木曽駒ヶ岳での山歩きのスタートは、駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅からとなります。この駅は日本で一番高所にある駅だそうです。建物から外に出ると、見事な絶景が広がっています。この風景を見るだけでも来る価値があると思いました。山歩きは前面に見える壁のような斜面を登るのですが、綺麗な風景を見ながらの山歩きは楽しいものでした。千畳敷カール
歴史ある建物・美しい風景・グルメ・温泉との出会いを満喫。日々感じたことを徒然なるままに綴ってます。
歴史ある建物や、美しい風景、そして美味しい食べ物との出会いを満喫しております。日々の生活の中での感動や旅先での感動をブログに綴っています。
木曽駒ヶ岳での山歩きのスタートは、駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅からとなります。この駅は日本で一番高所にある駅だそうです。建物から外に出ると、見事な絶景が広がっています。この風景を見るだけでも来る価値があると思いました。山歩きは前面に見える壁のような斜面を登るのですが、綺麗な風景を見ながらの山歩きは楽しいものでした。千畳敷カール
木曽駒ヶ岳を歩いてるとき、ライチョウに出会いました。実は、ライチョウに出会ったのは初めてだったので、テンション上がってしまいました。ライチョウは鳥綱キジ目キジ科ライチョウ属に分類される鳥になります。キジ目キジ科ということもあって、なんとなくフォルムはキジに近いな~って思いました。久し振りの山歩きで、結構疲れてましたが、ライチョウ見て元気が出て、無事予定通りのコースを散策できました。ライチョウ
「茨木隠れキリシタンの里」を散策してるとき、古民家カフェの看板が目に入ったので、立ち寄ってみました。イタリアンのアートカフェでした。パスタとピザのどちらにしようか迷いましたが、ピザにしてみました。もちもちっとした生地に夏野菜がたくさんのっててとても美味しかったです。建物内部は、お洒落な空間にアレンジされてて、なかなか良かったですよ。THEFORESTOFARTS-M'sCafe-大阪府茨木市千提寺249M'sCafe
大阪府茨木市の千提寺地区は、キリシタン大名であった高山右近の領地でした。江戸期に入りキリスト教が禁教となってからも密かに信仰は守られていたそうです。明治に入り、キリスト教の禁教が解かれると、徐々に信仰が守られていたことが表に出てきたようです。千提寺地区の隠れキリシタンが「発見」されたのは、明治20年頃のことだったそうです。千提寺地区は、大阪北部の山間地区になります。下の写真のようなのどかな雰囲気が漂う場所です。写真後方に見えている道は、新名神になります。坂道を登った先の「茨木市立キリシタン遺物史料館」では、信仰を守っていた家から発見された遺物の展示や、説明パネルで詳細を知ることが出来ます。集落の中には、高山右近の像やマリア像などが立っています。茨木隠れキリシタンの里
『カフェテリアコイノス』は、四国学院大学内の学生食堂です。唐揚げ定食をいただいてみました。学食なので、リーズナブルでよいですね~。カフェテリアコイノス
善通寺市文京町に位置する四国学院大学内の2号館は、旧陸軍第11師団の兵舎だった建物を使用しています。木造2階建てで、桁行58.5m、梁行15mの規模で、屋根は寄棟造の桟瓦葺となっています。国の有形文化財に登録されています。四国学院大学2号館
善通寺市の乃木神社は、香川県護国神社内に鎮座している神社です。名前のとおり、乃木希典が祭神となっています。善通寺市は明治31年に新設された陸軍第11師団のある地で、乃木希典はその初代師団長でした。乃木神社の本殿・拝殿は、国の有形文化財にも登録されています。拝殿は、屋根は銅板葺きで、正面に千鳥破風がのっています。神明造風で簡素な仕上げとなっています。本殿は、棟持柱を持つ三間社神明造で,柱は円柱,屋根は銅板葺となっています。乃木神社
好きな地元の風景って尋ねられると、いくつか頭の中に浮かんできます。瀬戸内海に架かる瀬戸大橋もその風景の一つです。なかでも斜張橋が一番好きです。いろんな角度から斜張橋を見ることが出来ますが、本島笠島地区から見る斜張橋もなかなかいいものです。梅雨が明けると、暑い夏がやってきますが、本島・笠島地区まで足を運んでみるのもよいかもですよ。本島からの斜張橋
善通寺市役所の横に建っている『旧善通寺偕行社』です。「偕行社」とは、明治10年(1877)に創立された陸軍将校の親睦及び学術研究を目的とする団体のことです。善通寺偕行社は、第十一師団の将校たちによって建てられたものです。現存するものは、旭川、弘前、金沢、舞鶴、岡山、善通寺の6か所になります。当ブログでも何回か登場していますが、いつもは正面の北側の姿をアップしていましたが、今回は南側の姿です。整然と並ぶ窓が印象的です。旧善通寺偕行社
「ひねぽん」とは、播州地方(兵庫県南西部)の名物おつまみです。炙ったひね鳥をポン酢で和えた料理になります。「ひね鳥」とは、卵を産まなくなった雌鶏で、いわゆる「親鳥」とカテゴライズされている鳥になります。飼育期間が長いので、肉質が固く、噛めば噛むほど味が出るのが特徴になります。ポン酢の酸味が加わることで、うまみがより一層引き出され癖になる味わいでした。ひねぽん
姫路市の郷土料理でもある「姫路おでん」は、生姜醤油をつけて食べるのが特徴です。一般的にはからしで食べる方が多いとは思います。わたしの生息地である讃岐は、味噌をつけてたべていますが。先日、姫路市で宿泊することになり、夜の食事の際に、その姫路おでんをいただきました。あっさりとした味付けでとても美味しかったです。ご当地グルメは、やっぱいいですね(^^)vさてさて、姫路おでんの発祥を調べてみると、登場した時期は不明のようです。昭和初期に姫路の浜手地域で生姜の生産が盛んだったことや、隣接する龍野市が醤油の産地であったことから、地域固有の食習慣になったのではないかと考えられています。戦中・戦後の食糧難の時代に煮込みすぎて味が抜けてしまったおでんに生姜醤油をかけるようになったという説や、大正末期創業の飲食店で生姜醤油味...姫路おでん
久し振りに明水亭に行ってみました。魅力的な特別メニューのなかで、なにを食べようかと悩んでしまいましたが『えびの素揚げと揚げ茄子のぶっかけ』をチョイス。エビがプリプリで、ぶっかけだしがしみた揚げ茄子がとてもいい。ほんと、美味しかったです。久し振りの明水亭
今回重要文化財へと答申された金刀比羅宮の社殿12棟のうちのひとつ『南渡殿』です。別宮と本宮を繋ぐ渡り廊下なのですが、下をくぐることが出来る高床式でとにかく長い。見ごたえのある建築物です。参拝された際に是非見学してみてください。金刀比羅宮南渡殿
昨日、香川県金刀比羅宮の社殿が重要文化財に指定するよう、文部科学相に答申されました。指定対象は12棟で、本宮と別宮は、拝殿・中殿・本殿の複合建築になります。多くの建物は明治期のものになります。階段が756段あって、登るのは結構大変ですが、是非、金刀比羅宮本殿まで足を運んで、社殿をじっくりと見学してみてください。金刀比羅宮本宮
高松市塩江町上西の山奥部に建つ民家を見る機会があり足を運んでみました。おそらく江戸後期の建物で、かなり興味深い建物でした。間取り的には、さぬき市の細川家住宅とよく似ていて、建築当初の状態がいまも残っていました。塩江町上西の風景
久し振りに、丸亀市飯野町のテイスティ正岡に行ってきました。いつものように「スタミナ定食」をチョイス。結構ランチメニューが多いのですが、なぜか選んでしまいます。かなりボリュームがあるので、満腹感が半端ないです。スタミナ定食
マルタス北西の交差点付近から望む丸亀城です。ここからだと大手門と天守閣と石垣の規模感を感じることが出来ます。なので、マルタスや市役所に向かい際に、ついつい振り返ってしまいます。丸亀城
なんかハロハロが無性に食べたくなって、ミニストップへ。パチパチ温州みかんソーダとプリンパフェをチョイスしてみました。どちらも美味でしたよ。ハロハロとプリンパフェ
普段使いのうどん屋さんではオーソドックスに「かけうどん」を食べることが多いのですが、たまには「釜かけうどん」が食べたくなる時があります。そんな時は釜揚げうどん専門店の「岡島」も候補のひとつです。岡島は朝6時から営業してるので、先週のGW早朝に行ってみました。もちろん「釜かけ」です。いなりとコロッケをトッピングしていただいたのでした。釜かけうどん
香川県観音寺市の『道の駅豊浜』敷地内にある「こがね夫婦地蔵」です。黄金持ちの聖地だそうです。先日、訪問した際に手を合わせてみました。黄金持ちになれるといいな~道の駅豊浜
坂出市王越町から見た瀬戸大橋斜張橋。少し霞んでてくっきりとはしてませんが、なんとなく夕景っぽい雰囲気の写真となりました。ここからの風景好きです。王越から見た瀬戸大橋
先日、栗林公園掬月亭で抹茶をいただいたことを書いたのですが、お茶を楽しんだ後、目にすることが出来る風景です。舟座敷をイメージしたデザインなのだそうですが、壁がないシンプルな構成はほんと綺麗です。南湖を望むことができます。偃月橋と船がいい感じです。偃月橋附近から掬月亭を望むとこんな感じです。この風景も好きです。栗林公園にて
栗林公園を散策するとき、時間があれば掬月亭でゆっくりすることをお勧めします。掬月亭に入るには、お茶をいただかなければいけないのですが、抹茶をいただくのも楽しみのひとつでもあります。抹茶の後には絶景がまっています。それはまた後日ということで。栗林公園掬月亭にて
高松市の峰山に点在する『石清尾山古墳群』は国の史跡に指定されています。この古墳群の特徴は、多くの古墳が積石塚であることがあげられます。積石塚は香川県から徳島県の一部の地域に多く存在し、全国的にも少ない古墳でもあります。石清尾山古墳群の積石塚は3~5世紀に築造されたと考えられています。下の写真は「姫塚古墳」で、積石塚の前方後円墳です。全長は約43m、高さは約3.6mになります。石清尾山古墳群
復元天守ではありますが、今治城天守です。城跡は国の史跡に指定されています。慶長7年(1602)に藤堂高虎により築城開始され2年後の慶長9年に完成しています。寛永12年(1635)に伊勢国長島城より松平(久松)定房が入城し、明治維新まで今治藩・久松松平氏の居城となっていました。石垣と内堀は江戸期の姿を今も残している遺構になります。ちなみに現在の天守は、昭和55年(1980)に鉄筋コンクリートで再建されています。今治城
多度津町東白方の『中華そば冨家』に行ってみました。メンマやチャーシューはしっかりとした醬油味でしたが、少し甘めのスープと絶妙な調和がとられている美味しい中華そばでした。なかなか良いお店でした。中華そば冨家
先日JR高松駅方面に行く用事があったので、ついでに『高松オルネ』をカメラに納めてみました。想像してたものより小ぶりな感じでした。内部はさらっとしか見れなかったので、時間があるときにじっくりと探検してみようかな。高松オルネ
石清尾山東側中腹辺りから望む、高松市街と屋島です。なかなかのいい感じの風景かと思います。高松市街と屋島
大垣城が建つ大垣公園の西側の道向かいに「大垣市郷土館」が建っていて、大垣城見学のあと立ち寄ってみました。館内に立派な大垣城の模型が展示されていました。思ったのは、大垣城って結構攻略には時間のかかる防御のしっかりした城だったんだと感じました。関ケ原の時に家康が、大垣城にはかまわず西進したのは当然だなって思いました。今は堀が埋め立てられていて、まったく往時の雰囲気を感じることが出来なくなってるのは残念だな~って思ったりもしました。大垣城の模型
大垣城天守は、昭和34年(1959)に建てられた復元天守です。江戸期の天守は明治維新後も破却されず残されていましたが、大垣空襲により焼失しています。大垣城は、戦後期の頃は、戦略上重要な拠点であったことから、争奪戦が繰り返され、織田氏、斎藤氏、織田氏と支配権が移り変わっています。関ケ原の戦いの際にも、西軍の拠点として機能していたようです。江戸期になり、寛永12年(1635)に戸田氏鉄が城主になってから、明治に至るまで大垣藩戸田家の居城となっていました。大垣城
岐阜県養老郡養老町高田の洋食屋『自由軒』は、バットを製作しているミズノの工場近くに位置してることから、プロ野球の選手がよく立ち寄るお店として知られています。先月、岐阜県に出かけた際に立ち寄ってみました。一番人気はトンテキ定食ではあったのですが、2番人気の『大人のランチ定食』をチョイスしてみました。エビフライ・オムレツ・みそカツ・ハンバーグと盛りだくさんで、とても満足のいく一品でした。もちろん美味しかったです。お店の外観はこんなかんじ。昭和の空気感があふれてるレトロな感じがとても良いですね。養老・自由軒岐阜県養老郡養老町高田967−1養老・自由軒
高知に出かけた時になんとなく手にとったパンフレット『土佐丼王国』。高知県の東の端から西の端までのご当地丼が掲載されているガイドブックでした。全部で32丼。全制覇を目指したいが、なかなか難しそう。どこから攻めてみようかな~土佐丼王国
ちょっと体調を崩してて、ブログ投稿が滞ってました。まだまだ完全復活はしておりませんが、ほぼほぼ復調出来てきました。このところ気候変動が激しく、花粉症の季節も重なって、体がびっくりしてしまったのかもしれません。今日は1月に訪問した際に、連絡船から撮影した1枚です。出羽島は、牟岐町から連絡船で15分の沖合に浮かぶ小さな島です。車は一台も走ってない島です。明治から昭和初期に建てられた家が軒を連ねた、伝建に選定されている街並みを目にすることが出来ます。そのあたりはおいおい紹介するとして。出羽島
車を運転してると、存在が気になってしまいますが、散策中に目にする路面電車が走る風景は好きです。先月出かけた熊本市内も路面電車が運行しているので、なんかウキウキします。もちろん、ホテルから会議場所まで路面電車に乗車しましたよ。熊本市内にて
高知にいけば、やっぱり食べちゃいますよね。今回も美味しくいただきました。本場は違いますよね~。塩タタキ
『かがわ木造塾』のフィールドワークで高知県に来ました。最初の見学地が大豊町だったのですが、なんと、今シーズン初の雪を目にすることになってしましました。暖冬だったので、油断してて薄着で来てしまったことを後悔しましたが、後の祭り。。。。。このあと、梼原町に移動しましたが、雪はなかったものの、気温は大豊町の比ではなく、かなり寒くて、寒さと戦いつつの見学となってしましました。高知県に来たのですが
琴平町で調査業務があり、ランチを食べに「ドライブインシラカバ」に行ってみました。久し振りの訪問です。今回は「ハンバーグ・海老フライ」のセットメニューにしてみました。ハンバーグと大きな有頭海老のフライが二つ並ぶ様は、ビジュアル的に映えますね。もちろん美味しくいただきました。ドライブインシラカバ
先週、熊本市内での会議に参加してきました。会議は午後からだったので、午前に熊本城に立ち寄ってみました。熊本地震で大きな被害が発生し、完全復旧に向けて工事が進んでいますが、石垣などまだまだ復興半ばといった状況ではありました。天守台へは空中歩廊を歩いて向かうように整備されてて、復興と観光を両立させていて、なかなかのものだな~って感じました。RC造の天守閣は、観光客でごった返してました。下の写真は、歩廊から撮影した一枚です。熊本城
思わず買ってみた「ポテトチップス6Pチーズ味」まだ食べてないですが、ブログに乗っけてみました。さて、どんな味なのか楽しみにしてます。。。ポテトチップス6Pチーズ味
明日から熊本市内で会議があるので、熊本市に前入し、水前寺公園近くのホテルに宿泊しました。夕ご飯を食べようと、リサーチしてみたら、夜は居酒屋なのだけど、定食もオーダーできるお店を発見。早速足を運んでみました。熊本なので、馬刺し定食をチョイス。これが大正解。とても美味しい馬刺しでした。ちょっと感動してしまいました。いや~、また食べたいな。。。五郎八(いろは)
明日から熊本に向かいます。出かける前のルーティンとして、前日にはうどんを食べることにしています。ということて、オーソドックスにかけうどんにちく天です。安定の組み合わせです。出かける前のルーティン
徳島県牟岐町の沖合に浮かぶ牟岐町の郷土料理である「島そうめん」は、文化庁により100年フードに認定されています。遅くとも戦前の頃から日常的・婚礼や船下ろしなどの祝いの席で提供される一品でした。そうめんを皿に盛り付け、長ネギ、かまぼこ、錦糸卵を添えて飾り付けていて、甘辛く煮付けた魚の煮汁につけていただきます。煮付ける魚は、延縄漁などで獲られたレンコダイ(キダイ)になります。島そうめん
定期的に食べたくなるカレーうどん。おさかなはコロッケをトッピングし「コロッケカレーうどん」としていただくのが常ではあります。さて、カレーうどん発祥には、複数の説があるようです。一つは、東京・早稲田にあった「三朝庵」が元祖であるという説。「三朝庵」は、「三河屋」として江戸時代に創業した老舗のそば屋で、穴八幡宮の向いに店を構えていました。現在は閉店しているようです。もう一つは、大阪・谷町にあったそば屋「東京そば」であるという説。創業は明治41年(1908)です。現在は、東京・目黒の「朝松庵」として引き継がれているようです。いずれの説も、決定的な根拠がないのが実情ではありますけども。さて、下の写真は、「こだわり麺や丸亀田村店」のものです。ここは、出汁はいれず、カレールーだけがかけられているタイプのカレーうどんで...カレーうどん
丸亀市津森町の『手打うどん龍』の「天ぷらうどん」、無性に食べたくなる時があるんです。ビジュアル的にもインパクトあります。うどんをあまり咀嚼せずに胃袋に送り込むのが讃岐スタイルとは言われていますが、ここのうどんはしっかりとした弾力で、咀嚼したくなるうどんです。これもたまに食べたくなるポイントかもです。手打うどん龍
飯山町西坂元の『一麺亭飯山店』に行ってみました。ここは、以前「風風ラーメン」でしたが、いつのころからか名前が変わってました。初訪問だったので何を食べようか迷いましたが「やみつき味噌」にしてみました。結構メニューが豊富だったので、また機会があれば行ってみようかな。一麺亭飯山店
TVで綾歌町の福成寺の讃岐寒桜が見頃だと放送されていたので、見学に行ってみました。案の定、多くの方が来られてて、渋滞になってましたが、無事目にすることが出来ました。寒桜ではありましたが、春を先取りすることが出来ました。福成寺の讃岐寒桜
久し振りに琴南町の『三嶋製麺所』に行ってみました。ここは玉子でうどんをいただくお店です。温かいのと冷たいのを選択できるのですが、冬ですから温かい方を選択。美味しくいただきました。たまには遠出もしてみないとね。三嶋製麺所
丸亀市大手町に昨年末に開店した『塩飽の漁師飯壱』に行ってみました。西本町の「塩飽の漁師飯まや」の2号店になります。刺身と天婦羅と鳥のニンニク炒めをいただきました。どれも美味しかったです。塩飽の漁師飯壱
高松中央卸売市場に店を構える『麺屋浜堂』に行ってみました。いただいたのは「はまんど」です。魚介系のスープに麺は平麺です。見た目ほどこってりはしてなくて程よい味わいでした。麺屋浜堂高松中央卸売市場店
善通寺市役所近くの食堂・朝日屋は、コロナによる行動制限があったころ店を閉めてしまってたのですが、牡蛎フライ定食限定で昨年暮れに復活していました。2月末頃までの営業みたいなので、昼食に行ってみました。とてもボリュームたっぷりで大満足のランチとなりました。朝日屋の牡蛎フライ定食
『香川丸亀国際ハーフマラソン』が開催され、東京国際大学のリチャード・エティーリさんが、大会新記録の59分32秒で優勝されました。学生新記録だそうです。下の写真右側の選手です。香川丸亀国際ハーフマラソン
霧の中の橋って、なんか幻想的できれいです。かなり前に撮影したものですが、明石海峡大橋になります。霧の中の橋
最近はあまり見かけることが少なくなった、瓦土塀です。その名のとおり、瓦を何層も積み重ねた土塀のことです。瓦を挟み込むことで耐久性とデザイン性を高めています。しかし、現在残っているものは数少ないようです。牟岐港周辺を散策しているときに見かけました。瓦土塀
牟岐町沖合に浮かぶ出羽島に向かう前、少し時間があったので周辺を散策してみました。結構大きな歴史的建造物が何軒か残ってて、なかなか楽しい散策となりました。玄関はアルミ建具に入れ替えられていましたが、横にはミセが造られていました。3間幅の出格子が設けられています。道に面する2階部分の壁には窓は設置されてなく塗りこめられていました。牟岐港周辺の風景
しばらく登場してなかった「ほまれ」です。このポーズ、遊んでほしいときのポーズみたいです。久し振りのほまれ
湖池屋のポテトチップスは、1962年創業のようです。わたしの住んでる地域では、カルビーのポテトチップスの方がメジャーなような気がしますが、日本での量産化は湖池屋の早いそうです。久し振りに湖池屋のポテトチップスを買ってみようかな。湖池屋のポテトチップス
Edgeに搭載されてるGPT-4で「丹下健三・ビル」のキーワードで作成した画像です。なんか微妙なかんじですが、AIのイメージはこうなのか。。。GPT-4で作成した画像
干潮時に現れる三日月型の砂紋と夕日が重なる時は、息をのむような美しい光景が広がるそうです。場所は、熊本県宇土市下網田町の御輿来海岸です。いけるといいな~御輿来海岸
香川県の島嶼部は、過疎化が極端に進行しています。佐柳島もかなり建物が撤去されている箇所がそこかしこにありました。下の写真は当日撮影したものの一部です。佐柳島の風景その4
佐柳島内を散策してた時に見かけた個性的な建物。周囲の建物とはかなり趣の違うテイストで異彩を放ってました。でも、調和を乱しているわけではないのですけど。佐柳島の風景その3
佐柳島港横の砂浜です。ゴミもなく綺麗な砂浜でした。砂浜から見えるおむすび形の島は小島です。小島の右側の島は高見島、左側は広島になります。佐柳島の風景その2
猫の島として知られている、佐柳島にはこんな猫さんもいますよ。佐柳島の風景
佐柳島の猫さんその5です仲良く水飲み佐柳島の猫さんシリーズはこれで最後。空き家調査の後、フェリー乗船までの短時間でしたが、たくさんの猫さんに会えてよかったです。佐柳島の猫さんその5
佐柳島の猫さんその4佐柳島の猫さんその4
佐柳島の猫さんその3青い建物の前で佐柳島の猫の猫さんその3
佐柳島の猫さんその2です。連れだってお散歩。佐柳島の猫さんその2
佐柳島で出会った猫さん佐柳島の猫さん
佐柳島へは高見島経由となります。フェリーから撮影した高見島の風景です。高見島は10年くらい前に上陸しました。高見島
先日、空き家調査のため多度津町沖合の佐柳島に初上陸。多度津港から約50分、結構時間がかかりますが、船に乗るとなんかテンションが上がります。たどつ汽船
『倉敷らーめん升家』に行ってみました。人気No.1と表示されていた「倉敷煮干しらーめん」をいただきました。煮干しの風味がしっかりしつつも、くどさがなく、とても美味しいラーメンでした。倉敷らーめん升家
倉敷美観地区内に建つ「井上家住宅」です。重要文化財に指定されています。本町通に面して建っています。2階建ての町屋で、2階部分には7つの窓が設けられていますが、すべて土扉が付けられています。井上家住宅
倉敷市東町の風景です。先日紹介した本町の東に続く町です。短い通りではありますが、歴史的建造物が軒を連ねています。倉敷市東町の風景
倉敷市本町の風景です。本町は倉敷川沿いの美観地区の東側に位置する町です。美観地区より観光客が少ないですが、歴史的建物が建ち並ぶ風景はとても綺麗です。道幅も程よい広さなのが良いですね。倉敷市本町の風景
倉敷市川西町の「魚ゆう」に行ってみました。地元の食材を使った料理を楽しむことが出来る古民家居酒屋です。当日いただいたものを何点か掲載しますね刺身盛合せ牛すじ煮込み酢牡蛎魚のあら煮建物外観岡山県倉敷市川西町6−1魚ゆう
今年も初詣は、善通寺市の善通寺に初詣にいきました。10年程前から金堂に参拝しています。それまでは御影堂だったのですが、行列が半端ないので時間がかかりすぎちゃいますから。下の写真は当日の風景です。写真左に行列が写っていますが、これは正面に見える金堂の行列ではなく、西院の御影堂の行列です。ここまで行列が続いているのを見た記憶がなく、ことしはかなりの人出があったのだろうと思います。初詣
新年二日続けて。。。大きな出来事がおきました。今日は、羽田空港にて旅客機と海上保安庁の輸送機が接触し炎上しました。旅客機の乗客乗員は全員避難できたようですが、輸送機の方は5名の方が亡くなられたようです。輸送機は、北陸の被災地に物資を輸送していたそうです。波乱の2024年になっています。連日の。。。
2024年の幕開けいきなり大きな災害。地震災害はいきなりやってくるものだから、避けることが難しい災害です。同時に津波も発生し、被災地は大混乱だったと思います。震度分布をみると、香川県も震度2・3と表示されていましたが、体に感じることはなかったような気がします。今日は一年の中でも一番リラックスしてる日なので、ほんとビックリされたのだろうと思います。時間経過とともに被災状況も判明していくのだろうとは思いますが、ひどい状況にならないことを願います。新年いきなり
2023年もあと1時間程です。今年も一年間ブログにお付き合いいただきありがとうございました。来年も引き続きごひいきによろしくお願いいたします。2023年
2023年を振り返って7月編です。7月は県外に出る機会が多くあり、広島県の三次市・庄原市、京都府京都市、兵庫県明石市、奈良県生駒市に出かけてきました。三次市は2回目の訪問で、庄原市は初訪問でした。京都市では丁度祇園祭りが開催されてて熱気の一端を感じることが出来ました。明石市では玉子焼きも堪能できました。奈良では近代建築を堪能してきました。2023年を振り返って7月
2023年を振り返って6月編です。6月は5月に続いて大阪に出かけてきました。6月は天満界隈を散策。大阪天満宮に立ち寄ってみました。大阪天満宮は、祭神は菅原道真公、大阪市民からは「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれている神社です。2023年を振り返って6月
2023年を振り返って5月編です。大阪府に足を運びました。大阪市北区の中之島界隈を街歩きしてみました。2023年を振り返って5月
2023年を振り返って4月編です。広島県に足を運びました。訪問先は東広島市と竹原市です。東広島市では西条の酒蔵通り、竹原市では伝建地区を散策してみました。西条は4回目、竹原は2回目の訪問でした。2003年を振り返って4月
2023年を振り返って3月編です。3月は2019年以来の東京でした。赤坂迎賓館に行ってみました。迎賓館は初訪問でした。2023年を振り返って3月
2023年を振り返って2月編です。2月は、1月に続いての岡山県に訪問しました。場所は倉敷市でした。倉敷駅周辺のライトアップと美観地区周辺の街歩き。総社市・倉敷市玉島地区にも足を運んでみました。2023年を振り返って2月
もうすぐ大みそかとなる今日この頃、2023年を振り返ってみようと思います。1月の県外は、岡山県岡山市と高知県安芸市を街歩きしました。両県とも近県にはなりますが幸先よく2県訪問することが出来ました。2023年を振り返って1月
四国で一番高い山である石鎚山です。頂に向かうには少し恐怖感がありますが、上級者でなくても極めることが出来る山でもあります。100名山にも選ばれています。石鎚山
高知県を代表する観光スポットのひとつ桂浜です。弓状に広がる砂浜と松、そして水平線が見える海からの押し寄せる波が印象的です。桂浜
ゲリラ豪雨や線状降水帯の発生が多い昨今は、水際の風景は水害のことをついつい考えてしまいますが、やっぱ、水路と建物の距離が近い風景は好きです。好きな街の風景
そうそう、麻婆豆腐も好物の一つで、麻婆ラーメンも最強の逸品かもしれない。麻婆ラーメン
自分の好物は何だろうと考えてみたところ、カレー、コロッケ、ハンバーグ、ラーメン、うどんなど、俗に言うB級グルメ的なものなんだな~って思ってしまう。なので、複数が揃ってる一品は結構テンションが上がります。コロッケカレーもそのひとつです。。。コロッケカレー
江戸時代に、日野の発展に大きく寄与していたのが、日野商人が売りさばいていた合薬です。その創始者が正野法眼玄三です。医師となった玄三が医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の長旅の道中薬として感応丸を作りました。この合薬を日野商人が全国に持ち歩くうちに効き目が評判となり、地元日野でも薬を製造する人も増え、地場産業として根付いていきました。「万病感応丸」の大きな看板が掲げられたつし2階切妻屋根平入の旧正野玄三薬店は、日野まちかど感応館として日野の観光案内の拠点・休憩スポットと活用されています。日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)
日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって蒲生氏郷が伊勢松坂に諸領替えとなるまで城下町として栄えていました。城下町でなくなった町民は、日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていました。現在の町割りにも、城下町の面影を残しつつ、商人の家など往時の面影を残しています。長い板塀や、日野祭を眺めるためだけに設けられた桟敷窓など、歴史や文化を感じることが出来ました。日野の街並み
滋賀県日野町街歩きの際、ランチで立ち寄った「守貞カフェ」。当初の目的は「石挽そば守貞」だったのですが、かなりの人数が待ち状態だったので、奥のカフェの方に立ち寄ったのでした。何種類かランチがセットされていたのですが、カレーのセットにしてみました。子供の頃、レストランで目にした、正統派欧風カレーのようでなんか懐かしいビジュアルでした。建物は外観は和でしたが、内部はステンドグラスがそこかしこにちりばめられていて、なかなかいい雰囲気でした。カレーも美味しかったです。守貞カフェ
先日、所属団体の忘年会が高松市の「すけ成」で開催されました。今年の忘年会は昨日開催のもので終了となり、いよいよ年末モードに入りつつあります。まだまだ、年末までに会合が複数回あり、ラストスパートです。ちなみに「すけ成」、美味しかったですよ。すけ成
かなり久し振りに坂出市加茂町の『山下うどん』に行ってみました。ここのうどん釜は、いまだ薪焚きなんです。とてもやさしいうどんをいただくことができます。小海老のかき揚げをのっけてみました。香川県坂出市加茂町147−1山下うどん
冬の「ラコリーナ近江八幡」です。夏とはちがって、かなり渋めの雰囲気がただよっていますね。ラコリーナ近江八幡
重伝建に選定されている、近江八幡市新町の風景です。重要文化財に指定されている旧西川家住宅附近です。八幡は天正13年(1585)豊臣秀次によって城下町として建設され、近江商人の商業活動の中心をなす在郷町として発展しています。碁盤目状の町割と共に、江戸時代を通じて活躍した八幡商人の居宅などが今も多く保存されている。近江八幡新町通りの風景
近江八幡の八幡堀は、豊臣時代に豊臣秀次の居城であった八幡山城の麓に築かれている堀です。近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に大きな役割を果たしていました。昭和初期頃くらいまでは町の人々の経済・流通路でしたが、戦後は陸上交通の発展によって廃れ、ドブ川となり、埋め立ての予定もあったようですが、保存再生運動によって、今は優れた観光資源として維持されています。TVや映画のロケなどにも再々使われています。八幡掘の風景
新名神の宝塚北SAフードコートで提供されている「オムライス」は「元祖オムライスの北極星」監修によるものです。先日、滋賀県からの帰りにランチでいただきました。少し控えめなボリュームでしたが美味しかったです。宝塚北SA
東広島市の西条は、江戸時代に陛路の中継地として栄えていました。そのうちに、酒造りに適した気候と地下水の恩恵で、「酒都西条」と呼ばれる一大銘醸地としても知られるようになりました。今でもここには7つの蔵元(賀茂泉酒造・賀茂鶴酒造・亀齢酒造・西條鶴醸造・山陽鶴酒造・白牡丹酒造・福美人酒造)が並び、赤レンガの煙突、なまこ壁、西条格子、といった独特のまちの風景を形成しています。西条酒蔵通りの風景
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木曽駒ヶ岳での山歩きのスタートは、駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅からとなります。この駅は日本で一番高所にある駅だそうです。建物から外に出ると、見事な絶景が広がっています。この風景を見るだけでも来る価値があると思いました。山歩きは前面に見える壁のような斜面を登るのですが、綺麗な風景を見ながらの山歩きは楽しいものでした。千畳敷カール
木曽駒ヶ岳を歩いてるとき、ライチョウに出会いました。実は、ライチョウに出会ったのは初めてだったので、テンション上がってしまいました。ライチョウは鳥綱キジ目キジ科ライチョウ属に分類される鳥になります。キジ目キジ科ということもあって、なんとなくフォルムはキジに近いな~って思いました。久し振りの山歩きで、結構疲れてましたが、ライチョウ見て元気が出て、無事予定通りのコースを散策できました。ライチョウ
「茨木隠れキリシタンの里」を散策してるとき、古民家カフェの看板が目に入ったので、立ち寄ってみました。イタリアンのアートカフェでした。パスタとピザのどちらにしようか迷いましたが、ピザにしてみました。もちもちっとした生地に夏野菜がたくさんのっててとても美味しかったです。建物内部は、お洒落な空間にアレンジされてて、なかなか良かったですよ。THEFORESTOFARTS-M'sCafe-大阪府茨木市千提寺249M'sCafe
大阪府茨木市の千提寺地区は、キリシタン大名であった高山右近の領地でした。江戸期に入りキリスト教が禁教となってからも密かに信仰は守られていたそうです。明治に入り、キリスト教の禁教が解かれると、徐々に信仰が守られていたことが表に出てきたようです。千提寺地区の隠れキリシタンが「発見」されたのは、明治20年頃のことだったそうです。千提寺地区は、大阪北部の山間地区になります。下の写真のようなのどかな雰囲気が漂う場所です。写真後方に見えている道は、新名神になります。坂道を登った先の「茨木市立キリシタン遺物史料館」では、信仰を守っていた家から発見された遺物の展示や、説明パネルで詳細を知ることが出来ます。集落の中には、高山右近の像やマリア像などが立っています。茨木隠れキリシタンの里
『カフェテリアコイノス』は、四国学院大学内の学生食堂です。唐揚げ定食をいただいてみました。学食なので、リーズナブルでよいですね~。カフェテリアコイノス
善通寺市文京町に位置する四国学院大学内の2号館は、旧陸軍第11師団の兵舎だった建物を使用しています。木造2階建てで、桁行58.5m、梁行15mの規模で、屋根は寄棟造の桟瓦葺となっています。国の有形文化財に登録されています。四国学院大学2号館
善通寺市の乃木神社は、香川県護国神社内に鎮座している神社です。名前のとおり、乃木希典が祭神となっています。善通寺市は明治31年に新設された陸軍第11師団のある地で、乃木希典はその初代師団長でした。乃木神社の本殿・拝殿は、国の有形文化財にも登録されています。拝殿は、屋根は銅板葺きで、正面に千鳥破風がのっています。神明造風で簡素な仕上げとなっています。本殿は、棟持柱を持つ三間社神明造で,柱は円柱,屋根は銅板葺となっています。乃木神社
好きな地元の風景って尋ねられると、いくつか頭の中に浮かんできます。瀬戸内海に架かる瀬戸大橋もその風景の一つです。なかでも斜張橋が一番好きです。いろんな角度から斜張橋を見ることが出来ますが、本島笠島地区から見る斜張橋もなかなかいいものです。梅雨が明けると、暑い夏がやってきますが、本島・笠島地区まで足を運んでみるのもよいかもですよ。本島からの斜張橋
善通寺市役所の横に建っている『旧善通寺偕行社』です。「偕行社」とは、明治10年(1877)に創立された陸軍将校の親睦及び学術研究を目的とする団体のことです。善通寺偕行社は、第十一師団の将校たちによって建てられたものです。現存するものは、旭川、弘前、金沢、舞鶴、岡山、善通寺の6か所になります。当ブログでも何回か登場していますが、いつもは正面の北側の姿をアップしていましたが、今回は南側の姿です。整然と並ぶ窓が印象的です。旧善通寺偕行社
「ひねぽん」とは、播州地方(兵庫県南西部)の名物おつまみです。炙ったひね鳥をポン酢で和えた料理になります。「ひね鳥」とは、卵を産まなくなった雌鶏で、いわゆる「親鳥」とカテゴライズされている鳥になります。飼育期間が長いので、肉質が固く、噛めば噛むほど味が出るのが特徴になります。ポン酢の酸味が加わることで、うまみがより一層引き出され癖になる味わいでした。ひねぽん
姫路市の郷土料理でもある「姫路おでん」は、生姜醤油をつけて食べるのが特徴です。一般的にはからしで食べる方が多いとは思います。わたしの生息地である讃岐は、味噌をつけてたべていますが。先日、姫路市で宿泊することになり、夜の食事の際に、その姫路おでんをいただきました。あっさりとした味付けでとても美味しかったです。ご当地グルメは、やっぱいいですね(^^)vさてさて、姫路おでんの発祥を調べてみると、登場した時期は不明のようです。昭和初期に姫路の浜手地域で生姜の生産が盛んだったことや、隣接する龍野市が醤油の産地であったことから、地域固有の食習慣になったのではないかと考えられています。戦中・戦後の食糧難の時代に煮込みすぎて味が抜けてしまったおでんに生姜醤油をかけるようになったという説や、大正末期創業の飲食店で生姜醤油味...姫路おでん
久し振りに明水亭に行ってみました。魅力的な特別メニューのなかで、なにを食べようかと悩んでしまいましたが『えびの素揚げと揚げ茄子のぶっかけ』をチョイス。エビがプリプリで、ぶっかけだしがしみた揚げ茄子がとてもいい。ほんと、美味しかったです。久し振りの明水亭
今回重要文化財へと答申された金刀比羅宮の社殿12棟のうちのひとつ『南渡殿』です。別宮と本宮を繋ぐ渡り廊下なのですが、下をくぐることが出来る高床式でとにかく長い。見ごたえのある建築物です。参拝された際に是非見学してみてください。金刀比羅宮南渡殿
昨日、香川県金刀比羅宮の社殿が重要文化財に指定するよう、文部科学相に答申されました。指定対象は12棟で、本宮と別宮は、拝殿・中殿・本殿の複合建築になります。多くの建物は明治期のものになります。階段が756段あって、登るのは結構大変ですが、是非、金刀比羅宮本殿まで足を運んで、社殿をじっくりと見学してみてください。金刀比羅宮本宮
高松市塩江町上西の山奥部に建つ民家を見る機会があり足を運んでみました。おそらく江戸後期の建物で、かなり興味深い建物でした。間取り的には、さぬき市の細川家住宅とよく似ていて、建築当初の状態がいまも残っていました。塩江町上西の風景
久し振りに、丸亀市飯野町のテイスティ正岡に行ってきました。いつものように「スタミナ定食」をチョイス。結構ランチメニューが多いのですが、なぜか選んでしまいます。かなりボリュームがあるので、満腹感が半端ないです。スタミナ定食
マルタス北西の交差点付近から望む丸亀城です。ここからだと大手門と天守閣と石垣の規模感を感じることが出来ます。なので、マルタスや市役所に向かい際に、ついつい振り返ってしまいます。丸亀城
なんかハロハロが無性に食べたくなって、ミニストップへ。パチパチ温州みかんソーダとプリンパフェをチョイスしてみました。どちらも美味でしたよ。ハロハロとプリンパフェ
普段使いのうどん屋さんではオーソドックスに「かけうどん」を食べることが多いのですが、たまには「釜かけうどん」が食べたくなる時があります。そんな時は釜揚げうどん専門店の「岡島」も候補のひとつです。岡島は朝6時から営業してるので、先週のGW早朝に行ってみました。もちろん「釜かけ」です。いなりとコロッケをトッピングしていただいたのでした。釜かけうどん
香川県観音寺市の『道の駅豊浜』敷地内にある「こがね夫婦地蔵」です。黄金持ちの聖地だそうです。先日、訪問した際に手を合わせてみました。黄金持ちになれるといいな~道の駅豊浜
貴婦人と呼ばれていた「C57型蒸気機関車」。昭和12年から22年にかけて201両が生産されています。西条市の「鉄道歴史パークinSAIJO」に展示されている車両は、昭和13年(1938)3月30日に三菱重工神戸造船所で製造されたものになります。配管が露出するなどメカ感がある蒸気機関車ってかっこいいです。貴婦人
ぽかぽか温泉」の前で店を構える『讃岐そばりんや』に久し振りに行ってみました。ここは、土日のみの営業なので、なかなかタイミングが合わないんです。とても繊細なラーメンで美味しいんですよ。讃岐そばりんや
以前西条駅市中心部を散策した時に気になっていた伊予西条駅前の『闇市酒場』に行ってみました。前回は店名に少し引いてしまって入るのを躊躇してしまったのですが、串カツをメインとした居酒屋で、揚げ具合も絶妙でとても美味しかったです。闇市酒場
大正10年(1921)に建築された伊予西条駅の旧給水塔です。赤れんがで構成されています。伊予西条駅鉄道給水塔
昭和39年(1964)に開通した東京~新大阪間の新幹線で登場した「0系新幹線」です。愛媛県西条市の「鉄道歴史パークinSAIJYO」に展示されていました。0系新幹線
来週後半から涼しくなるみたいだけど、まだまだ日中はとても暑い。まだまだ、ハロハロが美味しい季節です。というわけで「パチパチ夏ソーダ」いってみました。ハロハロパチパチ夏ソーダ
生駒山上遊園地は、開園90年を越える遊園地です。開園当時から存続する大型遊具「飛行塔」は、今も現役で稼働しています。戦時中は休園し、海軍基地として使用された歴史があり、戦時中の金属回収令で多くの金属が回収されたなか、飛行塔は軍の防空監視所だったことで奇跡的に残り、今では同園のシンボルとなっています。なんかタイムスリップしたような空気感が漂うほのぼのとした遊園地でした。生駒山上遊園地
夕景の猪熊弦一郎現代美術館。なんかとてもいい感じです。猪熊弦一郎現代美術館はお気に入りの建物のうちの一つです。猪熊弦一郎現代美術館
久し振りの「うり」でした。関西から友人が講師として香川に来られたので、関係者を集めて食事会でした。安定の美味しさで楽しい時間を過ごさせていただきました。人数も多かったので、コース料理をいただきました。下の写真は、たくさんいただいた料理の中の一つです。冷製茶碗蒸しです。ジュンサイも入ってて、とても美味でした。酒亭うり香川県丸亀市通町154−1酒亭うり
以前からちょっと気になっていた琴平町の「ドライブインシラカバ」に行ってみました。ランチの種類も豊富で何を食べようかいろいろ悩みましたが、「黒毛和牛ハンバーグ・から揚げセット」にしてみました。とても美味しいランチで、賑わっている理由がよくわかりました。また機会があれば立ち寄ってみたいです。ドライブインシラカバ香川県仲多度郡琴平町五條1003ドライブインシラカバ
誕生寺は岡山県久米郡久米南町にある浄土宗の寺院です。法然上人生誕地であることから誕生寺と呼ばれています。御影堂は重要文化財に指定されています。御影堂は創建以降二度の損壊していて、現在の御影堂は元禄8年(1695)に再建されたものになります。誕生寺
津山駅前の「陣笠」というお店で「ホルモンうどん」をいただきました。ボリュームたっぷりでお腹いっぱいになりました。とても気さくなご夫婦のお店で居心地も良かったです。もちろん美味しくいただきました。陣笠岡山県津山市南町1-90津山ホルモンうどん
785段の石段を登った先に、目の前に現れてくる金刀比羅宮本宮拝殿です。拝殿の3面に唐破風が付く珍しい形式となっています。多くの社殿が建ち並びなかなか見ごたえがあります。石段を登ってでも参拝するかちがあると思いますよ。金刀比羅宮本宮拝殿
先日もブログに書いたのですが、琴平町の『宗家金毘羅饂飩狸屋』に再訪しました。前回は温かいうどんでしたが、今回は冷たいうどんにしてみました。っで、何にしようか迷いましたが「天冷やおろしうどん」をチョイス。温かいうどんとはまた雰囲気も違いましたが、美味しくいただきました。天冷やおろしうどん
久し振りの今日のほまれ。和室タタミの上でくつろいでる「ほまれ」です。夜の暑さもやわらいできて、少しは過ごしやすい夜になってきましたね。今日のほまれ
多分、ショウリョウバッタだと思います。一番よく見かけるバッタのひとつです。このバッタを見かけると秋が来るのではって思いますが。。。まだまだ暑いです(^^;;ショウリョウバッタ
久米南町の棚田見学に行った際に出会った案山子アート。とてもいい感じ。一瞬、人がいるのかと思いました。案山子アート
大阪府柏原市の大和川に架かる第四大和川橋梁です。奈良県との境に近い亀の瀬渓谷を縫うように、川の流れ方向に対して30度斜めに、半径400mでカーブしながら架かっています。橋長は約230m。昭和6年(1931)から翌年にかけて起こった亀の瀬地すべりの影響で崩壊した亀ノ瀬トンネルの代替ルートの一部として昭和7年(1932)7月に着工し、突貫工事で建設され、12月31日に開通しています。令和元年(2019)には「関西本線三郷~河内堅上間橋梁群」として、土木学会選奨土木遺産に選ばれています。第四大和川橋梁
『なら100年会館』は、市制100年を記念し、国際コンペによってつくられたコンサートホールです。設計は磯崎新で、開館は平成11年(1999)です。巨大なくじらのような外観が特徴で、文化の船をイメージしてつくられているそうです。奈良県で最大収容人数を誇るホールとして、人気アーティストのライブやクラシックコンサート、落語の寄席など、多種多様に利用されています。なら100年会館
夕刻に瀬戸内海歴史民俗資料館に行ってみました。穏やかな海の瀬戸の風景が好きで、心が穏やかになります。ほんと綺麗です。瀬戸の風景