インゲンマメ(モロッコ豆)が大きく成りました。連休頃の強風でネットに絡み始めた蔓が擦れたり切れたりで成長が遅れましたがその後は順調に育ちました。6月終わりには出荷出来ると思います。 昨年の7月9日に簸川平野に大雨が降り出雲三中西側からNHKラジオアンテナ(jot
インゲンマメ(モロッコ豆)が大きく成りました。連休頃の強風でネットに絡み始めた蔓が擦れたり切れたりで成長が遅れましたがその後は順調に育ちました。6月終わりには出荷出来ると思います。 昨年の7月9日に簸川平野に大雨が降り出雲三中西側からNHKラジオアンテナ(jot
5月14日に植えたサツマイモの苗が無事活着した様です。今年は沖縄に先立って九州南部が先に梅雨入りしました。簸川平野も3日間雨が降りました。毎年植付後1週間タップリ水を掛けて居ましたが今年は雨の降った翌朝は中止しました。例年なら植え付けた時の葉っぱが萎れて枯
季節が安定するまで SNS 等には普段は見られぬ簸川平野の光景が投稿され、見馴れた『出雲ドーム』の知らない一面を見せて呉れます。 簸川平野(出雲市)は春爛漫の内に市議会の選挙も終わり 『出雲ドーム』周辺の田圃の田植えも順調に進みに簸川平野の景色は一変しました。
『十勝こがね』の芽出しに手間取った所為で植え付けが遅れたジャガイモにも今週初めから花が咲き始めました。(3月26日植付) 咲き始めた品種は『ピルカ』(5月16日撮影)です。芽出しの遅い『十勝こがね』は未だその気配が有りません。(5月16日撮影) 16日は沖縄を追い越し
極早生の玉ネギの収穫、出荷はスッカリ終わりました。続いて保存性の良い晩生種の玉ネギが続きますが未だ倒れません。5月末には自ら倒れると思いますが今は青々としています。毎年倒れてから1週間そのまま置き、その後、根伐をして畑で2,3日天日で乾燥させ作業場の小屋
同時期に咲き始めた『ソメイヨシノ』はもうとっくに葉桜になりましたが『ハナミズキ』の花はその後も更に ケバケバ しさを増しました。 開花期間がヤケに長いと思えば、花と思っていたのは花弁(ハナビラ)ではなく、葉が変化した総苞片(ソウホウヘン)と云うものだそうです。 益々の
裏庭のハナミズキが満開です。北アメリカ原産の外来種の様で現地では『ドッグウッド(Dogwood)』と云うそうです。直訳すると『犬の木』になるでしょうか? 旬の盛りは過ぎましたが日本には独特の香りが売りの『サンショウ』が有ります。ところが、姿形が一緒でも全く香り
今年も旬の初物が来ました。昨年と打って変わり今年は筍(タケノコ)が豊作の様です。昨年より一回り大きい様ですが直ぐに柔らかくなりました。 10年前からロケットストーブが活躍しています。名前の由来通り、ロケットを打ち上げる時の『ゴー』と云う音を発生しながら終始快調
南北に細長い日本列島の『桜』は南から咲き始め北上して行きます。個々の桜の開花期間は短いですが列島各地に点在する各地の名物『桜』が順番に咲きますので意外と『桜』の話題が続きます。その間も桜以外の花が沢山咲いていますが主役に成る事は殆ど有りません。 北上す
季節が動き始め、日の出前に『出雲ドーム』をスッポリと覆う程の大量の霧の塊が簸川平野を東から地表を這うように無音で流れて来て、中に取り込まれると視界が数十メーターになる朝が有ります。 その後、霧の塊はゆっくりと出雲大社の前を通って西の大社湾に流れ、8時過ぎ
近くのお寺の駐車場のフェンスの際に山桜の若い木が在ります。毎年近くのソメイヨシノより1週間近く早く開花します。開花期間が短くて、開花したかと思うと2日程で満開になります。 挿し木で増やした『ソメイヨシノ』と違い自然交配でDNAはバラバラの山桜ですがその分、其々
今季のジャガイモの種芋の入荷は早かったのですが35グラム見当で小さく切り分けた塊にも確実に一個の芽を確保する為、芽出しと切り分けに手間を掛け、また天候不順(異常高温)により前作の収穫が遅れた所為で畝立てのトラクターが畑に侵入出来ず今になりました。御蔭で切り
2025年4月13日(日) ~10月13日(月)184日間二回目の大阪万博が開催されます。 55年前の1970年3月末卒業して大阪に出ました。当時の大阪は万博開幕直後で蜂の巣を突いた様な大騒ぎでした。 大阪は勿論、日本中に 三波春夫の『♬ 世界の国からこんにちは! ♬』の歌が流れて居
『遠くの モン より ツケモン!』③(博多蕾菜:子持タカナ)
昨年は春夏からの高温が長く続きました。ダイコンは播種しても真面に芽が出ず、一月後播き直しました。その後は上手く成長し年末商戦の高値の頃に間に合いました。キャベツは移植後9月の高温で成長点が2,3個に分かれて成長し真面に収穫出来たのは半分でした。白菜とブロ
今年も ハカタツボミナ(博多蕾菜:子持ちタカナ)の季節になりました。衣を付けて『天婦羅がビールに最高!』という言う人が居ました。その所為で大方の人は挙って『天婦羅料理』で美味しく『生ビール』を飲みました。 しかし、幾ら美味しくても毎食『天婦羅』とは行か
今冬は地球温暖化』が言われ始める半世紀前の寒い冬を感じます。積雪こそ殆ど有りませんが『北西の冷たい乾いた季節風』は12月に入りると吹き始め1月末まで続きました。御蔭で軒下に吊るした 干し柿 はカビの心配をする事も無く充分に季節風に晒すことが出来、表面に白い
師走に入り 何故か今年は昔懐かしい本物に近い『冷たく 乾いた 北西の季節風』が簸川平野に吹き荒れます。 もっとも、正真正銘の『カラサデサン(北西の季節風)』は旧暦の『神在月(旧暦10月)』の終わりから吹き始める季節風ですから、時季からすると一ヶ月から二ヶ月も遅
師走に入り、半ば過ぎた頃から 簸川平野 に連日『冷たい乾いた北西の季節風』が吹き始めました。半世紀前までは神在月(カミアリヅキ:旧暦10月)後半から確実に吹き始めた『カラサデサン』と云う強烈な季節風ですが地球温暖化が云われ始めた頃から長く途絶えて居ました。今年は一
12月10日から始めた『ブロック塀延伸工事』がほぼ終わりました。単純に既設ブロック塀を10m程南へ延伸する工事とはいえ不安定な師走の天気予報のなか着工しましたが予報に反し逆に好天が続き雨や雪で工事が中断する事は有りませんでした。 これで宅地の周囲の垣根は南の市
家の西側に余所様(ヨソサマ?)の墓道が在って、その境に10m程の雑木の垣根が在ります。年に春秋の二回摘み入れを行っています。最近垣根の樹勢が強くなり剪定に時間が掛かる様になりました。この際、雑木の垣根を撤去し、既設のブロック塀を10m程南に延伸し、他の垣根と同様にモ
全面にギッシリ白い小さな花が咲いた鉢を貰った。近くの出雲農林高校の農業祭で買ったそうだ。水を掛け1週間経つと花は更に広がり密集して来た。もう株元は全く見えない。菊の花らしいが種類は分からない。 暫く此処に置いて季節が変わり、楽しんだ後は隙間を広げて株元を
家の柿は富有(フユウ)柿、西条(サイジョウ)柿共に極端な不作でした。11月に成っても例年と違い天候は不安定で『冷たい乾いた北西の季節風(カラサデサン)』が未だに吹きません。写真の庭先の2本の富有柿も10月の終わりに成ってやっと葉を落とし始めました。 例年なら『葉の数より実(
11月2日小さなハウスに極早生(ゴクワセ)『玉ネギ』を植えました。(直売所出荷用に1200本) 遅れて11月中旬に『モミジ3号』を畑に路地で1500本植える予定です。 近年、簸川平野は大流行して居る『ベト病』の為、収穫が不安定ですが『極早生』は『ベト病』発生前に収穫します
毎年この時季玉ネギを植えています。家の前の小さなハウスには例年通り極早生を1,200本植えました。今年は苗の生育が不安定で例年より地元産の苗の入荷が可成り遅く為る様です。そんな年に限って段取り良く、既に植える予定の畝(ウネ)の準備が早々と出来上がりました。 管理
出雲三中1年の時、東京オリンピックが有りました。日本の国技と云われた柔道で 神永昭夫 がオランダのヘーシンクに『一本負け』しました。マラソンで アベベ に次いで2位でゴールの国立陸上競技場へ戻って来た『円谷幸吉』はゴール目前でイギリスのヒートリーに抜かれて3
遅い年でも彼岸入りまでには真っ赤なケバケバシイ『華』と云う字をかたどって、完成後のプラモデルの使い道の無くなった リブ を繋ぎ合わせて立体的に描いた様な『華』の字をした鮮やかな赤い花が地上に突然姿を現わす。 個人的には子供の頃、近くの墓地の縁に群生して咲
町内の田圃に『日照り』の稲被害が発生しました。(写真左) 今夏の簸川平野は地球温暖化が叫ばれる日本列島の中でも特に暑い夏だった気がします。 全国版のニュースに出る様な大雨に依る大規模の土砂災害は有りませんでしたが、逆に他所に比べ7月9日から3か月間 一度
今年の簸川平野は『彼岸入り』が近づいても『アノ』花を見ない。やっと畑の草取りが一段落ついたので毎年花が咲く辺りを数ヵ所歩いてみた。2ヵ所目に毎年『紅白の彼岸花』が3,4輪咲くハウスの縁を探してみると先端に蕾を付けている20センチ程の茎を2本見付けた。今年は注意
9月に入った頃、育苗センターから野菜苗入荷の連絡があり、3箱受け取った帰り『出雲工業高校』北側の最近開発が著しい地区を廻って帰りました。 半世紀近く前の 旧国鉄(jr)『出雲市駅』南のこの辺りは今からは想像出来ない程一面に水田が広がった長閑な所でした。その田
電信柱が高いのも 郵便ポストが赤いのも みんなあたしが・・・
昔の芝居のセリフに『電信柱が高いのも 郵便ポストが赤いのも みんなあたしが悪いのよ。』と云うのが有りましたが、今思えば郵便ポストは今も赤いですが『デンシンバシラ(電信柱)が『高い』物の代名詞だった時代の言い回しだったのでしょうが既に昭和の内に『死語』に成っ
7月9日に大雨が降った以降の簸川平野は盆過ぎても全く雨が降りません。全国的には台風5〜7号等の大きな被害が出ましたが当地は一滴の雨も降らず、地面は『カラカラ』に乾いて居ます。 連日の暑さの所為では無いでしょうが庭先の電柱の頂点に揚げた無線のアンテナに繋が
連日暑い日が続きます。右側2畝(ウネ)に夏播きの大根の種を播きました。8時に畑に出た時は薄っすら雲の空模様でしたが9時過ぎると雲ひとつ無い青空に成り、気温は鰻登り。10時半に終了しましたが畑の畝と並行に張られた中国電力の6kvの高圧線の影が畝にハッキリ写り サイナワ
簸川平野は未だ『梅雨明け宣言』は出ませんが待ちに待った夏休みは遣って来ました。駐車場横の『百日紅』は今年も変わらず既に満開になりました。本来ならジリジリと陽が照り付ける炎天下の強烈な暑さが似合う花ですが天気予報では梅雨明けは来週初めになる様です・・・
『島根百年の大計』と云われた『斐伊川(ヒイカワ)・神戸川(カンドガワ)治水事業』の内、簸川(ヒカワ)平野に住む住民には斐伊川・神戸川上流の『尾原ダム』・『志津見ダム』は既に運用を開始して居るし、簸川平野住民に一番の目玉だった身近な斐伊川・神戸川合流工事は終了し、既に斐伊
日本各地に 雨後の筍 の様に『野菜直売所』が出来始めた頃、兎に角『桃太郎〇〇』の名前を付けた タキイ種苗 の大玉トマトが業界を席捲した時期が在りました。前後してフルーツトマトと云うカテゴリが出来ました。当時流行して居た甘いお菓子から始まった『スイーツ』ブー
日本各地に 雨後の筍 の様に『野菜直売所』が出来始めた頃、兎に角『桃太郎〇〇』の名前を付けた タキイ種苗 の大玉トマトが業界を席捲した時期が在りました。小玉のフルーツトマトと云うカテゴリが出来ました。当時流行して居た甘いお菓子から始まった『スイーツ』ブーム
遅かった梅雨入りと同期して『フウラン』(風蘭)が咲き始めました。小学校の卒業記念に学校から貰った柿の木の背丈程の位置に何処からか小さな種が飛んで来て着生したようです。 落葉樹の柿の木に付いた『フウラン』は柿が葉を落とした冬の間 太陽の光を独り占めして蓄え
此の時季の田圃や畑の作業計画の基準とするのは『梅雨入り』と『梅雨明け』になります。ところが今年は未だに『梅雨入り』の『宣言』が有りません。 既に簸川平野の田植えは終わり、分けつした苗はもう30cm近くに成長し、田圃の水面は成長した稲の緑色を感じる様に成って
家の周りに4本の梅の木が在ります。全国的に今年の梅は不作の様で我が家も同じく枝先の梅の数は少ない様です。 春先には4本共沢山の花を付けましたが其の内の2本は全く梅が生りませんでした。残り2本は『紅梅』と『白梅』ですが数は少なくてもその分大きな実が生りまし
チェリーセージが咲き始めて2ヶ月になりました。当初と比べて『紅』が減り、遠目にも『白』が勝つ様になりました。近付いて見ると花弁全体が真っ白の花が増えました。真っ白になるとやがては散って仕舞うようですから花数は最盛期の半分以下になりました。 咲初めは花弁
5月初めの咲き始めの頃は花弁(ハナビラ)全体が真っ赤でしたが次第に花弁の付け根付近から純白が広がり始め、今は鮮やかな『紅白』が半々になりました。やがて『純白』は花弁全体に広がり、咲初めの頃とは違う花かと思う程雰囲気が変わり、終には萎れて落ちます。しかし、枝
前の畑の縁にアジサイの葉の様な高さ1m程の木が在ります。葉っぱはアジサイに似ていますが花は全く違います。 近所や我家では長い間『卯の花:ウノハナ』と呼んで居ました。近隣では見た事も無く実際には正式名は不明です。 それなのにいつの頃から『卯の花:ウノハナ』と呼ん
出雲大社の『大祭礼』が近づき気温・地温が上昇すると一気にジャガイモの花が咲き始めました。しかし、祭が始まった途端、列島に沿って太平洋沿いに停滞し始めた『前線』の為に強風や寒さで列島全体が震え上がりました。此の時季の停滞前線は太平洋側、日本海側とに重心を
家の裏庭に4月に入ると真っ赤に咲く『チェリーセージ』と云う花が有ります。今年も鮮やかに開花中です。咲初めは花弁(ハナビラ)全体が真っ赤で鮮やかです。2週間程すると花弁の元の方に純白が現れ日毎に花弁の外周に向けて広がり始めます。 やがて、純白は花弁の周囲まで広
畑の玉ネギが大きく成りました。同じ日(11月3日)に植えたハウス(無加温)の 極早生 品種の『スパート』は既に4月25日に収穫を終えました。写真は年明けまで貯蔵できる『慶:ケイ』と云う中生種ですが此れから日毎に根元部分が膨らんで玉ネギらしくなって来ます。ニヶ月程す
今春の『桜』は開花前の低温が開花後も続いた為、例年の倍の期間『花見』が出来ました。開花中一度雨に遇いましたが開花直後だったので影響は無かった様で、それより開花後の高温と春の嵐が吹かなかった事が一番の要因だったと思います。 長かった開花期間中、サクラに負
僅か半世紀前は長い冬の間は農家でさえ新鮮な野菜が無く、緑の野菜に飢えて居ました。『早生』の玉ネギが出始めるこの季節は新鮮な緑が恋しかった様で好んで玉ネギの葉っぱを食べたものです。その名残で20年程前に直売所が出来始めた頃は長い 早生の玉ネギ の葉っぱを二つ
今頃の畑には玉ネギとジャガイモしか植わっていません。玉ネギは昨年の晩秋に植えた保存性の良い『晩生種』で、葉っぱの勢いは有りますが地際には未だ『玉ネギ』に成る膨らみは有りません。此れから暖かく成ると一気に大きく膨らみ『玉ネギ』に成ります。同じ日にハウスに植
本日で3月はお終い。思えば、1970年3月31日に大阪に就職しました。大阪は半月前に開幕した『万博(大阪万国博覧会)』で 蜂の巣 を突いた様な大騒ぎ。更に『赤軍派の飛行機(よど号)乗っ取り事件』で日本中が大騒ぎでした。 『青雲の志?』を抱いて故郷を離れた半世紀前の出
アッと云う間に3月に為りました。しかし、晴れていても気温は低く、今年の梅の花は3月に入っても見頃が続いています。例年2月中に柿、梅、杏、李の剪定を終えていますが今年は天候不順で寒くて外の作業は思う程出来ません。 例年ならキャンディーズの『春一番』のメロデ
既に2月に入りジャガイモの種が入荷しています。種芋は北海道産で一個は100〜150グラムの大きさです。一個そのままを植えるのではなく、30〜50グラム見当で切り分け植えます。結果一個の種芋を2〜3個に切り分けます。切り分けた塊の中に『芽』が在る必要があります。其の為
一昨年win11にバージョンアップした時、出所不明なファイルやフォルダーを含めて取り敢えず引っ越し先のデスクトップに移していくと引っ越し先のパソコンのデスクトップの画面の半分がアイコンで埋まりました。結果PCを使うのに手間取るようになりました。その光景はパソコン
『子持ちタカナ』が食べ頃に成りました。作り始めて7,8年に成ります。未だ正式な作り方は分かりません。昨年暮れの『霜被害』を受けましたが負けずにピンポン玉の大きさに成長しました。 脇芽を育てると云えば『芽キャベツ』ですが、その芽キャベツは下から次々に出て来る
年内に始められなかった『干芋作り』を開始しました。12月に入っても安定した冬の天候に成らず『乾いた冷たい北西の季節風』が吹きません・・・ 早い話が『地球温暖化』前の様な冬中吹き荒れた『乾いた冷たい北西の季節風』は無理としても、もう少し冬らしい天候に成
大晦日は恒例の年越蕎麦を打ちます。予めニ八に調合した国産の蕎麦粉を使いました。今までに各種の蕎麦粉で打ちましたが僅かな差が分かる『美食家』でも無し、数年前から店頭の普通の蕎麦粉を使って居ます。今では youtube で沢山の動画サイトが在り、詳しく蕎麦打ちの解説
今年の山陰地方の天候を総括すると全国同様全てが猛暑に結び付く一年でした。流石に12月も半ばを過ぎると本格的な冬に成りました。しかも、20日を過ぎると数年来の寒波到来と大きく報道しています。素人目にも簸川平野の今年の天候は記録的な猛暑でした。 例年と違うのは
12月17日(日)は前日迄の好天は一転し、7時前にはフロントガラスに残った僅かな雪もスッカリ凍っていた。今年一番の冷え込みの様相。今朝8時からは師匠寺の年末清掃。主に本堂の清掃と境内の落ち葉の片付け。暖冬の年末の突然の寒波に1時間程で切り上げ早々に解散し
庭先のモミジが紅葉しました。今年は色付き始めが遅く、最初から枯れ色の葉っぱも多く、昨年程の紅葉は無理と思っていましたが12月に入ると残っていた葉っぱが一斉に明るい赤に変わり案外奇麗に紅葉しました。 近くの寺のイチョウの黄葉も奇麗だったし、何よりも今季の
町内の師匠寺の イチョウの木 が黄葉しました。遠目には部分的に未だ薄っすらと緑の残る気もしますし、風が吹かない内は未だ自然に葉は落ちないようですが、五日もすれば黄色は深みを増し、無風でもヒラヒラと落ちて来ます。 2021年3月21日に強剪定したイチョウの木ですが
11月18日から愛知、静岡へ行きました。一度も見たことのないNHKドラマ『どうする家康』の影響だと思いますが『岡崎城』には沢山の観光客が居ました。20年近く前に行った時は外国人の姿は殆ど見ませんでしたが今回は外国からの若い人の集団が多かったと思います。コロナ禍前
今年も残すところ 1ヶ月半に成りました。玉ネギと今年最後のキャベツを予定通り11月初めに植えて年内に残る定植はソラマメとエンドウ豆だけに成りました。既にポットで育てた苗も大きく成りましたので晴れたら定植する予定です。 猛暑の夏でした。続いて暑かった秋は11月
簸川平野に一年に十日有るのだろうか?と思う『雲ひとつ無い青空』がどうした事か今年は沢山有りました。『文化の日』前後だけでも数日有った気がします。シトシトと降る長雨が少なかった分、適当に纏まって雨は降り、猛暑の割には水不足の声は聞きませんでした。 秋が深
11月3日(文化の日)朝から快晴。気温は25度近い。畑に玉ネギ1500本の定植。夕方4時半、西に向かう冬鳥の編隊飛行を見た。今季2度目。季節は確実に晩秋に入るがテレビは日本各地に夏日(25度以上)の季節外れの記録的な高温を伝える。 青空を背景に Vの字 の編隊飛行は優雅
今年程畑の草刈をした年は在りません。強烈な猛暑でしたが適当に雨が降り畑の草は例年以上に元気だった様です。 前回刈った枯草の下からタンポポが葉を広げ始めたかと思うと『アッ』と言う間に花が咲きました。地面スレスレに咲いた花は満開になった後も柄を伸ばして雰囲
今年も庭先の『ザクロ』が十数個生りましたが今は食べる者が居いません。折角ですから数年前から果汁を採って試飲しています。 微かな甘みと色合いが野趣タップリで毎年この時季の楽しみです・・・ 最初の東京オリンピックの頃はコタツに入って『ザクロ』を食べるのが子
『長からん角豆(ササゲ)の花は短くて 短き栗の花の長さよ』⑤
庭先のザクロが完熟しました。細くて小さな一本の枝に7個の実を付けて猛暑を耐えて大きく成りましたが最終的には1個落ちて6個が育ちました。 家には 栗、ザクロ、柿、梅、杏、李、スダチ、ユズ、サクランボ、リンゴ等の実の生る木が在ります。今年は異常な暑さの天候
秋の彼岸に入る前、毎年忘れず咲く花が有ります。個人的には小さい頃墓地の周囲に人知れず咲いて居た不気味 なイメージしかなく、好きな花では有りませんが、世の中が『何でもありの時代?』に少しずつ変わった今は地域によっては公園全体に彼岸花を植えて『客寄せパンダ』
10月9日(スポーツの日)は『出雲大学駅伝』の日。 出雲大社をスタートし、6区間45.1kmを襷リレーします。ゴールの『出雲ドーム』まで丁度1kmの所に家が在ります。カモシカの様な足腰をした若人が爽やかに家の横の県道を駆け抜けます。 国内の大学三大駅伝の内、シーズ
彼岸を過ぎるとアレ程の猛暑が嘘のように消えました。それと同時に先人の云う『暑さ寒さも彼岸まで!』の言葉を今年ほど強く感じた事は在りません。 上の写真の左は9月29日の快晴の空。右は10月4日の高い空一面に広がる雲。不思議と雲が空一杯に広がる光景に安堵感を感じ
天気予報に反発して安定した天候が続かない。晴れ間を見付けて今季2回目植付のブロッコリに初めての追肥をしました。 畝に肥料を撒き、右回りに畝の外側を三角鍬で小さな草と土を削ぎ取り苗の部分に掻き寄せながら1周します。外周が終わると次に畝中央部を手前側から同じ
彼岸に入り天候が安定し晴天が続きます。サツマイモ(紅はるか)の2度目の試堀をしました。自家用で半分近く『干芋』に加工します。普通に食材にするなら丁度良い大きさかも知れませんが小さい芋がもう少し大きく成るまで少し待ちたいと思います。 畝が2列在って、買った
紅白の『彼岸花』が咲きました。目出度いのか、縁起が良いのか知りませんが今年は直前に周りの草を刈った所為か紅白一輪ずつ『一対』で咲きました。この付近には数年前から紅白の花が咲いて居ましたが今年は草を刈ったタイミングが合ったのか『紅白一対』で咲きました。
今年は家の前の駐車場横の空間にポツンと離れて『彼岸花』が咲きました。少し離れた所の毎年咲く場所の花と比べると一回りも二回りも小さい花ですが、数日前『今年の彼岸花は彼岸に間に合わない!』と話していた矢先の16日の夕方見つけました。 毎年この花を見る度に思う
14日は終日雨の様なので此れまでに刈って畑で乾燥した草を数か所に寄せて燃やしました。乾燥中何度となく雨は降りましたが数日前からの晴天でいい塩梅に乾き切り数分でスッカリ燃えました。この後、此の畝には8月末に続いて2度目のブロッコリを植えます。 9月に入って
先日 鮎(アユ)を戴きました。市内の 神戸川(カンドガワ)で獲れたものです。 数年前の物より少し小さめでしたが今年は神戸川の水量が少なく主食となる川の岩や石に付くコケ(藻)の育ちが悪かったのでしょう。それでも大変美味しく戴きました。(写真上) 1953年神戸川の上
ブロッコリを植え付けて活着すると直ぐに一回目の追肥、除草、土寄せを行うのだが、今年は植え付けた直後に人生初の軽いギックリ腰に為り作業は十日程中断した。その間に畝は一面に雑草が広がり一連の作業が簡単には出来なくなった。それでも2回目までの追肥、除草、土寄せ
毎年春秋の2度松の摘み入れをして居ます。昨年は松にダニが発生したらしく松全体に勢いが無く、例年と違って梅雨入り頃に成っても新芽(ミドリ)が少なく暫く様子を見て居ました。 梅雨が明けると毎日猛暑日が続き炎天下の作業は出来なくなりました。庭に三脚を出したま
13日夕方ブロッコリ苗を256本、キャベツ128本植え付けを終えました。普段なら直ぐに水を掛けるのだが列島に近ずく7号台風に依り上空は厚い雲が出ているし、夜は降る気配がしたので水掛はしませんでしたが残念ながら雨は降りませんでした。 翌朝10時近くに成っても雨は降ら
盆までにブロッコリーの植え付けを予定しています。いつもの年なら畝を作るのにトラクターで直接掘り起こすのですが今年は草丈が大きく成り過ぎてしまい、草刈り機で事前に一度刈り込みました。朝刈って夕方には緑が消え、翌日の夕方にはスッカリカラカラになりました。7月
地区の夏祭りが8月5日『出雲ドーム』でありました。場内はエアコン設備は全く在りませんがテント地の屋根が直射日光を遮りますし、地上から2、3m部分が解放しますので思う程熱が籠った気はしませんでした。それより気に為るのは完成した時から相も変わらず音響設備が全く
梅雨が7月20日に明け、晴天・猛暑の簸川平野。28日は晴天の空模様だが3時過ぎからテレビの画面上部に時々島根県西部地方への気象警報のテロップが流れる。5時過ぎると東部の雲南地区にも出た。しかし、簸川平野は朝から晴天猛暑のまま。 そう云えば本日は直売会の直会が在
梅雨前線の大雨が列島の日本海側を北上し、各地に線状降水帯を伴う記録的な降雨量に依り大きな被害が出ました。 山陰地方は7月20日に梅雨が明けました。前日まで雨が残るハッキリしない天気でしたが翌日は素人目にも絵に描いた様に分かる梅雨明けで、打って変わって青空が
家の50m北に4階建ての老人施設が竣工し、15日は内覧会(見学会)が有ったので早速行って見ました。4階から見える『出雲ドーム』と『北山』の風景は新鮮でした。左端の台形型の山が『弥山(ミセン)』で地元では昔から親しみを込めて ミセンサン と呼びます。502mの高さが有りま
本格的に夏野菜の美味しい季節になりました。今年もトマトが豊作で美味しそうな熟れ色をしています。小さい頃のトマトの思い出は『青臭い・酸っぱい』のイメージしか有りませんが最近は小玉の甘いトマトが人気で 多くの『種苗メーカー』から糖度の高い品種がリリースされて
本格的に夏野菜の美味しい季節になりました。今年もトマトが豊作で美味しそうな熟れ色をしています。小さい頃のトマトの思い出は『青臭い・酸っぱい』のイメージしか有りませんが最近は小玉の甘いトマトが人気で 多くの『種苗メーカー』から糖度の高い品種がリリースされて
近くの師匠寺で庭木の摘み入れ奉仕作業が終わった後、近くのコミセン(公民館)でカローリング大会を行いました。 氷上で行うカーリングのフローリング床版ですが結構楽しかったです。氷上で行うカーリングと大きく違うのは基本的に丸いジェットローラが直線的しか動かな
酸っぱ過ぎる実が生る木が前の畑に在ります。その畑の強烈に酸っぱい果物は『李』(スモモ)。これほど沢山生ったのは近年に無い。しかも、春先には今の倍近く実を付けていたが梅干しの種位の大きさの頃 大量に落果した。やがて、数日前から熟れ色が目立ち始めると木にはま
家の周りにアジサイが咲いています。簸川平野はとっくに梅雨入りしていますが台風2号が来た時に二日ばかり雨が降りました以外はシトシトと降る梅雨のイメージは皆無でしたが14日は未明かシトシト雨が降り続きます。 台風2号の強風は咲き始めたアジサイにダメージを与え
昨年のビワ(枇杷)は春先の低温と強風の為、花芽が遣られて収穫ゼロ。秋には枯れるのでは?と思う程の強剪定をした。しかし、春先から天候は安定した気候が続き、昨年と打って変わって枝先まで実が生った。一年に一回だけの剪定以外に何もしないが昨年全く生らなかった
ハウスのナスが大きくなりました。一番花が咲き始めましたので上下の元気な枝芽と主枝の合計3本残して それ以外の枝芽を落としました。今年も『3本仕立て』でナスを育てます。ナス一株から300本を採るのが目標です。10年の経験から 水、肥料を多めに与え、それ以上に陽
先日『出雲弥生の森博物館』へ行って来ました。 松江市在住の高校生、野崎 千愛季(のざき ちあき)さんによる創作人形展が開催中でした。【昨年の美術工芸甲子園や島根県総合美術展(県展)で最高賞を受賞した作品のほか、新作の創作人形や、不思議な世界を描いた絵画なども
庭先の『ホタルブクロ』が咲き始めました。山野草 にしては5cm近くの大きな花です。簸川平野には『白花』もたくさん在ります。 『ホタル』が飛び始めると捕って花の下から中に入れ、花の端を折って闇に灯をかざすとメルヘンの世界でした。もう半世紀も前の事になりました
梅雨前の今頃は1週間毎に雨が降ります。その悪くなるタイミングで5月18日に沖縄地方は梅雨入りしました。やがては日本列島も梅雨入りするでしょうが天気予報は向こう1週間晴れマークが続いています。 先日、玉ネギを収穫しました。例年より半月も早いと思います。毎年収
昔、岐阜県の飛騨高山地方へ行った事があります。昼食に入った食堂の壁に 飛騨名物『朴葉焼き(ほおば焼き)』と云うのが在るそうで食べてみた。もう40年近くも前の事だからハッキリと覚えていないが、大きな枯れた葉っぱの上に味噌とキノコを乗せて七輪で焼いた物だったと
遠い昔、島根県で国体(国民体育大会)が開催された頃の出来事。(くにびき国体と銘打って1982(昭和57)年、島根県で開催された第37回国民体育大会) その頃、四度目の転勤で3年間鳥取市に住んでいた。更に転勤で鳥取を離れる時、鳥取県智頭(チズ)町の名産の『ドウダン
昔から出雲地方には『野菜の種まき、苗の定植は出雲大社の 大祭礼(だいさいれい)が終わってから!』と云う言い伝えが在って当時は『大祭礼』終了を目安に一斉に畑仕事を始めたらしい。 ところで、今年2023年(令和5年) の出雲大社『大祭礼』は、5月14日(日)~16日(火)の
玄関先のモミジの木の下に30年も前から カエル が鎮座しています。『無事帰る』の カエル の語呂合わせだろうと想像しますが実際にどの様な切っ掛けで調達したかは不明です。 よく見ると背中に小さなカエルが乗っています。 石の表面に薄くコケでも生えて居るなら時代を
昨年に続きクマガイソウ(熊谷草)が出て来ました。今年は2本になりました。昨年と比べると見た目にも大きく、葉の勢いも良く、花も大きいだろうと期待しますが今のところは花芽の気配は有りません。 10号鉢ですので数年はこのまま庭先のモミジの木の下に置いときます。
珍しく桜の開花後は晴れが続きます。ハウスのキュウリやトマトの植え付け、路地物野菜の植え付け準備作業等と農作業は沢山あります。先日ハウスに置いたポットにインゲン豆(モロッコ豆)の種を播きましたがそれ用の畝つくりとネット張りをします。2m間隔で9スパンの支柱
3月も今日まで。連日の晴天にジャガイモを植えました。6キロの種芋を芽出の後、35g~50g見当で切り分けて≒150個を30センチ間隔で畝2列に植えました。1m幅の普通の畝の天端に種芋を置き両サイドの土を種芋に掛けます。芽が土から出て芋が大きくなる頃、土から露出しないよ
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インゲンマメ(モロッコ豆)が大きく成りました。連休頃の強風でネットに絡み始めた蔓が擦れたり切れたりで成長が遅れましたがその後は順調に育ちました。6月終わりには出荷出来ると思います。 昨年の7月9日に簸川平野に大雨が降り出雲三中西側からNHKラジオアンテナ(jot
5月14日に植えたサツマイモの苗が無事活着した様です。今年は沖縄に先立って九州南部が先に梅雨入りしました。簸川平野も3日間雨が降りました。毎年植付後1週間タップリ水を掛けて居ましたが今年は雨の降った翌朝は中止しました。例年なら植え付けた時の葉っぱが萎れて枯
季節が安定するまで SNS 等には普段は見られぬ簸川平野の光景が投稿され、見馴れた『出雲ドーム』の知らない一面を見せて呉れます。 簸川平野(出雲市)は春爛漫の内に市議会の選挙も終わり 『出雲ドーム』周辺の田圃の田植えも順調に進みに簸川平野の景色は一変しました。
『十勝こがね』の芽出しに手間取った所為で植え付けが遅れたジャガイモにも今週初めから花が咲き始めました。(3月26日植付) 咲き始めた品種は『ピルカ』(5月16日撮影)です。芽出しの遅い『十勝こがね』は未だその気配が有りません。(5月16日撮影) 16日は沖縄を追い越し
極早生の玉ネギの収穫、出荷はスッカリ終わりました。続いて保存性の良い晩生種の玉ネギが続きますが未だ倒れません。5月末には自ら倒れると思いますが今は青々としています。毎年倒れてから1週間そのまま置き、その後、根伐をして畑で2,3日天日で乾燥させ作業場の小屋
同時期に咲き始めた『ソメイヨシノ』はもうとっくに葉桜になりましたが『ハナミズキ』の花はその後も更に ケバケバ しさを増しました。 開花期間がヤケに長いと思えば、花と思っていたのは花弁(ハナビラ)ではなく、葉が変化した総苞片(ソウホウヘン)と云うものだそうです。 益々の
裏庭のハナミズキが満開です。北アメリカ原産の外来種の様で現地では『ドッグウッド(Dogwood)』と云うそうです。直訳すると『犬の木』になるでしょうか? 旬の盛りは過ぎましたが日本には独特の香りが売りの『サンショウ』が有ります。ところが、姿形が一緒でも全く香り
今年も旬の初物が来ました。昨年と打って変わり今年は筍(タケノコ)が豊作の様です。昨年より一回り大きい様ですが直ぐに柔らかくなりました。 10年前からロケットストーブが活躍しています。名前の由来通り、ロケットを打ち上げる時の『ゴー』と云う音を発生しながら終始快調
南北に細長い日本列島の『桜』は南から咲き始め北上して行きます。個々の桜の開花期間は短いですが列島各地に点在する各地の名物『桜』が順番に咲きますので意外と『桜』の話題が続きます。その間も桜以外の花が沢山咲いていますが主役に成る事は殆ど有りません。 北上す
季節が動き始め、日の出前に『出雲ドーム』をスッポリと覆う程の大量の霧の塊が簸川平野を東から地表を這うように無音で流れて来て、中に取り込まれると視界が数十メーターになる朝が有ります。 その後、霧の塊はゆっくりと出雲大社の前を通って西の大社湾に流れ、8時過ぎ
近くのお寺の駐車場のフェンスの際に山桜の若い木が在ります。毎年近くのソメイヨシノより1週間近く早く開花します。開花期間が短くて、開花したかと思うと2日程で満開になります。 挿し木で増やした『ソメイヨシノ』と違い自然交配でDNAはバラバラの山桜ですがその分、其々
今季のジャガイモの種芋の入荷は早かったのですが35グラム見当で小さく切り分けた塊にも確実に一個の芽を確保する為、芽出しと切り分けに手間を掛け、また天候不順(異常高温)により前作の収穫が遅れた所為で畝立てのトラクターが畑に侵入出来ず今になりました。御蔭で切り
2025年4月13日(日) ~10月13日(月)184日間二回目の大阪万博が開催されます。 55年前の1970年3月末卒業して大阪に出ました。当時の大阪は万博開幕直後で蜂の巣を突いた様な大騒ぎでした。 大阪は勿論、日本中に 三波春夫の『♬ 世界の国からこんにちは! ♬』の歌が流れて居
昨年は春夏からの高温が長く続きました。ダイコンは播種しても真面に芽が出ず、一月後播き直しました。その後は上手く成長し年末商戦の高値の頃に間に合いました。キャベツは移植後9月の高温で成長点が2,3個に分かれて成長し真面に収穫出来たのは半分でした。白菜とブロ
今年も ハカタツボミナ(博多蕾菜:子持ちタカナ)の季節になりました。衣を付けて『天婦羅がビールに最高!』という言う人が居ました。その所為で大方の人は挙って『天婦羅料理』で美味しく『生ビール』を飲みました。 しかし、幾ら美味しくても毎食『天婦羅』とは行か
今冬は地球温暖化』が言われ始める半世紀前の寒い冬を感じます。積雪こそ殆ど有りませんが『北西の冷たい乾いた季節風』は12月に入りると吹き始め1月末まで続きました。御蔭で軒下に吊るした 干し柿 はカビの心配をする事も無く充分に季節風に晒すことが出来、表面に白い
師走に入り 何故か今年は昔懐かしい本物に近い『冷たく 乾いた 北西の季節風』が簸川平野に吹き荒れます。 もっとも、正真正銘の『カラサデサン(北西の季節風)』は旧暦の『神在月(旧暦10月)』の終わりから吹き始める季節風ですから、時季からすると一ヶ月から二ヶ月も遅
師走に入り、半ば過ぎた頃から 簸川平野 に連日『冷たい乾いた北西の季節風』が吹き始めました。半世紀前までは神在月(カミアリヅキ:旧暦10月)後半から確実に吹き始めた『カラサデサン』と云う強烈な季節風ですが地球温暖化が云われ始めた頃から長く途絶えて居ました。今年は一
12月10日から始めた『ブロック塀延伸工事』がほぼ終わりました。単純に既設ブロック塀を10m程南へ延伸する工事とはいえ不安定な師走の天気予報のなか着工しましたが予報に反し逆に好天が続き雨や雪で工事が中断する事は有りませんでした。 これで宅地の周囲の垣根は南の市
家の西側に余所様(ヨソサマ?)の墓道が在って、その境に10m程の雑木の垣根が在ります。年に春秋の二回摘み入れを行っています。最近垣根の樹勢が強くなり剪定に時間が掛かる様になりました。この際、雑木の垣根を撤去し、既設のブロック塀を10m程南に延伸し、他の垣根と同様にモ
5月初めの咲き始めの頃は花弁(ハナビラ)全体が真っ赤でしたが次第に花弁の付け根付近から純白が広がり始め、今は鮮やかな『紅白』が半々になりました。やがて『純白』は花弁全体に広がり、咲初めの頃とは違う花かと思う程雰囲気が変わり、終には萎れて落ちます。しかし、枝
前の畑の縁にアジサイの葉の様な高さ1m程の木が在ります。葉っぱはアジサイに似ていますが花は全く違います。 近所や我家では長い間『卯の花:ウノハナ』と呼んで居ました。近隣では見た事も無く実際には正式名は不明です。 それなのにいつの頃から『卯の花:ウノハナ』と呼ん
出雲大社の『大祭礼』が近づき気温・地温が上昇すると一気にジャガイモの花が咲き始めました。しかし、祭が始まった途端、列島に沿って太平洋沿いに停滞し始めた『前線』の為に強風や寒さで列島全体が震え上がりました。此の時季の停滞前線は太平洋側、日本海側とに重心を
家の裏庭に4月に入ると真っ赤に咲く『チェリーセージ』と云う花が有ります。今年も鮮やかに開花中です。咲初めは花弁(ハナビラ)全体が真っ赤で鮮やかです。2週間程すると花弁の元の方に純白が現れ日毎に花弁の外周に向けて広がり始めます。 やがて、純白は花弁の周囲まで広
畑の玉ネギが大きく成りました。同じ日(11月3日)に植えたハウス(無加温)の 極早生 品種の『スパート』は既に4月25日に収穫を終えました。写真は年明けまで貯蔵できる『慶:ケイ』と云う中生種ですが此れから日毎に根元部分が膨らんで玉ネギらしくなって来ます。ニヶ月程す
今春の『桜』は開花前の低温が開花後も続いた為、例年の倍の期間『花見』が出来ました。開花中一度雨に遇いましたが開花直後だったので影響は無かった様で、それより開花後の高温と春の嵐が吹かなかった事が一番の要因だったと思います。 長かった開花期間中、サクラに負
僅か半世紀前は長い冬の間は農家でさえ新鮮な野菜が無く、緑の野菜に飢えて居ました。『早生』の玉ネギが出始めるこの季節は新鮮な緑が恋しかった様で好んで玉ネギの葉っぱを食べたものです。その名残で20年程前に直売所が出来始めた頃は長い 早生の玉ネギ の葉っぱを二つ
今頃の畑には玉ネギとジャガイモしか植わっていません。玉ネギは昨年の晩秋に植えた保存性の良い『晩生種』で、葉っぱの勢いは有りますが地際には未だ『玉ネギ』に成る膨らみは有りません。此れから暖かく成ると一気に大きく膨らみ『玉ネギ』に成ります。同じ日にハウスに植
本日で3月はお終い。思えば、1970年3月31日に大阪に就職しました。大阪は半月前に開幕した『万博(大阪万国博覧会)』で 蜂の巣 を突いた様な大騒ぎ。更に『赤軍派の飛行機(よど号)乗っ取り事件』で日本中が大騒ぎでした。 『青雲の志?』を抱いて故郷を離れた半世紀前の出
アッと云う間に3月に為りました。しかし、晴れていても気温は低く、今年の梅の花は3月に入っても見頃が続いています。例年2月中に柿、梅、杏、李の剪定を終えていますが今年は天候不順で寒くて外の作業は思う程出来ません。 例年ならキャンディーズの『春一番』のメロデ
既に2月に入りジャガイモの種が入荷しています。種芋は北海道産で一個は100〜150グラムの大きさです。一個そのままを植えるのではなく、30〜50グラム見当で切り分け植えます。結果一個の種芋を2〜3個に切り分けます。切り分けた塊の中に『芽』が在る必要があります。其の為
一昨年win11にバージョンアップした時、出所不明なファイルやフォルダーを含めて取り敢えず引っ越し先のデスクトップに移していくと引っ越し先のパソコンのデスクトップの画面の半分がアイコンで埋まりました。結果PCを使うのに手間取るようになりました。その光景はパソコン
『子持ちタカナ』が食べ頃に成りました。作り始めて7,8年に成ります。未だ正式な作り方は分かりません。昨年暮れの『霜被害』を受けましたが負けずにピンポン玉の大きさに成長しました。 脇芽を育てると云えば『芽キャベツ』ですが、その芽キャベツは下から次々に出て来る
年内に始められなかった『干芋作り』を開始しました。12月に入っても安定した冬の天候に成らず『乾いた冷たい北西の季節風』が吹きません・・・ 早い話が『地球温暖化』前の様な冬中吹き荒れた『乾いた冷たい北西の季節風』は無理としても、もう少し冬らしい天候に成
大晦日は恒例の年越蕎麦を打ちます。予めニ八に調合した国産の蕎麦粉を使いました。今までに各種の蕎麦粉で打ちましたが僅かな差が分かる『美食家』でも無し、数年前から店頭の普通の蕎麦粉を使って居ます。今では youtube で沢山の動画サイトが在り、詳しく蕎麦打ちの解説
今年の山陰地方の天候を総括すると全国同様全てが猛暑に結び付く一年でした。流石に12月も半ばを過ぎると本格的な冬に成りました。しかも、20日を過ぎると数年来の寒波到来と大きく報道しています。素人目にも簸川平野の今年の天候は記録的な猛暑でした。 例年と違うのは
12月17日(日)は前日迄の好天は一転し、7時前にはフロントガラスに残った僅かな雪もスッカリ凍っていた。今年一番の冷え込みの様相。今朝8時からは師匠寺の年末清掃。主に本堂の清掃と境内の落ち葉の片付け。暖冬の年末の突然の寒波に1時間程で切り上げ早々に解散し
庭先のモミジが紅葉しました。今年は色付き始めが遅く、最初から枯れ色の葉っぱも多く、昨年程の紅葉は無理と思っていましたが12月に入ると残っていた葉っぱが一斉に明るい赤に変わり案外奇麗に紅葉しました。 近くの寺のイチョウの黄葉も奇麗だったし、何よりも今季の
町内の師匠寺の イチョウの木 が黄葉しました。遠目には部分的に未だ薄っすらと緑の残る気もしますし、風が吹かない内は未だ自然に葉は落ちないようですが、五日もすれば黄色は深みを増し、無風でもヒラヒラと落ちて来ます。 2021年3月21日に強剪定したイチョウの木ですが