いい日旅立ち
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いい日旅立ちさん
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いい日旅立ち
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平凡な大学教師の日々の感想をつづったブログです。お暇なときにご覧ください。世の中で起こることこうして
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ブログ村参加:2018/01/23

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  • いっさいの死

    いっさいの死は批評すること勿れ傷ましともまして無責任とも「風位」永田和宏いっさいの死

  • 詩 ある墓碑銘

    ある墓碑銘一生を棒に振りし男ここに眠る。彼は無価値に生きたり。彼は唯人生に遍満する不可視の理法に貫かれて生きたり。彼は、常に自己の形骸を放下せり。彼は詩を作りたれど詩歌の城を認めず。彼の造形芸術は木材と岩石との構造にまで還元せり彼は人間の卑小性を怒り、その根元を価値観に帰せりかかるがゆえに彼は無価値に生きたり。一生を棒にふりし男ここに眠る。詩ある墓碑銘

  • 詩 風景

    風景いちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはなかすかなるむぎぶえいちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはなひばりのおしゃべりいちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはなやめるはひるのつきいちめんのなのはな詩風景

  • 詩 郷愁

    郷愁蝶のような私の郷愁!……蝶はいくつかの垣を超え、午後の街角に海を見る……。わたしは壁に海を聴く……。私は本を閉じる。私は壁に凭れる。隣の部屋で2時が打つ。「海、遠い海よ!と私は紙にしたためる。-----海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、フランス人の言葉ではあなたの中に海がある。」詩郷愁

  • 詩 我が友よ

    我が友よ独立せるわが友、淋しいであろう。だが耐えてくれ!そうしてあわよくばそうしてあわよくば笑ってくれ。勝利者の笑いを!立っていてくれ、しかし立てないならばはってくれ、ひとりで。そうして立てるときが来たら立て!わが友よ。起き上がろう、起き上がろうとする、踏みにじられた草のように。わが友よ。そうして生まれたことを、笑ってっくれ。死ぬときも、しがみつきつつも、生まれたことを呪わないでくれ、わが友よ。詩我が友よ

  • 詩 火を

    火を日常生活の内に火を。人間の心の内に火を。たえざる火を。詩火を

  • 詩 髪を洗う女

    髪を洗う女水道の水はとめどもなくあの人の金遣いに似て流れる洗い粉の手触り冷たく返した人の後ろ姿がなぜかしょんぼり気にかかる風呂に漂う名も知らぬほのかな匂いはたよりないような、あるようなついこのごろの、されば、人のそぶりかむしゃくしゃ腹に髪を洗えば髪さえ痩せて櫛もすべりぬ大河で鳴る汽船の笛がふいと消えればどうやら涙がどうやら涙がにじみ出すわが幻覚のあやしさよ浜町河岸の夏のあさ詩髪を洗う女

  • 淡く深い友情

    今日の午後、2人の知人と会った。ひとりは女性で、楽しく趣味に生きている。活躍が楽しみだ。もうひとりは男性で、思想を追求する哲学者である。趣味に生きる女性と話していると、自分の関わり方が、淡くそして深くなっているのに気づいた。自らのことは、多くを語らず、相手の話に深く耳をかたむける。淡い、表面的な交わりだが、相手の深みに触れていることを感じた。哲学者とは、お互い、手を挙げただけだが、表情から、変わらぬ深い哲学探求を続けていることが感じられた。人は、変わる。いかようにも。淡く深い友情

  • 身に突き刺さる言葉

    今日から9月だ。今は、一斉に各学校で2学期が始まるとは言えない。国の方針で、授業日を各学校に大幅に委ねているからだ。良し悪しは別として、教育の多様化が進んでいる。以前は、9月1日が「魔の日」と呼ばれた。各学校が一斉に休み明けとなり、それもあって、子どもの自殺の多い日であった。学校教育の役割も、劇的に変わった。「ひとつの教育機関」として、その存在意義を主張しなければならなくなった。が、子どもの姿が多様になっただけ、よけいに学校教育への要求水準も高まっている。身に突き刺さる言葉

  • わたし歩けば人に当たる

    夕食を終えて歩いていると、旧知の女性に会った。ちょっと、色が黒くなり、髪型が変わっていた。オリンピックのボランティアを志願しているという。結構難関で、多くの人に推薦してもらわないと、応募できないという。美容師さんだの英会話の先生だの色んな人に推薦を頼んだそうだ。5件応募したとのことなので、当たるかもしれない。わたしは、そんなにボランティアが大変だたとは知らず、もうすぐオリンピックだなあ、と漠然と機が熟したことを思っていた。「気味のボランティア姿を楽しみにしているよ」と言って、別れた。明日は、地元でボランティアだ。わたし歩けば人に当たる

  • していただくことも大切

    わたしのグループの友人から、生活上のアドバイスとプレゼントをいただいた。恐縮している。どうお返ししていいものやら、わからない。彼は、ほとんど自分のことは語らないので、見当がつかないのだ。とりあえず明日、お礼状を出す。今日も、サークルの集いがあった。今までも、後片付けを熱心にしてきたつもりだった。しかし、彼から、ささやかながら、一段責任の重い仕事を頼まれた。プレゼントをしたから、頼みやすくなったのだろう。その仕事を与えられたことは、うれしかった。これまで、仕事を頼まれることがなかっただけに、一歩、深く仲間と触れ合える予感をもった。そう、「してあげる」ことは大切だが、「していただく」ことからも恵みは生ずるのだ。肩肘張らずに、小さなことから、お手伝いしていくつもりでいる。大切なのは、感謝の心。していただくことも大切

  • 障碍への目

    夕方5時、趣味のサークルからの帰り道、飼い主と犬が前を歩いていた。犬は、大きなブルドッグ(最近犬を飼ったことがないので正確な名はわからない)のような種類で、歩きかたに、特徴があった。4本の足がみんな内股で、ひょうきんな、しかし、苦しげな足運びだった。後ろからなので気づかれる心配はなく、なにか複雑な気分でながめていた。すると、ひとりの女性が立ち止まって、笑顔で頭をなでる。連れの男性も、やさしそうに見ている。飼い主の様子には、変わりはない。あ、障碍を持っているんだな、とわかった。そのとき、あの犬は幸せなんだな、と思った。障碍をもっていても、それゆえになお、愛される。恵みだ。健常な犬には、それなりの恵みがある。しかし、障碍をもったあの犬は、また別の恵みをいただいている。その恵みは、どちらが上、というものではない。まっ...障碍への目

  • 詩 道程

    道程僕の前に道はない僕の後ろに道はできるああ、自然よ父よ僕を独り立ちさせた偉大な父よ僕から目を離さないで守ることをせよ常に父の気概を僕に充たせよこの遠い道程のためこの遠い道程のため詩道程

  • 父の遺影に語りかける母

    母の人生は、苦しみに満ちていた。祖母が結核で隔離され、早逝したので、家族から、女学校を中退して家事をすることを求められた。が、がんばって、家事をこなしつつ、卒業した。サラリーマンの父に後妻として嫁ぎ、その子、つまり兄と私の子宝に恵まれたものの、長男は45歳のときにこの世を去り、失意は並大抵のものではなかった。が、喜びも多く、人並みには幸せだったと思う。夫婦間にはいろいろあった。離婚の危機も数限りなくあった。晩年は、末期がんの夫の介護で、ふらふらになってやせこけても、夫の希望で、自宅介護をした。どちらが先に倒れるか、と、3年の間、近所の人をやきもきさせた。夜になると、「あ、○○さんの家は今日も明かりがついているね。」と、隣組の人たちは安心したのだそうだ。3年間の地獄のような介護のあと、父は、あの世に旅立った。揃っ...父の遺影に語りかける母

  • 読書百遍意おのずから通ず

    「読書百編意おのずから通ず」という。私は、非常に多くの書物を読んできた。2万冊は超えたと思う。しかし、意味がわかっていたかというと、どうも、飛ばし気味で、よく味わってこなかったと反省する。そこで、良いと思った1冊の本を、3回は繰り返し読むようにしてみた。すると、与えらしい発見が多い。何気ないひとことが、深い意味をもっていたりする。読書百編とはいかないが、良書は、必ず3回は読むことにした。まだまだ、人生の残りは長い。読書百遍意おのずから通ず

  • 詩 乳母車

    乳母車母よ-------淡くかなしきもののふるなり紫陽花色のもののふるなりはてしなき並木のかげをそうそうと風の吹くなり時はたそがれ母よわたしの乳母車を押せ泣きぬれる夕陽に向かって凛々とわたしの乳母車を押せ赤い房あるビロードの帽子をつめたき額にかぶらせよ旅急ぐ鳥の列にも季節は空をわたるなり淡くかなしきもののふる紫陽花色のもののふる道母よわたしは知っているこの未知は遠く遠くはてしない道詩乳母車

  • 詩 母をおもう

    母をおもう夜中に目を覚ましてかじりついたあのむっとするふところの中のお乳「父さんと母さんとどっちが好き」と夕暮れの背中の上でよく聞かされたあの路地は。のみで怪我をしたおれのうしろから切り火をうって学校へ出してくれたあの朝。酔いしれて帰ってきたアトリエに金釘流のあの手紙が待っていた巴里の一夜。立身出世しない俺をいつまでも信じ切り、自分の一生の望みもすてたあの凹んだ目。やっとおれのうちの上り段をあがり、おれの太い腕に抱かれたがったあの小さなからだそうして今死のうというときのあの思いがけない権威ある変貌。母を思い出すとおれは愚にかえり、人生の底が抜けて怖いものがなくなる。どんなことがあろうともみんな死んだ母が知っているような気がする。詩母をおもう

  • 悩んでいる友へ

    私達のグループでお茶しているとき、隣のひとが、「いじめを受けている」ということで、状況を詳細に語ってくれた。相手は、私もよく知っている人だった。私には何もできないので、心を痛めて(そんな表情に見えていたと思う)聞いてあげるしかなかった。それで彼女がほっとするなら、それで良いと思った。そんなにもいじめ上手の人がいるのか、と、半ばあきれてしまったが。そして、何かのときに、悩める仔羊に、ふと彼女にやさしいひとことをいえたらいいな、と思った。私も、悩める仔羊だから。悩んでいる友へ

  • 友ひとりで百人力~最近感謝していること~

    わたしは、20代から弱者として生きてきた。「先生」と呼ばれた時期もあるが、それは、一時的なものである。60歳を過ぎ、誰にもなんにもしてあげられない無力な人間になった。ところが、その頃から、親しい友達ができるようになってきた。なにかしてくれても、何もしてあげられないことはわかっているはずなのに。不思議な摂理(神から与えられた恵み)だ。なぜかは、わからない。今、いくつかのグループに属している。お世話になっているグループ、お世話している(と言っても、結局お世話になっているのだけれど)グループ。ありがたいことに、どのグループにも、陰に陽に応援してくれる人が、1人以上できた。そうなると、心強い。ピンチになると、ひとこと添えてくれる。隣から、扇子であおいでくれる。それとなく情報を与えてくれる。方法はいろいろだが、くつろいだ...友ひとりで百人力~最近感謝していること~

  • 「評判」という目で決めつけてないか?

    人は、「評判」で他人の評価を決めがちである。評判の悪い人もいる。自分を除外例にしない。よく言われることだが、評判の悪い人には、それなりの理由はあるのだろう。しかし、実際に付き合ってみると、評判は悪いといえど、少々わがままであっても、心根の優しい、素朴な人であったりする。皆の前で仲良くすることをひかえたりする人もあるが、型にはめて人を見ることは、控えたい。「評判」という目で決めつけてないか?

  • 書店の研修員のしつけ

    1ヶ月ぶりに、本を買った。小さな本である。担当は、研修中の店員だった。そばにベテランがついている。本を袋に入れ、渡してくれた。しかし、今日は雨が降っているのに、袋にテープを貼ってくれない。これは、袋を逆さにして持てばいいことなので、何も言わなかったが、そばのベテラン店員は気づいているはずで、この店のイメージはダウンした。研修員は、ひとつのサービスの仕方を学べなかった。ほんの小さなことが、店の評判を決める。書店の研修員のしつけ

  • 詩 あなたのこども

    あなたのこどもあかごの頃から風邪が友達だったぼくないてないで謝りなさいと怒られたぼくたいいくがあるとお腹が痛くなったぼくのろまで運動会が嫌いだったぼくこえが小さくて恥ずかしがり屋だったぼくどうしても口ごたえしてしまったぼくもうお母さんと会えなくなったぼくあなたのこどもでよかった詩あなたのこども

  • 詩 いつも いつでも やさしくて

    いつもいつでもやさしくてぼくが泣いて帰ってきたときも怪我をして帰ってきたときもいつもいつでもやさしくてぼくが初めてウルセーって言ったときも初めて学校で問題を起こしたときもいつもいつでもやさしくてぼくが落ち込んでいるときも反抗したときもいつもいつでもやさしくてそんなやさしい母さんだからぼくもやさしくしようっていう気持ちになるでも僕の中には「俺」がいてそんな「俺」は時々なにかに当たり散らしてブツかって生きたかったんだでもあなたはいつもいつでもやさしくてだから本気でブツかれなくてだから本気でわがまま言えなくてだから本気でさびしくてやさしさで包んでくれる母の愛ぼくはしあわせだけどその「愛」が「やさしさ」がぼくのなかの「俺」を不自由にする「俺」を母さんの前で自由にして本気で手足をバタバタさせたいいつもいつでもでも少しでも...詩いつもいつでもやさしくて

  • 詩 消えた赤い糸

    消えた赤い糸自分と彼女と赤い糸で結ばれていたのに彼女は自殺してしまった。何のために?なぜ?彼女が嫌いだでもいまでも好き赤い糸はどこへ行ってしまったのか?消えたのか?切れたのか?詩消えた赤い糸

  • 友に感謝

    ついつい走りすぎることがある。しかし、がんばりすぎると迷惑をかけることがある。そういうとき、「ちょっと待て」と言ってくれる友がいるのは、ありがたい。誰しも、平安な日々を過ごしたい。それを侵しそうになったとき、ストップをかけてくれる友がいる。そこから平安が生まれる。励ますのは友。ストップをかけてくれるのも友。友に感謝。友は、ありがたい。友に感謝

  • 8月27日 セ・リーグの結果

    広島対巨人2対0で広島の勝ち。2回松山のソロ4回メヒアのソロ勝ち、ジョンソン9勝目。セーブ、フランソアヤクルト対DeNA5対3でDeNAの勝ち。中日対阪神中止1巨人M202DeNA5.03広島0.54阪神3.55中日4.06ヤクルト5.58月27日セ・リーグの結果

  • 未熟の晩鐘

    「未熟の晩鐘」という歌がある。作詞、作曲、歌唱、小椋佳。「未熟」熟してないこと。「晩鐘」夕方の鐘。年をとっても、いつまでも、人間は未熟だ、という。それを告げる如く、夕方の鐘が鳴る。私は、病弱のため、50歳まで生きられないと思っていた。ところが、馬齢を重ねてしまった。ところが、高齢者になった今も、毎月の検診で異常が出ない、という果報者である。頭痛が続く、ということはあった。しかし、MRIを撮っても、何の異常もない、という。ついでに、最近ボケてきた(時々自分の年を忘れる)ので、認知症ではないだろうか、と聞いてみた。「一切の異常はありません」「安心してお帰りください」という診断であった。定期検診でも、血圧血液検査レントゲン内視鏡検査ひっかかったっことがない。未熟の晩鐘。たしかに、60歳を超えて、まったくの未熟者である...未熟の晩鐘

  • 小さなことを大切にしないと大きなものは手に入りません

    ある学会に出たとき、高名な教授が、若い数名の女学生とともに参加していた。弁当がひとつ足りない、ということでいろいろと調べておられた。学会の権威が、ひとつ400円の弁当のことで、汗を流して調べておられる。そういうものかと思った。後、ある箴言に接した。「小さなことを大切にしないと大きなものは手にはいりません。」小さなことを大切にしないと大きなものは手に入りません

  • 畏友に学ぶ~高齢期の生き方~

    人生の第一の目標は、すでに達成した。それは、病に対するひとびとの認識を高める、ということであった。それで、ブログもやめようと思ったのだが、続けている。それは、つたない私のブログを読んでくださるありがたい方があるからだ。そういうわけで、突然やめるわけに行かず、こうして、パソコンに向かっている。もう、SNSにたよらずに生きていけるところまできた。人に嫌われないようにするには、アナログオウンリーのほうが良い。ブログを使っても、思うことの1%も伝えられない。さて、ある畏友が生活の仕方を、具体的に教えてくださった。長い付き合いで、わたしの良さも悪いところもご存知である。最も大切なのは、シンプルな生活をすること。よく掃除をすること。それに尽きる。高齢期の生き方である。今は立派に一家をなしておられる方の過去を知っている。みな...畏友に学ぶ~高齢期の生き方~

  • ここまで生きてきました

    わたしは、病弱であったので、50歳まで生きるとは思わなかった。つまり、21世紀は知らぬままあの世へ、と覚悟していたのである。ところがどっこい、ついに、2019年まで生きてしまった。余分な生だ、と思っていたら、最近、次々と友達ができるようになり、あたたかですごしやすい生活になってきた。早死にするつもりで、財産も蓄えなかったが、こうなってみると、もっと人生を楽しみたい、と思うようになった。友あり、遠方より来る、また愉しからずや。ここまで生きてきました

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