四季の動き、社会現象、国際関係、旅の話、読書の感想、歴史、ペット、芸術、スポーツまで幅広い分野をフォローするブログです。
自宅周辺には大雨を調整するための人工の調整池やけやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、2700回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。
2025年6月
2802 「人はやがて果てらん」 地方は犀星の「「帰去来」の姿に
夕方、散歩中に二重の虹が出た 「帰去来」という室生犀星(1889―1962)の詩がある。哀しい内容だ。「帰去来」は、中国の東晋(とうしん)・宋時代の詩人、陶淵明(とうえんめい、365―427)の有名な詩「帰去来辞」(ききょらいのじ)が由来で、官吏をやめて田園生活に始めようとする決意の言葉だといわれる。犀星は、それをもとに自身の思いを詩にしたのだ。現代の地方の実情を描いたような切なさが伝わる詩といえる。
ドイツの詩人で作家のゲーテ(1749~1832)は、アメリカを描いた短い詩を書いている。19世紀初めごろの、ヨーロッパに住む人たちの見方を代弁したような詩だ。アメリカに対する「希望」を感じさせる内容で、現在の姿とはかなり異なる印象だ。それから2世紀近く、アメリカは分断社会といわれ、トランプ旋風が吹き荒れ世界から奇異な目で見られる存在になりつつある。
白樺アジサイの道 新聞の朝刊に「米、イラン核施設空爆」という横書きの大見出しが躍っている。2025年6月23日。80年前のこの日、太平洋戦争・沖縄戦で日本軍の組織的戦闘が終わった。糸満市摩文仁の平和祈念公園では沖縄戦の戦没者追悼式があった。そこで祖母が沖縄戦で受けた苦しみをテーマにした「おばあちゃんの歌」という「平和の詩」が、小6の孫によって読まれた。私はこの時間帯、千葉県佐倉市の「宗吾霊堂」にいた。ここで、時代は変わっても庶民が苦しみを味わうことを考えていた。
大谷翔平の故郷岩手山の風景(盛岡市内にて) デッドボール(死球)は「アメリカ野球の文化」という言葉が目に付く。大リーグ(MLB)ドジャースとパドレスの4連戦で8つの死球があり、双方が故意だ、いや手元が狂っただけだと言い張っている。死球はけがを伴う危険な行為だ。それを許す土壌の先には戦争があるといっていい。危険な投球を許容するかのような「文化」という言葉を安易に使いたくない。
2798 第二次大戦終結80年の節目 フランクル『夜と霧』再読
フィンランド・ヘルシンキの街並み(記事とは関係ありません) 今年は第二次世界大戦が終結して80年の節目になる。戦後、世界の人々はこれで平和が戻るかと思ったはずだ。だが、その願いはかなわないまま21世紀も四半世紀を過ぎつつある。80年前、ナチス・ドイツのアウシュヴィッツから解放されたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』(霜山徳爾訳・みすず書房)には、死の恐怖の日を送って自由を取り戻した戸惑いと喜びが書かれている。今、世界は再び混迷と争いの渦中にある。こんな時こそ、フランクルの本を読み直したいと思う。
北海道の6月の風景(富良野にて) NHKの朝の連続ドラマ「あんぱん」で「柳絮」(春の季語)が舞っているシーンがあった。日中戦争の一場面として演出したのだろう。私が住む地域(関東南部)では柳絮を見ることはできない。だが、ボタン雪が舞うような映像を見ていたら、以前中国東北部で見た柳絮(ヤナギ科の植物が開花後綿毛のついた種を飛ばす現象)の幻想的風景を思い出した。
氷河が溶けて小さな湖が(ノルウェーにて) 梅雨をもたらしている梅雨前線が日本付近で消滅したと、気象予報士がテレビで話していた。そして、このところ梅雨明けしたような猛暑が続いている。私が住む関東地方で梅雨明けが早いと判断されたのは3年前の2022年で、気象庁は6月27日に梅雨明けを宣言した。結果的にはこれが修正されるのだが、当時のブログを読み返すと「何と6月なのにとため息が出ました。猛暑到来に半夏生の花も驚いているかもしれません」と書いていた。今年は梅雨の戻りがあるのだろうか。
以前、何回かに分けて「明日は明日の風が吹く」という言葉について、このブログで書いたことがある。できれば、楽しくおかしく日々を過ごしたい。だが、私自身だけでなく、世の中の動きを含め思い悩むことも少なくない。そんな時、「明日は明日の風が吹く」と言ってみる。島崎藤村も『千曲川旅情の歌』(2節)で、似たようなことを書いているではないか。
ネムノキは不思議な木です気温の微妙な変化を感じる植物なのでしょうか2度咲きは珍しくありません去年は何と3度咲きを見ました⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄名前の由来は眠る木です夜の闇が来ると葉が合わさるのですまるで眠るように見える就眠運動ですゆえに合歓木と名付けられました⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄夜、マメ科の植物は葉が閉じるのです花芽の形成を月の光などで阻害されないために葉から熱が逃げないようにあくまでも仮説で正解は分かりません⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄比叡山中で目に付くネムノキ延暦寺を目指す信者や千日回峰の行者をレース編みのような葉と薄い紅刷毛の…
トルコに「ナスレッディン・ホジャ」という人物を主人公にした民話がある。ホジャはトルコだけでなく中東一円で愛されている「笑い話」の主人公だ。伝説の人か実在したのかは分からない。ただその「小話集」は「トルコのイソップ童話」ともいわれ、笑いと皮肉に満ちていて、読むだけでストレスの解消になる。イスラエルとイランの武力衝突が世界の人々に危機感を抱かせている中、『赤松千里訳『ナスレッティン・ホジャ202小話集』(ORIENT)を開いた。
2792 今朝も聞こえた「ピース」の鳴き声 きな臭い世界の動きの中で
新聞の一面トップ。「イスラエルがイランの核施設を攻撃」という大見出しが躍っている。テレビは、イランがイスラエルに向けミサイル数百発を発射したというニュースを大々的に報じている。中東の軍事大国同士の武力による応酬。これ以上拡大しないことを世界の人々は願っているはずだ。早朝、物騒なニュースに接した後の散歩途中、野鳥の鳴き声を聞いた。この季節の「鳥の歌」である「ピース、ピース、ピース」だ。
2791 米騒動は「政災的」要因も 米の商品物化で大飢饉の歴史
梅雨に入りアジサイが美しい 米の価格が急騰ししかもスーパーから米がほとんど消え、「令和の米騒動」といわれる問題が起き、政府の備蓄米に消費者が列を作っている実態は、今年の十大ニュースになるだろう。凶作でもないのにこうした問題が起きた裏でうごめく存在があるに違いない。江戸時代、東北では何度か飢饉が起き、多くの人々が犠牲になった。実はこの飢饉も冷害という自然条件だけで起きたわけではなかった。現在の米騒動も、かつての東北の飢饉と共通する政治の失敗を感じざるを得ないのだ。
2790 『アンネ』の思いに寄り添う 83年前に日記が始まる
沖縄のサガリバナに似たギンバイカの花 『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクが父親から買ってもらった日記帳に初めて日記を書いたのは、13歳の誕生日である1942年6月12日、今から83年前のことだった。2年間に及ぶ隠れ家での生活。そこには思春期の少女の赤裸々な思いが書かれているのはよく知られている。世界は自国第一主義が横行し、強者と弱者が分断状況にある。そんな時だからこそ、強く生きたいというアンネの願いに寄り添いたいと思う。
2789 「天分があると思うとダメになる」 謙虚なルノアールの人生
花菖蒲が咲き誇った風景 「芸術家と言うものは、自分に天分があると思うと、だめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われるものだ」。フランスの印象派の画家、オーギュスト・ルノワールの言葉だ。巨匠という存在になっても、自分を謙虚に見つめる。こんな画家が私は好きだ。芸術家に限らず、「つけあがって」しまった人間が目立つ現代。よけい、ルノワールの姿勢が気になる。
花菖蒲の季節です 外来語で俳句の季語になった言葉もかなりある。その中で「麦酒・ビール」(ほかにも関連で黒ビール、生ビール、地ビール、ビアホール、ビアガーデン、缶ビールなどがある)は私の好きな季語の一つになる。中には日本酒を好み「ビールはどうも……」という人もいるようだが、飲み屋に入って「まずビール」という人が圧倒的に多いのではないか。
2787 歴史に「if」はないが…… エゴン・シーレとヒトラー
街中に清流が流れるチェスキークルムロフ(エゴン・シーレが一時住んだ) イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区での容赦ない攻撃ぶりを見て、イスラエルの大部分を占めるユダヤ人に対するナチスドイツのホロコーストを思い浮かべる。アドルフ・ヒトラー(1889—1945)によって、徹底した絶滅政策の対象になった人たち。それが今は逆の立場に立っているように見える。ヒトラーという一人の人間が世界に暗黒の歴史を作ったことは言うまでもない。歴史に「if」はないことを承知の上で、彼が別の道を歩んでいたならホロコーストもなかったし、現在のガザでの戦闘もなかったかもしれないと思ったりする。
2786 蘇る青春時代の別れ 『白い花の咲く頃』を聴く(郷愁シリーズ)
白い花のアジサイ 昔、何気なく聞き、あるいは鼻歌にした歌にはいい歌詞のものが少なくない。例えば、『日本の歌300』(講談社+α文庫)を開いてみると、「白い花の咲く頃」(作詞:寺尾智沙、作曲:田村しげる、唄:岡本敦郎)という歌があった。その歌い出しは「白い花が 咲いてた」だが、別れの寂しさを描いているものの歌詞を最後まで読んでも何の花かは出ていない。それがまた、この歌の魅力なのかもしれない。
ハルシャギクが美しい 「腐草為蛍」=腐草化(ふそうか)して蛍となる=は、草が腐って蛍になるという昔からの俗説だ。蛍のことを「くちくさ」と呼ぶのは、この説に基づくものだという。蛍を観察していると、たしかに水辺周辺の草の中から光を放ちながら蛍が出てくる。中国の古典にあった言葉が日本にも伝わり、今でも旧暦二十四節気の「芒種」の次候(七十二候の一つ)として、「腐草為蛍」(蛍が飛び交うころ)がある。今年は6月11日~6月15日に当たるそうだ。この時期は梅雨入りの季節でもある。
早くも咲き出したアメリカディゴの花 昔の覚え書きを見ていたら、クラシック音楽について書いてあるのが見つかった。ブルックナーやマーラー、ベートーヴェン、モーツァルトら有名作曲家に触れている。それは、私にとっての「音楽の風景」なのかもしれない。私はいい加減な音楽愛好者だが、クラシックのCDを集中的に集めた時期がある。以下の覚え書きは、そんなころに書いたものだ。
2783 傷つけ幸せにする単純な文法 言葉に関する11歳少年の名言
白百合が咲いた 「言葉ってものは/傷つけもするし幸せにもする/単純な文法です」。大岡信の「折々のうた三六五日』(岩波文庫)の今日6月5日分に、ブラジルのヴィニシウス・T・リベイロという11歳の少年のこの言葉が紹介されている。確かにその通りであり、最後の「単純な文法です」がいい。大岡は「11歳の少年がなんと切れ味のいい警句を吐くことか。小癪といいたいほどである」と書いている。こんな子どもがいることに私は頼もしさを覚える一方、大人として恥ずかしささえ感じてしまうのだ。
アジサイの季節になった 一枚の写真を見ると、複雑な思いになる。1984年6月、勤務していた通信社の中国取材班の一人として3週間にわたって中国各地を取材した。その最初の取材が人民大会堂で当時の中国副首相、李鵬(1928—2019)へのインタビューだった。日本に対する中国政府の見解を聞くのが目的のインタビューは約30分で、終わった後取材班と副首相は記念写真を撮影したのがそれである。それから4年後李鵬は首相となり、1989年6月3日夜から4日未明にかけて発生した第二次天安門事件の当事者になった。李鵬は最高指導者鄧小平(1904—1997)の指示のもと人民解放軍を出動させ、天安門広場に集まった学生・市…
高台から見たスロベニアのブレッド湖 スポーツに関する動きが大きなニュースになった。元横綱白鵬の宮城野親方(40)が9日付けで相撲協会を退職すること、プロ野球で戦後一番の人気選手で巨人の監督を務め、国民栄誉賞と文化勲章を受章した長嶋茂雄さんが今日3日、89歳で亡くなったことだ。2つのニュースに対し、驚きをもって受け止めた人は少なくないだろう。2人は、分野は違っても日本のスポーツ史に大きな足跡を残したといえる。
2780 味わいある窓から見た風景 絵と写真のセーヌとテカポ湖
ニュージーランド「善き羊飼いの教会」から見たテカポ湖 窓から見る外の景色は、なぜか味わいがある。「ピクチャーウィンドウ」(屋外の景色を絵画のように見立て、枠取りするように設けられた窓)という建築用語もある。以前、海外で窓から印象に残る風景を何度か見た記憶がある。フランスの画家、ピエール・ボナール(1867—1947)の《セーヌ川に面した窓(ヴェルノン)》も窓から見えるセーヌ川を描いた作品だ。大学の法学部を出て弁護士資格を持ちながら絵画の世界に入ったボナールは、日本美術に感化された画家だった。
2025年6月
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