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プロフィール
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卑弥呼様は天照大神さんのプロフィール

住所
別府市
出身
延岡市

天照大神=倭女王卑弥呼時代の倭国=高天原は九州北部に在った小国三十国の連合国=女王国連合であり、邪馬台国は卑弥呼が定めた倭国の首都であった。

ブログタイトル
邪馬台国探訪
ブログURL
https://ameblo.jp/makoto-kodama/
ブログ紹介文
『魏志倭人伝』と『古事記』『日本書紀』が同時に成立し、考古学所見にも適合する説を目指しています。
更新頻度(1年)

15回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2015/12/21

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ハンドル名
卑弥呼様は天照大神さん
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邪馬台国探訪
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邪馬台国探訪

卑弥呼様は天照大神さんの新着記事

1件〜30件

  • 天智と天武は本当に兄弟なのか?

    談山神社所蔵『多武峰縁起絵巻』の描く 紀元645年に起きた乙巳の変の画像。 江戸時代、住吉如慶・具慶の合作によって描かれたもの。切られた蘇我入鹿の首が飛んでい…

  • 天智天皇は百済皇子『翹岐』で中臣鎌足は百済大佐平智積か?

    中臣(藤原)鎌足像 『日本書紀』は中大兄皇子が実際には百済皇子・翹岐であることを示しています。 しかし、世の中には感覚が鈍いせいか、このことに全く気付かない人…

  • 百済・義慈王と百済王子・翹岐の母は誰?

    沙宅(サテク)王妃 韓国ドラマ【階伯「ケベク」】より引用 2011年放映の韓国ドラマ・階伯 [ケベク] の登場人物は『日本書紀』と被っており、韓国の歴史から日…

  • 『日本書紀』が舒明天皇時代とする時代は本当は山背天皇時代

    聖徳太子の長男 山背大兄皇子手に持つのはペルシャ製のランプ 前回までにこのブログで示したように、聖徳太子=厩戸皇子=蘇我善徳=アマタリシヒコは女帝・推古天皇の…

  • 聖徳太子の母親・穴穂部間人皇女とは誰?

    法隆寺釈迦三尊像(聖徳太子をモデルに作られたと云われ、肖像画とは違い西洋人的顔つきをしている)   『日本書紀』によると、聖徳太子は用明天皇と穴穂部間人皇女の…

  • 聖徳太子は蘇我善徳である。

    聖徳太子と向かって左が用明天皇の第五皇子の殖栗皇子、向かって右が息子の山背大兄皇子 以前は一万円札のアイコンとして、日本人に親しまれていた聖徳太子ですが最近で…

  • 大和国を(やまと)国と読む理由。

     高天原(倭国)の天照大神(卑弥呼)は、布津主神と武御雷神(ともに物部氏の祖先)に命じて、豊芦原中国の王都出雲を攻めて侵略すると、 (『古事記』では三保の岬で…

  • 古代倭人の姿

    越人像(浙江省博物館蔵)古代の江南辺りの海人族の姿(Wikipediaより引用)  "火野蓮時"さん書き下ろしの素戔嗚尊【素戔嗚尊見開き御朱印】 因みにこの須…

  • 五十猛神

    佐賀県諸富町新北神社と御神木の飛竜木(ビャクシン) 初、五十猛神、天降之時、多將樹種而下、然不殖韓地、盡以持歸。遂始自筑紫凡大八洲国之內、莫不播殖而成靑山焉。…

  • 草薙剣

     天照大御神の三種の神器 八咫鏡 八尺瓊勾玉 草薙剣(Wikipediaより引用)因みに八咫鏡は伊都国の平原王墓から出土した内行花文鏡のようである。 時、彼處…

  • 素戔嗚尊は本当に朝鮮半島に渡ったのか?

    徐福が書いたとされる古代文字のレプリカ「徐市過此(ソブルクァチャ)」と書いてあるらしい。  是時、素戔鳴尊、帥其子五十猛神、降到於新羅国、居曾尸茂梨之處。乃興…

  • 千座置戸の刑罰

     『古事記』本文には次のような須佐之男命に関する記載があります。 於是 八百萬神共議而於速須佐之男命負千位置戸亦切鬚及手足爪令拔而 (読み方)是ここに八百万の…

  • 神武東征の実情

     神武東征物語の実情に関して私の考えるには、二代目天照大神である台与の時代に九州北部にあった倭国=女王国連合は、先代の女王・初代天照大神であった卑弥呼が魏に朝…

  • 縄文海進を弥生時代に持ってくる論者が多過ぎる

    2mの縄文海進があった時の福岡市(奴国)周辺の海岸線図これでもかなり海没する地域が出現し、糸島水道が現れる。 さまざまな自説に拘ってばかりの邪馬台国論者によく…

  • 伊都国から『南邪馬台国へ至る水行十日』

     私の考えた榎放射説とは異なる新放射説によりますと、南水行十日は伊都国から邪馬台国に直接至る行程となりますが、この行程は途中で刻々と変わる船の方角はあまり考え…

  • 卑弥呼が倭国を統治していた時代とはどんな時代か?

     邪馬台国の在った時代とは、すなわち弥生時代である。 歴史研究家の特に邪馬台国畿内説派の方はこの時代を古墳時代のはしりであると、 考えておられる方もいらっしゃ…

  • 画文帯神獣鏡が卑弥呼の鏡である理由

    発掘された黒塚古墳の石室  前回画文帯神獣鏡が卑弥呼の鏡ではないのか?と言ったが、この説を裏付ける明白な理由が存在する。その理由とは奈良県天理市柳本町に在る黒…

  • 三角縁神獣鏡の由来

    景初三年銘の三角縁神獣鏡 島根県加茂町出土 中国社会科学院考古研究所前所長の王仲殊氏は、「三角縁神獣鏡は魏王朝から賜与されたものではなく、当時日本に渡来した呉…

  • 【神功皇后の三韓征伐】に関し、『三国史記』と『記・紀』との摺り合わせ

    神功皇后の三韓征伐絵図 上記絵図は『記・紀』の記す【神功皇后の三韓征伐】物語の様子だが、例えば『日本書紀』では、【神功皇后の三韓征伐】について次のように記され…

  • 誉田別命が気比大神と名を代えたという謎の話

    敦賀駅前に立つ、「都怒我阿羅斯等」の像単に甲冑を着けたサラリーマンという感じで、ダサダサ。因みに「ツヌガアラシト」とは兜のクワガタが角に見え、「角がある人」と…

  • 神功皇后伝承(鮎釣り)

    末蘆川で鮎釣りをする神功皇后  『日本書紀』 (原文) 夏四月壬寅朔甲辰、北到火前国松浦縣而進食於玉嶋里小河之側。於是、皇后勾針爲鉤、取粒爲餌、抽取裳縷爲緡、…

  • 倭女王・台与の西晋貢献の記載

    赤塚古墳大分県宇佐市に有る。3世紀末に築造されたと推定される九州最古の前方後円墳。全長57.5メートル、後円部の直径36メートル、高さ4.8メートル、前方部の…

  • 『晋書』「倭国伝」の台与に関する個所

    新倭の女王・台与(臺與・壹與) 『晋書』(しんじょ 繁体字: 晉書)は、中国晋王朝(西晋・東晋)について書かれた歴史書。二十四史の一つ。唐の648年に太宗の命…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(宗女・台与の倭王即位)

    臺與が魏に貢献した青大勾玉はこのような倭国特産(糸魚川産)の翡翠製であったと考えられる。当時の倭人達は既にこのような高等技術を持っていたのである。  白珠とは…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(卑弥呼の死)

    卑弥呼の冢と考えられる筑後国山門郡瀬高町の権現塚古墳  (原文) 其八年太守王頎到官倭女王卑彌呼與狗奴國男王卑彌弓呼素不和遣倭載斯烏越等詣郡説相攻撃状遣塞曹掾…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(献使の往来)

     (原文) 其四年、倭王復遣使大夫伊聲耆・掖邪狗等八人、上獻生口・倭錦・絳青縑・緜衣・帛布・丹・木フ・短弓矢。掖邪狗等壹拜率善中郎將印綬。 其六年、詔賜倭難升…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(拝仮倭王)

    魏の正使である帯方郡使・梯儁等の辿ったルート帯方郡使の梯儁らは末蘆国の港(呼子港や唐津港)には入港せず、伊都国の港に直接上陸すると、一大率に積み荷を港で捜露(…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(銅鏡百枚)

    一般に卑弥呼の鏡と云われている三角縁神獣鏡  (原文) 今以絳地交龍錦五匹・絳地縐粟罽十張・蒨絳五十匹・紺青五十匹、答汝所獻貢直。又特賜汝紺地句文錦三匹・細班…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(親魏倭王)

    親魏倭王銘 金印 其年十二月、詔書報倭女王曰、制詔親魏倭王卑彌呼。帶方太守劉夏、遣使送汝大夫難升米・次使都市牛利、奉汝所獻男生口四人・女生口六人・斑布二匹二丈…

  • 『魏志倭人伝』をそのまま読む(卑弥呼の魏朝見)

     景初二年六月倭女王遣大夫難升米等詣郡、求詣天子朝獻。太守劉夏遣吏、將送詣京都。 (書き下し文) 景初二年六月。倭女王、大夫難升米等を遣わして郡に詣り、天子に…

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