転ばぬ先の杖小生10数年前に車は廃車して、誕生日の更新前に免許も返納した、免許証を返納に行った時対応したお巡りさん「一度返納手続きをすると、2度と運転できませんよ」念を押された、当然そのつもりで返納したのだが、お巡りさん気遣ってそう言って呉れたのろう。廃車するに当たって悩んだ、今迄より行動半径が小さくなり、各種用足しも不便になると思った、だが年間車の維持費がなくなった分タクシーを利用すれば不便を感じないかと、廃車と免許返納をした。人間だれしも、自分はそんなへまはしないと、変な過信を持っている、人間の能力なんてそんなに差があるものではない、詰まらぬ過信が大変な事故を起こして、大きな悔いを残すことになる。年を取れば、眼耳感受性が衰え、瞬間判断瞬発力動作の鈍さが顕著になり、一つの操作ミスでパニックになりあとの動作を間...後悔先に立たず
定年後こんないい職場があった20数年前定年退職して、まだ家に引っ込んで居ては人間衰えてしまうと、何か活動したいと、人材派遣センターへ登録した。暫くしてセンターから呼び出しがあり、お寺勤務をしないかと就職斡旋があり、今迄の自分が就いていた職業とは全く異次元の世界。お寺の仕事とはどんな形の仕事なのか、訳が分からず不安だったが、当たって砕けろ的性格、人材センターの職員2人に付き添われ、市内のお寺へ面接に行った。住職と執事が面接してくれ話し合った結果、きりの良い4月1日から勤務してくれと、採用が即断された。帰りセンターの人の話で「免状書き」の免許を持った人でないと採用しないのが、免許なしで採用してくれたのは異例と言われた。小生毛筆の免許など持っていない、「般若心経」を70枚ほど書いただけだ、勤務が始まった後どんな仕事が...偽坊主
井の中の蛙周囲の変遷に驚く先日は2つの行事が重なり、旧友の写真展の方へ行った、この写真展は東京都退職校長会の写真クラブ主催、毎年春秋2回開催され、6年ほど前から招待状が来るようになった。この写真展には同級生数人とその友達が集まる、友の受付時間が終わると、新宿か中野駅周辺で軽く一杯飲んで旧交を温めて解散するのが恒例。今回は小生がふとした病に侵され、夕方医者の診察を控え、一通り写真を見て帰る事にしていた。旧友は病気が大事、来なくていいと言うが、数年続けた年2回の行事、そうでなくても欠けていく友、淋しくなる一方で、ここで休んでは途切れてしまうと鑑賞に行った。何時もの友達もその時間に集まり、写真を見て帰ったので今回親睦会はお預け、後日暇が出来た時を約して解散。何時も中野駅南口を下りて、線路沿いに有るゼロホールへ一直線写...写真展
自分に似た羅漢さん寺院仏閣や聖地霊山の参道などに。五百羅漢像をよく見かける、この五百羅漢の中に、自分に似た羅漢さんが必ず居ると言われる。川越の喜多院境内に茶店があり、この裏に五百羅漢が鎮座する一角がある、この羅漢像拝観は有料で、茶店へ入場料を払って入場、一か所に纏めて配置されているので、余り歩かず短時間ですべての羅漢さんに会える。この羅漢像の中に、自分に似た羅漢さんを4体見つけた、自分と親しい旧友に似た羅漢さんも2体見つけた、羅漢さんもよく見て歩くと、とても微笑ましい、呵々大笑する心広く穏やかな笑みを浮かべる怒りを爆発せさせ怒気満面失敗して平身低頭する各表情豊かな羅漢さんを見ていると飽きない。よき旧友小生の云う事をよく聞いてくれ、理解をしてくれる、メールやSNS等良くやり取りして、何でも話し合える友。明治座観劇...羅漢さんは楽しい
三時代を生きる昭和平成令和の三時代を生きる事になった。昭和10年代太平洋戦争勃発前、武器製造の為家庭に有る、あらゆる金属の供出、戦前戦中の衣食の配給制、生活も逼迫していた、終戦前になると全国都市が、B29による空爆で焼け野原、学童疎開で親元を離れ淋しく辛い生活を強いられ、戦後の衣食住の不足、大インフレで混乱を極めた。昭和初期に生まれた我々年代は小学生だった、生活困窮、空襲による死の恐怖を体験、戦後の混乱期そんな時代も過ぎ、朝鮮動乱を機に復興が始まり、産業戦士と煽てられ、月100時間の残業はざら、過労死なんて言葉はなく、がむしゃらに働いた、そんな事が功を奏したか、昭和も後半になると生活も豊かになり、平和を享受した。平成時代は天変地異大きな地震が何回も起き、強烈な台風集中豪雨大洪水土砂災害等大きな自然災害が起きた、...新元号平安な年代でありますよう
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