 その日の朝食もやっぱりフルーツ、ヨーグルト、クレープとコーヒーをお願いした。肌寒い高原の朝の空気の中で、チアパス産のコーヒーから立つ湯…

  • 第60話 多国籍な夜はにぎやかに、そして静かに更けて

    がやがやと笑顔が絶えないテーブル そのあとは僕もデイビッドもそれぞれの「芸」が終わり、肩の荷が下りたせいで、ぐいぐいワインをあおった。 いつの間にかラテンのダンスミュージックがかかり、踊りが始まった。娘二人、ゾエもシャヤンもアメリカ人とフランス人のハーフだけど、育ちはメキシコだから、結構しなやかかつリズミカルにステップを踏めるのだ。僕は隣に座っていたサムエルを、食卓の横にできた小さなダンスホールに連れ出し、彼は長女のゾエと、僕は次女のシャヤンとペアになって踊った。 初めてエバーグリーン牧場を訪れた僕が、こんなふうにみんなと打ち解けられてよほどうれしかったのか、僕はサムエルと一緒に机をたたきなが…

  • 第59話 ハレルヤ

    デイビッドのアルペジオがクリスマスイブにしみわたる 僕が歌い終わってしばらくおかずをつまんでいると、デイビッドが彼の持ち歌「ハレルヤ」をギターで爪弾き始めた。僕は昼間に彼と二人でいるときに、お互いどんな曲を弾くのかを見せ合っていた。そのときに一番だけ聞かせてもらっていたが、フルコーラスを聞くのはそれが初めてだった。 I‛ve heard there was a secret chord (この世には秘密のコードがあるらしい) That David played and it pleased the Lord (それをダビデが奏でて、神様が喜んだんだ) But you don‛t really …

  • 第58話 別れる、別れない?

    もはや僕にとってホストファミリーとなったステファニー家族 そして二曲目はマルコ・アントニオ・ソリスというメキシコ人歌手の「トゥ・カルセル」を選んだ。二十年以上も前の曲だけど、メキシコで大ヒットした曲は、いつまでもラジオで流れ続けるから世代を超えて愛されている。この曲もその一つだ。 Te vas amor, si así lo quieres qué voy a hacer (やっぱりいってしまうんだね、だったら僕には何もできない) Tu vanidad no te deja entender (見栄っ張りの君には分からない) Que en la pobreza se sabe querer (…

  • 第57話 見上げてごらん 夜の星を

    丸太で作られた長いテーブルの全席が埋まった みんなが注目して静まりかえる中、僕は坂本九の「見上げてごらん夜の星を」を一曲目に歌うことにした。オリジナルバージョンはほとんど聞いたことがないのだけれど、平井堅がカバーしているのを聞いて、自分でも歌うようになった曲だ。 「この曲は、日本で一九六〇年代にヒットした曲で、夜空の星が僕らの小さな幸せを照らすということがテーマになっている。ここの夜空の星が曲のイメージにぴったりだし」 その場で日本語が分かるのは僕だけだから、そんな風に英語で少し解説してからギターを弾き始めた。 見上げてごらん、夜の星を 小さな星の、小さな光が ささやかな幸せを、歌ってる 見上…

  • 第56話 DJ サムエルからアナウンスを受けて

    巻きずしは子供たちがあっという間に平らげた 辺りが暗くなり始めた頃、「メリークリスマス」という乾杯でディナーは始まった。すでにワインを飲みながら準備をしていたので、がやがやとにぎやかだ。クリスティーナは英語が話せないし、サムエルのスペイン語はかなりブロークンだ。だから間にステファニーやその娘たちが入って、フランス語を含めた三言語が混ざり合う、まさに言葉のボーダレス状態に入った。 子供たちは運動会のかけっこの号砲が鳴ったときみたいな勢いで、寿司の奪い合いを始め、皆に用意されたお箸――なぜかきれいな日本の塗り箸が用意されていた――で、鼻息荒くほおばっている。 あっという間に二枚の皿からは少し形のゆ…

  • 第55話 持ち寄りでがやがやと準備が進んでいく

    パーティーは持ち寄りでがやがやと準備が進んでいった ところでイギリス人のマットはゾエやシャヤンのことを小さな時から知っているお兄さんだ。ユカタン半島のカンクンから南に一時間ほど南下したところにある、トゥルムという小さなビーチリゾートに住んでいる。そこには小さくておしゃれなリゾートホテルがたくさんあって、そんなホテルに飾るように等身大から大きなもので五メートルもある木彫り作品を納品している。オブジェのモチーフは様々で、人魚だったり、熱帯に生息する鳥だったり、猿だったりする。 「本当はチアパスに住みたいけど、僕の作品が売れるのはトゥルムみたいなちょっと風変わりなリゾート地だったりする。だからまだ、…

  • 第54話 クリスマスツリー点灯

    森にはいくらでもクリスマスツリーになりそうな木が並んでいる 母屋のキッチン兼食卓の周りには、久しぶりに会った友達同士の近況や初対面のあいさつで、華やいだ空気が充満している。 松ぼっくりに娘たちが色を塗って作った飾りを、そこらへんでサムエルが切ってきた、樅木っぽい木の周りに置いて立派なツリーができ上がった。その根元に僕はさっき山道で拾ってきた大きな松ぼっくりを五つ黙ってそっと並べた。 サムエルがブルーのイルミネーションライトを手早く木の周りに巻く。準備を進めながらそれぞれが自分の好きなワインを持ち寄り、グラスを片手に語り合う。僕は前日までサン・クリストバルにいたクリスティーナおばさんに、チリ産の…

  • 第53話 巻き寿司はいかが

    キッチンには地元の野菜や果物が無造作に並んでいた 僕は鉄鍋にざるで洗ったお米と水を入れ、コンロの火をつけた。鍋とふたには微妙な隙間があって、ぴったりとはまらず、蒸気が予想以上に漏れ始めた。だからステファニーと相談して、蒸気が出ているところに濡れ布巾を上からかけることにした。幸い蓋がガラス製なので中の様子はよく見える。 水気が飛んで湯気が徐々に出なくなり、ぐつぐつという音も聞こえなくなったところで火を消す。ここまでくれば、ほぼできたも同然だ。 「お米はこのまま蓋をして、最低三十分はおいておく。そうすればさらに蒸されて、お米が柔らかくふっくらしてくるから」 そうステファニーに言うと、 「これが秘密…

  • 第52話 パーティーが始まろうとしている

    キッチンではかわるがわるシェフが登場する その日の夕方、まだ日が暮れる前なのに、パーティの準備で母屋はにわかに活気であふれていた。台所ではこの村の人口密度が局所的に史上最高を記録していたに違いない。 クリスティーナおばさんを含めた牧場の家族五人。それに前日から泊まりに来ていた、イギリス人木彫りアーティストのマットは、この家族と十八年の付き合いで、ゾエやシャヤンのことも小さなときから知っている。 近くで民宿を営むドイツ人のセバスチアンとメキシコ人の奥さんジュリディア、そしてその小さな子供たち三人。バーニャ、デイビッドと僕の宿泊客三人組。それぞれが交代で台所を使い、サラダを作り、持参した料理を食卓…

  • 第51話 デイビッドのギター

    クールな部屋でも夜は寒い。窓にガラスがまだはまっていない。 そんなデイビッドの引っ越し荷物の中に、小さなギターケースがあった。 実は彼らの部屋を初日に見せてもらったときに見つけて気になってはいたのだが、特に触れずにいた。でも僕は楽器が大好きでギターも少し弾くので、我慢できずにデイビッドに弾かせてもらった。カリフォルニア製の小さなギターは、旅行にはぴったりの大きさだ。お互いのギター歴とほんの少しのレパートリーを披露しあった。 「僕はギター習いだして三年なんだ。もともとそんなに音楽が得意ではないけど、ギターで曲を弾けたらかっこいいなと思ってトライしている」 デイビッドはギターの弦を指でつまびくアル…

  • 第50話 クールな部屋

    山道では誰ともすれ違わなかった。 一時間も歩き回っていたら、エバーグリーン牧場にいつの間にか戻っていた。途中、何度も「ほら見て家だよ」とチェペは教えてくれた。だけど、結局ステファニーが言っていた「丘から見える村の美しい景色」らしきものは見当たらなかった。でも牧場の外の様子が分かったので満足だった。僕はお礼を言い、二百ペソ(千二百円)を渡して兄弟と別れた。決して安い金額ではないが、僕はステファニーに聞いていた金額をそのまま渡した。 ステファニーは仲介料を取らない。よそ者の外国人が牧場を運営しているのだから、少しでも地元の村人に還元しようという姿勢がこんなところからも伝わってくる。 とうもろこしが…

  • 第49話 プーロ トラバハール(働いてばっかりだよ)

    働いてばっかりだよ、と兄は笑った。 散策ツアーと言っても、山道を登ったり下ったりたりする、まったりとした散歩でしかない。ただ道に迷わないように、地元の少年たちが付き添ってくれる。「畑仕事を手伝ってんのか」とか、「坂道歩くのは疲れないか」とか、雑談しながら未舗装の山道を歩き回った。花や木の実を見つけると、とチェペは僕に「ほらそこの花見て」とか、「その木の実は食べられるんだよ」と熱心に教えてくれた。 山の中で唐突に現れる冬瓜やトウモロコシ畑の横を通るたび、畑の中に見える作物を指さした。その小一時間の間、山道を行く僕らは誰ともすれ違わなかったし、畑仕事をしている人も見かけなかった。そもそも人が少ない…

  • 第48話 散策ツアーと兄弟

    スクービーはずいぶん嬉しそうに山道の散歩についてきた。 その日、つまりクリスマスイブのメインイベントは夕食だ。僕はこの広い牧場でいろんな国の人達と一緒に食べるディナーにゲストとして招待されている。 でもそれまでには二時間ほど時間があるのでステファニーに他に何か楽しそうなアクティビティはないかときいてみた。すると地元の少年と行く村の自然散策ツアーに出るのはどうか、と提案があった。これまでいろんな国のゲストが、村の少年と朝から山に登り、珍しいキノコを見つけ、はたまた植物の解説を受けて喜ばれているというのだ。簡単に言うとエコツアーだ。 僕がディナーの前に散歩できるとしても、せいぜい一時間ぐらいだから…

  • 第47話 たぶん馬から落ちていた

    馬に悪気はないが、突然全速力はかんべんしてください。 そんな風にいろいろと試行錯誤しているうちに、本当に一度だけ、馬が言うことを聞いたのか、ただの気まぐれか、突然スピードを上げて馬場を全速力で駆け出した。最初はちょっと走ってみたという感じだったのに、どうやら調子に乗ってきたようでぐんぐんスピードが上がる。 そんな馬の高揚感とは裏腹に、半ばあきらめかけていた僕は完全に不意を突かれた。二百メートルほどを一周する最終コーナーで、顔の前に木の枝が現れた。必死で馬の背中に身を伏せ、間一髪でけがを避けることができた。そこまではよかったが、直後に身体のバランスを崩して落馬しそうになった。上体が馬の背中の定位…

  • 第46話 若くて美しい師匠の娘は、軽い足取りで

    シャヤンは完全に白馬と一体化した クリスマスイブのその日、馬術の師匠サムエルに、今日は何をしたいかと聞かれたので、「ギャロップ」の仕方を教えてほしいとリクエストした。 ギャロップとは馬が全速力で走るときの足の運びで、日本語では襲歩(しゅうほ)というらしい。僕はこれまで何度もいろいろな観光地で馬に乗り、ギャロップで走らせてもらったことがあったので、その爽快さを忘れられないでいた。 前日に散策した森の中でも、まあまあなスピードが出たし、あまり苦労せずに走れるだろうという感覚もつかんでいた。バーニャとデイビッドも一緒だが、僕より前から滞在していた彼らの方が、断然馬の扱いはうまいから賛成してくれた。 …

  • 第45話 闇夜でパンをかじったのは

    キッチンは共用、冷蔵庫はない。 母屋で家族のみんなと二日目の夕食を済ませた僕は、また暖房のない寒い小屋の中で目のすぐ下あたりまで毛布に潜り込んだままぐっすり眠り、クリスマスイブの朝を迎えた。そのころには喉の痛みはすっかり消え、爽快な気分で隣の共有キッチンに出ようと部屋の扉を押し開けた。だけど何か様子が違う。 そのキッチンではガスコンロでお湯を沸かしてお茶を飲んだり、夜には軽食のパンを食べたりしていた。 前日に近くの売店――といっても納屋にカップラーメンとパンと水やせっけんなどが置いてある四畳ぐらいのスペースだが――で買った小ぶりなホームメイドの黒糖パンを三つ、虫が入らないように袋の口を縛って木…

  • 第44話 地図と手紙

    ステファニー直筆の地図は力作だった。 小屋に戻り、紅茶で一服しようと共有キッチンでお湯を沸かし始めた。 持ってきた読みかけの小説と備え付けのティーカップを手作りの木製テーブルにのせ、やかんから湯気が出てくるのを待ち、リュックからステファニー直筆「電波探索用地図」を出してテーブルに置いたとき、その裏面の落書きが目に入った。 僕は表面の地図を必死で解読しようと凝視していたせいで、それまで裏は気にしていなかったのだ。そこには、赤いボールペンでいかにもティーンエイジャーの女子が描いた、少女漫画チックなハートマークが三つあり、宛名に「ホセ」と男の名前がある。 「テ・アモ(愛してる)」 書いたのはひょっと…

  • 第43話 電波と夕日、誰もいない木の根っこで

    谷間に溶けるように沈んでいく夕日。 山に入ると民家もなくなり、十分ほどトウモロコシ畑の横にできた山道を歩いた。ここをしばらく進んで分からなかったら牧場にさっさと戻ろうと半ばあきらめかけていた時に、携帯電話の電波受信状況を示すバーが一本だけ立ち始めた。 やがてその大木は僕の目の前に無事現れた。予想していたような、村人が集まるにぎやかな社交場はそこにはなかった。僕の他には誰もいない。 野草に咲いた薄い黄色の花の上を、ひらひら飛ぶ黒い蝶がいるぐらいだ。でも確かに携帯の電波は弱いながらも受信できている。電波の受信状況を示す階段状のバー表示が三本になったり、二本になったりしている。でも携帯メッセージなん…

  • 第42話 電波のなる大きな木を目指して

    牧場の裏手から僕は携帯電話の電波を目指した。 小川があると聞いていたので、探したが、見つけることができたのは今にも乾いてしまいそうな水の流れだけだった。その上に橋があると地図に描かれているが、橋というよりは、道の下にその水が通っているだけのようにしか見えなかった。 でもこれで合っていると信じて、次に目指したのは教会だ。 ステファニーの地図で強調されているところを見ると、どうやらこの曲がり角がキーポイントで、ここさえ間違えなければ電波を受ける「魔法の木」にたどり着けるらしい。教会は真っ白な建物で、一見何の目的で建てられたのか分からない小屋だった。でも十字架のマークが控えめに飾られていたので、かろ…

  • 第41話 携帯電話の電波はどこですか

    トウモロコシ畑の向こうに日は沈んでいく ところで、エバーグリーン牧場の周辺は、携帯電話の電波が届かない。ただWiFiのモデムが設置されているので、母屋だけはインターネットがかろうじて使える。ただし接続は限定的で不安定だ。 だからこの家族は友人たちと連絡する際、「ワッツアップ」というメッセージ交換アプリを介して、ボイスメッセージやテキストをやり取りしている。でも会社員でもある僕は、休みの日でも携帯電話に万が一大事なメッセージや不在着信がないか、一日一回は見ておかないと落ち着かない小心者だ。だからステファニーに、どこに行ったら電話の電波が届くのか前日に相談していた。 どうも話を聞いていると、村に一…

  • 第40話 大ベテランでも失敗はある

    愛すべき家族のみんな。 「でも、どうしてこの牧場のことを知ったの?」 昨日のバーニャと同じ質問をクリスティーナは僕に投げかけた。そりゃ他にも有名で魅力的な観光地がわんさかあるチアパス州で、わざわざ不便な思いをしてこの牧場にたどり着く日本人は珍しいだろう。 「雑誌で見たんだよ。この牧場のことが、隠れた名所としてとても好意的に書かれていたから」 ステファニーが得意気にクリスティーナに雑誌を見せた。僕が切り抜いて持ち運んでいるのと同じものだ。 「ウーララ。きれいに写真を撮っているわねえ。あら、ゾエとシャヤンも出ている」 クリスティーナおばさんがひとしきり雑誌に目を通している間、僕はステファニーにどう…

  • 第39話 フランスからのおかあさま

    クリスティーナは最高のおかあさんだった。 ステファニーが今日のセッションはどうだったかときいてきたので、山の中も泥の中も面白かったと僕は答えた。 「泥の中に入っていったの? そりゃクレイジーだわ」 彼女はあきれたようにため息をついて苦笑いした。僕もクレイジーではあるけど、面白かったんだとあらためてサムエルを弁護した。どうもステファニーはサムエルがどうやって教えているか、細部までは把握していないようだ。 その日の晩御飯から、ステファニーのお母さんのクリスティーナと、彼女をサン・クリストバルまで迎えに行っていた長女のゾエも合流した。ゾエは黒髪で目がくりっとした愛らしい女の子だった。十六歳で自立した…

  • 第38話 100回乗れば一人前?

    山のツアーが終わった。ひと風呂浴びるか。 スリルと胸のすくような爽快さを味わった、この森の中の乗馬ツアーは結局一時間半ほど続いた。そして日が傾き始め、山から牧場に戻る砂利道で、馬から降り、歩きながら手綱を引くサムエルがぼそりと言った。 「乗馬は数をこなさないと一人前にはなれないよ。そうだな、まずは百回だ。その間にたぶん三回か四回は落馬するはずだ。そうやってうまくなっていくんだよ」 確かに百回馬に乗るのは楽しいだろうけれど、馬から落ちるのはごめんだと、その日の森の中の様子を思い出しながら僕はつくづく思った。本当に落ちたら松の枝が背中に刺さり、きっと痛くて動けなくなるに決まっている。 もしかしたら…

  • 第37話 後ろがついてきてないみたいだ

    山はいつも雲が近い。僕らは森の中で馬の背中にしがみついた。 その一方で、ゆっくり歩いているときには、油断していると突然立ち止まった馬は地面の草をぶちぶちとむしって食べ始める。馬たちにとっては牧場の敷地内が、サラリーマンでいうところの「職場」や「事務所」みたいなもので、森の中は窮屈な空間から解き放たれ、温泉にでも旅行で来ている感覚に近いのかもしれない。 一度草を食べ始めると、結構力を込めて手綱を引っ張り上げ、「ウォーク」と大声で合図しないといつまでたっても草を食べている。人間だったら全身を使って両手で引っこ抜くのにも一苦労しそうな、地面に固くはりついた草を、彼らは草食動物特有の平たい歯で簡単にむ…

  • 第36話 落ちる、ぶつかる(かもしれない)恐怖

    広大な敷地には不思議な方向に枝が傾いた大木がある。 「馬たちは牧場で走るのはあまり好きじゃない。とにかく山で自由に走りたいんだ」 サムエルは馬術レッスンの間、何度も言った。彼によると牧場の馬場を歩いている間、馬は仕方なく仕事をしているのだという。だけど山へ入ることは、その退屈な奉仕とは対照的に馬たちへのご褒美となるらしい。馬たちはサムエルの乗る馬を先頭にして、何の迷いもなく一列になってゆっくりと歩き始めた。 牧場を出て五分も行くと、木の生い茂るチアパスの深い森へと入っていった。でもいったん山に入るとこれまで他の観光地で体験した、馬が勝手に決まったコースをゆっくり歩く、ホースバックライディングと…

  • 第35話 バンジー やったことあるかい?

    昼食はヘルシーでシンプル。ワイワイしゃべりながら食べた。 午前の部が終わると、昼食の時間だ。生徒全員で母屋に行き、ステファニーの手料理をごちそうになった。サムエルとシャヤンも一緒でにぎやかだ。骨付きの豚のあばら肉が出てきたから、体を動かしてお腹が減っていた僕にはたまらない。マッシュポテトのサラダもボールに入ってテーブルの真ん中に置かれている。そして彼女の料理には必ず細かく刻んだ紫の玉ねぎと、真っ赤なトマトを小さくキューブ状に切ったものが出てくるので、とにかく色が鮮やかだ。 外に出てウッドデッキでコーヒーを飲んでみんなで休憩した。 サムエルはテーブルに腰掛ける僕らの脇で、立ったまま煙草を吸い、メ…

  • 第34話 うんともすんとも言わないとはこのことか

    それから僕らはまた馬のつながれた元の場所までゆっくりと歩いて戻り、一人ずつ馬の背中に乗る練習をした。その白い牝馬は「ダッチェス」という名前で、初心者にも我慢強く付き合ってくれる優等生だ。 順番に飛び乗る人のために、両手のひらで踏み台を作って体を持ち上げたり、逆に持ち上げられたりして、馬の背中にまたがった。僕は一番体重が重そうなデイビッドの踏み台になって体を持ち上げたので、あらためて乗馬中に馬にかかる負荷は結構なものだなあと感心した。そしてダッチェスに話しかけながら、馬場を一周ゆっくり歩いたり止まったりの練習を順番にした。 だけど馬はなかなか言うことを聞いてくれない。歩き出すには、馬の腹を両方の…

  • 33話 ぬるぬるの中で

    泥の中に足を突っ込むのは何十年ぶりだろう 「分かったかい。泥があっても馬は平気で歩くように見えるが、実際は今のあんたたちと同じで、馬にもバランスはとりづらいんだ。だから上にいる人間は、それを分かったうえでうまく体重を移動させないといけない」 かなり上級者にならない限り、泥の中を馬に乗って歩くことはないだろうが、僕にはそれよりも何よりも、真面目にこの「泥ぬるぬるセッション」を受けているみんなの様子がおかしくて仕方なかった。 彼らは、僕もそうだけど、泥に素足で入ることなんて生まれてこの方そんなに経験したことはないだろうし、そこから出た後、軽く手で泥を払っただけの汚れた足を、靴下に突っ込んだこともな…

  • 32話 体重移動

    草原の真ん中まで来ると、サムエルは僕ら五人に車座になって座るように言った。いつの間にか目の前にやってきた犬をつかまえてなでている。そして太陽の光が植物を光合成させ、それを動物が食べて命が循環していくだとか、水の大切さについての説明を一通り聞いた。そして太陽を見ながら裸足になり、足を肩幅に開いて空気を思い切り肺に入れることをあえて参加者にさせる。 「馬に乗りに来ているんだから馬に乗せてよ」と文句を言う人はいない。たぶんここを訪れる旅行者は、こんな説明に精神的な満足を得るのだろう。実は僕もそのうちの1人だ。ライオンのように猛々しく広がったグレーの髪をしたサムエルがこの話をするとき、僕らはその静かで…

  • 31話 馬の蹄が犬の餌

    馬を並べてつないでおけるこの柵をベースにコミュニケーションのイロハを習った。 ところでその日初めて、僕は馬の「蹄」が人間でいう「爪」にあたるものなのだと知った。サムエルがおもむろに鎌のような道具で蹄を1センチほどそぎ落としたのだ。そのスライスされた白い蹄の一部は、人間が爪切りでパチリと切るのとは規模が違う。僕の手のひらより少し大きいぐらいだ。そして地面に落ちた瞬間、待ち構えていた2匹の犬が競い合うようにそれを食べ始めた。 「こいつらの好物なんだよ」 と、サムエルは何でもないことのように言った。 ブラッシングなどで馬とのコミュニケーションを一通りこなすのは、昨日と同じルーティンだ。硬い毛のブラシ…

  • 30話 英語だろうが、日本語だろうが、スウェーデン語だろうが・・・

    剣山のようなブラシや蹄から石をかき出すピックたち。 その日、僕以外に馬術セッションに参加したのは四人だ。初日から一緒のバーニャやデイビッドのサンフランシスコ組に加え、新しくスウェーデン人の若いカップルが日帰りで加わった。 「シンジ、今日のメンバーは全員英語を話すから、分からなかったらちゃんと会話を止めて聞くのよ、黙っていたらだめ」 食卓を離れ、母屋を出ようとする僕にステファニーが念を押した。僕と同い年か、もしかしたら少し下のはずなのにまるでお母さんみたいだ。すでにサムエルとは英語が中心になっていたけれど、「分かった、ありがとう」と伝えてグループに加わった。 初日にステファニーから聞いた通り、こ…

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