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2019/10/29

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  • 柳本迎蓮寺善教作地蔵菩薩立像石仏

    にほんブログ村南北朝中期~後期奈良県天理市柳本町833 迎蓮寺毘沙門堂花崗岩製建治二年銘石棺仏と小石仏群を祀る小堂の外、毘沙門堂の壁際に並べられた石仏群の中央の石仏。石高;54.0センチ 下部幅;48.0 上部幅;37.0像高;34.52024

  • 柳本迎蓮寺石塔群イトル

    にほんブログ村建治二年(1276)他奈良県天理市柳本町833 迎蓮寺毘沙門堂花崗岩製他小堂内外に、石仏群が収められている厚肉彫阿弥陀如来立像石棺仏(建治二年、1276)他、善教作地蔵石仏(南北朝時代中期)、庚申塔(寛政四年、1792)その他小石仏や石塔部品など多

  • 迎蓮寺庚申塔(自然石塔婆)

    にほんブログ村1792.02.吉日 寛政四壬子二月吉日奈良県天理市柳本町833 迎蓮寺毘沙門堂月輪内「庚申」「村講中」「寛政四壬子年二月吉日」2024.03.05.撮影

  • 「史迹と美術」第九四三号に「九州の石塔調査報告14.法華寺観音堂角宝塔々身無銘(1)~(3)」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告14.法華寺観音堂角宝塔々身無銘(1)~(3)』が「史迹と美術」第九四三号に掲載されました。2024年3月28日発行です。 その他には『画論研究3『画筌』の研究-現代語訳付-(十四)』 寺元 健三 著『高野山奥之院

  • 「史迹と美術」第九四二号に「九州の石塔調査報告13.法華寺観音堂角宝塔残欠」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告13.法華寺観音堂角宝塔残欠』が「史迹と美術」第九四二号に掲載されました。2024年2月28日発行です。その他には『五輪塔雑攷 彩色された五輪塔(下)』 加藤 繁生 著『第一一一三回例会 近江八幡市の長命寺と市内

  • 「史迹と美術」第九四〇号に「九州の石塔調査報告12.法華寺観音堂角宝塔々身」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 12.法華寺観音堂角宝塔々身』が「史迹と美術」第九四〇号に掲載されました。2023年12月28日発行です。その他には『高野山青葉まつり・宗祖降誕会考』 木下 浩良 著『格狭間の起源について』『第一一一〇

  • 渓雲寺梵字「ha(カ)」自然石塔婆 追刻「庚申塔」

    にほんブログ村1392.08.18. 明徳三八月十八日福岡県福津市内殿732 渓雲寺  本堂前に東面して建つ。元は、隣の古賀市筵内の民家で庚申塔として、信仰されていたものを、管理者から渓雲寺に託され、移設されたものである。基部は、土中に直接、

  • 「史迹と美術」第九三八号に「九州の石塔調査報告11.相良寺角宝塔々身(下)」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 11.相良寺角宝塔々身(下)』が「史迹と美術」第九三八号に掲載されました。2023年9月28日発行です。その他には「画論研究3『画筌』の研究―現代語訳付―(十一)」 寺本 健三 著「絵葉書に見る高野山不動堂古写真

  • 「史迹と美術」第九三六号に「九州の石塔調査報告11.相良寺角宝塔々身(上)」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 11.相良寺角宝塔々身(上)』が「史迹と美術」第九三六号に掲載されました。2023年7月28日発行です。その他には「山口県下の注目すべき狛犬二題--瓦造狛犬の古例と西限の笏谷石製狛犬」 山下 立 著『第一一〇五回例会 大

  • 「史迹と美術」第九三四号に「九州の石塔調査報告10.浄水寺跡南无如法妙法蓮華経塔」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 10.浄水寺跡南无如法妙法蓮華経塔』が「史迹と美術」第九三四に掲載されました。2023年5月28日発行です。その他には『五輪塔の起源と卒都婆の変遷について(上)』 木下 浩良 著『画論研究3『画筌の研究-現代語訳付-(十

  • 「史迹と美術」第九三十号に「九州の石塔調査報告9.浄水寺石燈籠」が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 9.浄水寺石燈籠』が「史迹と美術」第九三十号に掲載されました。2022年12月28日発行です。その他には『画論研究3『画筌の研究-現代語訳付-(七)』 寺本 健三 著『赤膚錦恵山銘花器をめぐって(一)』 村上 泰昭 著

  • 迎蓮寺阿弥陀如来立像石仏 建治二年 天理市

    にほんブログ村1276.01.09. 建治二年一月九日奈良県天理市柳本町833 毘沙門堂凝灰岩製石高;112センチ幅;52 厚;24像高;49 JR柳本駅の北東、下長岡公民館に並んだ迎蓮寺(こうれんじ)毘沙門堂脇に小石仏が集められている

  • 知足院五輪塔 奈良市

    にほんブログ村1468.08.23. 応仁二年八月廿三日奈良県奈良市雑司町 東大寺塔頭 知足院花崗岩製塔高;151センチ 塔は、複弁反花座、地輪、水輪、火輪、風・空輪の5石で組む。 複弁反花座を付けるのは、大和地方の地方色である。 地輪は

  • 笠置寺解脱上人五輪塔

    にほんブログ村鎌倉時代前期京都府相楽郡笠置町笠置 笠置寺解脱上人墓地花崗岩製塔高;164センチ 笠置寺境内から山道の参道を通り、1つ谷を隔てた墓地にある。弥勒菩薩大磨崖仏を遠望する谷側に、高さ約40センチの切石で囲んだ八角形の基壇を作り、その中央

  • 定林寺開山無縫塔 文安二年

    にほんブログ村1445.06.07. 干時文安丑二年夏六月初七日化福岡県大牟田市大字今山1878 定林寺歴代墓所安山岩製寺域北側の崖上、丘陵先端に1区画を拓き、歴代墓所が設けられている。本堂に向かい南面して、歴代墓塔が3列に並んでいる。1列目の中央

  • 定林寺無縫塔群 大牟田市

    にほんブログ村1445~1517 文安二年~永正十四年福岡県大牟田市大字今山1878 定林寺歴代墓所安山岩製、(2~6)凝灰岩製 定林寺は、大牟田市の西端、三池山の山麓にある曹洞宗寺院。本堂は、背面山裾の急斜面の花崗岩が重なって露出したのを庭に

  • 「史迹と美術」第九二八号に九州の石塔調査報告8が掲載されました。

    にほんブログ村 『九州の石塔調査報告 8.鎮国寺請雨経曼荼羅石窟仏』が「史迹と美術」第九二八号に掲載されました。2022年9月28日発行です。その他には『画論研究3『画筌の研究-現代語訳付-(五)』 寺本 健三 著『和歌山県かつらぎ町の頬切地蔵について――

  • 稲葉崎五輪塔 姶良市 元弘元年

    にほんブログ村1331.11. 元弘元年十一月鹿児島県姶良市湧水町稲葉崎330-3 稲葉崎石塔群凝灰岩製 塔高;112.0センチ地輪幅;54.0 地輪高;43.0水輪下部径;32.5 水輪最大径;52.0 水輪上部径;35.0水輪

  • 「史迹と美術」第九二六号に九州の石塔調査報告7が掲載されました。

    にほんブログ村 『九州の石塔調査報告 7.熊野神社線刻阿弥陀如来立像自然石塔婆』が「史迹と美術」第九二六号に掲載されました。2022年7月28日発行です。その他には『抜き取られ移動させられた高野山町石卒都婆(下)』『画論研究3『画筌の研究-現代語訳付-(三

  • 長岳寺笠塔婆 天理市

    にほんブログ村1322.04.日 元亨二年卯月日奈良県天理市柳本町上長岡 長岳寺花崗岩製 もと、石段に流用されていたのを、改修工事の時に発見し、今は、その石段の北側に建てられている。石段に転用する際の加工か、正面右側角が削れているが、ほとんど彫刻

  • 下川久保国東型宝塔

    にほんブログ村永和二二年八月 1378.08.大分県速見郡日出町藤原字赤松下川久保公民館安山岩製塔高;201.0センチ2重基壇高;32.0 参考文献;『大分の石造美術』(望月友善著 木耳社 S.50.09.30.)2013.04.08.撮影

  • 稲葉崎馬頭観音石仏

    にほんブログ村1886.10.18. 明治十九年十月十八日鹿児島県姶良市湧町水稲葉崎330-3凝灰岩製 稲葉崎石塔群へ上る途中、文化財説明板の手前、小堂脇にある。 地覆に基礎重ね、その上に、舟形光背型を載せる。下部は1段取る。幅一杯の大きな蓮座

  • 大宮神社猿田彦碑群その5紀年銘順

    にほんブログ村熊本県山鹿市山鹿196猿田彦碑群は、43基が神社本殿の裏手に並んでいる。そのうち、刻字のないものが1基含まれる。近隣に有ったものを、集めたものという。 1733.01.・6,猿田彦大神碑享保十八癸丑天一月吉祥日、1733.01.吉祥日(碑

  • 大宮神社猿田彦碑群その4 31~42 山鹿市

    にほんブログ村山鹿市山鹿196 猿田彦碑群は、43基が神社本殿の裏手に並んでいる。そのうち、刻字のないものが1基含まれる。近隣に有ったものを、集めたものという。31.猿田彦太神碑紀年銘なし。(碑正面)「猿田彦太神」 「柳河ノ乙み」32.

  • 大宮神社猿田彦碑群その3 21~30 山鹿市

    にほんブログ村熊本県山鹿市山鹿196 猿田彦碑群は、43基が神社本殿の裏手に並んでいる。そのうち、刻字のないものが1基含まれる。近隣に有ったものを、集めたものという。21.猿田彦大神碑文政十一□□皇化正月𠮷日、1828.01.𠮷日(碑正面)「文政十

  • 大宮神社猿田彦碑群その2 11~20 山鹿市

    にほんブログ村熊本県山鹿市山鹿196 猿田彦碑群は、43基が神社本殿の裏手に並んでいる。そのうち、刻字のないものが1基含まれる。近隣に有ったものを、集めたものという。11.猿田彦太神碑紀年銘なし。

  • 大宮神社猿田彦碑群その1 1~10 山鹿市

    にほんブログ村熊本県山鹿市山鹿196 大宮神社 猿田彦碑群は、43基が神社本殿の裏手に並んでいる。そのうち、刻字のないものが1基含まれる。近隣に有ったものを、集めたものという。  1, 猿田彦大明神碑紀年銘なし。2, 猿田彦太神碑嘉永七年、18

  • 「史迹と美術」第九二三号に九州の石塔調査報告6が掲載されました

    にほんブログ村 『九州の石塔調査報告 6.筒野南無阿弥陀佛自然石塔婆』が「史迹と美術」第九二三号に掲載されました。2022年3月28日発行です。その他には『画論研究3『画筌の研究-現代語訳付-(一)』 寺本 健三 著『笏谷石製狛犬の名称をめぐって(下)』

  • 「史迹と美術」第九二〇号に九州の石塔調査報告5が掲載されました

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 5.筒野大日真言自然石塔婆二基』が「史迹と美術」第九二〇号に掲載されました。2021年12月28日発行です。  そのほかには、  『日本庭園・石造美術あれこれ(八)セメント芸術への道(上)』 尾崎 博正 著 『狛坂摩崖仏

  • 「史迹と美術」第九一八号に九州の石塔調査報告4が掲載されました

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 4.筒野曼荼羅自然石塔婆』が「史迹と美術」第九一八号に掲載されました。2021年9月28日発行です。  そのほかには、  『日本庭園・石造美術あれこれ(七)福羽逸人と京都の造園界(上)』 尾崎 博正 著 『松花堂昭乗の自作和歌

  • 「史迹と美術」第九一六号に九州の石塔調査報告3が掲載されました

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 3.万才原文字三尊自然石塔婆群』が「史迹と美術」第九一六号に掲載されました。2021年7月28日発行です。  そのほかには、  『宇治興聖寺の庭園空間と管理指図に関する研究(三)---興聖寺作木幷掃除覚帳の分析から---』 尾崎 洋

  • 「史迹と美術」第九一五号に九州の石塔調査報告2が掲載されました

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 2.鎮国寺薄肉彫阿弥陀如来坐像自然石塔婆』が「史迹と美術」第九一五号に掲載されました。2021年6月28日発行です。  そのほかには、  『宇治興聖寺の庭園空間と管理指図に関する研究(二)---興聖寺作木幷掃除覚帳の分析から---』

  • 「史迹と美術」第八八五号に九州の石塔調査報告1が掲載されました。

    にほんブログ村『九州の石塔調査報告 1.植木観音堂梵字阿弥陀三尊自然石塔婆』が「史迹と美術」第九一四号に掲載されました。2021年5月28日発行です。  そのほかには、  『宇治興聖寺の庭園空間と管理指図に関する研究(一)---興聖寺作木幷掃除覚帳の分析か

  • 永明寺陽刻宝塔板碑 国東市

    にほんブログ村室町時代大分県国東市国見町大字上櫛来 永明寺 小串墓地安山岩製塔高;53.5センチ基部幅;19.0 基部厚;18.5 中央部厚;18.0 2条線部厚6.5宝塔高;37.0宝塔1重基壇幅;14.5 宝塔2重基壇幅;12.0 2

  • 石堂宝篋印塔 国東市

    にほんブログ村南北朝後期大分県国東市国見町野田安山岩製1重目基壇高;30.02重目基壇高;23.5塔高;126.0 1重目基壇は、1石。2重目壇は、基礎と1石で作り出す。 基礎は、上3段作り出し、側面は4面共同じく2区に分け、低い蓋つきの椀

  • 稲葉崎梵字「カーン」碑伝型板碑 暦應二年 姶良郡湧水町

    にほんブログ村1339.08.22 暦應二年八月廿二日鹿児島県姶良郡湧水町稲葉崎 オゴンツ石塔群凝灰岩製塔高;113.0下部幅;40.5 身部上部幅;39.0 中央部厚;23.0 額部上部幅;36.5 額部高;18.0  直接土中埋め込み

  • 屋成家墓地宝塔 弘安五年 中津市

    にほんブログ村1282年11月29日 弘安五年十一月廿九日大分県中津市本耶馬渓町大字東屋形字口ノ坪 屋成家墓地凝灰岩製塔高;161.5センチ基礎幅;76.0 基礎最大幅;78.0 基礎側面中央高;30.0 基礎側面端高;蓮台下部径;64.0

  • 糖尿病数値がようやく改善してきました

    にほんブログ村2017年4月7日の健康診断結果。中性脂肪 177血糖 142 ヘモグロビンA1c(NGSP) 8.0血圧 155/872020年10月15日健康診断結果。その後、食事内容を変え、週4

  • 横野梵字「バン」光明真言自然石塔婆 延文四年 上益城郡御船町

    にほんブログ村 1359.10.17 延文二二年十月十七日熊本県下益城郡益城町大字滝尾 横野凝灰岩製 塔高;101.0センチ基部最大幅;50.0 基部最大厚;33.0  上部3分の1位のところで折れているのを、接いで乗せてある。 上部、

  • 雲仙新田峠の紅葉 雲仙市 2020年10月28日

    にほんブログ村 この時期、紅葉しているのは、新田峠より上だけでした。つつじ系の紅葉だけで、もみじはまだまだこれからの状態でした。久しぶりにロープウエイに乗りました。ロープウエイから眺める紅葉は圧巻でした。

  • 白谷宝篋印塔残欠 豊後大野市

    にほんブログ村大分県豊後大野市大白谷字松尾2227 寺屋敷南北朝時代中期後半~南北朝時代後期前半1492.02.吉日 延徳四年二二歳二月吉日凝灰岩製  松尾の集落の外れ、県道688号線を北へ向かう山道の入口左側、丘陵突端の小丘頂上に整地された1

  • 室生寺軍荼利明王磨崖仏 1969年7月28日 奈良県

    にほんブログ村宇陀郡室生村室生 室生寺1727.□.日 享保丁未□月日安山岩製  室生寺の竜穴神社遥拝所脇の大きな岩の正面を加工し、舟形光背型龕を彫り込み、中一杯に半肉彫立像を彫る。両足を開き左足を少し上げて立ち、十本の手を持つ忿怒相の軍荼利明王

  • 熊野神社宝篋印塔残欠 古賀市

    にほんブログ村 南北朝時代福岡県古賀市筵内 熊野神社境内花崗岩製  熊野神社社殿の手前に基礎と笠が重ねて置かれている。 現塔高;59.0センチ基礎幅;36.5 基礎側面高;21.0 基礎上面幅;24.0 基礎高;28.5笠軒幅;36.5

  • 植木観音堂梵字阿弥陀三尊自然石塔婆 延久二年銘 直方市

    にほんブログ村1070.02.17 延久二年二月十七日立之福岡県直方市植木横町 観音堂玄武岩製 塔高;83.5センチ基部幅30.0 正面基部幅;23.5 基部厚;21.5上部幅;31.0 正面上部幅;23.5  不整六角形柱状自然石の表

  • 清瀧寺梵字「バン」「アーク」自然石塔婆 明徳二年 古賀市

    にほんブログ村1391.12.01 明徳二天十二月一日福岡県古賀市古賀市薦野665 清瀧寺大日堂内花崗岩製 塔高;78.0センチ基部幅;52.0 中央部厚;13.0  清瀧寺薬師堂前にある大日堂内に祀られている。塔は、コンクリート床上に

  • 清瀧寺梵字「ウン」自然石塔婆 應永廿五秊 古賀市

    にほんブログ村1418.08.日 應永廿五秊八月日福岡県古賀市薦野665 清瀧寺 薬師堂境内花崗岩製塔高;86.5センチ基部幅;50.0 左側厚(最大);17.0 右側はセメント接着で、測定出来ない。 薬師堂西側の脇に設けられた石碑の基壇の側面

  • 上ノ台梵字「ウーン」碑伝型板碑 元應二年 国東市

    にほんブログ村1320.04.06 元應二年初夏六日大分県国東市国東町大字川原字上ノ台安山岩製  塔高;123.5センチ根部出;4.0身部下部碑面幅;31.5 下部幅;35.5 身部上部碑面幅;32.5 身部上部幅;44.0 身部上部厚;1

  • 上ノ台梵字「マン」碑伝型板碑 文保三年銘 国東市

    にほんブログ村 1319.02.07 文保三年二月廿七日大分県国東市国東町大字川原 上ノ台安山岩製 塔高;182.0センチ碑面基部幅;67.5 基部幅;71.0 身部厚;30.0身部上部碑面幅;64.5 身部上部幅;69.0 身部上部

  • 秀岩寺宝篋印塔天文癸己 武雄市

    にほんブログ村1533.11.26 天文癸己十一月念六日佐賀県武雄市若木町川古5955 秀岩寺境内安山岩製 当初からのものが揃っている完形の塔である。塔高;169.5センチ基礎下部幅;48.5 基礎側面上部幅;47.0 基礎側面高;25.0基

  • 秀岩寺宝篋印塔弘治四白銘 武雄市

    にほんブログ村1558.08.吉日 弘治四白八月吉日佐賀県武雄市若木町川古5955 秀岩寺安山岩製 山門を入って、向かって右側、庭の奥に入っていくと、宝篋印塔、五輪塔、六地蔵塔等が集められて前後2列に並べられている。その前面に並ぶ2基の宝篋印

  • 秀岩寺隅飾付五輪塔5 慶長十二年 武雄市

    にほんブログ村1607.10.16. 慶長十二年十月十六日佐賀県武雄市若木町川古5955 秀岩寺安山岩製 塔高;101.5センチ 地輪は、逆台形で、両端側線の切れ込み角度は4隅とも揃っておらず、少し歪な形になっている。上面は、水輪を乗せる位置ま

  • 高九社神社宝塔残欠 日之影町

    にほんブログ村室町時代前期末~中期初期宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折字平清水 高九社神社凝灰岩製 現高;97.0センチ塔身下部枘径;25.5 塔身下部枘高;2.0塔身軸部下部径;26.0 塔身軸部最大径;31.0塔身軸部上部径;24.5

  • 賀庭寺石塔基礎 元徳四年 荒尾市

     にほんブログ村1332.10.15. 元徳四年十月十五日熊本県荒尾市大字下椛字堂辺田 賀庭寺凝灰岩製 基礎高;13.5側面幅;31.0 側面奥行;30.5 賀庭寺石塔群中、五輪塔として復元されて置かれている。元は、散乱していたのを集積して、

  • 賀庭寺石塔基礎 □仁五年銘 荒尾市

    にほんブログ村1297.05.18 □仁五年丁酉五月十八日熊本県荒尾市下椛字堂辺田(どうべた) 賀庭寺境内凝灰岩製 基礎幅;34.5センチ 基礎高;19.5 上部破損、そのほかにも損傷がある。基礎と他の部品は別物。水輪、火輪、空風輪は

  • 賀庭寺石塔基礎 大永五年 荒尾市

    にほんブログ村 1525.09.10□ □□五年九月十□熊本県荒尾市大字下椛字堂辺田 賀庭寺凝灰岩製  賀庭寺石塔群中、五輪塔として復元されて置かれている。元は、散乱していたのを集積して、その中から、大きさや造立時代が似通っていると思われるも

  • 賀庭寺阿弥陀三尊種子碑伝型 板碑元応二年 荒尾市

    にほんブログ村1320.08.日 元應二年八月 日熊本県荒尾市大字下椛字堂辺田 賀庭寺境内凝灰岩製 塔地上高;78.0センチ脚部下部幅;32.0 脚部上部幅31.5 脚部上部厚;14.5 脚部高;11.5身部下部幅;31.5 身部上部幅;29

  • 裏田宝篋印塔 天文六年 神崎郡吉野ヶ里町

    にほんブログ村1537.02.16. 天文六年二月十六日佐賀県神埼郡吉野ヶ里町石動1013 裏田観音堂安山岩製 裏田観音堂は、上石動天満宮の南側道路を200メートルほど登った道路脇にある。道路と栗林に挟まれた狭い区画に観音小堂、その脇に大型の宝篋印塔1

  • 藤井八幡宮宝塔 弘安六年 山鹿市

    にほんブログ村 1283.09.07 弘安六年九月七日熊本県山鹿市大字藤井 八幡宮境内凝灰岩製塔高;140.0センチ(宝珠部を除く)基礎幅;70.5 基礎側面高;23.0 反花座下部径;58.0 反花座上部径;39.5 反花座高;10.0

  • 雲閑寺五輪塔1 山鹿市

    にほんブログ村鎌倉時代後期熊本県山鹿市中 雲閑寺凝灰岩製  境内の玉垣内に大型の五輪塔が3基並んでいる。その内の左塔である。 塔高;173.5センチ地輪幅;71.0 地輪高;39.5水輪下部径;46.0 水輪最大径;69.0 水輪上部径;

  • 法華寺観音堂角宝塔塔身 建保三年

    にほんブログ村1215.03.□□ 建保三年乙亥三□□□山鹿市大字寺島字法華寺 観音堂境内凝灰岩製高;53.0センチ身部基部幅20.0 身部高;41.0首部下部幅;15.5 首部上部幅;15.0 首部高;6.0 塔身こう;47.0枘下部径

  • 法華寺観音堂 角宝塔塔身無銘1 山鹿市

    にほんブログ村鎌倉時代前期熊本県山鹿市大字寺島字法華寺 観音堂境内凝灰岩製 身部下部側面幅;16.0 身部下部幅;20.0センチ身部高;34.0首部下部側面幅;13.0 首部下部幅;13.0 首部高;3.0塔身高;37.0下部枘上部幅;1

  • 野中田勝福寺型三重塔 球磨郡湯前町

    にほんブログ村鎌倉時代中期熊本県球磨郡湯前町野中田一区776―2 小池氏庭内凝灰岩製  塔は、小池氏宅庭内の南側に置かれている。塔高;189.5センチ第1層軸部幅;55.0第1層軸部高;25.0第1層笠下部幅;55.0 第1層笠上部幅;

  • 法華寺観音堂角宝塔残欠 建保四年 山鹿市

    にほんブログ村1216.07.21 建保四年才次丙子七月廿一日熊本県山鹿市大字寺島字法華寺 観音堂境内凝灰岩製  塔身と相輪が残り、他は欠失する。 塔身高;60.0軸部下部幅;31.0 軸部高;47.0首部下部幅;25.0 首部高;6.0枘下部幅;21

  • 千堂宝篋印塔 嬉野市

    にほんブログ村南北朝時代末期~室町時代前期佐賀県嬉野市塩田町大字五町田千堂安山岩製 塔高;171.0センチ基礎側面幅;48.5 基礎側面高;29.0 基礎上面幅;30.0 基礎高;38.0塔身幅;27.5 塔身高;25.0笠軒幅;48.0

  • 岩宗宝篋印塔天正拾年銘 諫早市

    にほんブログ村 1582.07.日 天正拾壬午七月日長崎県諫早市小長井町大字遠竹字岩宗 石塔群内  有明海に平行して諫早市から佐賀県鹿島市に通じる多良岳レインボー道路沿い、佐賀県との県境にある岩宗集落と水田に挟まれた谷あいを進むと神社の鳥居で

  • 古閑梵字「サ」自然石塔婆 天文十九年銘 熊本市

    にほんブログ村 1550.07.07 天文十九年庚戌七月七日敬白熊本県熊本市富合町古閑 中沢健氏宅墓地内 №1安山岩製 塔高;108.5センチ基部幅;65.5 最大厚;13.0 中央上部、線刻蓮台上、月輪中梵字「サ」。梵字は、浅くV

  • 古閑梵字「キリーク」自然石塔婆 天文廿年銘 熊本市

    にほんブログ村 1551.02.時正日 干時天文廿年辛亥二月時正日敬白熊本県熊本市富合町古閑 中沢健氏墓地内 №2安山岩製 塔高;91.0センチ基部(最大)幅;50.5 基部(最大)厚;24.0 碑面上部、蓮台上、月輪中に梵字「キリ

  • 光明寺梵字「キリーク」自然石塔婆 天文廿三年銘 熊本市南区

    にほんブログ村  1554.08.吉日 天文廿三年南呂吉日 南呂(なんりょ)=八月熊本県熊本市南区志々水 天神名 光明寺墓地安山岩製 塔高;104.5センチ最大幅;60.5 最大厚;9.5 月輪中梵字「キリーク」 「奉逆修善

  • 光明寺梵字「キリーク」自然石塔婆 永禄二年銘 熊本市南区

    にほんブログ村 1559.08.彼岸日 永禄二年八月彼岸日熊本県熊本市南区志々水 天神名 光明寺墓地安山岩 塔高;103.5センチ最大幅;32.0 最大厚;21.0 月輪中、梵字「キリーク」 「𣴎當唯心」

  • 光明寺梵字「カーン」自然石塔婆 永禄五天銘 熊本市

    にほんブログ村  1562.08.07 永禄五天八月七日熊本県熊本市南区富合町志々水295 天神名 光明寺墓地安山岩製 塔高;72.5センチ最大幅;75.0 最大厚;11.0月輪中梵字 「カーン」 「奉起立石塔」

  • 古城 不明石塔残欠 正嘉貮年 宇城市

    にほんブログ村1258.08.□□ 正嘉貮年八月□□熊本県宇城市小川町南部田 古城 塔本氏宅内凝灰岩製 塔高;74.0センチ基礎幅;93.0 基礎高;15.0塔身幅;44.0 塔身厚;18.5 (上部)梵字「アーン」「奉□立」 石

  • 長安寺 五輪塔 正和参年銘 宇城市

    にほんブログ村 1314.07.16 正和参年七月十六熊本県宇城市松橋町大字内田 長安寺凝灰岩製 塔高;181.5センチ地輪幅;60.5 地輪高;54.5水輪径;56.5 水輪高;43.5 水輪下部径;40.5 水輪上部径;35.5

  • 大野薬師堂 梵字「アミダ」 自然石塔婆 正平十九年銘 宇城市

    にほんブログ村  1364.08.20 正平十九年八月廿日熊本県宇城市松橋町大野 薬師堂境内 塔高;115.5センチ基部幅;34.0 基部厚;26.0最大幅;44.0 最大厚;32.5  梵字 「ア」「ミ」「ダ」 「□妙

  • 日平宝篋印塔 天文十六天銘 玉名郡和水町

     にほんブログ村1547.08.16. 天文十六天八月十六日熊本県玉名郡和水町大字日平816 竹下鉄哉氏宅庭土手上凝灰岩製  日平宝篋印塔は、竹下鉄哉氏宅の庭から続く斜面上、狭い平地に所在する。同所には、2基の室町時代後期の在銘石塔が有り、奥に天

  • 岩宗宝篋印塔基礎 永禄十一年 諫早市

    にほんブログ村1568.02.日. 永禄十一年二月日長崎県諫早市小長井町大字遠竹字岩宗 岩宗石塔群安山岩製  岩宗石塔群中にある。銘のある基礎は、塔身から上とは別物の組み合わせと思われる。基礎は、上2段作り出し、下部4隅には脚部を作り、側面とは区

  • 大慈禅寺宝篋印塔 開山塔 熊本市

    にほんブログ村  鎌倉時代後期 熊本県指定文化財熊本県熊本市野田1丁目7-1 大慈禅寺境内 祖廟凝灰岩製  大慈禅寺境内の北東隅に、一段高く築かれた祖廟があり、瑞垣をめぐらした中央に、明治時代に改修された時に造られたと思われる基壇の上に大慈禅寺

  • 水堂宝塔 元應元年 杵島郡白石町

    にほんブログ村1319.□□ 元應元年□□佐賀県杵島郡白石町大字堤3144安福寺奥ノ院水堂安山岩製  安福寺奥の院は、水堂の方が分かりやすい。宝塔は、その水堂境内に不動石仏を祀った滝があり、その右前方に切り石と自然石で組まれた2重基壇上に、滝を背

  • 普光寺宝篋印塔至徳三年、明徳四年 普光寺 大牟田市

    にほんブログ村1386.08.29. 至徳三年八月廿九1393.05.10. 明徳二二年五十福岡県大牟田市大字今山2538 普光寺石塔群凝灰岩製 普光寺石塔群は、三池山頂上の三池宮への登山道付近の斜面に分布していたものを、昭和36年4月に集めて、

  • 古園石塔群宝篋印塔6 南島原市

    にほんブログ村 室町時代初期長崎県南島原市南有馬町古園町巳297-1 石田克己邸裏凝灰岩製 石塔群は、宝篋印塔笠が20基分、相輪23個、五輪塔のものと思われる石塔笠火輪3個、風空輪6個を数える。これらは、昭和45年、ミカン畑開墾中に、現在地の直ぐ下

  • 牧ノ地宝篋印塔基礎 明応三年 佐世保市

    にほんブログ村1494.08.彼岸中 明應三年八月彼岸中長崎県佐世保市牧ノ地町1298グロウ・イーグル敷地内緑泥岩製 敷地内の一画に石塔群がある。 その中に、別塔の部材と組み合わせた石塔基礎がある。基礎は、上2段を作り出しており、元は、宝篋印塔基礎であ

  • 古園石塔群5宝篋印塔相輪 南島原市

    にほんブログ村室町時代前期長崎県南島原市南有馬町古園町巳297-1 石田克己邸裏凝灰岩製  石塔群は、隣接畑地に埋没していたのを掘り出し、整地された1区画に集められている。その奥側に、部材を組み合わせて復元された宝篋印塔群が1列に並べられている。その

  • 石丸国東型宝塔 元徳二年 杵築市

    にほんブログ村1330.10.28. 元徳二年十月廿八日大分県杵築市大田石丸 太田小学校裏手角閃安山岩  太田小学校校庭端に隣接する低い丘陵上、里道に挟まれた区画内に、校庭を背に建っている。 1重基壇幅;136.0センチ 1重基壇土波際高;

  • 下日奈古公民館無縫塔 築上郡築上町

    にほんブログ村南北朝時代中期~末期福岡県築上郡築上町大字日奈古819-3 下日奈古公民館安山岩製  道路脇、下日奈古公民館入口向かって右側、敷地内に石造物が集められ、その中央に建っている。基壇、基礎、竿、中台側面までは平断面8角、中台上面作り出しの反

  • 蓮厳院隅飾五輪塔 天文十一年 鹿島市

    にほんブログ村1542.03.10. 天文十一年三月十日佐賀県鹿島市大字山浦甲1476 蓮厳院墓地旧筒口山下路傍より移転安山岩製塔高;132.0センチ地輪下部幅;52.0 地輪側面上部幅;58.0 地輪側面奥行幅;57.0地輪上面最大幅;59.0

  • 蓮厳院隅飾五輪塔 慶長六年 鹿島市

    にほんブログ村1601.06.30. 慶長六年六月三十日佐賀県鹿島市大字山浦甲1476 蓮厳院墓地安山岩製 蓮厳院と道路を挟んで墓地が有り、近世の石塔が集められた一区画の背面隅に建っている。隅飾五輪塔で、当初からの部材が揃っていると思われるが、火輪隅飾

  • 勝福寺墓地五輪塔1球磨郡あさぎり町

     にほんブログ村鎌倉時代後期初熊本県球磨郡あさぎり町深田東 荒茂 勝福寺墓地凝灰岩製  勝福寺墓地石塔群中、中心になっている層塔残欠群(3基あった鎌倉時代中期の層塔は流失して、基礎と軸部1個だけが残っている。)の近くに位置している。 五輪塔

  • 勝福寺墓地五輪塔弘安四年銘球磨郡あさぎり町

    にほんブログ村 1281.04.29 弘安四年四月廿九日熊本県球磨郡あさぎり町深田東 荒茂 勝福寺墓地凝灰岩製  石塔群の中心部から北側に離れた場所に建っている。 勝福寺墓地石塔群は、鎌倉時代中期の層塔や、鎌倉時代後期以降の五輪塔まで、非

  • 上ノ台 梵字「ウーン」 碑伝型板碑 元應二年銘 国東市

    にほんブログ村1320.04.06 元應二年初夏六日大分県国東市国東町大字川原 上ノ台 №2安山岩製 塔高;123.5センチ根部出;4.0身部下部碑面幅;31.5 下部幅;35.5 身部上部碑面幅;32.5 身部上部幅;44.0 身部上

  • 長村家墓地笠塔婆 南北朝時代後期~室町時代前期 玖珠郡玖珠町

    にほんブログ村 南北朝時代後期~室町時代前期大分県玖珠郡玖珠町大字大隈1218教念寺裏 長村家墓地凝灰岩製 教念寺境内裏に隣接して小さい丘があり、その頂部を平らにして長村家墓地があり、石塔が並んでいる。地面は、セメント舗装され、石塔は全て、そのセメ

  • 長村家墓地梵字キリーク碑伝形板碑 室町時代 玖珠郡玖珠町

    にほんブログ村室町時代大分県玖珠郡玖珠町大字大隈1218教念寺裏 長村家墓地凝灰岩 塔高;73.0センチ身部下部幅;27.5 身部下部側面厚;9.0 身部下部最大厚;11.0身部上部幅;26.0 身部上部側面厚;9.0 身部上部最大厚;10.

  • 山添岩薬師半肉彫日光菩薩立像石仏、月光菩薩立像石仏 室町時代末期 玉名郡南関町

    にほんブログ村 室町時代末期熊本県玉名郡南関町大字細永 山添岩薬師凝灰岩製 道路脇に石垣を積んだ1画があり、石段を登ると、凝灰岩の岩壁にお堂が造りつけられ、その中に磨崖仏と石仏が祀られている。 本尊の薬師如来坐像の両側に、少し小さくした舟形光背型龕

  • 山添岩薬師半肉彫日光、月光菩薩立像石仏 享禄四天銘 玉名郡南関町

     にほんブログ村1531.08.吉日 享禄四天辛卯八月吉日熊本県玉名郡南関町大字細永 山添岩薬師凝灰岩製  道路脇に石垣を積んだ1画があり、石段を登ると、凝灰岩の岩壁にお堂が造りつけられ、その中に磨崖仏と石仏が祀られている。 本尊の薬師如

  • 山添岩薬師半肉彫薬師如来坐像磨崖仏、墨線描不明立像2体残欠 南北朝時代 玉名郡南関町

    にほんブログ村南北朝時代熊本県玉名郡南関町大字細永 山添岩薬師凝灰岩製  道路脇に石垣を積んだ1画があり、石段を登ると、凝灰岩の岩壁にお堂が造りつけられ、その中に磨崖仏と石仏が祀られている。堂内に区切られた凝灰岩壁面中央に舟形光背型龕中、蓮台

  • 山添岩薬師石仏群 南北朝時代、室町時代後期 玉名郡南関町

    にほんブログ村薬師如来坐像磨崖仏 南北朝時代墨書不明立像磨崖仏 南北朝時代?日光菩薩立像石仏、月光菩薩立像石仏 1531.08.吉日 享禄四天辛卯八月吉日十二神将立像石仏 3体×4基 室町時代後期日光菩薩立像石仏、月光菩薩立像石仏 室町時代末期熊本

  • 長村家墓地笠塔婆 南北朝時代後期~室町時代前期 玖珠郡玖珠町

    にほんブログ村南北朝時代後期~室町時代前期大分県玖珠郡玖珠町大字大隈1218教念寺裏 長村家墓地凝灰岩製  教念寺境内裏に隣接して小さい丘があり、その頂部を平らにして長村家墓地があり、石塔が並んでいる。地面は、セメント舗装され、石塔は全て、そのセメン

  • 教念寺宝篋印塔笠 鎌倉時代後期~南北朝時代初期 玖珠郡玖珠町

    にほんブログ村鎌倉時代後期~南北朝時代中期大分県玖珠郡玖珠町大字大隈1218教念寺境内凝灰岩製  境内の本堂前に、置かれている。下の角柱は、別物。笠高;37.5センチ下部幅;44.0 軒幅;61.5 軒厚;10.0 隅飾基部幅;9.75 隅

  • 合瀬宝篋印塔 室町時代 日田市

    にほんブログ村室町時代大分県日田市中津江村大字合瀬4171-1凝灰岩  中津江村合瀬の鯛生金山跡から熊本県山鹿市鹿央町へつながる県道9号線日田バイパスの細道を市ノ瀬公園を目指して2キロ程進み、公園を300メートル過ぎた所で、里道へ左折し、鯛生川に架かる橋を

  • 西有田大師堂石仏龕 近世以降 日田市

    にほんブログ村江戸時代後期以降大分県日田市大字西有田大師堂(不動堂とも)凝灰岩製  元の三宮町集落中にある、村中道路から1段上の独立した凝灰岩層に小堂が建て掛けられている。凝灰岩層を駒形に深く彫り込んだ仏龕が2つ並んでいる。龕には、鑿跡が明瞭に

  • 西有田大師堂宝篋印塔 日田市 文明八年

    にほんブログ村 1476.08.□ 文明八年八月□大分県日田市大字西有田1256-1 大師堂(不動堂とも)凝灰岩製 『大分の石造美術』201Pには「三宮町山下集会所に宝篋印塔がある。」と記載されている。実際には、その山下集会所から更に150メートル程集落に

  • 中山田宝篋印塔 無銘 玖珠郡玖珠町

    にほんブログ村南北朝時代中期末~後期大分県玖珠郡玖珠町大字山田字中山田2666 森宗一邸凝灰岩製 国道から南側に100メートル程入った、森宗一邸の入口、建物の壁際に新しく1段を設け、その上に2基の宝篋印塔残欠が並べられている。元は、道路を挟んだ直ぐ前の畑地のあ

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