南十字を見たよ。 ケンタウルスも。 南の夜空高く輝いていた。 シナロアでは地平の彼方で、見るのにあんなに苦労したのに、ここでは当然顔で。 左からケンタウルスα星、ケンタウルスβ、南十字です。 分かりますかね? それからね 、サソリ座が頭の上にべったり這ってます
人間嫌いの隠遁者、OTTO翁が、メキシコ西海岸シナロア州の海辺の町で、真夜中に一人ぼっちで書いているブログ
農学修士。 社会不適合者。 子供のころから一人で自然の中にいるのが好きで人付き合いが苦手でした。 25歳で日本を逃げだしアメリカに10年、それからメキシコで28年になります。 メキシコ人の妻と4人の息子たちがいます。 今はメキシコ西海岸の町で超庶民の隠遁ひきこもり生活をしています。 悲しい事や辛いこともありますが気楽で自由です。 それは僕が日本に居続けていたら絶対に手に入らなかったものです。
カカシュトラ遺跡(Cacaxtla)はDC600年あたりから建設が始まり900年ごろまで盛隆を極め1000年ごろに放棄されたとされています。 日本で言えば飛鳥時代から奈良時代を経て平安時代ですね。 まあでもメソアメリカの遺跡ですから、あくまで推測です。 超古代から
プエブラ最終日の金曜日はカカシュトラ遺跡(Cacaxtla)に行きました。 きれいに彩色された壁画で有名なこの遺跡は、プエブラ州の隣のトラスカラ州(Tlaxcala)にあります。 距離で言えばプエブラ市から35km、トラスカラ市からは25km、中間ややトラスカラ寄りにな
皆さん、シンコデマヨ(Cinco de Mayo)って聞いたことがおありでしょうか? メキシコのお祭り日で、けっこう有名ですよね。 訳せば5月5日って言う意味でして、戦勝記念日です。 その戦場になったのがプエブラ市の北東部の丘でして、現在はソナ・ヒストリカ・デ・ロス・
僕は日本育ちだから鉄道に親しみがある。 毎日のように電車に乗ったし油臭いディーゼル機関車も走っていた。 50年以上前の話だね。 そして24歳でアメリカへ、そして10年後後にメキシコへ行ったのだが、アメリカやメキシコは交通機関は車やバスばっかりで、電車はは
チョルーラ(Cholula)はプエブラ中心街から10kmほど。 ピラミッドがある町だ。 プエブラ3日目の火曜日に行ってきました。前日にホテルで行き方を聞いた。 簡単だよ、3ブロック先の通りでチョールーラって書いてあるバスを拾いな、たくさん通るからすぐに乗れる。
ポポカテペトル火山を間近に望む、花の街アトリスコ。 ソカロ(中央広場)がとてもきれいでした。庭園のように手入れされた公園。市庁舎も素敵。市庁舎の壁は、タラベラタイルで装飾されてます。 夢のようですね。教会もスッキリきれいです。カフェテリアがある立派なキオ
プエブラ2日目は、プエブラから東へ30kmほどにあるアトリスコ(Atlixco)に行った。 目的は、ポポカテペトル火山を見ること。 地図を見ると、火山にいちばん近い村だったから。 そしてアトリスコはメキシコ政府認定のプエブロ・マヒコ(Pueblo Magico,不思議村)。
プエブラの歴史地区あたりの風景をご覧ください。プエブラの中央広場。 大聖堂や市庁舎宮殿がある町の中心地です。プエブラは世界遺産に登録されている町です。 確かに歴史地区を中心にコロニアル時代の街並みや歴史がある建物がごっそり残っている。 とてもきれいな町で
前の記事で、手回しオルガンの音がたゆたうプエブラの街路、なんて書きました。 皆さん、ご存じでしょうか、手回しオルガン。 メキシコではオルガニージョって呼んでまして、一抱えぐらいある箱にハンドルが付いてて、ぐるぐる回すとオルガンの音の音楽が鳴る。 古い映画
プエブラのバスターミナルに着いたのは日曜日の午後だった。 このバスターミナル、通称はカプ(CAPU)だ。 Central de Autobuses de Pueblaの頭文字なんだけど、可愛くていい響きだね。 メキシコではやたらとこういう呼び方をする。 例えばメキシコシティの東バスターミ
メキシコシティ空港前のハカランダ(Jacaranda)。ハカランダってご存じでしょうか? ご覧のように紫色の花を枝いっぱいに咲かせる花木です。 学名、Jacaranda mimosifolia 南米原産。 ノウゼンカズラ科の食物で20mぐらいに育ちます。このハカランダ、世界
僕は山が好きだ。 高校では山岳部に所属していたほど。 メキシコではあまり山に登る機会がないのだけれど、10年前に4300mのボルカン・ネバド・デ・コリマ(Volcan Nevado de Colima、コリマ雪山)に登ったのは僕の生涯の思い出になっている。 旧ブログで記事にして
プエブラ郊外、ピラミッドのある町チョルーラ(Cholula)の市営市場。6泊でプエブラ(Puebla)に行ってきました。プエブラはメキシコシティから東方へバスで2時間少々、約130kmにあります。 標高約2200の高原都市。 人口約170万人、メキシコで第5位の
6泊でカアチャンとメキシコシティ近郊の町、プエブラ(Puebla)に行ってきました。 プエブラの話はこれからぼちぼち書きますね。でですね、家に戻ったら洗濯物の山。 留守番家族たちの言うには、旅に出た日に洗濯機が壊れたと。 あらま。 修理屋さんを探すも、急に来て
マサトラン北浜。 セントロ近くの海岸遊歩道(マレコンと言います)の前です。マサトランは観光リゾート都市ですが、ここだけは昔ながらの漁村です。 浜に漁船が並び、漁師たちが闊歩する。 僕は魚臭い浜風が好き、生き返った気がします。 本日買ったのはこの子達。 ボ
北浜に魚を買いに行きました。 漁師たちが浜に戻るのはだいたい9時過ぎなんですが、潮回りや獲れ具合によって早くなったり遅くなったりする。 早めに行って待ちます。 仲買や僕のような鮮魚愛好家が待ち受けていて、船が付いたら素早く買いを入れないと買いそびれますか
朝の散歩。 午前6時半、日の出時のマサトランの空。 いわし雲がきれい。さて、夜明けの海岸遊歩道を行く、この御方。一輪車を押していますから、きっと大道芸人の方ですね。メキシコでは、よく町の交差点で大道芸人を見かけます。 信号待ちの間に交差点で芸をして、ドラ
ラーメンを食べに行きました。 じつはOTTO翁、メキシコに30年住んでてラーメンを外食するのは初めてでした。僕は麺類、好きです。 もちろんラーメンも。 だからマルちゃんのインスタント麺は家でよく食べるし、たまにですが日本食品マーケットで生めんタイプの冷凍ラー
「ブログリーダー」を活用して、OTTO翁さんをフォローしませんか?
南十字を見たよ。 ケンタウルスも。 南の夜空高く輝いていた。 シナロアでは地平の彼方で、見るのにあんなに苦労したのに、ここでは当然顔で。 左からケンタウルスα星、ケンタウルスβ、南十字です。 分かりますかね? それからね 、サソリ座が頭の上にべったり這ってます
ペルー南部の町、アレキパにいます。標高2300m。涼しくて気持ち良い。火山が目の前にあります。ミステイ火山, 5822m。チヤチヤニ火山, 6057m。にほんブログ村
今日から避暑に行きます。 行き先は南米のとある町。 今回は一人で、無職の隠遁者OTTO翁ですから完全なプライベートです。マサトランの暑い夏から逃れて真冬の南米へ。 避暑はここ数年ずっと願い続けてましたが、やっと実現します。 9月の第一週に戻ります。それからで
これ、近所の公園に突如出現しました。 毎日通ってるのにいつ描いたんだろう?見事ですね。 落書きの域を超えて立派な絵画アートです。 自信たっぷりにサインまで入ってる。 しかしテーマはなんだろう? さっぱり分からん。 知らぬが花よ、ふっふっふ、なんて言ってた
先日、スーパーの特売で買ったパイナップル。 2つで4.8kg、80ペソ(600円ぐらい)。 メキシコではパイナップルは年中採れますが、強いてシーズンを言えば乾季の終わりの3月から6月です。 乾燥して暑い時期で甘味が乗り風味も濃厚になります。ご覧のように
初夏のマサトランの街路の花。 全て熱帯性の花々です。ツルマツリ。 名前の通り、蔓性の植物です。 そよ風に優しく揺れる涼しげな青い花がすてき。黄花アリアケカズラ。 メキシコではアラマンダと言います。 これも蔓性。 大きくて清楚できれいでまさに南国の花ですね
メキシコと言えばタコス。 その美味しさときたら。 タコスは世界一の食べ物です。タコスを食べるなら屋台がいちばん。 タコスの屋台はメキシコでは巷のどこにでもあります。 でも諸物価高騰の折、貧乏庶民OTTO翁ファミリー、屋台とは言えそうそう気楽に外食できない。
午後の散歩のついでのお買い物。 一昨日はこれ。 長ささげとサボテンの葉。 それぞれ20ペソ(150円ぐらい)。 市民病院横の歩道の露店で買いました。 それから卵は脇道の食品雑貨屋。 卵の値段、やっと普通になってLサイズが30個で80ペソ。 一個20円ですね
初夏のマサトランの街路の花々。グアバの花。 グアバは良い香りの熱帯果物です。 メキシコも原産地です。 庭木や街路樹に植えられています。 丈夫で日陰樹にもなるし実も採れる。 花は3cmぐらい。 雄蕊の髭もじゃが凄い。 アデニウム。 アフリカ、アラビア半島原
もう6月。 マサトラン、セントラルパークの湖面を滑るアメリカオオバンのつがい。アメリカオオバンは渡り鳥で4月から数が減って5月にはほとんどいなくなってしまうんですが少数の居残り組がいます。 真夏でもヒナを連れているつがいもいる。 空を飛ぶ鳥のように自由に
早朝の散歩は愛妻が尿管結石で手術を行けた際に医者から生活習慣の改善を命じられ、お付き合いに始めたんですが、丸2年になりました。 1時間少々、約5km。 時には石に躓いてあんよが痛いからパスなんて日もあって稼働率は9割5分ぐらいです。 愛妻ともども良く頑張
散歩道のお宅の庭何ですが、棘だらけのちょっと異様な木があります。 パキポディウム・ラメリー(Pachypodium lamerei )。 マダガスカル原産。 人気の塊根植物です。寒さに弱いので日本では鉢植えが主ですが、熱帯気候で乾季が長い南シナロアではこうして地植えで大きく
培養スタート準備完了、紅茶キノコ。皆様、紅茶キノコってご存じでしょうか? 家庭でできる発酵飲料でして、発酵有機酸やビタミンが豊富な健康飲料です。 僕が高校生のころ、ほんの一時だけですが日本ですごく流行りました。 クラスメートに作ってる娘がいて飲ませてもら
マサトランセントラルパークの汽水湖の日の出。 5月末の今、冬鳥たちは旅立ち水鳥はほとんどいなくなりました。 今いるのは鵜ばかり。 それからアメリカオオバンはうんと数は減りましたがヒナを連れているカップルもいます。 渡りをするグループと留まって繁殖すいるグ
マサトランには町中至る所に落書きと言うか壁絵がありまして、芸術作品としてもなかなかのレベルで町の景観をつくってます。 でもギャング系とか骸骨系とかパンク系とかグロイのが多くて僕にはちょっとね。 で、上の写真のは我が家の近くの市営市場の裁縫屋さんのシャッタ
お日様が真上から照る南シナロアの5月末。 港湾都市のマサトランは、夕暮れ時には風がピタリと止んで蒸し風呂状態になります。 夕凪現象ですね。 そして街路に花の香りでいっぱいになる。 香りの元をお見せしましょう。 インドセンダン。 英名のニーム(Neem)で知ら
5月の青い空に青い花。メキシコにも在来種の青いシマツユクサ、Commelina diffusaがあるが、マサトランの道端のツユクサは日本を含むアジア起源のツユクサCommelina communisかホウライツユクサCommelina auriculataようだ。 メキシコでは外来種です。空が白むころにはも
寄り目の愛猫、サンフリー。にほんブログ村
歩道にヤシの実がコロリン。 朝の散歩でヤシの実を拾うなんて、なんとロマンチックなんでしょう。 南国の夢ここに極まれりって思いませんか? さっそくマチェテで叩き割っていただこうではないか。拾ったのはここ。 熱帯地方に住んでればヤシの木なんてどこにでもありま
5月になってマサトランでは暑い日が続いてます。 今日も最高気温は33℃。 でも5月の暑さは嫌いじゃない。 乾季の終わりのからっと晴れた青い空。 木陰に入れば吹き渡る熱風すら心地よい。 そんな5月の南シナロアの、木に咲く花々をお見せしましょう。 ゴールデ
トルカ近郊の町、テナンゴ・デル・バジェ(Tenango del Valle)の市場の乾物屋さんのモレミックス(モレの素、下の桶に入ってるやつね)。 左から普通のモレ(普通って何だろう?)、チョコレート味モレ、アーモンド味モレ、緑のモレ、赤のモレ。モレは代表的なメキシコ料理
トルカで食べた、僕が住むシナロアでは見かけない果物。ライチ(Lychee)。 テモアヤの露店で買いました。 キロ40ペソ(350円ぐらい)。 メキシコではリチ(Lichi)って呼んでます。 初夏にたまにローカル市場見や露店で見かける果物ですが、高いし品も悪いんでスル
トルカの市場で見つけた、セタ(Seta)というキノコ。 日本で言うヒラタケですな。 僕が日本にいた頃は栽培品がシメジって名前で売られてたやつです。皆さん、キノコはお好きですか? 僕、大好きです。 日本にはいろんなキノコがマーケットで売ってますよね。 しかも安
トルカ市の路線バス。今回の旅では、市内や近郊への移動は全て路線バスでした。 2人で50回ぐらい乗ったよ。 料金はケレタロでは11ペソ、トルカは12ペソ。 まあ100円だね。 市域の外へ行く路線なら少し余計に払うけど、知れたもの。 もしタクシー使ったら膨大
テオテナンゴ遺跡を訪問した後、僕たちは遺跡の南西のピラミッドの横を通って脇道を下り、そのままテナンゴの町へ歩いて行きました。 20分ほどで教会や市庁舎がある中心地に着きます。 町へ行くなら遺跡入場ゲートに戻ると倍歩くことになります。この町、地図上ではテナ
入場ゲートから遺跡への道は急な上り坂だ。 この遺跡は河川平原を見降ろす急な岩崖に囲まれた台地の上にある。 メキシコ中央高地の古代遺跡はたいていそんな立地だ。 不便だろうにね。 なぜだろう? 僕が思うに、山の上の遺跡は支配者層が住んでいて、社交や政治や儀式
トルカ最終日は、テオテナンゴ遺跡(Teotenango)に行きました。 トルカ市から南へ約35km、テナンゴ・デル・バジェ(Tenango del Valle)市にあります。 あまり知られていない遺跡ですが良かったです。 この遺跡と一昨日記事にしたカリストラワカ遺跡だけでもトルカに
メキシコは、国民の7割以上に先住民(インディヘナ)の血が流れている国です。 まあメキシコ人って基本白人ワナビーですから実際はもっと多いでしょう。 先住民には何十もの部族がいるんですが、オトミ族(Otomi)は今回旅したメキシコ中央高地に広く分散して住んでいます
カリストラワカ遺跡は平原を見渡す山の中腹の斜面にあった。 小さな丸いピラミッドがあるだけかと思っていたが、とんでもない。 とても広大な遺跡だった。カリストラワカ遺跡も多くのメキシコの遺跡のように建設が始まったのは紀元前のかなり古い時代のようだ。 数千年の
円形のピラミッドがあるカリストラワカ遺跡(Calixtlahuaca)に行きました。 あまり情報がない遺跡ですが、とても良かったです。 トルカから10kmほどで、ローカル路線バスで簡単に行けます。僕たちの宿はトルカの中心街(セントロ)の近くだった。 セントロに歩いて行
セントロを探索し終わると、あとは特に何もないトルカ。 民泊のオーナーに聞けば立派な博物館や美術館、ショッピングモールなんかはあるよ。 そりゃまあメキシコの大都市ですもんね。 でも僕たちはそういうのは興味がない。 それならと勧められたのが、コスモビトラル植
ケレタロで4泊のあと、この日はトルカへ移動です。 トルカはケレタロから南へ200kmほど。 標高2700mの高地にある人口約100万人の大都市です。 トルカはメキシコシティの西方60kmですぐ傍なんですが、観光するものは何もないよ、誰もトルカなんかに
ケレタロのメルカード(市営市場)のクレメリア(Cremeria,乳製品やハムソーセージなんかを売ってる店)の店先にこんなのがぶら下がっていました。 何だろう? チーズだろうか? なんだか分からないけど、小麦色の色合いといい、艶や形といい、紐で縛られ様といい、すごく
ケレタロではずっと外食でしたが、特に変わった食べ物には出会わなかった。 メキシコシティと同じ文化圏なんだと思う。 サクッと行きます。宿の前のサンタクルス教会の広場の屋台。 先日お見せしましたっけ。 見にくいですが、上にメニュ-が写真付きであります。 左か
ケレタロ最終日。 遺跡から町に戻ったのは午後遅くだった。 熱波に痛めつけられた4日間。 蒸し風呂のような部屋には戻りたくなかった。 歴史地区を散歩することにした。ケレタロは標高1800m。 夕風が吹き始め、街は息を吹き返したようだ。 熱波が来てても朝夕は
ケレタロ3日目。 明日はトルカへの移動日だから実質最終日になる。 相変わらずの猛暑。 遠出はしたくない。 でもケレタロの町は昨日歩き尽くした。 近場で良いとこないかな? 白羽の矢が立ったのが、ケレタロ市域内にあるエル・セリト(El Cerrito)のピラミッドだっ
ケレタロの2日目も猛暑だった。 この日はペニャデベルナルという村の岩山を登るつもりだったが、予定を変更してケレタロの町巡りに充てることにした。 日本人転落死、猛暑でザイル溶ける、なんてなりかねないもんね。炎天下の歴史地区を縦横に歩いた。教会がたくさんある
今回の旅は、ちょうど熱波が来ていてケレタロの4泊はぶっちゃけ最悪だった。 最高気温は40℃で、しかもAirbnbの宿の廊下に温水器があって熱がこもるんだな。 小さな扇風機だけでは暑くて眠れない。 ホストのお姐さんに文句を言ったが、こんなに暑いの初めてなの、ごめ
メキシコの長距離バスは、たいていのガイドブックではプリメラプラス(Primera Plus)とETNの一等直通バスがお勧めになっている.。 広くて乗り心地が良いらしい。 もっとも安全とか。 サンドイッチと飲み物もくれるとか。 でも高いんですよ。 それに面白くないじゃん、
メキシコシティ空港には10時半に着いた。 これからメトロで北バスターミナルに行き、ケレタロ行きのバスに乗る予定だけど急ぐ旅でもない。 朝飯にするか。 今日はまだなにも食ってないもんね。 メトロの駅を素通りして歩道橋を登り、道路の反対側へ出る。 このあたり