(リスボン「発見のモニュメント」前広場の大理石製世界地図) ノーベル化学賞の受賞が決まった東京理科大名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)さんは、フランスのルイ・パスツール(1822―95)を尊敬しているという。パスツールといえば狂犬病やコレラなどのワクチン開発をした生化学者、細菌学者だ。子どもには優しい半面ドイツ嫌いの硬骨漢だったといわれ、人間的に魅力がある先人といえる。
四季の動き、社会現象、国際関係、旅の話、読書の感想、歴史、ペット、芸術、スポーツまで幅広い分野をフォローするブログです。
自宅周辺には大雨を調整するための人工の調整池やけやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、2700回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。
(リスボン「発見のモニュメント」前広場の大理石製世界地図) ノーベル化学賞の受賞が決まった東京理科大名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)さんは、フランスのルイ・パスツール(1822―95)を尊敬しているという。パスツールといえば狂犬病やコレラなどのワクチン開発をした生化学者、細菌学者だ。子どもには優しい半面ドイツ嫌いの硬骨漢だったといわれ、人間的に魅力がある先人といえる。
私は登山の趣味はない。学生時代、故郷福島の安達太良山(1700メートル)と磐梯山(1819メートル)を縦走したのが、唯一の登山の思い出だ。そんな私でも、時々深田久弥の名著『日本百名山』(新潮文庫)を取り出し、百名山の「誌上登山」を楽しんでいる。著者の深田が愛する山で突然死したのは、知る人ぞ知る話だ。その山は山梨の北杜市と甲斐市に属する茅ヶ岳(かやがたけ=1704メートル)だった。深田にとって、この山はどんな存在だったのだろう。
(お天道様に正々堂々顔を向けることができるのか) 81年前の1945(昭和20)年2月16日、福岡の刑務所で一人の若い詩人が獄死した。旧満州で生まれ日本の大学に留学中、朝鮮独立運動に関与したという治安維持法違反の容疑で逮捕、収監された尹東柱(ユン・ドンジュ)という27歳の青年だ。彼は『空と風と星と詩』という美しい詩を残していた。死を意識したその詩は、読む者の心を打つ。
(ススキノ向こうに美しい夕日。これが秋なのだ) 日本は四季がある国だ。最近の異常気象で季節の変化がおかしくなりつつある。それでもまだ、四季折々の自然の風景を楽しむことができる、この列島が私は好きだ。世界地図を見ると、日本と似ている地形の国が2つある。1つは中南米のキューバ、もう1つはオセアニアのニュージーランドだ。縦長に伸びている日本列島と同様なのがニュージーランドで、横に伸びているのがキューバ。かつて私が憧れていたのはニュージーランドだった。その理由がなぜなのか、思い出せない。四季があるせいかもしれない。
この風は光っているのか…… 石山の石より白し秋の風 松尾芭蕉の「おくのほそ道」の中の1句で、石川の那谷寺(なたでら)を訪れた時に作った。小松市にあるこの寺は、714(養老元)年創建といわれる高野山真言宗の古刹で、境内そばの岩山の洞窟の中に千手観音坐像があることで知られている。寺がある岩山に吹きつける秋の風を見て、芭蕉はこんな感懐が浮かんだのだろう。石よりも白い秋の風、とは……。
3192 使いたい言葉は「未来」 平家物語とアウシュヴィッツ
(遊歩道から見た朝焼け) 「未来」という言葉を聞いて、どんな印象を持つでしょう。過去、現在、未来。時の流れを3つに分け、まだ来ていない時間のことです。この3つであなたが好きなのはどれでしょうか。栄光の過去、懸命に生きる現在、夢のある未来……。戦争や災害が頻発する地球。本当に未来を信ずることができるのでしょうか。
誰にも心に焼き付いた写真があるだろう。私にとってその1枚は長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」だ。弟と見られる幼い子を背負った、10歳くらいのはだしの少年が火葬場の前で立ち尽くしている写真だ。この少年の写真入りカードをカトリックのローマ教皇庁が「戦争がもたらすもの」という言葉を添えて全世界の教会関係者に配り、核なき世界を訴えたのは2017年暮れのことだった。戦争の悲しみを訴えるこの写真が撮影されたのは、81年前の今頃と推定されている。核廃絶を訴え続ける日本被団協がノーベル平和賞を受賞したのは2024年。しかし、少年の身元は今も分からないままだ。 …………………………………………………………… …
3190 消すな!希望の灯 ノーベル平和賞ムラトフ氏の厳しい近況
(静かな雰囲気の北アルプスの山並み) 2021年のノーベル平和賞を受賞したのは、ロシアの独立系新聞の前編集長ドミトリー・ムラトフ氏とフィリピンの女性ジャーナリスト、マリア・レッサ氏(注)の2人だった。ムラトフ氏が受賞して間もない2022年2月、ロシアはウクライナに軍事侵攻し、ウクライナ戦争は今も続いている。その後、ムラトフ氏はどうしているだろうか。イギリスBBC放送のインタビューに対し、同氏はウクライナ戦争について「ロシアの勝利は決してあり得ない」と語っている。
3189 愛される発車メロディー 旅情かきたてる「乙女の祈り」
(発車メロディーが聞かれない無人駅 東海道新幹線などの主要駅で、ホームドア開閉の際に懐かしいメロディーが流れることを知っている人は多いだろう。「乙女の祈り」だ。娘たちが小さい頃、ピアノでよく弾いていた。私は日本のメロディーだと思っていたが、ポーランドの女性が作曲したという。専門家から「芸術的価値はない」と酷評されながら、日本を含め世界80カ国に広まったこのピアノ曲。誰にも愛される名曲なのかもしれない。
(日光白根山・五色沼) 「総合的に判断」という言葉の「総合的」とは、どんな意味なのだろう。個々の物を一つにまとめるさま、だそうだ。東大の新しい総長に選ばれたのは大学院・総合文化研究科の藤垣裕子教授(64)で、東大の総長に女性が就任するのは150年の歴史で初めてだそうだ。学内の投票では2番目、しかもトップの人より半分の得票しかなかったこの人が選ばれたのは「総合的判断」だという。私にはよく分からない。議論をリードした強い意見があったに違いない。
「ホームランでこれまでのベースボールを滅ぼした」といわれるのが、ベーブ・ルース(1895―1948)だ。ルースとは反対に安打を量産したタイ・カップ(1886―1961)が語った言葉だという。投手と打者の二刀流から超一流の打者として大リーグ史に名を残したルース。同様に二刀流を続けながら、けがに苦しむドジャースの大谷翔平。今季の本塁打は30本で、大リーグのレギュラーシーズンが終わった。大谷はポストシーズンを打者として送った後、来季も体と精神を酷使する限界に挑むのだろうか。
(霧のレインボーブリッジ) 10日ほど前の9月19日は、正岡子規(1867―1902)が亡くなって114年に当たる子規忌(糸瓜忌)だった。1902(明治35)年のこの日未明、子規は34年の生涯を閉じている。ロンドンに留学中だった夏目漱石(1867―1916)に親友の死の知らせが届いたのは、かなり時間が過ぎたころで、この年の12月1日に作った追悼の句を子規の弟子、高浜虚子宛てに送っている。それらの句は親友を失った漱石の喪失感の深さを表わしている。それほど漱石にとって、子規は大切な友だったといえる。
(クロアチアにて。厳重に管理されている) 「熊を殺すと雨が降る」という言い伝えがマタギの間にあったそうだ。山とのかかわりで生きている人たちを描いた、同名のタイトルのノンフィクション(サブタイトルは「失われてゆく山の民俗」ちくま文庫)で、内外の人々の暮らしぶりを取材している作家の遠藤ケイが書いている。山の神が怒って熊の血を洗い流すために雨を降らせる、という意味といわれている。熊が四季に関係なく人里に出没する現代、山の神の怒りがそれほど強いのだと思うほど、線状降水帯などによって大雨が多くなっている。あまりいい時代ではないと言わざるを得ない。
人は災害が起きるのを常に考えて、生活しているだろうか。そういう人はさほど多くはないはずだ。だが、大きな被害をもたらした大雨を3度経験し、日常的に天災を意識して生活することの大切さに気付いた人は多いだろう。正直に言うと、私もその一人である。
(中秋の名月前夜の月と風見鶏) 人の霊は水にも似たるかな。空より来たり、空へ昇る。再びくだっては大地にもどり、永久に変わりてやまず。 (ゲーテ「水上の精の歌」=高橋健二編訳『ゲーテ格言集」新潮文庫) 年々、友人、知人が旅立ち、寂しい思いが深くなる一方だ。同時に、これが人生だという諦念の中、ゲーテの詩に慰められている。
俳句の季語には、難しいものがある。例えば「鴈風呂」(がんぶろ)」は、青森県に伝わる雁に関する哀しい話が季語になっている。もう一つ、私にはなじみがない秋の季語がある。「猿酒」だ。猿はもともと顔が赤く酒を飲んでいるように思えるが、飲んでいるわけがない。それなのに、なぜこんな季語があるのだろう。猿には迷惑な言葉に違いない。
(台風一過の風景。調整池は水がいっぱい) 第81回国連総会が、日本時間の昨22日から28日までの日程で米ニューヨークの国連本部で始まった。来月24日は国連の日(国連デー)に当たり、影響力が弱くなっているように見える国連の活動に世界から関心が集まっている。そんな時、私はかつて高齢をおして国連で『鳥の歌』を演奏したスペインのチェリスト、パブロ・カザルス(1876―1973)のことを考える。
3180 何が「呪われた画家」なのか モディリアーニの壮絶な人生
(楚々としていてあまり目立たないノコンギク) 絵画史に残る作品を残しながら「呪われた画家」の一人というレッテルを貼られたのが、イタリアの画家、彫刻家アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(1884―1920)だ。貧窮の中、病に苦しみ、アルコールとドラッグに溺れ、35歳という若さでこの世を去ったモディリアーニ。細長い顔と卵形の頭部、青い目が特徴の肖像画は死後になって評判となり、100年以上を経た現代人にも安らぎを与えてくれている。今年は、俳優のジョニー・デップが監督を務めた映画『モディリアーニ!』が公開され話題になったばかりである。
(台風一過の空の向こうに……) 台風25号が日本の南海上を北上し、関東地方・房総半島に接近中だ。被害がないことを誰もが願っているはずだ。台風は日本列島に毎年やってくる歓迎されない熱帯性低気圧だ。児童文学者の小川未明は、台風をめぐる2人の少年をテーマにした短編を書いている。台風によって大きな災害が繰り返されているが、この短編は『台風の子』という、悲しくも夢のある物語だ。
(ボールはみんなを見ている) 銚子商業の野球部といえば、千葉県の高校野球の強豪といわれ、夏の甲子園大会で優勝したこともある。その全盛期に活躍した元球児がひっそりと旅立った。近所に住んでいたこの人は日光喬さん、享年88歳。1955(昭和30)年の卒業生で、私のラジオ体操仲間の一人だった。日光さんにとって野球の甲子園は遠い道だった。その後、鉄道という乗物を扱う仕事で、果てしない道のりの旅を続けた生涯だった。
3177 作曲家ヒンデミットめぐる人たち ナチスに追われても
マチィス・ゴートン・ナイトハルト(マティアス・グリューネヴァルト) リンカーン ホイットマン ルーズベルト ヒンデミット この5人は順にドイツの画家、アメリカ第16代大統領、アメリカの詩人、アメリカ第32代大統領、ドイツの作曲家だ。画家以外は歴史上よく知られた存在だ。この5人には意外なつながりがあった。その中心にいるのは、音楽の世界で生きた5人目のパウル・ヒンデミット(1895―1963)である。彼はナチス・ドイツのヒトラーに嫌われてドイツを去った多彩な音楽家、職人的で頑固な人だったという。いかにもドイツの音楽家らしい評価だ。
秋のそら碧きがはてに木犀の一老樹あり日は匂ふかな 曼珠沙華ひたくれなゐに咲き騒めく野を朗らかに秋の風ふく この2首の季節になった。金木犀の香りが庭から漂い、彼岸花が目に付き始めた。2つとも季節が夏から秋への移ろいを象徴するような花だといえる。この2首の作者は若山牧水だ。牧水は1928(昭和3)年9月17日に、43歳の若さで亡くなっている。既に98年が過ぎている。とはいえ、斎藤茂吉とともに短歌の世界では大きな存在といっていい。
(田沢湖と舟越保武作「たつこ像」) 〈だいたいお母さんてものはさ/しいん/としたとこがなくちゃいけないんだ〉名台詞を聴くものかな! ふりかえると/お下げとお河童と/二つのランドセルがゆれてゆく/落ち葉の道 お母さんだけとはかぎらない/人間は誰でも心の底に/しいんと静かな湖を持つべきなのだ 田沢湖のように深く青い湖を/かくし持っているひとは/話すとわかる 二言 三言で
(こんな街並みが普通だった) ポーランドの首都ワルシャワを「白い街」と表現したのは、2024年にノーベ文学賞を受賞した韓国の作家、韓江(ハン・ガン)だ。この街に一時住んだハン・ガンは『すべて白いものたち』(斎藤真理子訳・河出文庫)という「白いものを見た」65の小さな物語を書いている。第2次世界大戦でナチス・ドイツに対しレジスタンスが武装蜂起したワルシャワは82年前の今頃、激しい戦いが続いていた。その結果が「白い街」へと化してしまった。
3173 詩は祈りに通じる言葉 詩人が評価する岩手が生んだ2人の天才
(公園に円形に出たキノコ=注1) 今年は詩人で童話作家、宮沢賢治生誕130年だ。1896(明治29)年8月27日生まれで、1933(昭和8)年9月21日に亡くなっている。宮沢賢治といえば、その作品が多くの人に愛され、私の周囲にも賢治作品に心酔している友人、知人もいる。賢治を高く評価した芸術家も少なくない。その代表は、彫刻家で詩人の高村光太郎(1883―1956)といっていい。同じ詩人として光太郎は賢治ともう一人の岩手出身の歌人・詩人石川啄木(1886―1912)の2人に強く惹かれたようだ。
3172 子どもたちの潜在力を知った歳月 ブログ「20年の軌跡」
(輝く瞳のラオスの子どもたち) 私が書いているブログ『小径を行く』が、今日13日でスタートしてからちょうど20年になった。今回が3172本目で、振り返るとよく続いたものだと思う。書くという目標があったからこそ、継続できたのだ。この間のさまざまな出来事をアップしてきた。中でも2011年3月11日の東日本大震災は、私の生涯において特筆すべき大災害だった。この災害だけでなく、様々な話題を取り上げた。20年という歳月は、継続することの大事さを教えてくれたと思う。
(あの空の向こうに……) 元プロ野球選手で安打数が3085本という日本記録(イチローの4367本は日本と大リーグ合わせての記録、大リーグは3089本)を持つ、張本勲さんが9日亡くなった。86歳。「安打製造機」という異名を持ち、引退後はテレビ番組のスポーツコーナーで「喝」と「あっぱれ」で有名になった張本さん。生涯を野球に捧げた幸福な人生だったかもしれない。偶然、最後になったテレビ出演を見たが、こんなに早く旅立つとは……。(張本さん以外は敬称略)
(ややはかなげな虹=2024年2月19日の朝撮影) ヨーロッパでは「虹」は平和の象徴といわれる。イギリスの詩人、ワーズワース(1770―1850)は「空に虹が挙がるのを見る時 私の心は弾む」 という『虹』の詩を作っている。私も虹を見るとこの詩人と同様、心が弾む。残念ながら、今年はほとんど虹を見る機会がない。17世紀の画家ルーベンス(1557―1640)は何枚かの虹のある風景を描いた。その絵を見ると、明日への希望と平和を感じる。気ぜわしく鬱陶しい今の時代、そんな絵を見ることで心の平穏を保ちたいと思う。
(アフリカ地図と代表的風景=帝国書院『旅に出たくなる地図』より) 世界を旅してきた——。こう書くと、誰もがうらやましいと思うだろう。だが、私の旅のほとんどは、地図を見ながらの「想像の旅」なのである。そんな私にとって、今回の国連決議には考えさせられた。アフリカ大陸がグリーランドと同じように描かれていた地図は実際とは違っていて、別の実際通りの大きさを表記する図法を採用するというのだ。これにアメリカ一国だけが反対した。アフリカの人々を奴隷として過酷な労働をさせたアメリカ。世界地図の変更を迫る決議は、その負の歴史を思い起こすことなのかもしれない。
(クサギ=臭木。葉は独特のにおいがあるが、花は甘い香りがする) 「季節のうつりかわりに敏感なのは、植物では草、動物では虫、人間では独り者、旅人、貧乏人である(この点も、私は草や虫みたいな存在だ!)」 自由律俳句で知られる種田山頭火(1882―1940)は、随筆「草と虫とそして」の中で、こんなことを書いている。前日のブログで「9月は自然災害に要注意の季節」と書いた。一方、9月は季節の移行のころであり、秋の歌を聴きたくなる。中でも作曲家滝廉太郎(1879ー1903)が作詞作曲した『秋の月』はひと際心に沁みるのだ。
(ひっそりと咲くムラサキツユクサ) 雑節の「二百十日」(今年は9月1日)と「二百二十日」(同15日)と聞くと、台風や9月の嵐が来ることを意味して、農家にとって厄日といわれる。雑節は、二十四節気のほかに季節の移り変わりをより詳しくつかむために設けられた暦日だ。宮沢賢治の『風の又三郎』は、このころの季節をテーマにした童話だ。このところ台風や線状降水帯は季節に関係なく発生している。とはいえ、特に9月は自然災害に要注意の季節だといえる。
ぐずついた天気が続くという予報の夕方パソコンに向かっていてふと右側の窓を見たガラス越しに空が明るくなっていることに気づいた窓を開けた西の空だけでなく上天が茜色に染まっていた …………………………………………………………… 自転車に乗り調整池を見下ろす高台に行く時間は午後6時過ぎ9月は夕焼けが見事な季節だその始まりが雨の合間に展開していた郷愁という言葉が浮かぶ …………………………………………………………… 故郷のこの季節独り夕焼けのなか家路をたどる私がいた茜色の空が孤独な私を見守ってくれていた東北福島の小さな町くっきりとした四季がありいい人たちが住む故郷 ……………………………………………………
3164 どうするコンピュータの暴走 AI時代予測のダニエル・キイス
(秋の七草オミナエシの群生) 昨今はAIに関する話題、ニュースが新聞、テレビ、ネットに載らないことがない。開発に当たった人の中には、その危険性を指摘して開発の一時中止を訴える声もある。日本では学校教育にAIを学ぶ授業を増やすと報じられている。たまたまアメリカの作家、ダニエル・キイス(1926―2014)の『エルモにおまかせ』という短編のSF小説を読んだ。68年前に発表された、AI時代を予測するようなユーモラスな作品だ。
世界の人々が好む色は何だろう。共通するのは「青」らしい。心が落ち着くからなのだろうか。目の前で噴き上がる熱湯は灰色で、不気味さを感じる。例えば、これに黄色い色が付いていたら、かなり受け止め方も違うだろう、と変なことを考えてしまった。人間生活と色はかかわりが深い。黄色についての考察を読んで、そう思った。
3162 鈴を鳴らしながら集団登校 クマ出没情報下の子どもたち
(季節の移ろいを感じさせるナナカマドの実を) 「リン、リン、リン……」。朝、散歩をしていたら、澄んだ音が聞こえてきた。小学生の集団登校。みんなランドセルに鈴を付けている。それから金属性の音がする。秋田市内の風景だ。ランドセルについているのは、クマよけの鈴だった。立秋が過ぎ、処暑。今は季節に関係なく市街地にクマが出没するから、子どもたちにとって、この鈴は必需品なのだ。
大統領選に挑戦した際、トランプ米大統領は当初、泡沫候補扱いだった。だが、泡ではなくなり、2期目を務めている。だが、この人の言動を見ていると、やはり「泡沫」に過ぎないと思う。「あわ。あぶく。うたかた。みなわ」「はかない物のたとえ。『泡沫会社』『泡沫候補』(広辞苑)の後段に当たるのが、トランプ大統領だ。最近、ますます言動がおかしくなっている。この人が核のボタンを持っていることに肌寒い思いを持つのは、私だけではないようだ。
3160 香妃と鳥煮込みそば 絶世の美女探しに團伊玖磨の旅 ランキング参加中 社会
東京・六本木に「香妃園」という著名中華料理店がある。勤務先の通信社が虎ノ門のアメリカ大使館前にあった当時、昼食のため職場の何人かで20分近く歩いて、この店に何度も通ったことがある。頼むのは、みんな名物の「鶏煮込みそば」だった。この店の名前は伝説の美女「香妃」にちなんだものらしい。「香妃」に絡む悲話も伝わっており、そばは深い味といえる。
3159 どうした朝日のネパール災害報道 温暖化の警鐘は使命
新聞の購読数が減り続けている。かつて通信社(報道機関)にいた者として、寂しい思いになる。紙面構成は全国紙と地方紙によって違うし、本来は中立で公明正大なのだが、その社の姿勢によっても紙面の内容は変わる。それだけニュースの価値判断は難しいのだ。そうした背景は別にして、大ニュースの扱いはそう変わらず、一面に行くのが普通だ。だが29日の朝日朝刊を見て、驚いた。死者600人以上、行方不明2000人以上というネパール・中国国境の氷河崩壊による土石流発生の記事があまりにも地味な扱いなのだった。これを見て、私はこの新聞の覇気のなさ感じた。
3158 ネパールの大洪水と温暖化 氷河崩壊という人類への警鐘
(氷河が溶けて湖ができた=ノルウェーにて) ネパールと中国国境地帯で大規模な土石流が発生し、多くの被害が出ている。日本人家族5人の行方も不明のままだ。この原因は高山の氷河が崩壊し、それまで蓄積してできたダム(氷河湖)が一度の大量崩壊のため決壊、下流に鉄砲水状態となって流れたのではないか、という見方が強い。氷河の崩壊は世界各地で起きており、地球温暖化が深刻さを増していることを示している。今回の災害は、戦争に明け暮れる大国指導者に対する警鐘でもあるのだ。
3157 「生と死」と向き合った草間彌生 孤独な沈思からの創造
(青森県・十和田市現代美術館の草間の作品=愛はとこしえ十和田でうたう) 水玉と網目模様のモチーフで知られる前衛芸術家の草間彌生さんが亡くなった。97歳だった。「生と死」について向き合った作品が印象に残った。ご冥福をお祈りします。このブログでも草間さんを取り上げたことがある。草間さんを偲び、そのうち2本を再アップします。2017年と2010年のものです。
(夏の終わりの月) 時計は夜の7時半を回っている8月も終りに近づいたとはいえ猛烈な暑さが続いている自転車で人気のない調整池に向かう東の空に赤い月が昇っている明日は満月周囲は真っ暗だが空だけが明るい月に向かって私は祈るある優しくも厳しい先輩のことだ
(夕暮れ、鮮やかな東の空。月が昇ってきた) 「オルタンシア」というのは西洋アジサイのことで、「この花を見ていても萩原朔太郎の『こころ』(以前書いたブログ参照)という詩はよみがえってこない」と、文芸評論家の杉本秀太郎が『花ごよみ』(講談社学術文庫)で書いている。そうかもしれないと思う。だが、夏の終わり近くに、2度咲きの「墨田の花火」というガクアジサイを見ていると、朔太郎の心情が分かるような気がする。カナブンに葉を思い切り食べられたのだが、虫がいなくなると、葉が出て花も咲き出した。生命力の強さを感じて夏バテが吹き飛ぶような思いになった。
3154 世界遺産「ノルマンディー」の意味 82年前のパリ解放
(ヨーロッパの平和な日常風景) 奈良の「飛鳥・藤原の宮都」(橿原市、桜井市、明日香村)が今年7月、世界遺産に登録された。新しく登録された25件の中には、第2次世界大戦の欧州戦線・連合軍による「ノルマンディー上陸作戦」の「海岸群」が含まれている。全長80キロに及ぶこの海岸はナチス・ドイツ崩壊につながる「史上最大の作戦」の地であり、既に登録されている広島の「原爆ドーム」とともに「戦争の記憶を未来へ伝える場所」としての意味がある。
「風物詩」という言葉を聞くと、どんな印象を持つだろう。2つの使い方があり、1つは風景または季節をうたった詩で、もう1つは季節の感じをよく表す風習や事象のことである。近所の広場で続いている朝のラジオ体操。子どもたちの姿が見ることができるのは「夏の風物詩」だったといえる。昨日は処暑。子どもたちの夏休みも残り1週間となり、広場から姿が消えた。
3152 首相になった遅咲きのピアニスト 「あきらめないで」とパデレフスキ
(2度咲きのアメリカディゴ) 音楽に詳しい人にとっては常識かもしれない。高名なピアニストと知られたポーランド出身のイグナツィ・ヤン・パデレフスキ( 1860―1941)のことである。彼は第1次世界大戦後に発足したポーランド第二共和国の第2代首相を務めた政治家でもあった。しかも、ピアニストとしてのスタートは、天才たちとは違って「遅咲き」だった。今、世界の指導者たちを見ていると、芸術とは縁のない、無粋な顔がそろっているように見える。
(ひっそりと咲いているハナツクバネウツギ) 天の川小さくあれど志 天の川を見上げ、人は何を想うのだろう。昼は暑さが続いていても、夜になると少し涼しさを感じる。澄み切った夜空に、帯のように白々とかかる星の集まり。これからの季節が一番明るく、美しいという。明日へのほのかな希望を持って、夜空を見上げる人もいるのではないか。
3150 こまっちゃくれた少年と病弱の政治家 啄木と原敬の人間像
(さわやかに晴れた散歩道) 作家の野村胡堂(1882―1963)といえば、『銭形平次捕物控』で知られる。岩手県出身の新聞記者で、記者をやりながら作家を目指した人だ。クラシック音楽にも造詣が深く、出版社の編集者から出発し中国の古代の人物を描き続けている直木賞作家、宮城谷昌光と共通するものがある。岩手といえば宮沢賢治と大谷翔平を思い浮かべる人が多いかもしれない。野村はこの2人以外に、忘れてはならない2人を取り上げた随筆を書いている。そうだ、この人たちもいたのだ。
「天は二物を与えず」という慣用句がある。「天は一人の人間に、幾つもの美点を与えることがない」という意味だ。だが、世の中にはこうした常識からかけ離れた才能を発揮する人もいる。例えば、今月7日に93歳で亡くなった岸恵子さん(1932―2026)は、前半生は女優として活躍する一方、後半生は文筆家として優れた文章を書いた。女優仲間では沢村貞子、高峰秀子も岸さんと同様に冴えた文章を書いており、この人たちに天は二物を与えたといえる。
3148 「日本~中国~米国」のトライアングル メタセコイアの復活物語
(青空が似合うメタセコイア) 近所の公園に何本かの落葉針葉樹のメタセコイア(アケボノスギ)がある。秋の紅葉が一番だという人もいるが、私は今の時期、暑さに負けず真っ青な空に向かって青い葉を伸ばしている円錐形の姿が気に入っている。JRで2つ目の街には大きく成長したメタセコイア並木があり、風情がある街並みが見られ、たまに出かけていく。この木は「生きた化石」とも呼ばれ、現在は犬猿の仲になっている日本と中国、さらにアメリカの研究者らによって蘇った歴史がある。「平和のシンボル」的存在といっていいのかもしれない。
(いつもの散歩コースが霧で覆われた) つい先日、こんな経験をした。JRの駅前にあるスーパーから自宅に帰る際、車が通らない遊歩道を歩いた。約20分の距離だ。歩き始めたら、すぐ後から来た男性に追い越された。見たところ、40歳前後。左手でスーツケースを引き、右手に持ったスマホを見ながら歩いている。旅行帰りらしい。私は家の近くまでこの男性の後に続いた。彼はスマホを見続け、顔を上げないまま進んでいく。器用と言えば器用だ。反対側から来る人が避けて通っていた。歩きスマホをここまで徹底する人を見たのは初めてだ。彼は何を見ていたのだろう。
(線状降水帯が去った3日目の夕空) 若芝に散れば闘志の球は飛ぶ 夏の全国高校野球大会が開催されている甲子園球場。テレビに映し出される内野の黒い土と外野の青々とした芝。そのコントラストがとてもいい。この風景を見ると、晩夏なのだと私は勝手に思う。この夏もさまざまな災害が起きている。熊本県では大地震の再来、千葉県では線状降水帯の発生による大雨被害があったばかりだ。何となく元気がなくなる思いだが、球児たちと青い芝(実際には緑の芝)を見て力を振り絞っている人も少なくないのではないか。
(近所にアズマギクは見当たらなかった。写真はキク科のヘレニウム) 俳人で画家としても知られたのは江戸時代の与謝蕪村だ。俳句を毛嫌いしていた萩原朔太郎でさえ、蕪村の句は例外だと評価していた。蕪村は絵の才能も豊かで、その作品の多くが重要文化財に指定されている。明治時代、それまで埋もれていた蕪村の句を再評価したのが正岡子規だった。子規は絵も描いた。その一枚を親友の文豪、夏目漱石が保管し、子規の没後随筆を書いて偲んでいる。子規の命日、糸瓜忌はあと1カ月後の9月19日。残暑は続いているだろうか。
(水量がふだんの5倍程度に増えた調整池) 携帯電話の通知機能が突然鳴り出し、「レベル5の大雨特別警報が発令されました」という連絡が入ってきた。13日夜、私が住む千葉県内は線状降水帯が発生して、雷とともに大雨が降り続いた。通知は市役所からのもので、外を見るとこれまで見たことがないような激しい雨が降っていた。線状降水帯で大雨被害、といったニュースに接することが多くなった。それが身近に起きたことは、やはりショックだった。
3143 戦争に翻弄された音楽家たち 『運命』の名盤から除外されたカラヤン
(平和なヒマワリ畑の風景=千葉県市原市はちみつ牧場にて) 「非楽」という言葉があるそうだ。音楽は不要だという中国古代(春秋戦国時代)の思想家、墨子(ぼくし)の考え方だ。墨子の音楽嫌いのエピソードを、クラッシック愛好家の作家、宮城谷昌光氏が書いているのを見て、そんな人もいるのだと、妙に感心した。もう一つ、気づいたのは、かつて絶大な人気を誇った指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908―89)を嫌う人も少なくないということだ。
3142 パソコンで知った消息 詩人の父のシベリア抑留(さまざまな昭和史2)
(抑留された人々に、日本は遠かった) シベリアの捕虜収容所に送られて六十年も消息が分からなかった父親が突然パソコンの画面にカタカナで現れた帰還した一人がこつこつ調べた死者名簿の四万六千人の一人だった 私の知人で詩人、飯島正治さん(2010年9月死去、69歳)の「流氷」(詩集『朝の散歩』風心社)という詩の冒頭部分だ。
(北海道・網走湖に沈む夕陽) 聞きそびれし父母の満州盆の月 新聞にこんな句(朝日俳壇、8月2日。愛知県長久手市 佐藤昌江)が載っていた。かつて日本が建国した旧満州(中国東北部)をめぐっては、ソ連(ロシア)の侵攻以後、さまざまな悲劇が起きている。生きて日本に帰っても、だれもが辛い体験をしたはずだ。その体験を子や家族に何も語らぬまま亡くなった人たちも少なくない。この句はそれを物語る。一方重い口を開いた人もいる。
玫瑰(はまなす)や今も沖には未来あり 人間探求派の俳人といわれた中村草田男(本名、中村清一郎。1901―1983)の句だ。中村の成蹊学園時代の教え子で芥川賞を受賞した作家の高井有一(1932―2016)は、この句が好きだったそうだ。北海道が好きな私もこの句が気に入っている。何より、北海道の海辺でかぜにそよぎながら咲いているハマナスの風景は美しい。
(シンプルな知人の絵=ラジオ体操会場がモデル) 「春は名のみの風の寒さよ」という歌い出しの『早春賦』。替え歌にすれば「秋は名のみの今日の暑さよ」となるだろうか。今年の立秋は7日だった。少し涼しい日があったが、猛暑が戻り、巣ごもり状態が続いている。夏休みでも子どもたちの姿もあまり見ることがない。それでも夕方の散歩で小さな森からヒグラシの鳴き声が聞こえ、夏も終わりに近づきつつあることを感じるようになった。
(この雲の向こうに……) 「ソロモン」と聞くと、古代史に出てくる王のこと連想し、ロマンを感じる人もいるだろう。この王の名前が由来といわれるのが、日本から5500キロ離れたオセアニアのソロモン諸島(注1)だ。大小1000の島があり、6つの主要な島のうち最大の島がガダルカナル島だ。84年前の1942(昭和17)年8月7日、太平洋戦争の重要拠点だったこの島に米軍が上陸(注2)し、ミッドウェー海戦(同年6月)とともに日本の敗戦へとつながる転換点となった戦いが繰り広げられた悲劇の島である。かつてこの島に取材に行った私は、忘れることができない出来事に遭遇した。
(クロアチア・ダルマチア地方イグラネ村の美しいロザリオ教会) 原爆が人類に初めて投下されたのは、1945年8月6日の広島だった。この強力な武器は広島のおびただしい命を一瞬にして奪い、街は瓦礫と化した。日米の通信社はこの原爆投下を速報したのだろうか。手元にある資料を見ると、日本では「幻の第1報」となり、アメリカでは抽象的な第1報が流された。核が抑止力として幅をきかせている現代。悲劇が繰り返されることがないようにという願望を込めて、日米2つの動きを振り返った。
(この線路はどこまで続くのか) 戦後を代表する詩人といわれる谷川俊太郎。2011年3月11日の東日本大震災後、再読され、朗読が広まったのが「生きる」という詩だ。3・11以後も熊本地震と能登半島地震、さらに今回の最大震度7の熊本地震と、災害が多発する日本列島。「生きる」とはどういうことなのか、を問う谷川の詩は多くの人の共感を集めるのだろう。ふだんは何気なく日常を送っている身にとっても、この詩は自分の生き方を考えさせてくれる。
3135 胸をつく「自然は人間に冷淡なり」 百年前の芥川の言葉
(自然は美しい。だが…時には) 「自然は人間に冷淡なり」とは、芥川龍之介の言葉です。熊本大地震をはじめとする昨今の自然災害の多発は、この言葉が当たっているように思えてなりません。1923年9月1日に起きた関東大震災(M7.9)の後に発表した『大正十二年九月一日の大震に際して』という随筆の中で、自然に関しこのような印象を持っていることを述べたものです。熊本大地震から1週間。被災地は猛暑が続いています。被災者に対し、くれぐれも熱中症に気を付けてこの暑さを乗り切ってほしいと言葉を掛けたいと思います。
3134 鉄のカーテンからやってきた音楽家 アナログで聴くオイストラフ
手元に古い1枚のLPレコードがある。モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216/第5番 イ長調K.219「トルコ風」』の2曲が入っている、ダヴィド・オイストラフ(ヴァイオリン)指揮)/ベルリン・フィルハーモニー演奏の名盤(ビクター)だ。 20世紀の最も偉大なヴァイオリニストの一人といわれ、井上靖の小説のモデルにもなったオイストラフ(1908―1974)。かつては「ロシア(あるいはソ連)の」という冠が付いたが、現在は「ウクライナの」といった方がいいのかもしれない。複雑な国際関係を象徴した音楽家なのだ。
3133「呆れる」は使いたくない言葉 サッカー・FIFAの仰天構想とラフプレー
(青森港の夕暮れの風景) 「呆れる」という言葉は、だれでも使いたくなる時があるはずだ。本来は「意外なことがあって、どうしてよいかわからなくなる。途方にくれる」(広辞苑)という意味だ。しかし、現代では「(軽蔑・非難などの気持ちを含むことが多い)あまりにもひどいのに驚く。あっけにとられる」(同)の意味に使われる。日常的にそんなニュースが氾濫しているのが現代だ。例えば、サッカーの行き過ぎともいえる商業化の話題に私は呆れかえっている。いやはや、という言葉が口をつく。
日本人が好きな西洋人画家ランキング(朝日新聞のアンケート)のトップは、フランスの印象派クロード・モネ(1840―1926)だという。モネの《睡蓮》が、これまで見た絵の中で一番印象に残っているというのが大きな理由だ。部屋の8月のカレンダーは、モネの《舟遊び》(国立西洋美術館所蔵)という絵だ。2人の女性が川で小さな舟遊びをしている、涼しげな作品だ。猛暑の中この絵を見ていると、私まで川にいるような思いになり、涼を感じる。絵の力だろうか。
挫折と困難を乗り越えて唐(中国)から日本にやってきた僧といえば、奈良・唐招提寺を創建した鑑真(がんじん=688?— 763)だ。唐招提寺にある穏やかな鑑真和上坐像を思い出す度に、どんな時代にあっても人は平静さを失ってはならないことを教えられる。鑑真が日本の土になって1263年。気の遠くなるような長い年月が過ぎたが、鑑真の名は仏教史の中に大きな位置を占めていることは言うまでもない。今、世界も日本も不安定な時代になっている。そんな時だからこそ鑑真=不屈の魂を頭に描き、心を静める。 …………………………………………………………… 鑑真は聖武天皇の招きでやってきた。当時日本の仏教界は、戒律を正しく伝え…
3130 「負けるな」のメッセージ 宮沢賢治から熊本の人々へ
(熊本城 西大手門・元太鼓櫓) 10年前の4月大地震に見舞われた熊本で再び大地震どうして日本列島は地震が多いのか痛ましいニュースを見ながら嘆息した自然災害は人間の都合などお構いなしにやってくる31年前の阪神淡路大震災は寒い1月17日15年前の東日本大震災は3月11日被災地は震える寒さ2年前の能登半島地震は元日の夕方だった今度は酷暑の夏倒壊した建物に人が残っている避難所は停電でクーラーなしの過酷な炎暑
3129 安青錦の獅子奮迅の活躍 いつかは「巨人・大鵬・卵焼き」の存在に
(夏の日の午後。猛暑でも涼し気に見える) 「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が、昭和30年代の高度経済成長期に流行語になった。若い世代にはピンとこないかもしれないが、「ああ、そんな時代もあったな」と思い起こす人が少なくないだろう。「日本一を続けるプロ野球チーム=巨人、強くてまたも優勝の力士=大鵬、弁当・おかずの一番人気=卵焼き」を指した言葉だ。それほど、大相撲には大鵬(1940―2013)という強い横綱(第48代。優勝32回、6連覇2回、45連勝)がいた。時代は進み、ロシアに侵攻されたウクライナを離れ各界に入った安青錦は、頂点である横綱になり、大鵬のような流行語的存在になる日がくるだろうか。
ベストセラーを連発する作家の東野圭吾さんが亡くなった。病魔には勝てず、68歳という若さで旅立った。あれだけの作品を書いていれば、寝る時間も少なかったのではないかと思われる。へそ曲がりの私は、ベストセラーの本はほとんど読まない。東野さんの本で言えば、『クスノキの番人』と『さまよう刃』くらいしか読んでいない。ただ、東野さんの発想の鋭さ、社会の在り方を問う姿勢に脱帽した思いがある。東野さんの訃報に接し、追悼の意味を込めて2つのブログを再掲する。
3127 「一身二生」貫いた2人の先人 伊能忠敬と伊藤若冲の生き方
(佐原・小野川の川下り) 前回のブログで、現場主義を貫いた報道写真家ロバート・キャパのことを書いた。写真家、カメラマンなのだから、当然と言えば当然だ。現場主義といえば生涯で「四千万歩」を歩いた江戸時代の伊能忠敬(1745―1818)のことが頭に浮かぶ。49歳で隠居したあと全国を歩いて測量し、わが国初の実測日本地図作成につながる、現場主義を貫いた信念の人だった。第2の人生でも花を開かせた忠敬の生き方は、高齢化社会に生きる私たちの指標ともなるものだ。
(ひっそりと咲いているマルバハッカ=自然界は奥ゆかしい) 「戦争は激情の果てしない広がり」と指摘したのは、アメリカのノーベル文学賞受賞作家、ジョン・スタインベック(1902―1968)だ。『怒りの葡萄』や『エデンの東』という作品で知られ、戦場写真家として名を残したロバート・キャパ(1913―1954)の友人だった。「激情」は、理性では抑えることができない激しい感情、思慮分別を失うほどの感情の高ぶりのことを言う。この言葉はキャパの自伝の序文で、スタインベックが示した戦争に対する考え方だ。AIが入り込んだ現代の戦争はスタインベックの言葉を現代風に言い換えれば、「激情に科学を加えた、果てしない広がり…
(月山とニッコウキスゲの群生=6月板垣光昭さん撮影) 頂上は実に広々とした高原であった。小高い所に聖域月山神社があり、そこから南へ向かって、緩い大きな傾斜が気持ちよく伸び、岩と高山植物に敷きつめられている。頂上にはエーデルワイスが咲いている。(中略)あちこちに、大きな斜面が傾いている。そして広い谷には盛夏なお残雪があった。近年、月山が多くのスキーヤーを呼んでいるのも、この傾斜と雪に恵まれているからである。 深田久弥の名著『日本百名山』(新潮文庫)のなかの山形県・月山(標高1980メートル、山形県中央部の鶴岡市、西川町、大蔵村、庄内町にまたがる)についての記述だ。しかし、月山の自然環境の変化を調…
夏空へ雲のらくがき奔放に 富安風生の句の世界がラジオ体操をする私の頭の上に広がっていた。青空に映える白い雲、その造形美はまさに自由奔放だ。梅雨が明け、夏の空に浮かぶ雲は、日々異なる姿を見せてくれる。前回のブログと同じ雲の写真だ。一本の長い縄が東の空から西の空へと走っているように見える。夏の早朝に現れた飛行機雲だ。それは「らくがき」のようでもある。
夏の朝、上空に飛行機雲が。その下でラジオ体操。 ラジオ体操の帰り、毎日のように老犬に出会う。高齢になったためか、真っ直ぐ歩くことはできず、よろよろしながら懸命に歩こうとする姿は痛々しい。アメリカのスティーブン・フォスター(1826~1864)が作った『老犬トレイ』( Old Dog Tray=オールド・ドッグ・トレイ=津川主一日本語詞)という歌がある。この歌詞は、かつて犬を飼い、家族同様に暮らしていた10年前時代の懐かしい日々を思い出させてくれる。
(昨日のわが街の夕焼け) 片やICC(国際刑事裁判所・赤根智子所長=オランダハーグ)の解体を主張する国務長官、一方、同じ国の大都市ニューヨーク市長が、ICCから逮捕状が出ているイスラエル首相の逮捕を検討するというニュースが流れている。分断されたアメリカ社会を象徴する出来事といえる。その国の政治の在り方は、さまざまだ。しかしこのニュースは、国際正義とは何かと考えさせられる深刻さを伴っていると私は思う。
北海道の夏の風景 金持は涼しき家に住みにけり 1898(明治31)年、正岡子規31歳の時の句だ。子規は死病となった脊椎カリエスを既に発症し、根岸の子規庵で闘病生活に入っていた。当時、日本では扇風機は量産されず、貴重品だった。もちろん子規庵に文明の利器があるはずはなく、妹の律が使う団扇の風に涼を感じていたのだろうか。それにしても、この句は現代性を帯びていると、私は思う。
3120 「私の南極越冬隊員物語」 「今しかない 第13号』から(2)完
「今しかない 第13号』には、かつて日立製作所に勤務し、3度に渡って南極観測隊越冬隊員の体験をした多賀正昭さんの半生を紹介する漫画「我が人生行路 後悔せず」が掲載されている。この小冊子編集責任者、齋藤八重子さんの生きてきた道を『ゼロからの病院開業奮闘記』(第12号掲載)という漫画で描いた井谷真那(いたに・まな)さんの作品だ。今回は、この漫画(1回目)と、2人から寄せられたエッセー(要約)を中心に冊子の内容を掲載する。
3119 私の「故郷物語」 『今しかない 第13号』から(1)
人はそれぞれに故郷がある。東京で生まれ育ったので、故郷がないという人もいる。だが、それでも東京の街が故郷なのである。このブログで随時掲載している『今しかない』という小冊子が第13号を迎えた。埼玉県飯能市の飯能ケアセンター楠苑という老人福祉施設の「石楠花会」(齋藤八重子代表ら4人)が、施設の入所者や利用者、職員、地域の人たちの声を集めた手作りの冊子で、今回は「故郷の思い出」を特集した。その内容を2回に分けて紹介する。 …………………………………………………………… 「1、自然」 ☆鹿児島県のね、川で水泳ぎしたこと(入所者 段原フサ子) ☆畑仕事したことです。桑摘みをしたこと、じーばーが蚕さんやっ…
(ただ黙って見ていたい夕焼け) 各地で最高気温が30度を超える猛暑が続いている。そんな中で、騒がしいクマゼミの鳴き声が聞こえている。早い年は6月下旬から聞こえるが、今夏は例年並みか。それにしても、このセミの鳴き声は暑苦しい。これを聞く前に、ラジオ体操会場をやっている広場の後ろの公園の木にウグイスがやってきて、美しい声を聞かせてくれた。それに比べてうるさいセミも四季の風物詩であり、自然の生演奏だと思えば、暑苦しさも我慢である。
3117 トランプよ! 世界は広いのだ 牛乳が主食の人々もいる
(この風景を見て少しは涼しくなるでしょうか。スイス・高原鉄道) 私たちの主食と言われる米の価格が昨年来から高騰し、米離れの人も出ているそうだ。パンやうどんに切り替えたのだろうか。この地球には様々な人たちが住み、様々な物を食べている。特に主食の概念がない国もある。そんな中で牛乳を主食にしている珍しい種族がいる。「ところ変われば品変わる」(土地や環境が変われば風俗、習慣、価値観、食文化、言語も変わるという意味)であり、世界が広いことを物語っている。自分が王様と勘違いしているアメリカ大統領のトランプ氏が知ったら、何と言うだろうかと想像する。
北欧の夏の朝=霧のフィヨルドに浮かぶ小さな木舟 6~7月は昼の時間帯が長い。北欧では白夜の季節だ。そんなころを俳句の季語で「短夜」(みじかよ)や「明易し」(あけやすし)という。この時期になると、なぜか若い頃に乗った夜行列車のことを思い出す。同時に、鉄道大好き人間といわれたチェコ出身の作曲家アントニン・ドヴォルザーク(1841―1904)の交響曲第9番(新世界より)を聴きたくなる。
3115 世界遺産が持つ意味 「都の寺院」「美しい馬の国」「老いた峰」
カメラを構え、アンコールワットが朝日に照らされるのを待つ観光客たち アンコールワット、カッパドキア、マチュ・ピチュ……。この地名を聞くだけで、ロマンを感じる人は多いのではないか。自然、文化、複合(自然・文化)を含め世界遺産は数多い。このうちこの3つの世界遺産は、何度でも行きたいと思う魅力があるようだ。これらの遺産の名前の由来はどんなものなのだろう。
(オニユリの群生) 「ひどい時代に、ひどい国に生まれたものだ。もうあんな苦労はごめんだね」。かつて読んだノンフィクション作品の中に、こんな言葉が書かれていたことを記憶している。第2次世界大戦と戦後を生きた人の過酷な人生を凝縮した言葉だった。私の両親の時代の日本もそうだった。知人のエッセイに書かれた僧侶も、その一人だったかもしれない。
3113 3・11とベネズエラ地震乗り越えて 悲しみのドジャースバッテリー
(なだらかな月山の登山道) ベネズエラは昨年から今年にかけて国際ニュースに何度も扱われている。反政府活動家のノーベル平和賞受賞、アメリカによる現職大統領夫妻の身柄拘束、そして今度の大地震である。この国は試練に見舞われているようだ。大地震の被害は甚大で、国際社会からの支援が必要と言われている。家族が犠牲になったMLBドジャースの捕手もおり、東日本大震災で家族を失った佐々木朗希(25)と先日の試合でバッテリーを組んだ。同じ境遇の2人は、これからこのチームの柱になることができるだろうか。
(ヤマユリの花も満開になった) ミスタープロ野球といわれた長嶋茂雄が亡くなったのは2025年6月3日で、もう1年が過ぎた。ラジオ体操仲間の女性が長嶋と同じ千葉県立佐倉高校の同級生で、高校時代はそう目立つ生徒ではなかったと話していた。だが、プロ野球に身を投じた長嶋は記録より記憶に残るプロ野球史上一番の人気選手となり、巨人嫌いの人たちにも愛された。かつて長嶋は中国に野球指導(注)に出掛けたことがある。将来大谷翔平が同じようなことをやることは考えられず、日中関係が牧歌時代に戻ることは夢物語なのだろうか。
3111 ペーソスあふれた人生 川柳で描いた「来し方行く末」
(こんな空を見て人は何を思うのか) 不自由と自由をくれて逝った妻 さりげなくジョークにまかせ本音出す もう余生どこで打とうか句読点 川柳を趣味として続けている人生の大先輩の、最近の作品だ。川柳は人情・世相・風俗などを鋭くとらえた滑稽、風刺、機知に富んだ俳句と同じ形式(5・7・5)の短詩だ。この3つの川柳はペーソスにあふれた人生を描いたもので、大先輩の来し方行く末を表現している。
3110 戦火・瓦礫の街の再生に寄与 ベネチア出身の風景画家ベロット
(空襲には耐えても焼失したドレスデンの聖母教会。復活した街の象徴) ドイツ・ドレスデンは美しい街である。この街の歴史を振り返ると、独裁者の過ちによって深い傷を負ったことでも知られている。一枚の絵を見て私はそのことを強く感じ、街を再生させた市民の熱意に畏敬の念を抱いている。81年前、この街は連合軍の空襲でほぼ灰燼に帰した。今ではその惨禍を知るのが困難なほど、街はかつての整った姿に戻っている。だが同時に、広島、長崎を含め世界各地を巻き込んだ重い歴史が頭をよぎる。
「濁世」(だくせ、じょくせ)が続いている。こんな時、夏目漱石の『坊ちゃん』の中に出てくるセリフを吐きたくなる。「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」(9章=言葉の解釈は、下段のブログ参照)だ。今の世の中、この言葉に該当する人物が世界中にごろごろしているといっていい。だから、坊ちゃんのセリフとともに、つい柴又の寅さんのタンカを私も言ってしまいたくなる。
3108 レッドカードでも出場可の米選手 政治に利用されたFIFA
(こんな紫陽花もある) 日本列島の多くは梅雨が続いていて、鬱陶しい日々を送っている人が多い。爽やかさを求めたいが、そうはいかない。サッカーW杯に絡んでアメリカから伝わってきたニュースがさらに不快さを増している。何とFIFA(国際サッカー連盟)は、北中米大会決勝トーナメント1回戦でレッドカードを受け一発退場になったアメリカのFWバログンについて、処分を一時保留し2回戦ベルギー戦(日本時間7日)への出場が可能になったと発表したのだ。背後にはトランプ大統領の動きがあるとみられるが、W杯も政治に利用されたつまらない大会に落ちてしまったといえる。
(ネムノキの向こうに赤いランニングウェアのジョガーがかすかに見える) パリで40度、ニューヨークで42度を記録した、というニュースを見て梅雨明けの日本の猛暑は大丈夫かと、いまから不安になっている。沖縄、奄美を除き梅雨が続いている日本列島は今のところほとんど猛暑にはなっていない。しかし、夏本番を迎えると、欧米各地の騒ぎは対岸の火事ではなくなる可能性が強い。地球環境は確実に悪い方向へと変化を遂げているからだ。それなのに、政治家はこの問題に真剣に取り組んでいると思えない。いつかと言わず、既に人類の横暴に対する地球環境のしっぺ返しが始まっているというのに。
3106 使われなくなった言葉でも 芥川龍之介の友人付き合いに学ぶ
(ネムノキの向こうに真っすぐに伸びた葦=ヨシ) 最近、ほとんど使われない言葉がかなりある。「久闊(きゅうかつ)を叙する」と「麻の中の蓬」もその範疇に入るだろう。両方とも人との付き合い方に関する言葉だ。この2つに合う出来事や出会いがあることは、日常生活が明るくなるに違いない。円安、物価高騰という、庶民の生活に逆風が吹いている時代。ゴルフでいうアゲインスト(逆風)をフォロー(順風)に変えたいと願うこのごろだ。
3105 日本人はフェルメールが好き 意味深な絵とオランダの歴史
(かつてイザベラ・バードもこのような風景を見たかもしれない=山形の夕景・板垣光昭氏撮影) オランダの画家、ヨハネス・フェルメールは、日本人が好きな画家の5本の指に入るそうだ。フェルメールの作品で一番の人気は『真珠の耳飾りの少女』らしい。8月下旬から大阪中之島美術館 でこの絵の特別展の開催が予定されており、今から話題になっている。フェルメールといえば、私は都市景観図である『デルフトの眺望』が気に入っていて、写真を部屋に飾ってある。フェルメールには私が意味深と思う絵がある。オランダの歴史が込められた1枚だ。
(穂状のものが「半夏生」の花) 「はんげしょう」と聞いて、化粧の途中、まだ半分しか化粧していない意味だと思う人がいるかもしれない。あながち間違いではない。漢字では「半夏生」と書く。意味は2つあって、1つは時候のことで昨7月2日が七十二侯の「半夏生の日」だった。もう1つは植物のことをいう。水辺に群生するドクダミ化の多年草のことだ。初夏になると茎の先の葉2、3枚の表面が白くなり、これに向かい合って、10センチほどの穂状の花序を出し、白色の小さな花をつける。花の時期が終わると葉は緑に戻る性質があり、化粧して変化することに似ているため、かつて「半化粧」とも呼ばれたという。その楚々たる姿が好きだという人…
3103 「カボベルデ」への視線 アフリカの小さな島国とW杯
(ポルトガルの大航海時代の記念碑「発見のモニュメント」=リスボン) アフリカのカボベルデ(カーボベルデとも表記)という国を知っていた人はどれほどいるだろうか。この国のサッカー代表がW杯の決勝トーナメントに進出したと聞けば、ピンと来るかもしれない。私は今度のW杯のニュースで初めてこの国の存在を知った。同じような人は多いかもしれない。どんな国なのだろうか。このところ続けている「想像の旅」を再開してみよう。
群生したムラサキツメクサ 梅雨の時期を好きだという人はあまりいないだろう。雨は稲を始めとする農作物にとってとても大事な成長源であることは言うまでもない。ただ、この季節の特徴であるじめじめとして日照時間が少ない日が続くと、気持ちまで落ち込んでしまう。そんな時、室生犀星の詩集を開いたら「雨の詩」という、雨の日を描いた詩が目に付いた。雨の日、人は何を考えながら雨を見つめるのか。
紫陽花も今が旬 自然の風景は四季折々に変化する綺麗な風が吹いた6月も終りに近づいた朝自然界で生きる虫や鳥に出会った蝸牛(カタツムリ)~雉(キジ)~秋茜(アキアカネ)それぞれに自分の道を歩き翔んでいる7月はどんな風が吹くのか暑い風はどんな色たまには爽やかさが欲しいと樹々も言うもう今年も半年が過ぎるますます私は年老いて行く区切りの季節の7月がやってくる …………………………………………………………… どんよりとした空の下やや蒸し暑い蝸牛が地面を這っている道路の中央付近動いているかどうかほとんど分からない何処を目指しているのか殻から全身を出して踏ん張っているように見える2本の長い触角と小さな触角があ…
(晴耕雨読の人?=千葉県市原市の光徳寺にて) 歳時記を見ていたら、6月末から7月初めごろは1年で最も雨が降る時期と出ている。梅雨だから当たり前といえば当たり前だが、こうも雨が多くて太陽が顔を見せてくれない日が多いと、やはり憂鬱になる。そんな時には「晴耕雨読」を試してみると、意外なほどリラックスできて、心身のメンテナスによさそう、とも書かれていた。今の時期は読書が進むころなのだろう。だが、なかなかそうはいかないのが現実ではないだろうか。
3099 天気予報スタートの陰に軍艦沈没 クリミア戦争と暴風被害
(ネジバナ=ネジリバナとも。自然はこんなにも繊細だ。一方で狂暴化することもある) 8号と7号のダブル台風が関東地方に接近した。被害が少ないことを願うばかりである。台風といえば9月1日前後の210日、あるいはその後の220日ごろにやってくる、という言い伝えがあった。しかし最近はそうではなく、かなり早くから日本列島に襲来する。温暖化の影響なのだろうか。台風や暴風雨、ハリケーンが直撃し、人々の暮らしを破壊する例は昔から頻発している。その中でも、気象的に重要な位置付けを持つのはクリミア戦争だという。何があったのだろうか。
(谷川岳の風景2) 「昴」(すばる)と聞いて、人は何を連想するだろう。最近では人の名前にも使われてもいる。とはいえ、あの歌とともに星を思う人が多いだろう。歌は、2023年に旅立った谷村新司の名曲「昴 ―すばるー」。清少納言の『枕草子』にも「星はすばる」と、代表的な星として名前が出ている。響きからしてロマンがあり、この星の由来を聞くと今の時代にこそ大切にしたい名前だと、私は思う。
(リスボン「発見のモニュメント」前広場の大理石製世界地図) ノーベル化学賞の受賞が決まった東京理科大名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)さんは、フランスのルイ・パスツール(1822―95)を尊敬しているという。パスツールといえば狂犬病やコレラなどのワクチン開発をした生化学者、細菌学者だ。子どもには優しい半面ドイツ嫌いの硬骨漢だったといわれ、人間的に魅力がある先人といえる。
私は登山の趣味はない。学生時代、故郷福島の安達太良山(1700メートル)と磐梯山(1819メートル)を縦走したのが、唯一の登山の思い出だ。そんな私でも、時々深田久弥の名著『日本百名山』(新潮文庫)を取り出し、百名山の「誌上登山」を楽しんでいる。著者の深田が愛する山で突然死したのは、知る人ぞ知る話だ。その山は山梨の北杜市と甲斐市に属する茅ヶ岳(かやがたけ=1704メートル)だった。深田にとって、この山はどんな存在だったのだろう。
(お天道様に正々堂々顔を向けることができるのか) 81年前の1945(昭和20)年2月16日、福岡の刑務所で一人の若い詩人が獄死した。旧満州で生まれ日本の大学に留学中、朝鮮独立運動に関与したという治安維持法違反の容疑で逮捕、収監された尹東柱(ユン・ドンジュ)という27歳の青年だ。彼は『空と風と星と詩』という美しい詩を残していた。死を意識したその詩は、読む者の心を打つ。
(ススキノ向こうに美しい夕日。これが秋なのだ) 日本は四季がある国だ。最近の異常気象で季節の変化がおかしくなりつつある。それでもまだ、四季折々の自然の風景を楽しむことができる、この列島が私は好きだ。世界地図を見ると、日本と似ている地形の国が2つある。1つは中南米のキューバ、もう1つはオセアニアのニュージーランドだ。縦長に伸びている日本列島と同様なのがニュージーランドで、横に伸びているのがキューバ。かつて私が憧れていたのはニュージーランドだった。その理由がなぜなのか、思い出せない。四季があるせいかもしれない。
この風は光っているのか…… 石山の石より白し秋の風 松尾芭蕉の「おくのほそ道」の中の1句で、石川の那谷寺(なたでら)を訪れた時に作った。小松市にあるこの寺は、714(養老元)年創建といわれる高野山真言宗の古刹で、境内そばの岩山の洞窟の中に千手観音坐像があることで知られている。寺がある岩山に吹きつける秋の風を見て、芭蕉はこんな感懐が浮かんだのだろう。石よりも白い秋の風、とは……。
(遊歩道から見た朝焼け) 「未来」という言葉を聞いて、どんな印象を持つでしょう。過去、現在、未来。時の流れを3つに分け、まだ来ていない時間のことです。この3つであなたが好きなのはどれでしょうか。栄光の過去、懸命に生きる現在、夢のある未来……。戦争や災害が頻発する地球。本当に未来を信ずることができるのでしょうか。
誰にも心に焼き付いた写真があるだろう。私にとってその1枚は長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」だ。弟と見られる幼い子を背負った、10歳くらいのはだしの少年が火葬場の前で立ち尽くしている写真だ。この少年の写真入りカードをカトリックのローマ教皇庁が「戦争がもたらすもの」という言葉を添えて全世界の教会関係者に配り、核なき世界を訴えたのは2017年暮れのことだった。戦争の悲しみを訴えるこの写真が撮影されたのは、81年前の今頃と推定されている。核廃絶を訴え続ける日本被団協がノーベル平和賞を受賞したのは2024年。しかし、少年の身元は今も分からないままだ。 …………………………………………………………… …
(静かな雰囲気の北アルプスの山並み) 2021年のノーベル平和賞を受賞したのは、ロシアの独立系新聞の前編集長ドミトリー・ムラトフ氏とフィリピンの女性ジャーナリスト、マリア・レッサ氏(注)の2人だった。ムラトフ氏が受賞して間もない2022年2月、ロシアはウクライナに軍事侵攻し、ウクライナ戦争は今も続いている。その後、ムラトフ氏はどうしているだろうか。イギリスBBC放送のインタビューに対し、同氏はウクライナ戦争について「ロシアの勝利は決してあり得ない」と語っている。
(発車メロディーが聞かれない無人駅 東海道新幹線などの主要駅で、ホームドア開閉の際に懐かしいメロディーが流れることを知っている人は多いだろう。「乙女の祈り」だ。娘たちが小さい頃、ピアノでよく弾いていた。私は日本のメロディーだと思っていたが、ポーランドの女性が作曲したという。専門家から「芸術的価値はない」と酷評されながら、日本を含め世界80カ国に広まったこのピアノ曲。誰にも愛される名曲なのかもしれない。
(日光白根山・五色沼) 「総合的に判断」という言葉の「総合的」とは、どんな意味なのだろう。個々の物を一つにまとめるさま、だそうだ。東大の新しい総長に選ばれたのは大学院・総合文化研究科の藤垣裕子教授(64)で、東大の総長に女性が就任するのは150年の歴史で初めてだそうだ。学内の投票では2番目、しかもトップの人より半分の得票しかなかったこの人が選ばれたのは「総合的判断」だという。私にはよく分からない。議論をリードした強い意見があったに違いない。
「ホームランでこれまでのベースボールを滅ぼした」といわれるのが、ベーブ・ルース(1895―1948)だ。ルースとは反対に安打を量産したタイ・カップ(1886―1961)が語った言葉だという。投手と打者の二刀流から超一流の打者として大リーグ史に名を残したルース。同様に二刀流を続けながら、けがに苦しむドジャースの大谷翔平。今季の本塁打は30本で、大リーグのレギュラーシーズンが終わった。大谷はポストシーズンを打者として送った後、来季も体と精神を酷使する限界に挑むのだろうか。
(霧のレインボーブリッジ) 10日ほど前の9月19日は、正岡子規(1867―1902)が亡くなって114年に当たる子規忌(糸瓜忌)だった。1902(明治35)年のこの日未明、子規は34年の生涯を閉じている。ロンドンに留学中だった夏目漱石(1867―1916)に親友の死の知らせが届いたのは、かなり時間が過ぎたころで、この年の12月1日に作った追悼の句を子規の弟子、高浜虚子宛てに送っている。それらの句は親友を失った漱石の喪失感の深さを表わしている。それほど漱石にとって、子規は大切な友だったといえる。
(クロアチアにて。厳重に管理されている) 「熊を殺すと雨が降る」という言い伝えがマタギの間にあったそうだ。山とのかかわりで生きている人たちを描いた、同名のタイトルのノンフィクション(サブタイトルは「失われてゆく山の民俗」ちくま文庫)で、内外の人々の暮らしぶりを取材している作家の遠藤ケイが書いている。山の神が怒って熊の血を洗い流すために雨を降らせる、という意味といわれている。熊が四季に関係なく人里に出没する現代、山の神の怒りがそれほど強いのだと思うほど、線状降水帯などによって大雨が多くなっている。あまりいい時代ではないと言わざるを得ない。
人は災害が起きるのを常に考えて、生活しているだろうか。そういう人はさほど多くはないはずだ。だが、大きな被害をもたらした大雨を3度経験し、日常的に天災を意識して生活することの大切さに気付いた人は多いだろう。正直に言うと、私もその一人である。
(中秋の名月前夜の月と風見鶏) 人の霊は水にも似たるかな。空より来たり、空へ昇る。再びくだっては大地にもどり、永久に変わりてやまず。 (ゲーテ「水上の精の歌」=高橋健二編訳『ゲーテ格言集」新潮文庫) 年々、友人、知人が旅立ち、寂しい思いが深くなる一方だ。同時に、これが人生だという諦念の中、ゲーテの詩に慰められている。
俳句の季語には、難しいものがある。例えば「鴈風呂」(がんぶろ)」は、青森県に伝わる雁に関する哀しい話が季語になっている。もう一つ、私にはなじみがない秋の季語がある。「猿酒」だ。猿はもともと顔が赤く酒を飲んでいるように思えるが、飲んでいるわけがない。それなのに、なぜこんな季語があるのだろう。猿には迷惑な言葉に違いない。
(台風一過の風景。調整池は水がいっぱい) 第81回国連総会が、日本時間の昨22日から28日までの日程で米ニューヨークの国連本部で始まった。来月24日は国連の日(国連デー)に当たり、影響力が弱くなっているように見える国連の活動に世界から関心が集まっている。そんな時、私はかつて高齢をおして国連で『鳥の歌』を演奏したスペインのチェリスト、パブロ・カザルス(1876―1973)のことを考える。
(楚々としていてあまり目立たないノコンギク) 絵画史に残る作品を残しながら「呪われた画家」の一人というレッテルを貼られたのが、イタリアの画家、彫刻家アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(1884―1920)だ。貧窮の中、病に苦しみ、アルコールとドラッグに溺れ、35歳という若さでこの世を去ったモディリアーニ。細長い顔と卵形の頭部、青い目が特徴の肖像画は死後になって評判となり、100年以上を経た現代人にも安らぎを与えてくれている。今年は、俳優のジョニー・デップが監督を務めた映画『モディリアーニ!』が公開され話題になったばかりである。
(台風一過の空の向こうに……) 台風25号が日本の南海上を北上し、関東地方・房総半島に接近中だ。被害がないことを誰もが願っているはずだ。台風は日本列島に毎年やってくる歓迎されない熱帯性低気圧だ。児童文学者の小川未明は、台風をめぐる2人の少年をテーマにした短編を書いている。台風によって大きな災害が繰り返されているが、この短編は『台風の子』という、悲しくも夢のある物語だ。
(ボールはみんなを見ている) 銚子商業の野球部といえば、千葉県の高校野球の強豪といわれ、夏の甲子園大会で優勝したこともある。その全盛期に活躍した元球児がひっそりと旅立った。近所に住んでいたこの人は日光喬さん、享年88歳。1955(昭和30)年の卒業生で、私のラジオ体操仲間の一人だった。日光さんにとって野球の甲子園は遠い道だった。その後、鉄道という乗物を扱う仕事で、果てしない道のりの旅を続けた生涯だった。
雲を見上げる人は何を考えているのだろうか。雲が好きな人は、たぶんにロマンティストだと思う。「雲の画家」といわれた、東山魁夷の東京美術学校(現在の東京藝大)時代の同級生がいた。その絵を見ると、雲に乗ったような心地よさを感じる。山田申吾(1908—1977)という画家だ。この絵を見ながら、私は山村暮鳥(1884―1924)の短い詩を頭に思い浮かべた。「雲」という題の詩だ。
美しい夕焼け美しいが自慢のわが街敦司諄 旧暦七十二項の「寒露」は昨日だった。露が冷たく感じられてくる頃のことを言う。空気も澄み、しのぎやすさが増して来る。夕方、日が傾き始めたら、西の空が茜色に染まり、見る間に太陽が沈んで行く。秋の夕暮れは「釣瓶落とし」なのだ。そんな夕方、子供の頃を思い出す人もいるのではないか。釣瓶落とし、という怪談もその一つかもしれない。
ススキ(手前)とセイタカアワダチソウ(後方)が見事に棲み分けている 「もう米はやめた。パンとうどんにすることにしたよ。年金生活の私には米は高くて買えないからね」「そうですか。私も最近は米をあまり食べないですよ」 朝、散歩をしていると、前を歩いていた2人が、こんな会話をしているのが聞こえた。1人は80歳代半ば、もう1人は70歳代半ばの男性だ。2人とも1人暮らしのようだ。米の価格高騰が、ここまで来ていることを2人の話は示している。自民党は石破茂氏から高市早苗氏に表紙を替えたが、だれでもが米を普通に食べることができるように国民生活を安定させることができるのだろうか。
赤い穂のススキ ススキが朝日に輝いて穂が赤く見える。「真赭」と書いて「まそお」、「まそほ」、「ますお」、「ますほ」などといい、俳句の秋の季語になっている。ラジオ体操仲間から、この秋のすすきは色の変化が極めてきれいだと教えられ、散歩コースの調整池の遊歩道を注目して歩いた。穂は灰色から赤みを帯びたものまで、太陽光によって異なる色になっている。背丈はそう大きくないが、ススキが映える中秋の名月は今日6日だ。
夕焼け雲のデザインは変幻自在だ。 旧暦七十二候でいう「水始涸(みずはじめてかるる)」頃になりました。たんぼの水を抜き、稲穂の刈り入れを始める時期です。今朝、新米を食べました。白くて小さな実が輝いていました。やはり、これまでの米と比べて一味違ううまさがありました。この時期は新米と同時に、秋の夕焼けが目に付く季節のようです。
中央アルプス・宝来岳にて 雪晴の鉄路耿耿(こうこう)孤を描き 通信社時代の同僚だった渡辺信明さんの句集のタイトル『雪晴』にもなった句だ。同じ時代を送った者として、彼が句集を上梓したことに嬉しさと羨望の思いを抱いている。この句について私は「降り続いた雪がようやくやみ、雲一つない青空の下、線路がきらきらと光り放物線を描いている、という風景を詠んだ句」と意訳し、その風景を見つめている渡辺さんの姿を想像している。
遊歩道を飾る萩 「あなたの近況は?」と聞かれ「〇〇で忙しいです」と答えたのは、かなり以前のことだった。今は、そう聞かれれば「このところずうっと、変化のない一日の繰り返しです」というしかない。毎日、書いている日記もあまり内容がない。数行で終わりなのだ。「日記はつけぬ方がよい」と、大胆なことを書いたのは作家の黒井千次(『老いの深み』中公新書)だが、私の日記は単なる備忘録といえる。
調整池斜面にオトコエシの群生が 私の散歩コースは、人工の調整池をめぐる遊歩道(役所用語では管理道路というらしい)だ。1周1・2キロほどで、朝夕様々な人たちが歩き、走っている。私はのんびり歩く部類で、四季折々の自然を楽しんでいる。これからはススキの季節だが、その前にも季節の花や実が目に入る。そんな風景を見やりながら歩いていると、どこかで見た顔の女性が走ってきた。
萩原朔太郎が古今東西の詩人について、特徴をよく捉えた印象を書いている。松尾芭蕉(俳人も広い意味で詩人とした)は「人生の求道者、ロマンチックな旅行家」であり、アメリカのウォルト・ホイットマン(1819—1892)は「一種の社会的志士」という見方だ。夏目漱石によって日本に紹介されたホイットマンは、平等主義の詩人だった。2人の歩くことをテーマにした句と詩を読み返し、朔太郎の分析を反芻した。
夜6時過ぎで見たわが街の風景 『怪談』で知られる作家、ラフカディオ・ハーン=小泉八雲(1850—1904)が好きだったのは「西、夕焼け、夏、海、遊泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱(新年を祝う飾り物)」だったとは、妻節子の証言(『思い出の記』だ。「淋しい墓地」「怪談」は八雲らしいが、その他は私に共通するものがある。「西」はどうしてだろう。夕焼けとの関連か。あるいは東京から見た西の地域、特に縁の深い熊本や松江を指すのだろうか。それとも生れ育ったヨーロッパ(西欧)なのか……。
まだ頑張るサルスベリの花 時々、ソプラノ歌手、鮫島有美子のCD『四季』(日本コロムビア)を聴いています。4つの季節を一枚ずつに分け、それぞれの季節の歌を(冬は19曲、それ以外は各20曲)歌っているのです。日本の歌が多いのですが、もちろん海外の名曲も入っています。今は夏から秋にバトンタッチしたような気候ですが、このCDは夏の終わりが『追憶』(スペイン民謡・古関吉雄訳詞)で、秋の初めは『赤とんぼ』(三木露風作詞、山田耕筰作曲)、終わりは『遥かな友に』(磯部俶作詞・作曲)という懐かしい歌です。いずれもが口ずさみたくなる季節の歌なのです。
パッションフルーツの変わった花 「自分をごまかしてはいけません。また、ごまかされてもいけません。不幸にあったら、それをまともに見つめることを学んでください。うまくいかないことがあっても、あわてないことです。不幸にあっても、くじけないことです。へこたれてはいけません。不死身にならなくては」
散歩コースに広がったうろこ雲 今日は秋分の日。午前5時の気温は18度。先日までの猛暑が信じられないほど涼しくなった。季節の移ろいを感じるのだが、これが平年並みの天気だそうだ。でも油断はできない。この夏の異常な暑さは、地球温暖化が待ったなしの状態にあることを示したといえる。6年前の2019年9月23日のエピソードを思い出した。
満開の彼岸花 「無理が通れば道理引っ込む」「無理偏に拳骨(むりへんにげんこつ)」~昨今の新聞やテレビのニュースを見ていて思い浮かべることわざや言葉だ。無理やりなことを押し通そうとする人物。といえばだれでもが「あの人」で一致する。今日の新聞国際面にもこの人の名前が何度も書かれていた。言わずと知れたアメリカのトランプ大統領のことだ。
オトコエシの群生 毎年よ彼岸の入りに寒いのは 正岡子規 夜来の雨がやみ、あれほどの猛暑がうそのように涼しくなった。明日20日は秋の彼岸の入りだ。子規(1867―1902)の句は春の彼岸を詠ったものだが、春、秋の彼岸は季節の変化の区切りといっていい。この涼しさはそれを示しているようだ。
どこを向く?風見鶏 94年前の1931年9月18日、関東軍は満鉄(南満州鉄道)の線路を爆破する「柳条湖事件」を引き起こした。中国側の犯行という口実で関東軍は軍事行動を起こし、満州事変~15年戦争へと発展する。中国ではこの日、現場のある瀋陽で式典を行い、さらに中国全土で、旧日本軍で細菌戦の研究をしていた「731部隊」を題材にした映画も公開された。中国政府はことしを「抗日戦争勝利80年」として大々的キャンペーンを展開しており、反日機運が高まる恐れもある。中国問題をライフワークにしていた一人の先輩がいた。日中関係の危うさに心を痛めた人だった。以前、この先輩の回想記をこのブログで紹介したことがある。そ…
夕方の6時過ぎ少し涼しさを感じ散歩に出ましたいつものコースです調整池をめぐる道私以外に人影はありません西の空が次第に赤くなりました夕焼けが始まるのでしょう
萩も秋の花だ 歳時記を開く秋といえば虫虫の声虫の音虫すだく虫時雨まだまだある……秋に鳴く虫の総称鳴くのはいずれも雄とある
茨城県の巨大大仏像「牛久大仏」 世界地図を広げ、ネパールを見る。南はインド、北はチベット(中国・チベット自治区)に接した内陸国だ。ブータンも近いが、その間にはインドの山岳都市ガントクがある。ネパールといえば、私たちが思い浮かべるのはヒマラヤ山脈と世界最高峰のエベレスト(8848あるいは8850メートル)ではないか。そのヒマラヤ登山の玄関口である首都カトマンズで、Z世代といわれる10代前半~25歳ほどの若者たちによる激しい抗議デモが倒閣にまで発展した。背景には世界最貧国といわれるネパールで、ぜいたくな暮らしをしていた一部エリート層や腐敗政治への怒りがあるといわれる。富裕層と貧困層の分断が激しい2…
秋田男鹿半島 ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく 石川啄木(『一握の砂』より) 啄木は岩手県渋民村(現在の盛岡市渋民)出身。東京に出た啄木がふるさとの訛を無性に懐かしく感じた心境を、歌にした。故郷の方言(訛)を聞きたくなる時がある。そんな思いになった際は停車場(駅)に行き、人込みの中でそれ(訛)を聞くという意味だ。この有名な短歌は1910(明治43)年に発表された。それから1世紀以上が過ぎ、上野駅に行っても、訛を聞くことはほとんどないのではないか。時代の移り変わりは激しく、日本人の言葉遣いも大きく変化した。