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カトリックコミュニティ掲示板さんの新着記事

1件〜30件

  • 罪とは何か?(罪には、大罪と小罪の二つがあります)

    罪には、大罪と小罪の二つがあります。大罪とは、重大な事がらについて、はっきり意識し、完全に同意して神のおきてにそむくことです。そして小罪とは、小さな事がらについて、あるいは重大な事がらであってもはっきり意識せず、あるいは完全に同意しないで神のおきてにそむくことです。大罪は、神に対するはなはだしい忘恩(ぼうおん)と侮辱(ぶじょく)となり、成聖の恩恵を失わせ、天国のためのすべての権利を奪い、地獄の終りのない罰を招きます。これに対して小罪は、成聖の恩恵は失わせませんが、神に対する愛を冷やし、徳の進歩を妨げ、この世または煉獄(れんごく)の罰を招きます。(1.成聖の恩恵→神により、人間の永遠の救いのために人間に、超自然的に与えられる恩恵。2.煉獄(れんごく)→大罪をもたずに死んだのであるが小罪の償いをはたしていない霊魂が...罪とは何か?(罪には、大罪と小罪の二つがあります)

  • へルマン・ホイヴェルス神父

    【へルマン・ホイヴェルス神父】ドイツの農村で生を受けたヘルマン・ホイヴェルス神父は、イエズス会宣教師として1923年、33歳で来日した。関東大震災の後、しばらく岡山で司牧をしていたが、間もなく東京に呼び戻され、上智大学で哲学とドイツ語の教鞭を執りながら、岩下壮一、吉満義彦らと共に学生の指導に力を注いだ。戦後は大学で教鞭を執り続けながら、新設された麹町教会(聖イグナチオ教会)の主任司祭として司牧に献身し、晩年は名誉主任司祭として、32年にわたり宣教と司牧に従事した。ホイヴェルス神父のお話に感銘を受けた、と言う人は多い。彼は日本の伝統や精神性を尊敬し、こよなく愛した。日本の文化が持っている深い精神性が、キリストの伝える愛と深く結びついていることを洞察していた。彼が日本語で書いた書物も十数冊にのぼる。ホイヴェルス神父...へルマン・ホイヴェルス神父

  • ロザリオと15の御約束

    【ロザリオと15の御約束】ご存知ですか?聖母マリアは聖ドミニコ(1170~1221年)と福者アラナスにロザリオを祈る人に次の15の約束をされました。1.ロザリオを熱心に唱えた全ての人に、私は特別な保護と豊かな恵みを約束します。2.ロザリオを忍耐強く、繰り返し唱える人は顕著な恵みを受けるでしょう。3.ロザリオは地獄に対するとても力強い武器になるでしょう。ロザリオは悪をくだき、罪から救い異端を追い払うでしょう。4.ロザリオは徳と善業を行わせ、最も豊かな神の慈しみを注ぎ、世を愛するよりも神を愛させ、天国の永遠の富を望むよう魂を高めるでしょう。ああ、それらの魂がロザリオによって、自分を聖化しますように!5.ロザリオを通して、私に自分をゆだねる人は滅びないでしょう。6.それぞれの奥義を黙想しながら、ロザリオを信心深く唱え...ロザリオと15の御約束

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第29章)完結

    第二十九章燔祭〈なつかしい修道院へもどる〉コンソラータはなつかしい修道院を去る時、もはや二度と戻れまいと考え、完全な犠牲をささげたが、一九四六年七月三日、イエズスのおはからいによって、再びモリオンドヘ帰れるように諸般の事情が運ばれた。その知らせが患者たちの間に広まると、コンソラータの病室はどんどん混んでいった。もう一度コンソラータを見たい人々がつめかけ、数人は泣いていた。だがコンソラータは落ち着いていて、微笑しながら人々にこたえていた。コンソラータの目方は今三十五キロとなり、二十年前、修道院にはいったころに比べ、三十キロも減った。カプチン会の修道服は骸骨をおおい隠しているようだった。患者運搬自動車には指導司祭と姉のテレサが付き添った。コンソラータは担架の上に寝ていた。目を半分閉じたまま絶え間なく愛の心を起こすこ...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第29章)完結

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第28章)

    第二十八章いけにえの完了〈「すべてはなしとげられた」を迎えて〉一九四五年にはいるとコンソラータは苦痛と病気のため哀れな姿になってきた。腰のあたりからびっこになり、からだ全体がいたるところ痛んだ。しかし相変わらず、いつも力の限り務めを果たし、例外を求めず修道共同生活のあらゆる義務に参加し続けた。死亡の原因となった病気は、まだはっきり外に表われなかったし、からだと霊魂の苦しみをじょうずに隠し得たのでコンソラータの病気がそんなに重いとは、だれも夢にも考えなかった。医者の診察の結果に心配した姉妹たちに向かって「さあ、リウマチにすぎないでしょう」と笑い、修道院のかかりつけの医者で満足して専門の医者にかかることは、清貧と共同生活のため絶対に遠慮した。特別な薬も望まず、院長に「私はあまり薬を信用しません」と言った。だれかが顔...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第28章)

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第27章)

    第二十七章苦しみと救霊の絶頂〈苦しみを耐え忍ぶこと〉コンソラータも救い主のように、殉難の最高頂である「すべてはなしとげられた」という最後の瞬間に達するだろうが、精神、心、肉身の苦しみを完全に忍耐することによって、すでに忍耐の絶頂に達していた。だがその殉難の最高頂を迎えるため、更に準備することが必要だった。「殉難の絶頂はまだ遠い。私はまだまだ不完全ないけにえです。でも絶え間ない愛の心と、完全な献身の誓約によって殉難の絶頂へ向かう準備は着々進んでいます。」(一九三七年)「神の恵みに導かれ、まず神と人に対する愛を完成させ、次に苦しみの忍耐を完成し、その次に私の『すべてはなしとげられた』がきて、私の道は終わるでしょう。」(一九三八年三月)コンソラータはトリノで愛の完成に努め、モリオンドで愛において苦しみを耐え忍ぶことを...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第27章)

  • 煉獄(れんごく)についての聖ドン・ボスコの教え

    煉獄(れんごく)についての聖ドン・ボスコの教え牧師「カトリックの公会議で宣言されていることの中には、"煉獄に関する教えが聖書にもとづいている"といっていますが、実は、聖書の中にわたしは煉獄についての記事を一つも見つけないのです」。この第一の注意に対して、ドン・ボスコは、まず、力トリック教会は、聖書と聖伝を同程度に尊敬していることを前提としていいました。ドン・ボスコ「その結果、聖書が提供する真理が聖書にもとづくものであるという教えと、カトリック教会が聖伝にもとづいて認めて提供する真理の教えとは、両方とも神のみことばとして認められねばならないものです。しかし、あなたとの会話では、聖書だけを引用することにします」。こうして、ドン・ボスコは、旧約聖書のなかに、煉獄のことを考えさせるいろいろの箇所を引用し、カトリック側が...煉獄(れんごく)についての聖ドン・ボスコの教え

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第26章)

    第二十六章神と隣人に対する愛の絶頂〈不動の愛の英雄〉英雄的な忠実さで「愛の最も小さい道」を歩むとは、まず第一に、純粋な愛の心をできるだけ絶え間なく起こすことである。それによってコンソラータは、隣人愛と犠牲の英雄に達したのである。「絶え間なく」といっても、単に愛の祈りのことばを習慣的に何度も唱えることではなく、真実、常に、愛の心を起こすことで、それも霊魂の能力が、他の務め、特に精神的な仕事に向けられていない時に、自由に、純粋な愛の心を起こすことなのである。それがなぜ英雄的でありうるのか。「愛の最も小さい道」を歩き始める人は多い。だが続ける人はまれである。あたかも、この花からあの花へと舞っては、こちらで花粉を少し、あちらで蜜を少しつまむ蝶に似て、ひとつのきれいな考えを味わってはあきてまた別のきれいな考えを試し、いつ...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第26章)

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第25章)

    第二十五章三つの絶頂へ向かって〈きわめて偉大な英雄心〉コンソラータはモリオンドにひっこししたばかりの一九三九年八月に書いた。「私は神がこのモリオンドで毎日英雄心を要する機会をいっぱい与えてくださることに気づきました。もちろん私は自由に選択ができますが、私の人性がため息しても、完全にその機会を受け入れないうちは平安を得られません。」精神、心、からだを完全にささげ、恵みが次第により苦しい犠牲を要求しても、一度もいなまず、常に甘受し、神と隣人に対する愛は、真に限りを知らなかったコンソラータのような霊魂は、最高の絶頂でなければ満足できなかった。すなわち、今までかつて、だれもしなかったほど愛し、苦しみ、霊魂を救うこと。その高い理想は、無限の信頼を前提としていた。〈英雄的信頼〉指導司祭に書いている。「私は確かに、私の無限の...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第25章)

  • シスター・コンソラータの祈り

    尊者シスター・コンソラータの取り次ぎをお願いするときの参考として次のお祈りをご紹介いたします。【絶え間ない愛の祈り】(イエスがコンソラータに口うつしに教えてくださった愛の祈り)イエス、マリア、あなたを愛します。霊魂を救ってください!【シスター・コンソラータの取り次ぎを求める祈り】あわれみ深い父よ、あなたは御子イエスへの単純な愛と信頼の道を世に広めるためにあなたのはしため、シスター・マリア・コンソラータ・ベトロ―ネを遣わされました。私たちもあなたの愛の証し人として用いてくださるために、聖霊によって導き、彼女の取り次ぎによって必要な恵みをお与えください。私たちの主キリストによって。アーメン。++++++++++++++++++++++++++++++++++++◎シスター・コンソラータの伝記『愛の最も小さい道』全2...シスター・コンソラータの祈り

  • シスター・コンソラータの列福調査のお知らせ

    【シスター・コンソラータの列福調査のお知らせ】『愛の最も小さい道』(注)という伝記に記されている、尊者シスター・コンソラータの列福調査が現在、行われています。聖人の位にあげられる前提として、尊者の徳ある行為あるいは殉教により、その生涯が聖性に特徴づけられたものであったことを証して『福者』という敬称がつけられます。そして現在は天に在住し、福者の列に加えられることを『列福』といい、その式を『列福式』といいます。聖人・福者には、イエス・キリストに対する信仰のためにいのちをささげた『殉教者』と、死ぬことはなくとも様々な困難の中、イエス・キリストに対する信仰を宣言し続けた『証聖者(しょうせいしゃ)』がいます。福者になるためには、証聖者の場合、その人に祈りをささげることによって重い病気から回復した、といった、一つの『奇跡』...シスター・コンソラータの列福調査のお知らせ

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第24章)

    第二十四章肉身のカルワリオ〈病気の始め〉コンソラータは背が高く丈夫そうで、熱心に働いたので、他の姉妹たちは、コンソラータを、一番健康な修道女だとみていた。しかし実際は、心臓が弱く、それがだんだん悪化していった。それにもかかわらず、命ぜられた仕事を果たすほかに、願われたことは全然断らず、昼食後の一時間の休憩時間にも針仕事や修院の通信の仕事をした。気候がたいへん蒸し暑く、非常に疲れていても、居眠りと戦い、またきびしい寒さにもストーブなしで過ごし、夜は夜でおそくまで手紙や日記を書き、心臓病なのに始終立ったままで──どうしてそんなに多くの仕事ができたのか、ほんとうに不思議である。寝床は固かった。忙しくない時でも、寝る時間を六時間に減らしたが、その六時間の中、一時間は毎夜半、朝課のため聖堂で祈った。そのうえ、病気の関係で...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第24章)

  • 「主の祈り」神様バージョン ー 地上に住んでいるわたしの子らよ ー

    「主の祈り」神様バージョンー地上に住んでいるわたしの子らよー地上に住んでいるわたしの子らよ、お前たちはいつも何かを心配し、孤独で、たくさんの誘惑にさらされている。わたしはあなたの名前をしっかりと覚え、あなたが聖なる者となるようあなたの名前を呼んでいる。わたしはあなたを愛している。あなたは一人ではなく、わたしと共に生きている。あなたはわたしと共に神の国をつくり、この国を受け継ぐだろう。わたしの望むことを行いなさい。わたしの望みとは、あなたが幸せになることであり、神の栄光は、人の喜びが満ちあふれるところにある。いつもわたしに頼りなさい。そうすれば日ごと糧が今日も与えられる。その糧をあなたの隣人と分かち合いなさい。あなたの罪は全てゆるされている。だからあなたも人をゆるしなさい。誘惑におちいらないよう、わたしの手をしっ...「主の祈り」神様バージョンー地上に住んでいるわたしの子らよー

  • 聖リタの連祷

    【聖リタの連祷】主憐れみ給え。▲キリスト憐れみ給え。主憐れみ給え。▲キリスト憐れみ給え。キリスト我らの祈りを聴き給え。▲キリスト我らの祈りを聴きいれ給え。神なる御父。▲我らを憐れみ給え。神にして世のあがない主たる御子。▲我らを憐れみ給え。神なる聖霊。▲我らを憐れみ給え。唯一の神なる聖三位。▲我らを憐れみ給え。神の御母、汚れなきマリア、▲我らのために祈り給え。いと潔白なる愛の御母、聖マリア、▲我らのために祈り給え。悲しみの剣(つるぎ)にて刺し貫かれたる、聖マリア、▲我らのために祈り給え。苦しめられる者の慰め手、聖マリア、▲我らのために祈り給え。諸聖人の元后、聖マリア、▲我らのために祈り給え。聖リタの保護者なる、聖マリア、▲我らのために祈り給え。我らの擁護者にして保護者なる、聖リタ▲我らのために祈り給え。主によりて...聖リタの連祷

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第23章)

    第二十三章心のカルワリオ〈イエズスと二人のみ〉イエズスがコンソラータを「兄弟たち」のいけにえとしてお選びになった時、「私の責め苦はあなたの責め苦、私の最も深い苦悶はあなたの苦悶、私のきわめて甚大な殉難はあなたの殉難となるだろう。あなたの心はそれらのすべてを体験するのだ!」と仰せられたが、その御ことばは、文字どおり成就された。イエズスがご苦難の時、弟子たちも奪われて全くひとりで敵の手に落ちたように、コンソラータも絶対的にすべての人からはずされて、全くひとりとなった。心の暗やみの最中で、指導司祭の霊的指導は、コンソラータの心のささえであったが、今はそれをも犠牲にするようにイエズスは命じた。モリオンドヘひっこししてから四年間ぐらい、コンソラータは指導司祭に直接会うことができなくなった。毎週告解を聞く司祭は、罪のゆるし...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第23章)

  • 岩下壮一神父について

    岩下壮一神父について岩下神父は、1889年東京妥女町に生まれた。東京大学哲学科を卒業後、文部省在外研究留学生として、パリへ留学、学者として将来を嘱望されていた。しかし、その留学先から大実業家であった父に手紙が届いた。それを読んで彼は次のように語っている。「今日は実に愉快でな。息子から手紙が来たよ。こう言っていた。自分はこれまで学問の道を歩いてきたが、今後は精神界に身を委ね、思想の善導に微力を捧げたい。要するにカトリックの坊さんになるというんだな。わしは言ってやった。大いによろしい。それなら、日本にはライ患者が多い。この方面に尽せとね。その返事が今日到着した。尽せるだけ尽します。こう書いておった。・・・」1925年、司祭に叙階された岩下神父は、大正から昭和初期にかけて、日本のカトリック教会の代表的存在として活躍し...岩下壮一神父について

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第22章)

    第二十二章精神のカルワリオ〈墓地の静寂〉トリノの修道院で、イエズスはコンソラータにきびしい口の慎みを命じたが、モリオンドでは、更に、神への愛を完全に純化するため、共同生活に参加しながらも、ほとんど死んだ人のような静寂を命じた。今や生涯の最後が近づき、頂上の、険しい、狭い、危険な道を歩むことに全精神と全力を集中しながら、周囲から完全にはずされ、落ち着いてひたむきに一路邁進した。一九三九年十月二十一日から二十九日までの、モリオンドでのはじめての黙想会のことを日記にしるしている。「私がモリオンドにいる唯一の理由と目的は神のおぼしめしを果たすことです。イエズスは修院の皆さんやすべてのものから完全に離脱することを要求なさいます。イエズスは私が完全にひとりでただイエズスのみとともにあることをお望みになります。絶え間ない愛の...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第22章)

  • 感染症の危機における為政者のための祈り

    【感染症の危機における為政者のための祈り】感染症の危機において、政治をつかさどる人びとのために祈ります。主よ、為政者があなたの知恵に従って、正しい判断をくだし、あなたの恵みを地上にもたらす働きをすることができますよう、助け、導いてください。アーメン。🕯♰🕯感染症の危機における為政者のための祈り

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第21章)

    第二十一章カルワリオのふもとに一九三五年十二月十六日からコンソラータはイエズスの御声も聞かず、御姿も見なくなったが、続いて約一年間ぐらい超自然的暗示に導かれた。指導司祭から、イエズスの御声と超自然的暗示の違いを問われてコンソラータは答えた。「イエズスは今黙っておられますが、聖心から暗示をいただきます。イエズスは発音をなさいませんが、確かに悟らせてくださいますので、私はそれを口で言い、また書きます。それは私の想像力と全然関係がありませんので、思い違いはないようです。イエズスは隠れおおわれておりますが、私の特別の使命と私の書くことのすべてに直接働いておられることが感じられます。コンソラータはペン先のようなものにすぎません。神は私が書く時、思考することを許さず、聖霊の神感によって、また見えない力によって私は書かされ、...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第4部・第21章)

  • 医療関係者のための祈り

    【医療関係者のための祈り】神よ、感染症と日々、戦う医師、看護師、医療スタッフなどの方々をお護りください。あなたの強い御手により、彼らが正しい診断や処置ができますよう導いてください。彼らの疲労を癒し、必要な助けを速やかにお与えください。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。医療関係者のための祈り

  • 第二十章 コンソラータのイエズスとのミサ生活

    第四部生けるいけにえの完成第二十章コンソラータのイエズスとのミサ生活イエズスのとうといご生涯をミサ聖祭にたとえると、ある意味でご託身は入祭文、聖殿に主をささげたもうたことは奉献、ご死去は聖変化にあたるだろう。またイエズスの救世のみわざの協力者で共贖者であられた聖母マリアは、助祭のように、イエズスの生涯ミサ聖祭に絶えず参加されたのである。イエズスは、コンソラータのいけにえとしての生活を「私たちのミサ」と御自ら名づけられた。十字架にくぎづけられた救い主は、今コンソラータを、カルワリオへと──すなわちいけにえの最後の完成へとお招きになったのである。「私たちのミサ」──絶えず祭壇の上にご自身をささげたもう神の小羊なるイエズスとともに、またイエズスにおいて、本気で神に自己献身し、自分の人格、肉身、霊魂の能力、善業、善徳を...第二十章コンソラータのイエズスとのミサ生活

  • 十字架上のイエズスに向う祈(公教会祈祷文)

    十字架上のイエズスに向う祈:仁慈にしていとも甘美なるイエズス、われ御前にひざまずきひれふし奉る。預言者ダヴィドが主につきて、『かれらはわが手わが足を貫き、わが骨をことごとく算えたり』といいし御有様を、今目前に見奉りつつ、心の大いなる愛情と苦痛とをもって、主の五つの御傷をひたすら眺め、かつ心にて思いめぐらし奉る。信望愛の烈しき感情と、わが罪のまことの痛悔と、これを改むる最も固き決心とを、わが心にしみ徹らせ給わんことをひとえに願い奉る。十字架上のイエズスに向う祈(公教会祈祷文)

  • 御聖体のみ前で(聖アントニオ・マリア・クラレ司教)

    御聖体のみ前で(聖アントニオ・マリア・クラレ司教)聖アントニオ・マリア・クラレ司教(1809~1870、クラレチアン宣教会創立者)によって書かれたもので、イエスが私たち一人ひとりに個人的に話しておられるという形式をとっています。(福岡司教認可2002年11月)++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++私(イエス)を喜ばせるためにたくさん勉強する必要はありません。私をとても愛することだけで十分です。一番親しい友達と話すように、単純に私と話しなさい。誰かのために、私に頼みたいことが何かありますか。ご聖体その人の名前と、今その人のために私が何をすることを望んでいるかを私に言いなさい。たくさん頼みなさい。頼むことを躊躇(ちゅう...御聖体のみ前で(聖アントニオ・マリア・クラレ司教)

  • 霊的聖体拝領に関して(菊池大司教)

    霊的聖体拝領に関して(菊池大司教)2020年03月30日2020年2月27日の菊地功大司教「司教の日記」より、「霊的聖体拝領」の解説部分を抜粋しています。皆さまと主イエス・キリストとの豊かな交わりの助けとしていただければと思います。聖ヨハネ・パウロ二世は、回勅『教会にいのちを与える聖体』の中でこう述べています。「キリストの現存は、キリストのいけにえによる感謝の祭儀から生じ、拝領されることを目指しますが、それには秘跡による場合と、霊的な仕方による場合の両方があります」(ヨハネパウロ二世回勅『教会にいのちを与える聖体』)これが教会が伝統的に教える「霊的聖体拝領」のことであり、それはミサに与ることが様々な事情で不可能な場合のたすけであるだけではなく、聖体礼拝などの信心の持つ意味にも深くつながるものです。実際にミサに与...霊的聖体拝領に関して(菊池大司教)

  • パンデミック下のカトリック信者らに特別免償規定    (バチカン・ニュース)

    パンデミック下のカトリック信者らに特別免償規定(バチカン・ニュース)教皇庁内赦院は、パンデミック危機下の信者らに、特別免償を定めた教令を発表した。教皇庁内赦院は、新型コロナウイルス患者とその家族、医療関係者をはじめ、このパンデミック危機下にあるすべての信者らに、特別免償を定めた教令を発表した。(免償とは(注1)、すでにゆるされた罪に伴う有限の罰の免除をいう。)このたびの内赦院の教令は、人類が現在直面している感染症という見えない脅威が人々の生活に苦悩や怖れや不安、また特に心身の苦痛を与えている状況を直視すると同時に、神なる師イエスの模範に倣い、常に病者に寄り添い続けてきた教会の歴史に言及している。教皇フランシスコも、この最近の感染症危機に際し、病者たちへの連帯を表され、新型コロナウイルスの患者たちのために絶えず祈...パンデミック下のカトリック信者らに特別免償規定(バチカン・ニュース)

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第3部・第19章)

    【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第3部・第19章)第十九章愛の生活の泉〈ご聖体への熱愛〉コンソラータの恵みと生活力の泉は、特にご聖体と、聖母マリア、聖ヨゼフに対する信心と、諸聖人の通功により頼むことだった。神の愛の象徴であるイエズスの聖心は、コンソラータの愛の中心だった。それで自然にご聖体に導かれたのである。「私はまっ白い聖なるホスチアに、イエズスヘの愛──というよりとうとい熱火、深い激しい感動を感じています。私のすべての考えは、常にご聖体にましますイエズスに向かっております。私がもし司祭だったら、イエズスに対する愛のあまり、夢中になってどんなことをするかわかりませんので、私のイエズスに対する愛がこわくなるようです。」(一九三八年十月二五日)ご聖体拝領はコンソラータの毎日の日課の中心であった。「...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第3部・第19章)

  • 感染症拡大にあたり聖母マリアにご保護を願う祈り(教皇フランシスコ)

    【感染症拡大にあたり聖母マリアにご保護を願う祈り(教皇フランシスコ)】救いと希望のしるしとしてわたしたちの歩みを照らしてくださるマリアよ。あなたに病者たちの健康を託します。あなたはイエスと苦しみを共にされ揺るがぬ信仰をもって十字架の下に留まられました。すべての人の救いである、マリアよ、あなたはわたしたちの必要を知りそれに配慮してくださることをわたしたちは確信しています。ガリラヤのカナでの出来事のようにこの試練の時を経て喜びと祝祭が戻りますように。神の愛の御母よ、助けてください。わたしたちが御父の御旨にかなう者となりイエスが命じることを行えますように。イエスはわたしたちの苦しみを引き受けわたしたちの苦悩を自らに背負われました。十字架をとおしてわたしたちを復活の喜びに導くために。アーメン。聖なる神の御母よ、あなたの...感染症拡大にあたり聖母マリアにご保護を願う祈り(教皇フランシスコ)

  • 霊的御聖体拝領 について(聖アルフォンソ・リゴリオ)

    【霊的御聖体拝領について(聖アルフォンソ・リゴリオ)】御聖体訪問のたびに、霊的御聖体拝領をするとよいので、霊的御聖体拝領とは何か?どんな効果があるのかを説明しておこう。これは御聖体拝領をしたいと言う熱い望みを持ち、実際に拝領したかのように、愛を込めて主を抱擁(ほうよう)する事である。主は、ある修道女に、金と銀の器を見せて、金の方には、御聖体拝領を。銀の方には、霊的御聖体拝領を入れておくと仰せられ、主が霊的御聖体拝領をどれほど尊重し、それによって、いかに多くのお恵みをお与えになるかを悟らせてくださった。また主は、別の修道女に、霊的御聖体拝領をする度に、実際に御聖体拝領をしたのと(ほぼ)同じ恵みを受けられると仰せになった。何よりもトレント公会議が霊的御聖体拝領を讃えて、信者に実行するように推奨していることで十分であ...霊的御聖体拝領について(聖アルフォンソ・リゴリオ)

  • 【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第3部・第18章)

    【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第3部・第18章)第十八章神に対する英雄的忠実〈忠実〉聖人になる第一の条件は、霊魂を聖ならしめる神の御働きに少しも反対しない決意である。それは非常に強い意志と戦いに対する勇敢さを要求する。「私が地に平和を投ずるために来たと思うな、平和ではなく、剣を投ずるために来た。」(マタイ10-34)修道誓願(修道生活をおくるための公式誓願)を立てる時、コンソラータは院長から「不動の決意をもって英雄的に自己聖化に励みなさい。」という命令と祝福をいただいた。「その瞬間から神のお恵みがあふれてくるのを感じました。光を浴びふしぎな力に満たされて、新しく生まれ、修道生活を雄々しく歩み続けようという善意でいっぱいになりました。神からいただいた自分の特別な使命を全うするため、どうしても完全...【シスター・コンソラーター愛の最も小さい道ー】(第3部・第18章)

  • 素晴らしい聖体訪問

    素晴らしい聖体訪問皆様は、聖体訪問という素晴らしい習慣が、カトリック教会にはあるのをご存知ですか?聖体をご存じない方々のためにご説明しますと、聖体とは、ミサの中で聖別され、聖変化されたパンとぶどう酒のうちにまことに現存される、主イエズス・キリストの御体(おんからだ)と御血(おんち)のことです。主イエズスは、十字架上の死に渡される前の最後の晩餐を弟子たちと共に過ごされ、ユダヤ人の祭りである過越しの食事をされました。その時、パンとぶどう酒を分かち合われ、この聖体を制定されたのです。「一同が食事をしている時、イエズスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これは私の体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。こ...素晴らしい聖体訪問

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