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プロフィール
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ブログタイトル
Tシャツとサンダルの候
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/minou_yamatai
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リタイヤ後、楽しく充実した日々を送っている。趣味は、山登り、キャンプ、車中泊旅行、歴史など。
更新頻度(1年)

209回 / 365日(平均4.0回/週)

ブログ村参加:2016/07/22

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アウトドアブログ / 自然観察

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アメタリシヒコさん
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Tシャツとサンダルの候
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209回 / 365日(平均4.0回/週)
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Tシャツとサンダルの候

アメタリシヒコさんの新着記事

1件〜30件

  • 3連休はこう過ごす。

    朝からバタバタと荷物を積み込み、「んじゃ、行ってくる。」(私)「とっとと行ってしまえ。」(家内)家内に別れを告げ、私はいったい、どこに向かっているのか。とあるPAで休憩。大村湾が目の前に広がる。そう。私は、長崎方面へと向かっているのだ。これから、島原半島突端近く漁村でキャンプである。加津佐オートキャンプ場。3連休は飲んだくれる予定である。その前にサイトの設営だ。では。3連休はこう過ごす。

  • 田中65のある食卓

    あれこれと買いたいと、胸を弾ませ白糸酒蔵の売店の扉を開けた私。「ごめんくださーい。」「いらっしゃいませー。」「あ、これだ、これだ。これ下さい。」買いたい酒の一つは速攻で購入。しかし、お目当てのもう一つの酒が見当たらない。「あれれ?えーっと、たなかー・・・・」「田中65でしょうか?あれは当酒蔵ではお求めになれんとですよ。」酒蔵開きの時以外は、代理店でしか買えないとの事。ほとんど、ニンジンをどこかに隠された馬の心境と言っていい。よし分かった。こうなったら、その代理店とやらに行くしかあるまい。延々1時間半。大渋滞をものともせず、教えて貰った販売店の一つの住吉酒販へ。血走った眼で陳列棚を探し回り、「あった!こ、これ下さい!!!」鬼の形相で店員に告げる私であった。一転、その日の夕食のテーブルに着く私は、気持ちの悪い笑みが...田中65のある食卓

  • 娘を誘って

    久留米が生んだ洋画家吉田博の展覧会が、「福岡県立美術館でやってるって。」(家内)水彩や油彩を経て、後年木版画に新境地を見出し、数々の作品を世に出す。精緻な描写力は『絵の鬼』とも言われ、主に自然を題材とした作品が多い。「ふーん、吉田博なら行ってみようかな。ついでだから・・・」(私)仕事柄、コロナの関係で、中々久留米に帰れない娘も誘う事にした。と言うか、娘を呼び出す口実に、吉田博展を使ったと言った方が正解だが。たっぷりと作品を堪能した後、幾つかの版画のポスターや絵葉書を買い求めていると、下の階から、カレーとか、何かの料理とかがない交ぜとなった匂いが鼻腔をくすぐってきた。これは反則である。「腹減った。下にレストランがあるごたる。昼飯食おう。」「ワンプレートハンバーグきのこソースでーす。」美味そうやん。頂きまーす。「旨...娘を誘って

  • しかとーーんなか山

    久留米弁で、しょうもない事、しがない様子を表現する時、『しかとーんなか』と言う。例えば、バカみたいなうっかりミスをした部下には、『しかとーんなか失敗ばして。このバカちんが!!』と叱ればいい。或るいは、どこにもある地味で、誇るべき特徴もない、しがない山に登れば、「あんなしかとーんなか山に登って、何が面白い。」と言われたりする。そんなしかとーんなか明星山に、私は今日もいる。山頂付近では、しかとーんなか色付きも見られる。イノシシが仕出かした、しかとーんなか堀跡を辿り、しかとーんなか尾根道を行く。そして、この先からは、しかとーんなか事はない景色がある。この時期にだけ出現する《明星イエロー》である。丁度一週間前、この場所にきた際、見頃は来週と予想したが、どんぴしゃりだった。何しろ、黄色の色彩が広がるだけだ。つべこべ書きよ...しかとーーんなか山

  • 晩秋の秋桜と向日葵

    「筑後川のコスモスが見頃なんだって。」(家内)「筑後川?北野の事じゃろもん。」(私)「違う。小森野付近の河川敷に、コスモス畑が出来たらしいよ。」ぬ、それは誠か。久留米暇人連盟において、輝ける殿堂入りを果たしたこの私だ。(↑そんなのいつ出来た!)訪れない訳にはいかんじゃないか。ブイーーーン河川敷到着。ありゃまあ。本当に満開やん。夏の豪雨で、筑後川河川敷は水に浸かり、どっぷりと土砂で覆われただろうに。よくここまで整備したものだ。河川敷は、子供連れの家族で賑わっていた。下流の方から、「ぐわんばれーーー!!」「ファイトーー!!」けたたましい掛け声とともに、漕ぎ手4人のボートが遡上してきた。久留米大学のレガッタだろうか。若者よ。このままボートを漕いで、源流の坊がつるまで行けばいい。・・・すぐ先にある堰で行けないけど。スペ...晩秋の秋桜と向日葵

  • 久住別れ避難小屋完成!

    朝、布団にくるまれまどろむ私。あー、布団が一番。あと10時間ぐらい、この体勢でいられる自信があるぜ。ムニャムニャ。・・・・ん?あ!あああーー!今日はくじゅうだった!珍しく昨日の晩から、準備万端用意してたんじゃないか。ドヒャー!!取るものも取り敢えず、ポットのお湯を沸かし、トーストを口の中に押し込み、顔も洗わずにザックを担いで家を出る。ドピューーーン誰と約束している訳じゃない。一人で登るだけなのに、何でそんなに慌てていたかと言うと、最近、登山者の増加が著しく、牧ノ戸登山口の駐車場などは、早朝であっても空きがない状態なんだとか。この時間では、到着するのは9時半を過ぎてしまう。もう、駐車するのは絶望的だろう。だが、案ずるよりも産むが易しである。意外な事に牧ノ戸駐車場は、結構空いていて、すんなりと停められた。紅葉時期だ...久住別れ避難小屋完成!

  • 小春日和

    いつになく、もこの体調がいい、ように思える。現在も、もこの運動制限は続いている。散歩は100mにも満たない距離を週に2~3回だけであり、それ以外の外出と言えば、月に一度の病院通いだけだ。これでは、もこが不憫である。「たまには外の空気を吸わせてやるか。」とは言え、遠い所には連れて行けない。こんな時は、久留米人の憩いの場所、久留米文化セターを散策するのが一番だ。散歩と言っても、長い距離を歩かせる訳にはいかない。歩かせるのはちょっとだけで、殆どはバッグの中だが。それでも、日常とは違う匂いと景色に満足そうである。園内は色づき始めといったところ。フジバカマ今年はアサギマダラに出会えていない。もしかしたら、フジバカマに群れる姿を見られるかも。そんな淡い期待も抱いてやって来たのだが、どうやら既に、南の空へと旅立ってしまったよ...小春日和

  • 黄色の海に漂う。

    昨日は、高良山。今日は、「明星山に登ってくる。」(私)「おう、とっとと行ってこい。」(家内)何回、この画像をアップした事だろう。明星山尾根コース入り口だ。いきなりロープ場から始まるコースである。ここから頂上までは、毎回同じ画像、同じ文言を連ねるしかない。誠に恐縮である。なので、ワープ!はい、頂上。久留米の街並みの彼方には、背振山がどっしりと横たわる。いつもなら、ここから白金山縦走路を行くのだが、この日の目的地は他にある。広川町方向に尾根道を進んだ先。昨日の投稿で『明星山のあそこ』と呟いた場所に、私は行こうとしている。到着。明星山の黄色の海。明星山銀杏畑である。ここは、個人所有の銀杏畑で、単に所有者の好意により、解放されているだけである。銀杏の実を拾ったり、枝や幹を傷つける行為など以ての外。その他、ゴミの持ち帰り...黄色の海に漂う。

  • 朝霧の街

    日曜の朝。久留米の街は、深い霧に覆われた。朝霧の中、日課の高良山へ。高良山参道入口到着。いつもの様に石段を登るのもいいが、最近股関節や膝の調子もいいし、久々に走ってみようか。タッタッタッタ16カーブ通過。高良山も、いい具合に色づいてきている。17カーブ。金明孟宗竹。天然記念物である。20カーブ。高良大社石段下。茶店に入りたいのをぐっと堪えて、大社前を走り抜ける。櫨が色づき始めている。柳坂曽根の櫨並木はどうだろうか?もみじ寺(永勝寺)は?あ、そうだ。明星山のあそこは、そろそろではなかろうか?こりゃ、忙しいぞ。など、呑気に思いを巡らせながら走っていると、森林公園駐車場に到着だ。フーーー!あれ?ありゃりゃ!ヒョーーー!300mそこそこの低山なのに、こんな雲海のプレゼントが待っていようとは。正確に言うと雲ではなく、地を...朝霧の街

  • 北里柴三郎記念館、旧宮原線北里橋梁、下城の大銀杏&笑う犬

    続き「あー腹減った、飯食いに行くぞ。」押戸石の丘から、一番近い食事処と言えばここだ。花唐符。豆腐料理の専門店だ。「お待たせしました。」お盆の中には、おからコロッケをメインに、小鉢5種と呉汁、それに、この店自慢の釜豆腐である。コロッケには、タルタルソースをたっぷりつけて、あーんデザートの豆乳プリンでしめる。今回も美味しゅうございました。さて、車は南小国町から、小国町へと向かう。北里柴三郎記念館。ペリー来航の前年の嘉永5年、北里柴三郎は、小国の北里村の総庄屋の長男として生を受けた。手前の建物は、大正5年に博士が資材を投じて建てた北里文庫(図書館)。その奥は同時に建てられた貴賓館。北里文庫は現在展示資料館となっている。博士愛用の顕微鏡。貴賓館2階の座敷から、涌蓋山を望む。この風景が、後に世界的な医学者を育んだ。生家の...北里柴三郎記念館、旧宮原線北里橋梁、下城の大銀杏&笑う犬

  • マゼノ渓谷&押戸石の丘

    毎日が日曜の私達。天気が良さそうだと見るや、「今から、小国まで紅葉見に行くぞ。」誠に気楽なものだ。暇人の面目躍如である。「小国のどこにね?」「去年も行った、あそこたい。」ブイーーーンあそこだ。南小国町にあるマゼノ渓谷だ。紅葉の時期にだけ一般開放される、正に幻の渓谷である。情報では色づき始めと言う事だったが、まずまずの色合いに染まってくれていた。紅葉を楽しみながら、マゼノ滝まで遊歩道をトレッキング。沿道にはヤマラッキョウや、リンドウの姿も。滝が見えてきた。滝壺まで降りてみよう。去年のこの場所は人人人。シャッターを押すのにも苦労したが、今年は静かなものである。こんな山奥でも、コロナの影響を垣間見る思いである。まあ、某大陸人民の喧騒に腹を立てて、怒鳴らなくて済むのは、歓迎すべき事ではあるけどね。「滝の周辺は、いい具合...マゼノ渓谷&押戸石の丘

  • 紅葉の英彦山へ

    「英彦山豊前坊の紅葉が見頃だって。」(家内)「ものはついでだ。豊前坊からちょいと登るとするか。」(私)そんな訳で、英彦山である。報道の通り、豊前坊駐車場は紅葉の見頃を迎えていた。「うは、案外と寒かね。」(家内)「登ればすぐに暖かくなる。」(私)初冬を思わせる気温の中、山靴の紐を締めたら出発だ。苔むす岩を、えっちらおっちら登っていき、溶岩の壁を越え、フードを被ったオバサンを振り返り、「早よう、上がって来んか。」と、温かい励ましの言葉をかけている私に、上から降りてきた人が、「あーら、林さんじゃないですか!」「へ?」「あっ、失礼しました。」どうやら私は、どこかの林さんに似ているらしい。そんな、私に似ているどこかの林さんを知人に持つオジサンに、上の様子を聞いてみた。「ところで、(紅葉は)どうでした?」「上は終わりですね...紅葉の英彦山へ

  • 元祖本吉屋

    熊本城の見学を終えて、城彩苑で昼食。当たり前すぎる『お城ラーメン』のネーミングの由来も分かり、「さて、これからどうしようか。田原坂に行こうか。お前行った事無いやろ。」(私)「あ、いいねえ。是非!」(弟)田原坂周辺の西南戦争戦跡を一つ一つ案内してやりたいところだが、その時間は無さそうだ。田原坂公園内の資料館で時間を潰す。資料館の外に出て、真向かいの小高い丘の稜線台地を指さし、「あそこが政府軍の砲台陣地じゃった所。」「あー、あそこがそうね。」「あそこからここに向かって、砲弾ば浴びせかけたとたい。」「あんな至近距離から!ひゃー。」てな話をしているうちに、程良き時間となったようだ。「そろそろ、柳川に行こうか。」向かった先はここだ。元祖本吉屋である。少し前の投稿でも触れた、柳川を代表する鰻屋さんだ。この換気扇のフードを見...元祖本吉屋

  • 熊本城空中回廊

    東京に住む弟夫婦が、一泊で久留米に遊びに来ている。いつもなら大宴会の後は、そのまま我が家に泊まると言うパターンだが、「今回はホテルば予約しとる。」(弟)「何で?」(私)「GoToたい。」(弟)聞けば、クーポンまで合わせれば、一人当たり、往復の航空運賃+ホテル代が、1万円ちょっとになる計算だと言う。ドヒャーである。そりゃ、GoTo使いたくなるわな。「ついては、熊本城ば見に行こう。今、空中回廊ってのが出来とるらしかよ。」(弟)「空中回廊ですと?ふーん。何か知らんがわかった。」(私)てな事で、日曜日は熊本である。二ノ丸広場から。現在、天守閣の間近までは行けるようになっている。「ばってん、先に加藤神社に行くぞ。」(私)整然と並べられた壊れた石垣の石。この超難問のジグソーパズルの答えは、果たして見つかったのだろうか。辰巳...熊本城空中回廊

  • くつろぐ猫

    ?和室に置いた段ボールに、不自然な隙間が。しかも、不気味にうごめいている。そーっと、ウメ寛いでいたんだな。悪かった。くつろぐ猫

  • 天高き阿蘇の空と物忘れ

    三俣山お鉢巡りで、膝が何ともなかった事に気を良くした私。「阿蘇山に登ろうか。いつまた登れんようになるか分からんし。お前登った事無いやろ。」(私)「あー、じゃあ行く。」(家内)ちゅう事で阿蘇である。前回、単独で登った時は、仙酔峡からのアクセスだったが、今回は砂千里側からである。烏帽子岳を振り返って、パシャリ。砂千里ヶ浜。火山荒原というそうだ。常に流れくる有毒ガスと、度重なる火山灰により、極端に植物の生育に適さない環境となっている。赤茶けた山肌と黒い無機質な地面は、まるで月面を思わせる。「んじゃ、月の砂漠ば行くぞ。」「お、おう。」「因みに、正面に見える崖ば登って、あの稜線に出るっちゃけんな。」「ひょえーー!」「だーいじょうぶ。実際は、見た目ほど険しくなかけん。」僅かに見られる植物が作る塚。外輪山と九州脊梁の山々。「...天高き阿蘇の空と物忘れ

  • 久留米に帰ったなら・・・

    『内部ストレージの容量が満杯になったぞ。そろそろSDカードに転送しろ』と、スマホが言う。ほいきた。要らないものは削除してから、転送しようかね。あら?これって数日前の・・・旅行から帰って来た翌日、つまり10月23日まで遡る。「久しぶりに帰ってきたとやけん、ザ・クルメば食べに行きたか。」(私)「そんならラーメン?」(家内)「うんにゃ、あそこたい。あそこは(コロナ禍の中)大丈夫やろか。」「あー、あそこね。確かに心配かね。行こうか。」向かった先は、久留米一の繁華街、『文化街』である。もっとも、コロナの影響で、繁華街とは名ばかり。すっかり灯りの消えた街になってしまっているが。人通りが無い通り。幸い、店の灯りはついているようだ。そう、このブログに最多出場を誇る『かけだおれ』である。先ずは、お通しがわりのビッシュ。毎度毎度、...久留米に帰ったなら・・・

  • 紅葉の三俣山 膝と相談しながらお鉢巡り

    旅の途中、風の便りに聞こえてきたのは、『今年のくじゅうの紅葉は素晴らしい!』である。中でも大船山の御池が良かったようだが、噂では、見頃は完全に過ぎているらしい。ひょっとしたら三俣なら。そんな淡い期待を抱きつつ、大曲登山口へと向かう。どっしりとした三俣の山容が、目の前に見えてきた。いつものように、すがもりのガレ場を越え、三俣山西峰取りつきへ。軽登山を含めて、1か月ぶりの山登りである。若干、スタミナを心配していたが、存外に足取りも軽く、、、というより、むしろ普段より絶好調と言っていい。サクッと西峰到着。山頂標識付近にいた若者から、「ずっと向こうに雲から浮かんでる、あの山なんすかね。」「ありゃ、普賢岳たい。」「ひょえー、オイ、普賢岳だって!」若者の質問に答えたら、さっさと本峰へ。到着。久住別れから、ポカンと顔を出す根...紅葉の三俣山膝と相談しながらお鉢巡り

  • 雨の呉散歩~スワロー帰翔

    10月22日この旅何度目かの、雨の朝を迎える。窓を流れる雨の雫をぼんやり見ながら、朝飯をかきこむ私。よし、そろそろ出かけるか。篠突く雨の中、向かった先は呉。旧呉鎮守府兵器部護岸。数席の護衛艦の中に、潜水艦も停泊していた。通りを挟んだ向かい側には、レンガ造りの倉庫が立ち並んでいる。他にも特徴的な護岸がある筈だが、周辺に車を止める場所がなく、たまたまあったコンビニに置かせて貰っている。あまり長居は出来ない。お礼に2~3の買い物をして、早々に引き上げた。大和ミュージアム。 特攻兵器「回天」十型(試作型)零式艦上戦闘機六二型幾つかのゾーンに分かれているが、シャッターを押せるのはこの辺だけである。車は大和ミュージアムの駐車場に置いて、周辺を歩いてみたい。先ずは、入船山記念館へ。呉海軍下士官兵集会所/海軍病院坂の表示がある...雨の呉散歩~スワロー帰翔

  • 旅の最終版、ひたすら移動!

    10月21日起き抜けに朝風呂である。風呂から上がって、人心地着いた頃、「朝食の用意出来ました。」パンツ一丁のオッサンがいないかどうか、慎重に部屋番号を確認して襖を開けると、おお!朝から何て豪華なんだ。湯豆腐付きとは、嬉しいじゃないか。朝食が美味い旅館は信用できる。そんな事を、誰かが言ってたが本当だね。さて、湯村温泉からは、再び北上だ!・・・そんな訳はないんで。私はそこまで変人ではない。今日の旅程としては、中国山地を縦断し、瀬戸内海側まで抜けておきたい。どうせなら、昼飯は尾道ラーメンてのはどうだ。そうと決まれば、寄り道している時間は無い。ひたすら移動である。宍道湖通過。昼食時間もとうに過ぎた頃、尾道に到着。尾道の街は狭い。駐車場探しが大変だ。ウロウロ探し回って漸く見つけたコインパーキングに、バカでかい図体を無理矢...旅の最終版、ひたすら移動!

  • 夢千代日記の里湯村温泉

    10月20日予約をしていた兵庫の温泉宿とは、新温泉町湯村温泉の事である。夢千代日記の舞台として有名だ。ドラマ人間模様『夢千代日記』ドラマが終了してから35年の歳月が過ぎているが、尚もこの町には、夢千代の残像が揺らめいている。実は、5年前の一人旅の折にも、ここは訪れている。あの時は、ただの通りすがりでここに立ち寄り、狭い温泉街をただブラブラ歩いただけだった。温泉街を離れながら、いつかここに泊まりたい、そう思ったものだ。その思いを叶えんが為に、遠い東北の地から予約を入れたのだった。ネット予約をしたのはこの旅館、橋本屋旅館。思った通り、いい雰囲気だ。「こちらの部屋になっております。」美人女将が案内してくれたのはこの部屋だ。多分、旅館としては、いい部屋をあてがってくれたのだろう。障子戸を開けると、湯村温泉街が一望できる...夢千代日記の里湯村温泉

  • 黒部ダム大放水

    10月19日旅程が押し詰まっているのに、なぜ大回りをして信州を目指したか。それは、黒部ダムを見に行きたかったからである。一年前の同じ時期の車旅の折、穂高連峰や乗鞍を歩いた後は、実はここを目指していたのだ。ところが、愛犬もこの突然の体調不良である。急遽帰路につかねばならなくなり、そのチャンスを逸していた。新潟の場合と同じく、是非ともリベンジしておきたかった場所なのだ。こうみえて、案外と執念深いのだ。前日、観光案内に問い合わせた。「次の旅程の関係で、昼頃には扇沢に戻っていたいんです。」「昼頃に?それでしたら室堂までは諦めた方がよろしいかと・・・」やっぱりね。室堂まで行く時間は無いか。と言う事で、大観峰までの往復切符を購入。どっちにしろ室堂に行くなら、違う季節のほうが良さそうな気もしてきた。雪の壁の季節なんていいでは...黒部ダム大放水

  • 春日山城~何故か信州へ

    10月18日さて新潟である。思えば去年、北海道からの帰りはフェリーで新潟港に到着した。その日、朝から猛烈に暑い日だった事を思い出す。さあこれから、北越戦争巡りだ。と言うタイミングで、いきなり追突されると言う憂き目に遭う。お陰で、新潟の予定全てがキャンセルである。今回はあの時のリベンジだ。残るは春日山城のみ。言わずと知れた越後の虎上杉謙信の居城である。この石段を登るようだ。春日神社。謙信銅像。NHK大河ドラマ『天と地と』の放送の折に建立されたとの事。そういや、石坂浩二主演でやってたね。春日山城は石垣は無いものの、複雑な地形を利用した山城となっている。二ノ丸跡。本丸はあの木立の辺りかな。天守閣跡。天守閣跡に隣接して本丸跡がある。本丸から少し降りた所には、巨大な井戸が掘られていた。謙信が大事な合戦の前には、必ず籠った...春日山城~何故か信州へ

  • 長岡~小千谷~迷い道くねくね

    10月17日新潟である。今日は長岡を中心に周りたい。その前に、たまたま検索で引っ掛かった、新潟市内のここに立ち寄る。旧月潟駅だ。ラッセル車が展示されている。さすがに雪国である。九州人の私としては、現物を見るのは初めてだ。昭和7年製のエンブレム。何たって鉄道省だもんね。熱心に眺めていると、駅舎からバアチャンが出て来て、「何の撮影?」「え、ただのしがない観光客ですが。」「あらまあ。妙な車に乗って来たんで、てっきり報道の方かと。」あのねえ。あれは中継車じゃないっつうの。この駅の保存会の方で、駅と車両について色々と教えてくれる。「ラッセル車には動力はありません。この動力車で後ろから押してました。」「ほほう。」ラッセル車のドアを開けてくれようとするも、押しても引いても開かない。「おかしいね。どうしようかしら。」「あー、よ...長岡~小千谷~迷い道くねくね

  • 喜多方蔵の街散歩

    10月16日喜多方蔵の街を歩く。旧甲斐家蔵住宅。「少し工事していまして、中に上がって貰えないので、入場は無料となっています。」それはご親切に。「この螺旋の階段は、一本の桧で作られていまして、それから奥の廊下は・・・」入場無料の割には、受付の女性が拡声器を使って(聞き手は私一人だが)丁寧に説明してくれる。蔵座敷。煉瓦造りの洋品店。シューウインドウ越しに中を覗いてみると、ハンドバックなどが並べられて、実際に洋品店として営業している。味噌醤油は分るけど。ラーメン屋だってこうである。八百屋だって。この建物、重要文化財なのだ。すごいでしょ。ラーメン神社。鳥居の貫がお箸である。酒蔵のようだ。入ってみた。ワインセラーならぬ、SAKEセラー。ここの酒は、この伏流水で仕込まれているとの事。順路の最後は売店となっている。「その20...喜多方蔵の街散歩

  • 母成峠から二本松市街へ

    10月15日10月も月半ば、折り返しのこの日は、先ずは、戊辰戦争の激戦地母成峠へ。石碑が立つ母成峠。側面には、土方歳三や大鳥啓介の文字が見える。さて、防塁と塹壕、砲台跡が残っている筈だが、場所が良くわからない。駐車場からピンクのリボンに従って進んでいくと、あらら。ここじゃないようだ。もう一度石碑の所に戻ってみた。何てことない。直ぐ傍には、遺構跡のちゃんとした配置図があるではないか。こんな看板見落とすくらいだから、山で道迷いするんだよ。えーっと、するってえと、後ろの森のどこかに石段がある筈だが、あ、これだ。登ってみよう。階段が尽きた先は深い森だ。スニーカーしか履いてないが、このまま行って大丈夫かいな。案ずるより産むが易しだ。直ぐに目指す防塁と塹壕跡が現れた。上杉景勝時代に作られた防塁を再利用して、防衛ラインとした...母成峠から二本松市街へ

  • 会津探訪二日目&五色沼

    10月14日会津若松二日目は、ここから始まる。飯盛山だ。長い石段を登って行く。登り詰めた先に、白虎隊士の墓が並んでいた。自刃した隊士らの遺体は、新政府軍の命令で、無残にもそのまま置き捨てられたままだったと言う。見かねた村人たちが埋葬した云々と書かれている。合掌自刃の地へ向かう途中、ただ一人命を取り留めた隊士飯沼貞吉の墓がある。白虎隊の悲劇は、彼によって明らかになった。ここが白虎隊自刃の地である。遠く鶴ヶ城が見える。鶴ヶ城に火の手が上がったのを見て、彼らは自決を急いでしまった。え、全然城がわからん?望遠を持って行ってなかったんでね。これでどうだ。宇賀神堂。中には白虎隊の像が安置されている。さざえ堂。見るからにややこしそうなお堂である。受付のおねえちゃんに、「どうやって登るの?」「正面左手にスロープがありますから。...会津探訪二日目&五色沼

  • 会津探訪 初日

    10月13日今回の旅のクライマックスがやって来た。会津若松城下町散策である。スタートは勿論、会津の象徴鶴ヶ城だ。廊下橋から城内に入る。名の謂れは、屋根付きの廊下造りだった事に由来するのだそうだ。鶴ヶ城天守閣。先に麟閣と呼ばれる茶室へ。麟閣。会津戦争の戦火を逃れた茶室だ。とは言っても、その後の老朽化が激しく、解体復元され、現存するのはこの床柱のみ。躙り口。時代劇では大抵、この下に忍者が蹲っていて、「殿・・・」何て言うんだよな。天守閣内は、会津戦争の紹介パネルを始めとして、貴重な品々が展示されている。天守閣最上階から、飯盛山を望む。正面手前の小高い山が、そうであるようだ。武者走り。鐘撞堂。会津籠城戦の際も正確な時を告げ続け、城外にいた会津兵に、お城の健在を知らせた。城外に出て、暫し散策。会津藩校日新館跡。山本覚馬、...会津探訪初日

  • みちのくへ

    10月12日いよいよ東北である。みちのくを旅するのなら、どうしてもここからスタートしたい。かつての芭蕉と曾良も旅情を掻き立てたであろう、白河の関である。白河古関跡。深い森の中にあった。白河の古関が廃されて久しく、何処にあったか分からなくなっていたようで、白川藩主松平定信が、「ここに、決ーーめた!」として、建立した石碑だ。さて、今回の旅を思い立った、そもそもの動機はと言うと、『戊辰戦争の跡を辿りたい!』と言って差し支えない。旅の主題が始まったのだ。白河小峰城。戊辰戦争時、会津防衛の戦略上の要衝は、日光口、越後口、それにここ白河口である。城門をくぐる。復元された櫓。櫓復元の際に、敢えて、激戦地稲荷山の杉を使って復元したようだ。受付の老紳士から、この辺りでの戊辰戦争の逸話を聞きながら、「確か、新選組の斎藤一もここで戦...みちのくへ

  • 那須与一の郷と、風変わりなRVパークの事など

    10月11日雨が降り続く予定で、RVパークは最初から2泊分申し込んでいた。この日、朝からからりとした天気になったが、予定通りここでもう一泊するつもりだ。とはいえ、車の中で一人でボーっとしてるのも何だし、お風呂にも行かねばならぬ。受付時に貰った大田原観光パンフと、温泉の割引券を握りしめ、ちょいと出掛けた。黒羽芭蕉の館。大田原市黒羽は、芭蕉が奥の細道の旅の途中、13泊14日と言う最長期間逗留した場所であるとか。奥の細道の道程と合わせて、逗留地でのエピソードと詠んだ句が、詳しく紹介されている。昼食の為、道の駅那須与一の郷に立ち寄る。施設内には那須与一伝承館が併設されている。伝承館内は、余市が扇の的を射た時に身に着けていた太刀を始め、那須家に関わる資料が多数展示されている。隣接して那須神社がある。有馬良橘敬書の文字が見...那須与一の郷と、風変わりなRVパークの事など

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