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生きる力になれば https://blog.goo.ne.jp/02161234

神様の声に導かれてここまで生きて来ました。

良寛様の生き方に共鳴しています。良寛様と呼ばれています。感謝しています。

良寛(お地蔵)
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2016/03/18

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  • 堂々と生きる

    【張り付いて生きる】東京の障害者施設にいる重度の脳性マヒで寝たきり、体は動かず、言葉も話せない20歳の女性の記事を見ました。彼女はわずかに動く手をボランティアの添える手を借りて詩を書いています。その数1200点。『せかいのなかで』このひろいせかいのなかでわたしはたったひとりたくさんの人のなかでわたしとおなじ人はひとりもいないわたしはわたしだけそれがどんなにふじゆうだとしてもわたしのかわりはだれもいないのだからわたしはわたしのじんせいをどうどうといきる。『いきていてこそ』いまのつらさもかんどうもすべてはいきていてこそどんなにつらいげんじつでもはりついていきる。『こえをだせないわたしたちにもことばやいしがあることをしってほしい。そんざいをみとめて』このような人々がたくさんいると思います。また、このような子を持...堂々と生きる

  • 心のリボン

    近くの小さな図書館に寄りました。25年以上前の新潟市立小学校、おばたただお校長先生の「心のリボン」のお話を読み感動しました。運動会の閉会式の挨拶です。子供たちの胸にはリボンがついていました。一等は青、二等は黄色、三等は赤のリボンです。一人三回競技に参加しましたので、多い子は三つのリボンをつけていました。また、一つもつけていない子もいました。それを見て急に覚えてきた挨拶をやめて言いました。「リボンを三つ胸につけている人、手をあげなさい。この人たちは大変がんばった人です。その場所にしゃがみなさい。」「次に、リボンを二つつけている人、手をあげなさい。この人たちは、次にがんばった人たちです。しゃがみなさい。」このあたりで、父母の方々は心配そうになってきたそうです。「次に、リボンを一つつけている人、手をあげなさい。...心のリボン

  • うるうる

    瞳の中の空澄みきった空晴れきった空曇り空雨が降りそうな空雨雲が浮かぶようにうるうるという涙雲が浮かぶ。うるうるは鎌倉時代に良く使われた古語。涙雲で目が曇り、涙の雨がうるうると降る。しかし、雨はいつかやみます。空がまぶしく輝き出すように、あなたの瞳もきっと輝きを取り戻すことでしょう。うるうる

  • ギリシャ訪問の佳子様

    400年以上前の室町時代に『伊曾保物語』があるのを知りどんな内容か調べてみました。驚きました。ギリシャの説話集イソップ物語でした。ギリシャを訪れている秋篠宮の佳子様も読んで行かれたそうです。ポルトガル語から、「かな」に翻訳されたものでした。あの時代の人びとがありときりぎりす、北風と太陽、うさぎと亀などの物語を読んでいたのです。久しぶりにあった狐に鶏がまことにゆかしう存じる。と言っています。「ゆかしい」とは懐かしい、慕わしい、欲しい、見たいなどに使われていたようです。『ゆかしい』好きな言葉を見つけた喜びがしました。僕はあなたがゆかしい!僕はあなたに会えてゆかしく思う。何か今のなつかしいより、優雅な響きがあって好きです。奥ゆかしいはここからきたようです。ギリシャ訪問の佳子様

  • 青葉時雨

    『迷い道青葉時雨に胸晴れる』(私)青葉時雨(あおばしぐれ)とは葉っぱの雫が落ちること。心惑いながら、竹藪の下を歩いていたら昨晩の雨の雫がぱらぱらと頭にこぼれて来た。ぱっと気持ちが晴れました。小さなことに心迷わすな!一滴の雫で気持ちが晴れ、感謝の心で手を合わせました。皆様にも青葉時雨が降りますように。青葉時雨

  • 光明蛍

    ある古典の中から素敵な言葉を思い出しました。《恋の蛍》です。「あまひこよ雲のまがきにことづてん恋のほたるは燃えてはてぬべし」(平祐挙・たいらのすけたか)「恋にこがれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身をこがす」鳴かない蛍は光ることで想いを表し、まるで身を焦がしているようだ。なんと素敵でロマンチックな言葉でしょう。私なら「燃え尽きて夜空をこがす遠(とお)花火鳴かぬ蛍も身をこがす」遠くに見える花火は音は聞こえないが夜空を焦がしている。暗闇を音もなく1匹の小さな蛍がほんのり照らす姿は秘めた思いで身を焦がし、みんなの願いを叶える光明蛍のようだ。私もそんな蛍になろう。光明蛍

  • うぐいす

    【うぐいす】平安時代前期の『古今和歌集』より、『世にふれば言のはしげき呉竹(くれたけ)の憂き節ごとにうぐいすぞ鳴く』憂き節とは辛いこと、悲しいこと。長く生きていると、いろいろと嫌な事が聞こえて来て、そうした、辛い折々を嘆くようにうぐいすが鳴いている。(詠み人知らず)今でも同感する歌だと思います。古代の人も同じように感じて過ごしていたのだと分かると自分だけでないと元気が出ます。私は竹の節を人生の節と呼んでいます。この節が強い竹を作っているのです。人生もそうです。辛い節目があるから強くなっていくのです。今朝もうぐいすが鳴いているなあ。うぐいす

  • 言葉の力

    「刃物は物を切る言葉は心を斬る暖房は体を温める言葉は心を温める薬は病を治す言葉は全てを癒す言葉は生きる勇気の道標(みちしるべ)しかし、沈黙と傾聴を忘れてはならない言葉の力信じて共に歩もう前へ前へ」言葉の力

  • 月光

  • 仕事の報酬

    この仕事は若い人、いや年配者でも無理なのか?また、2カ月で出社拒否か無断欠勤をして辞めていく。人間関係が難しいからか。私が18年間勤められたのは何だろうか。「仕事が好きになれば仕事が来る。仕事の見返りは仕事だから。」(私)嫌いになると全てが嫌いになってしまう。石の上に3年は昔の言葉か。残りの仕事は皆が手に付けてない書類の整理やら清掃環境整備を依頼されています。まだまだ役にたつことがあることに感謝しています。仕事の報酬

  • 君ができること

    イギリスの神学者ジョン・ウェズリーの言葉が好きなので紹介します。私は英文の方が好きです。アメリカのオバマ大統領が就任した時の有名な「youcan.」はこの言葉を引用したのではないかなと感ずるのですが。『Doallthegoodyoucan.君ができるすべての善を行え、Byallthemeansyoucan.君ができるすべての手段で、Inallthewaysyoucan.君ができるすべての方法で、Inalltheplacesyoucan.君ができるすべての場所で、Atallthetimesyoucan.君ができるすべての時に、Toallthepeopleyoucan.君ができるすべての人に、Aslongaseveryoucan.君ができる限り』この言葉はいろんな所で、いろんな人が自分の能力に応じ精一杯生きた...君ができること

  • 無限の清風

    鎌倉建長寺の開山大覚禅師は「建長寺はすべて松関をとじず、無限の清風来たりて未だやまず」と述べています。修業者にも一般の人々にも、老若男女、あらゆる人に対して、いつでも門戸を開いているという意味です。建長寺がお地蔵さんを祀っているお寺だと知ってますか?私は自分の寺だと学生時代から通っていました。また、臨済宗建長寺派住職は「無限の清風」は偶然の出会いや出来事に姿を変えて訪れる。心の窓を閉じていると、風は入らず大事なご縁も気づかずに通りすぎてしまうと述べています。現在は、学業や仕事、介護に日々追われ、心の窓は閉ざされてしまいがちです。この場もあらゆる神様が通る無限の清風が吹いていますよ。無限の清風

  • 心を伝える舟

    3000年前、オリエント地方に1人の若者がいた。ある夜、夢の中に神が現れ「キミの希望を1つかなえてあげよう。何が欲しいかね?」若者は「長命、健康、美しさ、幸福、栄光、成功、富、愛…」「僕はまだ人生で大切なものが何かを知りません」だから一番欲しいものは「知恵、物事を理解する心」と答えたのです。若者の望みがとても気にいった神は、その望みをかなえてあげたのでした。彼の名はイスラエルの皇太子ソロモン王です。私も神にいつもお願いしています。「生きる力になる言葉」を欲しいと。それで、たくさんの言葉を下さっているに違いない。「言葉は心を伝える舟」なのだから。心を伝える舟

  • 親心

    銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(万葉集・山上憶良)銀も金も宝石も何になろうか。すぐれた宝も子に及ぼうか、いや及びはしない。母の日にたくさんの花束が届きました。皆さん大喜びされましたよ。親心

  • 夕陽

    あかあかと燃える茜色ためてためてゆったりゆっくりと沈んでいくあの悠久なる流れの中に自分を沈めていく明日の力を信じて。もうすぐ退職します。1212too夕陽夕陽

  • 道の先

    わが道の先にいい事がある。だから努力するのです。道の先

  • 光明蛍

    ある古典の中から素敵な言葉を思い出しました。《恋の蛍》です。「あまひこよ雲のまがきにことづてん恋のほたるは燃えてはてぬべし」(平祐挙・たいらのすけたか)「恋にこがれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身をこがす」鳴かない蛍は光ることで想いを表し、まるで身を焦がしているようだ。なんと素敵でロマンチックな言葉でしょう。私なら「燃え尽きて夜空をこがす遠(とお)花火鳴かぬ蛍も身をこがす」遠くに見える花火は音は聞こえないが夜空を焦がしている。暗闇を音もなく1匹の小さな蛍がほんのり照らす姿は秘めた思いで身を焦がし、みんなの願いを叶える光明蛍のようだ。私もそんな蛍になろう。光明蛍

  • 神の導き

    「幸せな人間とは困難な時、神の導きを知った人間である」(私)振り返ると、あんなに絶体絶命の時に、能力以上の事が出来たのは神の仕業に違いないと感謝している。神の導き

  • 復活

    神は人に「創造力」という才能を授けてくれました。しかし、人は自分たちを破壊するものを創ってしまった。人は言葉に限らず「分かり易いもの」に飛びつきがちです。本当に思っていることは、簡単には言葉になりません。あらゆる苦汁の体験から出ているからです。私は弱い人、貧しい人、見捨てられた人、病に苦しむ人、生きる力を失っている人に言葉を発信して来ました。しかし、朝に夕に見えない人の声を聴く事が多くなりました。その人達にも勇気を与える言葉を意識して発信しなくてはと思っています。何故なら、そのような人達もこの場を見ているからです。死んでも生きると。復活しているのです。皆様にもその気持ちを持って頂けたらと思います。復活

  • 轍(わだち)

    「人生にハイウェイはない。自らの轍を作るのだ。」(私)轍(わだち)

  • 人生の虹

    「人生に七色の虹を望むなら、スコールを耐えねばならない」(私)突然の雨に濡れる事だってあるだろう。しかし、私は七色なんて望まない、大好きな二色があればいい。人生の虹

  • 声援

    「声援は力なり」大谷選手も復帰戦活躍した筒香選手もだ。声援

  • ながらへば

    辛い時を経験してきた人には、共鳴できる和歌があります。『ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂(う)しと見し世ぞ今は恋しき』(新古今集藤原清輔)「ながらへば」とはこの世に生き永らえたらということ。「憂し」とは嫌なこと。嫌で、つらくて、どうしようもないこの頃だけれども、このまま生き永らえていたら、いつか懐かしく思う日が来るだろうな。辛かった昔のあの頃が、今は恋しく感じられるように。確かに、そう感じます。古代の人も同じなんだと親しみを感じます。さあ、今日も辛いことあるかもしれませんが、懐かしく、恋しくなる思いでだと気楽に行きましょう!『ながらへばまた懐かしく思い出すことだろう令和の嫌なことを』ながらへば

  • 言葉の布地

    ニューヨークのプレタポルテの女王と言われた、エレナ・ランバート。彼女の豪華な部屋の中に一段ときらびやかな部屋があるという。訪れた人は圧倒されるという。部屋の敷物は日本の帯をつなぎ合わせたきらびやかな敷物だからという。パッチワークの手法で様々な帯地がつながれているという。「このはぎれを見るたびに、私は自分の毎日の生き方を考えるのです。一枚のはぎれが私の今日の一日の生き方だと思っています。そして、完成した敷物が私の人生だと思っています。」と述べています。発想がすごい。帯地の敷物!豪華で歩けない。そこで思い出したのが、大昔のインドのお坊さん達が托鉢で頂いたのが貴重な布切れだった。それを継ぎ足した袈裟(けさ・法衣)を着たことから「お布施」になったという。布切れ一枚一枚に思いがあるのです。ここも「言葉の布地」なんで...言葉の布地

  • 夢と魔法の国

    アメリカのフロリダを舞台にしているテレビドラマにマイアミの綺麗な海に惹かれて観光スポットなどを調べていました。すると、素敵な話を見つけて感動しています。ユダヤ人でナチスの収容所にいたヘンリー・ランドさんは、戦後体一つでアメリカに渡った移民でした。人一倍働いて、カリフォルニアにいくつかのホテルを所有していました。カリフォルニアのディズニーランドに行くことを楽しみにランドさんのホテルに予約をしていた難病の少年が、その夢をかなえる直前に亡くなったという知らせが入りました。両親は「早く連れて行きたかったが、闘病費用などでお金をためるのに時間がかかってと」泣き崩れたのでした。それを聞いたランドさんは、ホテルや私財を投じて、難病の子どもがお金がなくてもテーマパークで遊べる施設をフロリダ州のディズニーランドのそばに作っ...夢と魔法の国

  • 心のしわ

    「たしかに私の顔にしわも増えました。ただ、それは私が多くの愛を知ったということなのです。だから私は今の顔の方が好きです。」(オードリー・ヘップバーン)私もしわが増えました。心のしわも。多くの悲しみとそれを越える愛を知ったからです。心のしわ

  • 桜舞い散る道

    「花誘ふ比良(ひら)の山風吹きにけりこぎ行く舟のあと見ゆるまで」(新古今集)桜の花を誘って吹き散らす比良の山風が吹いたことだ。琵琶湖を漕いで行く舟の通り過ぎた跡が見えるほどに湖面に花が散っている。「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」(古今集小野小町)花の美しさはむなしくあせってしまったことだなあ。長雨が降り続き、私がこの世で暮らし、もの思いにふけっている間に。桜の花が葉桜になりましたね。そんなに急いで散らさなくてもいいのにね。今年もありがとう。桜舞い散る道

  • 前世の縁

    「袖振りあうも他生の縁」(日本の諺)この言葉には暗示する意味があります。「他生」とは、仏教では「前世、来世」のこと。道ですれ違うまったく関係ない人でも前世からの因縁があると教えている言葉です。「袖」を「魂」に変えてください。「魂すりあうも前世、来世の縁」となります。声掛け合う人は前世、来世でも深く触れ合う人です。私は相談事、悩み事を受けて知らない人と接する事が良くあります。その方よりも背後霊の方に親しみを感じる事もあります。お互いの前世のご縁があるからでしょう。皆様とお話ししているのも前世からのご縁があるからだと思います。私の前世は皆様の前世に救われていたのだと感じています。そのご恩返しで生かされているのです。ありがとうございます。前世の縁

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