北条の里源頼朝を支え、鎌倉時代を事実上支配した北条氏。旧東海道の宿場町三島の南に位置する現在の伊豆の国市周辺を支配しました。平治の乱で敗れた源頼朝が流人として約20年を過ごしました。頼朝が流された蛭ヶ小島は伊豆半島の中央を流れる狩野川の中洲付近にあったとされます。北条政子産湯井戸北条氏菩提寺願成就院鎌倉幕府初代執権北条時政の墓弥勒堂あやめ御前供養塔この地から京の宮仕えとなったあやめ御前平家政権の重鎮、従三位源頼政に見初められ、妻となります。頼政は源頼朝に先立って挙兵したものの宇治で敗れ、頼政の敗死の後、この地で草庵を結び頼政の菩提を弔いました。西林寺鎌倉幕府の滅亡から150年室町幕府政所の伊勢新九郎盛時は駿河、今川氏の家督争いをきっかけに成り上がり、韮山城を本拠地に、やがて伊豆の地に攻め入り、さらに相模地...思い出フォト1212017年5月北条の里