オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。
コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。
突き当たれば、左へと繋がる通路。 人間ふたりは並んで行けない狭い廊下を、山本の母親に教えられたとおり進んでいく。 バタークリーム色をした壁。ほのかにたゆたう花の香り。 良い式場だと思った。こぢんまりしていても、いつまでも留まって居たくなるようなあたたかさがある。あのステンドグラスの教会といい、陽でたっぷり温もりそうなガラス張りの休憩室といい。 控え室Aと札のある部屋のドアが、開け放たれていた。す...
[Episode06.どうもこんばんは] −−−−−− コンタクトレンズをつけているのも、それによって視界がクリアでいられるのも、中川美菜のおかげだ。正規の価格より三千円分安くなるカードをくれた彼女のおかげ。 洗面台の鏡と向き合ってレンズを入れる時。瞳に指をくっつけて取りはずす時。彼女のことがちりちりと頭をかすめる。 うす青色をしたソフトコンタクトレンズ。割引カードをしっかり利用してしまうあたりは抜け目ないだろう...
・ すでに入籍を済ましていても、式を挙げるとなると心もちが違うのか。 本番を明日に控えて落ちつかないのは理解できる。 だが喋りすぎている。 初めのうちこそぎこちなかった詩織は、休むことなしに話し続けていた。 山本が常に忙しく、式の打ち合わせ時間を確保するのが大変だったこと。新婚旅行先のハワイで写真を撮るため、フィルムをたくさん買いこんできたこと。親に頼み込まれ、ドレスではなく色打掛姿での記念写...
無言の状態でいるのがおかしかったのか、詩織がくすくすと笑いはじめた。 それにつられてまた、こちらも笑ってしまう。「あのね詩織さん。何をさっきから笑ってんのさ、きみは。俺もつられて笑っちゃうでしょうよ」「いや、だって。だってなんか、おかしいんだもん」 何がどうおかしいのか分からない。「……いや、まあいいけどさ。ところで、いよいよ明日でございますね、結婚式」「うん」「大丈夫? そっち、抜かりなし? 準備...
[Episode05.おしゃべりな彼女] −−−−−− コンタクトレンズを入れた目で見つめる、自分の部屋。 つけっ放しのテレビ画面。テーブル上の雑誌と携帯電話。青い遮光カーテンのその柄。床の板の目。 くっきりと見えている。しかも装着しながら違和感がない。中川美菜の言っていた通りだ。ソフトレンズというのはなかなかいい。すぐになじんでしまった。 山本と詩織の挙式を明日に控え、仕事から早く帰ってきた土曜の夜。ダークグレ...
・ 勾配ある道を、慎重にのぼってやってきた。 車道がもともと狭いのに、雪が積もっているからますます狭い。ハンドル操作を誤って轍からタイヤがずれると、ボールのように車体がバウンドしてしまう。 その度にうわーうわーと喚きつつ、なんとか中川のアパート前へと辿り着いた。 言われたとおりだった。彼女のアパートは、お世辞にも綺麗とは言えないところだった。洋風の新築一軒家とレンガ造りの四階建てマンションの間に...
感情表現が豊かだった。言葉に出さずとも不満や喜びをあっさり示す女だった。「ピンキリかなあ」「は?」「いや、ピンからキリまでいろんな子がいて。彼女」 中川の台詞の真似だった。ピンキリ。「なにそれ。ピンキリいたなんて、やな感じ。なんかむかつく。すんごい遊んでそう奥村」 吐き捨てられて、クッと苦笑い。「いや遊んでは、ないよ。うん。長く続かないってだけで。付き合ってもすぐ振られるの繰り返しだったし」「……...
細かな雪がビュウビュウと窓から入り込んでくる。 中川は長い髪を押さえたままだ。表情はやはり分からない。 風が顔にぶつかるので思わず目を細めてしまう。呼吸がまた、つらくなっていく。「なに歩いてんだよ! こんな中でよく……乗れよっ!」 叫ぶと、「えっ? あ。奥村? 」 と中川は悠長な声。切迫しているのが、こちらだけとは。「そう、奥村! お前……なーん……きょとんとした顔すなっ! 乗れ早くっ」「え、でも。いいの...
・ 目を細めながら自分の車に向かっていた。 吹きつけてくる強風で息が出来ない。雪は上から横から下から、あらゆる方向から、ぶつかってくる。ぴりぴりと顔が痛い。 耐えられずにジャケットについていたフードを被ると、少しだけ楽になった。 車はどこだろう。 視界が非常に悪く、どこにあるのかすぐ探し出せなかった。雪をざくざく踏みつけながら前へ進む。なんとか車を見つけ、鍵をあけて運転席に乗り込む。 ドアを閉...
・ 閉店する一時間前だったろうか。 あれだけ忙しかったのに吹雪きだしたとたん、店内はがらりと静まってしまった。ユーヴイホワイトを買い求めに来たあの客も、すぐいなくなってしまった。 男子更衣室のガラス窓がガタガタ揺れている。カーテンもない小さなすりガラス。強風に煽られて飛ばされてきた雪が、窓枠にびちりとくっ付いていた。「わや吹いてんな」 と、ぼそり。 最近、独り言の癖がついてしまった。更衣室には自...
・「店員さん!」 忙しそうなレジへ加勢に向かっていたら、背後から声をかけられた。振り返ればからし色のコート。例の、鎌倉の大仏頭の女性客だった。「あのさあ私ホワイトニング欲しいんだけど見づがんないんだわぁ」「はいっ?」 函館人は青森の津軽弁に近い訛りがある。よく聞き取れなかった。「すみません、お客さんいまなんて」 鎌倉の大仏頭は首をかしげて苦笑い。「ホワイトニングね。化粧品! 欲しいんだわ!」「……あ...
中川から傘をもらい受け、鼻を啜る。 ずい分重たい傘だな、と思いながらも彼女と並んで歩き出した。 積雪をかき分けていかなければならなかった。だから足元が重かった。怪我した傷もちくちく痛む。 それにしてもこの傘は大きい。大人ふたりの肩が無理なくおさまってしまう。 それほど背が高くない右隣に目をやれば、中川の頭の天辺。チョコレート色の髪の毛も見えていた。「……そっか」「うん?」「今日なーんか中川いねぇな...
[Episode03.最悪です] −−−−−−−−−−−− 結婚式には行く。 山本夫妻にあらかじめ伝えてあるのだから、この返信葉書は出さずともいいのだろう。 ご出席。 ご欠席。 どちらか○でお囲みください。(一月二十日までにご投函くださるようお願いします。) 出席を丸で囲み、他の字を二重線で消した葉書を、郵便ポスト前で眺めていた。ついでのように「おめでとう。当日を楽しみにしています」と足した字は右上がり。 とうとう、あ...
こういう雰囲気になるのを避けたくて言えなかったようにも思う。苦笑いしながら自分のうなじを撫でていた。「いやあのね、悪いね。なんか俺、変なこと言っちゃって」 そこで詩織が顔をあげる。向こうから何か言おうとしているところを遮って、続けていた。「や、あのさあ。ダメなんだべね。よく分かんないけどダメなんだわ。あのー、おたくらはさ? 何だかんだあっても結局は一緒になったでしょ? それだけさ、結びつきが強い...
ひとめ見て、この封筒が何なのか分かってしまったのだが。 受け取れないまま黙っていると、詩織が困ったように口を切る。 あの、これね?「二度目なんだけど、招待状。あの、結婚式の」 テレビをつけていないと部屋は静かだ。 山本と詩織の視線を感じながら、封筒を受け取っていた。「――おめでとう……ああ、やっとかあ。やっと結婚するんだ。いかったね。ホント、いかったわぁ」 いや。と山本がかぶりを振る。「もう入籍は...
・ ファンヒーターに、急いで灯油を足して出てきたはいいが。 その時指にこぼしてしまった匂いがずっと消えない。手を洗っても。詩織が出してくれたおしぼりで拭っても。「俺の手にさあ、灯油ついて臭くって。悪い。多分、おしぼりに変な匂いついちゃったわ」 「え? ううんいいよ? 別に気にしないで」 詩織が空のグラスを持ってきて、ことりとテーブルへ置いてくる。細長い透明グラスを。 ここは誰かのアパートの部屋と...
HOME O&O INDEX あの別れから三カ月近く過ぎ、今日はクリスマスイブ。奥村高志は異動先の函館にいた。暇な勤務先の店舗でつい目につくのは、同僚の中川美菜だ。彼女は、どことなく陽子に似ていた。 CONTENTS 01・函館 1 2 3 無断転載を禁じます。Copyright © 小田桐直 sunao odagiri All Rights Reserved. TOP O&O INDEX &nbs...
一人で店に残っていたのは、今夜の締め当番だったからだ。 事務所の窓、商品を保管している倉庫、いたるところの施錠を確認して電気を消す。シャッターを閉めていく。警備会社のセキュリティシステムをセットして外へ出た。 夜は怖い。この店は閉店してしまうと駐車場の照明を消してしまうので心もとない。それでも雪のある夜はそれだけで明るく感じられた。 いまは穏やかな空模様だが、昼間に降り落ちた雪がそのまま積もっ...
奥村。と呼び捨てするのは、この店では店長とこの中川ぐらいだ。年下ばかりの職場。アルバイトもほとんどが年下だ。みな律儀に「奥村さん」。 中川は販売営業部にずっと属していると言う。短大卒で、同い年の二十六歳。この新店舗が出来て、もともと函館にあった小さな店舗から移ってきたのだ。「あー、悪いんだけどセロテープ貸してくんない? そこのポップ、剥がれそうになってたんだわ」「あ、そうなんだ。いいよ」 中川が...
[Episode01.一年後のクリスマスイブ] ------------------------------- チョコレートみたいな色をしていた。 背中まで伸びていた。 泣いて泣いて、陽子はずっとうつむいていた。その顔を隠していたあの長い髪の毛ばかり覚えている。強風でばさばさと乱れていた髪の毛が今でも、強烈に残っている。 最後の陽子として。 ・ 検品はすべて終えてしまった。 ひと段落したところでぼんやりと中川を見ていた。化粧品ブースで...
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