私が東京へ戻り再び凌と暮らし始めてから、また新しい冬を迎えようとしていた。凌は影山エステートの専務として精力的に仕事をこなしていた。そして「リリー」のセラピストとして復帰した私を、古田さんや美紀ちゃん、他のスタッフも喜んで迎え入れてくれた。凌は私がス
事務所内がざわめいている。同じフロアで働く誰もが私を遠巻きに見て、コソコソと内緒話をしている。「あんな人、この職場にいたっけ?」「あれ、臼井さんでしょ?だって臼井さんのデスクにいるもの。」「どうしちゃったの?臼井さん。」こんな声が私の耳に
要さんのご自宅は、都内の下町にある和風建築な一軒家だった。築年数は古そうだけれど、門も庭の草木も綺麗に手入れされていて、要さんのおばあ様がしっかりとした老婦人であることを物語っていた。玄関の扉を開けると、要さんは大きな声で中にいるであろう人に呼びかけた
和木坂課長から幸田ミチルに連絡が来たのは、その夜から3日後のことだった。 (今度の日曜日にどこか遊びに行かないか?) (行きたいところある?) 幸田ミチルとして和木坂課長と会うのは本当にこれで最後・・・。だったら一番行きたいところへ行って、
和木坂課長に連れられて入ったオイスターバーの名前は「ムーンリバー」黒で統一されたモダンな店内のカウンターに、私と和木坂課長は並んで座っていた。JAZZのスタンダードナンバーが静かに流れ、間接照明のオレンジ色の灯りが、和木坂課長の憂いある横顔を照らす。
和木坂課長と約束した水曜日がやって来た。今日は更衣室のロッカールームに大きなカバンが詰め込まれている。カバンの中身は、幸田ミチルになるための洋服やバッグや靴。いくら私が職場でモブだからといって、気を緩めてはならない。和木坂課長には私、臼井ちさが幸田
家に帰り着いた私は、一眼レフのカメラを定位置に戻し、服を脱ぎ捨て、バスルームへと駆け込んだ。シャワーを浴びながら、クレンジングクリームを顔に塗りたくり、ジャバジャバとお湯で顔を洗い流し、幸田ミチルのメイクを落とす。バイバイ、幸田ミチル。そしてお帰りなさ
フリータイムも終わり、とうとうマッチングの時間がやってきた。小さな紙にひとりずつ、マッチングしたい相手の番号を書き、スタッフが手早くその紙を集める。男女共に、お互いの番号が書いてあれば、カップル成立だ。でも私は本日限りの幸田ミチルだから、誰ともマ
「ハイ、チーズ!」「ありがとうございました~!」「いえいえ。」私はダブルピースで被写体となっていた、茶髪ロングヘアーの女性にスマホを返した。女性は一緒に写った男性に「あとで写真、送りますね~」などと嬉しそうに話している。二人はもう連絡先の交換を
ねこんかつ会場「キャット×キャット」は、お洒落な猫カフェだった。今回の婚活パーティのキャッチコピーは「猫カフェで恋しちゃおうねこんかつ☆」どこに句読点を付ければいいのかまったくわからない。恐る恐るその猫カフェの透明な扉を開けると、赤いルージュの
日曜日の朝。布団で惰眠を貪っていると、スマホから「ダースベーダーのテーマ」の着信音が流れた。久々に真紀からの電話だ。私は寝ぼけまなこで、のそのそと布団から手を伸ばしてスマホを掴み、横になったままそれを顔の前に掲げた。「もしもし。」「あーもしも
「ブログリーダー」を活用して、きなこなさんをフォローしませんか?
私が東京へ戻り再び凌と暮らし始めてから、また新しい冬を迎えようとしていた。凌は影山エステートの専務として精力的に仕事をこなしていた。そして「リリー」のセラピストとして復帰した私を、古田さんや美紀ちゃん、他のスタッフも喜んで迎え入れてくれた。凌は私がス
私が東京へ戻り、再び凌と暮らし始めて1年が経ち、また新しい冬がやってきた。凌は影山エステートの専務として精力的に仕事をこなしていた。私も「リリー」のセラピストとして復帰し、古田さんや美紀ちゃん達と再び仕事に励んだ。凌は元々自動車の免許を持っていた
私は退院してからすぐに今まで通り、スナック「ゆり」で働き始めていた。ぼおっと休んでいるより、仕事をしている方が気が紛れた。私はゆりさんに頼まれて、お客様にだす料理の材料を買いに店の外へ出た。急いで買い物を終え、店へと帰る道を早足で歩いた。冷える
次の日、私はMRI検査という脳のレントゲンを撮った。病院の食事を食べ、あとは何をするでもなく、ただぼんやりと過ごした。本を読みたかったけれど、まだ脳を疲れさせることはやめなさいと看護師さんに注意された。私は窓の外の木の枝に止まる鳥を、所在なく見て
気が付くと、私は真っ白な部屋のベッドに仰向けで横たわっていた。ゆっくりと目を開くも、蛍光灯の光が眩しくて何も見えない。しばらくするとやはり白くて高い天井が目に映った。そのままぼんやりしていると、誰かが私の手を握りしめた。「りお!」今度こそしっ
スナック「ゆり」で働くようになって、もう1年が経とうとしていた。季節は1年前と同じ、寒い冬が訪れていた。ゆりさんが明日は一日店を閉めると私に告げた。スナック「ゆり」は基本定休日を定めていなかった。ゆりさんの都合と気分次第で突然店は休みになる。
次の日の午後、私は机を挟んで、ゆりさんの前に正座をさせられていた。私が大きなミスをしたときに行われる、説教タイムの始まりだ。「りお。昨夜の失態はどういうこと?」「・・・すみませんでした。」私はしおらしく頭を下げた。ゆりさんは呆れた表情で私を見
不動産屋の中年男性・・・大鶴さんに連れられて行ったそのスナックは繁華街の裏通りにある「ゆり」という名の店だった。古ぼけた雑居ビルの1階にある、小さなスナックだ。黒いガラスの自動ドアから店に入ると、カウンターの向こうに、紫色の派手な蝶の柄が入ったワンピ
ダウンジャケットにジーパン、そして首には凌がクリスマスにプレゼントしてくれたピンクのマフラーを巻いて、私は後ろ髪を引かれる思いで家を出た。郵便局のATMで少ない貯金を下ろし、地下鉄に乗ってとりあえず新宿へ向かった。どこへ行けばいいかなんてわからない。で
私は絶望に打ちひしがれながら、凌とコユキの匂いがする家へ帰った。コユキがケージの中でピピっと嬉しそうに鳴いた。私はその鳴き声を聞きながら、ぼんやりと椅子に座りこんだ。どれくらいの間、そうしていただろう。ふいに私は自分がしなければならないことを思い
凌は影山エステート東京支社で重要なポストに就いた。でも優秀な部下が凌の負担を減らしてくれているらしく、以前のように夜遅く帰ることは少なくなった。私は、変わらず「リリー」でセラピストとして働いていた。凌と私とコユキで、一緒に朝起きて、夜ご飯を食べて、笑い
家に着くと私と凌は部屋着に着替え、キッチンのテーブルを挟み、向かい合って座った。凌のただならぬ様子に雰囲気を変えようと、私はつとめて明るい声をだした。「ビールでも飲む?」私が椅子から立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを出そうとすると、凌はそれを止めた。
秋ももうすぐ終わりそうな11月。「リリー」がある靖国通り沿いには、賑やかな屋台が並んでいた。花園神社で毎年恒例である「酉の市」が行われるからだった。花園神社は江戸時代から「新宿の守り神」として地元の人から愛されている神社だ。その日は新宿の人出が
初夏のある日。凌が知り合いの人から小鳥を貰って帰ってきた。「ヒナを沢山産んじゃったんだって。もう無理矢理押し付けられたようなもんだよ。俺、鳥なんか飼ったことないし、困ったなぁ。」その小鳥は綺麗な空色の身体に頭部は白く黒いぶちが入った、つぶらな丸い瞳を
アロマオイルマッサージのお客様を送り出して、手の空いた私は給湯室で汚れたタオルを洗濯することにした。洗濯機のないこの店では、洗濯は全てスタッフが手洗いする。夏が近づいていた。桶に水と洗剤をいれ、その後タオルを水につけ揉み洗いする。冬の水の冷たさ
寒い冬が過ぎ、日差しが温かい春がやって来た。凌に劇団の友人達と新宿御苑で花見をするから、伊織も一緒に行こうと誘われた。「私はいいよ。凌はお友達とお花見、楽しんで来て。」「伊織と今年の桜を一緒に見たいんだ。きっとソメイヨシノが綺麗に咲いてるよ。」
お正月休みに凌は、鎌倉にある実家へ帰ると私に告げた。実家には父親と義理の母、そして義弟が暮らしているとのことだった。凌は自分の実家のことをあまり話したがらなかった。妾の子として引き取られた凌が、実家でどんな扱いを受けていたのかは容易に想像できた。
和やかな夕食が終わると、影山さんはストーカーがドアを叩くのを玄関の前で待機すると言った。いつでもストーカーを追いかけることが出来るように、影山さんはあらかじめ革ジャンを羽織り、スニーカーを履いたまま上がり框に体操座りをした。「伊織ちゃんは部屋の奥にいて
私と古田さんと美紀ちゃんは着替えをし店を出ると、降り出した雨をよけながら、隣のビルの地下にあるサイゼリヤに入った。窓際の4人掛けテーブル席にそれぞれ座った。「あ~お腹すいたね。何食べようか?」「サイゼと言ったらやっぱりミラノ風ドリア一択でしょ。」
リラクゼーションサロンに来店するお客様は、やはり肩こりや腰痛を訴える人が多い。さきほど担当した少し肥満気味な女性客も、腰を重点的にマッサージして欲しいという希望を最初に告げられた。私はその肉付きのよい腰の脊柱起立筋の際を親指で指圧していった。「あ
私が東京へ戻り再び凌と暮らし始めてから、また新しい冬を迎えようとしていた。凌は影山エステートの専務として精力的に仕事をこなしていた。そして「リリー」のセラピストとして復帰した私を、古田さんや美紀ちゃん、他のスタッフも喜んで迎え入れてくれた。凌は私がス
私が東京へ戻り、再び凌と暮らし始めて1年が経ち、また新しい冬がやってきた。凌は影山エステートの専務として精力的に仕事をこなしていた。私も「リリー」のセラピストとして復帰し、古田さんや美紀ちゃん達と再び仕事に励んだ。凌は元々自動車の免許を持っていた
私は退院してからすぐに今まで通り、スナック「ゆり」で働き始めていた。ぼおっと休んでいるより、仕事をしている方が気が紛れた。私はゆりさんに頼まれて、お客様にだす料理の材料を買いに店の外へ出た。急いで買い物を終え、店へと帰る道を早足で歩いた。冷える
次の日、私はMRI検査という脳のレントゲンを撮った。病院の食事を食べ、あとは何をするでもなく、ただぼんやりと過ごした。本を読みたかったけれど、まだ脳を疲れさせることはやめなさいと看護師さんに注意された。私は窓の外の木の枝に止まる鳥を、所在なく見て
気が付くと、私は真っ白な部屋のベッドに仰向けで横たわっていた。ゆっくりと目を開くも、蛍光灯の光が眩しくて何も見えない。しばらくするとやはり白くて高い天井が目に映った。そのままぼんやりしていると、誰かが私の手を握りしめた。「りお!」今度こそしっ
スナック「ゆり」で働くようになって、もう1年が経とうとしていた。季節は1年前と同じ、寒い冬が訪れていた。ゆりさんが明日は一日店を閉めると私に告げた。スナック「ゆり」は基本定休日を定めていなかった。ゆりさんの都合と気分次第で突然店は休みになる。
次の日の午後、私は机を挟んで、ゆりさんの前に正座をさせられていた。私が大きなミスをしたときに行われる、説教タイムの始まりだ。「りお。昨夜の失態はどういうこと?」「・・・すみませんでした。」私はしおらしく頭を下げた。ゆりさんは呆れた表情で私を見
不動産屋の中年男性・・・大鶴さんに連れられて行ったそのスナックは繁華街の裏通りにある「ゆり」という名の店だった。古ぼけた雑居ビルの1階にある、小さなスナックだ。黒いガラスの自動ドアから店に入ると、カウンターの向こうに、紫色の派手な蝶の柄が入ったワンピ
ダウンジャケットにジーパン、そして首には凌がクリスマスにプレゼントしてくれたピンクのマフラーを巻いて、私は後ろ髪を引かれる思いで家を出た。郵便局のATMで少ない貯金を下ろし、地下鉄に乗ってとりあえず新宿へ向かった。どこへ行けばいいかなんてわからない。で
私は絶望に打ちひしがれながら、凌とコユキの匂いがする家へ帰った。コユキがケージの中でピピっと嬉しそうに鳴いた。私はその鳴き声を聞きながら、ぼんやりと椅子に座りこんだ。どれくらいの間、そうしていただろう。ふいに私は自分がしなければならないことを思い
凌は影山エステート東京支社で重要なポストに就いた。でも優秀な部下が凌の負担を減らしてくれているらしく、以前のように夜遅く帰ることは少なくなった。私は、変わらず「リリー」でセラピストとして働いていた。凌と私とコユキで、一緒に朝起きて、夜ご飯を食べて、笑い
家に着くと私と凌は部屋着に着替え、キッチンのテーブルを挟み、向かい合って座った。凌のただならぬ様子に雰囲気を変えようと、私はつとめて明るい声をだした。「ビールでも飲む?」私が椅子から立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを出そうとすると、凌はそれを止めた。
秋ももうすぐ終わりそうな11月。「リリー」がある靖国通り沿いには、賑やかな屋台が並んでいた。花園神社で毎年恒例である「酉の市」が行われるからだった。花園神社は江戸時代から「新宿の守り神」として地元の人から愛されている神社だ。その日は新宿の人出が
初夏のある日。凌が知り合いの人から小鳥を貰って帰ってきた。「ヒナを沢山産んじゃったんだって。もう無理矢理押し付けられたようなもんだよ。俺、鳥なんか飼ったことないし、困ったなぁ。」その小鳥は綺麗な空色の身体に頭部は白く黒いぶちが入った、つぶらな丸い瞳を
アロマオイルマッサージのお客様を送り出して、手の空いた私は給湯室で汚れたタオルを洗濯することにした。洗濯機のないこの店では、洗濯は全てスタッフが手洗いする。夏が近づいていた。桶に水と洗剤をいれ、その後タオルを水につけ揉み洗いする。冬の水の冷たさ
寒い冬が過ぎ、日差しが温かい春がやって来た。凌に劇団の友人達と新宿御苑で花見をするから、伊織も一緒に行こうと誘われた。「私はいいよ。凌はお友達とお花見、楽しんで来て。」「伊織と今年の桜を一緒に見たいんだ。きっとソメイヨシノが綺麗に咲いてるよ。」
お正月休みに凌は、鎌倉にある実家へ帰ると私に告げた。実家には父親と義理の母、そして義弟が暮らしているとのことだった。凌は自分の実家のことをあまり話したがらなかった。妾の子として引き取られた凌が、実家でどんな扱いを受けていたのかは容易に想像できた。
和やかな夕食が終わると、影山さんはストーカーがドアを叩くのを玄関の前で待機すると言った。いつでもストーカーを追いかけることが出来るように、影山さんはあらかじめ革ジャンを羽織り、スニーカーを履いたまま上がり框に体操座りをした。「伊織ちゃんは部屋の奥にいて
私と古田さんと美紀ちゃんは着替えをし店を出ると、降り出した雨をよけながら、隣のビルの地下にあるサイゼリヤに入った。窓際の4人掛けテーブル席にそれぞれ座った。「あ~お腹すいたね。何食べようか?」「サイゼと言ったらやっぱりミラノ風ドリア一択でしょ。」
リラクゼーションサロンに来店するお客様は、やはり肩こりや腰痛を訴える人が多い。さきほど担当した少し肥満気味な女性客も、腰を重点的にマッサージして欲しいという希望を最初に告げられた。私はその肉付きのよい腰の脊柱起立筋の際を親指で指圧していった。「あ