中原中也ファンのブログです。
およそ80年前の東京の街を孤独な魂は歩いた。その日の魂に見合う詩(うた)を探して…。その歌は2013年の今、数々の文庫として書店の棚にある。ポケットに歌を! さあ、中原中也の魂と会いに出かけよう!
悲しき朝 河瀬(かわせ)の音が山に来る、春の光は、石のようだ。筧(かけい)の水は、物語る白髪(しらが)の嫗(おうな)にさも肖(に)てる。 雲母(うんも)の口して歌ったよ、背ろに倒れ、歌ったよ、心は涸(か)れて皺枯(しわが)れて、巌(いわお)の上の、綱渡り。 知れざる炎、空にゆ...
春の夜 燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに 一枝(ひとえだ)の花、桃色の花。 月光うけて失神し 庭の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。 ああこともなしこともなし 樹々(きぎ)よはにかみ立ちまわれ。 このすずろなる物の音(ね)に 希望はあらず、さてはまた、懺...
春の日の夕暮 トタンがセンベイ食べて春の日の夕暮は穏かですアンダースローされた灰が蒼ざめて春の日の夕暮は静かです 吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまいただただ月の光のヌメランとするままに従順なのは 春の日の夕暮か ポトホトと野の...
(短歌五首) ゆうべゆうべ我が家恋しくおもゆなり 草葉ゆすりて木枯の吹く 小田の水沈む夕陽にきららめく きららめきつつ沈みゆくなり 沈みゆく夕陽いとしも海の果て かがやきまさり沈みゆくかも 町々は夕陽を浴びて金の色 きさらぎ二月冷たい金なり 母君よ涙のごいて見給えな ...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション52/夏の夜の博覧会はかなしからずや
夏の夜の博覧会はかなしからずや 夏の夜の、博覧会は、哀しからずや雨ちょと降りて、やがてもあがりぬ夏の夜の、博覧会は、哀しからずや 女房買物をなす間、かなしからずや象の前に余と坊やとはいぬ二人蹲(しゃが)んでいぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ 三人博覧会を出でぬかなしからずや不...
(秋が来た) 秋が来た。また公園の竝木路(なみきみち)は、すっかり落葉で蔽(おお)われて、その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。 それは泣きやめた女の顔、ワットマンに描かれた淡彩、裏ッ側は湿っているのに表面はサラッと乾いて、 細かな砂粒をうっすらと附けまるであえかな心でも持...
初恋集 むつよ あなたは僕より年が一つ上であなたは何かと姉さんぶるのでしたが実は僕のほうがしっかりしてると僕は思っていたのでした ほんに、思えば幼い恋でした僕が十三で、あなたが十四だった。その後、あなたは、僕を去ったが僕は何時まで、あなたを思っていた…… それから暫(しば...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション49/(一本の藁は畦の枯草の間に挟って)
(一本の藁は畦の枯草の間に挟って) 一本の藁(わら)は畦(あぜ)の枯草の間に挟(ささ)ってひねもす陽を浴びぬくもっていたひねもす空吹く風の余勢に時偶(ときたま)首上げあたりを見ていた 私は刈田の堆藁(としゃく)に凭(もた)れてひねもす空に凧(たこ)を揚げてたひねもす糸を繰り乍(なが...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション48/(なんにも書かなかったら)
(なんにも書かなかったら) なんにも書かなかったらみんな書いたことになった 覚悟を定めてみれば、此の世は平明なものだった 夕陽に向って、野原に立っていた。 まぶしくなると、また歩み出した。 何をくよくよ、川端やなぎ、だ…… 土手の柳を、見て暮らせ、よだ ...
蝉 蝉(せみ)が鳴いている、蝉が鳴いている蝉が鳴いているほかになんにもない!うつらうつらと僕はする……風もある……松林を透いて空が見えるうつらうつらと僕はする。 『いいや、そうじゃない、そうじゃない!』と彼が云(い)う『ちがっているよ』と僕がいう『いいや、いいや!』と彼が云う...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション46/(とにもかくにも春である)
(とにもかくにも春である) ▲ 此(こ)の年、三原山に、自殺する者多かりき。 とにもかくにも春である、帝都は省線電車の上から見ると、トタン屋根と桜花(さくらばな)とのチャンポンである。花曇りの空は、その上にひろがって、何もかも、睡(ねむ)がっている。誰ももう、悩...
小 景 河の水は濁(にご)って夕陽を映して錆色(さびいろ)をしている。荷足(にたり)はしずしずとやって来る。竿(さお)さしてやって来る。その船頭(せんどう)の足の皮は、乾いた舟板の上を往(い)ったり来たりする。 荷足はしずしずと下ってゆく。竿さして下ってゆく。船頭は時偶(ときた...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション44/脱毛の秋 Etudes
脱毛の秋 Etudes 1 それは冷たい。石のようだ過去を抱いている。力も入れないでむっちり緊(しま)っている。 捨てたんだ、多分は意志を。享受してるんだ、夜(よる)の空気を。流れ流れていてそれでもただ崩れないというだけなんだ。 脆(もろ)いんだ、密度は大であるのに。...
青木三造 序歌の一 こころまこともあらざりき不実というにもあらざりきゆらりゆらりとゆらゆれる海のふかみの海草(うみくさ)のおぼれおぼれて、溺れたることをもしらでゆらゆれて ゆうべとなれば夕凪(ゆうなぎ)のかすかに青き空慕(した)いゆらりゆらりとゆれてある海の真底の小暗きに...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション42/(吹く風を心の友と)
(吹く風を心の友と) 吹く風を心の友と口笛に心まぎらわし私がげんげ田を歩いていた十五の春は煙のように、野羊(やぎ)のように、パルプのように、 とんで行って、もう今頃は、どこか遠い別の世界で花咲いているであろうか耳を澄ますとげんげの色のようにはじらいながら遠くに聞こえる あれは...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション41/(孤児の肌に唾吐きかけて)
(孤児の肌に唾吐きかけて) 孤児の肌(はだえ)に唾(つば)吐きかけて、あとで泣いたるわたくしは滅法界(めっぽうかい)の大馬鹿者で、 今、夕陽のその中を断崖(きりぎし)に沿うて歩みゆき、声の限りに笑わんものと またも愚(おろ)かな願いを抱き あとで泣くかや、わが心。 (「...
いちじくの葉 いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、風に吹かれて隙間(すきま)より、空あらわれる美しい、前歯一本欠け落ちたおみなのように、姿勢よくゆうべの空に、立ちつくす ――わたくしは、がっかりとしてわたしの過去の ごちゃごちゃと積みかさなった思い出のほごすすべなく、いらだって...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション39/雪が降っている……
雪が降っている…… 雪が降っている、とおくを。雪が降っている、とおくを。捨てられた羊かなんぞのようにとおくを、雪が降っている、とおくを。たかい空から、とおくを、とおくをとおくを、お寺の屋根にも、それから、お寺の森にも、それから、たえまもなしに。空から、雪が降っ...
冷酷の歌 1 ああ、神よ、罪とは冷酷のことでございました。泣きわめいている心のそばで、買物を夢みているあの裕福な売笑婦達は、罪でございます、罪以外の何者でもございません。 そしてそれが恰度(ちょうど)私に似ております、貪婪(どんらん)の限りに夢をみながら一番分りのいい俗な瀟洒(...
詩人の嘆き 私の心よ怒るなよ、ほんとに燃えるは独りでだ、するとあとから何もかも、夕星(ゆうづつ)ばかりが見えてくる。 マダガスカルで出来たという、このまあ紙は夏の空、綺麗に笑ってそのあとで、ちっともこちらを見ないもの。 ああ喜びや悲しみや、みんな急いで逃げるもの。いろいろ...
処女詩集序 かつて私は一切の「立脚点」だった。かつて私は一切の解釈だった。 私は不思議な共通接線に額して倫理の最後の点をみた。 (ああ、それらの美しい論法の一つ一つをいかにいまここに想起したいことか!) ※ その日私はお道化(どけ)る子供だった。卑小な希望達の仲間となり馬...
夏の夜 一 暗い空に鉄橋が架(か)かって、男や女がその上を通る。その一人々々が夫々(それぞれ)の生計(なりわい)の形をみせて、みんな黙って頷(うなず)いて歩るく。 吊られている赤や緑の薄汚いランプは、空いっぱいの鈍い風があたる。それは心もなげに燈(とも)っているのだが、燃え尽...
無 題 緋(ひ)のいろに心はなごみ蠣殻(かきがら)の疲れ休まる 金色の胸綬(コルセット)して町を行く細き町行く 死の神の黒き涙腺(るいせん)美しき芥(あくた)もみたり 自らを恕(ゆる)す心の展(ひろが)りに女を据(す)えぬ 緋の色に心休まるあきらめの閃(ひらめ)きをみる...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション33/(秋の日を歩み疲れて)
(秋の日を歩み疲れて) 秋の日を歩み疲れて橋上を通りかかれば秋の草 金にねむりて草分ける 足音をみる 忍從(にんじゅう)の 君は默(もく)せしわれはまた 叫びもしたり川果(かわはて)の 灰に光りて感興(かんきょう)は 唾液(だえき)に消さる 人の呼気(こき) われもすいつつ...
幼き恋の回顧 幼き恋は燐寸(マッチ)の軸木(じくぎ)燃えてしまえばあるまいものを 寐覚(ねざ)めの囁(ささや)きは燃えた燐(りん)だったまた燃える時がありましょうか アルコールのような夕暮に二人は再びあいました――圧搾酸素(あっさくさんそ)でもてている恋とはどんなもので...
春の夕暮 塗板(トタン)がセンベイ食べて春の日の夕暮は静かです アンダースロウされた灰が蒼ざめて春の日の夕暮は穏(おだや)かです ああ、案山子はなきか――あるまい馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまいただただ青色の月の光のノメランとするままに従順なのは春の日の夕暮か ポトホトと...
初 夏 扇子と香水――君、新聞紙を絹風呂敷(きぬふろしき)には包みましたか夕の月に風が泳ぎますアメリカの国旗とソーダ水とが恋し始める頃ですね (「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。) ...
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