行く年一年の終わりは雪の降る寂れた寺で迎えたい焚き火が煌々と燃え盛り古びた杉を照らし出すそれはテレビが植え付けた幻の原風景かもしれないけれど去っていく年を惜しむ心情にはよく似合うつらいことがたくさんあっても行く年はそれなりに愛おしいそれが時を生きるということの不思議その複雑な思いを静かに鎮めていくのに寂れた寺に降る雪は似つかわしい第184日行く年
支配好きくしゃみが出ると英米人はガッドブレスユーと言いフランス人はアヴォスエと言う何のこっちゃ案ずるに西洋人にとっておのれが支配しているはずの肉体がそれを無視して勝手に動くというのがどうにも許せないらしい西洋人は支配が好きだ映画に出てくる支配を企む悪とは実は自分のことだったりして自分の体なんて支配できないよむしろあんたらこそ体に支配されてないかと憎たれ口の一つでも言いたい第183日支配好き
怒れる女神明るく可憐な娘がどうして段々と苛烈な糾弾者になっていくのかおお怒れる正義の女神よ世の中はだらしないのだ男は不潔で淫猥なのだ彼女が掲げる正義の御旗の前に誰もがひれ伏すべきなのだ乾いてばっさばさ安らぎや潤いは無縁美貌に迷った男たちは悲劇ああ誰か彼女たちに柔らかい心を与えておくれ迂闊な男たちが死屍累々とならないように第182日怒れる女神
憧雪雪はやはり美しい雪国暮らしは大変だろうがやはり雪は美しい美しくなければ雪国に暮らす人などまったくなくなるだろう雪が泥のような色をしていたら生物を死滅させるものがなぜかくも美しいのか天のアイロニーなのか雪の降らない都会は命を刻むアクセントに欠ける私は恨めしく雨雲を見つめる第181日憧雪
彗星夢真空の中をひとつの彗星が飛行する数十億年の孤独に耐え宇宙嵐の暴風を跳ね返しそれはひとつの星へと向かう水と緑の星地球へ運んでいくのだ大いなる変動の種をかつて地球創世の日々にしたようにそれは壮大なイデアをもたらす新たな生命の光を私は夜空を見上げてそれを待つ一神教徒が終末を待つように切なく焦がれながらそれを待つ第180日彗星夢
最果てここは世界の最果てそしてここは世界の中心世界ははるか彼方にあり世界は私にだけ現前する世界のさなかに行こうとしてもそこは最果てになる世界から遁走しようとしても世界は怒濤のように押し寄せてくる私は取るに足らない存在だが私が死ねば私の世界は消え去る私にだけ現前する厖大な世界が世界は一つしかなく世界は無限にあるこの神秘にめまいするしかない第179日最果て
孤照神に向かうときは独り高い峰の頂に立ち青空のその奥の真空を見つめるあるのは無限の高みと自分の魂だけ私は語りかけない返ってくる答えもない何かが変わることもなく何かが救われることもない魂の湖水は静まり深い水底まで澄んでいくひとつの震えが天と地を貫く世界はあり私がある世界は謎のままただ澄み渡った震えだけがある第178日孤照
洗礼者悔い改めよ神の国は近づいたヨハネのこの言葉から後にとんてもないものとなる運動が始まったそれほどこの言葉は破壊的だったやって来はしなかったのか近づいたまま宙ぶらりになっているのかそれとももう来てしまったのかそれは誰にもわからない神の国は近づいたり遠ざかったりする時代や地域や人間集団にとって今の世界は最も遠ざかっているかも悔い改めれば神の国は近づくというのが真理なのだ特定の宗教に入ることではなく第177日洗礼者
幼肌子供の新鮮な驚きを失わないように思春期の自由な夢想を失わないように歳を取れればいいのだが人はわざわざそれを捨てたがる失ってしまったのではない自分で捨てたんだよなぜかはわからないたぶん幸せになりたくないから慣れ親しんだもので周りを固め世の思うようなしかたでものを思うそうして日々の務めをこなしていく自分で作った鎧の中で窒息しないためには無知で弱い子供に戻らなければならない世界に脅え驚嘆し世界と遊ばなければならない第176日幼肌
交歓私とあなたが真に向き合う時そこに天使が降りる私とあなたの目は天使の目と融け合う私は私の思いから離れあなたはあなたの思いから離れ互いに自身と相手とを愛し子のように見つめる言葉は問い合うものではなく軽やかな歌になりその旋律があたりを柔らかにするそれは特別な恩寵自己に閉ざされる苦悩を知った魂にようやく与えられる至福の瞬間第175日交歓
蜜柑哀歌炬燵で蜜柑旅の列車では冷凍蜜柑段ボールの底には腐った蜜柑蜜柑は一番生活に近い果実あまりにも手近すぎて蜜柑の価値は可哀相くらい低い一個千円くらいする稀少品なら人の憧れの対象になれただろうに炬燵に入ってテレビを見ながらぐだぐだと食べ続けるのが蜜柑けれど炬燵もテレビも時代遅れ蜜柑の未来は明るくないかと少しばかり胸が痛むそれは想い出への哀切に似ている第174日蜜柑哀歌
泥行深い泥を歩んでいく時新たな一歩を出すためには泥に埋まった足を引き抜かなければならない支える足はさらに泥に深く埋まることになっても軽々と歩める土地ではないのだ物質のやりくりは重く人の心との交わりも重い体と心は何重にも魂を絡め取るこの苛立たしい緩慢な歩みを通して魂は何かをつかむのだろうかやがてはどこかへたどり着くのだろうか答えはわからぬ獲得も到達もないのかもしれぬけれども何かが歩めと告げている第173日泥行
カバンの底カバンの中にはたくさんの物書類筆記具日常薬でも中には変な物もある片隅で変なにおいを立てている物いつ入ったのか憶えていない正体ははっきりわからない厄介なので触りたくないどうもますます臭くなっているまあ気にするなと消臭剤を掛けておくでもいつの間にか増えている芬々たる臭気を撒き散らし人はそれを背負って歩く心という名の重いカバンを第172日カバンの底
氷の風ああこの風だ北極圏から吹いてくる死の風私はそれをこよなく愛する私のいのちは死の風に殴られてようやく目を覚ますのか死の季節を生き延びる自信が誇らしげに凱歌を歌うのか草も虫も殺していくこの風が私の肉体を収縮させそして精神を浮き立たせる氷の風よ吹け硬質の冷度で私の刃を研げ私が鋭く天を引き裂けるように第171日氷の風
種蒔き種蒔きの譬えは残酷な話だ道や岩地や茨に撒かれた種を蒔き手は救いはしないただ枯れるに任せる私は岩地か岩地に蒔かれた種か根が浅く陽に照らされて枯れるそこに救いはない創造主は失敗作をわざわざ滅ぼしには来ないただ自ら滅びるに任せる種は自ら歩いて土を求められない岩地は自ら願って畑になることはできないこれは創造の悲劇と絶望の物語だ第170日種蒔き
夜明け少年の頃夜明けは神聖なものだったにじむ水のようにあたりを潤し清冽な姿を浮き立たせていく光はやがて朝陽が射すと街は水上がりの輝きをまといこれから始まる長い一日に喜びつつ居ずまいをただすけれど今私の心は夜明けを恐れる苛烈な一日の始まりを一日は陽の物語ではなくなり物事の詰め込まれた二十四時間になった私は陽と生きる人間ではなくなった第169日夜明け
雀雀よお前ら集まり過ぎジュクジュクジュクジュクと何を騒いでいるのか何がそんなに楽しいのかまあ都会の繁華街も宇宙人の目から見れば同じかもしれぬ何を集まって騒いでいるのかと群れて騒ぐのはいのちの謳歌なのか私はそれを知らないけれど太った小雀は可愛いけれど繁華街の人間は可愛いだろうか宇宙人の目から見て第168日雀
冷朝早朝の冷気と雲の繊細なさざ波それを見上げて幸せに震える数時間前に見た悪夢の濁りが残っていた心は澄んだ光に満たされ私はかすかに地上を離れる幸福は外にあるのではない外なるものと内なるものが運よく合致した時に湧き起こるそれは束の間の火花そして影が深いほど明るく輝く第167日冷朝
異物私は私ではない私にとって日々生きている私は私ではない日々生きている私にとって私は私ではないそれでも私は私として生きている二つの私は時に互いに憎み合いまた時に互いに慈しみ合う幸福にも不幸にもそれぞれは互いを窺い別の態度を取る私は私を裁き私は私を廃帝するその攻防が私の足を迷わせる私は異物だどちらの私にとってもこの違和感を私は生きる第166日異物
体臭パジャマ何日も洗わず少しくたびれて自分の体臭が染みついたパジャマは何とも心地よい同じように私は自分の繰り返している思念や夢想に浸るそれは心地よい進歩がないというわけではないパジャマを脱ぐように夢想から出る時間もあるひりひりがさがさとした時間だけれど疲れ消沈して私は戻る心地よいパジャマと夢想が待っているただ私の体臭は少しだけ変わっている第165日体臭パジャマ
群塊巨大なマンションは戦艦のようだ数百の家族団欒を抱えて時代の波を切っていく……のか集めて積み上げるその壮大さを人間は誇るしかし集めて積み上げた知識が叡智でないように積み上げられた家々は社会ではない無縁無関心の人々が寄り集まるこの奇妙な引力と斥力誰もが無名の群衆になりたがっているのか散らばっているということの味わいを人々は忘れてしまったらしい不便で淋しいがゆったりとしたあの空気を第164日群塊
ワインワインの深紅は悪魔的な魅力を持つ獲物の血をすすっていた古い本能が蠢くのか犠牲贖罪論者が捏造した狂気の晩餐物語のせいでワインはさらに増長した神の子の血として今はブランドと蘊蓄を着飾って富裕な女たちを虜にしている何とも酸っぱい構図だおフランスの権謀術数を嫌って私はチリのワインを愛飲する西洋のおぞましい歴史など一緒に呑みたくはない第163日ワイン
毒花美しい毒花よ日蔭で妖しい香りを立て摘んでくれと訴え摘もうとする手に毒を刺す他の花々は近づこうとしないが毒花はそっと粘液を出して周囲を絡め取るあたりには瘴気が満ちいつの間にか毒花だけが輝くその湿って饐えた香りは恍惚と麻痺で花摘む者を包み込んで溶かし栄養にする天がなぜこのようなものを創ったのかそれはまったくわからない今日もあちこちで毒花が咲き乱れる第162日毒花
歩行歩く姿勢が悪いせっかくの若さなのにせっかくの美しさなのに実にもったいない自分の歩く姿をビデオに撮って眺めてみたら多くの人は噴き出すか顔をしかめるだろう私も若い頃は世に斜に構えたつもりで変な歩き方をしていたけれども二足歩行は人間の特権それにふさわしく堂々と颯爽と歩きましょう第161日歩行
野焼き枯れた野に火を放ちたくなるのは昔の焼き畑民の血がわが身に流れているからか焼け野原にすれば新しいいのちがすぐに瑞々しく生えてくるそんな気がして何度もそうやって自分を焼け野原にしてきたそんな気がするけれど生えてきたいのちはまた稔りをもたらさず枯れていき茶色い廃墟を風が虚しく吹き過ぎる第160日野焼き
飛んでけタワーマンションはSF映画に出てくる巨大宇宙母船のようだうん、そのまま宇宙へ発射されるといいよ住民たちも喜ぶだろう土を忌避し虫や鳥を遮断しコンクリートと金属で武装しひたすら無菌空間をめざすさてその純粋培養空間からはどんな子供が生まれてくるかあまり想像したくないがバベルの塔は洪水を起こした神への復讐だったタワーマンションは神の不在への嘲笑に見えるしかし不在なのは人間そのものではないか第159日飛んでけ
夜旅アイラ島モルトの煙の香りを口と脳髄で味わいながら様々な時代様々な場所に思いを遊ばせる私はケルトの獰猛な戦士だったあるいはお調子者のアラビアの商人だった古代中国の美女だったかもしれずアボリジニの詩人だったかもしれない明暗悲喜それぞれの光景が走馬燈のようによぎっていく歓声や悲鳴や甘い囁きが聞こえる酒は手軽な時空飛行機だそして最後は部屋に戻ってくる暖かい布団が待っている今ここの粗末な寝床を私は案外気に入っている第158日夜旅
団居(まどい)長い旅の途次で出会った人と一夜の団居を過ごすそして翌朝には別れを告げるそれが人の日々遠い昔から何度も出会った魂今回一度しか交わらない魂そうやって一本の糸は彩られ大きな織物が紡がれていく出会いを無理に大切にする必要はないすれ違ったならすれ違ったままに反目したなら反目したままに出会うべき人と出会い出会う必要のない人とも出会う人はそうやって糸を彩っていく第157日団居
無実在はない、と仏教徒は言う実在はない、と科学者も言うあれあれ変だね科学が仏教を完成させたのか?最近の仏教徒は神も仏も浄土も地獄もないと言っているらしいから科学者と同じなのかもね霊魂がないなら葬式はやめるべきだね解脱成仏がないのなら修行も必要ないね僧侶は何のためにいるのかなどこかで道を間違えたんじゃないの?唯物論に負けたんじゃないの?あれこれ理屈でそれを糊塗しているんじゃないの?第156日無
必要経費人生の必要経費は多い恥掻き怒られ裏切られ怯え悲しみ忍耐しそれらは皆必要経費だ収入は生きているということ衣も食も住もまあ雑収入みたいなものだ恋人や家族もまた?純益とは何だろう自らの喜びと人の喜び何かをなし得た満足感……?経費は多く純益は少ないがそのわずかな純益は魂に貯まり永遠の宝物になる第155日必要経費
凱歌この空を憶えていられるだろうかこの鮮やかさのままにその微笑みを憶えていられるだろうかその暖かさのままに私は移ろっていくだろう君は変わっていくだろう時の流砂に呑まれ記憶は薄れていくだろうけれどもこれは凱歌だ永遠に記憶していたいと思うその瞬間を持てたということはこの空もその微笑みも輪郭がおぼろな光の粒となって私の魂を充たしていくだろう第154日凱歌
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