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  • 2-XIV-9

    『俺一人だけでも、何とかやっていくのにどれだけ苦労したか分からないのに』と彼は呻くように言いました。『今は一体どうすりゃいいんだ!一文無しの女というお荷物を抱えて!何という馬鹿げた羽目に陥ったことか!……だが俺には他にどうしようもなかった……こうなるしかなかったんだ!』どうして他のやり方が出来なかったのでしょう?私は何度も何度もその問いを自分に投げかけていたけれど、答えは分かりませんでした。そのうち彼自ら私に明かすときが来るのだろう、と考えていました。でも、彼が心配していた貧困に喘ぐ暗い未来は現実のものとはなりませんでした。思いがけない幸運がニューヨークで彼を待っていたのです。彼の親戚の一人が亡くなり、彼に遺産を遺したのです。五万ドル---つまり二十五万フラン、ひと財産です。これで彼の恥知らずな泣き言を聞...2-XIV-9

  • 2-XIV-8

    そんな風に私たちはフランスを後にしました。その航海は私にとって長い責め苦の時間でした……。蔑まれ、辱めを受ける初めての体験だったのです。船長のわざとらしい丁寧さ、その部下の馴れ馴れしい態度、最初に甲板に上がったときから乗組員が私に浴びせる皮肉な視線。私の立場は公然の秘密であることは明らかでした。あの下品な男たちは皆、私が夫と呼んでいた男の情婦であり、妻ではないと知っていて、おそらくはっきりと意識してはいなかったでしょうが、私にその罪を残酷に突き付けていたのです。最悪なことは、理性が目覚めてきて、私の目は少しずつ開かれ、この品性卑しい男の本性が見えてきたことでした。その男のために私は自分の人生を擲ったというのに。彼の方は、それでもまだ完全に自制することを忘れたわけではありませんでした。でも夕食の後、彼はよく...2-XIV-8

  • 2-XIV-7

    ウィルキー氏はある種の気詰まりをはっきりと感じていた。彼は自分が貴族らしい振る舞いをしなければならないと思っていたことを忘れ、もはやド・コラルト氏のこともド・ヴァロルセイ侯爵のことも頭から消えていた。マダム・ダルジュレが言葉を切ると、彼は座っていた姿勢からまっすぐ立ち上がり、少し茫然としながら言った。「驚いたなぁ、いや、驚きました!」しかしマダム・ダルジュレは先を続けていた。「このように私はとんでもない、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのです……。あなたには全てを包み隠さず、無益な正当化などせずに話しています。お聞きなさい、私の罰がどのようなものだったか……。ル・アーブルに到着した次の日、アルチュール・ゴルドンは大変な失態を犯してしまったと私に打ち明けました。あまりに逃亡を急いだため、彼がパリで所有...2-XIV-7

  • 2-XIV-6

    とうとう根負けして彼は降参しました。つまり、降参する振りをしたのです。感謝と愛の言葉をふんだんに浴びせて……。それが私の理性を狂わせることになると計算の上です。『ああ、それでは、お受けしましょう!』と彼は叫びました。『私たちを見、聞き、裁いてくださる神の御前で私は誓います。この世で最も崇高かつ類まれなる献身に対し、男が為し得るすべてのことを私はいたします』と。そして私の上に屈みこむと、彼は私の額に口づけをしました。彼から受けた最初の口づけを。『しかし、逃げなくてはなりません!』と彼はてきぱきと言いました。『今や私には守るべき幸福がある。これからは何人たりとも邪魔はさせない。私たちを引き裂くようなことはさせない。一刻も早く逃げなくては。私の国であるアメリカまで行きさえすれば、その瞬間から私たちは自由の身です...2-XIV-6

  • 2-XIV-5

    『貴女の兄上が床の上に倒れたのを見て、私は恐ろしさに動転し、自分が何をしているかも分からないまま貴女を腕に抱え、ここに連れてきたのです……。でも怖がらないで。貴女が私の家にいるのは貴女の自由意志ではないことは重々承知しています……。馬車が下で待っています。貴女の御命令ひとつでご両親の待つド・シャルースの舘に連れていってくれるでしょう。今夜起きた恐ろしい出来事については、なんらかの言い逃れがなされるでしょう……。陰口は叩かれても、貴女ほどの名門の令嬢の名誉を傷つけることは出来ない筈です……』彼の声は氷のようで、有罪判決を受けた者のような口調でした。死刑執行人に運命を握られ、最後の望みを述べるときのような。私は頭が変になりそうでした。『で、貴方は?』と私は叫びました。『貴方は一体どうなるの?』彼は首を振り、人...2-XIV-5

  • 2-XIV-4

    私は何か喋ろうとしました。何かを言わなくては、二人の間に割って入らなくては、と。でも身体が言うことを聞かないのです。私は一言も発することが出来ませんでした……凍り付いたようになって……。二人はもとより一言も言葉を交わそうとしませんでした。兄は壁に掛けられていた武具一式の中から剣を二本外し、そのうちの一本をアルチュールの足元に投げ、こう言いました。『貴様を殺したいわけではない……命を懸けて戦うのだ、出来るものなら!』アルチュール・ゴルドンは交渉しようとし始めました。足元の武器を拾う代わりに時間稼ぎをしていると見て取ったか、兄は自分の剣でアルチュールの顔を叩いてこう叫んだのです。『御託はいい、戦うんだ、卑怯者!』その後は一瞬の出来事でした。アルチュールは自分の剣を拾い上げ、兄の方へ突進していくと、兄の胸に剣を...2-XIV-4

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