父はもう起きていた。ステテコとランニングシャツという格好で寛いでいた。僕は朝食の席についた。 皿に盛られていたのはステテコだった。これに着替えなさいと母。僕が無視していると母は父と言い合いを始めた。 ...
人形が履くような小さな靴下。どうしてそんなものを持っているのかわからない。 それは僕が履く靴下だ? 着ていたTシャツを脱いだ。シャツは縮んで人形が着られる大きさになった。 家のあちこちに裸の人形が置いてある。 人形たちは手に持ったスマホを見ている。 空は雲っている。降ってはいなかったが降り出しそうだ。 ...
着信があった。携帯から曲が流れた。チャイコフスキーの交響曲の悲劇的な部分だけを切り取ったような曲だ。弦楽器が、わざとらしいくらいに悲痛な叫び声を上げている。 今の状況にふさわしい曲ではなかった。心はかき乱されていった。しかしその曲がどう展開するのか知りたくて、僕はずっと電話に出ないでいた。 ...
「私は集合時間に遅れました。みんなから非難されました」。彼女の手紙の最後にそう書いてあった。 その手紙を肌身離さず持っていた。僕のお守りだった。 僕もよく遅刻をした。そのたびに手紙を読み返した。 すると僕よりもさらに遅れて彼女はあらわれるのだ。 ...
起きるとベッドの上に洗うべき衣類が置いてあった。僕はそれを抱えて1階に下りた。風呂場で誰かが手で洗濯をしていた。その横で洗濯機が静かに回っていた。やっとなぞなぞの答えがわかった。僕は着ていたシャツを脱いだ。空は曇っていた。 ...
職業を訊かれた。発電家だと答えた。僕は雷をつくっている、そう言っておならをした。尻が閃光を発した。ゴロゴロ、と雷の音がした。 ...
料亭、ユーミンの曲が流れている。相変わらず、何を歌っているのかわからない。歌っているのは、男のようだ? 料亭の廊下は、坂になっていた。坂を上がっていく。屋根の上に出た。黄色い花が一輪、置いてあった。 花びらから、湯気が出ていた。 ...
体育館には、畳が敷いてあった。今日の体育は柔道だ。真っ先に体育館に行った。午後の最初の授業。先生もまだ来てなかった。 僕は柔道着を忘れてきた。 畳のマットが動かないように、テープで止めている人がいる。よく見るとクラスの女子だ。 体育館の中は冷房が効きすぎていて寒い。温度計を見た。40℃だった。僕はエアコンをいじって‥‥ 温度を上げようとする。 ...
雨がやむと君は自転車をおりる。履いていた虹色の長靴を投げ捨て。 降りしきる雨を気にする様子もない。ゆっくりペダルを漕いでいる。 ...
手話の合唱コンクールだった。歌は聞こえなかった。僕はたった1人の審査員だ。 ...
戦闘機のパイロットは、1機撃墜すると、アイスクリームを1つもらえる。 僕も欲しい。 撃墜できなかったら、自分で買うのだ。 アイスクリームが嫌いな人には、何をくれるの? アイスが嫌いな人にも、アイスだ。というか、 お前、パイロットじゃないだろう? 隣国の人間です。 お前の国でも、褒美はアイスなのか? ...
座席の横には靴箱があった。その舞台を僕は靴を脱いで鑑賞した‥‥。そしてそのままだった。 何日間か、裸足で過ごしたあと、突然僕は、靴を履いてないことに気づいた。 あのコンサートホールに、1人戻った。靴は靴箱に、一足だけ残っていた。 真夜中だった。僕の他にも何人かの人はいて、何かを探しているようだった。 ...
地元のアマチュア演奏家たちが、1列に並んだ。国境までつづく、長い長い列だ。 楽器が用意されていて、歌と演奏が始まった。僕はいちばん右端の、電子ピアノを弾く男性の前にいた。 遠い向こうから、女の人の歌が聞こえてきた。 ピアノはそれとは、全然違う伴奏を始めた。男性は目の前の僕に、歌えと促した。 ...
キワドいコスプレをした女の人のペッタンコの胸を必要以上に長く見ないようにしながら平面的に描かれなかった服はするりと落ちたが僕は意地になって立体を描きつづける。 上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が立体的な女の下着や何かの残骸でいっぱいになった。 ...
激しい雨の音がした。ガラスが割れ、天井や壁が崩れる音もした。顔を上げると、女はハングル文字の形に似てきていた。男だったのかも知れない。もう思い出せない。 すぐに雨は止んだ。夢のように一瞬だった。日が射した。それなのにハングル文字が再び人間に戻ることはなかった。僕は本を閉じた。 ...
22時にスーパーは閉店した。店内にはまだ多くの客が残っていた。誰も焦る様子はない。 のんびり買い物をしている。大音量で鳴らされる「蛍の光」を聞いても。 そのうちに「蛍の光」の放送も終った。出入り口は施錠された。もう何の音楽も聞こえない。店員もいない。消灯した。 どこからともなく、黒いスーツを着た大男があらわれた。「この店は午前3時に開店します」店内に残った客に、そう告げた。...
現実を鏡に映した。何もかもがはっきりと見えた。メガネをかけたみたいに。 鏡の外側では、世界はぼやけて見えた。曖昧で、重さがなかった。僕も宙に漂い、印象派の絵画のような世界の中を、流れていく、流されていく。 みんなが流されていくのとは、反対の方向に。 辿り着いた先に、大きな鏡があった。自分の姿が、その鏡に映った。すると、顔だけが、その鏡の中に吸い込まれた。 頭部を失った...
その質問票には愛国者かどうかを問う項目があり僕は戸惑ってしまった。 他の質問は税関でよくあるすべて「いいえ」で答えておけばいいものだ。 愛国者か? 僕は「いいえ」にチェックを入れ、署名して提出した。 するとまた新たに質問票を渡された。 そちらには「愛国者か?」という質問だけしかなかった。 誰が? 僕が? 主語が抜けている。 ...
その若くて綺麗な女性は僕の友達だ。彼女は上半身裸だった。恥ずかしがる様子もなく、町を歩いている。周囲の人々の反応も普通だった。それは最新のファッションなのだろう。僕も彼女の胸をじろじろ見るような恥ずかしいマネはできなかった。けっして胸を視界に入れないよう、触れんばかりの至近距離に位置し、彼女の目だけを見て話をした。 少しでも離れると、胸が目に入ってしまう‥‥見たくてたまらなかった。他に...
下半身を露出した男性が、エレベーターを待っています。彼の同僚と思われる、スーツを着た男性と一緒に。エレベーターが来ました。僕はフルチンの後から乗り込みました。同僚は手を振って去って行きます。何の罰ゲームでしょうか。エレベーターの中で、僕はフルチンと2人きりになってしまったのです。 ...
「部屋をもう少し片づけてもらえる? 私も手伝うから」 住み込みのお手伝いさんが僕の部屋に来てそう言った。 「えっ?」 けれど確かに部屋は中身のわからない大小の箱でいっぱいだ。 「いつの間にこんな‥‥何が入ってるんだろう?」 中を見てみた。 「これ妹のだよ。あ、待って、本棚の本もそうだし‥‥クローゼットの服も‥‥」 「全部返そう」と言って僕はお手伝いさんと一緒に...
司会者の男性が、君にしたのと同じ質問を、僕にもする。「お互いをどう思っているのか? 彼女は(彼は)あなたにとってどういう存在なのか?」 ラジオ番組に出演した。前回で懲りた僕は、通訳をつけてもらっている。 君は僕のことを「おもちゃ」だと答える。楽しく遊ぶために必要な道具。 (本当に正確な訳語なんだろうか‥‥?) 「僕はおもちゃなんてなくても遊べるよ」と僕は答える。 「そ...
人混みの中、しかし誰にも触れないようにして歩くのは簡単だった。時間が止まっていたからだ。2階から階段を下りた。1階でも人々は停止していた。クラシックのコンサートが終ったところだ。ロビーに出てきた演奏者が、ファンに囲まれている。記念写真とサインに応じている。 ...
カーテンを開けようとしたら、レールから外れてしまった。勢いよくやり過ぎた。血のように赤い光が寝室に射し込んできた。液体の光だった。光は同じく液体だったシーツやカーテンと混じり合い、部屋の床にこぼれた。 ...
キワドいコスプレをした女の人の胸を必要以上に長く見ないようにしながら立体的に描かれなかったロケットは落ちたが僕は意地になって平面的なロケットを描きつづける。 紙のいちばん上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が平面的な女の下着とロケットの残骸でいっぱいになった。 ...
僕の心残りのある誠が中途半端に僕を責めた、と君に聞こえるようにそう呟くべきだったのです。 だが僕はそうはしませんでした。 外国語学習用に盗んだ小説。いま読んでいる本。ページの1枚1枚に透かしが入っています。よく見るとそれは誠という字を象った家紋のような模様でした。 ...
原稿用紙の世界の果てを覗いた心の奥を覗くとスネ夫アンドのび太の映画鑑賞会でいつも同じようにジャイアンは歌った。 ...
1階で出た料理の残りを誰かが2階の僕らのところに持ってきてくれた。1階ではパーティーをしている。 2階では誰も何もしていない。 食事を取ろうとすると、何人かがテーブルの下に潜り込み、お祈りを始めた。 白いテーブル、白いイス、白い床、白い壁。 さらに白い何か。 窓はなかった。天井は高かった。 この上に3階はあるのだろうか? ...
トラックの荷台に食料を積んで、僕たちは出発した。寺へ。テラへ。 寺では何も見なかったことにしければならない。僕たちはそう言われていたのだが、寺では本当に何も見なかった。 荷台の食料の様子を見ようとすると、食料は消えた。 驚いてトラックを運転してきた相棒の顔を見ようとした。見れなかった。突然彼の顔が消えたからだ。 ...
娘が「お化け屋敷に行きたい」と言い出した。 女房と息子は遠くのベンチに腰掛けている。 セピア色の陽光が2人を照らしている。 「これは中国のお化け屋敷だよ」と僕は言った。 「大人向けのお化け屋敷だよ、中国のお化けはものすごく怖いんだよ」 それでも娘は入りたいと言う。 怖いのが苦手な僕は娘を1人で行かせることにした。 ‥‥なんて父親なの、という目で女房は僕を...
電線に雪が積もっていた。ちょうど僕の頭上だった。つららのように雪は伸びてきた。その先端にピンク色の花が咲いた。花は僕に語りかける。「私の写真を撮って」 僕はスマホのカメラを向ける。そのとき巨大なカラスがやってきた。ホバリングで空中に停止した。僕は色々な角度からカラスを撮影した。 ...
終点でバスを降りる。目の前は大きな山だった。雪で真っ白になった山だった。富士山のように見えるがそんなはずはない。ただ「山」と呼ぶ。「やま」。返事はなかった。僕は踵を返した。今来た道を引き返す。 ...
赤ん坊をおぶって400cc のバイクに乗っていたら、危険だと指摘を受けた。 僕は、同じように赤子をおぶってバレーボールをやっている女子選手の動画を見せて反論した。 これが今のトレンドなんだ。 ...
地下鉄の駅は、気取ったバーの中にありました。1時間に1本しかない電車を、酒を飲みながら待っている人たち。バーは満席でした。 空いた席が、1つだけあります。ベトナム人たちが、その席を囲んで、ベトナム語で何か議論をしています。 席を指差し、奇妙な歓声を上げ、拍手をしています。 僕は何も注文せず、その席に座りました。 その瞬間、ベトナム人たちの議論(?)は、終ったようです。...
そのスーパーに入ると、まだ何も買ってないのに、料金を請求された。それは、未来予知である。渡されたレシートは、運命なのだった。僕はレシートを見ながら、予知されたとおり、全能の神に定められた買い物をする。 ...
「それ」が僕の視界に入ろうとして、僕の眼球の動きを追いかけています。 眼球は逃げ回り、ついには眼窩を飛び出しました。 そうすると「それ」は僕の眼球の代わりに眼窩に収まります。やっと僕は安心して瞼を閉じました。 ...
息子が唐突に、ふだんとは違う大人びた声で、「すべての欲望を肯定するのだ」と言い、地獄の底に落ちていきました。 彼の後を追い、慌てて僕もダイブしたのです。 地獄の底には、影のように平べったくなった息子が倒れていました。 僕が「エイ、エイ、エイ」とその体を満遍なく足で踏んづけると、息子の口や鼻からゼリー状の魂が出てきました。 その魂をコンビニのロゴが入った白いビニール袋に...
ピアノを弾いているうちに、何だか可笑しくなってきて、ゲラゲラ笑った。弾いている間中、笑いが止まらなかった。 大笑いしながら弾くと、ふだんは弾くのが難しい、リストやラフマニノフの練習曲でも弾けた。それが可笑しくて、さらに笑った。 ...
吊り橋の向こう側はデパートだった。橋にもたくさんの出店が出ている。 橋を渡ってデパートに向う人々は皆ローリング・ストーンズのTシャツを着ている。デパートではローリング・ストーンズのTシャツしか売ってなかった。ローリング・ストーンズのTシャツ専門店なのだ。 ...
「弾きながら笑ってた」 「えっ、笑ってないよ」 「終盤、ラフマニノフ弾きながら、ゲラゲラ笑ってた。笑い声、後ろの席まで聞こえたよ」 「そうだったかな‥‥あまりにも難しい曲だったんで、弾いてて逆に笑けてきたんだ。でも実際に声に出して笑ったりはしなかったはずだけど」 「それ見て、会場の僕らも笑けてきたんだ。最初はクスクス、そのうち腹を抱えて。みんな、大声で笑ってた」 「笑い声な...
何を見てるの、と金髪の美少女は訊く。落ちていたものを拾ったが、それじゃなかったんだ。手にした途端、違うものになってしまった。 それをまじまじと見つめている。自分が何を拾ったのか思い出せないんだ。 (泉はどこ? 見つけられない。泉の精はどこ?) 落ちていたのは、きっと錆びた鉄の斧。でも今、手にしているのは、金の斧じゃない。 ...
その夢の中でずっと歌を歌っていた。 「人間同志で魂を食べる、食べる」 「人間同志が魂を食べる、食べる」 「食べる、食べる」 メロディはもう思い出せないが歌詞は覚えている。 ...
気の狂うような暑さの中、浜辺で、若い女性たちが、毒々しい、水玉模様の、極太のパスタを茹でていた。 茹でれば水玉は消えてしまうだろう、と僕は思っていたが。消えてしまったのはパスタの方だった。水玉模様だけが残った大鍋の中を見て、彼女たちの1人は、「かわいい」と声を上げた。 ...
商品をレジに通してもらうたびに、マイナス9、マイナス5、などという数字が出る。この店で買い物をすると僕はお金を貰えるのだろうか。 レジの人も困惑している。 ...
僕は路線図を見ている。 何年前だろう、東北新幹線が上野まで開通していなかった時代のものである。 駅で乗りこんだ。 ものすごく長い車両だ。いったい何両編成なのか。車両は盛岡から大宮までの長さがある。 大宮から乗り込んだ僕は、車内を盛岡の方へ歩いて行く。 ほとんどの乗客は、動きもしない列車の中で、座ったままだ。 途中、テーマパークを見つけた。 そ...
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父はもう起きていた。ステテコとランニングシャツという格好で寛いでいた。僕は朝食の席についた。 皿に盛られていたのはステテコだった。これに着替えなさいと母。僕が無視していると母は父と言い合いを始めた。 ...
席についたが、誰も来なかった。外国語で「日本人」と書いてある席についた。テーブルに、5〜6人分の食事が用意されていた。イカの刺身と、カレーライスである。僕は1人で食べ始めた。 僕が食べ終わるころに、みんなは現れた。刺身とカレーは下げられ、新たに寿司が出された。僕はそれも食べた。 ...
7時を過ぎても明るくならない。まだ夜は明けない。ホテルでは眠る以外にすることはなかった。何十時間寝ているのだろう。ときどき目を覚まして小便をした。部屋にはトイレがなかった。廊下の先にそれはあった。 小便をしに来るたびにトイレ周辺の様子は変わっていた。もともとは英語を話す体格のいい男たちがいるサウナの一角だった。従業員用のトイレを借りるのに、彼らと何か話したような気もする。何を話したのか...
同じことを何回もやる。ただ繰り返すのではなく、変身してやるのだ。アンパンマンやドラゴンボールのキャラクター、仮面ライダー、ウルトラマンなどに変身できる。ただ‥‥何をやらされるのだろう? どのぐらいの期間? 他の人たちは変身に夢中で気にしていないようだが、僕は気になる。そのせいで完全には我を忘れられないのだった。 ...
宣伝の写真を撮るのにそのデパートに売っているものは何でも身につけてよかった。僕は着替えるのが面倒だったので普段着に持ち物だけは高級品、というスタイルでいくことにした。ブランドのロゴが入ったバッグや帽子である。 1人の太った女のコは全身有名ブランドで固めることにしたようだ。もう1人のモデルの女のコはおもちゃ売り場から人形やぬいぐるみを持ってきた。 ...
スナイパーの男が、藁人形から藁を1本引き抜く。それで風向きを確認している。 「藁人形なんて古風ですね」、僕の言葉に嘲笑うような響きがあったかも知れない。 スナイパーは拳銃を取り出し、藁人形を何発も撃った。 それから狙撃用のライフルを構え、標的を撃った。 ...
私には家があった。平屋で、広い部屋がいくつもあったが、入ったことはなかった。部屋と部屋をつなぐ廊下で、私は寝ていた。木の床に、身を横たえた。 その夜は、ソフトクリームの夢を見た。綿飴のようなソフトクリームだ。それを食べながら、私はもう1つの家に帰る。廊下で、立ったまま全部食べる。 ...
橋を歩くと、ギシギシ、変な音がした。危ない。橋が落ちてしまう。 端を歩けばいいんじゃないか、と思った。手すりにつかまって、ゆっくり歩いた。 手すりは金(きん)でできていた。いただいて行こう。手すりをもぎ取った。 すると僕の頭は落ちた。両手は塞がっている。こんなときに頭を落してしまった。どうしよう。 ...
君は手帖を買うと言い出す。僕も一緒に見て回る。土産物屋である。どれも高価なものばかりなのだろう。モノはガラスケースの中に入れられていて触れることができない。 店に入るときは靴を脱がなければならなかった。脱ぐのに時間がかかった。ドクターマーチンのブーツを履いていたから。 店の隣が食堂だった。「社長」がごちそうしてくれた。イカの刺身が出てきた。ナンの形に切ってある。カレーに浸...
3人の友達の内1人が、突然老婆になっていたが、奇妙なことに、僕以外の誰も、そのことを気に留めてなかった。 「アタシはおばあちゃんだから、助手席に乗るワ」と彼女は言って、運転を僕らに任せた。 「アタシはアタシだから、アタシが運転するね」と友達の1人は言った。 「ボクもボクだから、後席に乗るよ」もう1人は言った。 「シートベルトがある」と一緒に後席に乗り込んだ僕が言うと、...
マフラーの先っちょの、ピロピロしている部分を切った。しかし、切りすぎた。プレゼントしてもらった大事なマフラーだ。君は怒るだろうか。鏡の前で巻いてみる。 5階から乗り込んだエレベーターの中、「7」のボタンと「1」のボタンが同時に押された。顔を見合わせる2人。一瞬迷って、エレベーターは上昇を始めた。 僕は敗者になった。無言で壁の方を向いた。勝者も俯き、自分の靴を見ていた。 ...
人とぶつかり、服にコーヒーがかかった。「すみません」とその人は言った。「いいんです」と僕は答えた。「これ、僕の服じゃないんです」 よく見ると、その人も僕と同じシャツを着ていた。周囲の人々も、全員同じシャツだ。 僕は、その、コーヒーの染みのついたシャツを洗わなかった。そのまま次の日も着た。 すると、みんなのシャツにも、同じような染みがあるのに気づいた。 ...
信号機の前で待ち合わせをしていた。時計を持ってなかった。信号の色が規則正しく変わった。赤、青、赤、青と。時計を眺めるようにしてそれを見ていたのである。僕は早く着きすぎたようだった。 ...
友達がやってきた。挨拶した。近くのカフェに入った。飲み物だけ注文した。 彼は錠剤を何種類か持っていた。1錠飲むとお腹いっぱいになるやつだ。 どの味がいい? と訊いてくる。でも飲ませてはくれない。 彼は家が全自動洗濯機だった。洗濯機の中に住んでいる。最近はあまり外出をしなくなった。 外を出歩いているのは家が洗濯機じゃない連中だ。そうだろ、と彼は言う。そうだな、僕は頷く。...
黒板の前に立っている先生に直接現金を持っていった。授業料だ。すると黒板がパカッと開いて、事務員のような人が顔を出した。「お金はこちらにいただきます」と言う。信用できるのだろうか。先生もびっくりしているが。 ...
「白身や黄身に感情移入してはいけない」その料理人は言った。 「感情移入ですって?」何を言ってるんだろ。 見知らぬ女が突然家にやって来て、関係を迫った。僕が応じて手を出そうとすると、「何でいきなりそんなことするの?」と声を上げた。「じゃあ帰ってください」と僕は言った。 「やるまで帰らない」と女。吐息が熱い。 ところがよく見ると女だと思っていたのは水色のカゴの中に多数入...
猛スピードでバックしてくる車が僕を跳ねた。全身を激しく打った。すると時間の進み方が突然ゆっくりになった。頭の中を過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。 その記憶は、実際に体験したものばかりではなかった。夢のような空想も多く混じっていた。現実より空想の方が多かったかも知れない。 ある空想の中では、僕は美女と結婚したことになっていた。 現実には存在しない、空想の結婚相手に向って...
告白罪ができた。男が女に愛の告白をすると、逮捕されてしまう。人生詰む。女から男への告白はいいのか。いいらしい。僕は待った。僕はハンサムだから。知らないたくさんの女がやってきた。彼女らは僕の知らない外国の言葉で、一言か二言何か告白し、去った。 ...
僕は町(ちょう)から来た。そこは小さな村(そん)だった。村長が僕を出迎えた。 広場にロケットが用意されていた。僕はロケットでちょうに帰される。宇宙服に着替えて乗り込むと、すぐにカウントダウンが始まった。カウントダウンはいきなり「2」から開始されたので、僕は焦った。 ...
みんなで1枚の大きな紙に絵を描いている。もう遅いからと言って2人が家に帰る。1人で好きなように描きたい僕は最後まで残ることにするが、絵の具は既に青と黄色しか残っていない。 後ろを振り返る。半開きになったままのドアの向こうから入りこんできた熱い風に吹かれる。風は絵のところへ行く。それは絵を乾かそうとしているのだ。 ...
体育の授業の前に、パンを買って食べた。今日は跳び箱を跳ぶ。生徒は僕の他に3人しかいなかった。 みんなオリンピック選手のように、跳び箱に手をついて、クルクル回転する。 床には、マットの代わりに、1ドル札が敷き詰めてあった。テロリストを支援するための資金だ、と言って君はそれを集めた。全部でいくらになるの、と僕は訊いた。 ...
キリンの背中に、図形が書いてあった。正八角形だ、と僕は言った。正六角形でしょ、と君は言い返した。僕は図形の角を数え直したが、やはり八個ある。 キリンの群れの中に、一軒の家が建っていた。三階建てだと思っていた。だが数え直してみると、家は二階建てだった。鉛筆のように細長い家で、外に梯子がかけてある。家の中には階段がない。その家を買おうか迷った。 ...
家を見に行った帰り道、イスを見つけた。こんな道端に落ちているとは。この間イヌに盗まれたやつだ。小雨が降っていた。イスを両手で抱えてしまうと、傘がさせない。 隣を歩いていた男が、こちらを見て何か言った。そして、駆け出す。すると突然、雨は強くなった。川の流れる音が、大きくなった。僕の抱えていたイスが、倍の大きさになった。 ...
寝て起きると顔の表面積が大きくなっていた。鏡を見て気づいたのである。手で触れても顔が大きくなった実感はない。しかし鏡で見ると毛穴と毛穴の距離が数十メートルに広がっている。毛穴自体は大きくなっていないし、数も増えていない。 毛穴からは毛が伸びている。僕はそれを抜く。そして数十メートル隣の毛穴まで移動して、そこに生えている毛を抜く。すべての毛を抜き終わるころには何キロも移動している。僕は知...
寝ている間に、腕を1本盗まれた。腕の付け根には、カブトムシの絵が描かれていた。それは何かの合図だと思うが、何の合図なのかはわからない。犯人は子供だろうか? シャワーをあびると、その絵は消えた。カブトムシの絵が消えると、そこから新しい腕が生えてきた。そういうことだったのか、と思う。いや、どういうことなのか、さっぱりわからないけれど。 ...
その路線バスには、大きなスーツケースを抱えた外国人が多数乗っていて、いつもと雰囲気が違った。 前の席にいた地元の通勤客が僕を振り返って、「このバス、どこ行きでしたっけ?」と訊いた。初め韓国語で、それから思い直して英語で、僕は答える。 バスの左手には、古いソウルの町並み。 右手には、それを再現した映画のセットのような光景。 ...
ソファに寝そべっていた2人の若い女は、身を起こし、ただ「カッコイイ」と口に出した。 その本に、格好いい文章が書かれた、1枚の紙が挟まっていた。僕はその紙を抜き取り、ポケットに入れた。 もちろん、そのことは誰も知らない。だが僕が、みんなのいる部屋に戻ると、みんなが僕を見る目が変わっていた。 ドレスを着た女たちは、格好いい人を、あるいは独身の大金持ちを見る目で、僕を見た。 ...
弁当箱の中の、食べ残したご飯を、空港のゴミ箱に捨てた。飛行機に乗る前に、まだ捨てるものがないか見てみた。すると僕のスーツケースの中身が、全部食べ物になっていることに気づいた。いつの間にか中身は、入れ替わっていた。食品は保存のきくものばかりではなく、痛みかけているものもあった。 上空から見た川は、赤ワインのようだった。照らす光もないのに、輝きながら流れている。飛行機はさらに夜空を...
中身は僕自身知らない。どうやって開けるのかもわからない。誕生日のプレゼントとして僕が君に渡したのは、卵型のケースに入った「何か」だった。ところがみんなはそれを見て、「とても綺麗な花だね」と言ったり、「何の本なの?」と訊いたり。 ...
ゴキブリを手でつかまえた。どうすればいいかわからなくて混乱した。電子レンジの中に投げ入れて扉を閉め加熱した。そしたらもっとどうすればいいのかわからなくなった。 そんなとき。自分は変われるかどうか調べる試験があって、僕はみごと合格した。そんな気分だ。他の誰が課したのではない、自分自身が課した試験に、僕は。 ...
僕たちの乗るマイクロバスは車道を1列になって歩く馬とすれ違ったときも、動物園の中に入ったときも、速度を落とさなかった。まっすぐ、コアラの元へ向かい、止まった。僕たちはバスを下りて、コアラに触った。バスは、発車した。僕たちの戻りを待たなかった。 ...
鳥の仮面を付けた男が、ベッドに横たわるマネキン人形を優しく撫ででいる様子を、遠くから僕は見ている。 すると路の先から、同じ仮面を付けた男たちが、何人もやってきた。僕とすれ違い、‥‥あのマネキンの寝ている部屋へ向う。 振り返らず、僕は歩いた。‥‥いつの間にか隣に、あのマネキンのように白く、すべすべした巨大な女がいた。 ...
列車には窓がなく外の様子がわからないが、乗り合わせた僕たちはみんなで晴れていると思い込むことにする。僕は更にその思い込みに季節を付け加えることにした。「夏」。気持ちのよい朝だ。隣の席の若い女性グループが食堂車から僕にもジュースとクロワッサンを持ってきてくれる。 ...
待ち合わせた地下鉄の出口は、番号ではなく「うんこ」と名付けられていて、僕たちを気まずくさせるのです。 「ちんこ」の前で待ち合わせるよりは、まだマシですけど。 それでも「うんこの前で待ってるね」とは言いづらい。 ぶんこの前で、文庫本で、などと言い換える君。絶対に僕が先に着いていなければと思うのです。 ...
新幹線の「舳先」と言っていいのか、カモノハシのクチバシのような先端部分の上に、僕ら選ばれた幸運な乗客のための席はあって、時速300kmを体感するのですけれども、鉄道オタクのような1人の大男が、アルコールを持ち込んだ若い女性たちのグループに、それはジェットコースターに乗りながら、あるいはスカイダイビングをしながら、酒を飲むようなものでしょう、と反語的な苦言を呈しました。 ...
真夜中に僕は目を覚ました。もう眠くはなかった。そのまま起きることにして1階に下りた。歯を磨いてトイレに行きたかった。だが1階は僕の家ではなかった。 居間と台所の明かりがついている。そこにはいないはずの人たちがいた。双子の妹たちと、お手伝いさんの女性。彼女らには僕の姿が見えないようだ。 父と母が帰ってくるらしい。彼女らはその支度をしているのだ。 この家には息子がいただろう、と...
2階の僕の部屋の、床は透明だった。高所恐怖症の君は、それを怖がる。服を次々と脱ぎ捨て、床を覆った。 黒かった君のシャツや下着は、床に置かれると白くなり、光った。君はその上を歩いて、僕に近づいてくる。僕は靴と靴下だけを脱ぎ、待った。 ...
白くて丸い、光るデザートを買い、写真を撮った。その画像を、誰にも見せずに、ずっと保存していた。違法なポルノを、隠し持つようにして。 1人部屋に戻ってから、その画像を見た。すると今日の君の演奏が、感覚的に理解できた。スマホの発する光が、僕を包んだ。 終演後に君と話す機会はなかった。君のピアノは素晴らしかった。それをそのときに伝えたかった。 ...
電車は鉄橋の手前で線路から外れてUターンした。怖じ気づいたのだろう。台風で川が氾濫しそうになっている。川の向こう側の県に僕は住んでいて、雨がひどくなる前に家に帰りたかったのだが。 鉄橋の手前の駅で僕たちは下ろされた。川を渡ってくれる電車が来るのを待った。 自分でもよくわからない理由で僕はホームのいちばん前、「舳先」に立つ。そのとき川は決壊した。濁流が押し寄せて来るのを見た。駅のホ...
スマホを見ていたら乗り過ごしてしまった。いちども下りたことのない駅で僕は下りた。反対側のホームで引き返す電車を待った。 その間もスマホをずっと眺めていて、行き先を確認することもなくやって来た電車に乗った。 車内は混んでいたが1つだけ空いた席があった。お年寄りや身障者が座るためのシートだ。僕はよく確かめもせずその席に座った。 まだ熱心にスマホを見ていた。結局終点まで乗った。僕...