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  • 山形探訪-出羽三山神社

    以前訪れて紹介した英彦山や大峰山と共に日本三大修験道といわれる羽黒山の出羽三山神社を参詣した。国の重要文化財である三神合祭殿の屋根の一部は萱葺替え工事が行われていた。また、国の重要文化財である鐘楼は修復工事中であり、建治元年の梵鐘は隙間からしか見られなかった。山形探訪-出羽三山神社

  • 各地の厳島神社㉓

    出雲市八島町の田園地帯に祀られている厳島神社で、出雲大社のある地の出雲平野の中にどのような経緯で厳島神社が祀られたのであろうか。各地の厳島神社㉓

  • 山形探訪

    昨日宿泊した由良温泉のホテルから由良海岸の白山島を望んだ風景。下画像は蔵王ロープウェイで樹氷高原駅への途中に見られた紅葉である。本日は最終日、昨夜はかみのやま温泉泊まりであった。山形探訪

  • 山形探訪

    昨日、都道府県で訪れていない最後の山形県を広島空港からFDAチャーター便で山形空港に・・・羽黒山に向かう道中紅葉が・・・体調万全ではないが同行者に迷惑をかけないようにしないと・・・ホテルより馴れないタブレットから山形探訪

  • 吉和山の曽木

    吉和歴史民俗資料館に秋穂八幡宮応仁元年造営記録が掲示されていた。応仁元年(1467)に吉和山の曽木が地御前に搬出され船で運ばれて、山口市秋穂の正八幡宮の楼門、僧座の拝殿に上葺されたようである。秋穂の正八幡宮は以前に紹介したが、吉和山の曽木を使用した応仁元年頃の正八幡宮は別の地にあったようで、文亀元年(1501)に大内義興が現在地に移築したようである。吉和山の曽木

  • 遊びの菜園-陸稲・黒米・赤米

    陸稲(右側)と陸植2代黒米(中央)・陸植2代赤米(左側)を刈り取って干しているが、畑の肥料不足だったのか全体的に稲丈が低く稲穂も少ない。なんと水田に植える陸植2代の黒米は陸稲より稲丈が高かった。陸植2代赤米は稲丈も低く稲穂が実っていないので来年の陸植3代目はできないであろう。遊びの菜園-陸稲・黒米・赤米

  • アケビが ‼

    ウォーキング途中で山陽自動車道の法面にアケビの蔓がありたくさんの実が付いていた。実が割れて熟していたのがあったので食べてみると種は沢山あるが甘い懐かしい味であった。昔は山に入っていたのでアケビを見つけることがあったが今は山に行くことも無く久々のアケビであった。アケビが‼

  • 遊びの菜園-桜島大根・切葉松本地大根の今

    先月23日に種蒔きした廿日市19代目桜島大根(上画像)と廿日市9代目切葉松本地大根(下画像)の苗が育ってきたのでそれぞれ5株に間引いた。毎年種を採って次年にどのように育っていくのかをみるだけ・・・手間暇かけてまさに遊びの菜園である。遊びの菜園-桜島大根・切葉松本地大根の今

  • 薄鉄板葺きの民家

    吉和地区で草葺き(茅葺)屋根が残されている民家は1棟のみであるが、かつて草葺き(茅葺)屋根であった民家には薄鉄板葺きの屋根とされているものが多く見られる。画像の民家は田舎の佇まいであった母屋と納屋が薄鉄板葺きとされているものである。薄鉄板葺きの民家

  • 平良小学校・創立150周年記念

    昨日、我が母校の平良小学校では創立150周年記念式典が開催され、併せて各学年発表会などの記念行事が行われた。明治6年(1873)に上平良小学校の前身である文会社が創立されてから150周年となり、当ブログ主の祖父、父、当ブログ主、子、孫と五代に亘って学ばせて頂いた。平良小学校・創立150周年記念

  • レトロ自販機

    吉和地区の無住の民家軒下に残されているレトロな自販機3台で以前にも何度か紹介したことがあるが以前より色が褪せて字が読取りにくいようになっていた。字が読み取れた頃は左側はブルボンのポテトチップの自販機で200円を入れてレバーを下げると商品が出てくるようである。中央はヴィレ&CoffeeZの自販機で何れの商品も100円だったようである。右側はSunkistの自販機であるが字が消えており詳細は不明である。レトロ自販機

  • 広がった橋・狭まった橋 ⁉

    小瀬川沿いの国道186号から中道方面に分岐する県道119号佐伯錦線で小瀬川に架かる出合橋はあまり見たことが無いような橋の途中橋幅が変わっているものである。橋を渡った向う側は急カーブのためにこのような橋が作られたものとみられる。広がった橋・狭まった橋⁉

  • 冠高原 ③

    現在冠高原に行くには国道186号から金子峠で分岐しているが、かつては手前の吉和さくらバスの冠高原下停留所(かつて広電バス-冠高原入口停留所)がある三差路分岐から1.5km位歩いていたのである。冠高原口付近には昭和27年(1952)に広電が冠高原つつじケ丘ヒュッテを建築しており、いつ頃廃止となったのか不明であるが雑木林の中に石積みが残されている。(ヒュッテ画像-広島電鉄開業100年・創立70年史より)冠高原③

  • 冠高原 ②

    昭和30~50年代頃に冠高原スキー場が賑わっていた時のスキー場山の家の一棟が取壊し中であった。中高者向けのスキー場にあったロープ塔の関連建物が残されており表示板には「一日券1000円、6回券300円、1回券50円」とあった。冠高原②

  • 冠高原

    久しぶりに冠高原を訪れてみた。国道434号脇に冠高原ドックパークが設けられていた。かつて冬期スキー場があった頃はこの緩斜面は初心者用のスキー場であった。自動車エンジンを利用したロープ塔があった名残りの廃車が遠くにみられる。冠高原

  • 吉和歴史民俗資料館

    吉和支所複合施設内に設置されたという吉和歴史民俗資料館を訪れてみた。施設内には冠遺跡で出土した石器類、吉和地域内で発掘調査された古墳などから出土した遺物、木材を切り出した鋸の各種など何んと写真画像の部分が施設展示のすべてであった。空いた展示スペースがあったので展示追加されるのかも知れない。吉和歴史民俗資料館

  • 原小体験活動の稲ハゼ掛け ⁉

    ウォーキング途中の田んぼで今年も原小学校の体験活動で稲刈り、ハゼ掛けなどが行われたようである。ハゼ掛けは以前のように乱雑でないが稲刈りの跡が乱雑でありハゼ架けも農家がされたような仕事ぶりではないようなので体験活動で行われたものと思われる。原小体験活動の稲ハゼ掛け⁉

  • 稲のひこばえが ‼

    佐伯地区の田んぼで早く刈り取りがされたものとみられ、稲の切り株からひこばえが生えており稲穂もみられた。これから寒さに向かっていくので稲茎が伸びることもなく稲穂も実ることはないであろう。稲のひこばえが‼

  • 市道堂垣内広池山線工事の今

    国道433号線の陽光台南交差点から時折り紹介している平良丘陵開発用地に向かうアクセス道路の市道堂垣内広池山線の整備工事で、現在可愛川への架橋のための橋梁下部工事が始まったようである。架橋予定地の東側では一部の道路築造工事が行われているようである。市道堂垣内広池山線工事の今

  • 流れ薬師

    可愛川に架かる七尾橋を渡ってすぐに墓地がありその脇に流れ薬師(道挟薬師とも)といわれる小堂があり堂内には本尊の他に三体の石仏が祀られている。大正期に記された地誌に時代不明の大洪水で川末から薬師如来が流されて下平良に至りこれを流薬師と称すとあるが、川末から流れてくると形が無くなるのでは・・・伝説は伝説として。江戸期の地誌絵図をみると小さな小山の上に流れ薬師がみられる。この付近は櫟や藪などが茂った高地であったようであるが明治初年に開墾されたようである。流れ薬師

  • パパイヤが ‼

    ウォーキング途中の畑にみたことが無いような葉の付いた植物があった。何かと近づいてみていると茎に緑の果実が房状についていた。畑を作っている人に訊ねてみるとパパイヤであると教えて貰った。この地で緑のパパイヤが熟していくのだろうか。パパイヤが‼

  • コレダ125SH

    物入れの片隅に若い頃に長期月賦で買った単車のコレダ125SHのカタログがあった。先日のブラタモリで若戸大橋が少し紹介されていたので、若戸大橋が完成してすぐにこの単車に乗って訪れたことを思い出した。250ccのオートバイ1台、125ccの単車3台、50ccのバイク3台の仲間達と昭和37年(1962)10月6日に若戸大橋から博多まで訪れた。バイクは関門トンネルの人道側を通らなければいけなかったが土地勘もなく携帯も無い時代にうまく合流できたものだ。遥か61年前のことである・・・今では考えられないような冒険をしたものだ。コレダ125SH

  • 速谷神社-神輿神幸

    速谷神社の例祭(阿岐祭)の関連行事で一昨日夜には神楽奉納が行われ、昨日は神輿渡御が斎行された。白丁衣装をまとった白装束の氏子崇敬者の方々20数人により重さ900kgもあるという神輿を担いで境内一帯を神幸された。速谷神社-神輿神幸

  • 速谷神社-桃祓祭・奉納神楽

    速谷神社の例祭(阿岐祭)の関連行事で昨晩は有福神楽保持物会が神楽を奉納した。神楽の演目は剣舞、神降し、日本武尊、胴の口、恵比須、大江山、大蛇などが演じられた。速谷神社-桃祓祭・奉納神楽

  • 稲刈り

    連休の天気予報が雨予報であったので急遽、昨日協力助っ人を得て2ケ所の離れた田んぼの稲刈りを済ませた。今ではあまり見かけなくなったハゼ干しをしており、ハゼ杭はアルミ三脚でナルは鋼管をしている。昔からハゼ廿日と言われており、天日干しで20日くらいまで乾燥させたおいしい米が待ち遠しい。稲刈り

  • 路傍の花

    ウォーキング途中で今迄に見かけたことが無いような花がみられた。Googleレンズで検索してみると上画像からクレマチス・ウイタルバ、モミジアオイ、ムラサキルエリアに似ている花のようである。見たままのブログなので探究しておらず違っているかもしれませんが・・・路傍の花

  • 原地区水道施設

    原小学校のプール横に原低区配水地が設けられる敷地が造成されていることを以前にも紹介しており画像のような施設が設けられるようである。上平良地区小原を通っている市道50第一路線脇にはポンプ所の敷地が築造されており、これから送配水管の敷設工事が行われるのではなかろうか。原地区水道施設

  • 廿日市港今昔

    上画像は大正後期から昭和初期頃の廿日市港の様子を表した絵葉書で住吉新開の堤防脇付近に住吉神社がみられる。昭和58年(1983)の護岸改修で護岸道路や住吉公園付近一帯は廿日市港が埋め立てられたもので、住吉神社も現在地に遷座された。廿日市港今昔

  • 天神さんの吹き流し

    秋祭りも近づいて天神山の天満宮では干しダコに似たような独特の吹き流しがたなびいていた。天神山は街中にある高台であり天満宮の吹き流しは街の各所から見ることができ、秋の訪れを知らせてくれる風物詩である。天神さんの吹き流し

  • 秋祭りの幟立て

    12日は速谷神社の例祭(阿岐祭)なので昨日地域の人達と幟立てをした。速谷神社では関連行事として7日に桃祓祭、奉納神楽(有福神楽保持者会)が催され、8日には神輿神幸が斎行されるようである。秋祭りの幟立て

  • 平良丘陵開発の今

    宮島サービスエリアからみた平良丘陵開発用地内の工事状況である。画像左側の伐採されている山は極楽寺道があった尾根筋であろうか。掘削地向うの瀬戸内をみると津久根島から安芸の小富士と呼ばれている似島、その向こうには灰ケ峰が連なって見える。平良丘陵開発の今

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