スペインの 巡礼終えた わが友の ありがたきかなブログの歌は
ふるさとの 友と電話で 語るとき 思い出します十五の春を
繋がれば どこかうれしや この朝も 返歌のありてこころゆたかに
どしゃ降りの 雨に降られて 医者に行く 経過観察足どりおもく
台風の 遠隔豪雨に 日曜の できるだろうか同期の会は
そういえば ゴーヤカーテン 作ったね 校舎の窓に子どもとともに・思い出として
走りきる 停留所まで この足で 信じられない病いの回復
晩夏でも まっすぐ伸びる ひまわりに 謙虚に生きるちからをもらう
グループの LINEを見れば 誠実な 人かどうかはだいたい分かる
曇天の 空をながめて ペンを置く 浮かばぬときは無理をしないで
いついつも いいねをつけて くれる人 ありがたきかなあしたも詠う
続けたる 四十五年 教育は 教えることでおのれが学ぶ
処暑が過ぎ 白露がつづき 秋が来る 咲くのだろうかコスモスの花
レコードで いくども聴きし ブラームス 小さな部屋で針を落として・若き日に
新聞の 旅のコーナー 読むだけで 気分にひたる秋のローマに
朝雲に 秋の気配を 感じつつ メールを送る「元気ですか?」と
どことなく 悲しくなって くるのです 夏の花火の残像観ると
生活を 歌にあらわし 詩にすれば 凡庸なれど美しくなる
高原を みどりの球体 埋め尽くす 嬬恋村のキャベツ畑は・8月25日 東京新聞より
自治会の 祭りのあとの 片づけは 暑きなかにも老人総出で
夕立よ 今日はなんとか 降らないで 年に一度のお祭りだから・団地の夏祭り
たそがれの 今日は団地の 夏祭り 少子高齢残暑のなかで
ふるさとの 実家解体 はじまって さびしき中に責務を果たす
マックでの ホットカフェ・オ・レ 美味しくて 話がはずむ元同僚と
初めての ひとりの旅は 能登半島 秋の海原みさきめぐりて・二十歳の思い出
夕暮れの 風に吹かれて パトロール 困難校での生徒指導は・思い出として
ひときれの レモンをふくみ また歩く 若かりし日の槍への道を・槍・・・北アルプス 槍ヶ岳
どことなく 秋の気配を 感じつつ 窓を開ければコウロギの鳴く・8月21日午後8時 コウロギの初鳴き
心臓の ペースメーカー 異常無く 足かろやかに病院を出る
高原は マツムシソウが 咲くだろう むらさき色にいちめん染めて
十年間 かけて改善 神経痛 一歩一歩にちからを込めて
この朝は コメント返歌の うれしくて どこかつながる名も無き人と
ふと見れば 暑さに負けぬ ひまわりが まっすぐ伸びるほほえみながら
なにげなく バス停までを 小走りに できるよろこびささやかながら
ジェノサイド 信長・秀吉・ネタニアフ 歴史を観れば和も洋も無く
台風の 過ぎ去り日の 灼熱の 青き空にはふと違和感を
ピーヨピヨ ピーヨピヨって 歌います 名も無き鳥がわがベランダで
真理とは あるのでしょうか デカルトの ごときうたがう絶えぬ戦火に
なにひとつ 浮かばぬときは ペンを置き しばし見つめる流れる雲を
父親は 由美子に贈る コスモスを たった一輪出征前に・小4国語教科書 ひとつの花より
ひまわりの 種を蒔きます コスモスの 種を蒔きますこころの中に・今日は終戦記念日
ひたすらに 愛を求めて 蝉の鳴く 午前四時半夜明けの空に
さて明日は お盆の帰省 ふるさとの 時の流れがしずかに止まる
パレスチナ 選手はガザに 思いはせ パリで走るは800メートル
見上げれば 青き空あり 平和とは いったい何か考える日が8月15日終戦記念日
寂しくも 実家解体 その前に 目に焼きつけるお盆の帰省
かならずや お盆に帰る ふるさとに 台風来ても地震あっても
しっかりと 歩くよろこび かみしめて 今日も行きます駅のカフェまで
スランプに なってもいいよ 大谷よ だってあなたも人間だから
コメントや「いいね」が付けば 嬉しくて 今日も詠えばあしたも詠う
この夏は 茅の輪くぐりて 邪気払う 田無神社の境内に入り
いついつも 返歌くださる 人のいて われは歌詠むよろこび満ちて
レトロなる 喫茶店にて いただくは アイスコーヒー少し甘めで
少しでも できたよろこび かけ足が 十年ぶりに痺れのとれて
適温で あれば朝から 蝉の音が 聞こえてきます並木通りに
立秋と 思えぬ暑さ ソーメンを 冷たくすするランチタイムに
ジェノサイド 断固反対 長崎の 市長に対しエールを送る
為政者の「パンとサーカス」いつの世も テレビつければ金、金、金と
フォロワーが 少し増えたら うれしくて 詠う意欲が湧いてくる朝
主任制 手当をめぐる 闘争に 明け暮れていたあの若き日は
みずからの 道はみずから 決めるもの 振りかえりつつ今は悔いなく
次々と 浮かんで消える 青春の ひかりと影を追い求めても
ちから込め 歩くよろこび 少しずつ 足の痺れがとれてくる夏
いついつも 青い空にて いて欲しい ヒロシマしかりナガサキしかり
いじめでも 不登校でも 教員の ちからだけではどうにもならぬ
酒飲めず 運転できぬ 最低の おとこと言われただ笑うのみ
マンションの 網戸に附きし アブラゼミ 二匹でハモる夏の夕暮れ
エアコンが 壊れぬように 祈りつつ しばし待つのみ秋のおとずれ
ふるさとの お米がとどく コシヒカリ 甘い越後の新米なのだ
若き日の 子どもと過ごす 教室は 楽しかったねドラマのようで
白百合の 甘きにおいに 誘われて ふらりと入る裏の小道に
夕暮れの あかねの雲を 眺めつつ 夏のかおりの枝豆を食う
ダヴィンチの 受胎告知を 思い出す 野辺に咲きたる白百合見れば
歴史には 表もあれば 裏もある 世界遺産の佐渡金山も
白ゆりの 花咲き初むる 八月の 三日土曜日酷暑に負けず
二次会は いつも喫茶で コーヒーを 酒の飲めない男がひとり
とりあえず ビールじゃなくて とりあえず コーヒーなのですわたしの場合
高原に マツムシソウが 咲くだろう 少し早めの秋を求めて
このところ ヒットの出ない 大谷に 声援送る小さな声で
この朝は ちょっとすがしき 風吹いて ほっと息つく八月初日
関心を 持ってくださる 人のいて わたしは詠う意欲を持って
身の丈に あった歌しか 詠えない 今の生活じっと見つめて
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スペインの 巡礼終えた わが友の ありがたきかなブログの歌は
つまらない 歌と言えども 詠います 明日につながるわたしの歌を
七月に 入り歌詠む まず三首 気取ることなく飾ることなく
短冊に 願いを記す この歳で 愛は不滅とやや大げさに
歌を詠み 今日がはじまる この朝は コーヒー添えて更なる一首
陽が昇り 今日の暑さを 予感する 梅雨は開けたか七月一日
短冊を かざる団地の 子どもらは 明日を夢見て願いを記す
たくましき ブログの友に ただ拍手 スペイン巡礼ひとりの旅に
どことなく すがしき大気を 取り入れて 歌でも詠もう午前四時半
ポルトより ブログがとどく 友からの 歌と写真と笑顔を載せて
裏道の ノウゼンカズラは 生き生きと 花を咲かせる夏のにおいの
一輪の 薔薇を見つけた 花散歩 夏のにおいの並木通りで
土曜日の 朝の散歩で 探すのは 明日の希望とあさがおの花
香り立つ 朝のコーヒー 淹れましょう タッツァドーロの豆を用いて
まっすぐに 伸びて花咲く タチアオイ 白が際立つ午前の四時に
新聞を 運ぶバイクの 音のして 今日がはじまる梅雨晴れの朝
愛猫の 遺影に花を 手向ければ 風がわたしを優しく撫でる
外は雨 それでも嬉し わが友と 朝のLINEでこころの晴れて
羨まず 今のわたしに 満たされる コーヒー淹れるただそれだけで
梅雨空に スマホかざして シャッターを 白き花咲く夾竹桃に
小雨降る 団地の隅の 笹の葉の さらさら揺れる七月一日
健康と 平和やっぱり この二つ 七夕様に願うとすれば
晩年は 生徒指導に 明け暮れて 夕陽がきみのこころをひらく
さくさくと 敷石あゆむ 城下町 小江戸川越日曜の午後
とりあえず ビールではなく とりあえず コーヒーなのですわたしの場合
さて明日は 仲間四人と 散策に 小江戸川越歴史の道を
官能の 声が聞こえる くちなしの 白き花咲く雨の路地裏
若き日に めぐる欧州 ひとり旅 ラインの川の流れにまかせ
ポイントを 教えてくれた 講習会「俳句は切れる」「短歌は述べる」
アイスかな それともホット 週末の 喫茶で迷う梅雨のコーヒー
五十年 内装変わらぬ 喫茶店 たばこの匂う昭和のままに
ポジティブな 返歌にわれは 励まされ 前見て生きる夢を見ながら
新しい ノートに記す できるなら 明日に向かって羽ばたく歌を
死を前に なんでこんなに 詠めるのか 石川啄木「悲しき玩具」
関心を 寄せてくださる 人のいて よろこび満ちる朝の返歌に
LINEから うなぎがとどく 特上の われも食いたい年金生活
バス乗れば 半額なれど わが身体 元気そのものまだまだ生きる
またしても 返歌のありて この朝は 涼風が吹く雨も上がって
何となく 空を見つめて 息を吐く つゆがはじまるような土曜日
いきなりの あかねの空に 明日こそは 晴れてほしいと願うわたしは