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生きる力になれば https://blog.goo.ne.jp/02161234

神様の声に導かれてここまで生きて来ました。

良寛様の生き方に共鳴しています。良寛様と呼ばれています。感謝しています。

良寛(お地蔵)
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2016/03/18

1件〜100件

  • 捨て色

    色彩学の用語に捨(す)て色があります。ある色をひときわ鮮やかに見せたり、より効果的に印象付けたりするために使う目立たない色のことです。ベーシックカラーといいます。すべての色が、自己主張をしていては、お互いの良さを消してしまいます。目立つ色に比べると、その存在に気づきにくいことはあります。しかし、なくてはならない色の事を捨て色といいます。ここでも皆様の捨て色に徹しようと思いますす。ありがたく感謝しています。捨て色

  • 人生五つの宝

    私の気づきです。「人生五つの宝」一つは、思いやりをもつこと。一つは、貧乏でいること。一つは、人の上に立たないこと。一つは、夢をあきらめないこと。一つは、神を信じること。これだけで人は生きていける。あまり頼られないし、期待もされないけど私にはそれが心地よい。また、この場も家の縁側のようで心地良いです。人生五つの宝

  • 生と死

    誰かが言ってた。「死にたい」「42たい」。4と二を足すと「生」になる。「生きたい」になると。人は必ず死にます。その時まで精一杯生きましょう。生と死

  • 闘魂注入!

    神に聞かれること。「この世であなたが集めたものではなく、あなたが与えたものは何ですか」と必ず聞かれます。私達はたくさんの生きる力を与えたと応えましょう。タクシーをしていた時、アントニオ猪木さんをアリーナまで乗せたこと思い出しました。闘魂注入!したと応えているだろうな。闘魂注入!

  • 愛染草子

    巻物に対して、紙をとじ合わせて本の形にしたものを草子(そうし)といいます。物語、日記、随筆、歌や言葉綴りなどをそう呼びましたが、江戸時代になると挿絵入りの小説や絵本のことを指しました。草子には「枕草子」「御伽(おとぎ)草子」があります。「草」は言葉の「葉」に通じます。作品は我が子のようなもの。我が子に願いを託して送り出すという意味があります。そこから草子という言葉が生まれました。私はこの場の我が子を「愛染草子」と名づけ後世に伝えたいと思っています。皆様の投稿をまとめた生きる希望と愛をいっぱい与えるバイブルとして、「愛染草子」を発行するのが私達スタッフの役目と思っています。愛染草子

  • 風になる

    「神は在る。難は有難し、苦しみは自分を磨く風。世界に届く風になろう。」ある占い師からあなたは風のような人。と言われた時に考えた言葉。私の思いが風になって皆様にに届きますように。風になる

  • 霧の香

    10月の言葉に「霧の香(か)」があります。霧の香りという意味ではなく、霧が立ちのぼる様子を、お香の煙が立ちのぼっていくのに見立ててこう呼ぶのだそうです。素敵な表現だと思います。昔は今ごろに起こる現象のようです。現代の気象用語では、視界が1キロメートル未満のものを霧。それ以上のものは靄(もや)。陸上で、100メートル、海上で500メートル以下の視界を濃霧といいます。私も富士山や、箱根で濃霧にあい途方にくれたことがありました。人生にもありました、霧が立ちのぼる時や、濃霧に出会う時も。しかし、いつかは霧も晴れるものです。さわやかなお香の匂いがしてきますようにお祈りします。霧の香

  • 少年時代

    「少年老いやすく、老年は少年になりやすい。」(私)少年時代はあっと言う間に過ぎ去ってしまう。しかし、老年になるとあっと言う間に少年時代に戻ってしまうものだ。人はいつまでも少年の心を忘れないから。少年時代

  • 忘れ音

    最後の一匹。季節を過ぎて鳴く虫のことをいいます。今日も聞こえます。「きりぎりす忘れ音に啼(な)くこたつかな」(芭蕉)何かわびしい言葉です。「気をつけて忘れ音に啼く母の声」懐かしい母の声のように聞こえたよ。忘れ音

  • 空の鉢

    「青空を冬の雁(かり)が渡って行き、人もない山には木の葉が飛んで散ってゆく。夕暮れに靄(もや)の立ちこめた村里の道を、ただひとり空(から)の鉢を持ったまま帰ってゆくのだ。」(良寛)子どもと無心に遊んだり、お年寄りにマッサージやお灸をしたりしても、米や豆の施しもなくひとり寂しく山に帰って行く。働き損のくたびれ儲けという言葉があるが報酬の代価はお金だけではない。子ども達の喜ぶ姿や、お年寄りの感謝の笑顔が鉢に一杯つまっている。私も書を教え、お年寄りの笑顔をもらって自転車で帰る。夜ひとり酒を飲む時、良寛のこの「空の鉢」の詩を思いだすのだ。良寛さんと酒を交わす日を指折り数えながら。空の鉢

  • 生きる勇気

    「人生の目的を持っている者は、音楽や歌がなくても、どんな舞も踊る事ができる。」(私)どのような逆境にあっても、目的(目標・希望・夢・言葉)があれば踊る(生きる)事ができます。出会いも別れも、いろんな体験も目的のために必要だったと感じています。自分の道は自分が切り拓くしかないのです。幾つになっても諦めないことが大切です。ここにいる皆は、どんなに苦しくても前を向いて生きる同士です。たくさん勇気をもらってください。いつもありがたく感謝しています。生きる勇気

  • 稽古と無欲

    「稽古とは、一より習い、十を知り、十よりかえる、もとのその一」(千利休)再び基本に戻り、心技体も初心を忘れてはならないということでしょうか。あらゆるスポーツや習い事も初めて教えて頂いた事をつい忘れてしまい自己流になってスランプになってしまう。人に教えたり、アドバイスされて気づくものです。人生も同じ、生まれて来た時は裸。無心に遊んだ子どもの心をいつまでも忘れてはならないと思います。「無欲とは、一より習い、十を知り、十よりかえる、もとのその無欲」(私)稽古と無欲

  • 山本周五郎の言葉

    「貧乏と、屈辱と、嘲笑と、そして明日の望みのなくなったときこそ、初めて我々は人生に触れるのだ。」(山彦乙女)「怒ってはいけない、人間は生きている限り、飲んだり食ったり、愛したり憎んだりすることから離れるわけにはいかないものだ。どんなに大きな悲しみも、いつか忘れてしまうものだし、だからこそ生きてもゆかれるんだ。」(栄花物語)「にんげん生きているうちは終わりということはないんだな。」(おさん)秋の夜中は大好きな山本周五郎の作品に触れてみようと思います。山本周五郎の言葉

  • 秋の風

    「旅人の袖(そで)吹き返す秋風に夕日寂しき山のかけ橋」(藤原定家・新古今集)旅人の袖を吹きひるがえしている秋風の中で、夕日が寂しく照らしている山の桟道(さんどう)よ。朝夕の風も急に肌寒くなりました。皆様も長袖の準備をして体調管理してくださいね。秋の風

  • 悲しみは祝福

    800年前のペルシャ(現イラン)の神秘的詩人ジャルディン・ルーミーの詩が素敵なので紹介したいと思います。私は「嘆き」が「悲しみ」の杯を飲み干すのを見て叫んだ。「悲しみは、実におつな味がするものだねえ」すると「君には、お手上げだよ」と「嘆き」の奴は答えたのさ。これでは、私の商売上がったり。どんな悲しみも、祝福と受け止められてしまった日には「悲しみ」を売る当てではなくなってしまうと。この詩は、中世から現代の私たちにメッセージを送ってくれているのです。「悲しみとは、立ち直る途上で甘受(かんじゅ)しなければならない必要悪というよりも、むしろ積極的な祝福なのだ」と。やさしく説明すると、事故や病気、生活苦、人間関係の破綻、火事、洪水、津浪、地震などで人生の悲惨な、どん底に人は何度も苦しみ、悲嘆に暮れてきました。しかし...悲しみは祝福

  • 玉のような人

    私の好きな言葉に『艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす』があります。多くの困難や苦労に遭い、それらを克服していくことによって、美しく磨かれた玉のように人格が練磨され、立派な人間に成長することです。私はそれを『玉磨(ぎょくま)の人』と呼びました。皆様が幾多の困難を乗り越えて笑顔が美しく光り輝く玉になりますように。精一杯生きている貴方を応援しています。玉のような人

  • 涙の海

    涙はあなたがつくった海。悲しい涙は塩辛い。嬉し涙は甘酸っぱい。どちらも交互にやってくる。今日は悲しい涙より嬉し涙が多かった。それはあなたがいたから。あなたが心の中にいたから。涙はあなたがつくった海なのだ。涙の海

  • 人生の道

    「あなたは自分の人生を生きるために生まれたのだ。」(私)すべて自分が選んだ道と思うべし。人の助けが必要ならそうすればいい。だから素直になって生きて欲しい。どうして私だけがこうなったという前に自分が選んだ道だと受け入れて欲しい。人はそれぞれ目に見えない苦労を抱えているものだから。人生の道

  • 哀愁

    「手にとらば消えん涙ぞあつき秋の霜」(松尾芭蕉・野ざらし紀行)私の流す熱い涙のために秋の霜のように白髪は消えてしまいそうである。死に目に会えなかった母の形見と対面した時の句。この句を思い出す時、母の自宅介護の時を思い出す。秋の夜中に痰の吸引中に疲れて寝てしまった。気づくと亡くなっていた。申し訳なかたったと涙が止まらなかった。警察病院から検死結果は老衰でした。哀愁

  • 笑顔と涙

    「笑顔は心の余裕。涙は自分への戒め」(私)どんな苦しく悲しい場面に出会っても、笑顔が出ればまだやれるとの意思表示になる。しかし、涙が出た時は本当の悲しみを知る時になる。(バスに取り残された園児を知ると涙が止まらなかった。)自分も気をつけなくては。心に余裕があれば救える命もあるから。笑顔と涙

  • 青い薔薇

    夢を見ました。ある天使の後をつけて行きました。ある病院の一室に入りました。若い夫婦がベッドに寝ている男の子を見つめています。難病で助からないようでした。元気になったら、あのレストランに三人で行きましょうね。とお母さんが声かけていました。うん、あそこのハンバーグ美味しいね。絶対行こうね。お父さんが分かった。約束するよ。と言っています。花の天使は看護婦さんに何か渡していました。看護婦さんが、お見舞いの方がこれをと青い薔薇を渡しました。青い薔薇は絶対できないと言われていましたから、不可能が可能になることから夢が叶うという花言葉になりました。元気になった子どもと三人がレストランで食事をしています。もちろん、テーブルには青い薔薇が生けてありました。「夢が叶う青い薔薇」をあなたにも届けます。青い薔薇

  • 曼珠沙華

    「人生の流れ旅夢こぼし何もつかめず帰る道曼珠沙華一輪咲いていた。人生の流れ旅夢ひろい温もりのない冬前に曼珠沙華一面咲いていた。あしたも息張って生きようこれが人生流れ旅。」(私)人生、夢を落とすこともあれば、夢ひろうこともある。九月の肌に感じる思いを歌にしました。曼珠沙華

  • あなたへ

    「生きることは死ぬことよりもはるかに力がいる。」(私)生きる力になればと考えてこのサイトを立ち上げました。顔と心のシワが増えてしまいましたが。あなたの力になれたら幸せです。あなたへ

  • 希望の泉

    私の昔作った英文の詩。通じるかな🎵【Hopespringeternal】Yougetlost.ButYouhavetogetonwithyourlife.Icandoforyou?Themisionarywhoconveyswords.Tomorrowisanotherday.Hopespringeternal.Chinup!(訳)「希望の泉は枯れず」あなたは道に迷う。しかし、あなたは生きていかなければならない。私があなたの為にできること?私は言葉を伝える伝道師。明日は明日の風が吹く。希望を捨てなければ立ち直れる。希望の泉は枯れず。元気出して!通じてくれればありがたいです。希望の泉

  • 愚かな者と賢い人

    「愚かな者と賢い人」THEFOOLISHANDTHEWISE友よ、こんにちは。お変わりなくお過ごしのことと思います。この世がすべてであるかのように生きる人が多いかもしれませんが、私から見ればちょっと可哀想ではないかと思います。心理学者ユング(1875-1961)という人がいましたね。彼は、死後の存在を信じることは精神衛生上では非常に重要な役割を果たしていると言いました。(もちろん、健康的だから信じるのではなく、信じるから健康的だということです)。キリスト様は、悪人と善人について話すよりも、賢い者と愚な者について多く話されました。キリスト様が言われた愚かな者は「アホー」とか「馬鹿」という意味ではありません。場合によっては、この「愚か者」は万事に抜け目なく、世の功名を成し遂げた人たちであるかもしれません。ただ...愚かな者と賢い人

  • 良寛とフランシスコ

    人間関係に悩んでいるあなたに。『いまの世ははかなきものと知るからに背(そむ)けば疎(うと)し背(そむ)かねば憂(う)し』(良寛)この世はどうしようもなくむなしいものだと知れば知るほど、人に逆らえば相手がよそよそしくなるし、人に従えばこちらが嫌な思いをする。人と人との関係は微妙なものである。心が通じない人とは距離を置いて過ごすしかないのかも。良寛は心が通う数人の仲間と囲炉裏を囲んで語り合ったといいます。『秋の夜の小夜(さよ)ふくるまで柴(しば)の戸に語りしことをいつか忘れむ』五合庵のいろりを囲み、秋の夜長に夜のふけるまで、しみじみと語り合ったことをいつか忘れてしまうだろうか、いやけっして忘れることはないよ。と歌に残しています。良寛は日本のフランシスコと呼ばれています。二人とも小鳥と会話していました。親しい友...良寛とフランシスコ

  • 大工の夢

    今日はイギリスの小話に興味を引かれたので紹介します。ある大工の物語。ある日のこと、彼は知事が腰掛ける椅子の修理を命じられ、カンナをかけていました。しかし、その仕事ぶりがバカ丁寧すぎるため、かたわらで見ていた人が理由をたずねた。すると大工はこう答えた。「実をいうと、私がこの椅子に腰掛ける日のために、少しでも座り心地をよくしておこうと思ったまでなんですよ」と。しかも、不思議なことに、彼はその後、実際に知事となり、その椅子に腰をおろしたのでした。この実話から学者は、人間とは水面に投げ出されて、流れのままに漂う麦ワラなどではなく、むしろ立派に泳ぐ力を備え波に逆らって自分のめざす方向へ十分進んでいるものだと感想を述べています。自らの決めた目標に向かう「意志の力」を信じて進みましょう。「私にはわからない」「できっこな...大工の夢

  • 夢の実現

    今日は世界の偉人に出てくるウィリアム・ジェームズ(1842年アメリカの心理学者)を紹介します。彼は近代心理学の父と言われています。心理学にはつぎのような法則があると述べています。「あなたが、どうしてもこうなりたいと自己イメージ、心の絵を抱き、それを曇らせずに、充分に長い間、維持しつづけたならば、早晩、思い描いたままの自己を実現することができる」と述べています。また、「心からなりたい自分になる」秘法を説いています。《夢を実現するための四つのR》1.Really-wish(本当に願うこと)自分がなりたいと思う「心の絵」を具体的に思い描いて、心からその実現を願うこと。2.Really-desire(本当に欲求すること)「求めよ、さらば与えられん」(聖書)願っていることを声出して、強く求めてみることです。「神よ、...夢の実現

  • 人生の迷い

    「人間は努力するがぎり、迷うものである。」(ゲーテ・ファウスト)人生は迷いの連続である。迷いのなかにこそ生命の光明が見いだせるといった意味。私の座右の銘に「迷わぬものに悟りなし」があります。人生とは何かを考え迷った人にはいろんなものが見えてくるものです。アフリカの諺にも「迷った道は二度と忘れない」があります。人生は迷っていいのです。あなたが決めた道が間違っていたら、それもあなたの貴重な肥やしになったのですから。大丈夫です。また歩み出しましょう。人生の迷い

  • 強者が勝つとは限らない

    大谷選手や強打者に期待していたら、めったに打たない選手がホームランを打った。そこで「足速き者競争に勝つにあらず。また強き者戦いに勝つにあらず。」(西欧の諺)本当に実感した言葉です。また旧約聖書(キリスト生誕前の聖書)「伝道の書」第9章第11節に「私はまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競争に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つものでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、悟き者が富を得るのでもない。しかし、時と災難はすべての人に臨むと人はその時を知らない。」とあります。知る人もいます。神の声を聴ける人です。子どもやいつまでも子どもの心を忘れない人です。皆様も神様の声を伝えてください。強者が勝つとは限らない

  • 秋の風情

    「なにとなく君にまたるるここちして出(いで)し花野の夕月夜かな」(与謝野晶子)なんとなく恋人の面影を思って胸が騒ぐ秋の夜。心のままにさ迷い歩く花野の美しさと、空にかかる月の光。幻想的で心に染み入るようだ。「花」は春の季語。「野」がつくと秋の季語になる。秋の草花には、萩(はぎ)、葛(くず)、野菊、桔梗、吾亦紅(われもこう)、女郎花(おみなえし)などがあります。春の花に比べ色もはかなくもの寂しい風情がします。それもまた良し。秋の味覚の栗や柿も実をつけてきました。天地の恵みに感謝。皆様の励ましの言葉もたくさんの実を結ぶことでしょう。いつも感謝しています。秋の風情

  • おせんべいでひと休み

    あるご家族から頂いたおせんべいの袋に書かれていた。おせんべいの名前の由来には諸説がありますが、千利休の弟子「幸兵衛」という人が、小麦粉を用いた焼菓子を作ったことから、「千」の字をもらって「千幸兵衛(せんのこうべい)」と名乗り、それが「おせんべい」になったと言われています。お年寄りも私も、おせんべいは大好きです。3時のおやつには欠かせません。ひと休み、ひと休み。おせんべいでひと休み

  • タイムマシン

    「誰もがタイムマシンを持っている。過去に連れて行くのが記憶。未来に行くのが夢。」(ラジオ深夜便より)未来に行きたければ、今夢に向かって精進すればいい。タイムマシン

  • 月見坂

    良寛さんは月を見るのが好きでした。書や詩をたくさん残しています。新潟にある住まいの「五合庵」の下の方に「良寛の月見坂」という看板が立っているといいます。ある秋の夜のことです。五合庵で良寛さんとお客様は遅くまで語り合っていました。そのうちにお酒の無くなったのに気づいた良寛さんが、ちょっとふもとまで買いに行って来ますといって出かけましたが、なかなか戻りません。心配したお客さまが坂におりてここまで来ました所、松の切り株に腰をおろしている良寛さんの姿がありました。月のあまりの美しさにお酒を買うのも忘れて無心になっている良寛さんでした。禅語に「八風吹けども動ぜず天辺の月」があります。私たちの身の回りには悲しい風や大風が吹き荒れています。黒い雲が押し寄せて来ても、月は飄々(ひょうひょう)として、悠然としています。皆様...月見坂

  • 毎日が良い日

    テレビで生前、樹木希林さんが好んだ言葉を紹介していました。「日日是好日(にちにちこれこうにち)」があります。「ひびと読んだらこうじつ」と読みます。毎日毎日が「好い日」ということです。「悪い日」というものがないということです。結婚式の日、お葬式の日すべてが巡り合わせにより結果となって現れているに過ぎないからです。「晴耕雨読(せいこううどく)」晴れた日を喜んで迎え田畑を耕し、雨が降ったら喜んで勉強する。自然と呼吸を共にする。今日という日は初めて会う一日であり、永久(とわ)の別れの一日。二度とない一日です。すべて好い一日として迎えましょう。皆様に出会えた事に感謝毎日が良い日

  • 回復力

    150年前のイギリスの作家ウェルズが、「自転車に乗っている大人を見るたび人類の未来も捨てたものではないと思う。」と述べている言葉を見つけました。おそらく、健康に良いだけでなく、太陽の光と新鮮な空気に触れることが、ストレスも軽くなり、気分も爽快になり、元気に仕事に向かうことができるということを言っているのだと思います。何か人類の未来に役立っているのかな。さて、皆さんから色々な悩み苦しみ迷いを聞くたび、適切なアドバイスができなく心苦しく感じています。長い人生では、病気や怪我、深い心の傷を負うことがあると思います。人間には「自然治癒力」があるので、自分の「回復力」を信じて欲しいと思います。いま、抱えている病気や怪我や心の傷を思い浮かべましょう。そして、自分の好きな、山や海、川や滝、草原、森、空を想像しましょう。...回復力

  • 悲心

    「悲心(ひしん)」という言葉があります。真心をもって一人の本当に苦しんでいる人を救うことは、大地のように大きい。どんなに多くの星が輝いても、その光りは一個の明月の光りにおよばない。「悲心」とは「深い思いやりの心」のことです。自分で味わった苦しみ、悲しみの体験を、人には味わわせまいとする真実の思いやりの心のことをいいます。自分が体験した悲しみを他人には味わわせたくないという心。その温かい心で他人の苦しみを少しでも軽くしてあげることを「悲心抜苦(ひしんばっく)」といいます。母親のような心。お地蔵様、観音様、聖母マリア様を感じています。悲心の心、大切にしたいと思います。悲心

  • 自立支援

    「借着より洗着」(日本の諺)人からめぐんでもらったり、借りた新しく美しい着物より、古くても洗いざらしでもいつも着ている自分の着物の方が良い。転じて貧しくとも自立して生活する方がどれだけ良いか分からないという意味になった。私はお年寄りの破れた衣服を裁縫で直したり、壊れたメガネや時計、ラジオや簡単な電化製品を直しています。とても喜んでくれます。お年寄りやウクライナの避難民も困りごとたくさんあるでしょう。身近にできる自立支援今日もがんばろう!自立支援

  • 秋の旅人

    秋の夜は古典が似合う。私の行く道を思う時、二人の旅人をいつも思う。「これがまあついの栖(すみか)か雪五尺」(小林一茶)これがまあ、私が生涯を終える所なのか、雪が五尺(約151センチ)も積もっているこのふるさとが。一茶が定住を決意し、信濃の国へ帰郷した時の作。「この道や行く人なしに秋の暮れ」(松尾芭蕉)どこまでも続く一筋のこの道を、ともに行く人もなくただ一人で旅をしていく。寂しく暮れていく秋の夕闇の中を。この二人の作品を思うと私の書にもその気持ちがのるものだなあと感じています。私も旅にでたいな。コロナを忘れて自由な旅。人生の思い出に…。'秋の旅人

  • 人は墨

    近くの農家の軒下に薪(まき)が積まれていたのを懐かしく思いました。「注意力がない人は森を歩いても薪を見つけられない。」(ロシアの諺)「自分で薪を割れ、二重に温まる。」(ヘンリー・フォード)私は墨を磨(す)りながら思う。「人は墨である。人生という硯(すずり)でごしごし磨(す)られていい墨になる。すり減った分だけ役に立っているのだ。」今日の気づきになれば人は墨

  • 不幸は生きる糧

    「すべての不幸は未来への踏み台にすぎない。」(ソロー・アメリカの作家)貧乏と、屈辱と、嘲(あざけ)りにあった少年期。胸を患って明日の望みをなくした青年期。私は人生に触れた。どんなに大きな悲しみもいつか忘れてしまうものだ。歓びも悲しみも生きる糧(かて)にして、それを活かすことが大事なんだ。人を生かす事が人生なんだから。あなたの力を人々のために使ってください。どんなことでも素敵です。不幸は生きる糧

  • 未来の道

    『自分の未来が見えてくる!』全て導かれている事に気づくと、未来が見えて来るものです。以前、夢に出たおばあさんとの会話。『成功して有名になりたい!』と言ったら『あなたが考えている成功者とは何ですか?成功者とは目標を持って生き、いつも人の事を一番に思っている人だよ。』と仰った。神の声のようでした。その言葉の意味を分かって来たから未来が少し見えて来たのです。歩む道が遠回りしても行けると感じたのです。人それぞれ、与えられた未来は違うかも知れないけれど、死ぬまでいや死んでも歩む道それが、未来の道なのかも知れない。聖書にイエスが亡くなって、偉大なイエスの後をとても継ぐ力がないとローマから逃げ出したペトロが、向こうから十字架をかついで来たイエスと出会った。イエスはお前がやらなければもう一度、ローマに行って十字架にかかろ...未来の道

  • 古人の跡を求めず

    「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ。」(松尾芭蕉)つい古人の足どりを探して感動してしまうものです。しかし、古人の願った本質を考えると歩む道は違ってもいいのです。皆様も自分の道を信じて歩んで欲しいと思います。古人の跡を求めず

  • 未来の道

    『自分の未来が見えてくる!』全て導かれている事に気づくと、未来が見えて来るものです。以前、夢に出たおばあさんとの会話。『成功して有名になりたい!』と言ったら『あなたが考えている成功者とは何ですか?成功者とは目標を持って生き、いつも人の事を一番に思っている人だよ。』と仰った。神の声のようでした。その言葉の意味を分かって来たから未来が少し見えて来たのです。歩む道が遠回りしても行けると感じたのです。人それぞれ、与えられた未来は違うかも知れないけれど、死ぬまでいや死んでも歩む道それが、未来の道なのかも知れない。聖書にイエスが亡くなって、偉大なイエスの後をとても継ぐ力がないとローマから逃げ出したペトロが、向こうから十字架をかついで来たイエスと出会った。イエスはお前がやらなければもう一度、ローマに行って十字架にかかろ...未来の道

  • 自立を目指す

    「イエスは、わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。(聖書マタイ福音書)自分のしたいことをするのは子ども。自分のすべきことをするのが大人。魚の欲しい人に魚をあげる事ではない。魚の欲しい人に「魚の釣り方」を教えることだ。自立を目指すそのことが大事だからと説いています。自立を目指す

  • 慈悲の衣

    中国の古典で作者不詳の言葉に「生年(せいねん)は百に満たず常に千歳(せんざい)の憂(うれ)いを懐(いだ)く。昼は短く夜の長きに苦しむ何ぞ燭(しょく)をとって遊ばざる」があります。生きられるのはせいぜい百年に過ぎない。それなのに千年先のことまでも心配している。昼は短く、悶々とする夜は長い。いっそのこと、灯りをつけて、夜通し遊ぼうではないか。不安や苦しみで寝つかれない夜はあるものだ。眠れない夜は、暗いことではない、明るいことを考えればよい。誰にもあるものです。不安や苦しみ。それが人生なのです。だからそんな時こそ遊んだり、楽しいことを考えていれば乗りきれるものです。月を眺めて下さい。月明かりは仏様の明かりで照らしている。これを「慈悲の衣」といいます。気を楽にすることの大切さを説いた言葉です。悩んで寝つかれないと...慈悲の衣

  • 正は負の遺産

    「マイナスを何度も繰り返すとプラスになる。」(私)人生は何度も「負」の連続です。そうして、「正」をつかむものです。ノーベル賞をとった人達の言葉を聞いてもそうです。正は負の遺産から成就するものです。正は負の遺産

  • 今日を生きる

    「人生に往復切符はない。一度出発したら二度と帰ってこない。」(ロマン・ロラン)昨日の出来事、感動、悲しみはいつまでも忘れない。だから今日を私らしく精一杯生きようと思う。今日という日は二度とないから。今日を生きる

  • 愛について

    愛について鎌倉時代の僧侶無住が説いた言葉を紹介します。『愛は事(じ)なり』です。はて事とは何でしょうか?事とは「同事の心」のこととあります。同事の心とは、自分の立場を捨てて『相手と同じ境遇になって協調できる心』のことです。例えば、体の不自由なお年寄りに対して同じ目線になって接する心ということです。『愛とは相手に合わせる力』をいいます。自分のことを押し付けてしまっては愛とは言えないのです。愛とは与える事と言った人がいました。まだまだ愛が足りないと反省しております。愛されたければ愛しましょう!相手を思いやる気持ちが愛なのです。愛について

  • 自分を頼れ

    最古の仏教の言葉に「おのれこそ、おのれのよるべ」という言葉があります。人を頼りにするのでなく、自分自身を頼りに自由に生きることだと説いています。自由とは人のせいにしないこと。すべての原因を自分に求めることと教えています。「すべてはおのれのよるべ。」誰かさんに聞かせてやりたい言葉です。今日の気づきになれば。自分を頼れ

  • 信念の手相

    昨日ある施設で頼まれ手相をしました。二人の男女に共通の言葉を掛けました。あなたは生きる事に迷っています。何かあなた自身の捨て身の生き方、信念、目的、夢などをしっかり持てばすべてが好転し未来に希望が持てますと伝えました。「生きることが目的ではない。死ぬことが終わりではない。生死を超えて生き通す信念がなにものが亡ぶることはないのだ。」(山本周五郎・荒法師)信念は手相に出てきます。皆様にも出てきますように。信念の手相

  • チャンス

    チャンスメーカーという言葉がある。チャンスはつかむものではなく作るものだからさ。「この世に生を受けたこと、そして生かされていること、それが最大のチャンス(好機)なんだ。チャンスはねつかむものではなく挑戦して自ら作り出すものだから。だからチャンスは限りなく君の心の中にひそんでいるんだよ。」(私)私は今ラストチャンスに挑戦しています。チャンス

  • 人間関係

    人間関係に『三心』の心得があります。★喜心(きしん)喜びを持って行う心のこと。仕事に対しての感謝のみならず真心こもった料理とか、義務や義理で作ったのではないこと。★老心(ろうしん)父母の心、親心を指します。よその子も我が子と思って愛情持って尽くしましょう。★大心(だいしん)人の賞賛にも有頂天にならず、ののしられても怒らず、事に処して判断を誤ることのない心を指す。以上を三心といいます。この心得を噛みしめて、明日も生きたいと思います。人間関係

  • あいの風

    気が合う、心が合うということを「あいの風」にかけて、心のあいの風と呼びます。日本海側の各地で知られている風の名で、海岸線と直角に吹く北風のこと。昔、自分は丈夫に暮らしていることを京都にいる親や恋しい人に届けておくれとあいの風に訴えたといいます。私もあいの風に乗せて皆様に真心を届けたいと思います。届きますように。あいの風

  • 関西人

    関西人には4種類の人がいるそうだ。1.「かしこ、かしこ」という人。頭がよくて何でも知っていて、何をやってもうまくできて、外見にもそれが表れている人。2.「あほ、あほ」という人。あほなことしかできず、いかにもあほという風情が漂っている人。3.「かしこ、あほ」という人。本当はかしこいけれど、あほぶっている人。4.「あほ、かしこ」という人。中身があほだけど、かしこぶっている人。3番目の「かしこ、あほ」が一番人に好かれるタイプとのこと。松下幸之助さんは、上に立つ人はかしこくあってはいけない。あほぶって何でも聞くことが大切と述べています。一番嫌われるタイプは、「あほ、かしこ」。あほなのに、かしこぶる人。実はそういう人が一番多いと述べています。「あほ、あほ」の人気者で思い出すのは「男はつらいよ」の寅さんです。彼は「俺...関西人

  • 神秘な世界

    「私たちが体験できる最も美しいものは、神秘的なものである。このことを知らず、不思議に思ったり、驚きを感じたりできなくなっている者は、死んらだも同然だ。」(アインシュタイン)神秘は私たちを現実的な考え方から連れ出して、もっと大きな世界へと導いてくれるからだと述べています。何だかんだと理屈をつけて現実だけしか、分かろうとしない人がいますが、アインシュタインもそのような人に言った言葉なのでしょうね。宇宙の神秘。宇宙の子である私たちこそ神秘なはずです。全く同じ人がいないのですから。人生も何と神秘にあふれているのだろう出会いもそうです。神秘を受け入れれば違う世界が見えて来ます。世界中の人と知り合うなんて本当に不思議です。神秘な世界

  • 湧き出る泉

    誰かの声がする。「湧き出る泉を持ちなさい」と。「山は静かに生を施(ほどこ)し、川は流れて魂を浄める湧き出る泉は幸運を呼ぶ」そんな言葉が浮かびました。湧き出る泉は心の中にある。泉を言葉にすると、その言葉で皆さんに幸運を呼ぶとなります。皆様に感謝湧き出る泉

  • ノックアウトはしない

    「倒されますが、滅びません。」(聖書コリントⅡ4.9)ノックダウンされてもノックアウトされないという意味。多くの人は失敗を隠したり、引きこもる人もいる。しかし、自分の失敗を笑える人、話せる人は強い。人生倒れる時もある。しかし、立ち上がる力もあるもの。それは勇気が出る言葉によると思っています。私たちは絶対ノックアウトはしないから。ノックアウトはしない

  • 絶望には行動

    パラダイムシフトという言葉があります。考え方を大転換することです。大きな難題、災難に出会った時、あきらめないで考えられない事をやると奇跡が起きるといいます。源義経が一の谷を掛け降りて平家を討ったり、織田信長が桶狭間で今川義元を討ったりと発想の転換をして行動する時に奇跡が起きるのです。1.あきらめない時に奇跡が起きる2.思い切った行動を取る時に奇跡が起きる。3.理屈を越えた時に奇跡が起きる。私も何度も奇跡を体験しました。その時、願いが神に通じたのだと感じました。その時できた言葉です。「絶望には行動を!」皆様に捧げます絶望には行動

  • 夢の仏

    「仏は常にいませどもうつつならぬぞあはれなる人の音せぬ暁(あかつき)にほのかに夢に見えたまふ」(平安末期の歌謡)仏は常にいらっしゃるのだけれどまのあたりに拝することができないので一層しみじみと尊く思われる。しかし、人々が寝静まって物音一つしない明け方に、仏はかすかに夢の中に姿を見せなさるのだということでしょうか。私の思いと同じなので紹介しました。皆様も神仏の導きの夢が見えますようにお祈りしています。夢の仏

  • 失ったあと

    「人はね身につけたものをだんだん棄てると可愛くなるんだ赤ん坊のように」(私)大人は地位や財産、身内の命などを失うと恐れや悲しみ苦しみを抱くものです。しかし、それをのりこえ受け入れた時、気づくものです。これがその時の言葉です。お地蔵さんが身近に感じました。いいことあるよ。失ったあと

  • 不幸よ去れ!

    【不幸よ去れ!】「幸福は思いがけない時に翼に乗って近づき、不幸は松葉杖をついてやってくる」(ロシアのことわざ)思いがけない時に、想像もしなかったような方向から幸福はやってくる。不幸はコツコツと不気味な音をたてながらゆっくりとやってくる。そんな意味でしょうか。私はある夜中、5メートル位の黒い影をしたサタン(悪魔)が私から抜けていったのを見ました。その時低音で大きな声で「おもしろくない」「苦しみを与えたのにへこたれないやつだ!つまらない」と。苦しみや不幸で悩んでいたらサタンは住みついてしまいます。平常でいたら幸福がやってくるものです。不幸よ去れ!不幸よ去れ!

  • 人生の通信簿

    「茨の道を歩むと神の通信簿が上がる。」「遺体は介護の通信簿。」(私)神が喜ぶ道を生きると神が微笑む。立派なご遺体でした。母の遺体を検視した警察官の言葉。人生にはいろんな通信簿があるものですね。何事も手を抜くとまずいと感じました。人生の通信簿

  • 自然の力をのむ

    「苦とは」生きていくこと。老いること。病にかかること。死から逃れられないこと。苦とは誰も逃れることができないことなのです。ですが、私はこの世で苦を癒してくれる力があるのは、神と自然と救いの言葉だと思っています。『わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのみこむことができます』(宮沢賢治・注文の多い料理店)今日を精一杯に生きましょ。コロナの苦を自然の力をのみこんで皆で乗り越えましょう。自然の力をのむ

  • 生きる力

    私は思うのです。『生きる力をなくす時とは』愛する人を亡くし生きる力を失う時。人生の悲哀を知り生きる望みを失う時。夢も希望も無くし生きる意味を失う時。戦争や貧困で生きる力を無くす時。アドバイスしたくても『貴方なんかに私の気持ちが分かる訳がない』と言われるのが怖くて何も言えない。しかし、いつか分かるはず声掛けてくれたあの人達に感謝することを。愛する人や子どもを亡くした時はその人の事を『思って生きればいい』人生に道理も慈悲もないと悲しんでいる人『人生は地獄』なんだと思えばいい(芥川龍之介)。楽しい事などないこの世を修行の世界と知ればいい。優しくされた時、幸せを感じればいい。それで十分と思えばいい。頂いたり見つけた言葉を何度も噛み締めて生きる力にすればいい。生まれた時は裸、また一から出直そうと…。私も言葉に生きる...生きる力

  • 暗闇の音

    日本語で「闇」という字は、暗(くら)やみという意味です。門で音を閉じてしまうからです。しかし、私は音=言葉と考えます。暗やみの中でも聞こえる音が言葉です。人生の暗やみに閉ざされた時、その心を救ってくれるのが言葉だと思っています。暗やみに聞く言葉それが「生きる力になる言葉」なのです。世界中の人々に私の気持ちが理解されることを願っています。暗闇の音

  • 好機の風

    今日も暑かったが風が強かったので幾分涼しかった。「街角の風を売るなり風車(かざぐるま)」(三好達治)風車を売るのではなくて、「風」を売っているという句です。心にゆとりがないとできない言葉です。さて、今日は「転禍為福(てんかいふく)」という言葉を紹介します。一般の読み方は禍(わざわい)転じて福となすと読むと分かりやすいですね。重大なミスを犯した時、叱られるのは怖いものです。叱られてへこたれるのではなく、「好機が来た」と思い真心を持って対処すれば、必ず禍は転じて福となるとの教えの言葉です。人のミスも他人事ではないので、一緒に対策を考えるようにしましょう。皆様にも好機の風が吹きますように。好機の風

  • 肉体と魂

    男子ロッカー室で久しぶりに会った人から「元気ですか?」「失礼ですが何歳になりました?」「え!」「私が体力落ちたなんて言ってられない!」…。私は初老なのに何故若い人と同じ仕事や遊びができるのでしょう。それは、肉体と魂が競争しているからだと思います。肉体が衰えたら魂の勝ち。魂が衰えたら肉体の勝ち。競争しあうからいつまでも若いのだと思います。分かりやすく説明すると、肉体と魂を結ぶものが生きようとするバイタリティーだと感じています。自分の可能性を追求し、夢や目的を達成しようとする強靱な精神がバイタリティーを生むのです。どんな苦難に出会っても、「くそ!負けるものか!」の気合いがエネルギーを発してくれるのです。参考になりましたらありがたいです。肉体と魂

  • 人生ドラマ

    たくさんのお年寄りと話していると、みんな人には言えない家庭の実情があるものだと感じています。裕福な家庭に生まれ、幸せな出会いで結婚して何一つ苦労はなかったと言うお年寄りに会う時もありますが、晩年は病にふせたり家族に早死にされたりして悩んだりしている。みんな自分のドラマを頑張って生きて来たのです本当に尊敬します。子どもを自転車に乗せて行く女性を見ると頑張って!と思います。これから先、私を含め皆様も一緒にそれぞれのドラマを生きていきましょう。それが若さの秘訣ですから。人生ドラマ

  • 毒のなる木

    ウィリアム・ブレイク(260年前のイギリスの詩人)はフランス革命の最中に近くで創った詩が現代でも人々の心を打つといわれていますので紹介します。「毒のなる木」私が、友に怒りを覚えたときは、その胸の内を率直に相手に伝える。すると、怒りは、すぐに収まる。私が、敵に対して怒りを覚えたときは、それを腹のなかにためておく。すると、怒りは、増していく。朝夕おずおずとその怒りの木に涙の水をやり、そして、悪意を優しさで包んだ、偽りのほほ笑みの陽光でその木をはぐくんでいく。その木は、昼も夜も生育し、やがて、たわわなリンゴを実らせる。わが敵は、その果実が輝くのを見て、それが、私のリンゴだと知る。そして、夜もとっぷりと更けたころ敵は、私の庭に忍びくる。朝になり、わが敵が、リンゴの木の下で手足を広げて、横たわっているのを見て、私は...毒のなる木

  • 生きる力

    「労働意欲の一番の栄養剤は人生の目的です。」(ニーチェ)人生の目的が鮮明であれば「そうだ、このために働くのだ!」と意欲が湧くものです。そうすると、手相に出てきます。皆様と共に生きる力になる言葉をたくさんの人々に聞かせたいと思っています。生きる力

  • 真帆片帆

    「涼しさや淡路をめぐる真帆片帆(まほかたほ)」(正岡子規)真帆は順風の時、帆をいっぱいに張り、追い風で走ること。片帆は横風の時、帆を一方に片寄らせて走ること。これらを操作しながら帆走している様子。人生も順風ばかりではありません。逆風の時、風向きの悪い時はまともに受けず、帆を半分にして受け流して行くこともひとつの知恵です。そんな時は真帆片帆と唱えましょう。真帆片帆

  • 昼間の星

    何年もお世話していたおばあさんが亡くなった。本当に辛い病気によく頑張ったね。「昼間のお星は眼にみえぬけれどあるんだよ。月鈴子(げつれいし・鈴虫)は眼にみえぬけれどあるんだよ。背中のお陰様(ご先祖様)は眼にみえぬけれどあるんだよ。幸せへの道は眼にみえぬけれどあるんだよ。夢と希望の里は眼にみえぬけれどあるんだよ。お迎えは眼にみえぬけれどあるんだよ。」玄関でお星様になったおばあさんを見送りました。昼間の星

  • 神の滴

    「自分のために生きるな。人のためだけに生きよ。死んだ人達の嘆きを忘れるな。」(どこからか聞こえてきた言葉)すると手の平が熱くなって汗が出た。汗は神の滴(しずく)神を少しだけ感じた。神の滴

  • 縁の下の力

    施設の廊下の角の棚に一輪の花が生けてありました。誰が生けたか分かりませんが、一日いい気分になりました。その人の人柄、奥ゆかしさが伝わって来ます。目に見える利益、よき報いを求めて生けている分けではないからです。密かにする善行、いわゆる「陰徳」はなかなかできないものです。縁の下の力になる行為です。『悟り』の字から考えると、吾とはお互いの意味があり、心をつけることにより、一人で修行して得るのでなく、人や、物などの出会いによって悟りは得るものとあります。この花一輪から、陰徳を積むことが、人の気持ちを救うことになると気づくのです。出会いによって悟る。まさに実感です。小さな縁の下の力でした。縁の下の力

  • 不思議な力

    「説明できない力が出る時があります。」今日はそんな話をします。毎日深夜にイタズラ電話がかかりました。人の息づかいがします。何を話しても沈黙しています。ある日私はもうやめたらどうですか?〇〇さん!というと、キャ!と言って切れました。それから掛かってきませんでした。その方の顔と名前が勝手に脳に浮かんで来たのです。彼は怖くなったと思います。ある日銀座のホステスさんから新宿の外国人専用ホテルに呼び出されました。よく話題になっている新興宗教の勧誘でした。男性3人とホステスの4人から勧誘されました。私の浮かばれないご先祖様を救いますと。私はそのリーダー格の人をじっと見つめて言いました。あなたの背中にドクロ💀が10体ぐるぐる回っています。あなたは救われていない魂を抱えています。あなたの実家の家の下にはたくさんの人骨があ...不思議な力

  • 出るもの

    情熱は目に出る。生活は顔に出る。年齢は足に出る。哀愁は背中に出る。性格は運転に出る。教養は声に出る。個性は字に出る。優しさは言葉に出る。恋心は夢に出る。希望は指先に出る。祈願は合掌に出る。悟りは心に出る。平和は笑顔に出る。善行は魂に出る。ゆえに出るものに注意深く生きようと思う。出るもの

  • 小さな防衛

    急激に増えているコロナ感染。内の老人施設のスタッフの同居者が感染したらワクチン接種したスタッフまでも感染してしまった。急遽出勤となった昨日、食堂に行ったら予約してないから食事はない。その時の為に、ロッカーにレトルト食品を用意してあったので空腹を満たされた。「備えあれば憂いなし」。小さな防衛が役に立ちました。国の防衛も災害・戦争・医薬品不足等あらゆる危惧に対応する大切さを考えた一日でした。今日も皆様のご無事を祈ります。小さな防衛

  • 占い師

    芥川龍之介は古典の宇治拾遺物語からたくさんの題材を得て短編集を作りました。「鼻」や「こぶとりじいさん」等。私は占い師の娘の物語、「易の占い」が好きです。旅人が宿を探していた折り、荒れ果てた大きな家があるのを見つけ、ここに泊めて下さいと訊くと、女の声でどうぞお泊まりくださいと返事があったので皆馬から下りた。家は大きいが人の気配がない。女は一人でいるらしかった。そうして、夜も開けたので朝食をとり、出て行こうとすると、女が出てきて、出て行けません、金千両を払ってから出てくださいと言うのです。従者が笑ってそんなわけがあるか、言いがかりだと言うと、旅人が女に聞きました。親が千両の金を貸した旅人が10年後の何月にここに来て泊まるから、その人から千両を受けとりなさい。それまで、物を売ってしのげと言ったので、少しずつ売り...占い師

  • 精進

    「往くみちは精進にして、忍びて終わり悔いなし。」(高倉健)「僕は精進という言葉を心情にやってきた。これは自分なりの解釈で、精を出せば、必ず進歩するという意味です。」(織田幹雄・陸上金メダリスト)私は精進とは「あきらめず常に前向きで精一杯努力して生きる事」だと思っています。精進

  • 言葉は魂の姿

    「言葉は心に思ったことを表現するために人間に与えられた。言葉は心の代弁者であり、魂の姿である。」(モリエール)しかし、恋をした女性に「ずいぶん綺麗になったね。恋をしたの」と尋ねると、顔を赤く染めて否定する。言葉は思うところを隠す為にも使われている。オレオレ詐欺など言葉を汚す者には厳しい天罰があるでしょう。言葉は魂の姿なのだから。言葉は魂の姿

  • 温良恭倹譲

    「おんりょうきょうけんじょう」(孔子)「温」は人に冷たくあたらない。「良」は素直でおおらかな気持。「恭」はうやうやしく、礼儀正しいさま。「倹」はつつましやかな態度。「譲」は出しゃばらないこと。この五つの態度をどこで誰に接してもくずさないことが大切と説く言葉です。私はやっとこの年になって譲を持つことができてきました。温良恭倹譲

  • 人の物差しはない

    今日は心に残る言葉として、娘が未熟児で産まれた時でした。全てが標準に達しなく不安になっていた。相談した医者の一言「人間を計るものさしはない。この子が懸命に生きていることが大切なんです」。娘は元気に育ちました。人間は人のものさしで計れないものです。今日を一生懸命生きましょう!人の物差しはない

  • 神のメッセージ

    「あなたは今の占いをするが、先の予測はできますか?」と聞かれる時があります。私はすぐ応(こた)えます。「できますが、あなたの守護霊によります」と。守護霊がいない人には応えられません。亡くなったご両親、ご先祖様にいつもお願いしている人にはその方のメッセージを代弁できるからです。大抵のメッセージは「頑張って!」「あと少ししたら良いことあるよ」「体疲れているね自分を責めないで」「そばにいるからあなたひとりではないよ」…。と聞こえています。私の場合は老人施設勤務しています。良く転倒骨折している所を担当する事があります。するとあそこの部屋にすぐ行きなさい!と聞こえて行くと、まさにベッドから立ち上がろうとしている所を発見します(虫の知らせか)。あの人がまさかと、スルーすると、まさかの人が転倒骨折しています。その時、「...神のメッセージ

  • 歓喜心

    私の好きな言葉に「歓喜心」があります。人の幸せのために役立ったことを喜ぶこと。(江戸時代、東本願寺の高僧、香月院の言葉)他人の幸せを喜ぶ心。私の日々心掛けている事ですが、まだまだ人によっては素直になれない未熟者です。ここは歓喜心の仲間の集まりですね。歓喜心

  • 心の窓

    「心のカーテン開けて、心の窓を明けよう。風入れて陽の光を浴びよう。神の声を聴くためにも。心はいつも日本晴れ。」(私)困った時、人生の道に迷った時は心が閉じてしまうもの。そんな時こそ面白くなって来たと人生を楽しむ勇気をもとう。さあ心の窓を明けよう!心の窓

  • 神の声

    神様の声を聞きました。「私はアホ!」。だからいつもそばにいないといけない人。何か嬉しいような、残念のような複雑な感じです。神様が寄り添わなくてはだめな人間が私です。皆様の事ではありません。神の言葉に感謝。神の声

  • 人類最初の心

    ギリシァ・ローマ神話に登場する女性にブシュケーがいます。ブシュケーは、ある王様の三人娘の末っ子で絶世の美女であった。そのため女神ヴィーナスの嫉妬を買い、過酷な運命に翻弄されることになります。だが、そのたびにヴィーナスの息子エロスに助けられ、そのエロスと結ばれる。この神話の中に、古代ギリシァ人やローマ人が考えていた「心」が表されているという。人間は迷い悩み、過ちを犯すという不完全な存在ではあるが、情熱や努力によって、それを克服すれば真の悦びや純粋な幸福が得られ魂は純化されて、不滅の霊魂になるという「心=霊魂」とされ、ブシュケーというギリシァ語に霊魂の意味があるのです。また、ブシュケーの動詞形に、「息をする」という意味がありました。心臓が息する事は、生きている証しですから、人間は生きているからこそ心が存在する...人類最初の心

  • 生きるアドバイス

    悲しかったら星を見なさい。苦しかったら野原を歩きなさい。疲れたら太陽を浴びなさい。悩み事があったら山を登りなさい。挫折したら川の流れを見なさい。怒りを覚えたら手を開きなさい。夢を抱きたい時は海を眺めなさい。神の救いが欲しいなら手を合わせなさい。(私)生きるアドバイス

  • 生きる極意

    晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。(吉川英治・宮本武蔵)明日を生きる極意と感じました。生きる極意

  • 「どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。」(芥川龍之介)亡くなる前のお年寄りと話していても、「苦しみのない人生なんてない。人に言えない苦しみ悲しみばかりの人生だった。それが私の一生さ。」それを話してくれた顔にやりとげた幸せを感じていました。ここに来て、皆様の心に少しでも幸せを感じてくれたらいいのですが。苦

  • 死者の言葉

    「私の最後の姿だよ」この言葉を聞いたことありますか。いる方は私と同じです。私は小学低学年からその場所にいました。警察も大人も報道機関もいつもそこにいるね?と言われた気持ち悪い子でした。昨晩も施設長から「私の出勤時に亡くなる人が多いのは安心するからかな?」と言われました。私は子どもの時から生と死の間にいる役目か?と感じていました。その数20回以上あるから。夜釣りをしていても二人の死者が流れて来たり。ビルから飛び降りた女性を歩行中に見届けたり…。今でも家族の代わりに看取る役目を負っています。夜の勉強中今の思いを綴りました。安心してください。皆様のご健康を祈りますからね。死者の言葉

  • 線状降水帯

    「雨が降るカッパに音たて雨が降る。しっぺ(座禅の時、肩を叩くもの)のように肩を打つ。道は瞬く間に川となる。」(自転車通勤の途中)「かずかずに思ひ思わず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる」(古今和歌集)いろいろと、あなたが私のことを思っているのか、いないのか、お尋ねできないので、私の幸、不幸を知る雨がひどく降っている。一雨ごとに、あらゆる想いが深まっていく…。雨は心の思いを洗い出してくれるようだ。そして、心を癒してくれるようだ。しかし、最近の線状降水帯は被害が出るので気をつけてください。線状降水帯

  • 生き方は魂に聞け

    「どう生きるかなんか誰も人に教えられない。それは自分の魂だけが知っているからだ。知りたければ孤独を愛することだ。」(相談されたときの言葉)孤独を敵にするな、孤独は魂を強化するから。自分に聞けば道は分かるものです。生き方は魂に聞け

  • 生きる姿

    「両親を幼い時に亡くし、祖父母に育てられ体が不自由で寝たきりの私(女性)にも未来はあるのですか?」というメールを頂きました。本当に苦しい日々を送っていると思います。私はこの世もあの世も続いていると思っています。いずれ両親とも好きな人にも会うことができます。また、あなたから生きる力をもらっている人もいます。「苦しみ悲しみを背負う人は皆の代わりになっている。広島、長崎の人は平和の為に世界の代わりになっている。」(マザー・テレサ)赤い花は赤く咲け白い花は白く咲け青い花は青く咲け花は自分の色で咲くありのままで生きる姿は何よりも美しい。自分らしく今を生きてください。生きる力になれば。生きる姿

  • 悲心

    「悲心(ひしん)」という言葉があります。真心をもって一人の本当に苦しんでいる人を救うことは、大地のように大きい。どんなに多くの星が輝いても、その光りは一個の明月の光りにおよばない。「悲心」とは「深い思いやりの心」のことです。自分で味わった苦しみ、悲しみの体験を、人には味わわせまいとする真実の思いやりの心のことをいいます。自分が体験した悲しみを他人には味わわせたくないという心。その温かい心で他人の苦しみを少しでも軽くしてあげることを「悲心抜苦(ひしんばっく)」といいます。母親のような心。お地蔵様、観音様、聖母マリア様を感じています。悲心の心、大切にしたいと思います。悲心

  • 志は生きる

    「生きることが目的ではない。死ぬことが終わりではない。生かされていることに意味があり、死は生の途中に過ぎない。」(私)志はいつの日か再び戻ってくるし、次の世代の心に生きるものだから。言葉も人の心に生き続けている。志は生きる

  • 荒波に立つ岩

    『波に砕ける岩のごとくあれ』(モンテーニュー・フランスの哲学者)「なんて私は運がいいのだろう。こんなことに出合っても、悲しみにくじけもせず、現在に押し潰されもせず、未来を恐れてもいない」と述べています。日本でも荒海のうねりにもまれながら、白波が立っている岩場の光景をよく目にします。モンテーニューは人間を海に立つ岩のように見ているのです。悲しみにも、苦しみにも押し潰されず、将来を考えて悲観的になることもなく立っている。なんと崇高な姿であることか。「なんて運のいいことだ」と述べています。人生の荒波も贈り物なのです。勇気を持って受け取りましょう。あなたも荒波に立つ岩なのです。みなさんも貴方から勇気を頂いていますよ荒波に立つ岩

  • 霊の占い師

    私はある時は霊能者。悪い霊をお祓いしたり、御守りを書いています。霊も魂も悩みがあるのです。それを聞いてやる事が霊を救うことです。救われない成仏できない霊や魂はいっぱいいます。お寺のお坊さんの力を借りられない霊が一杯います。何故か分かりませんが私は浮かばれない霊に声を掛けられる事が多くなり(電気屋、百貨店、テレビ局等)。いつしか浮かばれない霊や魂の占い師になったのです。話を聞いて成仏したいか、拒否するかを伺ってアドバイスをしています。詳しくは各種のプロの占い師に相談されてください。みんな神の力を得て入りるからです。幽霊を恐がらないでください。彼らは迷っているだけですから。「お疲れ様、どうぞ成仏してください。」と祈ってください。それで救われますから。霊の占い師

  • 忘年の交わり

    若い時は老人と交わり、老いては若者と交わる。これを「忘年の交わり」といいます。若い時は年輩者と接しその経験を学び、年輩者は青年と接して現代の流れを学ぶ。これが成長しつづける秘訣です。今日も成長したかな?鈍感な私が今日再確認したことがあります。「人間は一生のうちに逢うべき人に必ず逢える。」ことを知りました。早すぎず、遅すぎない時に。この縁の意味を知ることが大切だよ!そんなメッセージを感じた日でした。忘年の交わり

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生きる力になれば
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