オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。
コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。
「……あー、分かった陽子ちゃん」 と、抱きついた先の人が、耳元でささやいてくる。「きみ、抱っこしてほしかったんだろ」 うん。 と返した声がかすれてしまった。 ちゃんと伝わらなかったかも。と憂いたのは一瞬だった。奥村がすぐに抱き返してくる。両手を背中に回してくる。やさしく。 この部屋の中も、耳にふれている奥村の顎か首すじあたりの肌も、あたたかい。 のに、手にふれているカーキ色のブルゾンはまだ、ひんやり...
「それじゃあ失礼いたします。あっ――はい、どうも。おやすみなさい」 エレベーターの箱の中。 母に別れを告げながら、奥村は6のボタンを押していく。 扉が閉まり、一階から上昇する際。箱全体がガタゴト揺れたものだから、バランスを崩してよろめいてしまう。 そこを、とっさに支えられていた。奥村に。 流しこんだアルコールはまだ分解できていないはず。でも醒めている。酔ってはいない。 からだ全部がふわふわしているの...
もうこちらがまともだと分かっているから、奥村は介抱なんてしてこない。誰かの携帯を耳にあてたまま、先に車から降りてしまった。 渡された革財布からわたわたと千円札を取り出して、渡して、釣りを受け取って。会話の一部始終を耳にしていただろうに素知らぬふりをしてくれる運転手に軽く礼を告げ。 ホテルの入口前で待っていてくれていた人のもとへ、駆けていく。 回転ドアの向こうから、やわらかな光がのびている。華やか...
覚醒してみれば、携帯の向こうが話す内容まで難なく聞こえてきてしまう。 はきはきと喋る母の声は大きい。タクシー運転手の耳にも届いていそうなほどに響いていた。一言一句、余すことなく。(うちの陽子、家の鍵忘れてってるのよ、家の鍵。あのね、玄関の靴箱のうえに、ポーンて、置いてあってね?)「家の、鍵ですか?」(そうそう。あのね? 小学校のお友達の集まりで遅くなるとは聞いてたんだけどね? あのー。私のほうはね...
・ よいしょ、とシートの奥へ抱えられるように押し込められた。もう遠慮することなく目をつぶる。 タクシーの中は幸せなくらいあたたかい。何も心配することなく羊水に浮かぶ、胎児にでもなったかのよう。 バタン、とドアが閉められていくのを、夢うつつで聞いていた。「すみません。近くで申し訳ないんですけど、大通のホテルAサッポロまで」「あっ、全然全然。ホテルAサッポロですね。分かりました」 奥村と優しそうなタ...
外の冷気にまとわれても、酔いと眠気は容易に去らない。凍えるような寒さのはずなのに。 奥村に抱えられるようにしてふらふらと、深夜のすすきのを歩いていた。 まぶたをとじてしまったら完全に眠りに落ちてしまいそうだから、懸命に薄目をあけて。 どこら辺を歩いているのだろう。わからない。ネオンの明かりと、走る車のヘッドライトと。通り過ぎていく知らない誰かのダウンジャケットと、肩を貸してくれる奥村の吐く白い息...
宴が終わり、酔いと眠気につつまれた帰り道。 エレベーターの扉の向こうに、山本夫妻が見えている。 深夜一時すぎのカラオケ店。 たぶん明日、いえ今日の昼、函館行きの特急に乗る奥村を送る際、二人には札幌駅で会えるだろう。だから挨拶もそこそこに、ただ手を振って終わりにした。今夜はここで、さようなら。 もんのすごく眠いから、笑顔をつくれたかは分からない。 エレベーターの扉が閉まって、山本夫妻が見えなくなった...
「……あ?」 問われて、間抜け声をつなげてしまう。「――うん、はい。まあ。そうです」「陽子ちゃんてさ。いま、奥村くんと付き合ってるわけじゃない?」「ああ、まあ」「学はどうなの? どう思ってるの?」「はい?」 どうって?「二人を見てね? 複雑な気持ちになったり、しない? だって昔好きだった子が友達と付き合ってるわけでしょう」「ああー」 詩織とは反対の、左の車窓に目をうつす。 繁華街は抜けてしまい、あっとい...
そこでいきなり、体が前のめりになっていく。 急ブレーキがかけられたのだ。 勢いで、詩織の膝に置いてあったハンドバッグもすべり落ちていく。 あっ! と二人同時に叫び声をあげていく。こちらは咄嗟に、右を、隣を守るために腕を出していた。 その腕に、しがみついてきた詩織の手。白く、子供みたいに小さな手。左の薬指のプラチナリング。「……あぶなかった」 衝撃がおさまってから、詩織の手が腕から離れていく。ひと安...
・ 知っているのに知らないふりをしているのはつらかった。一方では奥村の気持ちを知りながら、詩織と時間を共にしていたことに卑しくも、心地よさを感じていた。 けれどそれは過去のこと。 記憶の中からまさぐって、思い出すにすぎなくなっている。 あれから。 少し遅れて外に出た時にはすでに、奥村と小笠原陽子はいなかった。似ている人すらいなかった。 結局、詩織と二人だけで夜の街を歩いていた。実家に戻るためのタ...
「ブログリーダー」を活用して、小田桐 直さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。