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森とまちをつなぐ「半農半X」日記 https://blog.goo.ne.jp/takebei6491

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

武兵衛
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2019/06/10

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  • 驚嘆の韓国製ジューサー

    ほぼ毎朝のように飲んでいた「野菜ジュース」がそろそろガタがきたので新しく変えることになった。今までのはシャープ製の中古品だったが、今回は韓国製「クビングス(kuvings)」のジューサーにする。従来のジュースづくりは、野菜や果物を小さく切らなければならなかったり、部品の掃除も面倒だったり、忙しい朝としては時間や労力がかかるなどの課題があった。そこで、思い切って価格が3~4倍はしたが強力なジューサーを導入することになった。野菜や果物は大まかに切ればあっという間にジュースになったのにはしばし感嘆するばかり。今まではジューサーが動いている間にいろいろ朝食や洗濯の準備ができていたが、今回はそんな余裕?もなくジュースができてしまう。しかも、後片付けの洗浄に手間がかかる「ストレーナー」の網の部分を掃除する「回転洗浄ブ...驚嘆の韓国製ジューサー

  • 高級緑茶かそれとも…

    ここ数週間、雑草天国のわが土地でやっと道らしきものを開通することができた。雑草に負けて成長できなかった植物も少なくなかった。今年で移住15年になるが、今年ほど雑草が叛乱した年はなかった。とりわけ、コセンダングサの猛威は半端ではなかった。そんな雑草の海で、野生化したハトムギ・エゴマとハブ茶の原料のエビスグサを収穫していく。すると、手袋や服に「ひっつき虫」がついてきた。手袋についたその虫を集めてみると高級な茶葉のようだった。その90%がコセンダングサの実だった。家に戻る前にそれを除去しないと家の中までひっつき虫がついてくる。下着や靴下にも付いてくると作業するにも小さな痛みが気になる。サルのダニ取りではないが、ひっつき虫を除去するのが日課となってしまった。日なたでブツブツいいながらの作業となる。ハトムギの野生化...高級緑茶かそれとも…

  • 「幸福を呼ぶ虫」も越冬態勢へ!

    ポカポカした昼時、お茶の送風機を配備していた電柱のような立木に多数のテントウムシを発見。近づくとあたふたと動き回って立木の裂け目や影を探していた。10匹以上はいたと思う。動き回るのが速くて画像がうまく撮れなかったのが残念。週末の寒冷を予測していたかのようだった。その中に、久しぶりに見る「カメノコテントウ」がいた。同じカメノコテントウでもオレンジの地に黒の模様ではあるが太さが違う。大きさは10mmくらいだが日本産テントウムシの中では最大級だという。よく見るナナホシテントウの二倍くらいはある。クルミやヤナギやドロノキのハムシの幼虫を食べるというが、近くにそういう樹木は少ない。やや離れた所には川があるからその周辺の柳やクルミに棲息しているのかもしれない。越冬場所を求めてそこからやってきたのだろう。確かに、その立...「幸福を呼ぶ虫」も越冬態勢へ!

  • 一気に渋柿の皮を剥いて

    道路側にほっそり伸びた一本の柿の木に「豆柿」が実っていた。横幅の大きさは4~5cmほどだった。むかしは柿渋の原材料に使っていたらしい。とりあえず、枝の一部を切り取って玄関に飾った。干し柿にするより観賞用にぴったりというわけだ。茶室があればいいのだけど。わが家の裏山でも渋柿がなっているが、日陰にあるので色はまだ熟していない。百目柿系の仲間かもしれないが、それより小さめだ。しかも、毎年実が20個もできないのが残念。そのうえ、そこに行くには急斜面のジャングルを切り拓きながら登らなければならない。ノコギリと鎌を持って半分ほどを収穫する。そんなとき、近所から「渋柿を獲ってきたからあげようか」と電話が入り、そそくさともらいに行く。見ると、大きな籠いっぱいに収穫されていた。さらに、吊るせるように小さな枝(撞木というらし...一気に渋柿の皮を剥いて

  • 初めてミニクリーマーを使う

    先日の焚き火研究会にやってきたショウちゃんが干物とともに持ってきてくれたのが「電動ミニクリーマー」だった。同時に、赤と青の夫婦マグカップも添えるという気配りだ。いつもの焚き火ではブラックコーヒーをみんなで飲むのが通例だが、オラたちがカフェオレが好きだったのも覚えていてくれたのだった。説明の「キャッチ」には、カプチーノやダルゴナコーヒーの泡立てにぴったりらしい。「ダルゴナコーヒー」とは、あまり耳慣れなかったが韓国発のツートンカラーの二層コーヒーだ。インスタントコーヒーに多めの砂糖と水を泡立て器で攪拌してコーヒークリームを作り、それをミルクの上に乗せると、白と珈琲色の二層コーヒーができる。「ダルゴナ」とはいわゆるカルメ焼き菓子のような意味らしい。残念ながら飲んだことはない。さっそく、電動ミニクリーマーを使って...初めてミニクリーマーを使う

  • 栽培発展途上のキウイ!!

    わが家の放任農業の優等生であるキウイを収穫する。長い夏だった今年の異常気象はわが農作業にもあちこち影響した。したがって、キウイも短い秋のため収穫例年より10日ほど遅くなった。和宮様のご命令も日々の天候を踏まえての緻密なご託宣だった。今年の収穫量は往時の四分の一ほどしかなかったが、一つひとつの個体は大きい。キウイも老木になって、所々にキノコが生えるようになってしまった。このキノコはおそらくナラタケモドキと思われる。いっぱい群生すればこれも食べられる。根元周辺ではときどきブンタンくらいの大きさの「オニフスベ」も発生したこともある。新しい幹を育てればいいのだがなかなか古い幹を伐採する勇気が出ない。たわわな実もいくつかあったが、実が例年より少なくなったことは事実だ。とはいえ、味の旨さの美味は変わらない。品種はヘイ...栽培発展途上のキウイ!!

  • 最後の不発弾を発掘??

    今週、バタフライガーデンの一画で今季最後と思われる「トウガン」(冬瓜)を収穫。繁みに埋もれていたので、草刈り機で傷つけたであろう箇所が黒ずんでいた。長さは約40cmほどだった。重さからはなんとか食べられそうだ。今年は、この不発弾のような冬瓜にはずいぶんお世話になった。40~60cmはあるずっしりした冬瓜を70~80個近くは収穫したと思う。わが家だけではとても食べきれないので近隣や知り合いにずいぶんお裾分けして食べてもらった。あまりに大きく長いのでスーパーではお目にかかれない。ひと月前、やはり繁みから発掘した冬瓜は10.1kgもあった。きっと、今季最大の長さ・重さだと思われる。これは主に毎朝の野菜ジュースに使われたが、カレーライスや野菜サラダにも活用された。しかも、歯の悪いオラにはぴったりの食感だった。ほか...最後の不発弾を発掘??

  • 朝から夕方まで焚き火三昧

    胸の高さくらいまで積んだ「コセンダングサ」などの雑草を燃やしていく。焚き火をやる日は雨が降った後にやることにしている。もちろん、火事・延焼の防止を配慮しているつもりだ。事前に、抜根した乾いた茶樹を投入したものの雨で濡れた雑草はなかなか燃えてくれない。しかも、途中から雨もしとしとやってくる。やめようかと思っていたが、お昼ごろ青空がちょっぴり見えてきたので決行と決める。急に決めた平日の焚き火だったが、友人二人がやってきてくれた。今回は雑草で草木灰を作ることに忙しくて写真を撮る余裕がなかった。上の画像は約ひと月前の画像だが、ほぼ同じようなやり方で焼き芋と珈琲を用意する。また、友人が持ってきてくれた自然薯汁をいただきながら、干物のホッケを七輪で焼いて遅い昼食とする。そして、ボンジリを七輪で焼いていく。そこへ、和宮...朝から夕方まで焚き火三昧

  • 乱雑な都市の一角の「楽土」は…

    本棚の隅に埋もれていた、野田正彰『庭園との対話』(NHK人間大学、1996.1~3月期)を読む。乱雑な都市の一角の「楽土」は…

  • ジャングルからオアシスへ??

    思うとおりにならない野菜作り。天候やオラの技術の未熟さによっても大きく左右される。例年ほど収穫がうまくいかなかったキュウリの畝の跡に、インゲンの種を9月中旬に蒔く。しかしなかなか芽が出ない。成長しても病気になることが多く、収量は思うほど期待できない過去がある。試しにと、モロッコインゲンの種をあわてて蒔く。しかしそれも、ツルばかりが目立ってジャングル状態と化する。ところどころに実もなるが収量はいま一つ。そこで、混線したツルをのんびりほどき乍ら余分の葉や枝を切っていく。えらく時間がかかるので少しづつ何回もそれを繰り返す。すると、先月下旬から次々と実が取れるようになった。時期的には遅いはずだったが、今までを挽回するかのように多収量となっている。食べきれないので近隣や知り合いにどんどん食べてもらっている。インゲン...ジャングルからオアシスへ??

  • 平和を希求した若槻礼次郎の書

    数か月に一回ほど、大都会を歩くことがある。といっても、ほかに用事があってそのスキマ時間を利用するに過ぎない。そんな中、浜松市の駅近くを歩いてみた。お寺の隣に空き地のような小さな公園(高町公園)があった。そこに二度も総理を経験した若槻礼次郎(1866-1949)にかかわる石碑があった。礼次郎は、足軽出身の家で生まれたが赤貧の暮らしに翻弄されたものの、今の東大法学部に見事合格、首席で卒業する。その後、政党の総裁をやったり、総理を担った。時代は満州事変をはじめ軍部がすべてに跋扈していたため、和平・穏健派の礼次郎は戦争の不拡大方針を堅持できなかった。(画像は松江歴史観webから)続く平和を希求した若槻礼次郎の書

  • 同じ貧しい心の日本人が花束と拍手をおくる !!

    戦後すぐに劇団民芸が創立されその翌年(1951年)に公演されたのが、三好十郎原作の「炎の人、ゴッホ小伝」だった。ゴッホ役は滝沢修、演出も兼ねる。大盛況で51年度芸術祭賞・毎日演劇賞を受ける。いまも、各地で公演されているときもあったようだが、そのときはあまり関心がなかったのが残念。その原作の三好十郎『炎の人・ゴッホ小伝』(河出書房、1951.9)を読む。読んでいくにつれて、表紙も裏表紙も外れてしまった。それもそのはず、70年以上前の紙質が悪い書籍なんだからね。同じ貧しい心の日本人が花束と拍手をおくる!!

  • 食用は日本と朝鮮だけ!!

    草刈りに追われてなかなかゴボウの掘り起こしが後回しにされてきた。秋晴れが続く中やっと着手となった。根が長くならない品種だけど、やはり収穫が遅かった。鶴嘴で根の回りを掘っていくとなんども石に遭遇する。その石もでかくて鉄棒が動員される。掘った石をテコに掘り出すが、石同士が固まっていて鶴嘴だけでは邪魔している石を排除できない。わずかな土を移植ゴテで採りながら進める。石をやっと獲りだしたがもう少しのところで折れてしまった。本体の太さは予想どおり10cmくらいはあった。40cmくらいは掘ったようだ。普通の長いゴボウだと1m以上の長さはある。残りのゴボウを獲るため気を取り直して掘っていく。いずれにしても、ゴボウを育てるには土壌を50m以上は均しておき石を排除しておかなければならない。川だったところが荒れ地になったとこ...食用は日本と朝鮮だけ!!

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