大船フラワーセンターでは芍薬が見ごろを迎えている。春の花見シーズンが終わって一息ついているころボタンや芍薬が咲くのだけどついつい見逃してしまって、気が付くと牡丹園、芍薬園は葉っぱばかりになっていることが多い今回もボタンはもう花期を終えていたようだった。「
秋の日差しの気持ちよい日だったが、残念なのは道が砂利道だったこと。5kmほどの道のりなのになかなか進まない。それでも30分ほど悪戦苦闘していると向こうに大きな橋が見えてきた。県道47号線の新大利根橋である。この橋のたもとの所から農業公園の方に向かう道がある。橋を
10月最後のサイクリングはあけぼの山農業公園に行った。京浜東北線で秋葉原まで行って筑波エクスプレスに乗り換え、柏たなか駅で降りた。この頃新交通システムのようなものによく乗っている。この駅には前に利根川の中流を走ったときに来たことがある。この先で利根川をわた
このあたりは荒川の「川幅日本一」地帯で、荒川の水が流れている流路は遙か向こうの方にあるのだけど河川敷にあたる低地が広がっていて田んぼになっていたり草原になっていたりで、どこまでが川なのかよくわからない。地図で見ると市野川と荒川もしばらく並行して流れた後一
コスモス畑のところから南へ向かう広い農道「みどりの道」がある。まわりの田んぼは稲刈りがすんだものとまだのものが半々くらいである。快適な道だがときどき大きなトラックが走り抜けてゆくのが怖い。3kmほど走ると、ゴルフ場の中を突っ切り、市野川の堤防上に着いた。 こ
松山城跡の前の道を東へ4kmほど行くと道の駅「イチゴの里よしみ」がある。その近くの空き地にコスモスを植えて、毎年「よしみコスモス祭り」を開催していた。ところが昨年、今年とコロナ禍のために中止になっており、来年以降は企画されないようだ。コスモス畑はまだあるよう
岩室観音堂を後にしてちょっと走ると、松山城跡の看板があった。松山城は室町時代の築城で、扇谷上杉氏の拠点であったが、その後北条氏の手に渡り、秀吉の小田原攻めの際に落城し、江戸時代には廃城になった。こんもりした丘の上に土塁や堀がいっぱい残っている。看板の脇から
吉見百穴から数百メートル行った所に岩室観音堂がある。道ばたの崖にはめ込まれるように建てられたお堂で、もとは平安時代の建立と伝えられ、秀吉の関東遠征でこの近くの松山城(次に訪れる)を攻めたときに焼失して江戸時代に再建されたものだそうだ。江戸時代の懸け造り建
10月11日月曜日、古いカレンダーでは体育の日になっている(今年はオリンピックがらみで7月23日になった)日にまた出かけることにした。今回は吉見百穴とコスモス畑を見て市野川から荒川サイクリングロードにつながるところを走って見ようと思う。横浜駅から東横線のホーム
舎人ライナーは東京都交通局が運営する新交通システムで、見沼代親水公園から日暮里までの9.7kmを走っている。2008年開業となので、すでにできあがった都市の上を高架橋でまっすぐに走っている。車輌は無人運転のようで、運転席にあたる所は誰もいないので近未来的な前面展望
武蔵野線をくぐったあたりから、周辺に人家が多くなってきた。15分ほど走って利根大堰から51kmの標識があった。もう終点は近い。さらに進んで首都高の高架橋をくぐると、道は細くなり、町中を走るようになる。狭い所をくねくねと曲がりながら進んで16:00に川口グリーンセンタ
自然公園を出てさらに先に進む。ずっと緑の中の水路に沿って整備された道が続いている。このあたりでは道がブロック舗装になっていて、歩くのには風情があるが自転車で走るとガタガタするので普通にアスファルトで舗装されている方がありがたい。しばらくゆくと道ばたに竹と
さらに下ってゆくと、東武野田線の下をくぐる。ヘルシーロードは川沿いを離れてしばらく一般道を通るように看板が出ていたが左岸に道があるのでそのまま進んでゆくと線路が通った堤に突き当たって先に進めなくなった。仕方がないので、北側に回り込んで踏切を渡る。なんだか
瓦葺掛樋跡からすぐのところで、東北線の踏切を渡る。蓮田駅と東大宮駅の中間地点のあたりである。10分ほど走ると春岡橋という所で芝浦工業大学の前を通る。ここからしばらくは水路に沿って細い道が続く。途中、沿線にコスモスが咲いている所もあった。
綾瀬川と見沼代用水は、この上流では平行に流れている。この地点で綾瀬川が東に流れを変えるため用水路と川が交差する。用水路と自然の川は水位に差があるためこの地点で水路の立体交差が行われている。江戸時代に最初に工事が行われた時には木製の水路を綾瀬川の上に渡して
伊奈氏屋敷跡の下を細い川が流れている。原市沼川というらしい。このあたりには原市沼という大きな沼があったのが、水利事業により水位が下がって湿地化したという。今は新幹線沿いの湿地に古代バスを植えて観光地として売り出しているようだ。地図で見ると、原市沼川はこ
なぜ丸山駅に来たかというと、駅のすぐそばにこのあたりを統治していた伊奈氏の屋敷跡があるというのでこれを見て、そのあと近くの川に沿って少し進むと綾瀬川と見沼代用水との交差地点にあたるので、そこからが緑のヘルシーロードにはいろうという訳である。 伊奈氏屋敷
鶴見川の次は、前々から気になっていたみどりのヘルシーロードの下流部に行ってみた。「緑のヘルシーロード」は利根大堰から取り入れた用水路(見沼代用水)に沿ってつくられたサイクリングロードで川口の方まで約55kmにわたっている。すでに何度か訪れているが、いつも上流
小机城址を後にして鶴見川の方に戻ると、前方にドームが見えてくる。日産スタジアムである。横浜アリーナと共に新横浜地区のイベント施設として有名な所だがまだ行ったことがない。広い道路の歩道の上を走る。少し行くと鶴見川は左へカーブし、広い道は右へ曲がってしまう
小机城は関東管領上杉氏の築城だそうで、秀吉の北条攻めで落城し、家康の江戸入洛と共に廃城になった。今はこんもりした山の中に建物の跡が残っているだけである。地元ではこのあたりを城のあった郷、「城郷」と呼んでいて、ここから3kmほど南にある「城郷高校」という名
恩田川との合流地点からしばらく走って鴨池人道橋に来た。橋を渡るとJR横浜線の鴨居駅である。以前鴨居駅からららぽーとに行くときに歩いてこの橋を渡ったことがある。今日は川沿いに自転車で来て鴨居駅に向かって渡る。 鴨居駅の近くのすき家で牛ざら定食を食べてお
高速道路をくぐった先の道ばたにコスモスが咲いていた。鶴見川サイクリングロードは周囲が家の所が多いので季節の花が咲いている所は貴重である。しばらく行くと、地下鉄の鉄橋の下をくぐった。地下鉄はこのあたりでは川を渡るために地上にでているようだ。鉄橋をくぐった
しばらくゆくと市が尾高校前に着いた。学校の裏がすぐに鶴見川に面している。結構大きな敷地である。そのすぐ先に青葉区の総合庁舎がある。田園都市線の市が尾駅もあり、青葉区の中心地のようである。やがて向こう側に高速道路インターチェンジのループ橋が見えてくる。東
さらに5分ほど下ると、常盤橋という橋に着いた。ここから左岸の道に「サイクリングロード」の表示がはじまる。このあたりで一時的に両岸が林で覆われ、一瞬山の中を走っているように感じる。河口から26.5kmの標識が現れる。標識にはかわいいバクが描かれている。鶴見川の
恩廻公園の先に、北西方向から流れてくる麻生川との合流点がり、この部分も公園になっている。「洪水浸水想定区域」という物騒な看板が立っていた。写真の左側が麻生川、右奥で右から流れて来るのが鶴見川である。 しばらく左岸を行き、河内橋という所に着いた。川幅もだい
しばらくは川沿いの細い道をゆく。特に自転車用の道ではないが、車は走らないし、人も歩いていなので楽に走ることができる。いくつか橋を越えて精進場橋という所まできた。ネットで調べると「精進場」という地名は全国に結構ある。参詣などの途中で精進をする場所という意
今年の夏は「緊急事態宣言」でどこにも出かけられなかったので欲求不満がたまっている。ワクチンも打ったし、緊急事態宣言も解除になったので、さっそく出かけることにした。さて、今回は「鶴見川サイクリングロード」である。私の持っている「関東周辺サイクリングロード
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大船フラワーセンターでは芍薬が見ごろを迎えている。春の花見シーズンが終わって一息ついているころボタンや芍薬が咲くのだけどついつい見逃してしまって、気が付くと牡丹園、芍薬園は葉っぱばかりになっていることが多い今回もボタンはもう花期を終えていたようだった。「
昭和記念公園原っぱ西花畑ではネモフィラが見ごろを迎えていた。御本家?ひたち海浜公園のスケールには及ばないけど結構広い範囲にネモフィラが植えられていて人がたくさん出ていた。
久しぶりに昭和記念公園に行った。こもれびの丘はポピーとカスミソウがいっぱいの季節である。カスミソウの小さな白い花と、ポピーの赤い大きな花の対照が美しい。
平和観音像から見下ろすと一面にツツジが植えられている。ツツジの間の小道に沿って斜面を降りてゆく。ピンクから薄紫の色の花が咲きそろっているが赤い系統のものがまだなのでちょっと派手さが足りない気がする。下りきって見上げるとこんな感じである。もう一週間くらいた
「大人の塗り絵」の本の日本の美しい風景の中に出てくる「塩船観音寺のツツジ」を見に行ってきた。お寺の背後の斜面にツツジの丸いかたまりが点々と並んで夢のような景色に思えて一度行ってみたかった。青梅線の河辺駅で降りると駅前のバス停に人が並んでいた。すぐに来たバ
観光案内所でもらった地図を見て大洲市内を自転車で回ってみた。まず、お城の裏手の肱川沿いに出て川の方からお城を見てみる。肱川ではカヌーの練習をしている人たちがいた。次に川沿いの道を走って大洲赤煉瓦館にやってきた。明治34年に建てられた旧大洲商業銀行の建物で今
松山から次は宇和島を目指すが途中、大洲に寄ることにした。松山を13:30発の宇和海15号に乗って大洲駅で降りる。駅の観光案内所で地図をもらい自転車を借りた。駅から2kmほどで、肱川を渡るとすぐに大洲城の下の広場に着いた。ここでも桜が満開で結構人が出ている。坂道を登
松山駅は新駅を作っていて一応昨年の9月に新しいホームでの営業を開始したのだが、まだ旧駅の遺構が残っていて工事中であった。市電などが通っている東側には旧駅の駅標が残っている。しかし、この建物はもう使われておらず、中に入ると仮の通路が続いていて旧ホームの撤去
一の門、二の門、三の門と通ってやっと天守入口に着いた。姫路城に登るときにも感じたが、国宝の歴史的建造物にこんなに無造作にあがっていいものだろうかと思う。今回2つめの現存天守登城である。小天守越しに松山の町が見える。松山は人口51万6千人で四国第一の都会である
石垣の間をくねくねと登る。各所に説明看板があって、みんな見ているとなかなか先に進まずそれだけで疲れてしまう。まだ、本丸は見えない。立派な現存天守の顔を見ないうちにぜいぜい言っている。 それでも隠門をくぐってさらに上ると最後の門である太鼓門が見えてくる。
ロープウェイを降りると早速石垣が見えてくる。少しのぼると待合番所跡というところにつく。看板の説明文によれば、ここは登ってきた東雲口からの登城道と大手門方面からの登城道との接点で番所があったという。ここから石垣の間の狭い道を上って本丸方面を目指す。この突き
松山城という名のお城はいくつかある。これから行く伊予松山城が一番有名だが、「天空の城」として知られる「備中松山城」をはじめとして全国に10くらいあるらしい。 道後公園前から市電に乗り、警察署前で降りる。地図で見るとここがロープウェイ乗り場に最も近い。ビル
道後温泉から歩いてすぐのところに道後公園がある。道後公園は湯築城跡につくられた公園で、堀や土塁などの遺構が残っている。松山城に行く前に湯築城跡を見ることにした。湯築城は中世伊予の国の守護であった河野氏のお城で、1585年の秀吉の四国攻めによって小早川隆景に
バスで今治駅まで戻り今治駅からしおかぜ17号に乗って松山まで行った。せっかく松山まで来たのだから道後温泉に泊まってみようと思って道後温泉に宿をとった。松山駅から市電に乗って道後温泉駅までいく。宿に荷物をおいて温泉街を歩いてみた。宿にも大きなお風呂があるの
早速、天守に登城した。コンクリート製なので立派な階段があるが、エレベーターはついていなかった。6階建てで各階が資料館になっており、2階には自然科学展示まである。上に登ると瀬戸内海の眺望が開ける。自転車で2度渡ったしまなみ海道の来島海峡大橋も見える。天守を
初日から二つの城に登城し、万歩計もとっくに一万歩を超えて、体力も限界に近かったが、松山に着く前にもうひとつ今治城による予定だった。丸亀駅からしおかぜ13号に乗り、一時間半ほどかけて今治駅に着いた。2009年に来たときは今治駅からバスで糸山公園まで行き、サンライ
現存天守は基本的にバリアフリーなどということは考えらえていないので、階数分の急な木の階段をのぼらないと天守の上につかない。丸亀城は3層だから大したことないけど姫路城や松江城などもう降りてこられないんじゃないかと思うこともあった。 でも天守はその地域の最
呼吸を整えていよいよ登山である。最初からものすごい急坂でめげる。昔の武士は強健であったのだつくづく思う。年をとると上り坂は急激に消耗するのでゆっくりのぼる。すぐに高い石垣が見えてくる。10分ほどで三の丸の広場についた。一休みである。三の丸広場からはきれいな
高松駅から予讃線に乗って一日目は松山まで行く。今回の主な目的地は松山城と宇和島城であるが、その前に丸亀城にも寄りたい。高松駅から特急いしづちに乗って丸亀駅まで行く。大した距離ではないので特急料金がもったいないが、地方の幹線鉄道は特急は一時間に一本あるが各
披雲閣のお庭を通って北側にいくと月見櫓が見えてくる。こちらが現在のお城の北東側にあたる。かつてはこの北側はすぐ海になっていたらしい。月見櫓の南側に水手御門という門があって、ここから直接海に漕ぎ出すことができたという。今は広い道が通っていて海は50mくらい向
今回は歩いてでも行ける地元の名所に行ってみた。我が家の前を通る環状4号線(原宿六浦線)で六浦方面に行き、「八軒谷戸」というどこの田舎かと思わせる名前のバス停で降りると、西に向かって急な登り坂が続いている。その坂道を10分くらい登ると鎌倉カントリークラブのゴル
花菖蒲園は今が見頃で,たくさんの人で賑わっています。
4年前の11月に松戸にある本土寺に紅葉を見に行った。その時に結構広い菖蒲園があったので、また菖蒲の季節に行ってみたいと思っていた。本土寺のホームページには「六月上旬にはは花菖蒲が五千本、下旬に向けて十種類以上の紫陽花が境内中に咲き渡り、その数は五万本以上
清澄庭園にも花菖蒲園がある。大泉水を回り込んだ向こうに涼亭という建物があり、その向こう側に花菖蒲田が広がっている。そんなに規模は大きくないが、ちょうど見頃を迎えている。同じ都立の公園である小石川後楽園と「園結び」というわけである。
芭蕉稲荷から地下鉄の駅の方にもどり清澄庭園を目指した。清澄庭園は、大名の下屋敷だった一帯を三菱の創始者・岩崎彌太郎が買い取り、1891(明治24)年に社員の慰安や貴賓を招待するための庭園として開園した。回遊式庭園で、中央の池である「大泉水」の周りには、全国から
小石川後楽園でもらったパンフレットに「花菖蒲がむすぶ園結び」として清澄庭園が紹介されていたので帰りに寄ってみることにした。後楽園の西門を出て5分くらいで飯田橋の駅につく。長い通路を通って地下鉄大江戸線のホームに行き清澄白河まで行った。 清澄庭園は地下鉄の駅
池に沿って進んで行くと花菖蒲田が見えてくる。花菖蒲田の隣に光圀が造ったとされる稲田が1枚だけあり、ちょうど田植えが終わった所である。回り込んで背景を見ると後楽遊園地のジェットコースターが見えて、ときおりワーッという歓声があがっている。
小石川後楽園に行って花菖蒲を見てきました。水道橋の駅を降りると後楽園球場のドームが見え、ドームホテルが聳えています。交差点をわたって5分ほど歩くと小石川後楽園の入り口につきます。ビルのすぐそばに都心とは思えない静かな雰囲気が広がります。ちょうどバスで外国人
ボタンやシャクヤクは残念ながら花期が終わって葉が茂っている。ピクニックグラウンドでは中央のプラタナスの木が堂々と新緑に茂って立っている。春の花が咲き終わって今は花の乏しい季節にさしかかっている。藤棚の藤もすっかり豆になって垂れ下がっている。鉢で育てられて
バラ園に行く。バラのシーズンである。バラ園ではいつも花の多さに圧倒されて、何を写真に撮ったらよいのかわからなくなる。
久しぶりに大船フラワーセンターに行った。ボタンやシャクヤクの季節も終わり、花壇が夏仕様になって花の少ない時期を迎えている。入り口近くの盆栽コーナーであじさいの盆栽が迎えてくれた。すっかり葉が茂った梅林の下で様々なあじさいが咲き出している。花菖蒲にはまだ早
奥の方にいくと、小山にバラが咲き乱れていた。たくさんの人がバラの間に入って写真を撮っている。高島屋の包み紙のようなローズピンクのバラもあった。赤っぽい花が多い中で黄色いバラもひときわ目を惹く。
30分ほどで吹上会場を後にして吹上駅にもどる。次はバラ園のある川里会場に行ってみることにする。吹上駅から高崎線に乗って2つもどり鴻巣駅で、またシャトルバスを待つ。今度はずいぶん立派なバスがやってきた。バスに乗るとしばらくは鴻巣の町中を通る。結構渋滞していてな
19日の日曜日にこうのす花まつりに行ってきた。大船から上野東京ライン籠原行きに約2時間乗って吹上についた。この日は花まつり期間最後の日曜日なので駅前から荒川河川敷にある会場まで無料のシャトルバスがでている。鴻巣市市政70周年記念「こうのす花まつり」は3つの会場
武家屋敷を回った後お城の北門の近くでオムライスを食べた。オムレツの上にケチャップで「たけるふじ」と描かれていた。青森県五所川原の出身だからだろうか。せっかく新入幕優勝をしたのに今場所はけがで休場とは悲しい。 ゆっくりと休んであとは駅にレンタサイクルを返す
藤田記念庭園を後にして、次は弘前ねぷた村に行ってみた。東北地方の町ではその地域によって異なった「ねぶた」があるそうで、ここでは弘前ねぷたまつりに使われるねぷたの展示と津軽三味線の演奏などが行われている。駐車場に観光バスが何台も止まっていて御賑わいである。
禅林街を後にしてお城の方に戻ると広い通りに突き当たったところに藤田記念庭園がある。ここは弘前市が市制100周年を記念して平成3年7月に開園した日本庭園で、もともと、日本商工会議所初代会頭藤田謙一氏が東京から庭師を招いてつくらせた江戸風な景趣の庭園である。広々と
禅林街の坂道を下ると一番奥に津軽家の菩提寺である長勝寺がある。重要文化財の立派な山門が出迎えてくれる。中は静かな佇まいで、弘前公園の人出が嘘のように人がいない。女の人が一人で草むしりをしていた。長勝寺の右手に広場があって、戦没者の供養塔が建っていた。その
翌日はまたレンタサイクルを借りて、弘前市内を回った。まず、宿に近い弘南鉄道の中央弘前駅に行ってみた。ホームには普通列車が止まっていて、ホーム上ではこけしが出迎えている。しばらく進むと五重塔が目立つ最勝院についた。境内はいろいろな花が咲いていて風情のあるお
夕暮れも近いのでレンタサイクルを返して一度宿に戻り、6時頃にもう一度弘前公園にやってきた。桜のライトアップを見ようと思う。東門の所までバスでやってきてた。今日一日分の花びらがお堀の縁にたまっている。東門の前にかがり火がたかれているが、本物の火ではないようで