マイナンバーの根腐れシステムを作ったのが富士通だと聞いて、今年一番の大笑いをした。 富士通の印象は最悪だ。なお、富士通の技術力も最低だと思っている。 今からさかのぼること19年。ピチピチの大学3年生だった僕は、富士通が参加する合同就職説明会に足を運んだ。とりあえずIT系のどこか大企業に入れば食いっぱぐれないだろう、くらいの軽い気持ちだった。 昔から学校が肌が合わず、大学の雰囲気も嫌いで、講義にはほとんど出ずにゲーム会社でプログラマーとして朝から晩まで働いていた。だから自分の技術力が社会である程度通用することを認識していたし、まぁつまり企業から招かれざる、扱いにくい学生だったことは間違いない。 僕が就職先に求めていたことは2つ。残業が少ないことと、転勤が一切ないこと。 この条件が日本のIT企業の労働条件と全く合致しないことを知るのは、それから2年経って鬱病と診断されてからである。 まぁそんなわけで、根腐れ日本社会の厳しさをまだ知らなかった僕は、意気揚々と富士通の就職説明会に向かった。 愛車のホンダ ホーネットで。 リクルートスーツで会場が真っ黒に染まる中、僕だけライダージャケットである。言われた通りに平服でお越しいただいたわけだけど、こんなに浮くとはさすがに思わなかった。 でもまぁ当時はまだ自分に空気を読む能力がない事実に気付いていなかったので、説明会が始まると意気揚々と手を挙げて質問した。 1週間のうち何日くらい定時退社できますか(=^・・^=)? 正直、めっちゃ浮いてたと思う。でも返ってきた入社3年目だという男性社員の回答に、僕は愕然とした。 「入る前からそういうことを気にする人は富士通に向いていません」 いや~、本当に愕然としたんだね。そのまま会場を中座したらしく、気付いたら行きつけのラーメン屋にいた。 富士通に向いていなかった僕だけど、その後、日本の東証一部上場企業とシンガポールのNYSE上場企業で合計10年働き、フリーランスとして独立してから4年以上も主にシリコンバレーのテック業界をお客様として生き残っている。 だから、今なら言える。 正しい感覚を持っていたのは僕であり、富士通3年目の彼は根本的に間違っていたのだ。 人間は生物である以上、集中力が持続するのは1日せいぜい5時間くらい。それ以上、高い生産性と作業の正確性を発揮するなら、少なくとも30分くらいは昼寝する必要がある。そんな風に昼寝を駆使しても、限
スマホ全盛期は楽しかった。 次々と新しい機能が追加され、それを活用した新しいサービスが登場した。 たとえばスマホにGPSが搭載されたことで、素人でもタクシー業を営めるようになり、数回のクリックで好きな食べ物を自宅に届けてもらえるようになった。シンガポールの米系企業をクビになったあと、僕と同じように失職した元同僚たちをSNSで追跡したら、数人が配車アプリに登録してタクシー運転手になっていた。 つまり、もはや鬱病に耐えてまで不本意な仕事にしがみつかなくても、さっさと退職して自営業のタクシー運転手になれば問題なく暮らせるようになったのだ。 他にも、1 度目のインド旅行では騙されたりリクシャ運転手と怒鳴りあったりして、もう2度とこんな糞尿帝国に来るもんかと思ったものだけど、2度目のインド訪問ではGoogle地図と配車サービスで、そうしたストレスの9割が解消していた。(相変わらず劣悪な衛生管理には閉口するが) 自動運転、ドローン、仮想通貨、VR。 この勢いでテクノロジが進化したら、10年後には、まさにドラえもんとかハイペリオンで描かれた未来が到来するのではないか。スマホ全盛期には、新しいガジェットを手に入れて最新のアプリをインストールする度に、そんな期待感に胸を躍らせたものだ。 ところが、そうしたサービスは労働条件を悪化させ、働く人の尊厳を棄損した。最新テクノロジは、いわば人材市場の焼畑農業だったのだ。外国人と見るや5倍の運賃を吹っかけてくるインドのリクシャ ワーラーも、この巨大な情報空間に手足を縛られた歯車のひとつにおちぶれた。 別にインドのリクシャ ワーラーなど煮ようが焼こうがどうでもいいのだけど、問題はそれだけじゃない。 今や全員のポケットにカメラが準備され、その場の雰囲気で気軽に発した一言がソーシャルメディアで拡散される。そんな新しい日常は、人と人との関係性を危険なリスクに貶めた。 インターネットは真偽にかかわらず、声の大きな意見を増幅する。 誰でも言いたいことを言える場所が用意されたことで、逆に誰も言いたいことを言えない社会が出来上がった。もちろん今でも発言することは可能だけど、炎上の報いを受ける過程がここまでマザマザと可視化されてしまうと、知性を備えた多くの人は口をつぐむ方が得策だと判断するだろう。 なんとも皮肉な話だ。 僕は5年前にTwitterアカウントを削除したけど、2023年にイーロンマスクがTwitt
ミニマリストを標榜している。 思えば11年前に日本でサラリーマンしてた時は常にモノが多かった。そこから一念発起してミニマリストを目指したわけではなく、家を引き払って世界を放浪するうちに、自然と持ち物が減っていった感じ。 最初は実家に家財道具などを置かせてもらってたんだけど、何しろバックパック1つで何か月も暮らしてから、たまに帰国して僕の日常をかつて彩っていたモノたちを眺めても、「もう使うことはないな」という感情しか沸いてこなくなった。 だから、いわゆる「断捨離」に苦労したことはない。思い出の品を写真に残すこともなく、実にサッパリと手放すことができた。 いつまでも実家に迷惑かけるのも気が引けるしね。 ただ、3畳の激狭シェアハウスで借りぐらししていたシンガポール時代ならいざ知らず、今住んでいるオランダの賃貸は築120年のオンボロながらリビング20畳、寝室6畳はある。 つまりオランダに定住した今でもミニマリストを続ける理由はない。コロナからの気付きにより、もう放浪生活に戻るつもりはないので、家財道具を増やして便利で快適な暮らしに戻ってもいい頃合いだ。 そんな折、ジムで一緒に筋トレしているイスラム ゴリラたちとIKEAに行く機会があった。 ゴリラAの車で行ったんだけど、全員ガチムチ兄貴なので車内が狭いったらありゃしない。それに加えて僕以外が全員腋臭。 そんな、IKEAに向かうなんとも過酷な道中では、正直、ソファーくらい買ってもいいかなと考えていた。 たまに家に遊びに来るゴリラBからも「お前んちは座る場所すらない」と散々苦言を頂戴していたし、僕自身も何もない部屋に不便を感じつつあった。 でもIKEAに到着して、迷路みたいな通路を右往左往し、ソファーのセクションに足を踏み入れた途端、フラッシュバックに襲われた。 フラッシュバックとは、今の現実と何の関係もない昔の記憶が、前触れもなく突然頭を支配してしまう症状だ。僕の場合は当時のカラー映像が視界をジャックして、場合によって音や声も聞こえる。 うっ…。 「お前またチック症かよ~」 ゴリラAがからかってくる。腋臭のくせに余計なお世話だ! しかもチック症とフラッシュバックは違う。僕は両方とも症状を抱えているから違いがよくわかる。 脳のこめかみの辺りに異物を詰められたような不快感があって、首を縦に振る振動で異物を取り除こうとする行為。これが僕のチック症。異物の不快感を我慢するのは、床屋
周りのみんなが難なく普通にやっているように、僕は他人を愛することができない。 まぁ誰かを愛せなくても別に大きく困っていないのだけど、鬱病と不眠症を(マリファナで)克服した今、次に取り組むべきは愛着アプローチだろうと。 それで愛情ホルモン「オキシトシン」で駆動する脳の神経回路について調べていたら、面白い文献にたどり着いた。 なんでもヒトの幹細胞を培養して人工脳「脳オルガノイド」を作成したら、人間と同じような脳波を検出した。そして不完全ながら意識が芽生えている可能性があるので、倫理的な観点からその実験は中止されたという。 実験室で新たなヒトの意識を発生させるのは倫理的に問題がある。しかし、ヒトの子宮で新たなヒトの意識を発生させるのは、むしろ国家によって奨励されている。 謎だ。 でも我ながら、なにが謎なんだ。モヤモヤする…。 と、さらにネットを彷徨っていたら、反出生主義という考え方にたどり着いた。 普通の倫理観では、幸福を最大化するのを良しとする。たとえ苦労や苦痛がともなっても、それを乗り越えて大きな幸福を手に入れるのが良い人生であると。 ところが反出生主義では、苦労や苦痛を最小化することを良しとする。すると、そもそも産まれてこなければ苦痛を感じようがないのだから、最初からこの世に存在しないことが最良の状態ということになる。 トンデモ理論に聞こえるけど、ショーペンハウアーとか名の知れた哲学者も主張する考え方であるため、論理基盤が強固で簡単には論破できないらしい。 科学者が勝手に意識を発生させる脳オルガノイドに倫理的問題があるなら、苦労や苦痛を味わうことを前提に親が勝手に意識を発生させる子作りにも倫理的問題があるんじゃないか。 なんだか、めっちゃ腹落ちした。 僕はぜんぜん子供が欲しくない。 11年前は鬱病アル中無職だった僕も、今や30代日本人男性の平均年収を軽く超えている。だからオランダで1人くらいなら子供を持てる経済力はあるのだけど、そうする理由がまったく見つからないばかりか、子供を持たない理由ならいくらでも出てくる。 その1つが「子供が哀れ」というものだ。 事実はどうあれ、僕はかなり苦労して今まで生き延びてきたと自認している。改善しようと努力を続けているけど、この苦労は今後も死ぬまで続くだろう。ただ、自殺するのは人生に耐えるより苦痛だし、周りの人たちにも迷惑をかける。 でも今この瞬間に最初から存在しなかったことにでき
オランダで合法であるマリファナを、もう10年練習している瞑想に取り入れたことで、アクセスできる記憶の範囲が劇的に広がった。単純にマリファナで酔っぱらった状態で瞑想を試みるだけなんだけど、そりゃもう「こんな記憶が残ってたのか!」とびっくりするほど古い情景がポコポコと浮かんでくる。 場合によるけど、音声付きのカラー映像で過去の体験を呼び出せることもある。まぁ内容の信憑性は乏しいのだけど、これを超越瞑想と呼ぶらしい。 祖母が認知症になったとき、記憶は脳ミソに残っているけど、そこに至る神経回路が切れて記憶を呼び出せなくなってるという話を聞いた。ドングリの隠し場所を忘れてしまう冬眠前のリスのように、程度の差はあれど我々も忘れられた記憶を脳に溜め込みながら日々を生きているのだ。 人間の人格は遺伝子由来の素地の上に、過去の体験が積み重なって形成されている。 たとえば「セロトニン運搬遺伝子」の型によって「仕事は大雑把だけど鬱病になりにくい」とか「厳密な仕事に向いているけど鬱病になりやすい」とか、生まれながらの人格が決定される。前者の遺伝子型はたとえばラテン系民族に多く、後者の遺伝子型は日本人などアジア系に広く分布しているらしい。 こうした人格を引っさげて様々な体験を重ねるうち、「収入は低いけど明るく楽しい人生」とか「抗うつ薬を飲みながら年収1000万円稼ぐ人生」が徐々に形成されていく。 そんなわけで寝る前に大麻キャンディーを食べて、夜な夜な古い記憶を掘り返しては自分の人格がどんな体験で形成されてきたのかを研究している。そしてあわよくば、不都合な記憶に対処することで、考え方や性格を思い通りにデザインできたらいいな。
そうか、僕は「みんな」が嫌いなんだ。 35歳でシンガポールの正社員をクビを言い渡されたとき、不安になるどころか解放感がドドッとやってきた。無職は恥だが、癖になる解放感をともなう。だから将来を悲観するよりも、刹那的な自由にさっそく意識が向いている。 こんな風に自己分析して苦笑した。 それならば。人生の自由度を高める方向で、とことん頑張ってみよう。 仕事面では会社に所属しないフリーランスを目指し、私生活では気の合う極少数を残してほとんどの人達との関係をすっぱり切った。頻繫に連絡する人は世界中に5人もいれば充分である。 生活に必要な人間関係を最小化することが、僕にとっての幸福度を高めると考えたのだ。 『嫌われる勇気』『幸福になる勇気』のシリーズは「すべての悩みは人間関係の悩みである」というのを前提に論が進んでいくのだけど、その中で「もし宇宙空間をただ独り漂っている人がいたら、その人には悩みが生じない」という下りがあった。 孤独の悩みや劣等感でさえ、地球で暮らす無数の人間の存在を知っているから発生する。この宇宙にもし最初から自分しか存在せず、もし自分と他人を比較するという概念さえなければ、孤独という感情すら生まれないし、どんな悩みも成立しないというのだ。 ちょっと詭弁っぽいけど、これを読んだとき「宇宙空間を独り漂って地球人を空から観察している自分」を想像してワクワクした。 ん、なんでそんな状態にワクワクするんだろう。 そうか、僕は「みんな」が嫌いなんだ。 日本でもシンガポールでも、客観的に考えて良い人に巡り会えた。いつも程よい距離感で接してくれる同僚、何かと声をかけてくれるご近所さんたち、いつもビールを買う行きつけの酒屋のおっちゃん。みんな善良な市民であり、僕に対しても好意的に接してくれていた。 それなのに、僕は彼らに対する警戒心を最後まで解かず、さらに日本やシンガポールから離れるタイミングで完全に関係を断ってしまった。 僕は潜在的に「みんな」のことが嫌いで、いなくなっても構わない、むしろいない方がいいと感じていたのだ。 これで良いはずがない。僕だって「みんな」を敵ではなく味方だと感じたい。仲間で構成された社会の一員として、仲間に貢献しながら愉快に暮らしたい。 「みんな」のことが嫌いだという気付きから、僕は愛着の再形成に取り組むことにした。
これまで書いてきた570記事をすべて削除しました。昔からの読者さんは驚いたかもしれませんね。 当然、理由があります。 まずキッカケとして、サーバーのメンテナンスに失敗してサイトを破壊しちゃったんだよね。もちろんバックアップは取っているんだけど「あ!ヤバい!」と思った直後、404エラーを表示した自分のブログを眺めていたら、なにやら肩の荷が降りたような安心感が押し寄せてきた。 思えば、フリーランスの翻訳者としてオランダでの生活を安定化させてから、これまで書いてきた内容にずっと猛烈な違和感を覚えてきた。 今の自分と、過去の自分が連続していないような感覚。誰か他の人が自分の名前で記事を書いているような気持ち悪さ。 この違和感の原因を考えたところ、次の3つに思い至った。 だから、もし僕のブログを読んで海外移住や海外ノマドを目指しても、多くの場合、上手くいかないだろうと判断し、過去記事をすべて削除しました。 ありがたいことに何度も読み返してくださっている方もいらっしゃるのですが、その内容が時代に即していないのであれば本末転倒。むしろフェイクニュースとして害悪。 そういう僕を支えてくださる方々に報いるためにも、心機一転、新しい方法でコロナ後の世界を発信していきます。どうぞ今後ともよろしくお付き合いください(=^・・^=)♬
親や学校に破壊された自己肯定感をマジックマッシュルームで修復する
僕は映画が嫌いだ。 でも何でだろう。 文体は優れているけど小説はイマイチでエッセイがクソ面白い小説家村上春樹氏や、通り魔に全身切り刻まれても飄々としている社会学者宮台真司教授。彼らの若い頃の話を読むにつけ、映画作品によって人格を形成してきたという。 20年前、大学生だった頃の僕は人生のロールモデルを求めていた。 周りの同級生と価値観が合わず、かと言って人生に確固たる指針を持っているわけでもなく、20歳前後の僕はこの先どう生きればいいのか切実に悩んでいた。青春ってヤツなのかもしれないけど、なんていうか、何でこの先も不本意に生きていかねばならないんだろう、みたいな悲壮感があった。 まぁ当然、そんな難問には答えを出せず、朝から酒に溺れて講義をサボり、現実逃避していただけなのだけど。 それでも当時は、多くのアウトロー系知識人が若い頃に傾倒していたという「映画」というものに、少なからぬ希望を見出していた。 ところが見てみると、これが全然面白くない。 最初のうちは「それっぽい」鄙びた映画館に足を運んでいた。だけど、そもそも2時間以上もじっと座っていられない。通路側の席を確保してトイレに立ちつつエンドロールまで頑張っても、家に帰れば内容は頭からすっかり抜け落ちて、残っているのは「頑張って最後まで見られたぜ…」という徒労感だけ。 それで話題作をレンタルビデオ店で借り、10分ずつ休憩を挟んで家で映画を見るようになったものの、いつの間にか酔いつぶれて内容は全然頭に残らない。 何でだろう(=^・・^;=) じっと座って物事に集中できないADHDという個性があるのだと知るのは、それから5年経ち、新卒社会人として打ちのめされ、鬱病を患ってからである。 とはいえ僕が映画を楽しめない理由は、集中力に劣ったADHDの他にもあるっぽい。登場人物の言動を理解して、心の動きに共感するチカラが弱いのだ。 もちろん作品による。 特に主人公が合理的な正解を認識しているのに、愛だ、恋だ、友情だ、正義だのを優先して破滅的な選択に走るストーリーは最悪。こういう映画を見ると、「そうする意味は?」「こうすれば素直に丸く収まるのでは…」などと考えはじめ、気づくと終端まで行ったビデオテープが自動で巻き戻される音で目覚める。 途中で酔いつぶれていたのだ。 一方で読書は、ジャンルや言語を問わず、かなり好きな方だと自認している。それでも時に、小説にもからっきし共感できず途中で
※この記事には日本人の大麻の使用や日本のマリファナ解禁を促す意図はありません 普段からボンヤリとダルく、疲れが完全に取れない日常を過ごしている僕にも、「なんだか今日は絶好調だな!」と感じる朝もある。 朝起きてトイレを済ませ、窓からいつもの景色を眺めているうちに、眠気がスカーッと晴れて「今日こそは有意義に過ごさないと損だ!」などと訳もなくウキウキしてくる。なんというか、ゆで卵の薄皮を上手に剥がせたときのように、脳を覆っていた半透明でベタベタした膜がペロンと剥ける感覚。 そういう吉日は、深く連続して眠れた朝に訪れる。 この快眠効果は1日中持続して、電車に乗ったり大勢と話したり、普段ならぐったり疲れるような状況もメンタルエネルギーをあまり消費せずに乗り切れる。 よく眠れた日は発達障害的な困りごとが明らかに軽減するのだ。 日本の会社員時代にうつ病になってからというもの、僕は10年以上も睡眠の質を上げようと努力してきた。 とはいえ最初の3年くらいは、フルニトラゼパムという強力な睡眠薬とか、デパスという依存性の強い精神安定剤から脱却することに費やされた。言わば薬に依存したマイナスの睡眠を、不満足でも薬なしで寝られるゼロの状態に戻すのに、3年もかかったことになる。 別に薬に頼っても快眠できるなら良いじゃないかと思うかもしれない。ところが寝る前に摂取した睡眠薬は翌日も血液中にかなり残るので、なにやらボンヤリとダルく、疲れが取れてないような毎日になってしまうのだ。 さらに睡眠薬に身体が慣れてくるため、摂取量は年々増えていく。すると翌朝の血中濃度も比例して高くなり、日中のボンヤリ感は悪化するばかり。こんな風に薬に頼った睡眠は、どこかで必ず破綻する悪循環を引き起こすのだ。 その後、シンガポールで米系企業のサラリーマンをクビになり、ITノマドとして独立に成功した。自分の上司は自分なので、好きな時間に起きられる。必要があれば布団で本格的に昼寝もできる。 これにより目覚まし時計を捨てられたことで、僕の睡眠はかなり改善した。ようは決まった時間に起きないと社会的に制裁を喰らう不安感が、僕の睡眠の質を著しく下げていたらしい。 でも…。僕は欲深い人間である。好きな時間に好きなだけ、薬に頼らずに寝られる状況になっても、睡眠の質に満足できなかった。 うつ病だった頃の最悪な状況と比べれば圧倒的に改善できたとはいえ、薄ボンヤリとダルく疲れが取れてない日が1
オランダから撤退するIT系フリーランスすみやさんのインタビュー
4年前、シンガポールに住んでいた時は、僕が把握している東南アジアや海外就職の知識を前提に、現地で暮らす日本人にインタビューして、これから海外路線の人生を同じように目指す後輩に少しでも道を示したいと行動していた。 ところがコロナ以降、海外就職や海外移住のハードルが格段に上がってしまった。もはや日本で行き詰ったら海外を目指せば良いぜなんて、気安く言えない状況にまでなったと思う。 ただ僕自身は、なんとかかんとか異国の地オランダで、脱サラ フリーランスとしてコロナ渦をサバイバルできた。めっちゃ大変だったけど、少なくとも日本で自殺願望を抱いたほどの苦しさではなかった。 所詮は難易度の高いクソゲーといったところだ。 でも漫然と3年も住んだにもかかわらず、コロナのせいで、オランダの人達や社会について何もわかっていない状態になってしまった。オランダ社会や現地の労働環境について肌で感じるチャンスを、度重なるロックダウンで奪われてしまったのだ。 中国と武漢には是非ともぺんぺん草も生えないレベルに衰退していただきたい(=^・・^#=) これまでもオランダに在住したり、オランダから撤退する日本人達にインタビューするチャンスはあったんだけど、いかんせん僕自身がオランダのことを何も分かっていなかった。 オランダ語も皆目わからなかったし。 国土が小さく、なんだかんだ華僑の価値観が主体であるシンガポールと比べると、オランダ社会は地域ごとに、人種、主教、歴史が重層的に入り組み、時に隣国を交えてそれらが激しく対立し、オランダ社会の複雑さは圧倒的なのである。 そんな自分のオランダに対する考えが固まっていない状態で「オランダどうですか?」なんて質問できないし、こうして記事にまとめることもできない。 だからコロナの諸規制が完全に撤廃された2022年は、僕にとって2年遅れでやってきたスタートダッシュの年だった。 年収は半減してしまったけど、仕事に費やす時間を犠牲にしてでも地元の人たち、特に僕と同じような移民1世2世に的を絞って行動を共にし、突貫工事ながらオランダで暮らす(自分に近い)先輩移民が抱く「オランダ感」をおぼろげに掴むことに成功した。 オランダ語も、なんとなくだけど、簡単な内容なら理解できるまでになった。 そんな折、オランダ移住インタビューの第一号として今回登場していただく、すみやさんが移住してきた。彼はUIデザインやブロックチェーン技術を専門にし
学校で問題を起こす発達障害な困りごとが38歳になっても全然解決してなかった
夏は北欧、冬は地中海沿岸。オランダ移住を目指してフリーランス修行をしていた時の目標を完全に達成している。 今年の夏はシンガポール女子諸氏とデンマークを旅行して、クリスマス休暇はシンガポール男子氏とイタリアとギリシャを巡った。クリスマス休暇といっても、イブから新年までのゲロ混雑期はフリーランスの自由を生かして避けたけど。 なんだか上手くいきすぎではないか。 そう、人生はそんなに甘くない。オランダに移住して手に入れた人生の安定期は、苦手な能力を一切求められず、得意な能力だけで勝負できる、とても恵まれた状況を土台としている。 この土台はとても脆い。 ちょっと油断して判断をミスったり、調子に乗って好奇心に抗えなかったりして、うっかり苦手ゾーンに足を踏み入れてしまうと、その土台がガラガラと崩れて、これまでの人生を灰色にしてきた困りごとが一気に噴出してくる。 今回のクリスマス休暇では、イタリア南部、ポンペイの古代遺跡を訪れた時に、現地ガイドを付けたのがすべての間違いだった。 イタリアの古代遺跡にてやらかす いや、学校で問題ばかり起こしていた自分の性質に、ガイドツアーが合わないことは認識していた。でもシンガポール男子氏が調べたところ、ポンペイは案内板なども乏しいだだっ広い遺跡群で、ガイドがいなければ何が何やら理解できないことが判明し、それならば仕方ないとガイドに申し込んだのである。 遺跡群の入口付近でガイド氏と待ち合わせた瞬間から「こりゃマズいな」と思った。 ガイド氏は陽気な南イタリアのおっちゃんである。50代半ばといった感じ。考古学者を名乗り、たまに発掘調査にも参加するらしいけど、おそらく大学や研究機関には所属していない在野の歴史家であろう。 ところが不運なことに、彼の声量、波長(声の高さ)、そして演説調の喋り方。この人の声のすべてが、僕を疲弊させる苦手ゾーンに入っていた。決して悪い人ではないし、バリトン歌手として活躍しそうな、多くの人とっては心地良いであろう声の持ち主である。申し込みサイトのレビューが良いのにも納得だ。 問題は完全に僕の側にある。 最初の30分ほどは「せっかく頼んだのだから」と頑張って彼の解説に耳を傾け、突発的に飛んでくるクイズにも積極的に応答していた。ところが1時間も経たないうちに僕の対人関係エネルギーが枯渇してしまった。 相手の言っていることが脳からこぼれ落ちていく。 彼の英語は聞き取れるし、言葉として
3年前の今頃、フリーランスとして欧州の物価に耐えられるだろうという手応えを得て、オランダ移住計画を実行に移した。 オランダに移住する手順で、一番最初の関門が家探しである。 まだ居住するビザがないのはもちろん、物理的に日本にいるにもかかわらず、インターネット越しにオランダの家を借りる手続きに入るのだ。マジで大丈夫なんだろうか。さすがに不安だったのをよく覚えている(=^・・^;=) それで予算は少しオーバーしたものの「運河沿い」という希望に合った物件が見つかったので、今住んでいる家に決めた。実は運河ではなく、ゴミが浮きまくりのドブ池の一部であることが、移住してからガッツリ判明するんだが…。 まぁ何にしても、学生時代にバックパッカーとしてゲルマン言語圏をウロウロしていたため、ロッテルダム駅前が中華街であることは覚えていた。きっと中華系オランダ人が固まって住んでいるに違いない。 ならばシンガポールで培った対人関係のノウハウが役立つだろう。完全に孤立することはないだろう。 そんなアヤフヤな期待で不安を吹き飛ばし、何だかんだ今でも住んでるこの街とご縁ができたのだった。 まさかのイスラム ところがどっこい実際に住んでみたら、日常的に遊ぶ友達はイスラム教徒の移民ばかり。 決して中華系オランダ人が付き合い難いとかじゃなく、イスラム圏である主にモロッコ系とトルコ系の移民および末裔たちの包容力が半端ないのだ。 「ニーハオ!え、日本人なの?まじか。偶然じゃん、俺っちトヨタ車乗ってんの。暇?今から一緒に筋トレするぞ!」 彼らの人間どおしの距離感はデフォでこんなノリで、まぁ何も考えず、とりあえず異物を取り込んでみたいっぽい。「レアポケモンが来たぞ」という噂が広がり、実際に黄色いライオンは希少種であることも相まって、意味わからんくらいいろんな人からお誘いを受けた。 もちろん、そのほとんどが顔を見たら挨拶する程度の「知り合い」に落ち着いていくのだけど、中には本当に僕のことを気に入ってくれて、毎週一緒に筋トレしたり、週末に大人の社会科見学に出かけるような「友達」が数人残ってくれた。 こういうと、日本人的には時節柄、それって宗教の勧誘なんじゃないの?と思うかもしれない。実際に少し仲良くなると、イスラム教徒の定番である「神様を信じているか」的な質問は必ず飛んでくるし、イスラムの壺はまだ登場してないけど、僕自身、宗教勧誘が目的の半分くらいなんだろうなと
うつ病になって自分が発達障害だと気付いてから、脳のザワザワを静めようと努力してきた。脳のザワザワっていうのは、たとえば目を閉じて何も考えないようにしても、湧き上がってくる考えや記憶の断片である。 「腹減ってきたな。コンビニ行こうか」 「そういえば新作のプリンが美味いと同僚が言ってたっけ」 「まてまて今朝ちゃんと家の鍵を閉めたっけか?」 みたいな感じで、頭の中を空っぽにするって意外と難しいというか、ほとんど不可能に近い。しかもこの無駄な脳の働きは、無視できないレベルで脳のエネルギーを消費している。だからザワザワが酷い日は、本当にやるべき仕事や勉強に身が入らず、何もしていないのに疲労し、帰宅して寝ることだけを楽しみに雑に過ごすことになる。 脳のエネルギーを雑念に奪われて、日常をしっかり生きるのに必要な集中力や思考力が沸いてこないのだ。 ザワザワとした雑念の強さ(酷さ)は、前日にとった睡眠の質に強く影響される。だから根本的に症状を改善するなら発達障害的な睡眠障害に取り組むことになるのだけど、これには時間がかかる。 一方、もっと短期的な効果を見込める対策として、瞑想やマインドフルネスがある。この瞬間の身体の感覚(呼吸で出入りする空気の流れなど)に意識を集中することで、雑念を振り払おうというわけだ。 ところが、これが難しい。 僕はうつ病で精神科に通院していた時に「認知行動療法」というを紹介され、それ以来10年以上、瞑想の練習を日課にしている。我ながら、なかなか真面目なもんだ。 それでまぁ10年もやれば、さすがにある程度「あ、この状態が瞑想なんだろうな」という感覚を得られるまでにはなったけど、いまだに発展途上であることは間違い。 よく言われる人生観が変わったとか、多幸感に包まれるとか、そういう劇的な効果がほとんどないばかりか、かなり頑張って瞑想状態を維持しない限り、脳のザワザワだって依然そのまま僕の脳内に巣食っている。もし上手に瞑想に入れた場合には、頭の雑念を排除して静寂を楽しむことができる。でも少しでも集中が途切れると、たちまち雑念の洪水に飲み込まれてしまうのだ。 脳のザワザワに振り回されず、考えるべきことに集中力と思考力を注ぎ込むには、どうすればいいのだろう。 身体の自動操縦モード 目を閉じると雑念が押し寄せてくるというのは、瞑想指南本を読めば必ず書いてある現象であるため、きっと人類普遍の困りごとなのだろう。 ところが発
今月のハイライトと言えば、デンマークのミシュラン2つ星レストランで豪華なランチを頂いたことだ。オランダで独立するまでは最底辺サラリーマンとして辛酸を舐めてきた僕も、いつの間にかエラくなったもんである(=^・・^=)♬ もちろん僕一人なら、海外旅行に行っても普通のスーパーでお惣菜などパック詰めし、地ビールと一緒にそこら辺の公園でピクニックと洒落込むのだが。 今回はシンガポールから石油女王御一行様の来客があったので、彼女らの趣味に付き合ったのである。 彼女らこそ、この10年ですごく出世した。僕がシンガポールのホステルで時給400円のアルバイトをしていた時の仲間であり、当時はポリテク(日本の高専に相当?)を卒業したての新米社会人ってなイメージだったのだが、今では世界中に名の知れた国際企業でチームを率い、ビジネスクラスで世界を飛び回っているらしい。 それでデンマーク出張に合わせて休暇を取り、「近所」オランダに住む僕を召喚したわけである。 本当に美味しい食べ物 僕の基準で本当に美味しい食べ物とは、もし国家権力によって禁止されても、闇○○とか偽○○みたいなのが自然発生的に発明される料理だ。 なにしろ本当にとてつもなく美味しいのだから、生き甲斐というレベルで依存している人が大勢いて、それが食べられないと彼らは生きる意味を失ってしまう。だから国家権力によって禁止されると、あの手この手でホンモノの味を再現したり、あるいは店側が監視の目をかいくぐって裏で営業を継続する。金に糸目を付けぬ愛好者が大勢いるのだから、提供すれば吹っ掛けても客が入り、法を犯すリスク以上に儲けられるのだ。 荒唐無稽な戯言と思うなかれ。 20年前の狂牛病騒動で登場した豚丼を思い出してほしい。あれは「偽牛丼」である。今でこそ豚丼それ自体の美味しさが牛丼とは切り離して評価されているとは言え、当時は完全な代用品に過ぎなかった。さらに、輸入禁止前に入ってきた安い牛スジ肉をなんとか手に入れて、自宅で贔屓の牛丼チェーンの味を再現する「闇牛丼」の制作も某掲示板などで散見された。 僕の基準に照らせば、牛丼こそ本当に美味しい食べ物に該当する。 他にもイスラム圏でのラーメンが良い例だ。 イスラム教徒にとって豚肉の禁忌は絶対である。食べ物の禁忌は宗教に馴染みのない日本人にはピンと来ないのだけど、ムスリムにとって豚肉を食べるのはウンコを食べるくらいおぞましい行為であり、豚肉を食べている
Apple信者だったが棄教してiPhoneどころかスマホ自体を使わなくなった理由
「昨日の夜、何度も電話したのに、お前なんで繋がらないんだよ」 今から5年以上前、シンガポールで会社員をしていた時に受けた、先輩からの苦言である。 何しろプリペイドのSimカードに2か月課金してないからね。それでも着信電話は受けられるはずだけど、機内モードの上、必要ないときはWifiも無効化している。僕にとってスマホとは電子書籍が読める音楽プレイヤーでしかない。だから新しいコンテンツをダウンロードする時以外はインターネットなど不要なのだ。 「仕事で連絡する必要があるから、今後は電話には出るように」 はい、アウト!ここはアメリカ企業なので雇用契約書に業務内容が明確に列挙されている。そこに勤務時間外の対応は含まれていない。しかも個人所有のスマートフォンで仕事の内容をやり取りするのは、コンプライアンス違反でもある。社用電話を支給されていない以上、僕は勤務時間外も対応を求められる人員ではないのである。 「言いたいことはわかったが、連絡がつかずに問題が起きたら、この会社では一発でクビだぞ」 ぜんぜん問題ないっす(=^・・^=)♬ 無職が癖になってるんで、先輩もコンプラ違反で切られたら僕に相談するといいですよ。 「…不便じゃないのか?」 東京でも、シンガポールでも、オランダでも、僕の生活圏なんて、せいぜい渋谷と新宿を合わせたくらいの広さだ。地下鉄とバスの路線図はもちろん頭に入っているし、家のパソコンで住所を調べておけば、地図がなくても迷わず目的地に着ける。返信が遅くて(無くて)文句言う人は僕の友達ではない。Uberタクシーは座席にじっと座ってるのがストレスで、しかも素人運ちゃんとのトークがウザいから乗らない。 電子書籍と音楽とノイキャンイヤホンがあれば、僕の日常生活は問題ないのである。 どうして僕はこんなひねくれ者になってしまったのか。今日はその話をしよう。 スマホとの主従関係が逆転 僕が最初のiPhoneを買ったのは今から10年前、2012年のフィリピンだった。 鬱病になって人生初の本格的な無職になり、Skype英会話の先生を訪ねて灼熱ワンダーランド、セブ島に片道チケットでやってきた。自己都合なので退職金もなく、カネの切れ目が旅の終わりという状況だったにもかかわらず、買ってしまった。 人生初のスマホ、iPhone 4Sである。 独断と偏見であるが、発達障害的な人はミニマリズムにハマりやすく、同時に言動が発達障害っぽいスティー
大麻マリファナは発達障害的な不眠症や衝動性に効果があるか2年間人体験した
※この記事には日本人の大麻の使用や日本のマリファナ解禁を促す意図はありません ドイツやタイなど世界では大麻(マリファナ)の解禁が進められているのに、日本では逆に大麻使用罪の制定が検討されていて、世界各国の動きに逆行している感がある。 まぁ、昔の僕であればこの状況から「日本はダメ」論に持っていくのだろうけど、酒やタバコのレベルで大麻が日常的なオランダで暮らして3年目になる今となって、ようやく僕ももう少し深く考えられるようになった。 要するに、酒とタバコだけで既に問題が起きまくってるのに、効精神作用がある嗜好品の3つ目としてわざわざ解禁するほどに、大麻には有益な効果があるか、ということだ。ここを吟味せずに安易に大麻解禁すると、酒とタバコがもたらす健康上、社会上の問題を、さらに大きくするだけではないか。 しかも、そうした健康上、社会上の効果や問題だって、多岐にわたる。僕の素人知識を前提に、そのすべてを考慮した意見を述べることは不可能だし、書いたところで説得力を持たない。 ただそれでも。 日本とシンガポールの合計10年間のサラリーマン生活で発達障害的な不眠と衝動に散々困った僕が、必要に応じて大麻を定期的に2年以上接種した結果、既存の困りごとが具体的にどのように変化したか。それによる有益な効果は、健康上、社会上の弊害を上回っているのか。こうした一次情報であれば、日本語でネットに撒いておく価値がある程度あると思う。 発達障害と大麻というクソニッチな情報だけど、あくまで僕個人の体験記として参考にしていただければ幸いです(=^・・^=)♬ オランダの大麻事情 大麻解禁の話題で頻繁に引用されるオランダなのだけど、実はオランダでも大麻は違法だ(!)。EUの薬物排除に対する取り組みとオランダ国内の実情を両立させるための大人の事情感が強いのだけど、要するに「処罰しないけど悪いことだってのは忘れないでね」といった感じ。 実際は、病院に行けば必要に応じて医療用大麻を処方してもらえるのはもちろん、嗜好品としての大麻も民間療法的なノリで人々の普通の暮らしに溶け込んでいる。女性が生理痛を軽減させるために大麻を喫煙したり、ストレスで眠れない夜に大麻入りキャンディーを食べて寝る人も普通にたくさんいる。 化学薬品であるピルや、大麻より毒性が強い(とされている)アルコールに寝酒として頼るよりも、自然の植物そのまんまである大麻の方が健康上の負担が少ないに違
考えること、信じること、幸福になること オランダは日本と同じ北半球に位置するので、冬になると夜空にオリオン座がはっきり見える。たぶん数ある星座の中で一番見つけやすいんじゃないか。 オリオン座を構成する明るい星、リゲル、ペテルギウス。その左側にはひと際明るいシリウスと、冬の大三角形。 日本の義務教育ってのはなかなか侮れない。今でも三ツ星が視界に入ると、反射的にこれらの知識がフラッシュバックしてくる。そして何かがフラッシュバックしてくると、僕は所かまわずボソボソと独り言が出る。 「なんだそれ?」 サウナ仲間のアブに独り言を聞かれてしまった。 100℃近い部屋にヒーヒー言いながら耐えるなんて。アンチからすると理解できないだろうけど、冷水浴からの外気浴こそが、サウナの醍醐味なのだ。 ここはスポーツジムに併設された、いわばオマケ的なサウナにもかかわらず、そこら辺の「ととのい」事情を施設管理者がよくわかってくれていて、ジムのテラスにはリクライニングベンチがずらっと並べられている。 だから雲のない夜にサウナで蒸されてからこのベンチに寝そべると、それはそれは贅沢な星空を楽しめるのだ。 ああ、独り言だよ。あそこに見えるオリオン座の星の名前さ(=^・・^=)♬ 「星座?君は星が好きなのか?」 まぁ、好きだね。もう知識がだいぶ抜けてしまったけど。 「あれらは…ずっとあの位置にあるのか?」 はっ?えっ?星はずっと動かないのかって意味(=^・・^;=)? 「うん、星っていつも同じじゃん」 いやいやマジかよ、基本的に今見えるすべての星はこっち(東)からこっち(西)に意外と速く動いてる。地球が自転してるからね。さらに太陽の周りを公転してるから、オリオン座は来月には地平線に沈んで見えなくなる。でもあの月と、あの星(金星)は例外。東から西への動きだけじゃなくて、公転の動きも微妙に混ざるから月と金星は複雑なんだ。 「そうなん?でも、もし星が動いたら星座が崩れるだろう?」 アッチョンブリケ(=^・・^;=)!!!! その後、月と金星を除く、今見えているすべての星は太陽の兄弟みたいなもんで、核融合して自分で光ってる。月と金星みたいに光を反射するだけの星も視界にたくさん存在するハズだけど、あまりにも遠すぎて自分で核融合してない星は見えない。そういう見えない星には地球みたいなのがあって、宇宙人がワチャワチャ住んでるかもね。どうせならモフモフアニマルだったら
移民の街ロッテルダムのサウナ論争でオランダ社会の公私分離を見た
生粋のオランダ系オランダ人ってどこにいるのだろう…。 透き通った白い肌に真っ青な瞳。世界一の長身を誇るオランダ系オランダ人であるが、オランダに2年住んでも彼らと友達になれずにいる。 ロッテルダム市の人口統計を参照すると46%がオランダ系住民らしい。だからもちろん、自転車道をローラーブレードで爆走していると背の高い白人たちと大勢すれ違う。 でも、どうにもこうにも日常的な関わり合いにまで至るのは、移民とその末裔ばかりなのだ。その中には何人か白人もいるけど、ポーランド人、ルーマニア人、イタリア人という感じ。 オランダ系オランダ人 is どこ? 僕が住んでいるのはスキーダムという地方都市で、オランダ第二の人口を誇るロッテルダムの西側に位置する。この街には半ば偶然住むことになったのだけど、半端なく住み心地が良い。 もちろん当初期待した以上だ。 日本でも在日朝鮮人や中国系移民は大阪近郊に多く住んでいる。古今東西、外国人にとって住みやすいのは、その国の第二の都市と相場が決まっているんだろう。 ロッテルダムとそのベッドタウンであるスキーダムにも、御多分に漏れず僕のような移民一世やその子孫が多く、自分もマイノリティであるという意識のためか、新参移民に寛容で包容力を備えている。 たとえば、イスラム教移民からは「これ食え」とか、キリスト教移民からは「ビール飲んでけ」とか、みんな何だかんだ気にかけてくれる。 大晦日のカウントダウンなど、「独りで年越しすんの?ふざけんな、ウチに来い」、「気立ての良い猫が2匹いるわよ」などと、数回あいさつしただけのご近所さんにお呼ばれして、お陰様で楽しく過ごすことができた。 そんなオランダの移民たちが良く言うジョークとして、こんなのがある。 「オランダで知り合いの家に遊びに行くだろ。そのうち日が暮れて晩飯を料理する匂いが漂ってくる。そして言われるのさ『そろそろ晩御飯だから、帰ってくれ』と!」 「でも俺たちモロッコ人は違う。友達を食事に招くことを喜びにしているのさ」 とまぁ、結局はお国自慢が始まるのだけど、実際に家に遊びに行くとあれやこれやと食べ物や飲み物をふるまってくれるのは事実で、そんな彼らのおかげで「ああ俺もこの街の一員になれたんだな」と幸福な気分を味わうことができた。 多民族国家でも形成される暗黙のルール そんなモロッコ移民たちと仲良くなったのは、もちろんサウナである。 前回の投稿で、オランダでサウナ
オランダでサウナ完備のスポーツジムに入会したら友達がたくさんできた
読者の皆様、明けましておめでとうございます笑 あまりにも長く発信してないため生存確認のご連絡をいただいてしまい、とにかく何か書こうと思い立ちました。徒然なるままにいきます。 まず、なんでブログもYouTubeも更新しなくなったのか。 それはリアルが充実してしまったからです(大爆発) いや、彼女ができたとか結婚したとか、そういう桃色ピンクな話は一切無いんだけど、劇的にオランダで友達が増えて、毎日なんだかんだと忙しくするようになったのです。その結果、メンタルエネルギーを対人関係に費やしてしまい、なかなか頭を抱えて文章を書く気にならなかったと、そういうことです。 残念なことに、その新しい友達の中にも桃色ピンク要素は一切なく、見事に全員理系男子!それもアラブや南アジア出身のイスラム教徒ばかり。 ワキガが臭いったらありゃしない。 まぁオランダでは男性同士でも結婚できてしまうから、桃色ピンク要素が絶対ないとは言えないのかもしれないけど、ヒゲもじゃで腋臭なガチムチ兄貴たちは、やっぱどう考えてもピンクじゃない…。 茶色である(=^・・^;=) どうしてこうなったのか。話は去年の秋まで6か月さかのぼる。 サウナ戦線異常あり 僕はサウナが大好きだ。 日本時代はもっぱら古びた銭湯のサウナに通っていた。シンガポールに移住してからも、正社員に復帰して自由になるお金が増えたのを見計らったように、都合よく湯の森という日系スーパー銭湯が進出してきた。1回行くと3500円である。 そんなシンガポールをクビになって東南アジアでフリーランスの修行をしていた時も、Airbnbでマレーシアやベトナムのサウナ付きコンドミニアムに泊まったり、シンガポール同様に湯の森が進出しているタイのバンコク、そしてサウナ文化が薄っすら存在する台湾なんかで沈没していた。 世界のどこにいても僕のサウナー人生に狂いは生じないのである。 ところが新天地オランダでは、それが通用しなかった。 引っ越して間もなく、土地勘もなくオランダ語も読めないけど、とにかく必死にGoogle地図を駆使して近所のサウナを探した。「あるじゃん(=^・・^=)♬」と思ったのもつかの間、Google翻訳に入れると「全裸混浴水着禁止」の文字が…。 というわけで、オランダ生活で唯一の不満は、安くて気軽に行けるサウナが近所にないこと、になった。 いや当然、僕は猛々しい雄ライオンなので、雌の裸は大好きだ。でも全裸の
コロナが絶賛大流行しているヨーロッパなのだけど、各地で暴動が起きて外出禁止令みたいな強硬策を打てずにいる。特に武闘派のオランダにあっては、パトカーをひっくり返して燃やすのが国技であり、反ワクチン勢力が非常に強い。 だからワクチンをきちんと接種してパトカーに火を付けないだけで、簡単に「おりこうさん」の部類に入れる。そして新たな規制が設けられても、「おりこうさん」は行動制限の対象にあまりならない。 たとえば、僕が毎日通っているサウナ付きのスポーツクラブでは、まず最初にワクチン未接種者の利用が停止され、二週間後の政府による対策強化で今度は営業時間の短縮が義務付けられた。それでも、ワクチンをきちんと接種してパトカーに火を付けない「おりこうさん」の僕は、相変わらずマスクなしでサウナもトレーニング機器も使い放題である。 この状況がコロナ対策として良いとは思わないけど、新参移民の僕からしたら、目立った行動を謹んでトラブルを避けることが一番大切。 この目立った行動を慎むというのは、政府の規制を完全に守ることと必ずしも一致しない。 たとえば日本では、法的強制が適用されない場所でも、事実上マスクをしないと白い目で見られるんじゃないか(知らんけど)。逆に、通勤を控えて在宅で仕事しろと推奨されても、勤務先がリモートワークに対応していなければ満員電車も「しょうがない」ことになる。 つまり政府が定めた規制をもとに市民が勝手に作り出した「常識」。これこそが新参移民が従うべき穏便に暮らすためのルールなのである。 空気を読むには前提知識が必要だ そんなわけでワクチンを接種してパトカーに火を付けない僕は、おりこうさん証明書であるワクチンパスポートを早々に手に入れた。これさえあればEU圏内を自由に移動して、不要不急じゃない旅行も許可される。 向かうはサウナの聖地、フィンランド(=^・・^=)♬ まぁ、フリーランス稼業も3年目ということで、日本人の平均以上には稼げるようになった。だから久しぶりの海外旅行、ちょっと良いホテルにでも泊まろうか、とも思った。だけど本能的に Hostelworld.com を開いてしまい、結局サウナ完備のユースホステルを予約した。 だって寂しいじゃないか笑 シンガポール時代に高級ホテルを利用する機会が何度かあった。そりゃ部屋も設備も良いし(サウナもあるし)、ラウンジに行けば美味しい食べ物や酒もある。 でも、宿泊客同士の交流だけ
インドに行くと人生観が変わると言われる。 日本とは全く違う価値観で廻っているインド社会に足を踏み入れると、それまで自分をがんじがらめにしてきた常識とか、正しい生き方みたいなのが、局所的に信仰されている新興宗教の1つに過ぎないと気づく、というわけだ。 その他にもインドを訪れた多くのバックパッカーが口にする感想に、貧しくても明るく暮らしているインドの子供たちから勇気をもらった、というのがある。これはどうにも上から目線であり、高慢な視点と言わざるを得ないけど、正直僕もインドでこのような印象を受けたことがある。 ガンジス川の沐浴で有名なバラナシでの出来事。 ヒンドゥー教の聖地バラナシでガンジス川といえば、マニカルニカーガートであろう。ガートとは河岸の土手のことで、コンクリートの段々がガンジス川の茶色い水面に向かってなだらかに下っていく。ヒンドゥー教の聖地であるバラナシのガンジス川西岸は、無数のガートで埋め尽くされており、その1つがマニカルニカーガートなのである。 ガートは基本的には沐浴する場所なんだけど、洗濯している人が多いガートとか、子供たちの遊び場になっているガートとか、それほど厳密ではないけどそれぞれに「機能」を持っている。 そしてマニカルニカーガートの機能は、火葬場なのだ。 多くのガートがコンクリートで固めた段々なのに対して、マニカルニカーガートではむき出しの赤土がガンジス川の水面までなだらかに続いている。ここにはインドの国中から亡くなったばかりの遺体が次々と運び込まれ、赤土の上に山と積んだ薪の上で流れ作業的に荼毘に付される。 そして焼きあがった骨は、薪の灰もろとも無造作にガンジス川に掃き出され、そのままゆっくりと流されて自然に帰っていく。 ヒンドゥー教では、こうすることで輪廻転生から脱し、生きる苦しみから解放されると信じられている。生きること自体が苦しみであるという概念が多くの国民に共有されているとは、やはやインドはなんとも哲学的な国だ。 抗うつ薬と精神安定剤を服用しながら世界を旅していた当時の僕は、他人事ではない現生の苦しみから一足先に解放されていく遺体と、それを見守る親族たちの様子を、それこそ朝から晩まで見守っていた。 客観的に不幸な、世界一幸福な少年 そんなマニカルニカーガートで、僕は世界でもっとも幸福な少年を見た。 その朝、僕がガンジス川に続く迷路みたいな町の入り口に来ると、純白の棺桶をルーフに括り付け
3年ぶりに休暇を取ってフィンランドとエストニアに遊びに行くよ
フリーランスが長期休みを取る場合、最も重要なのがタイミングである。 一般的なサラリーマンだって、やっぱり上司が機嫌が良い時に休暇申請をした方がスムーズになるだろう。それなのに、何の後ろ盾もないフリーランス稼業ともなれば、結局お客さんの都合を暗黙に考えた上で、自分が休むタイミングを提案しないと身が危うくなる。 なにしろ僕のフリーランスとしての滑り出しはまったくのゼロからだったので、最初の1年、修行時代は休暇なと言っていられなかった。とりあえず、その日1日の仕事をもらえただけで、ありがたい。そんな状況では、仕事の依頼を断ってまで休みたいなどと言い出せる身分ではないのである。 でも、そんな張り詰めたテンションで1年間も頑張れば、さすがに徐々に食えるようになってくる。 ところが、ある程度休める状況を勝ち取った僕がやったのは、休むことではなく、オランダへの再移住だった。とりあえず食えるようになったのだから、休んで立ち止まるより、そのままもっと前進したいじゃないか。 そういう道を選んでしまった。 別に後悔はしていないけど、実際にオランダに移住したら、2週間目からロックダウンが始まった。休んでも家から出られないなら、結局やることといえば仕事になる。それで結局、週末も満足に取れないまま1年半が過ぎた。 シンガポールでダラリーマンをしていた時には、僕がこんな勤勉な人間になろうとは想像すらできなかった。 環境を変えれば、具体的には人間関係みたいな苦手要素を取り除き、文章を書くような、真剣に取り組める得意分野に集中すれば、人間というものは根本から変化するのである。 そんなわけで。 2021年の6月ごろから晴れてオランダにワクチンが行き渡り始め、僕のような外国人にも摂取するチャンスが訪れた。 オランダがさすがの先進国だと思うのは、ワクチンの広まりに合わせてワクチンパスポートも並行して整備されていた点だ。周辺のEU諸国とも協調し、ワクチンを2回摂取すれば、オランダの滞在許可証と紐付けられたワクチンパスポートがスマホアプリとして発行される。 このアプリはワクチン接種状況をQRコードで表示する。国内用と外国用の2種類のQRコードがあるのだけど、それぞれ必要な情報を含んでいるらしい。 とりあえずEU加盟国内であれば、このQRコードを空港などで提示することで、2週間の自己隔離とかPCR検査とかを免除され、フリーパスで入国し、観光できるという仕組み
僕の人生は相当にヘンテコなものになってしまったけど、変人の周りにはさらなる変人が集まってくるものだ。 このブログに何度も登場している中国人のシンが、その代表格。 自己肯定感に悩むとある中国人留学生がシンガポールを去るまでの出来事 シンはエキセントリックな天才である。 彼と出会ったのは10年近く前、うつ病で日本から蹴り出された僕が、シンガポールのユースホステルで時給400円のアルバイトをしていた時。 その時シンは世界大学ランキングのアジア1位であるシンガポール国立大学の留学生で、京都の某国立大学で交換留学を終え、シンガポールに戻ってきたばかりだった。中国からシンガポールに国費留学して、そこからさらにシンガポール国立大学の交換留学枠を勝ち取っての日本行きである。 専攻は建築デザイン。工学部建築学科のバリバリ理系にもかかわらず、京都では講義と試験を日本語で突破している。 なんで日本語に達者なの(=^・・^=)? 「留学するために一般教養の日本語講座を2単位取ったからね」 ししもんも一般教養のドイツ語を2単位とったけど、アイン・ツバイの先はもう忘れたね(=^・・^;=) 「大学の講義を理解できるレベルなのは中英日だけだけど、今住んでいる家の大家さんがインド人だからヒンディー語もできるようになった」 インド系シンガポール人の多くはタミル語を話すインド南方民族の末裔である。だけど故郷インドのコンテンツはヒンディー語で発信されることが多い。だから、この大家さんは「外国語として」ヒンディー語をずっと勉強していて、シンも参加することにしたのだとか。 ところが数か月でシンのヒンディー語力が、コツコツ勉強してきた大家さんを凌駕してしまい、嫉妬を買って最終的に引っ越している。インド人は嫉妬深いのである。 そんな天才エピソードには事欠かない彼なのだけど、大学を卒業してからの人生はパッとしない。というか、どん底という表現が適当かもしれない。 おそらくは協調性の低さから才能を仕事で活かせず、エキセントリックな部分が悪目立ちしてサラリーマン生活に支障をきたすようになってしまった。神童から会社のお荷物への急転直下。 そんな彼が心の拠り所にしたのが、セクシュアルマイノリティとしてのアイデンティティだった。 まぁ、どこまで本当なのか僕はあまり信じていないけど、幼少期から自分が男だという認識が薄かったという。そして大人になってじっくり考えた結果、女とし
2020年の2月にオランダに移住してきて以来、国境を一度も越えていない。 移住当初は地元の情報をどうやって取ればいいのかわからないこともあり、逆に危機感がなかった。まぁ、会社勤めじゃないし、自分には関係なかろうと。知らぬが仏である。 それで状況を知らないのをいいことに、ロックダウンになった当日にアムステルダムまで小旅行に出かけてしまった。 当時はオランダの人たちもあんま頓着していないというか、ロックダウン反対派とまでは行かなくとも「懐疑派」が多く、その当日もアムステルダムの街には結構な人出があった。環境客ではなく、明らかに地元の人たちの人出である。 でも店は軒並み閉まっているし、なんか雰囲気がおかしい。 この頃は中国が武漢ウィルスをばら撒いたと今よりも激しく糾弾する声が強く、見た目モロにアジア人である僕がルールを守らず暮らしていては、遠からず反感を買ってトラブルに巻き込まれるだろう。 この日から僕はちゃんと毎日オランダのニュースと政府発表を確認して、ルールに従うようになった。 予定が狂うと全部嫌になる 僕はこんないい加減な性格にもかかわらず、予定が狂うことを極端に嫌う。 たとえば旅行に出かけて、飛行機が大幅に遅延したり、目的のサービスを手違いで受けられなかったりすると、なんかもうすべて投げ出して家に帰りたくなる。 この、いい加減さと想定外の事態を嫌う性格を両立させる方法は、最初から予定を立てないことだ。「まぁ適当でいいよね」と思っておけば、何が起きてもちゃぶ台をひっくり返したくなる衝動が起きない。 その一方、「まぁ適当でいいよね」と思っているので、目的を効率的にこなしていくような、いわゆる「観光客」にはなれない。行き当たりばったりで時間に縛られないバックパッカーとしてしか、僕は旅に出られないのだ。 ところがコロナでバックパッカーが不可能になってしまった。 コロナ渦でも、オランダ在住日本人の結構多くは日本に一時帰国しているし、オランダ人もこそっとEU圏内を旅行しているっぽい。オランダ国王陛下も自家用ジェットでギリシャに遊びに出かけて怒られているし。ロックダウンでも人の流れは完全に止められておらず、隔離や移動制限など定められたルールを守れば「合法的に」海外旅行できるのだ。 でもそのルールっていうのは流動的。徹底的に調べてから行動しても、移動先でルールが突然変更され、新たな手続きのために手戻りや更なる遅延を余儀なくされ
2020年の2月にオランダに移住してきて以来、国境を一度も越えていない。 移住当初は地元の情報をどうやって取ればいいのかわからないこともあり、逆に危機感がなかった。まぁ、会社勤めじゃないし、自分には関係なかろうと。知らぬが仏である。 それで状況を知らないのをいいことに、ロックダウンになった当日にアムステルダムまで小旅行に出かけてしまった。 当時はオランダの人たちもあんま頓着していないというか、ロックダウン反対派とまでは行かなくとも「懐疑派」が多く、その当日もアムステルダムの街には結構な人出があった。環境客ではなく、明らかに地元の人たちの人出である。 でも店は軒並み閉まっているし、なんか雰囲気がおかしい。 この頃は中国が武漢ウィルスをばら撒いたと今よりも激しく糾弾する声が強く、見た目モロにアジア人である僕がルールを守らず暮らしていては、遠からず反感を買ってトラブルに巻き込まれるだろう。 この日から僕はちゃんと毎日オランダのニュースと政府発表を確認して、ルールに従うようになった。 予定が狂うと全部嫌になる 僕はこんないい加減な性格にもかかわらず、予定が狂うことを極端に嫌う。 たとえば旅行に出かけて、飛行機が大幅に遅延したり、目的のサービスを手違いで受けられなかったりすると、なんかもうすべて投げ出して家に帰りたくなる。 この、いい加減さと想定外の事態を嫌う性格を両立させる方法は、最初から予定を立てないことだ。「まぁ適当でいいよね」と思っておけば、何が起きてもちゃぶ台をひっくり返したくなる衝動が起きない。 その一方、「まぁ適当でいいよね」と思っているので、目的を効率的にこなしていくような、いわゆる「観光客」にはなれない。行き当たりばったりで時間に縛られないバックパッカーとしてしか、僕は旅に出られないのだ。 ところがコロナでバックパッカーが不可能になってしまった。 コロナ渦でも、オランダ在住日本人の結構多くは日本に一時帰国しているし、オランダ人もこそっとEU圏内を旅行しているっぽい。オランダ国王陛下も自家用ジェットでギリシャに遊びに出かけて怒られているし。ロックダウンでも人の流れは完全に止められておらず、隔離や移動制限など定められたルールを守れば「合法的に」海外旅行できるのだ。 でもそのルールっていうのは流動的。徹底的に調べてから行動しても、移動先でルールが突然変更され、新たな手続きのために手戻りや更なる遅延を余儀なくされ
「なんど教えりゃできるんだ!」 ランチタイムの秋葉原に怒声が響く。何の気なしに入った某B級グルメの店で、日本人店長が調理担当のバングラデシュ人3人をどやしつけている。 帰国する度に外国人に接客される機会が増えているけど、こうした職場のトラブルも同時に悪化していると感じる。 小麦色の肌にクリクリした大きな目。南アジア系の風貌だけど、インド人ではない。シンハラ系のスリランカ人っぽくもあるけど、おそらく東南アジアっぽい目鼻立ちからバングラデシュだろう。シンガポールなら建設業に従事していそうな、20代前半の若者である。 一方、怒鳴っている日本人店長も20代半ばというところ。高校中退後、居酒屋なんかで叩き上げられ、B級グルメチェーンの新事業を展開するにあたり、人手不足も相まって店長に大抜擢されました、みたいな雰囲気を纏っている。 他人を大声で怒鳴るのは、ひとつのスキルだ。いきなり怒鳴れと言われても、人は声を張れないのである。 この日本人店長は、親に怒鳴られ、教師に怒鳴られ、ガテン系飲食店で怒鳴られ、今までの人生で怒鳴る以外の教育方法を身につける機会に恵まれてこなかったんじゃなかろうか。 あぁ…。 こうしたトラブルを目にしたとき、普通の日本人はどう感じるのだろう。人手不足で勝手がわかる日本人を雇えない店長に同情するのだろうか。それとも外国人労働者の劣悪な扱いに憤りを覚えるのだろうか。 僕自身がシンガポールで外国人労働者をやっていた関係で、現地人vs外国人の軋轢から、構造的な問題が見えてしまう。 外国人労働者でチームを作るなら、各民族のリーダーを育成できるかが成功のカギである。外国人労働者たちの頂点に日本人が君臨するのではなく、外国人の中から1人リーダーを立てて中間管理職を任せる。そして現場への指示や教育は、このリーダーを介して行う。 こういうノウハウは海外進出して成功した日本食ブランドに蓄積しているハズなんだけど、イマイチ外食産業全体で水平展開されている感じがしない。 日本の外食業界って、もしかすると経営に関わる上層部でさえも、データを読めない気合と根性の叩き上げなんじゃなかろうか…。 21世紀はレストランがインスタ映えで成功する時代。外食の売り物は、ネットで自慢できる体験だ。だから当然、この怒声が多い料理店は前回の帰国時に跡形もなく消えていた。 機械以下の仕事 高校時代、アルバイトといえばコンビニで売ってる菓子パンの工場だ
オランダに入国したのが去年の2月。そこからアレよアレよとコロナが猛威を振るい、結局1年4ヶ月もオランダから一歩も外に出ていない。 1つの国にこんな長く滞在したのは、ここ10年で初めてのことだ。 それで思うのだけど、オランダって娯楽が少ない(=^・・^;=) というか、逆にアジアの大都市に娯楽が多すぎる。 具体的にはお金を払って所定の「楽しさを買う」ような、ディズニーランド的サービスが街に溢れている。カラオケ、ゲーセン、スーパー銭湯。雨でもお台場に行けば屋内でスポーツだってできる。お台場といえばトヨタの高級車を300円で試乗できるMegaWeb、子供がいるなら日本科学未来館、ジョイポリスという選択肢もあるな。 こんな風に、多かれ少なかれアジアの大都市では、自分の興味や家族構成によって条件に合った「楽しさを買う」ことができる。そういうサービスが街に張り巡らされている。 一方、オランダはというと…。 安直な楽しさを売ってくれる施設が少なく、最大の娯楽はスポーツなんじゃなかろうか。 もちろんインドア派オランダ人もたくさんいる。目下現地で唯一の友人である公務員ちゃんがまさにお家大好きの運動嫌いなんだけど、するとNetflixとレストラン巡りくらいしか日常の楽しみがなくなってしまうようだ。 逆に運動環境は超充実していて、まず自転車専用道路フィッツポッドがある。当初はフィッツ「パ」ッドと綴り通りに読んでいたんだけど、ネイティブオランダ人に全然通じない。オランダ語ムズイ…。 そんなことはどうでもいいとして、フィッツポッドを走るのは自転車だけじゃない。僕みたいにローラーブレードで爆走している人も増えているし、中華電動キックボードとか、中華電動スケボーとか、邪道なのもいる。 あとオランダにはスポーツジムがたくさんある。 日本やシンガポールのジムみたく洒落た施設ばかりでなく、倉庫や工場跡を改装して中古のトレーニング機材をかき集めた感じのも多く、手作り感が溢れていて安く利用できる。そんな筋肉愛に向き合う漢の聖地がししもんの巣の近所にもチラホラあるので、僕もムキムキライオンになろうかしら(=^・・^=)♬ なにしろ来月にはロックダウンがついに終わるらしいのだ。 他にも水泳、テニス、サッカー、あとなんといっても乗馬という実にオランダらしいスポーツも一般的で、お子様の習い事の定番になっている。 アジア基準だと娯楽が少ないけど、身体を動かす楽し
なんだか行く末が不確実な東京オリンピックは、もはや政治家のプライドを守るためだけに精神論で推し進められている感じがする。 日本人は太平洋戦争の失敗から学んでいない。 大きな挑戦を始めるときには、先に撤退する条件を決めておくことが肝心だ。そうしないと当初の計画通りに運ばなくなった時に、「失敗を認めて責任を取る」という本筋から外れた葛藤が生まれてしまう。 このままじゃ明らかに成功しないけど、失敗を認めて自尊心を傷つけたくないから精神論で乗り越えようと無理をし、さらに傷口を広げるわけだ。 計画が狂った時に客観的に状況を判断して、ある程度の損害を受け入れてでも方向転換するためには、意思決定能力を「プライド」と「不安」で汚してはいけない。 そのためには損切りする条件を計画段階で決めておき、その条件を満たしてしまったならプライドや不安が襲ってくる前に自動的に意思決定できるようにしておくと効果的である。 撤退条件を定める 2019年。 人生3度目の長期無職生活をしていたとき、僕は大きな決断をした。 このまま就職活動はしない。もうサラリーマンには戻らない。会社に所属せずフリーランスとして生計を立てることを目指す。 ただ、こんな尊大な計画をアル中無職で意志薄弱な僕が実行したところで、アラフォーのプー太郎に堕ちていく姿がありありと目に浮かぶ。だから自分に緊張感を持たせるためにも、フリーランス計画から撤退して真っ当な就職活動を始める条件を定めた。 軍資金200万円。 僕は2019年にシンガポールの米系企業を会社都合退職しているので、その時に幾ばくかの退職金を頂けた。これはわかりやすい泡銭であり、ゆめゆめ貯金するよりも、夢の実現に投資した方が良いだろうと考えたのだ。 これを使い切るまでにフリーランスになるぞ(=^・・^=)! そうと決まれば、長期戦に備えて物価の安い東南アジアで沈没生活をするのが合理的。幸運なことにコロナが発生する前だったので、マレーシアや台湾など、ビザなしで3か月暮らせる国でひたすらフリーランス修行する日々が始まった。 土地勘、程度の言語能力、こうした国で安く暮らすノウハウは必要だけど、何しろ長期無職も3回目だったので東南アジアの貧乏暮らしは慣れたものだ。 徐々に、でも確実に減っていく預金残高は適度な緊張感を生む。 だから一番カネがかかっていた酒も少しずつ量が減って、2020年10月をもって完全断酒に成功。断酒に関して
瞑想でフラッシュバックが増えたのでデジタルデトックスとジョギングで治す
オランダの新規コロナ感染者は毎日6000人以上。日本と比較すると多いように感じるけど、気温が上がってバケーションリーズンも近づき、なんだか規制緩和ありきの政府決定が続いているように感じる。 どうやらワクチン接種が完了すれば、今年は条件付きで海外旅行も解禁されそう。まぁ渡航先の国がオランダの民を受け入れてくれるのかは、まったく別の話なのだけど…。 僕はというと、移住2年目にも関わらずオランダ国内を全然見てまわるチャンスがなく、いまだに「おっかなびっくり外国に住んでいる」というイメージのまま。オランダに飽きているオランダ人はバケーションで海外に行きたいだろうけど、僕は逆に人が減ったオランダの都市を巡ったら楽しいのではないか。 そこで必要になってくるのが運転免許である。 オランダは欧州諸国のなかでも鉄道網が良く整備されていて、運行システムも日本と近く感覚的に利用しやすい。でも地方都市の公共交通機関は日本と同様にショボいので、現地の足としてレンタカーが必要になる。 JRみどりの窓口では新幹線とレンタカーと宿がセット販売されているけど、結局この三点セットが一番効率的なのである。 フラッシュバック オランダと日本はともにジュネーブ条約に加盟している。だから日本の免許を更新するときに警察署で国際免許証を買っておけば、割と簡単にオランダでも運転できるようになる。 でも当然ながら「実際に運転できる能力」は別の話。 一番ヤバいのは右側通行なんだよね。日本もシンガポールも左側通行だったから、今でもとっさに左に避けてしまうことがある。 さらにオランダの道路システムは複雑で、車道と歩道に、路面電車と自転車道が加わる。つまり信号機が4種類あるわけで、こりゃー現地の教習所に通った方が良いよなーと思っている。 そして僕の場合、車の運転で注意しなきゃいけないのが「フラッシュバック」である。 嫌な記憶にまとわりつかれた時の対処法 PTSDとかじゃないのに、僕は子供のころからフラッシュバック持ち。 昔の記憶が何の脈絡もなく蘇ってきて「今」の意識を乗っ取る。こうした記憶は主に「恥ずかしい」「失敗した」「他人を傷つけた」時のもので、思わず「うっ…」と身体がこわばる。 そして、あたかも記憶の世界に引きずり込まれたように、一瞬だけど感覚すべてを支配されてしまう。 大人のチック症/トゥレット障害とその対策 これが運転中に起こると危険なのだ。 しかも最近、このフ
学生時代、アルバイト先で同僚のおばちゃんが親切にしてくれた。今から約20年も昔の話である。 彼女には小学生の一人息子がいたんだけど、3年生でクラス替えになってからずっと不登校。イジメとまではいかないけど新しいクラスで気の合う友達を見つけられず、それとは別に勉強でも躓き、やることなすこと上手くいかない学校に行く勇気を挫かれてしまったという話だった。 今思い返すと、彼女が親切にしてくれたのは、僕に息子さんの姿を重ねていたからかもしれない。 なにしろ自己分析なんて怪しい宗教くらいに思っていたから、僕が経験した人生最初のアルバイトはなんと接客業。品出しに夢中でお客さんに話しかけられても気づかなかったり、レジに棒金(小銭の束)を補充する際にぶちまけたり。当然職場のお荷物になり、やることなすこと散々だった。 そんな僕を慰めてくれている時、彼女がこんなことを言った。 「学校も仕事も発表する場所で、学ぶ場所はどこにもない」 「大切なことは誰も教えてくれないのに、いつの間にか出来るのが当たり前になっていて、いきなり実践することを求められる」 「それで失敗すると、もうどうすることもできない」 こういうことだ。 息子さんが不登校になる直前、2年生の夏にプールの授業が始まった。顔を水につけるとかバタ脚とかは1年生で習っているので、いきなりプールの対岸までビート板を使って泳げという指示が飛んだ。 水に入るのも1年ぶりである。 ところが他のクラスメイトたちは、たどたどしくも水をかき、どんどん反対側へ渡っていく。もともと運動神経が良い子はもちろん、1年生のころにバタ脚特訓を一緒に受けていた子たちも、実はスイミングスクールに通っていつの間にか上達していたのだ。 息子さんはというと、怖かったのだろう。ビート板にすがって飛び込む勇気が出ず、取り残されてしまった。 「普通」に働かないと人間性の問題にされる日本社会のイジメ構造 「店長はもっと周りの状況をよく見ろっていうけど、具体的に状況をよく見る方法は指導できないのよね。もともと良く出来る人は意識してやることじゃないんだから」 閉店後にレジの残金が合わず四苦八苦している僕に、おばちゃんはこんなことを言った。 息子さんが不登校になった時、いろんな人がいろんなことを忠告してきたらしい。曰く、殴ってでも学校に行かせるべきだ。ここで甘やかすと後戻りできない。などなど。 でも、おばちゃんとしては、学校に行かせた
スゴい仕事はその国だけでスゴい。内装工事業でオランダ移住どう?
日本はゴールデンウイークの真っ最中。日本のお客さんを多く抱える海外フリーランス稼業にとって、日本の連休は稼ぎ時である。 まず、日本在住の同業者たちはカレンダーどおりに休暇をとる人が多いため、稼働している競合他社が減る。さらに社員に法定通りの休暇を取らせるために、普段は社内のメンバーで廻しているような作業を、コンプライアンスの外側にいる海外フリーランスに任せる場合も。 そんなわけで、日本の連休中はカレンダーに従わない海外フリーランスに仕事が集中するわけだ。 ありがたや(=^・・^=)♬ おかげさまでオランダ移住2年目も仕事の面では一切不安がない。これは相当に幸運なことだと思う。 そう、幸運。僕の実力は大したことないので、ラッキーだったというしかない。 そもそも国際人材と自称できるほど僕はエリートではない。学歴も大したことないし、日本での職歴、シンガポールでの業績だって、もう一度日本で転職活動するハメになったら相当苦労することが予想されるスペックである。 ウツで退職して失った「働く自信」はアルバイトで好きなことして回復した 20代の前半は青春18きっぷで国内貧乏旅行を繰り返したり、お金が溜まると格安パックの航空券で韓国インチョンや中国上海まで飛び、そこから長距離LCCに乗り換えて北米やヨーロッパをバックパッカーで巡るような暮らしをしていた。 だから無論、海外にいる時間は大好きだったけど、海外に住む、海外で働くなんて20代半ばまで夢にも思っていなかった。なにしろ日本でさえサラリーマン生活に適応できてないのだ。そういうのはスゴい人の人生だろうと決めつけて、意識さえしなかった。 スゴい仕事はその国だけでスゴい そんな頃合いで騙し騙し続けていたサラリーマン生活がついに破綻し、うつ病、アル中、無職というトリプルコンボで人生が詰んだ。 カネが無いので実家にお世話になったけど、東京のベッドタウンというのは無職には厳しい社会である。不登校児が引きこもりに昇格するのも頷ける。「普通」から外れた生活リズムを持っていると、例えば20代の無職が昼間からウロウロしていると、通報されかねない雰囲気が充満しているのだ。 実際近所をウロウロしてるだけで職質されたし。職業を持てない人間に職務を質問するとか、まじ鬼畜の所業である(=^・・^#=) 郊外で無職は生きにくい。都会にこそ多様性と包容力がある。 だから東京都心に月1万円で借りられる自習室を見つ
コロナ渦のオランダで流行する飲食店支援の食べ歩き企画 Tasty Walk に参加してみた
ついに!オランダに根差した記事を書くことができるぞ! 昨年2月に引っ越してきて以来、ロックダウンになったりならなかったり。あとアジア人に対する憎悪が事件にまで発展したこともあり、勝手がわからないなか積極的に外に出て活動しようと思えなかったんだよね。 ところが遂に、先週の政府記者会見で今週中に規制の一部が軽減されることが決定し、なんかこのままグダグダになりそうな雰囲気が漂いはじめた。いや、いままでもオランダ民衆のコロナ対策はグダグダだったのだけど、もうワクチン接種を拒否する人は感染しても仕方ないね、的な暗黙の了解が本格的に形成されつつあるように感じる。 日本の状況をあまり追っていないのだけど、日本人的にワクチン接種を拒否する場合、副作用や長期的な健康への影響が主な懸案にあがるだろう。でもオランダの場合は、それに宗教上の理由が加わる。要するに神様に与えられた命を人間ごときがいじくりまわして良いはずがない、というわけ。これは理屈じゃないから説得のしようもないのである。 その一方で、教科書的にはカルバン派プロテスタントが主流のオランダでも、日本の葬式仏教徒みたいな、ほぼ無宗教の不良キリシタンが増えており、自分自身や社会全体の命を蔑ろにしてまで信仰を貫く人たちは、もはやマイノリティ。 僕はオランダ語もできないし、もとより空気は読めないけど、ワクチンや防疫に対する温度差でオランダ社会の分断が一部可視化されたように感じた。 飲食店支援の食べ歩き企画 そんなわけで全体で見るとオランダ社会のコロナ対策はグダグダな感を否めない。でも一部の人たちは意識が高いだけでなく、それに見合う行動力と実力も備えていて、政府が定めた規制に完全に従った上で楽しめる新たな文化を次々と生み出していった。 この週末に僕が参加した Tasty Walk も、そのひとつ。 コロナ規制で瀕死の飲食店と、家で孤立しがちな人々を、規制を満たしたうえで結び付けようという、この企画。特設サイトでチケットを購入すると、選んだ地域のレストラン6店舗で食べ歩きに対応した軽食を受け取れるのだ。 このWebサービスが秀逸で、チケットを購入した時点で各レストランに連絡がいき、営業時間中に店頭で名前を伝えるだけで料理が出てくる。財布やスマホを出す必要もない。 アイデアとスピード感に脱帽である。 チケットのお値段は4500円とお高めながら、もともとオランダにあっては外食が高くつく。レス
カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」を今更読んだ。 ノーベル賞を受賞した時に彼の名前を初めて知ったレベルのヘタレ読書家として、脳内積ん読リストの上の方に常にランクインしてはいたんだよね。それが今年ようやくリアル積ん読に移行して、実際に読むまで4年近くかかってしまった。 いや〜、衝撃である。 これならノーベル賞くらい取れるだろうという衝撃。 彼の作品をもっと読みたくなって、カズオ・イシグロご本人が自信作と言う「充たされざる者」を書評も確認せずにポチってしまい、今は1000ページもの果てしない夢の中で迷子になっている(=^・・^;=) 外国人技能実習制度 「わたしを離さないで」は、おそらく20世紀後半あたりが舞台だろうSF小説だ。携帯電話とか登場しないけど、その他の設定は概ね現代社会と同じ。 では何がSFなのかというと、人権を制限された下位階級が存在し、上位階級のために人生を捧げることを生まれた時から運命づけられているのだ。 この架空の社会制度のもと、懸命に生きようとする自己犠牲を強いられる下位階級たちと、それを「支援」しようとする一部の上位階級たちの人生模様を描くのが本作である。 これって外国人技能実習制度じゃないか(=^・・^;=) 読み進めるうち、この物語は現代社会の人権格差を風刺しているんじゃないかと思い始めた。 格差社会といった場合、お金の有る人と無い人で、受けられる待遇が異なる社会を意味する。でも格差のパラメーターはお金だけで、原則としては同じ人間だ。例えば、貧乏人が宝くじに当たるとか、金持ちが騙されて路上生活に堕ちるみたいな階級の変更が、ごく稀なケースだとしても、実際にあり得る。 それはお金の有る無しに関わらず、法律上、少なくとも建前では「平等な人間」として扱われているからだ。 ところが最近の格差は人権のレベルにまでおよび、例えば外国人技能実習制度で日本にやってきた人には、日本人と同じ人権が認められていない。最低賃金みたいな労働基準法が適用されないのはもちろん、結婚や子供をもうけるといった生命活動レベルの権利も剥奪されている。 ちなみに僕は日本を批判したいのではない。同様の制度を持つ国はたくさんある。 例えばシンガポールでは一般家庭でもメイドを雇う。主にフィリピンやインドネシアから来た女性が日常の家事を担っているわけだけど、結婚する権利は当然無いし、定期的に専門の医療施設に行って妊娠していないか検査を
オキシトシン、セロトニン、ドーパミンが3つともぶっ壊れている気がする
満員電車にさよなら、対人関係にさよなら、目覚まし時計にさよなら。ということで、在宅フリーランス稼業も早いもので3年目。前半は東南アジアを流浪しながら修行していたから、正確には在宅じゃないけど…。 もろもろのストレスから解放され、サラリーマン時代と比べると全体的に体調は良い。 しかし、それでもやっぱりスッキリ爽快からは程遠く、今後もこのブログのネタに困ることは無さそうだ。 すべての不調の原因は、結局、睡眠の質が悪いことにある。これはもう、ストレスとか原因によるものではなく、漠然とした体質の問題なんだろうな。 今思えば子供の頃から寝つきが悪かった。でも子供時代はそれが普通だったわけで。自分が睡眠の問題を抱えていることを自覚したのは、うつ病になって本当にまったく寝られなくなった時だ。 今は当然その時よりは寝られている。でもApple WatchのAutoSleepというアプリで測る限り、最近は平均して70点くらいの睡眠しか取れていない。生きていく上で大きな問題はないだろうけど、やっぱりもっと深く寝られたら、人生変わるんじゃないかなぁ。 すべては脳内物質? 最近読んだ本に、幸福を司る脳内物質には大きく3種類あると書いてあった。言わずと知れたオキシトシン、セロトニン、ドーパミンである。 なんか僕の場合、この3つともぶっ壊れている気がしてならない。 オキシトシンは愛情ホルモンとか言われているように、パートナーや赤ちゃんと戯れているときに感じる幸福を司っている。 ところが僕は他人といると変な言動をして機嫌を損ねないかビクビクしてしまうし、実際変な言動をして空気が悪くなって逆ギレぎみにイライラしてくるし、赤ちゃんに至っては落っことして壊しちゃいそうで恐怖しか感じない。Little Nightmares 2という、陶器でできた子供の頭をカチ割っていくホラーゲームがあるんだけど、あんな感じを想像してしまう。 唯一、あぁ今オキシトシン出てるぅと感じるのは、ワン様やおキャット様と戯れているとき。でも、それも2分くらいで飽きる。まぁワンニャンも2分くらいで僕に飽きるので、彼らとは今後も仲良くやっていけそうであるU^ェ^U(=^・・^=) セロトニンは安心ホルモンとか言われるように、日常の安心感や平常心を司っている。 ところが僕ときたら、朝から晩までワサワサと常に動き回ってばかり。ラズベリーパイという小型コンピュータで自分を監視する仕組みを
オランダ移住をフリーランスビザで目指す日本人の安定した仕事について考える
海外移住に求められる職業形態は国によってめっちゃ異なる。 僕が6年住んだシンガポールと、移住して2年目に突入したオランダが良い例なので対比してみよう。 シンガポールは高スペックのサラリーマンにとって移住しやすい国だ。僕がシンガポールに移住した2012年は低スペックのサラリーマンも「おこぼれ」にあずかることができたのだけど、今では東大とか出てないと厳しいらしい。早慶がFラン扱いである。 どんだけだよ(=^・・^;=) 一方で、フリーランスとしてシンガポールに移住するのは難しい、というか無理だと思う。まずビザ取得に際してシンガポール人を雇用する必要があり、資本金も高く積み上げる必要がある。だから本格的に起業するか、シンガポールに移住してメディアを賑わせる有名人くらいには社会的に成功する必要がある。 無理ゲーだ(=^・・^;=) まぁコロナ後のシンガポールが特に厳しいのは事実だけど、そもそもフリーランスとして移住できる国は少ない。独力で海外移住を目指すなら、当地で求められるスキルを調べて、その中から自分に務まる求人に応募し、現地採用として赴くのが、世界中の大多数の国で一番現実的な移住の可能性なのだ。 ところが我ら日本人にとって、この例外に当たるのがオランダである。 日蘭通商航海条約という奇跡の抜け穴によって、フリーランスとして簡単に移住できる道が開かれた。一方、サラリーマンとしてオランダに移住する道は、依然としてヨーロッパ現地採用の高い高いハードルを維持したまま。 結果的に今のオランダでは、サラリーマンよりもフリーランスの方が移住しやすいという、世界的に珍しい謎の逆転現象が起きているのである。 この記事では、フリーランスビザを取得してオランダ移住を成功させ、永住権なども視野に入れつつ安定した生活基盤を長期的に築きたい場合、肝心要の仕事をどうするべきかについて考えます。 なお、想定しているのは僕と同じ境遇の人、つまり30代の扶養家族無しで健康な人です。 従ってオランダ人との結婚ビザや、日本人フリーランスと紐づいた扶養ビザで自分自身は無収入のまま移住するケース(専業主婦/夫)、そして駐在員や現地採用としてオランダに派遣される方法は、この記事では扱わないです。あしからず。 オランダ在住日本人向けサービスは成立困難 もっぱらフリーランスビザと呼ばれている日蘭通商航海条約に基づくビザは、オランダ語では個人事業主ビザである。だから
縮みゆく日本を脱出して努力が報われる環境を多民族国家に探しに行こう
オランダに移住したのに、ぜんぜんオランダ情報を書いてなくてすんません(=^・・^;=) 昨年の2月に入国してすぐにコロナのロックダウンが始まり、というのは言い訳だけど、家にずっと引きこもってるんだな。自分探しの果てに外こもりという、バックパッカーの典型的な末路である笑 外こもりというのは、滞在ビザの条件がゆるい(ゆるかった)タイやフィリピンなんかで、特に何もせずに安宿でゴロゴロし、金がなくなると日本に「出稼ぎ」しに帰るというライフスタイルのことだ。僕がバックパッカーしていた10年くらい前は、新興国の安宿に行けばそういう日本の若者がたくさんいたものだ。 今はコロナで大変だろうなぁ。客も、宿も。 日本で上手くいかない発達障害傾向がありそうな人に、そんな退廃的な暮らしを身をもって勧めていた時期もある。なのに今や、そもそも外こもりを実践する環境自体がコロナで崩壊してしまった。国際線の飛行機を手軽には利用できないし、海外宿の営業状況も現地に行ってみないと実態は掴みにくい。そして何より、生活費を得るための海外就職案件が縮小してしまった。 なんだけど。それでもやっぱり僕は、日本で仕事が上手くいかないなら、海外で暮らし、外資企業で働くのが得策だと考えている。 もちろん、このご時世、簡単な道ではない。けど、どうせ努力するなら、まず最初に努力が実りやすい環境を選ぶことが重要だ。 というのも。 ニュースや統計的なデータを見るにつけ、日本の人口や経済規模が今後も一貫して小さくなっていくのは確実。すると椅子取りゲームというか、縮みゆくパイの奪い合い。そういう後ろ向きな過当競争から、今後ますます逃げられなくなるだろう。 当然、どんな悪条件でも競争に勝てればオールオッケーだ。でも今でも人生が上手くいっていないなら、今後も条件が悪化し続けるだろう日本の環境で、そのまま戦い続けるのは得策ではない。 なにしろ頑張っても上手くいかないなら、次の2つの間違いを犯している可能性が大きい。 環境に我慢することを努力と履き違えている 報われない環境で報われない努力している 今日は、頑張ってるつもりなのに人生上手くいかないなら、努力が報われる環境を広い世界に探しに行って、そこで求められる努力をすれば良い、という話である。 我慢は努力じゃない 資格試験に挑戦するというのは、わかりやすい努力の方向性だと思う。Skype英会話を頑張ってTOEICとかね。 でも営業職
発達障害的な脳は覚醒したいので効果的なヤバい状況に自分を追い込んで結果を出す
前回の記事で書いたように、発達障害的な脳をもっていると、過去の記憶や荒唐無稽なアイデアが次から次へと思い浮かぶ。とりあえずキャラが濃いという意味でなら「独創的」かもしれないけど、困ったことにこうした雑念は、脳とかメンタルのエネルギーを消耗するのである。 つまりトラウマを不用意に刺激するフラッシュバックとか、使い所がない実現不可能な妄想に、日常を暮らしていくためのガッツを奪われて、真人間として本来こなすべき仕事、家事、人間関係に支障が出る。 そして、結果的にヤル気エネルギーをすっかり浪費してしまったときは、ブレンフォグのような不快な感覚に襲われる。 脳の異物感「ブレインフォグ」の人体実験と考察 発達障害は無理せずそのままの気怠い脳で猫みたいに生き残ろう 考えて結論を出すべきなのに、霧がかかったように脳がぼんやりして働かない。調子が良い日なら確実にできるハズの仕事なのに、途方も無い重労働に感じる。あるいは誰かと約束した時間が迫っているのに、それを意識するほどに疲れてしまい身支度が手につかず、結局は遅刻やドタキャンしてしまう。 こんな風に脳が不活性な状態は、真人間として働いたり社会生活を送る上で困るし、なにより感覚として気持ち悪いのである。僕の場合は頭蓋骨のなかに綿みたいな異物を詰められたような、具体的な気持ち悪さを覚える。脳が凝っているとも言える。肩こりの脳バージョン。 一節によると、この不快感は神経伝達物質の異常な働きが原因らしい。アレコレ検索すると、ドーパミンという鍵ワードにたどり着く。 そして、このドーパミンをドバドバ出す方法が、依存症なのである。 前回の記事で、発達障害的な脳をもっていると依存症に陥りやすい話を書いた。依存症によって一時的になら、こうした脳の不快感や、ガッツの欠如を補うことができる。 ところが長期的に依存を抱えていると、社会生活が破綻する。アルコール依存症がわかりやすい例だ。やる気を出そうと酒を飲んで仕事してクビになったり、対人関係エネルギーを絞り出そうと酒を飲んで人と合って逆に関係を壊してしまう。 ドーパミンを自在に操って悟りの境地にお手軽に到達したい アドレナリンをドーピングしてADHDで不活性な脳を興奮させてた というわけで、依存症によってドーパミンを出して脳を活性化させるのは持続可能性が低い。時限爆弾である。 でも一方、ダルくて仕事や人間関係を後回しにして、8月31日から手を付ける夏休
アルコール依存症を克服した今も現実から目を背けて可能性に逃げ帰りたくなる話
雑念や過去の記憶が次から次へと湧いてきて、脳のリソースを無駄に食われる。 そんな頭が多動で、フラッシュバックに潰されそうな人ほど、アルコールやギャンブルなんかに病的なまでに依存する「効果」が大きいと実感している。つまり何かに依存することで得られるリターンが普通より大きいから、依存症になりやすいし、依存症から抜け出し難い。これが、発達障害的な特性が強い人が、依存症に陥りやすい原因と考えている。 発達障害がお酒を飲むとパフォーマンス上がる気がするのは何故か 「人付き合いエネルギー」の酒ブーストとリスク 15年以上毎日(終盤には朝から)酒に溺れていた僕が、一念発起して一切のアルコールを完全に断ち、15か月経った。依存症の「効果」を完全に得られなくなったわけだ。別れてみて初めて大切さに気付くというヤツで、大きな害悪はあれど、アルコールは僕の精神状態に確固たる機能を果たしていたのだ。 この依存症の「効果」には2種類あると僕は感じる。 まず1つ目は、不幸を一時停止できる機能。いわばマイナス状態の精神をゼロまで引き上げてくれる。もちろん期間限定。しかも酔いが醒めてきたり、本格的にアルコール依存症になって、もはやアルコールに汚染された状態が普通だと身体が認識するまでに至ると、相当な量を飲まないと、不幸を一時停止できなくなるのだけど。 『星の王子さま』には、飲兵衛が住んでいる飲兵衛の星というのが登場する。この星に1人で住んでいる飲兵衛が、ちょうど依存症が悪化して多少のアルコールでは自分の不幸を一時停止できなくなった状態に見える。 星の王子さまが「なんでお酒を飲むの?」と尋ねると、この飲兵衛は「酒を飲んでる恥ずかしい自分を忘れるためさ」と答えるのだ。まさに、不幸を一時停止しようとして、微妙に失敗している感じ。この状態からもっと酒を入れれば、この彼も昔みたいに穏やかな精神状態に入れるハズだ。 依存症が持つもう1つの「効果」が、苦労が伴う努力せず、自分が秘めた可能性の中で生きられる機能だ。 これはいわば、マイナス状態の精神を、プラスの領域にまで強力に引き上げてくれる。この2つ目のメリットこそ、アイデアや妄想が次から次へと湧いてくる、頭が多動な人にとって効果がデカい。普通の人よりずっと高く、ハッピーな精神領域に入れるのだ。 こういう感じ。 誰しもささやかな自尊心を持っているハズだ。年収、容姿、社会的地位。あるいは、最愛の家族、理解しあえる
東京でサラリーマンをしていた時、頭がグチャグチャになると、よくこっそりトイレの個室にこもり、耳栓代わりのイヤホンを装着して目を閉じていた。怪しまれて職場の人間関係がさらに悪化するのを恐れ、ものの3分くらいだけど。それでも静かな場所で目を閉じると、次の1時間は頭のグチャグチャに飲み込まれずに、パソコンに向かえるようになったものだ。 当時は瞑想なんて怪しい宗教儀式くらいに思っていた。今から10年以上前、うつ病と診断されるよりも前の話である。 都心に通勤していた僕の父が、オウム真理教の地下鉄サリンテロを電車数本の差で免れたという小学生時代の記憶が強く、宗教的な情報を過度に忌み嫌っていた。僕自身が理系専攻だからかもだけど、原因と結果を明確に説明できないことは、ウソと決めつけるところがあった。 今でもあるかも(=^・・^;=) ところが程なくしてうつ病と診断され、原因の特定はおろか、万人に効く治療さえ、21世紀の現代医学には不可能である事実に僕は愕然とした。ドラえもんの22世紀という設定があまりにも未来すぎるので、想像しやすい未来像として「21エモン」を描いた藤子不二雄先生の設定は浅はかだったんじゃないか。21世紀じゃ、まだ心の風邪も治せないのである。 因果関係を明確にしたかった僕は、うつ病の原因を日本社会と決めつけて、日本企業を辞めて海外に飛び出した。 認知行動療法と、マインドフルネス瞑想 ところがシンガポールに移住して、アメリカ企業に転職した後も、僕は頭がグチャグチャになると非常階段の踊り場に逃げ込むようになった。なおトイレの個室じゃないのは、シンガポールの職場のトイレが湿っぽくて汚く、ホッとできなかったからである。怪しまれない程度に10分くらいだけど、誰もいない非常階段で目を閉じ、静かな時間を持てば、次の1時間、またパソコンに向かえるようになったものだ。 あれ(=^・・^;=) なんも改善してないじゃんか。最初にうつ病と診断されてから5年あまり。住む国、働く会社、話す言語まで変えたのに、これじゃ日本から7000km離れた場所で、また同じ困りごとを繰り返しているだけだ…。 因果関係を明確にしたい僕のセオリーに従うなら、うつ病になった原因は日本社会でも、日本企業でもなくなってしまう。当然、シンガポール社会でも、アメリカ企業でもありえない。 環境を全取り換えした今、当時からずっと一貫しているのは僕自身だけ。原因は僕自身の中
「無我」という言葉の意味を、どうやら今まで僕は誤解していたようだ。 無我夢中、無我の境地などと表現するように、いわば過集中みたいに魂を何かに預けてしまったかのような、深い放心状態を意味する言葉だと思っていた。 ところがその実、全然違った。元々は仏教用語である「無我」という境地についてペラ読みした仏教書からマルっと理解したところ、修行してまで会得を目指すに値する、確かに有益な概念だったのだ。 読んで字の如く、無我とは「そもそも自分なんて存在しない」という一見すると後ろ向きな意味を持つ。 今の自分が「僕はこういう性格です」と信じている、その人格そのものが「決めつけ」「思い込み」であり、人生のどこかの時点で「こういう自分で生きよう」と勝手に選択したのだという。だから、その思い込みを何らかの方法で解いたなら、性格や人格なんて脆くも消え去るし、残された頭の中には何の固定観念も残らない。 つまり、「自分」の中に「自分」でこしらえた「自分」という思い込みを、修行によって消去して、頭の中に勝手な決めつけが何も残ってない状態にすること。これこそが仏教でいう「無我の境地」だったのである。 「自分」という勝手な思い込みが自由を奪う これは「嫌われる勇気」で紹介されるアドラー心理学の教えにも通じるところがあり、アルフレッド・アドラーは自分の人格を選択するタイミングを「10歳前後」だと論じている。 およそ完璧や満足からはほど遠い人格だったとしても、慣れ親しんだ自分の行動パターンに、困りごと込みで順応していこう。成長過程のある時点で、誰しもがこうやって「自我」を選択する。いわば新奇性探求よりも順応した方がラクだと気づくタイミングだろうと、僕は理解した。 ならば、なにゆえ修行してまで過去に選択した「自我」をわざわざ消去し、「無我」を目指すのか。 自我の重みに耐えられなくなるからだ。 10歳前後で熟慮せずに選択した問題アリな自我について、一貫性を保つのは大変だ。なにしろ新しい行動を「しない」言い訳を常に考えなければいけない。これは俺のキャラじゃない、こんなことするの恥ずかしい、めんどくさい。自分のキャラに合わない行動を恥ずかしく不快に感じる気持ちは強力で、話し方や仕事のやり方に至るまで、一挙手一投足を束縛してくる。 幸運にも周囲と折り合いをつけられるマトモな人格を選択できたなら、無我なんて目指す必要はない。でも僕は「そろそろ新しい自分を選び直さ
コロナに負けず2020年にオランダ移住を成功させた努力の方向性
皆様、ご無沙汰しております。ししもんです(=^・・^=)♬ Youtubeデビュー宣言したのに、結局それも長続きせず、Twitterも止めた今、情報発信をほぼしていない状態。まずはその辺の事情を手短に。 端的には状況が一変してしまったんだな。 僕が情報発信するモチベーションは、一貫して自分と同じような境遇にある人に対して、多民族国家に移住すれば人生がラクになるかも、という可能性を示すことだった。 空気が読めない。もっと具体的には共感性が乏しく、他人の気持ちに寄り添うような会話や行動がどうしても出来ない。そういう場合、認知行動療法とかで自分を変えずとも、共通前提がユルい、多様な「普通」が混在する多文化共生社会で外国人として暮らせば、周囲との摩擦が減って「自分もこの社会の一員だ」という感覚をもってポジティブに生きられるようになるかも。 そのために英語をどうするか、仕事をどうするか、日常生活がどうなるか、そういうリアルを日本で僕と同じ境遇の人たちに伝えたかった。 ところが。 海外生活も10年目に突入し、僕自身が「普通の日本人」の感覚を随分忘れてしまった。もちろん僕のアイデンティティは今でもハッキリ日本人だけど、日本のニュースを読んでも、いまいちピンとこない。こういう出来事に触れた日本人が、こういう反応を示すということを、自分の価値観に重ねて理解することが年々難しくなっている。「さすが日本人!」とか「日本は遅れてるな」とか感じる前に「どうしてこう反応するんだっけ?」と立ち止まってしまうのだ。 さらにアラフォーと呼ばれる歳に突入したこともデカい。 36歳。 正直、駐在員ならともかく、この年齢から独力で海外現地採用を目指すというのは、現実問題難しい。もちろんやれば出来るだろうけど、日本で勤続15年の正社員をしていれば享受できる収入・社会保障・ステータスからは、随分見劣りする可能性が高い。 最近は何を語っても「都落ち中年のススメ」みたいになっちゃって、ボツにすることが増えた。 そして極めつけは、フリーランスとして不安定ながら僕自身がある程度成功してしまったのだ。 「婚活女性が男性に望む最低年収!」みたいな煽り記事を読んで、現実見ろクソBBAと不快に感じた10年前と違い、今では余裕でそれ以上稼いでいる。婚活はしないけど。 そんなわけで、何を語っても自分を「上から目線」に感じて筆が進まない。Youtubeは尚更で、カメラを廻しても
10年ぶりにオランダの地を踏んでから2週間が経った。 シンガポールに移住した8年前は慣れない環境に不平不満を爆発させたものだけど、さすがに海外移住2カ国目にもなると蓄積した工夫や教訓を活かしつつ、勝手が違ってもストレスなく妥協点を見出すことができる。 いやはや、あまりにも順調すぎて逆に不安だ。何が不安って、ブログに書くネタがないのである。 オランダ社会も、オランダに暮らす人々も、親切かつ適度に放っておいてくれる感じが非常に好印象。困っても英語が通じるし、10年前と違ってスマホがあればたいてい自力で解決できてしまう。たとえば一昨日は鍵を室内に置いたまま外出してしまい、自分の家から締め出されるという失態を犯したんだけど、大家さんに電話してマルっと事なきを得た。 でもそれじゃブログとして面白くない!ブロガーはトラブルをマルっと解決しちゃいけないのである。 困った(=^・・^#=) ヤバいオランダの住宅事情 でもまぁそんな中、トラブルと言えなくもないのがオランダの住宅事情。 都市国家シンガポールも住宅難だったけど、オランダもそれに引けを取らない住宅難。ただコレは水没しない土地が少ないというだけじゃなく、都市計画の一貫なのかもしれない。 というのも。僕はオランダ第二の都市ロッテルダム郊外に住んでいるんだけど、電車で5分も走れば干拓地の草原で羊がメーメー、アヒルがガーガーしている。彼方には風車。イメージそのままのオランダの農村地帯だ。 国家第二の都市なのに、おそらく八王子とか大宮くらいの規模しかない。住宅地を拡大しようと思えばいくらでも土地が広がっているのに、あえて開発圏を制限しているように感じる。 そのお陰か、ロッテルダム周辺はウォーカビリティーがとても良好。徒歩圏内になんでもある。路面電車はもちろん、空港やアムステルダムやフランスパリまで直通電車がある国鉄駅にも徒歩で行けるし、徒歩1分圏内に小さい商店(KIOSK)が4つもある。スーパーまで3分。ホームセンターや市役所は10分。 小さいエリアに人口密度高く住むことで、確実に街が便利になっている。オランダも車社会ではあるけれど、別にクルマがなくても独身であれば何不自由なく暮らしていけるのだ。 ただ副作用もある。 建物がやたら滅多ら古いのである。病的な新築信仰がある日本とは対象的で、新築や築浅物件なんてまずない。あっても僕の経済状況では住めないし、ふらっと来た外国人が空きを押
昨今、日本に空前のサウナブームが到来している。 僕はこのサウナブームが、日本の景気後退と関係していると読む。日本人が自由にお使えるおカネが減っているからこそ、コスパが高い娯楽が人気。さらに他人に合わせる必要がなく「ひとり身の丈」で楽しめる気楽さが、サウナブームの大きな要因だろうと。 バブル時代と比較するとわかりやすい。 古今東西、景気が良い時代は、お金をたくさん使うことが幸福のバロメーターとなる。特に男の場合、女のためにたくさんお金を使うことが大切。なにしろ時代を牽引し、億稼いでいた小室哲哉が破産するのだ。いったいどういうカネの使い方してんだって感じである。 景気が良い時代におカネをたくさん使うのは、純粋に自分が良い思いするためだけでなく、所属コミュニティ内の熾烈な覇権争いでもある。バブル戦国時代の弾幕とは札束であり、妻の鼻を高くしたり低くしたりするのが当時の音楽業界ではステータスシンボルだったのかもしれない。 ところが猛き者もついには滅びぬ。 21世紀の日本では、カネを使って時代を牽引するには、文字通り月まで行く必要がある。中途半端な成金は、タワマンのいかに高層のトイレから汚水を逆流させたかを競っている始末。妻は自分で稼いで鼻を高くしたり低くしたりして夫を捨てる。札束で弾幕を張ってもYoutuber程度にしかなれないし、女にカネを使ってもTwitterで叩かれて、コンビニの冷蔵庫に入ったガキと同じスピードで忘れられる。 カネで幸福を買えない時代。誰かと比較して自分のステータスを確認できない時代。 サウナとは、カネや女を無駄に意識することなく、満たされない男の孤独を充実に昇華するコスパ最高の娯楽なのだ。その気高き精神効果は薬物にも匹敵する。 そんなわけでドイツに向けて出国する直前に僕が蒸されに行ったときなど、東京郊外のスーパー銭湯のサウナは平日の昼間にも関わらず大賑わい。なにしろ大型スチーマーを2基も装備し、奥行き10mはあろう。この規模のゆとりを誇るサウナは、山を削り川を埋め放題のコンクリートロード東京多摩とはいえ、そう滅多にあるもんじゃない。 サウナの熱から2重の断熱ガラスで守られた、これまた巨大なテレビでは、時節柄ちょうど大相撲をやっていた。 土俵で横幅に課題がある裸の男たちが取っ組み合っているのを、サウナでは横幅に課題がある裸の男たちが固唾を飲んで見守り、土俵で横幅に課題がある裸の男が宙を舞うのを見て、サ
いや~、そろそろなんか書かにゃいけないよな~とか思いつつ、本当に毎日てんてこ舞いに忙しく、なんかよくわからないままにドイツのベルリンに来ました。 オランダに移住するのにベルリンに来ちゃったんですよ。 なんかさ、旅程を立ててる時って、自分がその日付に、その手段で、その街まで行くんだっていう実感がわかないんだよね。だから、東京からシンガポールまで飛行機を買う時に、成田発、台北経由、シンガポールが思ったより安くなくて、次の瞬間、大阪発シンガポールの直行便があることを見つけ、思考がショートして詳細を考える前に買っちゃった。 この時期に飛行機を安く買うには、中華文化圏の春節の大移動を利用する。ようは日本人のお盆休みみたいなもんで、旧正月を祝う国の人たちは連休になった瞬間に海外旅行に繰り出し、休みが終わる前日までには帰国する。この逆の流れで飛行機に乗れば、いろんな場所に安く飛べるわけ。 つまり台湾もシンガポールも中華文化圏だから、春節期間は往復ともチケットが値上がりする。一方、文明開化で中華文化圏を離脱した日本人にとって、春節は普通の平日。大阪➖シンガポールの直行便が、台湾経由より圧倒的に安い理由はここにある。 すなわち日本に旅行で押し寄せるシンガポール人の逆のタイミングでシンガポール入りして、欧州旅行から大挙して帰国するシンガポール人の逆に欧州に行けば、最安値を掴めるのだ。 それは正しい。 正しいんだけど、僕は東京にいるわけで、大阪発の直行便に乗るためには大阪まで別に移動が必要になるわけですよ。そんな当たり前の意識、自分が大荷物もって東海道新幹線のバラ売り回数券を握りしめ、車窓を流れる富士山を背景に崎陽軒のシュウマイ弁当を食べているような、そういう想像力が、春節だ文明開化だなどと無駄なこと考えてるうちに完全に失われる。 この思考がショートした状態ってのは、もう自分の名前すらおぼつかないまでにIQが低下する。 今回はシンガポールからベルリンまでの飛行機で姓名を逆にして搭乗券を買っちゃって、しかも搭乗手続きまでミスに気付かず、チャンギ空港のチェックインカウンターでシンガポール女子さんに怒られましたわ。 「普通ならチケット買い直しなんだから!今回はこのアタシが特別に直してあげるわ!アンタはホントにラッキーなんだからねっ!」 シンガポール女子に怒られると、僕の脳はなぜか涼宮ハルヒの声で日本語に変換する。これは別件のバグである。 酒
オランダ移住のため外務省でアポスティーユ認証をもらってきた話
いや~、新年早々スランプに陥ってしまいまして(=^・・^;=) 年末年始にかけて読者の皆様からお年玉(投げ銭)とメッセージを立て続けに頂き、総じてポジティブなご感想を噛み締めながら実家のコタツに埋もれていたところ、結局新しい記事はいつまで経っても書けずじまい。 海外に活路を見出した発達障害のブログって無いなー。ブルーオーシャンなんじゃないかなー。くらいな軽いノリで始めたのに、早いもので運営4年目に入ろうとしている。500記事以上も徒然草なるままに、ときに発達障害にも海外にも関係ないトピックも書き殴ってきた結果、ほんとうに様々な方々が、様々な記事に、様々な評価をしてくださっていることを、ヒシヒシと感じたわけです。 ところが僕ときたら、11月に帰国して以来、「大衆からズレた結婚・家族」にまつわるネタを探そうと日本の街を、道行く人々を、眺めてきたのです。 というのも。 このブログのしょぼい「結婚」のカテゴリが、全然ネガティブな内容にも関わらず、検索から無視できない程度に読まれてるんですね。すなわち、ネガティブでありながら感情的全否定でもない「ユルめの結婚ディス」に、コンテンツとして一定の需要があるらしい。うーむ、「結婚」のカテゴリを拡充したいな。 広告収入のために(=^・・^=)♬ でも頂いた多数のメッセージから読者の「視点」を具体的に知ってしまったものだから、みんなが求めているのはコレじゃないだろうと。それで温めていた脳内ネタ帳や脳内下書きたちが、ごっそりとボツになってしまったわけです。 じゃあ、何を書こう。実家のコタツでミカンを合計150個くらい消費しながら考えあぐね、結局何も書かないまま仕事初めを迎えましたとさ。 ちゃんちゃん。 アポスティーユ認証 ま、要するに、読者の需要を狙った通りに満たすような器用な文章を、僕は逆立ちしても書けないんだな。ならばせいぜい、自分の目で見て感じたことを、今まで通り時間をかけて、できるだけ丁寧に描写しようと思い至った次第です。 というわけで今日は外務省に行ってきた。 東京都千代田区霞が関にある、泣く子も黙る伏魔殿、ガチでマジの外務省である。別に悪いことをしたわけじゃないんだけど、あの官庁街に行くと自分がなにやら悪いことをしているような気分になるよね。税金払ってないからかな(=^・・^=)? 今日僕が外務省に出頭したのは、戸籍謄本と戸籍抄本に対して、アポスティーユ認証というのをもらう
東南アジアで海外ノマドするうえで、一番気をつけるべきことはなんでしょう。 答えはインキンタムシである!特に男性に関しては間違いない。 インキンっていうと性病と勘違いされるんだけど、その実股間が蒸れてバイキン(真菌)が繁殖する皮膚病。わかりやすく言えば水虫菌が股間に発生したものだ。股間が蒸れるのが原因ということで、いろいろなエクステリアがゴテゴテとくっついてる男性の方が湿気がこもって患いやすく、片付いてる女性の場合は性行為を通じて男性から感染するパターンが多いとも書いてある。 ほら、やっぱ性病じゃんか? ししもんは猛々しい雄ライオンである(=^・・^#=) まぁそんなわけで、2019年は僕も漏れなくインキンに感染しましたね~。そりゃそうだ。股間が蒸れる条件である男×夏×座り仕事という3コンボをキメた状態で、毎日12時間以上働いていたのだ。股間の蒸れが常態化して、原因である真菌がわんさか増殖してしまった。 発症から完治まで、勝手知ったる台湾で過ごせたのは不幸中の幸い。台湾の滞在中は、股間の尋常じゃないかゆみと戦いながら、抗真菌薬を塗りたくる毎日だった。 アホは風邪ひかないとばかりに元来丈夫な僕だけど、さすがにこの時ばかりは病院のお世話になりたかった。 無保険で医療のお世話になれない自分の選択を呪う。税金・年金・健康保険をどこの国にも払わない合法脱税生活もここまでか。 独身ノマドが税金・年金・健康保険を払わず合法的に南国で暮らす三種の神器 インキンをアルコール消毒したら駄目! 台湾では水虫のことを「香港脚」という。 昨今の台中関係の悪化はこれが原因なんじゃないかと疑うほどに失礼な病名だ。ということは、日中関係悪化の要因は布団のダニ「南京虫」だろうね。日本人も台湾人も、中国に対して不衛生な印象をもっているのかもしれない(=^・・^;=) 病院のお世話になれない状態でインキンタムシを患ったら、薬局に走って抗真菌薬を買うしかない。原因菌が水虫と同じなので、水虫薬を買えば事足りる。なお…。 アルコール消毒は駄目!絶対、ゼッタイに!! 今日注意喚起したい、最も重要なポイントがコレだ。 東南アジアでは蚊対策が必須なので、僕は足と脚をアルコール消毒するのが日課になっている。薬局で売ってる消毒用アルコールのスプレーを風呂上がりにシュシュっとしておけば覿面、日常生活で蚊に刺されることがほとんどなくなる。 バイキンが原因で痒いなら、今日は
ブロガーのHayleyさんとお会いして世界のジェンダーについて考えた
先週はブロガーのHayleyさんとお茶した。お茶である。彼女はもともと酒を飲まないし、アル中の僕は断酒3ヶ月目。初対面の女性とアルコール抜きでお食事する日が来るとは。実に感慨深い。 Hayleyさんは東京の外資企業で専門職として働きながら、ジェンダーや日本での働き方について書いている。 性別や男女がそれぞれ担う社会的役割について語る時、どうしても自分の側の肩を持ち、異性の存在を軽んじる「ポジショントーク」になりがちだ。でも彼女は女性の視点を持ちながらも社会全体を俯瞰して、そこから冷静に自分の意見を紡ぎ出して行動を起こすことができる。 例えば、いざパートナーが体調を崩した時に、無理せず仕事を辞めることを後押し出来る。これは普段から自分のキャリアをしっかり考えているからだ。そして真の男女平等を実現するためには、女性だけじゃなく男性の負担も軽減すべきと主張する。 ジェンダープレッシャーやジェンダーロールからの解放って、女性だけじゃなくて男性が背負っているものを解放することと同時にやらないと実現しない 日本社会には余裕がない。みんな体力のギリギリのところで厳しい日常に必死で耐えている。ネットでは男性至上主義者と女性至上主義者がドンパチやっている。誰しも自分の方が頑張っていると思いたい。 そんな中、自分と違う異性の生き方を肯定して、応援するというのはすごいことだ。 男女平等ってなんだろう。彼女と話していたら、旅で拾い集めたジェンダーにまつわる記憶が次々と蘇ってきた。 ノルウェー男子の憂鬱 幸福度ランキングで毎年上位を独占する北欧諸国。人権意識が高く、男女平等が徹底されている印象がある。社会全体で子育てするという意識のもと、育児負担も男女平等と聞く。 きっと夢のような暮らしをしているんだろう思いきや、世界最悪に近い自殺率を誇る日本でも、北欧出身者にチラホラ出会う。思えば、タイのバンコクやインドネシアのバリ島なんかにもヨーロッパから来た白人がやたらいるし、その中には北欧諸国から来た人たちもいた。観光客としてはもちろん、日本でいえば渋谷でケバブ売ってるような「Youはなんのビザで日本へ?」的謎の白人である。 世界有数の幸福な社会を捨てて、わざわざ混沌のアジアに移住する理由はなんだろう。この1年間アジア各国を転々とするうち、北欧諸国が主張する「幸福」の実態について疑問は膨らんでいった。 そんな折、東京のサウナでノルウェー男子に出会
ブロガーのHaylayさんとお会いして世界のジェンダーについて考えた
先週はブロガーのHaylayさんとお茶した。お茶である。彼女はもともと酒を飲まないし、アル中の僕は断酒3ヶ月目。初対面の女性とアルコール抜きでお食事する日が来るとは。実に感慨深い。 Haylayさんは東京の外資企業で専門職として働きながら、ジェンダーや日本での働き方について書いている。 性別や男女がそれぞれ担う社会的役割について語る時、どうしても自分の側の肩を持ち、異性の存在を軽んじる「ポジショントーク」になりがちだ。でも彼女は女性の視点を持ちながらも社会全体を俯瞰して、そこから冷静に自分の意見を紡ぎ出して行動を起こすことができる。 例えば、いざパートナーが体調を崩した時に、無理せず仕事を辞めることを後押し出来る。これは普段から自分のキャリアをしっかり考えているからだ。そして真の男女平等を実現するためには、女性だけじゃなく男性の負担も軽減すべきと主張する。 ジェンダープレッシャーやジェンダーロールからの解放って、女性だけじゃなくて男性が背負っているものを解放することと同時にやらないと実現しない 日本社会には余裕がない。みんな体力のギリギリのところで厳しい日常に必死で耐えている。ネットでは男性至上主義者と女性至上主義者がドンパチやっている。誰しも自分の方が頑張っていると思いたい。 そんな中、自分と違う異性の生き方を肯定して、応援するというのはすごいことだ。 男女平等ってなんなんだろう。彼女と話していたらと、旅で拾い集めたジェンダーにまつわる記憶が次々と蘇ってきた。 ノルウェー男子の憂鬱 幸福度ランキングで毎年上位を独占する北欧諸国。人権意識が高く、男女平等が徹底されている印象がある。社会全体で子育てするという意識のもと、育児負担も男女平等と聞く。 きっと夢のような暮らしをしているんだろう思いきや、世界最悪に近い自殺率を誇る日本でも、北欧出身者にチラホラ出会う。思えば、タイのバンコクやインドネシアのバリ島なんかにもヨーロッパから来た白人がやたらいるし、その中には北欧諸国から来た人たちもいた。観光客としてはもちろん、日本でいえば渋谷でケバブ売ってるような「Youはなんのビザで日本へ?」的謎の白人である。 世界有数の幸福な社会を捨てて、わざわざ混沌のアジアに移住する理由はなんだろう。この1年間アジア各国を転々とするうち、北欧諸国が主張する「幸福」の実態について疑問は膨らんでいった。 そんな折、東京のサウナでノルウェー男子
画面を避けて睡眠の質を上げる!AppleWatch単体でデジタルデトックス
Apple Watch歴4年のししもんです。ごきげんよう(=^・・^=)♬ 3年くらい前に発達障害の過集中防止にApple Watchが効果的だという記事を書いて、それなりに反響を頂いた。もちろんその後も本当に毎日、睡眠トラッキングのために寝ている時でさえ、電池ギリギリまで活用しております。 ADHDにApple Watchが向いている5つの理由 僕はApple Watch2から使い始めたんだけど、ついに電池がヘタってきたので先月思い切って5に買い替えた。安い買い物ではないけれど、これだけ毎日使い倒すんだ。Apple Watchの投資効果はかなり高い。 ガジェットというか、デジモノは、なんであれ使う人間のライフスタイルを変える。それがガジェットの魅力だ。 ところがガジェットがもたらす暮らしの変化ってヤツには、プラス効果とマイナス効果がありまして。具体的なことは以下に詳しく書くけど、ざっくり言うとスマホやパソコンみたいなディスプレイを見せるデジモノは幸福度を下げ、ウォークマン(死語)やラジオみたいな耳で情報を取るガジェットは幸福度を上げる。 Apple Watchの画面はとても小さいので、老眼じゃなくても長時間見つめるには向かない。これがインターネットに奪われた時間を取り戻し、人生を良い方向に変える具体的な行動を起こすのに最適なのだ。 今日は、カルト的Apple Watchファンである僕が、Apple WatchをiPhoneから独立した単体で使って、人生の幸福度を爆上げしたノウハウを語ります(=^・・^=)♬ デジタルデトックス 今の時代、ほとんどの仕事にパソコン作業がつきまとう。翻訳者兼プログラマの僕のように、すべての作業をパソコンに向かって行う業種だって珍しくないだろう。だからせめてプライベートの時間は、特に仕事が終わってから寝るまでくらいは、ディスプレイを生活から排除しませんか。 まずはそんな話である。 動画を見たりネットを巡回したり、何しろ休日や休憩時間でさえもディスプレイを眺めているものだから、ディスプレイが及ぼす悪影響に耐性がつき完全に慣れてしまっている。たとえば眼精疲労や肩こりは1年中あるのが普通なのだ。 身体が不調に慣れてしまった以上、こうしたディスプレイの影響を意識するには、一定時間ディスプレイを生活から排除するしかない。具体的には退勤から翌朝出勤するまで、パソコンとスマホとテレビを物理的に遠
苦手な仕事に我慢してしがみつくのは無駄!得意な努力をマネタイズ
日本のコワーキングスペースでは耳に入ってくる会話が全部日本語。当たり前ながら難なく盗み聞きできて面白い。 会話の内容から完全な個人事業主やフリーランスは意外なことに少数派で、彼らの語り口には会社の代表としてお客さんと向き合ってる緊張がにじむ。当然男女ともスーツ姿が多いし、ここにいるほとんどはどこかの企業に勤めるサラリーマンなんだろう。出先でお客さんと話す、会議室的な使い方が営業さんたちに浸透しているのかもしれない。 仕事に疲れてきたら、今日も僕は耳をそばだてる。すると具体的な会社名や業務内容がポンポン聞こえてくる。こんな裏事情を公衆の面前で話して良いのだろうか。実に面白い。 会社名と事業名がわかったら、そりゃ平均年収と口コミを調べるよね。ライオンだもの(=^・・^=)♬ えっ(=^・・^;=) うわっ…!このスーツのおっさんの会社、年収低すぎ! 僕はシンガポールで外国人向けの求人情報ばかり見てきた関係で、日本の中小企業の給与水準を低く感じるようになってしまった。っていうか、こんな給料の仕事をよくそんなアツく語れるな。額面相応にもっと手を抜いて適当に流せばいいのに。 頑張っても昇給しないなら、限界まで手抜きするのが合理的 停滞する日本経済を尻目に、いつの間にか東南アジアが圧倒的成長を遂げてしまい、専門職に限って言えば給料水準の逆転が起こっているようだ。 古今東西、昇給しないのは労働者として評価されていないことを意味する。だから勉強してスキルを積み増すか、コネを作って有利な条件で転職するしかない。ボケーっと昇給の流れに取り残されると、インフレの波に飲まれて食いっぱぐれてしまう。iPhone11は買えても来年さらに値上がりするだろう12には手が届かないかもしれない。 深夜のコンビニで働くベトナム人を見れば分かる通り、みんなそりゃ必死だ。 ところが日本では、正社員、非正規という「平成の身分制度」の元、ちょっとやそっとじゃ昇給しないのが当たり前。そんな状況が長らく続いてきた。しかも世界とは逆にデフレなものだから、給料が何年も上がらなくても危機感を持ちにくい。 肉や果物を買えなくても、豆腐とモヤシを食べればいい。そして豆腐とモヤシが来年値上がりする心配は要らないのだ。 この特殊な経済環境で生まれ育った日本人は、バブル崩壊以降、給料が一切上がらずとも必死に働くことを強いられてきた。どう頑張っても昇給しないのだから、そりゃも
いや~、博多美人ってのは聞いたことあったけど、まさかここまでとは。 博多には確実に美人が多い。まぁ彼女らは縁もゆかりも無い赤の他人なわけで、博多に美人がいっぱいいても僕に実益は何もない。だけどやっぱ美人が多い街を歩いていると、自分もなんか頑張ろうって気持ちがメラメラ湧いてくる。美人とはまさに公共財産。将来ししもんが世界征服したら、美人手当と美人減税を導入しよう。ししもんに清き一票を(=^・・^=)♬ 街に美人が多いもうひとつのメリットは、高飛車美人が淘汰されることだ。 メンバー固定の社会で抜きん出て美人だと、みんなから無条件にチヤホヤされるので高飛車になってしまう。ピンとこない人はキューソネコカミのかわいいだけという歌を聴くといい。 一方、美人に囲まれた美人は、自分の外見に適度に自信を持ちつつ、過度に他人の視線を気にせず、堂々と自分らしく生きてる感じがする。こういう女性は卑屈さも放漫さも感じさせない、人類最強にして最高メンタルの持ち主。そんな安定した自己肯定感を持つ美人の前で、メンヘラ地味た面倒くさい高飛車美人はバタバタと淘汰されていくのである。 これで世の平和は守られた。 ただ、博多の街は美人の密度があまりにも高すぎて、いささか美貌が無駄使いされている感がある。 地下鉄の駅員さんとか、僕がお世話になっているコワーキングスペースの受付のおねえさん(とかいって圧倒的年下)ですら、ちょっとそこら辺にはいない感じの美人だ。しかも「アタシ美人なんで丁重に扱いなさいよ」オーラがまったく出ていない。なんていうか、もっとその美貌を生かした職業に就けそうなものなのにモッタイナイ! 東京くんだりで婚活している男子諸君。そこは非効率なので今すぐ福岡に飛ぶべきだ。良い感じのサウナとカプセルホテルとコワーキングスペースと牛丼屋という人生に必要なすべてが徒歩圏内に全部あって、今日から手ぶらで移住できるぞ。 地元に残る博多美人 前置きのつもりが全然関係ないことを語ってしまった…。 コワーキングスペースで働くノマドって、自分がそうなるまでWebプログラマとかデザインとか、オンラインで完結する仕事ばかりなのかと思ってた。ところがデザインはデザインでも、建築や内装みたいなお客さんと対面したり現場に直接行ったりする仕事。そして引っ切りなしに電話をかけている営業っぽい職業の人もたくさんいらっしゃる。 この前そんな電話を盗み聞きしたところ、どうやらその
実は先月からしれっと日本に一時帰国しておりまして。もっぱらカプセルホテルに長期滞在しつつ、コワーキングスペースに「出勤」して、夜はサウナ三昧という暮らしをしております。カネを使うだけの立場なら日本最高(=^・・^=)♬ それにしても、日本のコワーキングスペースってやたら名刺をもらう。 ぬるま湯フリーランスの僕は、営業活動を一切しないまま食えるようになってしまった。だから名刺なんて持ってなくて気まずい。今後もできれば持ちたくないけど、やっぱ作っといた方がいいのかな。なお、2013年に僕がデザインした名刺はこんな感じだ。 色鉛筆で手書きしたデザイン。実に味がありますね。そしてこの当時、まだ「ししもん」のキャラはこの世に存在しなかったんだ(=^・・^;=) とかまぁ書きたいのはそこじゃなくて…。 今日名刺をもらった女性は、まだ20代なんじゃないかな。フリーランスで営業や婚活のコーチングをしているらしく、噂によると元スッチーらしい。スッチーって死語だな。彼女の肩書はスマイリスト。スマイリストが微笑んで職業になるなら、じゃあ僕はグータリストとして寝て暮らしたいぞ。 相手が若くて美人だったこともあり、とりあえず粗相をしないように、ザワザワした空間から相手の声だけを一生懸命聞き分けて、不快にしない返答を繰り出すよう頑張った。オフィシャルな初対面がとにかく苦手なだけに、頭真っ白でよく覚えていないけど、少々しゃべりすぎた感があるけど、とりあえず頑張ったんだよ、僕なりに。 ところがさっき宿に帰ってポケットでグシャグシャになってた名刺を見直すと、何やらすごい珍しい名字の人じゃないか。僕ときたらスマイリストの肩書までで情報を追うのを止めてしまい、名刺をもらったのに名前すら確認しなかったわけだ。学生時代に板書取れなかっただけあって、文字を追いながら話を聞くというマルチタスク機能が僕にはない。それにしても相手の名前くらいは、さすがに確認すべきだろう。 後から会話を思い返せば、彼女は「お名前なんとお読みするんですか」の一言を待っていたんだ。振り仮名を付けていないところからも、きっとそっから会話を発展させるつもりだったんだ。スマイルだけじゃ全然伝わらねーよ(=^・・^#=) ハッキリ「アタシの名前なんて読むでしょーか!」くらい言ってくれなきゃ…。 その昔、ホリエモン社長がテレビに出る度に破茶滅茶なキャラを晒してライブドアの株価が下がるという現象
めっきりブログを書かなくなってしまった。投げ銭して頂いた方もいらっしゃるのに申し訳無い。 沈黙期間にあった大きな出来事といえば、酒を止めたことかな。そう、酒。止めたんですよ。もう2ヶ月近く1滴もアルコールを摂取していない。今度こそ断酒に成功した感がある。 きっかけ。 2ヶ月前の僕は、寝ているときと仕事中以外は常に酒を飲んでいるという、連続飲酒状態の一歩手前だった。そして目に見えて増えていく酒量に反比例するように、仕事の能率は下がる一方。アルコール漬けの脳で仕事をマトモにこなせなくなるまで、もうあまり時間がない。日常生活が崩壊するまでのカウントダウンだった。 そんな折、台湾にいたころ、漫画家の吾妻ひでお氏が69歳で亡くなった。アルコール依存症で、追い詰められると全部放り投げて失踪してしまうという、なんとも僕っぽい性格の人だ。家族にアル中病棟に入院させられる話や、仕事に煮詰まってホームレスになる話、そのホームレス生活に飽きて配管工になる話なんか、まさに共感しか無い。 でもやっぱ、中島らも氏もそうだけど、衝動的に生きていると長生きしないんだな。 彼の死を、酒を止めるキッカケとしよう。ふとそんな考えが頭に浮かび、その時にラッパで飲んでいた4合瓶をドボドボとトイレに捨てた。酒に心を奪われ18年。別れの儀式である。 何も完全に止めなくても、飲む量と頻度を減らせばいいじゃんって思うでしょう。ところがアル中は立派な依存症(医学的病気)であり、1滴飲んだが最後、限界まで脅迫的に飲み続け、文字通りあっという間に元の依存状態に戻ってしまう。っていうか戻ってしまった、僕(=^・・^;=)。 アル中に減酒はありえない。アル中を本気で治すなら、徹底して断酒を続けるしかないのだ。 バリ島で中島らもにアル中を説教される 「逃げている時間」はもう要らない 断酒を始めた翌日は、心の底から酒が飲みたくてしょうがなかった。でも今まで何度も断酒に失敗しているだけあって、一時的な衝動を殺す方法は心得ている。腹一杯まで食べて水を飲むのだ。物理的に胃にそれ以上入らない状態にすれば、不思議と酒のことを忘れられる。あとは炭酸水。満腹感で強烈な飲酒欲求を上書きしたら、あとは炭酸水をチビチビ飲み続ける。 濁った脳を酔に委ねてしまいたい。そんな衝動を1週間ほどやり過ごすと、なにやら仕事に身を入れている自分に気がついた。懸案だった能率が断酒することで確実に改善している。こ
めっきりブログを書かなくなってしまった。投げ銭して頂いた方もいらっしゃるのに申し訳無い。 沈黙期間にあった大きな出来事といえば、酒を止めたことかな。そう、酒。止めたんですよ。もう2ヶ月近く1滴もアルコールを摂取していない。今度こそ断酒に成功した感がある。 きっかけ。 2ヶ月前の僕は、寝ているときと仕事中以外は常に酒を飲んでいるという、連続飲酒状態の一歩手前だった。そして目に見えて増えていく酒量に反比例するように、仕事の能率は下がる一方。アルコール漬けの脳で仕事をマトモにこなせなくなるまで、もうあまり時間がない。そんな健康状態のカウントダウンだった。 そんな折、台湾にいたころ、漫画家の吾妻ひでお氏が69歳で亡くなった。アルコール依存症で、追い詰められると全部放り投げて失踪してしまうという、なんとも僕っぽい性格の人だ。家族にアル中病棟に入院させられる話や、仕事に煮詰まってホームレスになる話、そのホームレス生活に飽きて配管工になる話なんか、まさに共感しか無い。 でもやっぱ、中島らも氏もそうだけど、衝動的に生きていると長生きしないんだな。 彼の死を、酒を止めるキッカケとしよう。ふとそんな考えが頭に浮かび、その時にラッパで飲んでいた4合瓶をドボドボとトイレに捨てた。酒に心を奪われ18年。別れの儀式である。 何も完全に止めなくても、飲む量と頻度を減らせばいいじゃんって思うでしょう。ところがアル中は立派な依存症(医学的病気)であり、1滴飲んだが最後、限界まで脅迫的に飲み続け、文字通りあっという間に元の依存状態に戻ってしまう。っていうか戻ってしまった、僕(=^・・^;=)。 アル中に減酒はありえない。アル中を本気で治すなら、徹底して断酒を続けるしかないのだ。 バリ島で中島らもにアル中を説教される 「逃げている時間」はもう要らない 断酒を始めた翌日は、心の底から酒が飲みたくてしょうがなかった。でも今まで何度も断酒に失敗しているだけあって、一時的な衝動を殺す方法は心得ている。腹一杯まで食べて水を飲むのだ。物理的に胃にそれ以上入らない状態にすれば、不思議と酒のことを忘れられる。あとは炭酸水。満腹感で強烈な飲酒欲求を上書きしたら、あとは炭酸水をチビチビ飲み続ける。 濁った脳を酔に委ねてしまいたい。そんな衝動を1週間ほどやり過ごすと、なにやら仕事に身を入れている自分に気がついた。懸案だった能率が断酒することで確実に改善している。この努力が
東日本を強烈な台風が通り過ぎたらしいけど、一切関わらないようにした。 不安を吐露する日本在住の友人がいても、まぁ軽く「大変だねぇ」みたいな感じに距離を置く。それでもあまりに執拗に恐い恐い言う人には、僕は君の恐怖に一切興味ないから台風の話題にはもうこれ以上返信しない、と伝えたこともある。 冷たいだろ。 でもね、彼らは「捨てられない人」なんだ。 3.11の地震のとき、僕もそうだった。 人間関係、家、仕事、そして家族。人生を構成しているたくさんのアレコレのうち、本当に何が大切なのか明確にしておかないと、いざ危険が迫った時、全てを守りきれない可能性に右往左往することになる。逆に「コレさえ守ればなんとかなる」と予め優先順位をつけておけば、何が起こっても重要度が低いものからバッサリとトカゲの尻尾切りにして、絶対に守るべきものを死守できる。予め決めてあるのだから、決断を悩むこともない。 台風で氾濫しそうな河川の側で固唾を呑んでテレビの災害情報を見ている人など、自分の命、家族、持ち家、仕事、の優先順位がついておらず、結局すべてを危険に晒しているアホにしか見えない。 家族の命>自分の命>家>仕事。 こんな風に優先順位をつけておけば、交通機関の計画運休が決まった時点で会社には休む旨を伝えて、影響がなさそうな例えば新潟とかに、温泉宿でも取って家族でのんびりすればいいのだ。どうせガラガラに違いない。 …と、まぁこんな感じで、僕は自分が経験したことのない他人の痛みに共感するチカラが致命的に弱いのである。 共感するチカラが弱い 悲しんだり、恐れたり、実際に被害にあって苦しむ人に寄り添うこと。僕はこれに強烈な苦手意識がある。 いちばん困るのが、友人や親戚が亡くなった時だ。 その人ともう永遠に会うことができない。この事実を理解はするけど、感情の方は「でもまぁ特に何も困らないだろう」と感じてそれで終わり。現実として受け入れるだけ。親しい人たちがこの世を去ること。それが、多くの人達と同じように感情に結びついていない。 涙の一滴も出てこない。人間性にバグがある。 とりあえず1人の人生が終わってしまったことを、残念だとは感じる。ただその残念な感情と同時に「面倒くさい」と思う気持ちがぐんぐん頭を擡げて、程なく全てを覆い尽くす。直前だから往復10万円近い飛行機を予約して、チクチクして肩がこる礼服を着て、すべてに優先して特定のクソ田舎に趣き、故人本人でもない
紀伊國屋書店が頑張っていらっしゃる関係で、東南アジアで日本の書籍を手に入れるのはそう難しくない。バンコクに限っては和書専門の古本屋まである。昔はシンガポールのシェントンウェイにも古書店があったんだけど、僕が知る限り2014年ごろ潰れてしまった。悔しいのう…。 僕は住所不定の移動民なので普段はもっぱら電子書籍派。帰国すると紙の本も買うけど、次の出国までには漏れなく自炊業者に送ってPDFにしてもらう。 それでもやっぱりリアルの本屋は良い。 なにしろ数百冊の本を一度に視界に入れることができる。オンデマンドである電子書籍は、積極的にデマンドしない限り購入に至らない。逆に普段は興味がわかないジャンルを偶然手に取ってしまうのがリアル書店の魅力なのだ。 紙の本のチカラ。大型書店でメンタルを回復する。 人生詰む前に大型書店に行って選択肢を増やす さて、この前ベトナムの某書店に行った折、「からかい上手の高木さん」というラブコメ漫画が無料で置いてあった。Amazonや楽天の1巻無料に対抗しているのかもしれない。かつて「高木さん」は人気漫画ランキングで上位になってたので、帰国イベント「徹夜マン喫合宿」でチラッと読んだことがある。当時は「爆発しろ」としか思わなかったんだけど、まぁタダだしヒマだし、もっかい読んでみるか。 ところが第一印象というのはかなり正確なもので、数年越しに読んでもやっぱり「爆発しろ」としか思わない。そしてその次に来た感想は、これが人気になるほど「いったい誰が読んでいるのか」という疑問。 ターゲット層が見えない。主な読者は男性として、非モテは大爆発を望むだろうし、リア充はリアル高木さんとキャッキャするのに忙しいハズだ。 それでネットで書評を検索すると「ピュアな恋愛にしびれました」「純粋な2人に癒やされる」「憧れの中学生活」という感じ。 …えぇぇ??? これってピュアで純粋な恋愛のお話だったの?ぜんぜん違うだろ(=^・・^=;) 普段から大衆と気が合わない僕だけど、同じ話なのにここまで違う読み方をするとは…。1巻無料の漫画で図らずも自分の心の汚れを悟ってしまったのでありました。 大衆に寄生して生きていく 女子の戦略、男子の戦略 男子校出身者はご愁傷様として、共学の中学校であれば男子にちょっかい出してくる「高木さん」みたいな女子は普通にいる。逆に言えば地味でモテ筋でもないのに、西方君みたく美味しいシチュエーションに恵まれる
外国語といえば英語だ。これはステレオタイプながら、外国で外国語を使って仕事をするなら絶対的な真理である。 以前、K-POPにハマって韓国に語学留学までした友人が、英語だけ特別視するのはおかしい的な話をしていた。興味のある言語を学べばいいのだと。もちろん正しい。文化的な意味で言えば確かに英語は世界に星の数ほどある言語のうちインド・ヨーロッパ語族のそのまた一部でしかない。だから好きな言語を好きな様に学べばいい。Pythonとかね(=^・・^=)♬ ただ、その語学力をおカネに変えたいなら、話はぜんぜん違う。語学力を仕事にするなら韓国語なんてやってる場合ではないのだ。 実際問題、2012年に脳味噌のデキに少なくとも偏差値的に大差ない僕らが韓国語と英語をそれぞれ学んだ結果、海外就職に成功したのは英語を選んだ僕だけだった。英語はそれなりに使えればカネになったけど、韓国語はいくら流暢に喋れてもカネにならなかったわけ。 仕事で使うなら英語以外は所詮「第二外国語」でしかない。デキたら良いね、くらいなもん。 さて。 そんなカルト的英語至上主義だった僕は、シンガポールに住み始めて愕然とした。英語が喋れるのは「当然」であり、僕のシンガポール友人たちは深い話はみんな「華語」でする。シンガポールの華語は、中国語普通話が崩れたような文法と、マレー語や福建みたいな中国方言の語彙が混ざった混合言語、ピジンである。なお、マレーシアやインドネシアにはそれぞれ独自の華語があって、これは日本語の方言のように喋り方で出身地がバレる仕組みでもある。 とくにシンガポールに思い入れが無いまま成り行きで働き始めた僕は、広大な中国語文化圏が東南アジア一円に広がっている事実に興奮した。英語が出来るのは東南アジアで高い教育を受けた中華系〇〇人には当然であり、その上で中国語(華語)で国籍を問わずかなり深いレベルで意思疎通ができる。むしろ英語より深く、心の奥底を表現できる…。 これってスゴいことじゃないか? 話し合いで解決。 なにも極端に左巻きな人達だけじゃなく、普通に考えれば思い当たる人類普遍の真理である。民族とか国家の間になにか問題が発生したならば、腹を割ってとことん話し合えばきっとどこかで理解しあえる時が来る。 ところが残念なことに、そこには言葉の壁がある。隣の国の人たちと自由に語り合うことができない。もし全人類が、現在のデファクトスタンダードである英語を流暢に喋れる
35歳マイホーム購入ラッシュにピンとこない落ち着きがない僕の胸の内
「あら、ロバート・キヨサキって日本人じゃなーい!」 チーズをどっかに消しちゃう人?ビットコインの教祖?Ruby作ったのは日本人だよ(=^・・^=)♬ 「それは別人よ。金持ち父さん。」 なんかこのキヨサキさんは日本人じゃなくアメリカ人なんじゃね(=^・・^;=)? 「まぁ、どうでもいいわ。そんな感じでね、労働者から起業家へ。人生の象限を超越する切り札が…これってわけよ」 無駄に難しい単語ばかり使って話す、大学を出たばかりというこの23歳の台湾女子は、黒いアタッシュケースからドブからさらったカビみたいな緑の苔を僕の顔に塗ったくる。それドロだろ!って思ったら、本当に泥パックらしい。有名な湖の泥は売れるのか。 午前1時。 なぜか僕は台湾第二の都市、高雄で、マルチ商法の勧誘を受けている。AirBnBで予約した物件が、なんでかどうして化粧品マルチ大手の地区部長様のお宅だったわけ。 いや…。まぁ僕もブロガーですからね。行く先々でこうしたネタに巻き込まれるのは本望なんですけどね。いや、それでもやっぱ。イケメンでもなんでもない35歳の僕に化粧品を勧めるのは、あまつさえ女性をターゲットにセールスさせるのは、いくらなんでも無理があるってもんだぜ(=^・・^;=) 「日本には【傑尼斯】ってあるでしょ。これを塗ればあなたも2週間でデビューよ!」 いや…。デビューするためにヤツら全員掘られてるからさ。僕は嫌だよ…。じゃあまぁ台湾女子と結婚できるし、せめてEXILEにしとくわ(=^・・^;=) 物価が安く給与水準も低い台湾の庶民は、みんな月収10万円くらいで慎ましく暮らしている。だけど不動産だけは別で、日本と同じく平地が少ない土地柄も相まって、新築信仰が根強い日本人からしたらボロ屋の範疇であろうガチ昭和な中古物件にも数千万円の値がつく。億ションだってまったく珍しくない。 それなのに彼女は若干23歳にして杉並区的な閑静な住宅街に家を持ち、猫二匹と優雅に暮らしている。マルチ商法ってそんな儲かるのかと思ったら、やっぱりそこは金持ちのご令嬢ってわけ。この家も父親が複数所有する物件のひとつで、生活のために働く必要がないので好きなことだけやってるらしい。 うらやましい。 親と家とボンボン 「やっと裁判が終わって。晴れてこの家は俺のもんになったわけさ」 無職、家を持つ。僕の7年来の友人であるこの台湾男子は、亡くなった母の遺産相続で裁判沙汰に巻き込まれた。
8月31日。 夏休みが終わり、1年で最も多くの子供たちが命を放り出すこの日は、僕的に冗談抜きにキツい。 同じような喜びはあれど、同じ悲しみはない。だから同情や共感なんて人間らしい感情ではないのだけど、8年前に命を放り出そうとしたことがある僕は、やはり子供が自殺したニュースを読むたびにあの時のこと、そして自分が子供だった頃を思い出し、いたたまれない気分になる。 子供が、人生に、行き詰まる。 幼くして、死ぬことが、最良の選択であると、結論に至る。 僕がいたたまれない気持ちになるのは、行き詰まった自分の人生を立て直した今でも、彼らに何ひとつ助言することが出来ないからだ。 夏休みの終わり 22時過ぎの関越自動車道。オレンジ色のナトリウム灯が車の車窓を流れていく。運転しているのは父親、後部座席で僕の隣に座った母親と、助手席のチャイルドシートに座った弟は高速に入ってすぐ寝入ったようだ。 僕はというと子供の頃から不眠症。 小学6年生の僕は流れていく街灯と、まるで高速道路に寄生するように林立するパチンコ屋、そしてお城のようなラブホテルの妖しげなネオン。そんな救いようのない夜のクソ田舎を、焦点のあっていない目でただひたすら眺めていた。 小学校最後の夏休みがもうすぐ終わる。 僕はこの頃、自分がちょっと普通ではないことに気付き始めていた。というか、普通から逸脱して学校で困ることが多くなった。たぶん僕は物心つくまえから同じようなもんだったんだろう。でも12歳になってようやく、それを具体的に自覚できるようになったわけだ。 オレンジ色の街灯が視界を流れていく。その間隔が、心臓が鼓動するリズムのちょうど半分であることに僕は気づく。ここは高速道路なので、結構速い。 僕は夏休みの宿題のことを考えていた。 自由研究と算数の宿題はとうの昔に終わらせた。でも絵日記は夏休み2日目から空白。調理実習を参考に昼飯を作って家族に振る舞うという家庭科の宿題も、まだ母親にその存在すら伝えていない。しかしまぁ、これは怒られるだろうがなんとかなろう。そうだ、みんなでっち上げればいい。 問題は漢字ドリルである。 国語の宿題は、1学期に習ったドリルを漢字ノートに5回ずつ写経せよというものだった。当初は10回と言い渡されたのだけど、教師もこの荒れたクラスでそれは無理と承知しており、5回に減刑されたわけだ。 ところが夏休みも終わりに差し掛かり、久しぶりにランドセルを開けた僕は
海外でシンガポール人を見分けるのは至難の技だ。 多民族国家だけにいろいろな見た目の人がいて、こてこてのシングリッシュを喋ってくれればなんとかって感じだけど、海外には親族とか親しい友人と出かけるものだ。すると英語から民族由来の言葉に見事に切り替わり、中国語、マレー語、インドは公用語のタミル語以外にもいっぱい民族がいすぎて皆目わからない。 都市国家なので人口が少ないこともあり、ホステルとか場末の飲み屋でシンガポール人に出会うとレアポケモンのごとく嬉しくなる。 同じく多民族国家で見分けが難しいのが南アフリカ人。 アフリカっていうとサバンナでライオンさんやゾウさんがガォガォパォパォしている印象だけど、旧英領の南アフリカ共和国はアフリカ大陸の経済首都で近代的な国らしい。行ったことないけど。地球の裏側に近いであろう東南アジアでも、たまに彼らを見かけることがある。 やたら声のデカい白人と、ステレオタイプなアフリカ系黒人(ビーズとか仕込んであるドレッドヘア)、そしてその中間的な見た目のどことなくアジア系に見えなくもない人たちが固まっていたら、それは南アフリカからの御一行様かもしれない。 僕がインドネシアのバリ島でホウ酸入りの肉団子をかっ食らっていると、そのカラフルなグループから白人オババが僕のテーブルに逃げてきた。 バリ島の壊れる水回りと、インドネシア料理バクソの食品添加物 攻勢物乞い 「んもぉ、あの物乞いがウザくって!アタシしばらくお兄さんと一緒に食事するわ!」 オバちゃんという生き物は、民族を問わず大阪のオバちゃんに収束する。声がデカい。世界中みんな仲間だと思っている。マシンガントーク。飴ちゃんはくれなかった(=^・・^;=) 「さっきから No!! って5億回くらい言ってるのに、アタシたちに付きまとってゴミを売りつけてくるのよ!!」 ああ、あの親子ね(=^・・^;=) 生活保護がある日本では物乞いが割りに合わず、いわゆるホームレスな人たちは知的&精神障害を抱えている人も多く無気力に寝そべっているだけだ。 でも食いっぱぐれたら死ぬだけな途上国の物乞いは違って、「ほどこしてください」ではなく「なぜ私にほどこさないのか!!」という攻勢の物乞いをする。ピンとこない人はインドに行くと良い。 「バリ島ってほんと貧しい国なのね。今朝もビーチでいらんもん買わされて、ほら」 南アフリカBBAがThe アフリカって感じの原色カラフルなバッグか
2018年の7月で会社員をクビになり、その退職日にマレーシアに飛んで東南アジア最高峰のキナバル山(4000m)を登ったり、まぁ無職は恥だが癖になるとばかりに危機感なく自由奔放にやってたわけです。 というのも、退職後も会社の計らいでシンガポールのビザが3ヶ月間有効だったんだよね。会社都合退職だったから転職期間ってなわけだけど、僕にはもう会社員が無理だという確信があった。 だからこの3ヶ月はもっぱらビール飲んで過ごした。 この時期の自己分析は今の合理的な生活に落ち着くヒントになったので決して無駄ではなかった。働いていると生活を変えようと思っても「この仕事を続ける上で」という制限がついてまわり、結局不満足な日常にメスを入れられる部分は殆どない。それで部屋の模様替えとかで自己満足して終わりと。 でも仕事の制約から開放されればやりたい放題。例えば、 1か所に留まりたくない →海外放浪生活 事務手続きが嫌い →ビザ無しで入れる国と期間にしぼる 会社員は無理 →ネットで細々とお金がほしい 3つ目は結構苦労したけど、幸運にも良い案件をご紹介いただき6ヶ月くらいで安定的に生計を立てられるまでになった。 めでたし、めでたし。 なんだけど、最近僕はちょっとマズい傾向にある。気分の浮き沈みが激しく、しかもこれが周期的なんだよね。デカいストレスから逃げた結果、根底にあった困った気質が表面に出てきた感じ。 今日はこの話を書く。 2週間ごとにとイケイケとイライラを繰り返す 今週に入ってから「あ、そろそろ来そうだな」ってな感覚があったんだけど、昨日朝起きたら違う自分になってた。 寝付きが悪く夜中に何度も起きる、それでいて朝は起きるのがツラい、集中力が半減、おまけに酒にも弱くなっていつもの半分くらいのビールしか飲めなくなる。ようはパフォーマンスが著しく下がる2週間がやってきたのだ。 一見、双極性障害っぽいし、自分でもそうか思って病院とか医学界のサイトを調べてみたんだけど、双極とは決定的に違う点もあって。 それは抑うつ状態っていうよりは、思い通りにやるべきことが進まない自分にイライラする。他人に対しても怒りの沸点が下がり、些細なことなのに「石投げたろか」的な気分になる。例えば日本を騒がせているアオリ運転のニュースなど見ると、自分もこうなりそうだからクルマを運転するのは止めたほうが良いなと感じたり。 僕は根が弱虫だからこの暴力性について実行に移すこと
いやぁもうマジ仕事が忙しくて、今日は数えると実に2ヶ月ぶりに「完全に仕事がない」週末。東南アジアに破竹の勢いで増えるお洒落カフェで、やっと業務アプリを閉じてブログを書く時間と心の余裕を持てた。 フリーランス家業がこんなに忙しいとは思わなかった。 もっともこれは完全に嬉しい悲鳴。海外ノマドとして1年目で生計が成り立っている時点で感謝しなくてはいけない。ただ仕事そのものは確実にサラリーマン時代より労力を費やしてかなり頑張っている。責任も重い。気が抜けない。 でも僕は仕事自体で大きくコケることはあまりない。職場の人間関係、通勤電車、何より朝早起きして同じ時間に同じ場所で同じ人と同じようなことを永遠に繰り返すのがダメだった。 今思えば。学校、日本企業、シンガポールの会社…。なんかすべて適応障害を起こしてたんじゃないかと思う。日本企業で鬱になったのは確実に適応障害。精神障害者手帳を取った時の診断書にそう書いてあったからね。 まぁ何にせよ、仕事「だけ」キッチリやれば、それ以外は自由に出来る今の環境が僕にとって完璧。何も文句ない。強いて言えば今後はもうちょっと能率を上げて週2日くらいは完全オフを作りたいと思うけど、それも僕の能力次第、裁量次第なのである。 収入も安定してきて、もうすぐシンガポール時代の給料を超える。先月は3000円足りなかった(=^・・^;=) そんなわけで、時間と場所に縛られないのを良いことに、旧友に誘われたら比較的気軽に国境を超えて遊びに行く。まぁどこの国に行っても籠もって朝から晩までパソコに向かっているわけだけど…。 今月8月は建国記念の日があったため、マレー系イスラム教徒のお友達からお誘いを受け短期間だけまたどシンガポールに行った。僕の最初の海外就職は友達が経営するホステルの管理人で、建国記念の日に合わせてホステルの同窓会的な集まりがあったの。 シンガポールの建国記念の日。 普通の清く正しいシンガポール人は、家のテレビで記念式典と軍事パレードと花火を観戦するものだ。でもこれはお盆休みに引きこもっている非リア充日本人みたいなもんで、リアルを楽しむ系シンガポール人の正しい建国記念の日の過ごし方は2つある。 ひとつは海外旅行。建国記念の日と土日を組み合わせた連休に有給休暇を足して、ヨーロッパみたく連休でしか行けない場所に遠出する。この時期に当て込んだパック旅行なんかも売り出されるし、家族サービスや親孝行の意味
途上国の教育について面白いTED動画を見た。 もう20年近く前の実験なんだけど、ある教育学者がインドのスラム街にパソコンを設置して、高速インターネットに繋げた状態で放置したのだそうな。当時の記録ビデオに映るブラウン管ディスプレイが懐かしい。20年前にしかもスラム街で常時接続のパソコンが使える状況というのは、まるでUFOが降りてきたような衝撃だったかもしれない。 この実験のミソは、そのパソコンを地上1mの高さの路上に設置したところ。小学生くらいの年齢のストリートチルドレンに使ってもらうことを意図しているわけだ。高さ1mだと大人の視界に入らないし、使おうと思っても腰が痛みそう。実際、スラムの壁に埋め込まれたパソコンの前には子供たちが群がって、ああでもないこうでもないと試行錯誤を始めた。 この実験の成果は目覚ましく、パソコンという存在すら知らなかったスラム街の子供たちが、大人から教わることもなく非常に短期間でパソコンの操作を覚え、さらにもっと小さい子に自らブラウジングを教えるまでになった。全く読み書きできない英語設定のパソコンにもかかわらず。 同じ実験の対象になったインドの別の地域の子供たちは、パソコンを駆使してネットを徘徊し、学校の宿題をこなすようになった。担任の先生も成績の伸びに驚きを隠さないほど笑 でもそうやって国や地域を拡大し、単純なパソコン操作だけでなくちゃんとした学問にまで範囲を広げると、このネットを駆使したグループ学習で効果を得るのにひと工夫必要になってくる。 褒めてくれる人の存在だ。 英語がまったくわからないインドの子供たちに英語で書かれた分子生物学の教材データ入りパソコンを渡したものの、思うような成績が出なかった。そこで、勉強している自分を無条件に褒めて感激してくれる「お婆ちゃん役」を付けたのだ。とくに有益なことは教えてくれないけど、あら何をやっているの?はぁスゴいわねぇ~。もっとやってみせて!みたいに後押しする声をかけてもらえるわけだ。 すると。その後なんと数ヶ月のうちに、生物学の専門教師がいる都会のエリート校と遜色ない成績にまで伸びたという。 すなわち、 インターネット 一緒に取り組む仲間 ただ応援してくれる大人 この三点セットさえあれば、子供は学校や教師に頼らずかなり高いレベルの自己学習できる可能性が示された。これは有能な教師が行きたがらず立派な学校も作れない、紛争地帯や貧困地域の教育にとって大
「Jewelはこちら」 10ヶ月ぶりにチャンギ国際空港に降り立つと、イミグレに向かう道中これでもかってくらいJewelの看板が貼られていた。Jewelって何ねん(=^・・^=)?とはいえここまでゴリ押しされると特に興味がなくても行ってみたくなる。 なにしろ入国管理のマレー系オバちゃんに聞いたらタダらしい。 チャンギ国際空港はシンガポール中心部から電車で30分。東京で言えば羽田みたいな巨大な国際ハブ空港だ。そのド真ん中に、天井から40mの滝が落ちる丸ごと芸術品みたいなショッピングモールをぶっ建ててしまうとは。 シンガポールのスケールには度肝を抜かれる。Jewelがチャンギ空港のどのくらいド真ん中かというと、4つあるターミナルのうち3つから徒歩で行けるレベル。まぁ軽く痩せそうなくらいに歩かされることは否めないけど…。 頼もしい面積単位である東京ドームと比較すると、シンガポールのJewelは約2.8倍。東京ドーム3個弱である。僕はこれでも日本人の端くれなので、巨大施設を見たら東京ドームと比較しないと不安で不安で夜も眠れない。あ、でも僕は数学は得意なんだけど算数は苦手なので、賢いこのブログの読者の皆様は検算をお願いしますん(=^・・^;=) そんなことはどうでもいいとして。 やっぱシンガポールはスケールが違う。 管制塔の真下。東京ドーム3つ弱の面積を、50年も前にガバチョと確保していた都市計画がヤバい。当時はジャングル辺境の田舎空港だったのに。いままで駐車場として使われてきたらしいけど、将来然るべき時が来た暁には、シンガポールの国力を象徴する建物をぶっ立てる計画があったことは間違いない。 とはいえこのブログの読者さんは9割以上、日本に住む日本人だ。イマイチこのスゴさがわからないと思う。 そこで参考までに、お隣の「The 修羅の国」マレーシアの国際ハブ空港を見てみよう。LCCの草分け「エアアジア」の拠点であるクアラ・ルンプール国際空港。そのど真ん中では…。 ヤシの木が元気に成長中。 いやいやいやい(=^・・^;=) いくらパームヤシが国の重要産業だとしてもだよ、わざわざ国際空港の滑走路のド真ん中でプランテーションしなくてもいいじゃんね。なんかもっと作るべきもんがあるじゃんよ…。 んー。 えーと。 モスクとか(=^・・^=;)? まぁ彼の修羅の国は「最後の神判」を乗り越えた死後の世界を夢見て生きている人たちの国なわけで…現世
インドネシア・バリ島の文化は独特で、長く滞在すると「え、コレってそういう意味だったの!?」という発見がたくさんある。噛めば噛むほど味があるというか。 最初のうちは根腐れ白人観光客におもねって伝統文化を切り売りしているような印象だった。でも一歩奥に入れば、そこには観光地と関係なく昔ながらの暮らしをしている人達の、静かで厳格な生活圏が広がっていた。 あとやっぱ、生粋のバリ人と出稼ぎに来たその他インドネシア人を、見た目や立ち振舞いからなんとなく区別できるようになってきたのがデカい。 これはシンガポールでも同じ。最初のうちは中華系シンガポール人と観光客や移民一世の中国人を上手く見分けられず、声デカい上に割り込んでくるしコイツらなんなんね(=^・・^#=) っとか思ったもんだ。 でも1年もすると華僑の言葉である華語と、各種大陸中国語を聞き分けるようになる。その頃には中華系シンガポール人と移民中国人の双方に友達だってできて、それで初めて僕はそれぞれが全然違う人達であることを理解した。多様性に満ちたシンガポール生活が真に面白くなってきたのもこの頃だった。 まぁそんなことはどうでもいいとして。 興味深いバリ文化のひとつに、同じ名前の人がやたら多いってのがある。例えば「コマンさん」に至っては今回の滞在で3人知り合った。もうガムランボールを投げればコマンに当たる勢い。人混みで「おい!コマン!」って言えば面白い写真が撮れるに違いない。 このコマンという名前。意味は「三郎」らしい。 日本人は男性にだけ太郎・次郎・三郎という産まれた順序の名前がある。でもバリ人は女性にも太子・次子・三子みたいな名前があって、このコマンは三女にもそのまま使えるとのこと。面白い(=^・・^=)♬ それにしても。 三男三女がこんだけたくさんいるって一体どんだけ子沢山なんだ(=^・・^;=) 人口2億6000万。パワフルな新興国として注目されるインドネシアのエネルギーを感じる。 仕事辞めさせ屋 僕が知り合ったコマン1号は、ホステルのルーフトップバーで働く二十歳の青年である。すんません、今日もまたホステルの話なんだ…。 外こもりなもんでね(=^- -^=)zzZZ 彼はバリ産まれバリ育ちの純粋なバリ人。朝から晩まで厨房にいるわりに、一体何の仕事を担当しているのかわからない。 なんかインドネシアをはじめ東南アジアって、給料がクソ安いからか差し迫った労働力不足じゃな
東南アジアでボーッと生きてると叱られることもなく緩やかに貧しくなる
ねぇーえ、奥さん。最近いろいろお高くありません? インフレ目標とか定めても物価が遅々として上がらない日本で育った僕には信じられないのだけど、東南アジアの物価の上がり方は冗談抜きにえげつない。 なんとかフリーランスで食えてる今は、7年前に無職だったとき放浪した国や街をランダムになぞっている。ところが各国の街角で食べるアレや、前回泊まったココみたいなのが、どれも値上がり。そりゃもう世界のみんなが寄ってたかって僕を騙しているみたいに感じる。 たった7年の間に、物価が嘘みたいに上がってしまったのだ。 例えばフィリピンにはサリサリストアと呼ばれるコンビニがある。コンビニといっても戦後のバラックと聞いて想像するような掘っ立て小屋を、鉄格子でなんとなくガードしたさながら野戦場のセーブポイントみたい風貌なんだけど。 このサリサリ、フィリピン全土になんと100万店舗もあるらしく、ほんとマジに山奥だろうが離島だろうが、人が住んでいようといまいと、そこがフィリピンの土地ならばサリサリストアだけは必ずある勢い。 サリサリストアはいろいろ安くて庶民の生活を支える商店であることは間違いない。 でも実は、タバコや洗剤や食料品に至るまで小分けにして売っているから安いのであって、スーパーで正規のパッケージをドンと買えば全然もっと安く手に入る。そういう意味で。サリサリストアとは、繁華街までの移動手段を持たず、正規のパッケージをまとめ買いできる経済力がない人から、少しずつマージンを取っている「貧困ビジネス」の側面があると僕は考える。例えばサンミゲルビールは20%くらい高かった。許せん(=^・・^#=) けどサリサリを悪くいうとフィリピン好きの人から叩かれるかもしれない。なにしろフィリピンにとってサリサリストアは乗り合いバス「ジプニー」と並ぶ文化イメージそのもの。日本のニンジャ、韓国のキムチみたいなもんだ。 そんな話はどうでもいいとして。 とにかくね、奥さん。7年前はサリサリの菓子パンが5円だったんですよ!5円!ストリートチルドレンが寄ってたかって「2ペソくれ!2ペソくれ!」っていうもんだから、無職のクセに1人5円ならいいかってパンを買ってあげたからよく覚えている。 ところが久しぶりにあのパンを味わっておこうと思ったら、なんと20円になってた。もちろん当時とはサリサリ店も、パンの種類も、為替レートだって違う。だから一概に比較はできない。でもさ、見た目同
3年前このブログを始めた頃、僕はデパスという精神安定剤に頼って寝ていた。当時はシンガポールで会社員をしていて、現地の専門医療が高額だったことから仕方なくインドから怪しいコピー薬を個人輸入していたんだけど。 デパスの個人輸入禁止で減薬に挑戦する羽目に でもブログのネタになるのをいいことに、いろんな快眠法、そしてデパス減薬に取り組み、程なく本当に薬なしで生活出来るまでになった。それは結局、ストレスを極限まで減らすことだった。具体的には仕事も日常生活も徹底的に手を抜き「どうでもいいや」精神の投げやり人生に切り替えた。 いかなる快眠法も、ストレスの前には無力だと今では確信している。 不眠症になるほどのストレスに耐えながら、いや敢えて悪く言えばストレス源を取り除く努力から逃げているうちは、薬に頼ってでも毎晩ちゃんと寝たほうが健康とパフォーマンスを保てる。 調子が悪い時に頑張ると何もかも上手くいかずデパスを欲する でも一度覚悟を決めて、仕事を辞めるとか、人間関係を一新するとか、人生の多くを犠牲にしてでもストレスを大幅に減らすことに成功したならば。僕の場合、睡眠薬依存から脱却した後で次にやるべきは「どこでも寝られる工夫」だった。 ようは、枕が変わることを恐れないようになる。ちょっとやそっと環境が変わっても問題なく寝られる。夜行バスやカプセルホテルでも寝られるようになる。そういうこと。 というのも、僕は同じ場所で、同じ人と、同じことを、無期限にずっとやるのが苦手だ。 この世の大勢の人々は環境が変わることをストレスに感じるようだけど、僕は逆にずっと環境が変わらない状況でメンタルが膿んでくる。だから現在みたいに毎月別の国で、違う人と、新しいことをやるのが好き。 人や土地に愛着が薄いADHDの遺伝子は遊牧民に多く動乱を生き残る そんな僕にとっての理想の生き方を実現するには、安宿の狭くて騒々しいベッドでも問題なく寝られることが必須。 いったいどうすればいいのか。 今日は、猫背を軽減して仰向けに寝られるようになると、薬に頼らずとも睡眠の質が上がり、とくに入眠しやすくなる話を書く。 猫背は不眠症と老化の原因 猫背は万病の元と言われるけど、僕は不眠症もその1つであると確信している。 去年気まぐれにストレッチポールを取り入れた。寝る前にこいつで背骨、とくに肩甲骨に挟まれた肩周りの背骨をグリグリほぐしてから寝ると、明らかに睡眠の質が上がる。
ビッターン!!!あああああ!!! 仕事を片付けてひとしきり酔っ払ったし、さぁそろそろ寝ようか。そう思ってベッドに入ると、僕が泊まっているドミトリーに何か巨大で柔らかいものが落っこちて、なにやらものすごい音と叫び声がした。 まぁ人間が落ちたんだろうな(=^・・^;=) コップに冷水と熱湯を注ぐ音は違う。これは温度によって水分子同士の水素結合の強さが変わるからで、冷たい水ほどねっとりしていて、温度が上がるほど水はサラサラになるわけ。しかしまぁ、人間が高いところがら落っこちる音で、その人の体脂肪率がわかるとは思わなかった。水がサラサラな一方で、体脂肪は実にドロドロしているわけだ。これは中々の体格の持ち主が落下したに違いない。 白人だろうか? 僕が長期投宿しているインドネシア・バリ島のホステルは、昨今東南アジアで絶賛拡大中のカプセル型。壁の一面を板で上下二段に区切り、各区画にベッドマットレスを放り込んだ簡素な作り。日本のカプセルホテルと同様に簡易的なカーテンで一応外界から完全に仕切られ、最低限のプライバシーは守られる。 ところが日本のカプセルホテルと同じように、上段のベッドはかなり高いところにある。ここから足を滑らせれば2mくらいは落っこちるハメになり、もし頭からモロに落ちたら首の骨を折って死ぬかもしれない。海外で面倒事にクビを突っ込むのは嫌なんだけど、まぁこんな時間に起きてるヤツも少ないだろうし、ここらで徳を積んでおくかね。 おーい、大丈夫かいや(=^・・^;=)? 落っこちた韓国人 って落ちたのお前かい!!! 僕はついさっきまで韓国人メインの「ドラえもんグループ」と飲んだくれていた。上段ベッドから落っこちた巨漢は、さっきまで同じグループにいたパクだったのだ。 検索で情報を取るのは欠点を探すバイアスがかかり国際交流に向かない 彼は38歳の韓国生まれ韓国育ちの韓国人なんだけど、高校卒業後に日本の料理専門学校に留学し、それ以来ずっと東京都心の老舗寿司屋で働いてきた。いまは「ちょっと疲れました」とのことで、人生の休息期間とばかりに退職して東南アジアを放浪中。調理師免許と10年以上の経験があれば、その気になれば即戦力として簡単に次の仕事は見つかるという。 それに加えて当然パクは日本語が堪能だし、働いていた寿司屋にやってきた有名な政治家や芸能人の写真をスマホで見せてくれた。僕は芸能人や外食産業にまったく興味がないから、かなり有名
東南アジア就職は語学や業務スキルも大切だけど、虫耐性が最重要
僕が沈没しているバリ島のホステルには、1階にちょっとしたカフェが、そして屋上には海の見えるBARが併設されている。ここは世界的なサーフィンの聖地なのに、ブログの話題はホステルばかり…。僕の生粋の外こもり体質と、仕事の忙しさをお察しください…。 まぁそんなわけで朝は1階のカフェでコーヒー、夜はルーフトップでチビチビやりながらパソコンに向かう。ここ最近、酒を止めたような気がするけど飲み過ぎて忘れた(=^・・^;=) だってさ。 普通カフェとかBARで飲み食いすると、飯も酒も値段を盛ってあるものだろう。だからスーパーやせいぜいコンビニで生活物資を買ってくるのが常なんだけど、このホステルときたら瓶ビールがなんとスーパーよりも全然安い。朝ごはんのベーコンエッグ・サラダ・トーストのセットなんて山盛りで300円だもんな。 こうなると最早食わない方がむしろ損。そして3食ともホステルで食って呑んで一歩も外に出ないのが経済的合理というもの。 一度入ったら出られない。なんという邪悪なホステルだろうか。 昆虫すごいぜ!東南アジア! そんなわけで今朝も1階のカフェでちょい薄めのアメリカン珈琲をアイスで頼んでチビチビやっていたんだけど。そしたらドイツ人親子がドヤドヤやってきた。メインストリートに面しているこのカフェは、別にホステルに滞在していない人でも自由に利用できる。そしてこれだけ安くてクオリティが高けりゃ、そりゃ流行る。 ドイツ人親子は、幼稚園くらいの女の子と、2mはありそうな長身のパパ。彼はそのうえ肩幅が広く、いかついムスターシュ、両腕にはでっかい入れ墨が掘ってある。昔はやんちゃだったのか、店員に対する口調も何やら横柄である。お子様は金髪で瞳が緑色。典型的なドイツ人少女って感じ。今はまるでお人形さんみたいなのに、これがどうして20年後にはミシュランのタイヤマンになってしまうのか。ドイツ人のトランスフォーム能力には目を見張るものがある。ホグワーツ魔法魔術学校に優先入学できそうだ。 しっかも。当然のことながら4歳のガキんちょでも、ドイツ語のあの変態的に複雑な冠詞の格変化を(たぶん)正しく出来てるんだよね。ネイティブってすげー。ドイツ語に挫折した僕は朝から4歳児に自尊心をズタズタにされ、劣等感に頬を濡らしながらカフェアメリカンについてきたチョコクロワッサンをほうばった。 そしたら。 「うっわ…!虫がいるじゃねーか!」 カウンターを振り返ると
検索で情報を取るのは欠点を探すバイアスがかかり国際交流に向かない
バリ島の観光地って白人が勝手に想像する「アジアン」を島を挙げてプロデュースしてるだけなんじゃないかって気がしてきた。 この島にバリ・ヒンドゥ教を中心としたオリジナルな文化が根付いていることは確かだけど、ふらりやって来たガイジンが英語でいい加減に触れられる「バリっぽさ」なんてのは、所詮は巧妙に設計された集金システムでしかない。 浅草で売ってるゲイシャ人形みたいなもんだ。 例えばちょっと高価なバリ土産として有名なガムランボール。銀細工を施したウズラの卵くらいの金属のボールなんだけど、これを振ると外見からはちょっと想像できない澄んだ音がカランコロン鳴る。英語で瞑想ボールとか言われることもあるコイツ、実はバリ島に縁もゆかりも無い。だから当然バリ・ヒンドゥの僧侶がガムランボールで瞑想修行に励むようなこともないし、そもそもバリ島で売られるようになったのもここ数十年のことだという。だからそもそもバリ人がガムランボールの存在を知らない…。 北海道のレアチーズケーキみたいなもんか。 しかも僕は寺院とか川下りとか猿山とかに一切興味がない。棚田とか、米じゃなくせめて麦芽とホップを育てるべきだ。あと猿山じゃなくてネコ山かウサギ山なら良かったのにな。ハムスター山でもいい。バリ島のサル達には、もうちょっとあどけない可愛さを身につけるべく、引き続き進化を頑張ってほしい。 その上、僕はここ最近は自分を律するためにクジゴジは完全なシラフで仕事に励むことにしている。しかもゴジまでにはとても終わらず土日もなく社畜もビックリな時間までパソコンに向かっている日も…。 もはや何のためにバリ島に1ヶ月もいるのかわからなくなってきたよ。 ヒトは見た目が100% とはいえ。 部屋に引きこもって社会から完全に孤立するのはマズい。引きこもり体質の僕でさえ、さすがに1週間も人類社会との接触を絶つとだんだん精神が膿んでくる。一時は人間相手は面倒くさいからサル山から性格が良さ気なのを一匹もらってこようかと思ったくらい。 こういう時、ホステルのドミトリーは良い。人類と接触したくなったら、1階に降りれば暇してる言葉が通じるおサルみたいなのが絶対いる。 基本的にどこの国でもホステルっていうのは動物園のサル山みたいなもんで、この地球上で繰り広げられる人類の営みの縮図。すなわち人間模様を観察するには最適で、ホステルに泊まれば世界情勢を肌で感じることができる。次のG20はホステルで開
なんかメンタルが落ち気味で、いや、何か変なことがあったわけじゃないのだけど。なんか周期的にアゲアゲ期とクヨクヨ期を繰り返している気がする。そういう星の下に生まれたんだろうな。だから余計な事を考えないように限界まで仕事を入れて、土日もなく毎日忙しくすることにした。 そんなわけで中身のあるブログ記事を考える精神的余裕が全然ない。でも年初にフリーランスとして身を立てる過程で更新を怠ったら、一撃でGoogle先生の機嫌を損ねてしまったでのう…(=^・・^;=) だから今日は構成も考えず思いつくがままにグダグダ書こうと思う。ブログって本来そういうもんだろうしね。 バリ島は水回りがぶっ壊れる ここ最近投宿しているホステルはシャワーの水圧が素晴らしい。 基本的に世界各国のホステルってのは施工がグソグソで、特に水回りの設計は素人のゴミ仕事である。とりあえずお湯なんて概念はなく、冷水にしてもチョロチョロしか出ない。だからシャワーを浴びようにもシャンプーが皆目泡立たないし、むしろシャンプーが空気読まずに泡立ってしまった日には今度は流すのが一苦労なのである。 ところがこのホステルは違う。 蛇口をひねるとゲリラ豪雨もビビるレベルで温水が吹き出す。大深度地下の間欠泉かなんかに接続されているんじゃないか。だからもう日本人的モッタイナイ精神は宇宙のかなたに忘れ、滝行のごとく15分もシャワーの流水で温まるという贅沢を覚えた。 でも今朝シャワーを浴びていると、あ、最近は朝も昼も夜も熱水滝行をしている。趣味である。と、隣のシャワーからガラガラ!ガッシャーン!という音とともに「なんぞコレくそが!!」というイギリス英語が聞こえてきた。 なんかアメリカ人って大統領からしてアレだし常に何かを罵って銃ぶっ放している印象だけど、同じことをイギリス人がするとなんかウケる。大爆笑だ。彼らには大人しくシルクハットかぶって、クソちっこいカップで紅茶でも飲んで、お天気の話題で盛り上がっててほしい。 どったの(=^・・^;=)?僕はシャワーの仕切り越しに大声で聞いてみた。 「おうwww なんか全部取れたんだけどwww」 それで隣のシャワーブースを除いていて見ると…。シャワーや蛇口や温度調節レバー的な、いわゆる「シャワー」一式がすべて壁から外れ、おそらく冷水と温水であろう2筋の水しぶきが、それこそ間欠泉のごとく壁から湧いていた。 水もお湯もバンバン出てるし問題ないじゃんww
ここインドネシア、バリ島のビーチを歩いていると、もうほんとに死肉に集るハエのごとく、多種多様な物売りが声をかけてくる。 観光ガイドをかって出るタクシー運転手。彼はその顔立ちから、もっと東の島の出身だと見て取れる。同僚らしき男ともバリ語ではなく、インドネシア語で話す。よそ者がなにガイド気取ってんだ。ガイジンなめんな(=^・・^#=) それを断ると、今度はバイクタクシーのオヤジが売春に誘ってくる。僕は見た目がわかりやすく日本人だから、オンナ、オンナいうその狂ったアクセントが気に触る。離岸流で精霊流しにするぞ(=^・・^#=) イヤホンのボリュームを上げて下品な男どもを完璧に無視し、早足で浜辺まで突っ切ると、次に近づいていて来るのは老婆たち。なんでもマッサージを生業にしているらしい。でも僕はマッサージにはうるさい。その骨ばった細い腕では、残念ながら凝り固まった僕の肩はほぐせない。せめて握力40キロを超えてから出直して来てくれ。来世でな(=^・・^#=) 老婆の次はタトゥー屋だ。嘘かホントか、ヘナだという真っ黒い液体でイカツイ龍とかドクロを描いてくれるらしいのだけど、僕はもっとカワイイ絵柄がいいな。ネコとか、ウサギとかね。だからスマホで我が愛犬の寝姿を見せて、これを描けるかと聞くと「ファイルの図柄から選べ」と。無能めが。自分が乗る精霊舟のデザインでも考えてろ(=^・・^#=) それでも波打ち際までしつこく追いかけてくるのが、サーフィン屋だ。 どうやらここのビーチには大きなサーフィン組織がいくつかあるらしく、ボードを貸す管理職的なおっさん連中と、子供のころからココで波と遊んで育ったっぽい、見るからに地元の青年がインストラクターとして所属している。こうした貸しサーフィン業者はカルテルを結んでいるらしく、どこで聞いても同じ値段を言う。それより高い場合はぼっている。福笑いにして砂浜にぶちまけるぞ(=^・・^#=) そんな感じで毎日50人以上の有象無象から声をかけられる中、僕はビリーと出会った。 コミュ障サーファー 「Hey…. Surfing? You Japanese?」 僕が言うのも何だけど、目があってない。普通、こういうのって相手の目を見ながらギラギラ誘うんじゃないの?君、バリ人?どのサーフスクールの人? 「スラバヤだよ」 そう言いながら、彼はインストラクターの詰め所になっているらしいビーチパラソルを指さした。スラバヤとは
人生詰んだ。 いや、僕の人生が詰むのは定期イベントなんだけども、これはもうガチ。絶体絶命ってヤツ。 酒が生き甲斐の僕が、あろうことか酒を飲むと激しく下痢する体質になってしまったのだ。 先週、ここバリ島の青い海と白い砂浜で、ビリーっていう好青年にサーフィンに誘われた。そんで酔ってて気分が良かったから二つ返事にオッケーしちゃったんだよね。 でも…そもそもサーフィンって柄じゃないし、身体が潮水でベタベタするのが苦手だし、さらにスキューバのライセンス持ってるのに足がつかない深い海が怖いのである。 行きたくない。サーフィンしたくない。海が怖い。ししもんはライオンだから丘にいるべきなのだ。 現実逃避が必要だ。 僕はホステルのルーフトップバーに走り、ビンタンビールの大瓶を購入。気分が良くなってくるまでひとしきり飲み干した。 ごろごろ… テキメン下痢ですよ。こりゃ確実にサーフィンの恐怖からくる心因性じゃない。原因は確実にアルコールだ。 ストッパは効く ただ日本には神薬という便利なものがありまして。僕は屋上のバーから自分の部屋に駆け戻り、ストッパを水無し一錠口に放り込んだ。 効く。やっぱストッパは効く。 心因性の下痢にはろくすっぽ効かず、逆に満員電車で漏らして会社に着くと強烈な便秘に。それを繰り返して痔になるという。そんな最悪な体験をした僕だけど、やっぱ器質性の下痢にストッパは即効性をもって効くね。 日本人でよかった。 と、なると。 ですよ。 ストッパをビールで流し込めば万事マルッと解決なのでは(=^・・^=)♬ などと退廃的に考えてしまうのがアル中なのです…。 実際、今までもウィスキーとかウォッカとか強い酒を飲み過ぎて胃が荒れると、太田胃散をビールで流し込んできた。これがテキメンに効くんですよ、奥さん。 なんだ。 おクスリが2種類に増えるだけじゃん。よかったよかった。問題ない(=^・・^=)♬ 中島らもに説教される ひと安心してトイレから出て、預けていた洗濯物を回収しようとホステルのカウンターに向かった。 すると。 なぜか談話室の本棚にふと目がいった。ほんと偶然としか言いようがない。でも英語や欧州言語で書かれた大判のペーパーバックが目立つ中、僕の視界に小さく日本語が飛び込んできたんだ。 ホステルの本棚ってやつには、世界各国の旅行者が残していった本たちが並んでいる。日本語本に関しては地球の歩き方とか、古びたるるぶとかね。中には図書
「普通」に働かないと人間性の問題にされる日本社会のイジメ構造
ここ最近の事件で「運転する年寄り」と「働いていない若者」の肩身は極限まで狭くなった。まぁ無職の肩身なんて元から狭いわけだけど、流石に犯罪者予備軍と決めつけるのはどうかと思う。 僕は2019年、人生3度目の無職からフリーランスという形で脱出できた感がある。ところが無職の肩身の狭さは実は今も続いているんだ。日本では。 東京郊外の住宅地でビーサン三十路男が昼間っからビール片手に鼻くそホジりながら散歩とかしていると、フリーランスだろうがなんだろうが下手したら通報されてしまう。実際にベンチに座っただけで通報されたってニュースを読んだし、正直な話、職質される。社員証とかないのにわざわざ職務を質問してくんなって話だ。美味しいビールの銘柄とか聞けよ。おまけに保険証すら持ってないものだから、これは確実に面倒くさいことになる。 祖国がそんな被差別民として僕を扱うなら、もう日本脱出して税金も年金も払わねーよ!バーカ!ってなるのは自然の流れだよね。 独身ノマドが税金・年金・健康保険を払わず合法的に南国で暮らす三種の神器 それにしても…。日本では「会社員」「公務員」「儲かってる自営業」以外は「ちゃんと働いていない」って見做されるの、いったいアレはなんでなんだ。三十路男がバイトとか非正規だと人間扱いされないし、僕なんてシンガポールの米系企業で正社員していた時ですら、東証二部企業の社員から「日本でマトモに働いた方が良い」とか説教されたこともある。 海外就職は「逃げ」ってヤツだね。 露店や屋台が多い街で暮らすと価値を生み出してお金に変えるという感覚が身につく 日本企業で遅くまで残業して、結婚して子供2人つくってベビーカーで電車に乗らず、ダサいベットタウンにダサい建売物件買って、子供が育ったら実家からキッチリ叩き出し、定年退職したら運転免許を即刻返納! これ「だけ」が日本で暮らす日本人の正しい人生であり、それ以外は「ちゃんと働いていない」人なのだ。 ヤバい(=^・・^;=) しかも一度「ちゃんと働いていない」と見做されると、理不尽にも「人間性に問題がある」ことにされてしまう。昨今みたいな事件があった日には犯罪者予備軍である。あんまりじゃないか。 確かにまぁ僕は結構偏った個性の持ち主だと自認しているけど、だからといって少なくとも経済的に自立しているし、犯罪歴だって真っ白だ。 しかも。ちゃんと40年満員電車に耐え残業してダサい建売りにレスの奥さんと住
国家・民族・宗教は白人スタンダードから中華・イスラムに塗り替えられる
インドネシアのバリ島には、地理的な近さもあって年金暮らしのオーストラリア人がウジャウジャいる。物価が安くてグダグダ暮らしやすい東南アジアで沈没しているのは日中韓の東アジア人だけではないのだ。 僕がシンガポールのホステルでバイトしていた時と相変わらず、ここで出会ったオーストラリア人の年配男性は多かれ少なかれ「オラが村ジジイ」という感じ。言動があからさまにエラそうで、そこにはアジア人を見下した態度も透けてみえる。 まぁ国を問わず爺さんとは潜在的にそういう生き物な気もするけど。 バリ島にはワルンと呼ばれる地元食堂があちこちにあって、残念ながらその多くは観光客向けになってしまっている。けど今でも裏路地を入れば地元民ご用達のちょっと汚らしくて安い店を見つけられる。リゾート地として名を馳せるバリだけど、地元民に合わせた生活をしていれば300円で美味しい地元料理をお腹いっぱい食べられるのである。 ただ沈没外国人にとっても地元ワルンに辿り着くのはそう難しくなく、夜はもっぱら長期滞在オーストラリア人の溜まり場になっていることも。酔っぱらい無免許運転のスクーターで、ビンタンビールの看板の光に夜な夜な吸い寄せられてくるのだ。 僕が通っている近所のワルンも、酒が飲めることもあり行く時間帯によっては白人のグループに占拠されている。グループといっても4人くらいだけど、これは集団が苦手な僕にとって困った事態だ。なにしろ地元民ご用達のワルンには、せいぜい10席くらいしかない。だから静かに食事したいのに白人団体がいる時間には彼らに絡まれずにご飯にありつけない。 「ああ、またお前か」 僕は英語で暮らすようになってから日が浅いからか、白人コミュニティに混ざるといまだに「すげー俺、この爺さんの言ってることがわかるわぁ…」と狼狽してしまう。そして爺さんたちの昔話や自慢話を延々と聞かされることになるのだ。 ワルン食堂で話しかけてくるオーストラリア人爺がムカつくのは「仕事がたくさんあるオーストラリアに移民しろよ」と言っときながら、心の底では移民を心良く思っていないことを匂わせるからだ。オラが村マウンティングである。オラが村においでよ!ま、君には無理だろうけどね。 バルス(=^・・^#=) まぁそんな感じでここ数日僕は沈没オーストラリア人にうんざりしており、よっぽど食事するワルンを変えようかとも思ったんだけど、なにせこの店はオバちゃんが気さくで、しかも安くて美
国家・民族・宗教は白人スタンダードから中華・イスラムに塗り替えられる
インドネシアのバリ島には、地理的な近さもあって年金暮らしのオーストラリア人がウジャウジャいる。物価が安くてグダグダ暮らしやすい東南アジアで沈没しているのは日中韓の東アジア人だけではないのだ。 僕がシンガポールのホステルでバイトしていた時と相変わらず、ここで出会ったオーストラリア人の年配男性は多かれ少なかれ「オラが村ジジイ」という感じ。言動があからさまにエラそうで、そこにはアジア人を見下した態度も透けてみえる。 まぁ国を問わず爺さんとは潜在的にそういう生き物な気もするけど。 バリ島にはワルンと呼ばれる地元食堂があちこちにあって、残念ながらその多くは観光客向けになってしまっている。けど今でも裏路地を入れば地元民ご用達のちょっと汚らしくて安い店を見つけられる。リゾート地として名を馳せるバリだけど、地元民に合わせた生活をしていれば300円で美味しい地元料理をお腹いっぱい食べられるのである。 ただ沈没外国人にとっても地元ワルンに辿り着くのはそう難しくなく、夜はもっぱら長期滞在オーストラリア人の溜まり場になっていることも。酔っぱらい無免許運転のスクーターで、ビンタンビールの看板の光に夜な夜な吸い寄せられてくるのだ。 僕が通っている近所のワルンも、酒が飲めることもあり行く時間帯によっては白人のグループに占拠されている。グループといっても4人くらいだけど、これは集団が苦手な僕にとって困った事態だ。なにしろ地元民ご用達のワルンには、せいぜい10席くらいしかない。だから静かに食事したいのに白人団体がいる時間には彼らに絡まれずにご飯にありつけない。 「ああ、またお前か」 僕は英語で暮らすようになってから日が浅いからか、白人コミュニティに混ざるといまだに「すげー俺、この爺さんの言ってることがわかるわぁ…」と狼狽してしまう。そして爺さんたちの昔話や自慢話を延々と聞かされることになるのだ。 ワルン食堂で話しかけてくるオーストラリア人爺がムカつくのは「仕事がたくさんあるオーストラリアに移民しろよ」と言っときながら、心の底では移民を心良く思っていないことを匂わせるからだ。オラが村マウンティングである。オラが村においでよ!ま、君には無理だろうけどね。 バルス(=^・・^#=) まぁそんな感じでここ数日僕は沈没オーストラリア人にうんざりしており、よっぽど食事するワルンを変えようかとも思ったんだけど、なにせこの店はオバちゃんが気さくで、しかも安くて美
定住して同じ人間社会と年取ってくのが嫌だから税金払わず永遠に海外旅行する
ここ最近、白砂のビーチを1キロくらいテクテク歩いて海岸沿いのWiFiカフェまで「通勤」している。 東南アジアの灼熱の太陽も朝8時にはまだ大人しく、ヤシの木の隙間から淡く溢れるオレンジ色の光が美しい。波打ち際には子供が駆け回り、少し沖合には褐色に焼けたサーファーたちが点々と波待ちしている。煌めく朝日に浸かっているみたいだ。 ここは世界的に有名なサーフィンのメッカであるらしい。来るまで知らなかったんだけど(=^・・^;=) 「へい!サーフィン!」「ナミノリ?」 サーフボードのレンタル屋とかサーフィン教室の男たちは、こんな僕にまでスゴい熱量でめっちゃ声をかけてくる。完全防備でイヤホンを装着し、MacBookを裸で抱えているんだけども…。しかも僕は見た目がモロに日本人だから、二言目には日本語に切り替わり「ナミノリ!なみのり!タノシイヨ!」になる。これは明らかに「なみのりピカチュウ」の功罪だ。面倒くさいなぁ。 僕はサーフィンっていうよりビールが似合う男なんだよね。スクサマッ! その時はこれでなんとか逃げられたんだけど。 ところが昼まで仕事して、ちょっと昼寝でもするかと白人女子の際どいビキニを眺めながら同じ砂浜を歩いて帰る途中。朝と同じサーフィン男が僕のご所望の通りに今度はビールを用意して待っているではないか。なんて商魂たくましい。 「ビイルゥね、ビイルゥ!」 日本人にビアではなくBi-Ruってのは物売りの世界常識らしく、この言いにくいRuをムダに頑張って発音するのがカワイイ。たぶんローマ字にLが無いからRと書いているだけなのに。 しかし少年よ。買ってあげたいのは山々谷々なのだが、今日は金曜日だ。日本文化にはノウキってのがあって。残念ながら午後もガッツリ仕事しないと終わらないんだよ。さらに僕は原価厨でね。そのビールを道を渡った、ほら、あそこのサークルKで買えば、50円安いの知ってんだよね。 でも、あれだ。後ろから歩いてくるあの女子たち!あれも日本人だろうから、冷えたビールをこのビーチで在庫しといてくれた君の手間に50円の価値を見出すかもしれないよ。 「じゃあ明日は土曜日だから買うってことだな!明日も来いよ!サーフィンもしよう!」 いや、原価厨だからさ…。でも良いヤツだ。明日は彼からビイルゥを買おうと思う。それにサーフィンだってやってもいいかもしれない。 僕はこういうわけわからん場所で、わけわからんヤツと、通じてるのかすらわけ
やりたい仕事がないなら出来ないことから逃げてデキることだけやる
引きこもりの人が絡む事件が連鎖しているためか、ここ数日このブログのアクセスが増えている。よくも悪くも、うまく働けない人に注目が集まってるんだろうな笑 当然、該当する事件のニュースも追っている。そこで注目するのは記事本文じゃなく、ついているコメントだ。辛辣なコメントの中に埋もれがちな、同じような境遇のうまく働けない人たちの不安な声。境遇に対する憂いや憤り。 ここから僕は気づきを得られる。 その中で「やりたい仕事が見つからない」と言う声がちらほらあって残念に思う。根本的に間違っているからだ。 仕事がめっちゃデキできる専門職や起業家ならいざ知らず、いやむしろそこそこ仕事がデキるにしても、やりたいから仕事している人なんてそんないないだろう。とりあえず生きるため、家族を養うため、本当はやりたくないけど「とりあえずデキること」を必死に頑張っているのだ。 その「必死に頑張ってデキること」がないんだ! コメント主からそう言われてしまいそうだ。でも「必死に頑張ってデキること」は自分だけの努力で作れる。それを「やりたい仕事」と感情を混ぜて曖昧に考えるから、その具体的な職業が見えなくなり八方塞がりになってしまう。 仕事をするのにオンリーワンになる必要はない。ましてナンバーワンはオーバースペックである。誰にでも出来るような仕事を、誰にでも出来るようにすれば良いんだ。 今日は「やりたい仕事」にこだわるのはモッタイナイという話を書く。 そこそこデキることが充分仕事になる 橘玲氏の本「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」に面白いことが書いてあった。ドラえもんの例え話だ。 司法試験に合格して法律事務所を開業したデキスギくんは、事務員としてのび太を雇っている。デキスギ君は全てに優秀で、のび太がデキスギより秀でる業務はただのひとつもない。のび太の本業である事務作業でさえ、デキスギが自分でやった方がのび太より正確に速く出来る。 じゃあなぜデキスギはのび太を雇っているのだろう。 それは、デキスギは事務作業もデキるけど、デキスギにしか出来ない付加価値の高い法律業務に専念した方が稼げるからだ。優秀なデキスギは「やりたい仕事」を選べる人なのだ。 当然のび太は仕事を選べない。デキスギが指示した事務作業しか出来ない。しかもデキスギに劣る能率で。それでものび太は仕事を得て暮らしていける。 そしてこの世で働いている人たちのほとんどは、多かれ少なかれのび太的な労
世界最悪のニノイ・アキノ国際空港でフィリピンは滅びるまで途上国だと思った
フィリピンの空港は基本的にどこも全部ヤバい。 その中でも特に首都マニラの玄関口であるニノイ・アキノ国際空港は、長年「世界最悪の空港」として名を馳せてきた。近年は付け焼き刃の改修が功を奏してその汚名を返上したかのようだけど、見た目だけ多少マシになっても醜悪なシステムはそのままである。バルス! 僕はプライオリティパスで使えるラウンジのクオリティとか、トイレのウォシュレットが温水かどうかの話をしているのではない。 空港に求めるのは「効率」と「安全」である。そのふたつについて、ニノイ・アキノ国際空港を始めとしたフィリピンの空港には不満しか無い。 僕は明るく細かいことに執着しないフィリピン人が好きで、特に7年前にうつ病から立ち直るに際して彼らから受けた根源的な「生きる喜び」に対する恩を忘れたことはない。そしてフィリピンという国に関しても、何もかもが安くて居心地が良い沈没地として気に入っている。まぁ正直ご飯はそんなに美味しくないし、WIFIも電気も止まるし、そもそもLTE回線はもちろん3Gでさえ毎日夜は不通になるのだけど…。だから間違ってもITノマド稼業にオススメする地ではない。 それでも、僕はフィリピンが好き。このすべてが無責任で適当、でもいい加減で衝動的な僕にも優しいフィリピンに暮らす人達が大好きだ。 フィリピン・セブ島でビール飲んでたらウツ病が劇的に回復した話 ただ、フィリピン社会の仕組み。これは本当にダメ。もう擁護のしようがない。 有名なところでは人工中絶の禁止がある。近年まで多産多死の典型的な途上国だったフィリピンも、医療技術の向上により多産少死になった。でもそれは望まぬ妊娠よる多産である。結果、いまでも爆発的に人口が増え続けており、でも仕事は無く人々は貧しいまま。結局このイビツな人口動態が日本で言う高度経済成長、人口ボーナス期を食い潰している。 事実上フィリピンの国教であるローマンカトリック教が中絶禁止の根本原因である。それはもはや厳格ではなく利己的で偏屈。宗教とは人間を幸福にする哲学であるべきだ。でもフィリピンでは宗教家を幸せにするために人々が苦役を強いられ、その結果、命までもが犠牲になっている。渋滞に巻き込まれるとモノを売りに来たり窓拭きしてチップをせびるストリート・チルドレン、そして望まれない赤子の間引き…。 この国は一体いつまで「中世」を生きるつもりなのだろう。 タイ、ベトナム、インドネシア。周辺のASE
日本で通り魔事件が頻発している。登戸は日本で会社員をしていたときの僕の通勤経路だ。南武線で過敏性大腸炎を発動してしまい、駅のトイレに駆け込んだこと数知れず。あんな平凡な住宅街で凄惨な事件が起きるとは。 いまからもう20年近く前になるけど、附属池田小事件がエポックを画する出来事だったように思う。自分や家族という至極個人的な問題から、なぜか全く無関係の不特定多数を犠牲にする。秋葉原通り魔事件もそうだ。 あれ以降「死刑になりたかった」とかいう意味不明な動機を聞いても驚かなくなり、「無敵の人」という凶悪犯を一括りにする安易な言葉もうまれた。 「無敵の人」の正体は明日の僕かもしれないし、あなたかもしれない。 現在僕がグダグダ暮らしている東南アジア一帯の国々でも散発的に似たような事件が起こる。でもそれはテロと呼ばれ、主にイスラム過激派による無差別事件や、イスラム教徒に対する無差別事件が多い。どんなに理解不能で自己中心的あれど、その凶行には目的があるのだ。 昨今の通り魔が「無敵の人」かどうかはわからない。でも「人を傷つけてはいけない」「その場合然るべき刑罰に処される」という社会の規範が、最早犯罪に対する抑止力になっていない。 いったいどうしたら良いのだろう。 社会のしがらみに閉じ込める? こういう事件が起こると、たいてい孤立を防ごうという議論が持ち上がる。 無職だから罪を犯しても失う社会的信用なんて元々持っていない。社会的に孤立しているから罪を犯しても悲しませる大切な人が元々いない。生きていてもツラいだけだから極刑になっても構わない。 本当に犯人がこのように証言するケースはあれど、全ての通り魔事件、無差別事件がこういった動機で行われるわけじゃない。そして事件の経緯を調べると、往々にして犯人は孤立してないのだ。家族もいれば「優しい子だったのに信じられない」とかいい加減なコメントを垂れる知人もいる。 ただ、そこに問題を抱え、それを解決できず、鬱積した感情を赤の他人の命を奪うことに向けてしまう。犯人も、その家族も、その周辺の人々も、結果的に止められなかったのだ。 孤立を防ぐ…。 無差別事件の犯人、そしてその犯人を生んだ家族を、もっと大きなコミュニティ、たとえば地域社会や行政がつくるコミュニティに包摂したとする。でも僕はそれで別の問題が生まれるだけだと考えてしまう。いわば問題を解決せずそのままにして、より強固な社会のしがらみに閉じ込め
大切な人のために頑張らない。まず自分の幸福を実現して周りにおすそわけ
シンガポール現地採用時代に毎週テニスをしていたシンガポール男子氏と、今だに仲良くチャットしている。彼は世界ランキングで東大よりずっと賢い大学のコンピュータ・サイエンス学部を卒業したエリートである。 ところが僕と気が合うだけあって、彼も仕事ダルい派だ。ちなみにタケノコの里派、Vim派でもある。 情熱はある。でもそれを企業組織の中で上手く発揮することができない。それでいて自分で起業するほどのエネルギーと実務経験もない。だから今日も会社に文句を言いつつブー垂れながらMRTこと地下鉄に乗って、好きでもない会社に人生を二束三文で売りに行くのだ。 と思ったら。なんと先週で会社を辞めたらしい。 なんという思い切りの良さ!僕は正直彼を見直した。いよいよ日本の雪山で語り合ったプランを実現するべく起業ですか!ししもんをnginxとMySQLのメンテ係として雇ってくれませんかね? 「母校の高校で講師の仕事をしようかと」 …(=^・・^;=) 「起業するカネもないし。両親に心配かけたくないし」 ……(=^・・^;=) 「理不尽で会社を飛び出したけど、母にまだ言えずにいるんだ」 ………(=^・・^;=) 「まず安定した仕事に就かなくちゃ」 …………(=^・・^;=) 家族のために頑張る? 泣く子も黙るタイのアユタヤ遺跡。 言わずと知れた世界遺産の街なわけだけど、これが歴史の知識がないと行ってもろくすっぽ面白くない。っていうかある程度知識があってもあんま面白くない。 すっかり歴史に埋もれてしまったアユタヤだけど、かつてタイの首都だったことがある。1600~1700年代、日本で言えば江戸時代真っ盛り。例の朱印船貿易のアレやコレやで、この地に日本人街が形成されたこともあるらしく、当時の王政に仕える傭兵部隊としてサムライ一派が活躍したらしい。文字通りのラスト・サムライである。 とは言え、そんな重厚な歴史も現在でいうミャンマー勢にあっけなく滅ぼされてしまうのが、いかにもタイらしい。マイペンライだ。現在ではあんまインスタ映えするところも無く、ブッダ像が寝たり起きたり、静かに木に埋まったりしているだけである。 要はただのブッダが寝たり起きたり木に埋まったりしているのを見ても、そもそもブッダに興味が無ければ皆目意味ない。そりゃもう学校の歴史の授業並みに退屈だ。それでいて昼寝するにはあまりにも暑すぎる。 バンコクのビールエリアから電車とバスで2時間半。なん
仕事辞めたいなら英語をやるべき!無職でもできるコスパ最高の勉強法
仕事を辞めたい人はごまんといる。でも終身雇用制度が崩壊した今でも、サクッと転職に踏み切る人はまだまだ少ない。僕もウツで身体が動かなくなり、本当に辞めざるを得なくなるまで辞められなかった。 なぜか。 自分の人材価値をちゃんと見積もれず、人材市場の商品棚に乗って値踏みされるのが怖いのだ。定期的に転職エージェントに会って、現職の業績に見合う求人から客観的に自分の人材価値を把握する。そんな意識高い人ならいざしらず、ウツになるような時点で落ちこぼれ…。 きっと大した値段はつかない。ひょっとしたら買い手がまったくつかないかもしれない。そうしたらズタボロのプライドは、はかなくも崩れ去る…。これ以上、自信を無くすくらいなら、不平不満はあれど現状維持に徹しよう…。 そもそも次のステップに進みたいんじゃない。今のステップから降りたいのだ。こんな低空飛行する意識を引っさげて面接で何をアピールできる?今の仕事を辞めたい理由なら100も思いつくのに、次にどんな仕事をしたいのか、そこでどんな能力を発揮できるのかを考え始めると胸が苦しくなる。 じゃあどうするか。結局、人材価値を高めるべく手を動かすしか無い。 英語は転職の幅を広げる じゃあ何をするのかって話だけど、どうせやるならコスパが高いのがいい。あと、せっかく苦労してきた現職とは関係のない、まったく新しい業務知識をゼロから学ぶのは大変だ。どうせなら今のキャリアにプラスするようなスキルが良いだろう。 英語である。 英語ほど安く学べて、転職に直結するスキルは他に思いつかない。 業務スキルは今と同じでも、英語をプラスすれば職を求める幅がグッと広がる。チャンスが増えるのだ。いまある経歴がパッとしなくても、そこに英語をプラスするだけで、例えば日系だけじゃなく海外の転職エージェントにも登録できるようになる。当然、日本人を雇いたい外資企業が射程に入る。これだけでも転職の幅はかなり広がる。 それに語学はコツコツ努力して成果を出せる証明でもある。独学で英語面接に望むなら「どうやって勉強したか」みたくアピールするポイントにもなる。 格安で英語を学ぶ方法 じゃあどうやって英語を身につけるのか。 そりゃオーストラリアやカナダにでも語学留学すればいいんでっしゃろが、そんなカネは無いという前提。 ここは基本に立ち返り、NHK語学講座である。中学生のころ、ラジオの基礎英語を聴けと言われた人も多いハズ。アレ。 NHKゴガ
男性LGBTの社交の場タイ王国バンコク湯の森温泉はサウナが最高。空いてれば。
ホームシック。 海外暮らしが数ヶ月、数年と長くなってくると、日本のアレコレが懐かしくなる。若いころはそれが日式じゃない本格的な魚介豚骨つけ麺や、スーパーのおつとめ品の200円刺し身だった。でもアフォーの大台に乗った今や、都心の大型書店や下町の古びた銭湯が、胸を締め付けるように時折懐かしくなる。 基本的に、ホームシックになるような人間は海外生活に向かない。 身体やメンタルを構成する不可欠な要素が、深く日本社会や文化に深く癒着していて、祖国から遠く離れると長期的に心の平穏を保てないだのだ。だから僕くらい日本で散々な目にあったとしても、そのような日本人は長くても数年に一度は帰国して、自分のルーツを確認し、日本成分を満タンまで補充して再び海外に出ることになる。これは現実問題めっちゃ太る(=^・・^;=) それでも。 海外でも定期的に日本成分を補給することがある程度可能である。影響力のある国に生まれて本当に良かった。 ホームシックでヤバいのは「もう無理!日本帰る!」みたいな発作的劇症であり、これを防ぐには海外でも体験できる「なんちゃって日本」を意識的に吸収しておくことがメンタルの安定にとても寄与するのだ。 湯の森温泉バンコク 激しい雨音がする。梅雨みたいだ。 僕はそっと目を閉じる。よく乾いた木の香り、森の匂いがする。 むき出しのトタン屋根を雨季に入りかけたモンスーン気候の荒々しい風がさらい、吹き付ける雨粒が一定のビートを刻む。 これ。 コレを求めて僕は朝っぱらからタイ王国首都バンコクの日本式サウナにやってきた。 落ち着きがなく、移り気が激しく、それで自爆して勝手に疲弊する。厄介な発達障害的な困難を軽減するのにサウナはとても有効だ。 もしツラい「修行」である水風呂とサウナの往復に打ち勝って、至上のリラックス状態「サウナ・トランス」を会得したなら。それはもう深く瞑想するスキルを得たにも等しい究極のライフハックと言える。 100℃近い灼熱の木の箱のなかで、僕はプラスチック製のスリガラス状のトタン屋根に雨粒がぶつかる音に集中する。周囲の空気は完全なログハウスのそれだ。よく乾燥された太い木材からは、鬱蒼とした森の香りがする。当然、このサウナにテレビはない。さらに狭い木造の空間ながら、開店して間もない時間だけに僕以外に誰も居ない。完全なる雨音と、乾いた森の香りだけ。 さらにここでは焼け石に水をかけ放題。電気式のサウナ炉にはカンカンに熱
5年に1度くらいのペースで散発的に流行る「16性格診断」って知ってますか?いろんなサイトがあるけど、日本語に対応してて有名なのは[ココ](https://www.16personalities.com](https://www.16personalities.com/)かな。 テンポよく答えていけば10分くらいで終わるので、お暇な方はやってみると面白いと思う。 結果は意外と当っていると感じるだろう。本当によく出来ている。今どきのAIとかビッグデータとかディープラーニングはさすがだ。と思いきや、往年の分析心理学者ユングの理論に基づき、精神医療の専門家とは思えない素人おばちゃん2人によって開発された手法らしい。 あやしい(=^・・^;=) そう、実は16性格診断ことMBTIって明確な科学的根拠が無いんだよね。いわば欧米由来の血液型占いみたいなもんだ。だいたいB型ってヤバいヤツ多い気がするとか、その程度のもん。でも企業の人材育成研修やチーム編成において大真面目に使われることもあり、僕は外資企業の闇だと思っている。 とはいえ、16性格診断はよく出来ている。特に、自分の性格の変化を客観視したい時に一定の役に立つ。というのも、性格って暮らしている環境とかメンタルによってかなり変化する。もちろんカープが負けて機嫌が悪いとか上司に怒られて落ち込み気味とか、そういう変化率のデカいのではない。日本脱出して税金と年金を払わなくなったらポジティブに考えられるようになったとか、そういう徐々に変化していく性格だ。 自分自身の「いま」を知っておくことは、その手段がたとえ占いでも生きる上で役に立つと思う。ブログのネタにもなるし。 だから僕は1年に1回くらいはこのテストをやって、1年の変化を見ている。 ししもんの性格は論理学者INTP 結果は去年と変わらなかった。ししもんの性格は安定の論理学者、INTP。サイトによっては知性の探求者とか分析家タイプと書かれていることも。 3年前に初めてやったときは提唱者、静かな理想主義者であるINFJだったんだけど。ここ2年ほどは論理学者INTPに落ち着いている。 じゃあこの2年あまりに何があったか。このブログを始めたのである。そりゃ自分の生き辛さ、日本の労働環境の欠陥、各国の文化の考察…。こんなことばっかり2年以上やってたらそりゃ論理的にものを考えるようになる。 僕の性格はブログを始めたことである程度の変化を遂
今から10年前、僕は24歳でうつ病になった。 その時は茨城県つくば市で技術者として働いていて夜勤もやっていた。実際には日勤と夜勤を交互に繰り返す感じ。仕事自体は全然大変じゃなく、むしろやり甲斐も感じていたのだけど。まぁ何もない陸の孤島でそんな非生物的な生活リズムで暮らしていては、いつ誰が病んだって全然不思議じゃない。 でもありがたいことに仕事自体はある程度ユルくて、とくに独り夜勤のときには深夜ラジオを流しながらのんびり作業することが出来た。 その夜、電波の入りが良かったので偶然聴くことにしたAMラジオ番組のテーマは「働くこと」だった。労働に関するその年のニュースなんかを時折交えつつ、リスナーからのお便りを読んでいく。よくあるトーク番組だけど、折しもリーマンショックが起きて間もなく、派遣切りや年越し村が社会問題になっていただけに熱いメッセージが集まっていた。 運命とは不思議なもので、この番組を聴き始めて最初に読まれたお便りが結果的に僕の人生を変えることになる。 それは香港でコールセンターオペレーターをしている女性からだった。元々沖縄にあるサポート電話のアウトソーシング企業で働いていたものの、待遇の悪さから転職に踏み切った。そして流れ着いた先が香港。日本では高給をもらえない職種でも、海外で同じ仕事をしたら給料が3倍になった。仕事は相変わらず大変だけど、海外生活が楽しいし挑戦して良かった。そんなお花畑みたいな、ちょっと怪しい話だった。そもそも香港から日本のラジオをどうやって聴いているのか。 ちなみに沖縄のコールセンターの仕事は僕が退職して失業保険をもらうためにハロワに通っていた時に見た。実際ものすごく待遇が悪くて、もう沖縄に人が住んでいる理由がわからなくなるくらいだった。 香港か。僕だって学生の頃はよくリュックひとつで海外をフラフラしたものだけど、単身海外に渡り仕事を見つけてそのまま住み着くという生き方を初めて知った。そんなことを本当にやってしまう人がいるんだ。 「僕も海外移住したい」「どうすれば」「こうすれば…いやダメだ」 それ以来、僕はこんなことばかり考えて暮らすようになった。鬱で休職したり、退職して無職になったり。いろいろあったけど、海外に新天地を見出してやるという思いは希望の光として僕の精神を支えてくれた。 いわば無意識に人生のプランBを育てていたことになる。 希望の人生プランB 「人生こんなもんじゃない」「俺
フリーランスにアルコール依存は致命的。脳がジンジンする瞑想で断酒に挑戦
はい!また始まりましたよ、ししもんの断酒宣言が。 どうせダメに決まってる。うん、自分でもそうだと思う。しかも今日でまだ3日目だし。なんの説得力もない。 落ち着いていたチック症が断酒によって再発した 「人付き合いエネルギー」の酒ブーストとリスク 日々の幸福感を得るのに酒を筋トレで代替できないか挑戦してみる でもね。最近、アルコール依存に対して人生最大の危機を迎えている。僕はなにしろフリーランスなのだから平日の朝からでも飲み放題。東南アジアの降り注ぐ太陽のもと、80円ビールが飲み放題。こりゃむしろ飲まないほうが損じゃないか。 発達障害がお酒を飲むとパフォーマンス上がる気がするのは何故か 脳がザワザワして眠れない夜と、お酒とデパス …生活が破綻するよね。 始終酔っ払っているようなヤツは信用できないし、まして仕事など依頼しようとも思わない。当然だ。実際それでちょっとした失敗をやらかして、人生で億千万回目となる断酒をすることに決めたのだ。 でも不安になる。孤独になる。もう何で生きているのかわからなくなる。 自信の無さ。僕の問題の根底にあるのは自分で自分が好きじゃないことだ。自分でやっていること、やってきたこと、その上に積み重なっていく未来が嫌だ。こんなハズじゃない。もっとデキる。もっとデキなきゃマズい。手を動かせ…。 なのに僕の薄弱な右手は冷蔵庫を開け、中が空っぽだと気付くと今度は不道徳な両足がコンビニへ僕を走らせる。そして今日という貴重な時間はまたドブに流れ、やるべきことが一歩も進まず暮れていく。 いつの間にか酔いつぶれ、薄暗くなった部屋でハッと目を覚ましたとき、僕の頬を涙が伝う。また現実から逃げてしまったのだ。 酒は飲んでも飲まれるなというのは完全に詐欺だ。アルコールと相性が良すぎる人にとって、酒に飲まれないためには最初から1滴だって飲んではいけなかったのだ。 最初から良さを知らなければ絶対に依存しないのだから。 触覚がないハズの脳がジンジン 精神論は全然信用できない。頑張るとか耐えるとか気合とか、僕はそういうので何か達成できた試しがない。当然今回も断酒に僕の薄弱な精神は太刀打ちできないだろう。今の僕に必要なのは具体的な行動だ。 何かはっきりと上達していくような…。 はい、またまた。ししもんの瞑想がんばる宣言ですよ。まったく信用できない。続くハズがない。 いやいや、実は瞑想の練習は続けていた。目をつぶるって瞑
現地採用として働く人には行動力がある。むしろ行動力があるから単身で海外に飛び出してしまうのかもしれない。 彼らは決断が早い。僕みたくウジウジ考えてビール飲んで決断を先延ばしにするようなタイプは海外現地採用組では少数派。思い立ったら即行動。知り合いに久しぶりに会おうと思ったら別の国に再移住していたり。 その結果、海外の現地採用で働く人たちは転職回数が多くなりがちだ。 まぁ僕自身も日本で5年、シンガポールで5年働き、その間にバックパッカーホステルの管理人だった半年間挟まっている。そして今はフリーランスだから、人生で3回転職したことになる。世間一般的にはこれでも多い方だろう。何しろトヨタが終身雇用は難しいと発表しただけでニュースになるのが日本なのだ。 でも7年も海外で暮らしている人の中では、転職3回はこれでも少ない方になる。 今日は、頻繁に国境を越えて転職していく現地採用者について書く。 「都落ち」現地採用 一様に海外就職組と言っても、そこにも歴然とした格差がある。一方は誰でも知っている国際企業で地位のある仕事をし、現地社員というよりは世界を股にかけて働いているエリート。 一般的に海外就職と聞いて想像するのはこちらかもしれない。 もう一方は、日本でやっていたパッとしない仕事を、そのまま海外でやっているだけの人。僕もこっち側だったし、人数にしてもこっちの方がずっと多いハズだ。 コスト削減のため、コールセンターや一部の事務作業が日本国内から物価の安い新興国にアウトソーシングされている。それにシンガポールやタイのバンコクのように数万人の日本人が住む大都会では、日本語がネイティブで日本の商習慣や常識を知っていることが強みになりうる。日本企業の現地法人をターゲットにした営業職や、駐在員や現地の裕福層が利用する小売りやサロンみたいなサービス業だ。 当然、同じ職種でも日本より給料が下がるケースがままある。それでも海外で頑張っていこうという人には、僕みたいに日本で上手く働けなかった人も少なからず含まれる。 今日語るのは主にこういう人たち。いわば日本というステージから降りた、または蹴り出された、「都落ち」の現地採用者である。 要はなんで日本で上手く働けず、海外でも1つの仕事に習熟せずジョブホッピングを繰り返すのかってことだ。 これは自戒を込めた考察である。 シンガポールで就職活動するダラリーマンが渡航前に知っておくべきお役立ちノウハウ
東南アジアでノマド暮らし!南国の騒音問題を解決するただ1つの方法
決まった家を持たず、毎月のように違う国を転々とし、汚らしい街角のカフェで仕事をしている。 ブラックコーヒーをさっき確かに頼んだはずなのに、出てきたのは水で薄めた麦茶みたいな薄茶色い液体だった。これ、飲んで大丈夫だろうか。店先には皮膚病だらけの野犬が戸口から漏れる冷房を求めて集まっている。それでいてWiFiだけは何故かめっぽう速い。客が少ないからか。 そんなカフェ。 住所不定有職。海外ノマド。 僕の場合はそれで食えているし問題ないんだけど、そりゃまぁ問題が全然ないわけじゃない。にんげんだもの。 その問題は社会保険みたいな国家の庇護を一切頼りに出来ない自業自得的な話もあれば、ちゃんとした仕事場を見つけるのが大変という、どちらかというと牧歌的な話もある。 うるさいのだ。もうね。東南アジアってめっちゃうるさい。 僕は東南アジアの薄汚くて暑苦しい雰囲気と、そこで暮らす何をするにも気ダルそうな人たちが大好きで、好き好んでこの地域で暮らすことを選んだ。それでもやっぱり集中してここ一番の成果を出すべき時は、静かで平穏な場所で仕事だけに集中したいじゃないか。 ところが店内には爆音でアメリカン・ロックが流れている。隣の客はこれでもかってくらい音を出したままYoutubeでドラマを見ている。しかも大爆笑だ。そうかと思えば戸口では野良犬が喧嘩して、往来のクルマがクラクションを鳴らしている。 ちょっと君たち。すこし静かにしようか(=^・・^#=) 道路がうるさい まず、もう、何をもってしても、道路がうるさい。まぁガソリンを爆発させて鉄の塊が爆走しているわけだから、道路とは宿命的にうるさいものだ。 でも東南アジアの道路は度を越してヤバい。とりあえずマフラーを改造しているクルマやバイクが多すぎる。そりゃもうヤンキー仕様に改造しないといけない法律でも有るんじゃないかってくらいにみんな改造している。 他に主張するところがないのだろう。 成績が良くて運動も出来てモテるイケメンは、わざわざカネかけてバイクをうるさくしようとは思わない。なお、成績が悪くて運動もイマイチでモテず、それでいて不良になる勇気もなかった僕はブログ(当時はホームページって言われてた)を開設して悪口を書いてはウサはらししていたわけだが…。 そんなことはどうでもいいとして。 ゾッキーバイクで15の夜を駆け抜けようとか思っちゃうヤツは、日本だと団塊世代が若かったころに多かったという。若
タイ王国の首都バンコクはマッサージのメッカだ。 スクンビット通り沿いの日本人が多く住んでいるエリアには、犬も歩けば棒に当たるレベルでマッサージ屋が立ち並んでいる。中には日系資本の店もあるし、別に日系じゃなくてもメニューは何から何まで全部日本語の世界だ。施術してくれるオババも片言の日本語で基本的な意思疎通は可能な感じにトレーニングされている。ガラッと扉を開けて冷房の効いた店内に入り「肩と腰だけ1時間よろぴんく(=^・・^=)♬」で充分こと足りるのだ。 それだけ日本人客が多いのだろう。っていうか、店内を見回すとほぼほぼ全員日本人なんだよね(=^・・^;=) 受付でプランの選択と支払いを(ぜんぶ日本語で)済ませ、マッサージ師のオババに僕のクソ汚いサンダル足を洗ってもらって上階の施術室にいく。するとそこにいるのは全員日本人駐在員とおぼしきオッサン。後から入ってくるのも日本人のオッサン。僕もオッサン、君もオッサン。タイのマッサージ屋はさながら日本人オッサンのサロンだ。なお、ひとつ上階に行けばそこは日本人BBAと駐妻(BBA)のサロンになっているハズである。 ここまで完璧にジャパナイズされると、片言のタイ語や英語に切り替えるとむしろ面倒くさがられる。彼女らにとって僕みたいなオッサンは、ベルトコンベアに載ってくる薄汚いダンボール箱でしかない。あのビジネスモデルで高いコスパを維持するには、オッサンはテンプレ通り無感情に処理するのが合理的。そんな下らない存在に演技的親近感みたいなムダな感情を差し挟むことは、生きるエネルギーの浪費なのである。 余計なことを口にせず、お荷物はお荷物らしく黙ってベルトコンベアに載ってろって話。 寂しいものである。 タイ マッサージの歴史と中国 タイ王国の首都バンコクがここまで(経済合理性における)マッサージのメッカになったのには、一応の歴史がある。 その理由を語る時に外せないのが、頻繁に下剋上が起こってきたタイの王朝のなかでも、現代まで続く権力構造を確固たるものにしたラーマ1世である。彼はアユタヤ時代から存在したと言われる「菩提樹廟」を改修し、現在のワット・ポーの原型に繋がる立派な仏教寺院とした。それを後世の国王たちが徐々にアップグレードし続けて今に至る。 まぁ何はともあれ。歴代の王様が寺院をアップグレードした目的のひとつが、タイ各地に息づく伝統知識を収蔵し後世に残そうという世代を超えた王家の一大プロジ
ノマドとして日本脱出・海外移住するには外国の外資企業で現地採用が有利
人生に満足している。毎日が楽しい。 僕は合法的にどこの国にも税金を払っていない。満員電車にも乗る必要がないし、そもそも企業に雇用されることなく、なんだかんだもう1年近く生き延びている。不安で押しつぶされそうな時期も2018年の年末あたりにあったけど、それでもビールを飲んで元気を出してここまでなんとかやって来た。 海外ノマド。 なんか努力して望みを叶える的な「攻めの自己実現」がモテはやされる。でもそれと同じくらい嫌なことを人生からバッサリ切り捨てる「逃げの自己実現」を並行して行っていくことが成功のカギだと確信している。 たとえば僕は出来る限り労働したくない。 仕事をするからには徹底して真面目に取り組むし、当然キッチリ成果を出す。直接ギャラに結びつかないところで勉強したり、練習がてら小さいプロジェクトをこしらえるのも好きだ。 でも。 そういう張り詰めたモードでいる時間は最小限にしたい。出来る限り。だって。それよか南国の特濃青空を眺めて、もくもくと成長する積乱雲をつまみにNujabesでも聴きながらビール飲むほうが幸福じゃんか(=^・・^=)♬ 労働時間をガッツリ減らす場合、同じ生活水準を保つには何かを切り捨てる必要がある。そこで僕は税金を払わない決断をした。税金や社会保険料を払わなければ、その分が全て手取りになる。すなわち税金や年金として公務員様に貢いでいた分、まるっとそっくり労働しなくても同じ可処分所得を得られるのである。 どこの国の政府も僕に課税できない生き方を選び、今の現状に満足している。これはいわば人生を賭したライフハックだ。 海外ノマドの前に海外現地採用 僕はいま一時的にタイのバンコクに住んでいるけど、きちんとしたビザを取得して定住しているわけではない。合法的な滞在期間が過ぎる前に、正直めんどいけどまたどこか別の国へ移動しなきゃいけない。どこの国にも税金を払わないためには、どこの国にも定住しなければいいのだ。 永遠の旅行者である。 このような生き方をするには (1) 外国銀行口座 (2) ネットで完結する仕事 (3) 民間健康保険 の3つが必要なのだけど、僕がその全てをマルっと手に入れるにはシンガポールの米系企業で現地採用として働いた経験が多分に役立った。もしシンガポールで働いていなかったら、僕はとっくの昔にこの世にいなかっただろう。 独身ノマドが税金・年金・健康保険を払わず合法的に南国で暮らす三種の神器
独身ノマドが税金・年金・健康保険を払わず合法的に南国で暮らす三種の神器
なぜわざわざ海外に出てノマドをするのか。ネットで仕事して通勤する必要がないなら、日本の田舎であり余る空き家を改装して静かな仕事場にするんじゃダメなのか。たとえば高知の農村とか笑 僕にとっては全然ダメだ。 駆け出しのノマドとって大切なのは、徹底的に毎日の支出を減らすこと。目に見えて減っていく貯金残高とにらめっこしていると、挑戦する意欲が削がれ、かなり速いスピードで守りの姿勢になってしまう。ムダに焦る。その結果、単価が安くて要求が理不尽なブラックな案件にうっかり手を出して、会社員よりかえって大変な泥沼デスマーチに堕ちていく。 駆け出しだからこそ、ノマドはまず毎日の支出をガバチョと減らすことが大切だ。 まぁこのまま数年は最低限食べていけるだろう、その間に徐々に仕事を増やしていこう、そのために今日は何が出来るだろう。そういうドッシリと腰を据えた余裕こそが、駆け出しノマド稼業を持続可能に成功させる鍵なのである。 東南アジアの独身暮らしは安い カネを使わないために海外で暮らすというのは矛盾した感じがする。 そもそも国際線の飛行機が何万円もするし、毎日ホテル暮らし、さらに朝昼晩を外食していたらいくら東南アジアとは言えそれなりな額になるだろう。 ところがノマド稼業は平日のイチバン安いフライトを選びたい放題。例えば今回僕は東京からバンコクまで全部込み1万円台で飛んできた。これなら東京で1ヶ月動き回る電車代と大して変わらない。そして民泊アプリAirBnBを使えば、バンコク郊外のコンドミニアムに月3万円程度で住むことが出来る。プール、スポーツジムにサウナまでついたちゃんとした物件で、もちろん生命線のWifiもある。 住む人がいないタワマンから資本主義の末路を見下ろす そして食事は屋台で買ってきた100円飯か、地元スーパーで食材を買って自炊が基本。意外と普通に味噌や日本米が手に入るので、自分で料理すれば現地の格安肉野菜を使った日本食が毎日食べられる。今回、僕の食費は1日500円以内である。 ただし結婚して子供を持つと状況は逆転する。外国人として外国で教育を受けるのは非常にカネがかかる上、現地の日本人社会に積極的に関わる必要も発生するので衣食住のクオリティもこのままというわけにはいかない。 結婚する気がない怠け者は東南アジアに移住すると人生イージーモード でも独身なら。ある程度快適な暮らしを得るコストは東京郊外よりバンコク郊外の方
タイ王国の首都バンコクは、東洋のベネチア、水の都と呼ばれる。 人口800万人。埼玉や神奈川みたいな首都圏も含めると1200万人が暮らす、インドシナ半島の経済首都だ。街の中心をチャオプラヤー川が優雅に蛇行し、その周辺を細い運河が網の目のように走っている。この運河はクルマ社会化したバンコクが尋常じゃない交通渋滞で世界に汚名を馳せるようになった現在でも、市民の交通手段として重宝されている。例えばセンセープ運河を航行するボートバスは、毎日6万人の通勤客を輸送しているという。 世界各地の「水の都」と呼ばれる場所は、得てして水はけの悪い低地にある。当然、本家総本山のベネチアも海抜1mとかだ。 平均の海抜がわずか2メートルと言われる首都バンコクも例外ではなく、チャオプラヤー・デルタに形成された天使の都クルンテープは、歴史的に何度も致命的な大洪水に見舞われている。直近で一番大きな被害を出したのは2011年で、このときは進出した日本企業の工場も派手に水没して操業出来なくなり、ハードディスクみたいなコンピュータ部品はもちろん、冷凍エビなんかの値段まで高騰した。あれは日本経済のタイへの依存度を思い知らされたし、日本にいながらも現地の被害規模を実感できた。 バンコクの洪水は冗談抜きにけっこうヤバい。毎度命を落とす人もいる。 なにしろ世界的な地球温暖化で海面が上昇しているのに加え、バンコク周辺に誘致した国際企業の工場がはりきって地下水を汲み上げている関係で、年々ジワジワと地盤沈下も進行中らしい。タイの東大、チュラロンコン大学の研究によると、今後50年でバンコク都市部の多くの地域が海に飲み込まれると言われている。中でもヤバいのがバンコクの玄関口、スワンナプーム国際空港の周辺で、あそこはもうほんの1m海面が上昇しただけで主要設備が水没してしまうようだ。 ヤバい。 そんなわけで地域リスクを分散するため、タイに進出した日本企業は2011年の大洪水以降、バンコクの一極集中を改め、車で2時間以上かかる周辺のなんもないクソ田舎に工場を移転している。娯楽どころかちゃんとしたご飯を食べるのもヤバい僻地に赴任しなければならない高給駐在員のことを思うと、今日もバンコクの歓楽街で飲むビールが美味いのである。 うっひっひ(=^・・^=)♬ 緑の都、バンコク 高層ビルに登ってバンコクの街を俯瞰すると、視界に入る緑の多さに驚嘆する。 これは公園都市を目指して半世紀も都
タイ王国の首都バンコク。僕はこの日、ダイソーに行きたかった。 100円均一のパイオニアとして日本で不動の地位を築いたダイソーは、ほとんど同じコンセプトで東南アジア一体に進出している。でも流石に輸送費がかかるのか、例えばシンガポール、マレーシア、タイなんかではざっくり200円ショップという感じで展開している。 国によって品揃えが違うのだけど、シンガポールでは熨斗袋や印鑑の朱肉とか、こんなの東南アジアで誰が買うんだと首を傾げるものまで日本から持ってきていたり。異国のダイソーを覗くのは僕にとって大きな楽しみである。 さて、この日も僕はダイソーに行きたかった。そろそろAirBnBで借りているコンドがホコリと抜け毛だらけになってしまい、いわゆるひとつのクイックルワイパー、床のホコリが良く取れるゴワゴワのアレが必要になったのだ。あれは我が大和民族が誇る叡智だと思う。そろそろイグノーベル賞くらい受けてもよい頃合いだ。 ぶっちゃけバンコクにはそこら中にダイソーがある。でもコスメグッズに集中していて、よほど大きな店舗じゃないとクイックルワイパーは在庫しておいてくれない。しかもタイのダイソーでバイトをしている人には英語がほとんど通じないため、店員さんにあれこれ尋ねるのもなんか気後れしてしまう。僕だってイラン人が突然ペルシャ語で話しかけてきたら緊張するもん。英語で突然当たり前のように話しかけるのは時と場合によっては失礼なのである。 そこで僕はショッピングモールのインフォメーションに行くことにした。これだけ大きなモールならもちろん受付の人に英語が通じるし、クイックルワイパーに似たお掃除グッズがどこかで売っているかもしれない。雑貨屋が他にないか尋ねるのだ。 ところがクイックルワイパーの神様はまた僕を見捨てた。運悪くカウンターに座っていたのは、非常に残念なことにタイ男子だったのだ。 終わった。 輪廻を転生すべき事案 「あぁ、ダイソーね。あのエスカレーターで2階に上がると目の前にあるよ~」 インフォメーションの若い男性スタッフは気だるげにそう言った。え?またダイソーがあるの?僕は隣のモールのダイソーからハシゴしてきたのだ。いくら集中出店といっても、ありえないダイソー密度じゃないか?Google Mapにも載っていない。 でもまぁ行ってみるか。タイだし。 そう思った僕がアホだった。言われた通りエスカレーターで2階に上がると、そこにはMiniso
僕が今月暮らしているタイ王国ノンタブリー県は、東京で言えば埼玉みたいな首都付属のベッドタウンである。ただ埼玉がクレヨンしんちゃんと素行の悪いサッカーサポーターでしか知名度がないのに対し、バンコク付属ノンタブリー県は高級ドリアンの産地として相応の繁栄を見せる。 タイといえば幹線道路に漫然と設置されている王様アーチの印象が強烈だ。問題はあれど一応タイは民主主義国家なのにも関わらず、さる北の独裁者さえも恐縮しかねないレベルでここには高貴なる王族の輝かしい御影が刻まれる。ところがここノンタブリー県では、王様カラーと同じ黄色なのをいいことに、道路のアーチにさりげなくドリアンが奉られることも。 日本の香川がうどん県なら、タイのノンタブリーはドリアン県なのである。 そんなバンコクの埼玉にあって、ひときわ異彩を放つのがチャオプラヤ川の中州に栄えた集落、クレット島だ。元々はモン族という少数民族が暮らしていた土地らしいけど、今ではタイ人の国内旅行客にも人気のエリアになっている。 ポンポン船でクレット島へ クレット島は名実共に島である。海岸線から30kmは離れた内陸に島があるのは不思議な感覚だけど、周囲を蛇行したチャオプラヤー川に囲まれた中洲なので渡し船でないと上陸できない。 とはいえ川幅は狭いところで100mも無いんじゃないか。実際、渡し船に乗っているのはものの3分。運賃は2バーツ、7円。7円とか。いくら物価が安いタイだって、もう船賃を取る意味を疑うレベルに安い。 週末になるとクレット島へはかなりの往来があり、今日みたいによく晴れた日曜日には2隻のポンポン船でピストン輸送をするくらいの賑わいを見せる。乗客はほとんどタイ人だ。外国人はせいぜいタイ女性とカップルの白人がチラホラという感じ。 チャオプラヤー川独特の褐色に濁った水の上を、ディズニー・シーにありそうなレトロなポンポン船がゆっくりと滑っていく。水面には金魚鉢に浮かんでいるよくある浮草の、モンスターレベルに巨大に育ってしまったやつが、これまたゆっくりと河口に向かって流れていく。この浮草は不思議だ。原理的に絶対に上流に遡ることが出来ないハズなのに、もう絶え間なくでっかいカタマリが次から次へ流れてくる。桃太郎もびっくりだ。チャオプラヤー川の上流には浮草工場でもあるのだろうか。 渡し船を降りると、ドデカい素焼きのオブジェがお出迎え。この島は陶芸品が特産なのだ。ドリアン県から焼き物島へ、
ジャンクフードが無性に食べたくなる瞬間というのは、21世紀を生きる人類に共通した依存症だ。空腹にビールを流し込んだときとか、疲れて1人で夜の街を歩いているときとか。でも僕がそういう時に欲するのはハンバーガーやフライドポテトではなく、日本の茶色いカレーなのである。 幸いなことに異国にも日本式のカレーを好む人たちが一定数いらっしゃるらしく、シンガポールのホーカーはもちろん、北インドのクソ田舎にあった日本食材店(と言う名の中華食材店、ちなみにオーナーは韓国人)にさえ、バーモントカレーのルーが置いてあったくらいだ。 そして今、この瞬間、僕はタイ・バンコクで日本式の茶色いカレーを欲してる!すごく欲している!よく考えると元祖タイカレーの聖地でわざわざ日本式を求めるなど失礼千万なんですけども。でもそれでもシャレオツなマッサマンカレーには忖度しない頑固な僕である。 とりあえず目についたショッピングモールに駆け込んだ。都合よくカレーの神が微笑んで、CoCo壱番屋なんかがテナントで入って…いないのである。こういう肝心な時に限ってカレーの神様は酔っ払ってるのだ。まぁ酸っぱい葡萄的なことを言えば、どうせココイチがあったところで海外では中級ファミレス展開だ。男一人でふらり入るような雰囲気とはちょっと違う。 それでも僕はカレーを諦めない。 次に向かったのは同じショッピングモールの4階にあるフードコート。こうなれば現地風にアレンジされた日式カレーでも良い。茶色く煮込まれたコクがあるソースにとんかつがドンと乗ったメニューは、見た目のインパクトもあり意外とローカライズされた飯屋でもみかけることがある。 ビンゴ!これはビンゴ!何やらタイ風に辛くアレンジされた中華っぽいメニューを扱うストールに、見事カツカレーの写真が掲示されていた。139バーツ、500円でお釣りがくる。安い!ここに決まりだ。 タイでカツカレーを注文できなかった話 さて、カツカレーである。 僕はストールに掲示されたカツカレーの写真を指差して、目についた店員さんにCan I have this?と英語で言った。ポケモンでいえばゴーリキーみたいな店員さんだ。僕は嫌味すぎない程度に口角を上げて、目を細めた。それは今までの旅人人生で開発した僕のもっとも無垢な表情で、言葉はしゃべれずとも自分は人畜無害であると訴えかける。 それなのに。 厨房とレジ兼務らしいゴーリキー青年は、かったるそうに意味がわ
タイのコンドミニアムが素晴らしいのは、ステータスの象徴としてサウナが君臨しているところだ。日本のタワマンだと、駅送迎、グッドデザイン賞、コンシェルジュサービスと、わりかし僕的にどういうメリットがあるのかわからないウリ文句が並んでいるわけだけど、ところ変わってバンコクではもう押し並べてジム・プール・そしてサウナなのである。シアタールームよりもサウナが推されているところに興奮する。 ところが客寄せパンダにありがちなことで、とりあえずサウナ付き物件に住んでいるというのが重要なステータスであり、実際に毎日サウナに入りたい人はそんなにいない。さらにここは投資目的で建てられ売れ残り激しい失敗物件。平日の昼間など、サウナなんて100%誰も利用しない。なんてったって、外に出ればサバンナ気候乾季の炎天下。35度なのだ。なんでわざわざサウナに入ろうと思うのか。 でもそこであえて楽しめるのが、真のサウナ好き。そう僕のことである。 かくして今日も昼間から貸し切りサウナを楽しんだ。電気代がかからないのをいいことに温度もエクストリームに設定して、焼け石に好きなだけ水をぶっかける。高熱の水蒸気は白い湯気になることなく、木材でできたサウナの空間に溶けていく。そしてひとしきり熱くなったら、これまた誰もいない平日のプールに飛び込むのだ。僕はここの住民で一番この物件を謳歌していると思う。 ところが満足いくまで楽しんで、サウナの外で汗を拭いていた時に、事件は起きた。 昆虫の輪廻 僕は滝汗をかいているので、床には僕の足跡のカタチそのままに汗が水たまりになっている。 ところが、少しはなれた足跡にゴキブリさんがお越しくださっているではないか。しかも恐れ多きことに僕の汗を夢中ですすっていらっしゃる。ホモ・サピエンスこと我らが人類にも男子更衣室の臭いが好きという奇特なフェチズムがあるというが、これはそういう趣味のゴキブリなんだろう。 突然眼の前に非日常な光景を見せられると、僕は驚いたり逃げるのを忘れてその場に立ち尽くし、その様をじっとり観察する習性がある。まぁ観察眼が命のブロガーには向いているのかもしれないけど、きっと探偵や刑事になったら真っ先に消されるタイプだ。 ところがゴキブリもゴキブリで、東南アジアにいるヤツらは皆ひどく鈍くさい。別にソロリソロリと近づかなくとも、普通にサンダルでサクッと踏み潰すことができる。もはやこの世の生にあまり執着がないように見えるし
シンガポール現地採用を経て中国深センで日本語教師になった星乃雪さん
海外就職してみると、同じように現地に根を下ろした日本人にある共通点が見えてくる。仕事を辞めたいけど踏ん切りがつかない、文句言いながらズルズル続けるみたいな人がほとんどいないのだ。思いついたらすぐ行動、即断即決な人が本当に多い。まぁ僕は続けたかったのに整理解雇されましたけどね(=^・・^;=) そんな海外現地採用者にインタビューするこの企画。 今回ご登場を頂くのは、即決断!即行動!を体現している星乃雪さん。彼女にインタビューするのはこれが3回目。だってその度に人生模様が一変していて面白いんだもん笑 彼女と会ったのは僕が現地採用としてシンガポールで働き始めた5年ほど前。当時、彼女は地元九州でフリーターだった。でも意を決してシンガポールにやってきて、日系企業のサービス部門で3年頑張った。 海外現地採用の経験を強みに日本で活躍する星乃雪さん そしてその後は海外に関われる教職の仕事を見つけ、また地元に戻っていった。彼女はもともと教員免許を持っていて、教育現場で働いた経験もある先生なのだ。でも一度、東南アジアの「自分の仕事だけ考えていればいい」環境に慣れてしまうと、職場の根回しが大事だったり上司に相談するタイミングを見計らうような日本の労働環境に再び馴染むのは並大抵の苦労ではない。 シンガポール現地採用から日本再就職して再び中国へ向かう星乃雪さん それで彼女は再び地元を離れる決心をして、今回飛んだのは成長著しい中国!今はなんと中国深センのインターナショナルスクールで日本語教師をしているのだそう。 星乃雪さんインタビュー シンガポールから九州の地元に戻ったときの仕事が、日本の私立高校の海外事業の運営と留学生サポートっていう謎のポジションだったの。だからもし次に海外へ転職するなら、この経歴を最大限に活かそうと考えた。日本語教師とか日本語の授業とかは、ぶっちゃけそんなに経験ないんだけど笑 でも日本語教師っていう職業そのものは成長市場だから、この路線でとにかく行動しようと。 働きながら学んでスキルを身につければいいやって考えてた。実際、いまそうしてる。 台湾、韓国、中国、インド、マレーシア、タイ、ベトナム、香港、あとたまに北米とヨーロッパ。日本語教師を募集している地域は大雑把にこんな感じ。日本語教師の募集サイトを毎日はしごして、情報収集しまくったよ。 日本語教師の募集要項でよくある条件は… 日本語教育能力検定試験合格者 日本語教育を
タイ王国の首都バンコクで過敏性大腸炎になったら通勤はどうなるんだろう
地上の楽園なんて世界中探したってどこにもない。どこの国のどの民族に生まれたとしても、ある程度の生き難さを抱えながらもだえ苦しむのが人生ってもん。僕は今まで人生を賭して現実逃避しているわけで、さすがに「こんな僕でも暖かく迎えてくれる桃源郷が世界のどこかにある」みたいな幼稚な期待はとうの昔に捨て去っている。 でもさ、ここは微笑みの国。男性が世界で最も幸福な国といわれるタイ王国の花の都である。 ちょっとくらい期待したっていいじゃんね(=^・・^=)♬ 丁寧じゃない暮らし シンガポールで会社をクビになってからというもの、好きな時間に寝て好きな時間に起きている。でも僕は体力がない。だから夜は早く(23時くらい)に疲れて酔いつぶれてしまう関係で、朝自然に目覚めるのもけっこう早い。昼まで寝ててもなんの問題も起きない暮らしなのに、だいたい毎朝7時には台所でボケーッと珈琲を淹れている。一見、今流行りの丁寧な暮らしをしているようだけど、ベッドの周りに散乱した空き缶を見れば実態がバレるというもの。 さて、薄暗い台所で珈琲を淹れながら僕が考えているのは、今日は何をしようかってことだ。 自由なのだ。仕事はある。でも何時にどこで作業しようが、納期までに求められる品質を満たした成果物を出せばいい。だからいつでもどこへでも行ける。さぁ今日はどこで何をしよう。 それでふと思いついた。僕がもしバンコクで生まれ育った34歳のタイ人男性で、都会に務めるサラリーマンとして年相応にある程度成功しているとしたら。そろそろ家を出て通勤電車に乗り、勤務先へ向かう時間ではないか。異国を訪れ長期滞在する醍醐味は、現地の人の目線で街を見て、現地の人と同じ釜の飯を食べることだ。 それなら。 現地の人と一緒に通勤電車に乗らなければタイのサラリーマンの気持ちは毛ほどもわからないだろう。僕は下痢の原因になる珈琲を諦めて冷蔵庫につっこみ、自分がタイ人男性であると思い込みつつ家を出た。 どこの国でも通勤電車は大変 ※以下は僕がタイ人としてタイに住んでいたらという妄想であり、多数誤解を生んでいるようですが、今いるコンドミニアムはAirBnBだし正式にビザとってタイに長期定住しているわけでもありません!! 今住んでる新築のコンドミニアムは500万円くらいだった。バンコクも都心にいくとタワマンは何千万円もする。でも僕は元々郊外の出身だし、ちょうど埼玉みたいなノンタブリー県に住めば開発が
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