親の介護他自身の介護への不安を ブログを通して紹介してきましたが、自身が入院、要介護となり 志半ばで、ブログをお休みさせていただく事となりました。 親の介護でストレスを抱えながらも日々奮闘されている皆様、 健康に気を付けて介護を乗り切って下さい。
両親の介護を通して、私が介護される側になった時への備えの重要性を書いていきます。両親の介護から葬儀までを振り返ります。
要介護の親が亡くなり無人となった実家の断捨離は毎週末の休日を利用して1年強にも及んだ。 そこでの教訓は自分の家族には家の事で負担を掛けない様に日常的に断捨離を行う事。 出来れば要介護前に家をすっきりさせたい。
親の介護が親の死によって終わっても、まだまだ終わらない断捨離と処分という仕事。 2人兄妹で1年間毎週末の休日を作業日に充てて断捨離、処分そして 解体と少しずつ前に進めた。 断捨離は親が元気な内から始めるべきだ。
父親を在宅介護の末亡くし実家は誰もいなくなり姉妹で家の片付けに1年間毎週末通い断捨離を行いました。 実家は妹夫婦が相続が決まったが 家の片付けをしない限り売却も出来ない状況で兄妹分担での断捨離となった。
先の見えない親の在宅介護では ネガティブになりがちですが、そんな嫌な事の中に楽しみを一つ見つけて維持継続する事で、介護ストレスを和らげる効果とポジティブな作用をもたらしてくれると思う。
親の在宅介護が始まり頼れる人が身近にいない家族が病んでしまうストレスに苦しむ事例が数多くある。 介護を経済面で支える制度だけでなく介護ストレスを解消できる様な精神面のケアをする気軽に入れる施設の構築を願う。
経済力のない親が要介護になった場合、その家族が肉体的にも経済的にも介護に携わざるを得ない状況となり介護ストレスになりやすい。 その場合、義理の関係の妻に親の介護を押しつけると家庭崩壊や夫婦関係の破綻などリスクも多い。
親の介護ストレスも仕事のストレスも溜めこまずに即吐き出し、言葉で伝える事が一番のストレス解消のコツであり、ため込む事つまり我慢や忍耐が美徳と思う人ほど 将来の要介護のリスクが上がる事になります。
日本人は勤勉で真面目だから介護においても自分の事は後回しにしてストレスを抱えてしまう。 海外の人に見習い、人前でも 遠慮せずに喜怒哀楽をその場で 出し切る事が、終わりの見えない 親の介護を乗りきる秘訣ですね。
親の介護ストレスは仕事を言い訳できる男に比べて女性のストレス負担が大きいと思う。 仕事で休日出勤、接待で介護が出来ないと妹に親の介護を任せてしまった感は否めない。
私の親の介護のストレス解消法は 親の自宅に向かう道中や親の日用品の買い物中の車内で大声で歌を唄いまくる事が当初唯一のストレス解消法であった。親の介護の後 ストレスを家に持ち込まない、仕事に持ち込まない為の自分なりの選択であった。
私達兄妹姉妹を育ててくれた親が要介護となり兄弟姉妹で分担して介護をする事になったが今はそれぞれ独立し家庭を持っているため またそれぞれの性格もあり均等な親の介護は望めないし、兄弟姉妹の代表者が無理強いをする事も出来ない。
この世に生を授かり親に育てられ社会人として独立した。しかし生まれた家が裕福で兄弟姉妹も多く 何事も助け合える環境に生まれるとは限らない。経済的に苦しく兄弟姉妹もいない一人っ子家庭では 在宅介護しか選択肢がなく、心身ともに疲弊した心身を支えてくれる存在もいない。
親の介護をする兄妹姉妹も早や60歳、老老介護となりますが、せめて親を看取る迄は兄弟姉妹も健康を維持し親の介護をしたいもの。 近年、親の介護中、介護前に 兄弟姉妹が先に要介護になる話もあるくらい親不孝?な健康に問題を抱える兄弟姉妹が増えているそうです。
親の介護を兄妹姉妹で分担も介護が長期化するといつの間にか兄弟姉妹の年齢も60歳を過ぎて親の介護も終わっていないのに子が要介護で親の介護離脱なんて話もちらほら聞きますが、子世代も高齢者の仲間入りをする前に、もう少し健康に対する取組をしていきたいですね。
親の介護をしていた兄弟姉妹も、 いつの間にか60歳という年齢になって、親の要介護の心配以上に 自らの容態が悪化して・・・。 親と同じ症状の兄妹、物忘れが酷くなった姉妹など老老介護に足を踏み入れ、今後ますます大変になる親の介護。
高齢になったら、いやその前から 高齢になっても心身が健康であるような取り組みをして健康寿命を 1日でも長く保てるように人との交流や趣味を継続し、健康に関心を持ち老後を要介護なく楽しみたい。
高齢者の認知症予防として愛犬を飼う事が非常に効果があるそうだ しかし飼い主が高齢で気力、体力 愛情、経済力がなく愛犬を最後迄看取る覚悟がないのならばやめたほうが良い。愛犬が不幸になるだけだ。
父親が認知症になって、強かった父親がこんなにも弱い存在になったのかと驚きながらも、父親の認知症を反面教師として、認知症のない老後を迎えるために今私に出来る事は何か?を自問自答しながら自らも老後を迎えようとしている。
父親が認知症の進行で要介護になったのは、家に家族が不在となり 会話が途絶えた事と、何でも話せる友人の存在がない事、そして 仕事一筋で趣味を持たなかった事で、より要介護や認知症のリスクが高まった事です。
親の認知症の発症は一途に子供だけに愛情を注いで子育てだけを生き甲斐にしていた親ほど、子供が独立し親から離れて行った後に 発症しやすいのではないか? そのきっかけは、仕事を辞めた、 人との交流がなくなった時なども認知症のきっかけになり得る。
母親にもペットの愛犬にも要介護の末に先立たれ、父親も隠居の身で社会との関わりがない中で、話す機会や考える機会が殆どなく、 私達家族が遊びに行く度に、うまく言葉が出ない、考えがまとまらない認知症のはしりのような状態になっていった。
父親が母親に先立たれ独り暮らしになってから物忘れによる迷子や 家の中の物の置き場が判らなくなり、離れて暮す私や妹が度々呼び出されたり、警察に保護され警察に迎えに行ったりと認知症の進行による要介護状態に。
亡き父親の認知症介護を終えて 子である私もいつの間にか60歳を過ぎて、認知症?と思われる症状が日常生活で見られるように。 それも昨日今日の事を忘れてしまう事例が多く、妻にも呆れられている。緊張感のない日々は 認知症介護も近くなる
両親の介護も終わったが要介護は私達子世代にも忍び寄る。 60歳を超えて私達夫婦にも物忘れという認知症の一歩というような 現象が多々起きている。 水栓の止め忘れやドアの閉め忘れ等、要介護に一歩近付いたような行動が多くなった。
両親の介護は終えた。その中で母親が亡くなり独り暮らしとなった父親の認知症の進行の早さは通いの介護をしていた私や妹にとって 自分達の日常生活にも影響を与える事件の連続であった。
母親は家族も含めて人の為に動く事は好きな人だったが、自分自身の健康維持については自らが病院を受診する事がなく、体調不良でも人に悟られない様に平然と日常生活を送るような、弱みや痛みを人に見せない人でしたので、要介護予防というか 病気を未然に防ぐような病院の受診は皆無でした。
要介護は若い頃健康な人ほど善しを重ねると健康診断の受診率が低いようだ。私の母親も健康を絵に描いたような人であったがために パーキンソン病となり要介護になる迄、健康診断を受診しなかったのだ。健康な人ほど若い頃からの要介護予防が必要だ。
行動的でポジティブな母親は介護初期は辛いリハビリも毎日頑張り 再び日常生活に戻れると信じていました。しかしパーキンソン病が進行し、寝たきりとなり目標を失った瞬間、母親は生ける屍となり 日々天井を見つめるだけになった。
母親の介護体験で一番辛かった時期は母親が寝たきりの在宅介護になってから。 季節を感じる事もなく、病気が進行していくだけの日々。 外出もできない、窓越しに景色も見れない、そんな介護生活でした。
家族において母親が介護となると一家が機能不全となると感じた瞬間でしたが、私たちなりに正月気分を味わってもらおうとしたのですが、パーキンソン病で筋力の低下をした母親におせち料理を楽しんでもらう事が出来ず、静かな重苦しい正月となった。
皆さん新年おめでとうございます 今年も親の介護について私の体験を親の介護をする皆さんに刺激を受けながら日々書いていこうと思っています。 親の介護って先の見えない苦しい日々が続きますが、独りで抱える事無くオープンに自分をさらけ出す事で周囲に支えられて 続けられると思っています。
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親の介護他自身の介護への不安を ブログを通して紹介してきましたが、自身が入院、要介護となり 志半ばで、ブログをお休みさせていただく事となりました。 親の介護でストレスを抱えながらも日々奮闘されている皆様、 健康に気を付けて介護を乗り切って下さい。
親の介護や自身の介護に対する ストレスの解消方法は立ち止まらずに将来の介護の備えを怠らない事
親の介護を終えて安堵した瞬間に 将来自分が要介護になる前に介護の備えをしておきたいという志が 忘れられ親と同じ介護ストレスの道を歩む事だけは避けたい。 親の介護で抱えたストレスを 次世代にかけてはいけない。
親の介護や自身の将来の介護を考える上で経済的負担もストレスになりますね。 日常生活費の他に介護や入院費用を工面するとなれば、それなりの貯蓄が必要でありストレスが蓄積される大きな問題です。
介護ストレスって親の介護をしている時だけではなくて、自分が老いた時の要介護に対する不安も介護ストレスだと思うんです。 親と同じ轍は踏みたくないと自分の介護に対する備えに思い悩むのも介護ストレスではないか?
定年退職を居て何をするでもなく 隠居している人は老化や要介護のスピードが速いものだと感じる。 ご近所の隠居の年金生活者は年々 足腰が弱くなり歩行スピードが遅く辛そうである。
退職して年金暮らしになった際に 気を付ける事は現役時代と同じ金銭感覚から身の丈に合った生活レベルへの見直しです。 生活費が少なくなったのに交際費や娯楽費などを散在していれば やがて破綻し要介護時の備えもない最悪のシナリオとなる。
年金を多く貰う為に繰り下げ受給 するか?健康で動ける余力を残して年金受給年齢を決めるのか? 年金額が増えても自身が要介護で 楽しめないなら、元気な内に新たな挑戦をする事も良し。
年金に頼った生活を始めるタイミングは出来れば要介護ではなく自分で身の回りの事が出来る健康な状態で始めたい。 それには健康管理、適度な運動や 適度な短時間労働で日父の関わりを絶やす事なく生活する事
年金受給年齢を繰り下げて年金受給額を増やす方もいます。健康のためにも社会と関わる為にも働く事は良い事ですが、健康寿命を過ぎてからの年金受給は、ただ介護や医療の為だけに年金を受給する事にならないか?
定年退職して年金暮しになったら 好きな頃をやって生活するぞ と思っている人も多いと思いますが、何をしたいのか?40年近くの時間をどう使うのかを考えないと ただ長いだけのつまらない40年に なり、身心も衰え、要介護になってしまう事にも繋がります。
定年して年金暮らしとなり初めて思い知った仕事以外の付き合いの なさを嘆いていても仕方ないので これから40年、要介護に負けない 身心を作り、仕事以外の生き甲斐を持ち続けるためにも、新たな気持ちで人の輪に飛び込む覚悟が必要だ。
定年後、年金暮し後に時間を持て余す人は、仕事以外の人間関係を疎かにしてきた人。会社時代の様にもう誰も私達の事を気にかける人はいないから。 要介護なく心身共に健康に過ごしたいなら、新人のつもりで人の輪に飛び込むしかない
定年退職後も生き甲斐を持ち生きる事は簡単なようで難しい。 現役時代の管理職のプライドが邪魔をして、新人のつもりで人の輪に入れなければ、定年後は1日が長く寂しい生活に終始する。 そして心身は日々衰え要介護に まっしぐらとなる。
退職は老後前の一つの区切りである。私は雇用延長で60歳以降も働いているが、責任ある職務から解放され生き甲斐という意味では物足りない日々だ。こんな気が抜けた状態がたとえ働いていても要介護に近付く要因となる。
親が認知症になり要介護となれば その家族にも生活のリズムを変えて親の介護の時間を作るべく覚悟が必要となります。 今まで育ててくれて寄り添ってくれた親への恩返しの時間は残りわずかです。
親の介護を今迄他の家族に任せていた長男が自身の早期退職により 時間が出来た事で親との面会や帰宅申請等の要求がエスカレートして、介護施設やケアマネとの交渉役の長女が悲鳴
親だから要介護や認知症は仕方ない等と考えるのでなく、自身も60歳を過ぎれば要介護や認知症にならないための取組や備えについて 考える事が重要です。
親が元気な内に感謝を伝えたり 行動で示しておかないと、認知症 になった親に恩着せしても、もはや要介護になった親に子供の愛情は伝わらない。
親が元気な内に親孝行すればいいものの、男家族って親が要介護や認知症になって初めて親孝行を意識する遅さがあります。 卒業他就職、結婚等親への感謝のタイミングはこれまで何回もあったのに。
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親の介護や自身の将来の介護を考える上で経済的負担もストレスになりますね。 日常生活費の他に介護や入院費用を工面するとなれば、それなりの貯蓄が必要でありストレスが蓄積される大きな問題です。
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定年して年金暮らしとなり初めて思い知った仕事以外の付き合いの なさを嘆いていても仕方ないので これから40年、要介護に負けない 身心を作り、仕事以外の生き甲斐を持ち続けるためにも、新たな気持ちで人の輪に飛び込む覚悟が必要だ。
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