ケヤキケヤキの落ち葉は恐るべきテロ集団だ途方もなく散らばりあちこちでアジトを作るとんでもない隙間に入り込み目を離した隙に離合集散を繰り返し箒を拒むようにへばりつきちり取りの口から逃れ出ようとするいくつもの葉をつけて飛翔する細い枝には小さな実が装填されているあの巨木からは想像もつかない小さな実四季を通じて気高く美しいあの木々にかくも微細で執拗な繁殖活動がある植物というものは少しばかり恐ろしい第153日ケヤキ
名前自分の名前を自分だと思ったことはついぞなかったこの奇妙な記号は何なのだろうと私の中で私はいつも名無しだった私は何々家の者ではなく親が呼ぶ名前の者でもなかったどんなに美しい姓や名を持ってきても無意味だったそれは私ではないと本当に自分を表わし自分が好きになれるそんな名前があるならほしいでなければ名無しでいたい第152日名前
餅肌餅肌という言葉を発明した日本人はつくづく好色であるごくわずかな女たちが持つあの肌の魔力を知っているのだから手に吸い付き腹や胸に張り付き柔らかく呑み込みながら力に満ちて押し返す熱く火照り汗に潤うとそれは官能の底なし沼になるほかのことはどうでもいいただその肌に執着したくなるこれ以上の悪魔はそうない第151日餅肌
在る「在る」ことを楽しもう何かをすることでも何かを受け取ることでもなくただぼうっとして何を思うでもなく風景を愛でるのでもなくここにいて生きていることを善人か悪人か役に立つか無駄飯食いかそんなことはどうでもいい創造は「在る」ことを欲したわれわれは「在る」という恩寵を受けたそれだけでいい第150日在る
結晶記憶とともにある私は強烈だが狭い美に歓喜した自分も人との愛憎に苦しんだ自分も小さな結晶のようなものそれが無数に私の中にあるばらばらであったり繋がり合ったり果たしてそれは私なのかその混沌とした総和が私なのか私は別にいるのか一つ一つを愛惜したり悔やんだり私はおろおろと迷うその迷いの中に私の姿がある第149日結晶
謝罪死ぬ前に謝っておかなければなあと思いいやそれも自己満足だろうと思い戸惑っているうちに死んでしまいあいつとうとう何も言わずに逝きおったとぼろくそに言われるのがいいのかも謝っても謝りきれないし許されでもしたら申し訳ないしそれでも謝るのが人の道かとごちゃごちゃ思っているうちに逝ってしまうだろうからそういう奴だと憎んでもらいたい第148日謝罪
志向魂は志向する地へ向かう魂人へ向かう魂天へ向かう魂地へ向かう魂は世を豊かにする人へ向かう魂は世を明るくする天へ向かう魂は世を清らかにする今の世の魂はマンモンの前で迷子になっている向かうところがなければ魂は衰弱死する第147日志向
湯立ての祭神々をお風呂に入れてあげよう喜んだ神々はお恵みをくれる残り湯を浴びれば健康になる湯立て神楽の構図は驚くほど単純だ神々は人と共にこの世の塵にまみれ人と同じ苦しみを味わい時に人の苦しみを代わって背負い人を育んでくださる中世びとの神々との付き合いは素朴で明快で豊かだったそして神々は本当に人と共にいた近代人が何と批評しようとそのリアリティは捉え切れないそしてもう戻ってくることもない第146日湯立ての祭
ミュータント幼年を卒業する時期の男女は何とも奇妙な生き物になる可愛い幼体でも立派な成体でもない人間の範疇からはずれた生き物もしかして彼らは魂としての自身の姿を必死に顕わそうとしているのではないか人間になってしまう前の最後のチャンスとして彼らの軽やかさと危うさとそして内からにじむような美しさは少しばかり天上の香りがするもし天界に行って自分の好きな姿を取れるのなら人は誰もこの時代の姿を選ぶのではないか天界はこんな天使たちで溢れているのではないか第145日ミュータント
原罪原罪とは私が自由であること意志と選択権を持つことつまりは主体であることそれは分離であり義絶であり反逆でありまた恩寵であるわれらは耐えねばならぬ喜ばねばならぬそして創造せねばならぬみじめでちっぽけなものであろうとわれらは主体として創造せねばならぬそして涙と笑みと共に大創造に返さねばならぬ第144日原罪
起床目覚まし時計のスイッチに私の全生活が掛かっている押し忘れたら大惨事止めてしまったら大問題起きるほどつらいものはない地獄だ苦行だどん底だそれさえ乗り切ってしまったらあとは惰性で動き出す毎朝毎朝綱渡り毎朝毎朝七転八倒それで世の中は動いている世の人のほとんどが毎朝七転八倒を繰り返しているそれでようやく世の中は動いている第143日起床
顔私を恐懼させる顔があるいつもの駅の雑踏の中に突然現れ近寄って来そしてただ去っていく醜いというのではないおそらくごく普通の男の顔しかしなぜかその姿が私の心を揺さぶり不安にさせる昔何かがあったのかそれともこの生以前の出来事か私が彼を殺したか彼が私を殺したかどうやっても答えは探り出せない毎朝私は怯え続けるしかないいつか妙な事が起こらないかと案じながら第142日顔
岩と土岩も土も何でできているのかよくわからないでも岩も土もそこにあり人に恵みを与えている千年以上も人が崇めてきた岩がある千年以上も人を養ってきた土がある野蛮な文明に破壊され続けながらも今もそれは生きている何がその岩や土を作り上げているのかわれらは知らぬいくら組成を探ってみても答えはないそれは人間への贈り物でありまた問い掛けでもあるお前たちは何を見ているのかと第141日岩と土
呪文呪文というものを現代人は使えなくなった驚くほどの力がある魂の武器を強烈な自己暗示でもあり神仏との契約でもあるけれど懐疑が働くと消え去ってしまう現代人は別の呪文を唱える自身の本質を否定する呪文持っている力を封印する呪文いにしえびとを蒙昧と蔑みながら現代人は干からびていく自ら退くべきサタンとなって第140日呪文
秋景赤く重たい柿の実は寺のある街によく似合う藁を焼く煙はたゆたいながら空に昇りところどころ崩れた土蔵の白壁に晩秋の弱い陽が幻のように揺れている不意に湧き上がる悲しみは何ゆえのものかわからず心は揺らぎもせず微睡む旅は続くのか終わるのか風景はただ流れていく私は少しずつ言葉を失う第139日秋景
死の山「八合目から上は神の領域と昔の人は木を植えなかった」そう湯布院の賢者は言ったその掟を人は破ったと隙間なく植えられた針葉樹が山を殺している走り回る獣の姿も飛び回る虫の姿すらない歩き遊ぶ山でもなく飢饉に避難する山でもなく神が降りる山でもない死んだ山の中で私は哭くそれをどうする力もなくむしろ恐ろしい崩壊さえ夢想する第138日死の山
貧しさ世が変わるためには貧しさを見直さなければならない災厄でも牢獄でもない叡智としての貧しさを富や栄華を求めることが地獄への道だと古来智慧ある人は言い続けてきたけれど世はそれを聞くことはなかったそのくらいの逆倒がなければ世は変わりはしない余のことは小細工世を変えたいと思う人々は貧しさを実践することだ別に難しい話ではない第137日貧しさ
林檎哀歌林檎というものはなんか変だ歌に歌われて妙な哀愁を帯びて堂々と大きく色彩も派手で王様のようなのにどうして哀愁を帯びるのか幼い頃扁桃腺で高熱を出していた時母親は林檎を擦って食べさせてくれたそれだけが食べられるものだっただから私は林檎に感謝しなければならないけれど生の林檎はどうも苦手だ私にとって林檎は忘恩と哀愁の果実第136日林檎哀歌
ハンドクリーム手を守るためにクリームを塗る同じことが心にもできればいいのにひりひりと痛い現実からやさしく守ってくれるクリームが母親の愛や恋人の慰め時には無理矢理作ったプライドあの手この手を試してみるがそれでも心は肌荒れを起こす象の皮のような厚い皮膚を作れば心は傷つかなくなるのだろうかけれどそれでは何も感じられなくなるひりひりと痛みながら怖じけずものをつかんでいくそんな方法がないものだろうか第135日ハンドクリーム
光飾りその人の笑顔が私を有頂天にさせその人の憂い顔が私を狂おしくさせるそういう人が多ければ人生は豊かなのだろう少しばかりは味わった気がするそういうものがなくとも風や光に有頂天になるそんな孤独もいい質素な生にも光飾りはあるいや質素だからこそ小さな光は鮮烈に輝く第134日光飾り
錯視同じ世界に住んでいるはずなのに見ている世界は全然違うよいことなのか悪いことなのか当惑するばかり見ている世界が同じになったら何が起こるか融和かそれとも熾烈な戦いか見ている世界がもっと違うと話も通じないいや現状でも実は通じていないのか違う世界が無数に重ね合わされて世の現実ができているいやその現実も実はないのか第133日錯視
ブタクサ秋になるとくしゃみが出るのはブタクサのせいだと言われたにっくき侵略者けれどどうして体が識別するのかブタクサは毒を出しほかの草を枯らすがやがて自分もその毒で死んでしまうその荒廃した毒土を浄化するのがススキだとどこかの本に書いてあった長年この地の植物を食べてきたせいで私の体は暴虐な侵略者の存在に在地の植物とともに警戒信号を出すのか暴虐な侵略者はあちこちにいる人間の形を取らない黒い影が揺れる私の憂鬱はそれへのアレルギーかもしれない第132日ブタクサ
パリ・マレー回想この石畳はどれほどの血を吸ってきたのかあの廃墟はどれほどの叫びを聞き取ってきたのか欧州の文明は血と石でできている軽やかな彼らの笑みの後ろにはギロチンがぶら下がっている果てのない闘争がこの華やかさを創ったのだ歴史という挽き臼が彼らを粉々に砕くそれに抗おうと彼らは壮大な言葉を紡ぐ何と過酷な文明だろうか今の私にはとても生きられない私はおとなしく水と木の文明に帰る第131日パリ・マレー回想
欠片小さな欠片をわれらは集める街をさまよい野山をうろつき人にぶつかり人とつながり小さな小さな欠片を集める明るい色もあれば暗い色もある澄んだ色もあれば濁った色もある尖った形もあれば丸い形もあるどれ一つとして同じものはないパズルのように欠片を集めて一つのささやかな色面ができるけれどそれはあまりに乱雑に見えるやがて時が流れ私は世を離れいくつもの欠片は剥がれ落ちていくその時そこに絵が浮かび上がるだろう第130日欠片
敬礼ただ愛や善を実践する人たちがいるああだこうだ言うこともなく私は沈黙して敬礼する以外ないそれは天の恩寵人の光ああだこうだと論じても虚しく醜いそれがあるから世は保たれているそれを肯うことで人は人であることができる私は己の無力を嘆くだけの卑賤な存在だが敬礼だけは欠かしたくない第129日敬礼
超過生は飛躍であり逸脱であり超過である合理的な適応に終始しているのならそれは生ではない知能をいくら複雑にしようとそれは生命ではない生は合理的適応に収まらないよう仕組まれている夢想と熱情によって脱線したり失敗したりするのだただ利口に生きていくのなら人工知能のほうがうまい第128日超過
緩慢一向に利口にならないそう嘆きつつも十年二十年前の自分を思い返すとかすかだけれども進歩はあるかと思い直す庭に植えた花木が毎日見ても伸びてはいないのに季節の終わりにはしっかりと枝葉を拡げるように人間もまた成長は緩慢なのか育とうと思っても停滞しもう終わったかと思うとまた育ち成熟に辿り着くための長い長い時間どうしてそれが必要なのかそれも長い時間の後にわかるのか第127日緩慢
飛翔ゆっくりと動き出した飛行機がどんどんと速度を上げついにふっと浮き上がる瞬間私はそれをこよなく愛するまさしく地上を離れるのだごつごつやがたがたを捨て去るのだ広大な空間を自由に飛翔するのだこれほど素晴らしいことがあるか高い山脈を見下ろし入道雲と遊ぶわれらは神の目を持つ願わくばさらに上に拡がる星々の真空まで突き進みたい二度と地上に戻ることなく第126日飛翔
独り立つ独り立つのだ依存せず従属せず惑わされず言い立てもせず反論もせず誹謗を恐れず孤愁を恐れず傲慢ではなく畏敬と謙遜を失わず課されたものに向き合い個を与えられた以上それがわれらの責務だ独り立つことが創造そのものだ第125日独り立つ
叫び燃える氷のような叫びが欲しいもっと胸の奥の深いところから叫びを絞り出したい花がこんなに咲いている鳥の囀りは高らかに空に響くそれに釣り合うだけの太く澄んだ叫びを言葉ではなく思いでもなくただ激しい震えとして何も応えるものはなくともこの命の奥底にある希求を一筋の奔流として放ちたい第124日叫び
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