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森とまちをつなぐ「半農半X」日記 https://blog.goo.ne.jp/takebei6491

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

武兵衛
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2019/06/10

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  • 奇妙な果実

    2022年から始まったNHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」をなるべく見るようにしている。普段のニュースでは掘り下げられていないような歴史的事象を取り上げている。この番組を見ていると、普段のニュースが当たり障りのない表面的なことにお茶を濁してしまうことが多いのがわかる。先日、1930年から1950年代に活躍したアメリカのジャズとブルースの黒人の歌姫・ビリーホリデイ(1915-1559)を特集していた。彼女の名前は知っていたがどういう人物かはまるで無知だった。そこで、ビリーが体験した人種差別やスラムの貧困・薬物中毒などの苦闘の人生を一部知ることで、とりあえずジョン・チルトン『ビリー・ホリデイ物語』(音楽之友社、1981.4)を読むことにした。大橋巨泉が共著で翻訳したビリーの自伝『奇妙な果実』にも興味があ...奇妙な果実

  • 「蜘蛛の子を散らす」を初めて見る !!

    庭で育てている黄金色の葉の斬新な姿が気に入っている「プリペットレモンライム」(モクセイ科)に、黒っぽい蕾のようなものを発見。よく見ると、わずかに動いているのがわかった。これはアブラムシだろうかと葉っぱごと切り取って、水に浮かべてみた。そして、刺激を与えると四方八方に逃げ出そうとしたのを確認した。しかし、遠くに逃げ出した個体には糸のようなものがあった。糸でお互いをつなぎ合っているらしい。そっとしているともとのように固まっていく。眼の衰えが激しいオラにはよく見えにくいが、これは間違いなく蜘蛛に違いないと見当をつける。パソコンで拡大してみると、確かに蜘蛛の子だった。ただ、どういう種類の蜘蛛かは定かではないが、模様の感じからは「ジョロウグモ」らしい。わが家に居候している「アシダカグモ」は、今年も天井に白い「乱嚢」...「蜘蛛の子を散らす」を初めて見る!!

  • 素晴らしき日曜日の行方

    初期の黒沢明監督のDVD映画「素晴らしき日曜日」を観る。戦後すぐの1957年公開の作品。したがって、焼け跡やドヤ街も背景に出てくる。「国鉄」ができる前の満員電車も出てくる。まばらに開店しているシンプルな商店や動物園・公園も戦後らしい。だから、本作品は往年の黒沢作品の目覚ましいテンポからすれば、きわめて地味である。脚本は植草圭之助。黒澤明とは小学校の同級生だった。音楽は服部正、聴きなれた曲が流れるが曲名がわからない。久しぶりのデートをした二人だが、金がない。貧しくも夢や希望を捨てずに生きていこうとするが現実に直面。挫けそうになるトラブルばっかりが続く。草野球をやっていた少年たちの服装はオラの少年時代にそっくり。また、主人公のアパートは雨漏りするのもわが少年時代と符合する(実は今住んでいる所もそうなんだが)。...素晴らしき日曜日の行方

  • 摸索する天浜線

    4か月ぶりの「天浜線」だった。旧国鉄から第三セクターに経営が変わり、田園風景の中に一両の電車がすすむ姿は絵になる風景だった。波乱万丈の生涯を生きてきた親戚が亡くなり、その告別式に出席するため急遽関東に向かうことになった。車でもいいが、長距離運転はさすが自信がなくなった。時間的には高校生が通学のため乗車していたのが目立った。高齢者としてはやはり鉄道があることは安心につながるが、その駅にたどり着くには車が必要となるので、そこまでは1時間かけてなんとか自家用車を使い、駅横の駐車場に一晩置かせてもらう。車両の外装も内装も斬新なデザインで「ラッピング」されていることに第三セクターの必死の経営努力が感じられる。この列車は、「MTK」がプロデュースする浜松市出身のバーチャルアイドル「音街(オトマチ)ウナ」がデザインされ...摸索する天浜線

  • 花吹雪のこの場所はどこかー !!

    それは団扇仕様の役者絵だった。左のいなせな侍が三代目尾上菊五郎(1784-1849)。市川團十郎(7)・岩井半四郎(5)・松本幸四郎(5)ととも化政時代の江戸歌舞伎の黄金時代を担った千両役者だった。とりわけ、幽霊や妖怪から突然美男美女に早変わりする仕掛けはおおいに観客を喜ばせた。しかしながら、その絶頂期に芝居をやめ餅屋を営業する。同時に植木栽培でも能力を発揮。その後、舞台に復帰するが、掛川で客死し今もその墓がある。右の女形が二代目岩井粂三郎(1799–1836)、のちの六代目岩井半四郎。彼は瀬川菊之丞とともに若手女形の双璧をなした役者。しかし、人気が高揚しているさなか若くして39歳で病没。見にくいが、女形の粂三郎の頭の頭巾には岩井家の家紋の留用具を発見。また、外側の着物の縞模様には、「井〇井」=井輪井、つ...花吹雪のこの場所はどこかー!!

  • 超ミニ地域マガジン発行なる

    10世帯がポツンと暮らすわが限界集落。これといった特徴も観光場所もない。町史を見てもほとんど登場しない。出てくるのは往年の商店街のある地域だけから、写真や文書や人物が掲載されている。したがって、わが地域はかつては林業や茶業で生計を保つだけだった。そんな状態だったから、地元の宝を発掘しようと、たまたま自然散策会のボランティアをやっていたので、地元の植物や昆虫が豊富であるのがわかり記録していた。それをもとに足元の自然を見直す狙いで「ミニ地域マガジン」を手作りで発行した。農閑期に1年につき1回だけの発行を続けて第8号を迎えた。ほとんどがわが畑での昆虫や植物が中心になってしまったが、今回で植物は54種、昆虫を中心とした生き物は81種が記録された。手元にはもっと記録があるので第10号は越えそうだ。ただし、畑がやや拡...超ミニ地域マガジン発行なる

  • 男装の女医、自由民権・反藩閥政府の国士を輩出

    西洋の覇権主義に対抗してアジアと連帯し、藩閥政治に命がけで異論を唱えてきた「玄洋社」をここ数年来注目してきた。メンバーが大隈重信や伊藤博文の暗殺を狙ったこともあり、右翼のレッテルが貼られ、しばらく抹殺されてきたが、やっと見直しの動きが注目されてきた。その一つが、玄洋社の担い手を輩出してきた男装の女医・高場乱(オサム)の存在だ。それは、永畑道子『凛(リン)-近代日本の女魁・高場乱』(藤原書店、1997.3)が上梓したものだった。それをあっという間に読み終える。先進的眼科医でもあった高場乱(1831-1891)は、「自分のやるべきことは次の世代を担う若者たちに道を示すことである」と悟り、漢学を中心に明治6年(1873)に開いたのが「興志塾」(愛称「人参畑塾」)である。塾生には後の「玄洋社」の頭山満や自由民権運...男装の女医、自由民権・反藩閥政府の国士を輩出

  • ついに入れ歯デビューとなった!!

    2月に機能不全だった下の歯数本を抜き、結局下の歯全部がなくなった。しばらく、歯抜けのままおかゆやら介護食やらにお世話になりながら、3月、ついに入れ歯の装着が始まった。しかし、うまくかみ合わせができず難航し、義歯を修正してもらい、少しずつ助走訓練となる。まずは、入れ歯専用の歯磨き剤とブラシ、入れ歯入れ、入れ歯洗浄剤とを確保する。しかし、すぐ義歯が外れるので入れ歯安定剤が必須であることがわかり、あわてて「ポリグリップ」を入手する。しかし、それはゲル状のクリームを義歯につけるが、その量をつけすぎるとヌルヌルして居心地悪く、少ないとすぐ外れてしまい、使用法にはコツがいるのがわかった。したがって、はじめは断片的にクリームを少しずつ置いていくのが失敗しない方法であるということだった。これでだいぶ慣れてはきたが、まだ初...ついに入れ歯デビューとなった!!

  • 黒沢監督との初めての出会いが始まった

    以前、映画「七人の侍」を観てそこに黒沢の哲学を観た。またその映像の手法の見事さ・音楽の効果などすべてにほだされて、黒沢監督の古いDVDを観ることにした。その一つが、1948年公開の「酔いどれ天使」だった。冒頭のシーンは、主人公の医師(志村喬)の診療所前に広がる暗いヘドロ沼から始まる。それは、敗戦の日本の出発点を象徴する怪しさだった。(画像はgooブログwebから)それを肉体化したのが、ヤクザ役の岡田こと三船敏郎だった。そのギラギラした生命力に黒沢は惚れ込んだのだろう。それが黒沢と三船コンビの誕生だった。それに、志村喬も初の主演であるのも、これからの黒沢マジックの出発点に違いない。(画像はナタリーwebから)粗削りな三船の魅力を心もとない予算・資材・スタッフで膨らませていく過程の映画がこの「酔いどれ天使」だ...黒沢監督との初めての出会いが始まった

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