鹿児島県霧島市の『JR肥薩線大隅横川駅駅舎』です。国登録の有形文化財で現役で使用されている駅舎です。明治36年(1903)に建てられ、木造平屋建で桁行18m、梁間8m規模の建物です。訪問当日は雨でしたが、雨の中の建物も趣があって雰囲気がありました。JR肥薩線大隅横川駅駅舎所在地:鹿児島県霧島市横川町中ノ39-1JR肥薩線大隅横川駅駅舎
歴史ある建物・美しい風景・グルメ・温泉との出会いを満喫。日々感じたことを徒然なるままに綴ってます。
歴史ある建物や、美しい風景、そして美味しい食べ物との出会いを満喫しております。日々の生活の中での感動や旅先での感動をブログに綴っています。
佐柳島の猫さんその3青い建物の前で佐柳島の猫の猫さんその3
佐柳島の猫さんその2です。連れだってお散歩。佐柳島の猫さんその2
佐柳島で出会った猫さん佐柳島の猫さん
佐柳島へは高見島経由となります。フェリーから撮影した高見島の風景です。高見島は10年くらい前に上陸しました。高見島
先日、空き家調査のため多度津町沖合の佐柳島に初上陸。多度津港から約50分、結構時間がかかりますが、船に乗るとなんかテンションが上がります。たどつ汽船
『倉敷らーめん升家』に行ってみました。人気No.1と表示されていた「倉敷煮干しらーめん」をいただきました。煮干しの風味がしっかりしつつも、くどさがなく、とても美味しいラーメンでした。倉敷らーめん升家
倉敷美観地区内に建つ「井上家住宅」です。重要文化財に指定されています。本町通に面して建っています。2階建ての町屋で、2階部分には7つの窓が設けられていますが、すべて土扉が付けられています。井上家住宅
倉敷市東町の風景です。先日紹介した本町の東に続く町です。短い通りではありますが、歴史的建造物が軒を連ねています。倉敷市東町の風景
倉敷市本町の風景です。本町は倉敷川沿いの美観地区の東側に位置する町です。美観地区より観光客が少ないですが、歴史的建物が建ち並ぶ風景はとても綺麗です。道幅も程よい広さなのが良いですね。倉敷市本町の風景
倉敷市川西町の「魚ゆう」に行ってみました。地元の食材を使った料理を楽しむことが出来る古民家居酒屋です。当日いただいたものを何点か掲載しますね刺身盛合せ牛すじ煮込み酢牡蛎魚のあら煮建物外観岡山県倉敷市川西町6−1魚ゆう
今年も初詣は、善通寺市の善通寺に初詣にいきました。10年程前から金堂に参拝しています。それまでは御影堂だったのですが、行列が半端ないので時間がかかりすぎちゃいますから。下の写真は当日の風景です。写真左に行列が写っていますが、これは正面に見える金堂の行列ではなく、西院の御影堂の行列です。ここまで行列が続いているのを見た記憶がなく、ことしはかなりの人出があったのだろうと思います。初詣
新年二日続けて。。。大きな出来事がおきました。今日は、羽田空港にて旅客機と海上保安庁の輸送機が接触し炎上しました。旅客機の乗客乗員は全員避難できたようですが、輸送機の方は5名の方が亡くなられたようです。輸送機は、北陸の被災地に物資を輸送していたそうです。波乱の2024年になっています。連日の。。。
2024年の幕開けいきなり大きな災害。地震災害はいきなりやってくるものだから、避けることが難しい災害です。同時に津波も発生し、被災地は大混乱だったと思います。震度分布をみると、香川県も震度2・3と表示されていましたが、体に感じることはなかったような気がします。今日は一年の中でも一番リラックスしてる日なので、ほんとビックリされたのだろうと思います。時間経過とともに被災状況も判明していくのだろうとは思いますが、ひどい状況にならないことを願います。新年いきなり
2023年もあと1時間程です。今年も一年間ブログにお付き合いいただきありがとうございました。来年も引き続きごひいきによろしくお願いいたします。2023年
2023年を振り返って7月編です。7月は県外に出る機会が多くあり、広島県の三次市・庄原市、京都府京都市、兵庫県明石市、奈良県生駒市に出かけてきました。三次市は2回目の訪問で、庄原市は初訪問でした。京都市では丁度祇園祭りが開催されてて熱気の一端を感じることが出来ました。明石市では玉子焼きも堪能できました。奈良では近代建築を堪能してきました。2023年を振り返って7月
2023年を振り返って6月編です。6月は5月に続いて大阪に出かけてきました。6月は天満界隈を散策。大阪天満宮に立ち寄ってみました。大阪天満宮は、祭神は菅原道真公、大阪市民からは「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれている神社です。2023年を振り返って6月
2023年を振り返って5月編です。大阪府に足を運びました。大阪市北区の中之島界隈を街歩きしてみました。2023年を振り返って5月
2023年を振り返って4月編です。広島県に足を運びました。訪問先は東広島市と竹原市です。東広島市では西条の酒蔵通り、竹原市では伝建地区を散策してみました。西条は4回目、竹原は2回目の訪問でした。2003年を振り返って4月
2023年を振り返って3月編です。3月は2019年以来の東京でした。赤坂迎賓館に行ってみました。迎賓館は初訪問でした。2023年を振り返って3月
2023年を振り返って2月編です。2月は、1月に続いての岡山県に訪問しました。場所は倉敷市でした。倉敷駅周辺のライトアップと美観地区周辺の街歩き。総社市・倉敷市玉島地区にも足を運んでみました。2023年を振り返って2月
もうすぐ大みそかとなる今日この頃、2023年を振り返ってみようと思います。1月の県外は、岡山県岡山市と高知県安芸市を街歩きしました。両県とも近県にはなりますが幸先よく2県訪問することが出来ました。2023年を振り返って1月
四国で一番高い山である石鎚山です。頂に向かうには少し恐怖感がありますが、上級者でなくても極めることが出来る山でもあります。100名山にも選ばれています。石鎚山
高知県を代表する観光スポットのひとつ桂浜です。弓状に広がる砂浜と松、そして水平線が見える海からの押し寄せる波が印象的です。桂浜
ゲリラ豪雨や線状降水帯の発生が多い昨今は、水際の風景は水害のことをついつい考えてしまいますが、やっぱ、水路と建物の距離が近い風景は好きです。好きな街の風景
そうそう、麻婆豆腐も好物の一つで、麻婆ラーメンも最強の逸品かもしれない。麻婆ラーメン
自分の好物は何だろうと考えてみたところ、カレー、コロッケ、ハンバーグ、ラーメン、うどんなど、俗に言うB級グルメ的なものなんだな~って思ってしまう。なので、複数が揃ってる一品は結構テンションが上がります。コロッケカレーもそのひとつです。。。コロッケカレー
江戸時代に、日野の発展に大きく寄与していたのが、日野商人が売りさばいていた合薬です。その創始者が正野法眼玄三です。医師となった玄三が医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の長旅の道中薬として感応丸を作りました。この合薬を日野商人が全国に持ち歩くうちに効き目が評判となり、地元日野でも薬を製造する人も増え、地場産業として根付いていきました。「万病感応丸」の大きな看板が掲げられたつし2階切妻屋根平入の旧正野玄三薬店は、日野まちかど感応館として日野の観光案内の拠点・休憩スポットと活用されています。日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)
日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって蒲生氏郷が伊勢松坂に諸領替えとなるまで城下町として栄えていました。城下町でなくなった町民は、日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていました。現在の町割りにも、城下町の面影を残しつつ、商人の家など往時の面影を残しています。長い板塀や、日野祭を眺めるためだけに設けられた桟敷窓など、歴史や文化を感じることが出来ました。日野の街並み
滋賀県日野町街歩きの際、ランチで立ち寄った「守貞カフェ」。当初の目的は「石挽そば守貞」だったのですが、かなりの人数が待ち状態だったので、奥のカフェの方に立ち寄ったのでした。何種類かランチがセットされていたのですが、カレーのセットにしてみました。子供の頃、レストランで目にした、正統派欧風カレーのようでなんか懐かしいビジュアルでした。建物は外観は和でしたが、内部はステンドグラスがそこかしこにちりばめられていて、なかなかいい雰囲気でした。カレーも美味しかったです。守貞カフェ
先日、所属団体の忘年会が高松市の「すけ成」で開催されました。今年の忘年会は昨日開催のもので終了となり、いよいよ年末モードに入りつつあります。まだまだ、年末までに会合が複数回あり、ラストスパートです。ちなみに「すけ成」、美味しかったですよ。すけ成
かなり久し振りに坂出市加茂町の『山下うどん』に行ってみました。ここのうどん釜は、いまだ薪焚きなんです。とてもやさしいうどんをいただくことができます。小海老のかき揚げをのっけてみました。香川県坂出市加茂町147−1山下うどん
冬の「ラコリーナ近江八幡」です。夏とはちがって、かなり渋めの雰囲気がただよっていますね。ラコリーナ近江八幡
重伝建に選定されている、近江八幡市新町の風景です。重要文化財に指定されている旧西川家住宅附近です。八幡は天正13年(1585)豊臣秀次によって城下町として建設され、近江商人の商業活動の中心をなす在郷町として発展しています。碁盤目状の町割と共に、江戸時代を通じて活躍した八幡商人の居宅などが今も多く保存されている。近江八幡新町通りの風景
近江八幡の八幡堀は、豊臣時代に豊臣秀次の居城であった八幡山城の麓に築かれている堀です。近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に大きな役割を果たしていました。昭和初期頃くらいまでは町の人々の経済・流通路でしたが、戦後は陸上交通の発展によって廃れ、ドブ川となり、埋め立ての予定もあったようですが、保存再生運動によって、今は優れた観光資源として維持されています。TVや映画のロケなどにも再々使われています。八幡掘の風景
新名神の宝塚北SAフードコートで提供されている「オムライス」は「元祖オムライスの北極星」監修によるものです。先日、滋賀県からの帰りにランチでいただきました。少し控えめなボリュームでしたが美味しかったです。宝塚北SA
東広島市の西条は、江戸時代に陛路の中継地として栄えていました。そのうちに、酒造りに適した気候と地下水の恩恵で、「酒都西条」と呼ばれる一大銘醸地としても知られるようになりました。今でもここには7つの蔵元(賀茂泉酒造・賀茂鶴酒造・亀齢酒造・西條鶴醸造・山陽鶴酒造・白牡丹酒造・福美人酒造)が並び、赤レンガの煙突、なまこ壁、西条格子、といった独特のまちの風景を形成しています。西条酒蔵通りの風景
現存する五重塔の中で一番高いのは東寺の五重塔になります。54.8mになります。現在の塔は5代目にあたり、寛永21年(1644)に再建されています。江戸期の五重塔は、各層の屋根の大きさが同一で、その特徴をよく表しています。国宝に指定されています。東寺五重塔
京都市東山区の祇園の一風景です。今じゃこんな風に人が写らない瞬間をとらえることが難しくなっています。。。祇園の風景
国宝に指定されている平等院鳳凰堂は、中堂・北翼廊・南翼廊・尾廊の4棟で構成されています。平安時代の天喜元年(1053)に建立されています。平等院鳳凰堂
最近、カレーうどんに少しはまってて、時々食べてます。善通寺市の「まるやうどん」でいただきました。ここは鍋焼きうどんが名物ではあるのですが、カレーうどんも名物のようです。美味しくいただきました(^^)vまるやうどん
静岡市役所静岡庁舎本館は昭和9年(1934)、浜松市出身の建築家・中村與資平の設計により建設された鉄筋コンクリート造4階建ての建物です。上部には2層の塔屋を載せ、塔頂にドームをのせています。外壁は象牙色のタイル貼りで、各所にテラコッタが用いられた、帝冠様式の建物です。国の有形文化財に登録されています。静岡市役所静岡庁舎本館
静岡県庁本館は、昭和9年(1934)の懸賞設計当選案(泰井武案)をベースに、大村巳代治ら静岡県営繕部の実施設計によって昭和12年(1937)に竣工した建物です。帝冠様式の和洋折衷の建築物で、構造は鉄筋コンクリート造です。国の有形文化財に登録されています。静岡県庁本館
静岡市駿河区にある『登呂遺跡』です。子供の頃、教科書に記載されていたので、初訪問ではありましたが、なんか再訪感がありました。弥生時代の集落遺跡・低湿地遺跡で、国の特別史跡に指定されています。安倍川の洪水によって押し流された土砂が堆積して形成された自然堤防上に造られています。集落には、北東から南西の方向に広がる微高地を利用して竪穴状平地建物12棟、高床倉庫2棟が建っていて、水田はその南につくられています。弥生時代の水田を研究する際の基準とされているようです。訪問した際には、稲刈り体験が行われていました。登呂遺跡
『静岡市立芹沢銈介美術館』は、静岡県静岡市駿河区にある美術館です。静岡出身の染色工芸家・芹沢銈介の作品約800点と、世界の工芸コレクション約4,500点を展示しています。白井晟一の設計による建物で、昭和56年(1981)に竣工しています。鉄筋コンクリート造平屋建ての建物で、外壁は石積み、屋根は銅板葺きとなっています。白井晟一最晩年の作品になります。建物内部の写真は不可の上、外観もあまりいい角度から写真が撮れませんでした。内部はエントランスホールは撮影できたので一枚だけ撮影してみました。静岡市立芹沢銈介美術館
肉を食べたくなる時ってあると思うのですが、そんな時食べるもののひとつに「ヒレカツ」があったりします。ということで、テイスティ正岡に行ってきました。良心的なお値段でいただくことができます。ヒレカツ定食
静岡市駿河区東静岡の「静岡県コンベンションアーツセンター」です。磯崎新の設計による建物で、外観は船をイメージしてて「グランシップ」という愛称が付けられています。地下2階・地上12階建てで延べ床面積は約6万㎡、全長は約200m、高さは約60mの巨大な建造物です。GRANSHIP静岡県コンベンションアーツセンター
今年は忘年会がコロナ以前に戻ったようで、いやコロナ以前より多くなったような。。。忘年会
静岡市呉服町通りには11箇所の防火建築帯があります。この防火建築帯は、昭和33年(1958)に竣工した鉄筋コンクリートの共同建築で、街路に面して隙間をつくらず、木造の大半を占めていた都市の密集市街地の延焼を止めるための防火壁としての機能を担っています。戦災と静岡大火の経験を踏まえ、火災から街や人々を守るために建築で、建築当初より改修工事やテナントの入れ替わりがありますが、当時の目的を維持しつつ、現在も静岡市中心市街地の賑わいを創出していました。静岡市防火建築帯
静岡鉄道は、静岡県静岡市葵区の新静岡駅と、同市清水区の新清水駅を結ぶ静岡清水線を運行する鉄道会社です。走っているのは下の写真のA3000形電車となります。新静岡駅で撮影しました。静岡鉄道
先日、ヘリテージ系の講座会場が白峯寺だったので参加してきました。丁度紅葉の真っ盛りで、赤く染まった中に建つ堂宇がとても綺麗でした。写真の建物は薬師堂です。江戸後期の建物で重要文化財に指定されています。白峯寺の紅葉
丸亀市中府町の桃山亭で、カレーうどんのチーズトッピングが無料期間になっていたのでいただいてきました。コロッケも加えて、カレーコロッケうどんにグレードアップ。コロッケもカレーもチーズも好物なので、大満足です。カレーうどん
三豊市仁尾町の松賀屋(旧塩田忠左衞門邸)です。明治後期から大正にかけて整備された建物になります。製塩業で財をなした塩田忠左衛門の屋敷になります。令和4年(2022)に国の有形文化財に登録されています。松賀屋(旧塩田忠左衞門邸)
三豊市仁尾町の賀茂神社の創建は、社伝によると応徳元年(1084)となっています。山城国(京都府)の上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」を御分霊し、当初は津多島(現仁尾町大蔦島)に奉祭されていました。観応二年(1351)に四国管領・細川顕氏により現在に地に移されています。本殿は、慶長13年(1608)建立となっていました。その年代だと生駒期にはなるのですが、資料には、丸亀藩主京極高或による社殿造営(元禄十二年・1699)という記載もあるようです。賀茂神社本殿
三豊市仁尾町の賀茂神社の注連柱は特異な形状をしています。注連柱とは、鳥居の原型といわれる石柱で、注連柱の内側が聖域であることを示すもので、石柱は切石が立てられていることが多いのかと思います。ここ賀茂神社の注連柱は、自然石が立てられています。もともとは詫間町の鴨の越の入江にあって、漁船の通行の邪魔になっていたものを、神社境内に運び立てられてものになるそうです。賀茂神社注連柱
三豊市仁尾町の常徳寺の裏庭にある「雌雄大ソテツ」です。かなり立派な蘇鉄で、周囲は3.5mで5枝に分かれ、高いものは5m程あるようです。記念物指定にはなってないようですが、訪問した際には裏庭ものぞいてみてください。常徳寺雌雄大ソテツ
仁尾はかつて海運業や製塩業で栄えた地域です。町の中心部には往時の名残をいまもそこかしこに残っていて、趣のある風景をいまも楽しむことができます。撮影スポットもたくさんあるのですが、まちあるき当日、カメラの調子が不安定で、あまり撮影できなかったのがちょっと残念。そんなか、数枚カメラに収めることができたので、少しのっけます。仁尾(まちの風景)
三豊市指定天然記念物である『吉祥院の万寿はく』です。はくは学術名でいうと「イブキ」になります。イブキはヒノキ科の常緑樹で、本州・四国・九州の海岸沿いに自生する木で、「ビャクシン」とも呼ばれたりしています。『吉祥院の万寿はく』は地上部分で2本に分かれていて、一つは枝張り6m、もう一つは3.5mとなっています。両方とも左右に屈曲し、巨大な盆栽のような姿をしています。樹齢は400年を越えているようです。吉祥院の万寿はく
三豊市仁尾町の古民家宿泊が体験できる『多喜屋(たきや)』です。仁尾には、江戸末から昭和初期に建てられた建物が残り歴史的景観を今も感じることができる町です。多喜屋は、その街の中に建つ商家を修復し、瓦、なまこ壁、床板、建具など残せるものは極力残し、一棟貸しの宿として再生しています。仁尾縁「多喜屋」
仁尾町での街歩きに参加してきたのですが、昼食は「長兵衛」でいただきました。長兵衛で食事するのは、かなり久し振りでした。立ち寄るたびに、今度こそはうどんにしようとは思っているものの、中華そばをチョイスしてしまいました。あ~、やっぱり美味しい。。。長兵衛の中華そば
たま~に、海を見たいな~って思う時があります。海
現地調査で観音寺市に出かけてきたのですが、終了後お昼ご飯に「かなくま餅福田」に立ち寄りました。目的は冬季限定の『白味噌餡餅雑煮うどん』です。期間中に一度は味わっておかないといけないのでね。白みそ仕立ての出汁は、うどん出汁風味の方が強いから、白味噌が苦手な方でも大丈夫だと思いますよ。未体験の方は是非一度!白味噌餡餅雑煮うどん
坂出市青海町の白峰寺に建つ重要文化財に指定されている2基の十三重石塔です。源頼朝が崇徳上皇菩提の為に建てられたと伝えられています。白峯寺十三重石塔
なんか突然に寒くなってきました。通常の11月なのだろうかとは思うのだけで、暖かい日が続いてたから、寒さが体にはきついです。こんな時は体の芯から暖めようと、昼食は鍋焼きうどんだと思い立ち善通寺市の「まるやうどん」に行ってみました。ここは鍋焼きうどんが名物の一つなんです。同じ思いの方が多いようで、かなりのお客さんが鍋焼きうどんオーダーしてましたよ。鍋焼きうどん香川県善通寺市下吉田町889−4まるやうどんで鍋焼きうどん
岩屋寺境内への入口は二か所あります。一つは山門(上の写真)で、もう一つは仁王門(下の写真)になります。参拝用駐車場が境内東側の県道近くにあり、ここから境内まではかなり登らなければたどりつけないのですが、その道中に現れるのが山門になります。昭和9年(1934)の建築になります。遍路道だと仁王門が境内入口になります。こちらは、寛政2年(1790)の建築です。岩屋寺は明治31年(1898)の火災により、ほとんどの堂宇と寺宝が焼失していますが、仁王門は焼失をまぬがれた建物のうちの一つにあたります。久万高原町指定の有形文化財となっています。山門仁王門岩屋寺山門と仁王門
岩屋寺の本堂です。竣工は昭和2年(1927)です。本堂右に梯子がかけられていて法華仙人窟跡へ登ることができます。まあまあ怖かったですが、登ってみました。本堂の屋根レベルくらいの高さになりますが、風景を楽しむことが出来ます。岩屋寺本堂
岩屋寺の大師堂は正面に向拝を設けた銅板葺きの方形屋根の建物です。竣工は大正9年(1920)です。正面向拝の角柱を二本組にして、柱身にエンタシスを付け、柱頭部にバラと組紐飾り状の装飾を付けています。基本的には伝統的な寺院建築の構成を基本としていますが、軸部の構成や細部意匠に西洋建築のデザインが取り入れられていて、一種独特な空気感を醸し出しています。かといって、調和は乱さなく自然にまとめられていて、近代寺院建築を代表するものなのかと思います。平成19年(2007)に重要文化財に指定されています。設計は大蔵省臨時議院建築局技手であった河口庄一で、大工は窪田文治郎となっています。岩屋寺大師堂
岩屋寺本堂へ向かう参道途中にある不動明王像です。寺伝によると、空海が不動明王の木像と石像を刻み、木像は堂宇を建立して本尊として安置、石像は奥の院の岩窟に祀って秘仏とし、岩山全体を本尊としたとあります。本堂の不動明王像は秘仏となってて見ることは出来ませんが、参道途中の不動明王像は目にすることが出来ます。なかなか迫力のある像でありつつも端正な姿をしてました。岩屋寺不動明王像
国民宿舎古岩屋荘内にある食事処「レストランやまくじら」は、キジ鍋・シシ鍋を名物としているようです。古岩屋を散策したあと、丁度お昼時だったので立ち寄ってみました。がっつりと食べたいという気分ではなかったので、名物の鍋ではなく、軽く「名物キジそば」を選択。シシも気になっていたので「シシ肉の唐揚げ」も合わせてみました。そばは甘めのお出汁でした。レストランやまくじら
こちらも古岩屋の遊歩道を歩いてたら、目の前に現れる『大師堂』です。小さなお堂ですが、礫岩峰にへばりついて建っている姿が、秘境感を醸し出しています。古岩屋は、県道12号沿いの部分は、観光客も多くてにぎわっていましたが、こちらの遊歩道側は、散策する観光客も少なくて静寂の中での風景を楽しめます。古岩屋大師堂
古岩屋の遊歩道である紅葉谷ルートを歩いてる際に目にした不動明王です。不動岳の大甌穴内に祭られていました。カヤの木を使った一木彫だそうです。古岩屋不動明王
愛媛県久万高原町の古岩屋に行ってみました。前期中新世(約2000万年前)の地層が残る礫岩峰が独特な景観を見形成している景勝地です。国の名勝に指定されています。長い年月を経て水の浸食により剥き出しになった礫岩には無数の穴があいていることから、古岩屋と呼ばれるようになったと言われています。岩肌には岩松、セッコク、ウチョウランなど貴重な植物が自生していて、植物の生命力の強さを感じることが出来ます。紅葉のスポットとしても知られていて、見学に足を運んでみました。多数の見学者で駐車場は満杯となってました。紅葉した木々に埋め尽くされているという状態ではありませんでしたが、古岩屋の絶景とともに紅葉も楽しませていただきました。古岩屋
静岡県富士宮市の『富士山本宮浅間大社』は、富士山を神体山として祀る神社です。全国にある浅間神社の総本社で、富士信仰の中心地として知られています。境内地は2か所あって、本宮が静岡県富士宮市宮町、奥宮が富士山頂上に位置します。本宮の本殿は徳川家康による造営で、「浅間造」という独特の神社建築様式です。浅間造とは、社殿の上にさらに社殿が載った二階建ての建築様式で、神社建築としては特殊な形式です。この形式の本殿を持つ社は、全国に1300社以上あるなかで4社しかありません。富士山本宮浅間大社
2017年11月に竣工した「静岡県富士山世界遺産センター」です。設計は坂茂です。展示棟、北棟、西棟の3棟で構成されてて、中央の展示棟は木格子で覆われた逆円すい形の特徴的なデザインとなっています。円錐形内側は、らせんスロープになっていて、壁面に投影される富士登山道の風景を楽しみながら富士登山を疑似体験できる仕掛けとなっています。螺旋階段を登り切った先にある屋上テラスからは富士山を望むことが出来ます。静岡県富士山世界遺産センター
静岡駅のアスティ静岡東館の「まぐろ一筋みやもと」でマグロ丼いただきました。とても美味で大満足の逸品でした。マグロ丼
駿府城では、現在発掘調査が行われています。作業状況が公開されていて、間近に見学できるよう通路が設けられています。今川時代・豊臣時代の遺構も確認出来て、興味深いものとなってました。駿府城天守台発掘調査
坤櫓は、駿府城二ノ丸の南西に位置する櫓で、平成26年に復元された櫓です。伝統工法によって建てられていて、構造体には釘などが使われていません。床板を張らず吹き抜け構造としているため、構造を見渡すことが出来ます。駿府城公園坤櫓
静岡のご当地グルメの代表的なもののひとつに『静岡おでん』があります。牛すじ、黒はんぺん、練り物、大根、卵など具材を全て串に刺し、色の黒いだし汁で煮込み、青のりや魚のだし粉をかけて食べるのがスタイルです。はじまりは大正時代のようですが、人気が高まったのは戦後のようです。おでん専門店も結構ありますが、居酒屋などでも静岡おでんを前面に押していました。美味しかったですよ(^^)静岡おでん
久能山の麓に広がる久能海岸です。逆光での撮影なので不思議な色合いだけど、逆にそれがいい感じです。久能海岸
朝、財布を持たずに外を歩いてたら、朝ご飯食べたくなったものの、財布がないから戻ろうかと思ったけと、携帯あるから目に入ったマクドナルドに入ってみました。ものすごく久し振りの朝マック。便利な世の中になったな〜って思いつつ、はっきりとした味付けで、目も冴えてきました。久し振りの朝マック
湧玉池(わくたまいけ)は、富士山本宮浅間大社の境内にある湧泉です。特別天然記念物に指定されており、平成の名水百選の1つでもあります。湧玉池の水源は富士山の伏流水で、年間を通してほとんど増減なく毎日約30万t湧き出ていて、水温は1年を通して13℃前後で安定している。一級河川神田川は、湧玉池を水源としています。古来より富士登拝の道者による禊の場とされています。湧玉池
お宮横丁内の「富士宮やきそばアンテナショップ」で、富士宮やきそばをいただきました。久しぶりにいただきましたが、美味しかったです。富士宮やきそばは、静岡県富士宮]のご当地グルメである焼きそばです。古くから当地で食べられてきた焼きそばに新たに「富士宮やきそば」と命名した名称です。B-1グランプリにおいて、第1回と第2回は第1位、第3回は特別賞となってて、B-1グランプリの象徴的な食べ物でもあります。富士宮やきそばの特徴として3つあげられています。1.富士宮やきそば専用の麺を使用する。富士宮やきそば学会は「マルモ食品」「曽我めん」「叶屋」「さのめん(旧木下製麺所)」の麺を指定麺としている。2.油かす(富士宮では「肉かす」と呼ぶ)を使用する。3.仕上げに削り粉をふりかける。富士宮やきそば
坂茂さんが設計された「静岡県富士山世界遺産センター」を見学するため静岡県富士宮市に行ってみました。建物については、写真を整理した後、改めてブログでふれようと思いますが、今日は建物屋上から見た富士山です。少し冠雪していました。この時期の富士山を見ることが初めてだったので、ちょっと新鮮な感覚でした。やっぱり、富士山は美しいです。富士宮市からの富士山
表面がメロンパンのようにカリッとしたクリームパンです。岡崎SA内のパン屋人気No.1だったので買ってみた。美味しい^^クリームパン
雄橋(おんばし)は、広島県庄原市の帝釈峡内にある天然橋です。比婆道後帝釈国定公園の一角を担う景勝地で、天然記念物に指定されています。カルスト地形が帝釈川の浸食作用によって形成された石灰石の天然橋になります。もともとは鍾乳洞であったものが、地底川の侵食の進行によって洞門が大きくなったことで天井部分が落盤し、一部分が橋状に残ったものだと考えられています。帝釈峡雄橋
琴平町に鎮座する金刀比羅宮本宮本殿の前に建てられている神楽殿はラピュタのように空に浮かんでいるのです。下の写真は、参道階段から見上げたものになりますが、建物のほんの少しだけ地盤面に架かっていますが、ほとんどがはねだされたスラブの上に建っているのです。本宮に行かれる際に見てみてくださいね。天空の神楽殿
岡山県津山市山北の鶴山八幡宮本殿です。津山市内で重要文化財に指定されている中山造本殿の3棟のうちの一つです。祭神は譽田別尊、神功皇后、玉依姫で、旧社格は郷社です。もともとは、現在津山城となっている鶴山山上にありましたが、津山藩主として入府した森忠政により現在地に遷座しています。本殿は寛文9年(1669)にされています。美作総社宮と中山神社の本殿は、室町期に建てられていますが、鶴山八幡宮は江戸前期の建築なので、桃山期の影響もあり、彫刻に彩色が施されるなど、少し華美なものとなっています。鶴山八幡宮本殿
岡山県津山市一宮にある神社です。本殿は永禄2年(1559)尼子晴久による再建です。建物形式は津山地方に見られる中山造です。重要文化財に指定されています。中山神社本殿
岡山県津山市の美作総社宮は、美作国総社で、旧社格は県社です。本殿は、永禄5年(1562)毛利元就が戦勝の記念として再建したものです。江戸時代前期の明暦3年(1657)に津山藩主森長継により大改修が行われています。建物の形式・規模は、この地方独自の中山造で、桁行三間・梁間三間・一重入母屋造・妻入、向拝一間・向唐破風造、こけら葺です。重要文化財に指定されています。美作総社宮本殿
衆楽園は、津山藩2代藩主・森長継が京都から作庭師を招いて造営された廻遊式庭園です。京都御苑内にある仙洞御所を模して造られてて、四季を通じて景観美を楽しむことができるよう趣向をこらしています。「旧津山藩別邸庭園(衆楽園)」として国の名勝に指定されています。衆楽園
津山の伝建地区(城東)内に店を構えている『津山城東とうふ茶屋早瀬豆富店』で、「豆乳おうどん御膳」をいただきました。豆腐づくめの御膳で、とても美味しかったです。香川にもこういったお店があるといいのだけど。豆乳おうどん御膳
地域のアートの発信基地として公開されている『PORTART&DESIGNTSUYAMA』は、妹尾銀行林田支店としてつかわれていた建物です。津山市が建物の保存を目的に譲り受け、昭和52年(1975)津山洋学資料館として整備・活用され、平成4年(1992年)には市指定重要文化財に指定されています。平成21年(2009)に津山洋学資料館が新築移転したことにより、休館してましたが、平成30年(2018)、アートギャラリー「PORTART&DESIGNTSUYAMA」としてオープンしています。和風の銀行建築って結構珍しいような気がします。建物が建てられたのは、大正9年(1920)です。PORTART&DESIGNTSUYAMA
一瞬、だれか木にもたれかけてるのかと思いました。。。が、彫刻展の作品の一つでした。野外彫刻展にて
徳島城内を散策してるとき、ちょうど野外彫刻展が開催されていました。30点ほど展示されていました。第61回と表示されてたので、かなり歴史のある彫刻展なんですね。香川県の作家さんも出展していたようです。徳島彫刻集団野外彫刻展
従来の銀行業務だけでは生き残れなくなってきた時代、新たに銀行と地域との関係性を模索することからスタートし、令和元年(2019)に竣工した「阿波銀行本店営業部」です。市民ギャラリーなどパブリックスペースも設けられてて、観光客も気軽に立ち寄れるようになってます。阿波銀行本店営業部
阿波おどりの高張り提灯をモチーフした逆台形状の形をした『阿波おどり会館』は、平成11年(1999)に開館した建物です。年間を通じて阿波おどりを楽しむことが出来るようです。5階は、眉山ロープウェイの山麓駅になっています。阿波おどり会館
イボダイは、徳島では「ぼうぜ」と呼ばれています。ぼうぜの姿寿司は、徳島の郷土料理で、今が旬のようです。ただ、ビジュアルがどうもなじめなくて、二の足を踏んでいたのですが、勝浦町の「JA東とくしまよってネ市」に立ち寄った時に、にぎりがあったので購入してみました。下の写真の右端が「ぼうぜ」になります。結構肉厚で、かなり強めの酢で締められていましたが、美味しかったです。ぼうぜ
徳島市内でランチするなら、徳島ラーメンだと思い、JR徳島駅近くの『萬里』に行ってみました。とてもオーソドックスな、ザ・徳島ラーメンという一品でした。少し塩味があるスープに甘みのある肉が絶妙に絡んできます。美味しかったです。中華そば萬里
徳島県徳島市東船場町一丁目に建つ『国際東船場113ビル』は、国の有形文化財に登録されている建物です。昭和7年(1932)の竣工になります。鉄筋コンクリート造3階建てので、昭和20年(1945)徳島大空襲の際にも焼失しなかった建物でもあります。国際東船場113ビル
徳島市内新町川にかかる両国橋のモニュメント。徳島だとやっぱ阿波踊りなんですよね。徳島市街の風景
着々と進行している『新香川県立体育館』。予定通り完成するといいのですが。新県立体育館
「ブログリーダー」を活用して、おさかなさんをフォローしませんか?
鹿児島県霧島市の『JR肥薩線大隅横川駅駅舎』です。国登録の有形文化財で現役で使用されている駅舎です。明治36年(1903)に建てられ、木造平屋建で桁行18m、梁間8m規模の建物です。訪問当日は雨でしたが、雨の中の建物も趣があって雰囲気がありました。JR肥薩線大隅横川駅駅舎所在地:鹿児島県霧島市横川町中ノ39-1JR肥薩線大隅横川駅駅舎
鹿児島市有村町(桜島)にある桜島南岳を望む展望所『有村溶岩展望所』から見た開聞岳です。薩摩富士とも呼ばれているように、とても整った円錐形の山です。標高は924mです。鹿児島滞在中は霞んでることが多かったですが、偶然にも綺麗に見えてたのでパチリとしてみました。もちろん桜島の北岳・南岳も綺麗に見えてましたので、そちらの方はまた後日ということで。有村溶岩展望所から見た開聞岳
鹿児島市金生町に建つ『山形屋』です。山形屋の創業者である源衛門は、山形県庄内地方で生まれ、ベニバナ取引から商いの道に入ったそうです。その後、呉服の商いも加え、北前船で上方との行商も行いようになりました。そんな中、薩摩藩主・島津重豪が、商業振興のため日本各地から商人を招き入れてることを知り、一家を挙げて薩摩へ移住し、金生町にて呉服商である山形屋を創業しました。現在見えている建物は、昭和7年(1932)に建てられたもので、地下1階地上7階になります。その存在感は際立っていて、まちのビューポイントとなっています。山形屋所在地:鹿児島県鹿児島市金生町3-1山形屋
鹿児島県霧島市霧島田口に鎮座する霧島神宮は、天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊を主祭神とする神社です。延喜式内社の論社で、旧社格は官幣大社になります。欽明天皇の時代に創建されたと伝えられています。高千穂峰が天孫降臨の伝承地とされている事から、現在は日向三代にまつわる神々が祀られているが、元々は高千穂峰そのものを信仰の対象とする山岳信仰から始まった神社ではないかと考えられています。現在の社殿は、正徳5年(1715)に島津吉貴により再建した物になります。本殿・幣殿・拝殿は一棟となっており、鹿児島県唯一の国宝建築でもあります。手前に登廊下・勅使殿が建っています。こちらは重要文化財に指定されています。一般参拝者は、勅使殿からの参拝となります。正面手前が勅使殿、背後に見える屋根が本殿・幣殿・拝殿左より勅使殿、登廊下屋...霧島神宮
霧島連山の北、栗野岳の標高700mくらいに位置する『霧島アートの森』に行ってみました。霧島の自然の中にアート作品を展示している野外美術館になります。作品は草間彌生さんをはじめ国内外の作家たちの作品が点在しています。美術館の入口も兼ねている『アートホール』は、早川邦彦建築研究室・早川邦彦氏による設計です。下の写真は野外展示スペースから撮影したもので、アルミに覆われた直方体の外観は、1つのアート作品のような存在感があります。浮遊感のあるデザインは近未来の宇宙船を想像してしまいました。霧島アートの森所在地:鹿児島県姶良郡湧水町木場6340−220霧島アートの森
木曽駒ヶ岳での山歩きのスタートは、駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅からとなります。この駅は日本で一番高所にある駅だそうです。建物から外に出ると、見事な絶景が広がっています。この風景を見るだけでも来る価値があると思いました。山歩きは前面に見える壁のような斜面を登るのですが、綺麗な風景を見ながらの山歩きは楽しいものでした。千畳敷カール
木曽駒ヶ岳を歩いてるとき、ライチョウに出会いました。実は、ライチョウに出会ったのは初めてだったので、テンション上がってしまいました。ライチョウは鳥綱キジ目キジ科ライチョウ属に分類される鳥になります。キジ目キジ科ということもあって、なんとなくフォルムはキジに近いな~って思いました。久し振りの山歩きで、結構疲れてましたが、ライチョウ見て元気が出て、無事予定通りのコースを散策できました。ライチョウ
「茨木隠れキリシタンの里」を散策してるとき、古民家カフェの看板が目に入ったので、立ち寄ってみました。イタリアンのアートカフェでした。パスタとピザのどちらにしようか迷いましたが、ピザにしてみました。もちもちっとした生地に夏野菜がたくさんのっててとても美味しかったです。建物内部は、お洒落な空間にアレンジされてて、なかなか良かったですよ。THEFORESTOFARTS-M'sCafe-大阪府茨木市千提寺249M'sCafe
大阪府茨木市の千提寺地区は、キリシタン大名であった高山右近の領地でした。江戸期に入りキリスト教が禁教となってからも密かに信仰は守られていたそうです。明治に入り、キリスト教の禁教が解かれると、徐々に信仰が守られていたことが表に出てきたようです。千提寺地区の隠れキリシタンが「発見」されたのは、明治20年頃のことだったそうです。千提寺地区は、大阪北部の山間地区になります。下の写真のようなのどかな雰囲気が漂う場所です。写真後方に見えている道は、新名神になります。坂道を登った先の「茨木市立キリシタン遺物史料館」では、信仰を守っていた家から発見された遺物の展示や、説明パネルで詳細を知ることが出来ます。集落の中には、高山右近の像やマリア像などが立っています。茨木隠れキリシタンの里
『カフェテリアコイノス』は、四国学院大学内の学生食堂です。唐揚げ定食をいただいてみました。学食なので、リーズナブルでよいですね~。カフェテリアコイノス
善通寺市文京町に位置する四国学院大学内の2号館は、旧陸軍第11師団の兵舎だった建物を使用しています。木造2階建てで、桁行58.5m、梁行15mの規模で、屋根は寄棟造の桟瓦葺となっています。国の有形文化財に登録されています。四国学院大学2号館
善通寺市の乃木神社は、香川県護国神社内に鎮座している神社です。名前のとおり、乃木希典が祭神となっています。善通寺市は明治31年に新設された陸軍第11師団のある地で、乃木希典はその初代師団長でした。乃木神社の本殿・拝殿は、国の有形文化財にも登録されています。拝殿は、屋根は銅板葺きで、正面に千鳥破風がのっています。神明造風で簡素な仕上げとなっています。本殿は、棟持柱を持つ三間社神明造で,柱は円柱,屋根は銅板葺となっています。乃木神社
好きな地元の風景って尋ねられると、いくつか頭の中に浮かんできます。瀬戸内海に架かる瀬戸大橋もその風景の一つです。なかでも斜張橋が一番好きです。いろんな角度から斜張橋を見ることが出来ますが、本島笠島地区から見る斜張橋もなかなかいいものです。梅雨が明けると、暑い夏がやってきますが、本島・笠島地区まで足を運んでみるのもよいかもですよ。本島からの斜張橋
善通寺市役所の横に建っている『旧善通寺偕行社』です。「偕行社」とは、明治10年(1877)に創立された陸軍将校の親睦及び学術研究を目的とする団体のことです。善通寺偕行社は、第十一師団の将校たちによって建てられたものです。現存するものは、旭川、弘前、金沢、舞鶴、岡山、善通寺の6か所になります。当ブログでも何回か登場していますが、いつもは正面の北側の姿をアップしていましたが、今回は南側の姿です。整然と並ぶ窓が印象的です。旧善通寺偕行社
「ひねぽん」とは、播州地方(兵庫県南西部)の名物おつまみです。炙ったひね鳥をポン酢で和えた料理になります。「ひね鳥」とは、卵を産まなくなった雌鶏で、いわゆる「親鳥」とカテゴライズされている鳥になります。飼育期間が長いので、肉質が固く、噛めば噛むほど味が出るのが特徴になります。ポン酢の酸味が加わることで、うまみがより一層引き出され癖になる味わいでした。ひねぽん
姫路市の郷土料理でもある「姫路おでん」は、生姜醤油をつけて食べるのが特徴です。一般的にはからしで食べる方が多いとは思います。わたしの生息地である讃岐は、味噌をつけてたべていますが。先日、姫路市で宿泊することになり、夜の食事の際に、その姫路おでんをいただきました。あっさりとした味付けでとても美味しかったです。ご当地グルメは、やっぱいいですね(^^)vさてさて、姫路おでんの発祥を調べてみると、登場した時期は不明のようです。昭和初期に姫路の浜手地域で生姜の生産が盛んだったことや、隣接する龍野市が醤油の産地であったことから、地域固有の食習慣になったのではないかと考えられています。戦中・戦後の食糧難の時代に煮込みすぎて味が抜けてしまったおでんに生姜醤油をかけるようになったという説や、大正末期創業の飲食店で生姜醤油味...姫路おでん
久し振りに明水亭に行ってみました。魅力的な特別メニューのなかで、なにを食べようかと悩んでしまいましたが『えびの素揚げと揚げ茄子のぶっかけ』をチョイス。エビがプリプリで、ぶっかけだしがしみた揚げ茄子がとてもいい。ほんと、美味しかったです。久し振りの明水亭
今回重要文化財へと答申された金刀比羅宮の社殿12棟のうちのひとつ『南渡殿』です。別宮と本宮を繋ぐ渡り廊下なのですが、下をくぐることが出来る高床式でとにかく長い。見ごたえのある建築物です。参拝された際に是非見学してみてください。金刀比羅宮南渡殿
昨日、香川県金刀比羅宮の社殿が重要文化財に指定するよう、文部科学相に答申されました。指定対象は12棟で、本宮と別宮は、拝殿・中殿・本殿の複合建築になります。多くの建物は明治期のものになります。階段が756段あって、登るのは結構大変ですが、是非、金刀比羅宮本殿まで足を運んで、社殿をじっくりと見学してみてください。金刀比羅宮本宮
高松市塩江町上西の山奥部に建つ民家を見る機会があり足を運んでみました。おそらく江戸後期の建物で、かなり興味深い建物でした。間取り的には、さぬき市の細川家住宅とよく似ていて、建築当初の状態がいまも残っていました。塩江町上西の風景
佐柳島の猫さんその3青い建物の前で佐柳島の猫の猫さんその3
佐柳島の猫さんその2です。連れだってお散歩。佐柳島の猫さんその2
佐柳島で出会った猫さん佐柳島の猫さん
佐柳島へは高見島経由となります。フェリーから撮影した高見島の風景です。高見島は10年くらい前に上陸しました。高見島
先日、空き家調査のため多度津町沖合の佐柳島に初上陸。多度津港から約50分、結構時間がかかりますが、船に乗るとなんかテンションが上がります。たどつ汽船
『倉敷らーめん升家』に行ってみました。人気No.1と表示されていた「倉敷煮干しらーめん」をいただきました。煮干しの風味がしっかりしつつも、くどさがなく、とても美味しいラーメンでした。倉敷らーめん升家
倉敷美観地区内に建つ「井上家住宅」です。重要文化財に指定されています。本町通に面して建っています。2階建ての町屋で、2階部分には7つの窓が設けられていますが、すべて土扉が付けられています。井上家住宅
倉敷市東町の風景です。先日紹介した本町の東に続く町です。短い通りではありますが、歴史的建造物が軒を連ねています。倉敷市東町の風景
倉敷市本町の風景です。本町は倉敷川沿いの美観地区の東側に位置する町です。美観地区より観光客が少ないですが、歴史的建物が建ち並ぶ風景はとても綺麗です。道幅も程よい広さなのが良いですね。倉敷市本町の風景
倉敷市川西町の「魚ゆう」に行ってみました。地元の食材を使った料理を楽しむことが出来る古民家居酒屋です。当日いただいたものを何点か掲載しますね刺身盛合せ牛すじ煮込み酢牡蛎魚のあら煮建物外観岡山県倉敷市川西町6−1魚ゆう
今年も初詣は、善通寺市の善通寺に初詣にいきました。10年程前から金堂に参拝しています。それまでは御影堂だったのですが、行列が半端ないので時間がかかりすぎちゃいますから。下の写真は当日の風景です。写真左に行列が写っていますが、これは正面に見える金堂の行列ではなく、西院の御影堂の行列です。ここまで行列が続いているのを見た記憶がなく、ことしはかなりの人出があったのだろうと思います。初詣
新年二日続けて。。。大きな出来事がおきました。今日は、羽田空港にて旅客機と海上保安庁の輸送機が接触し炎上しました。旅客機の乗客乗員は全員避難できたようですが、輸送機の方は5名の方が亡くなられたようです。輸送機は、北陸の被災地に物資を輸送していたそうです。波乱の2024年になっています。連日の。。。
2024年の幕開けいきなり大きな災害。地震災害はいきなりやってくるものだから、避けることが難しい災害です。同時に津波も発生し、被災地は大混乱だったと思います。震度分布をみると、香川県も震度2・3と表示されていましたが、体に感じることはなかったような気がします。今日は一年の中でも一番リラックスしてる日なので、ほんとビックリされたのだろうと思います。時間経過とともに被災状況も判明していくのだろうとは思いますが、ひどい状況にならないことを願います。新年いきなり
2023年もあと1時間程です。今年も一年間ブログにお付き合いいただきありがとうございました。来年も引き続きごひいきによろしくお願いいたします。2023年
2023年を振り返って7月編です。7月は県外に出る機会が多くあり、広島県の三次市・庄原市、京都府京都市、兵庫県明石市、奈良県生駒市に出かけてきました。三次市は2回目の訪問で、庄原市は初訪問でした。京都市では丁度祇園祭りが開催されてて熱気の一端を感じることが出来ました。明石市では玉子焼きも堪能できました。奈良では近代建築を堪能してきました。2023年を振り返って7月
2023年を振り返って6月編です。6月は5月に続いて大阪に出かけてきました。6月は天満界隈を散策。大阪天満宮に立ち寄ってみました。大阪天満宮は、祭神は菅原道真公、大阪市民からは「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれている神社です。2023年を振り返って6月
2023年を振り返って5月編です。大阪府に足を運びました。大阪市北区の中之島界隈を街歩きしてみました。2023年を振り返って5月
2023年を振り返って4月編です。広島県に足を運びました。訪問先は東広島市と竹原市です。東広島市では西条の酒蔵通り、竹原市では伝建地区を散策してみました。西条は4回目、竹原は2回目の訪問でした。2003年を振り返って4月
2023年を振り返って3月編です。3月は2019年以来の東京でした。赤坂迎賓館に行ってみました。迎賓館は初訪問でした。2023年を振り返って3月
2023年を振り返って2月編です。2月は、1月に続いての岡山県に訪問しました。場所は倉敷市でした。倉敷駅周辺のライトアップと美観地区周辺の街歩き。総社市・倉敷市玉島地区にも足を運んでみました。2023年を振り返って2月