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2014/10/20

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  • シューマンとドビュッシー

    まだ残席あります‼️シューマンとドビュッシー2020年2月23日(日)午後2時(1時半開場)会場:アメリカヤ楽器店・京都市北区小山上総町14-16烏丸線「北大路駅」2番入場料:1,500円1.3つのアラベスクシューマンSchumann,RobertAlexander1810-1856・アラベスクハ長調作品18ArabeskeドビュッシーDebussy,ClaudeAchille1862-1918・2つのアラベスクDeuxArabesques2.子供の情景と領分シューマンSchumann,RobertAlexander1810-1856・子供の情景作品15KinderszenenドビュッシーDebussy,ClaudeAchille1862-1918・子供の領分Children'sCorner3.コメディア・デラ...シューマンとドビュッシー

  • 「あがる」問題をどう考えるか?補遺

    「○×だったのであがった」ということに関する考察私も、本番で、特定のことが原因であがったことは、何度もあります。「だれだれが来ている、見ているから」「場の空気が違っていたから」「ライトが明るかった」「手が冷たかった」「普段と違う音が聞こえた」「響きが違っていた」他にも、個人個人で違う「あがる原因」があったりします。もう一度、この図を使って考えてみます。あがった時は、この「社長」がオーバーワークをする。また、あがった時は社長が「外部の刺激に対して敏感になっている」と考えられる。外部からの刺激があるとする。この外部の刺激は、普段何もなかったら感じなかったりすることも多い。感じても、それに対する対策や反応をとらなかったりすることも多い。また、対策として単純に何かをする「のどが渇いた⇒お茶を飲む」「手が冷たい⇒カイロで...「あがる」問題をどう考えるか?補遺

  • 「あがる」問題をどう考えるか?その3

    さてもう一度、この図を使って考える。1.椅子に座って、目の前の机にある鉛筆を手に取る、2.この時、腕やひじをどのぐらい曲げたか、手のひらはどのようであったか、できる限り細かく書く。(そもそも不可能だけれど)3.その細かく書かれた通りに動いてみる。1は左図、3は右図ということがわかる。そして3の動きは「ギクシャクして動きが分断されている」といえる。あがった時の動きの特徴は「一つ一つの動きがバラバラで、流れのない動き」である。ピアノの場合は「横の流れ」がなくなり「縦の動作」が普段より目立ってくる。これは「特定の部位が自然に打鍵」しているのではなく「社長が全員に指令をだし、全員が打鍵の動きを行う」からだと考えられる。また「一人で全員に指令を出すので、時間的に追いつけなくなる」ということ。また、「個々の動きの関連性が構...「あがる」問題をどう考えるか?その3

  • 「あがる」問題をどう考えるか?その2

    さて、このようなことから、普段から「あがりにくい」練習の考え方ができると思います。譜読みのときに「適材適所」をよく考える。熟練者は「ある課題」に対して「この部分をこのように使えばいい」ということをいわば「切り離して」考えます。「その部分に教えて任せる」という態度です。ところが、初心者は「ある課題」を「全員でやろうとしてしまう」ということがあげられます。ちょうど、子供がサッカーをするときに、全員がボールを追っていくような感じです。プロのサッカーは、各自役割が定まっていて、ボールが他の場所に行っても受ける人がいる状態です。Ⅰ.左の図・ある課題に対して、だれが担当するかを知っているので、そこにダイレクトにタイミングよく指令を出す。右の図・本来★が担当すべきことを、全員に指令を出してしまう。全員が「一つの動き」をする。...「あがる」問題をどう考えるか?その2

  • 「あがる」問題をどう考えるか?その1

    ①楽譜を見る。暗譜の場合は②から始まる。②情報を整理し、手指(ペダルの足も)演奏の運動指令を出す。③動きが楽器に伝えられる。④その動きが発音機構に伝達される。⑤音として発せられる。⑥またそれは演奏者にフィードバックされる。実際に多くのレッスン現場で注意を受けることは③が圧倒的に多いです。しかし②についてはもっと様々に変える可能性があります。また、④と⑤については、演奏者が作り変えることはできませんが、仕組みを知って②③に生かすべきです。③ばかりが先行すると②との兼ね合いがうまくいかずに、ズレや摩擦、軋轢が生じます。もう一度整理して考えます。すみません、またこの図です。いわゆる「あがる」はどこの問題か、ということです。いうまでもなく②から③にかけておこることです。本番で「練習、リハーサルと違うから」つまり④~⑥が...「あがる」問題をどう考えるか?その1

  • ドビュッシーのアラベスクについてもうちょっと・その2

    複数の声部がついついこのような意識の移し方をしてしまいます。2つの声が鳴り続けている、歌い続けている感覚。また、相手の音に呼応するということが大切だと思います。①の認識だと「上声、下声」のぶつかり合いや緊張がなくなります。②のようにそれぞれの音と他声とのぶつかり、が必要です。バッハ、インベンション6番BWV777(またこれかぁ、といわないでくださいね)当のドビュッシーは、アラベスクという言葉をJ.S.バッハの作品に対して使っています。このことは、アラベスクを弾く時のヒントの一つになると思います。ドビュッシーは、音楽院でその当時練習曲のように思われていたバッハの作品を、心をこめて弾いた、と伝えられています。「どちらかがメロディーで、どちらかが伴奏」というよりも、複数の線や模様が織りなす「風景」を楽しむ。ということ...ドビュッシーのアラベスクについてもうちょっと・その2

  • ドビュッシーのアラベスクについてもうちょっと・その1

    先日は、ベートーヴェンのピアノソナタ第12番をレッスンしていました。おそらく「はじめてペダル記号が作曲者の手によって書かれた」のは、この曲の第1楽章だと思います。初版を見ると「senzasordini」(ダンパーなしで、と訳します。sordino弱音器と訳されてしまうので注意)という表現で、上下に書かれています。この当時は「ひざペダル」の楽器だったので、いわゆる「ペダル」という表現ではなかったのだと考えられます。おそらく、上半分、下半分でダンパーが別れていたのだと思います。現代の「原典版」では、Ped.になっています。もっと初期のソナタを見ると、この上下別々のダンパーペダルがほしくなります。(ピアノソナタ第2番作品2-3第2楽章)右手はダンパーを上げて、左手はダンパーをおろして弾きたいです。そののちの、ロマン派...ドビュッシーのアラベスクについてもうちょっと・その1

  • 2020年 本年もよろしくお願いいたします。

    CD好評発売中:大竹道哉バッハ・リサイタル「主よ人の望みの喜びよ」シューマン「子供の情景・トロイメライ」お問い合わせはm-ohtake☆iris.ocn.ne.jpまで2020年本年もよろしくお願いいたします。

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