親が要介護をきっかけに介護施設に入所し実家が無人となり断捨離をする事になったが重量物の多い二階からの運び出しは決して若くない子供にとっても重労働だ
両親の介護を通して、私が介護される側になった時への備えの重要性を書いていきます。両親の介護から葬儀までを振り返ります。
親が要介護をきっかけに介護施設に入所し実家が無人となり断捨離をする事になったが重量物の多い二階からの運び出しは決して若くない子供にとっても重労働だ
引き継ぎ手が決まっていない親の家が親の介護施設への入所や亡くなった事で無人になった。 親からの引継ぎなくもので溢れる家の断捨離は想像以上に過酷だ
自身が要介護になったら我が家の不要物はどうなるの? 子供は独立して実家には戻らない 事を念頭に心身が健康な内に断捨離や家の処分方法を家族で話し合う事
樹木葬や納骨堂の墓を選ぶことは 少子高齢化で全国に分散した家族の人的、経済的な負担を抑える点で非常に有難い墓の形である。 今迄の墓石では毎年のお布施や、 維持管理に人手がかかり、遠方の家族の負担となっていた。
少子高齢化の現代において、墓の維持管理費がかからず、管理も事務所で行ってくれる樹木葬という形はこれからの世代にも受け入れられる墓地の新しいスタイルであると思います。
人は時には何もかも忘れて穏やかな時を過ごす事が必要だ。 介護ストレスも仕事のストレスも 桜を眺めながらの両親の墓参りの時ばかりは、穏やかに そして無になれる瞬間だ。
子供は幾つになっても親にとっては子供であり、結婚や出産、孫、 新築、学費と援助は終わる事はありません。親にとっては要介護に備える歳でも やはり子供を優先してしまう。ですから親が年金暮しになっても資産形成は自身の為と共に子供の為にも なるのです。
老後は好きなように生きる。それは簡単な事ではありません。 定年を境に気力体力が衰えてしまえば、要介護に近付くだけでなく 年金では不足する生活費を預貯金を取り崩す事でしか生きていけない。やはり僅かでも働いて稼いだお金を増やす努力なしでは豊かな老後、要介護のない生活は営めない。
子供が独立し、住宅ローンを完済したら後は頭語の要介護や自身の生活資金だけを考えればよいと思っていたが、住宅のリフォームは勿論の事、子供の新しい家庭への援助など高額の援助が必要なので ただ取り崩すだけの生活は出来ない。
60歳を過ぎたら老後の要介護の備えにシフトを変えていたが、娘の結婚式が決まり、介護の備えの前には子供の結婚や新居への援助や 出産など子への出費が暫くは続くと実感した。
親の介護やこれから高齢者の仲間入りをする私達の介護や老後に関する独り言です。 40年以上税金や保険料を納めてきた私達に給付金があるのならば、 対象者全員が受給できる様な周知を徹底して頂きたい。
私達60歳以上の雇用延長者は給与が大幅に減額される事を国は知っているのだろうか? 要介護や老後に備えて懸命に60歳以降も働いているのに、給与は減るが税金や保険料は引き落とされ しかも60歳以降も低賃金で働く者の助けになる給付金制度は縮小、廃止の方向なんて、働いているのに増々苦しい生活である。
親の事をよく知る家族とのやり取りはケアマネにとって非常に神経を使うもの。 だって何十年も暮してきている 家族に経験値が足りないなんて 言われながらも、立ち止まることなく行動するのですから。
ケアマネージヤーと親の家族のパオプ役は家族の代表者ですが親の介護に対する要望を家族でまとめてケアマネに伝えるという大切な役目ですが、家族の中にも言いたい事を押しつけて来る者もいて 家族とケアマネの間でオタばさみ 非常に辛いストレスの溜まる役どころです。
親世代の平均寿命が○○歳だとしたら、あと何回、介護施設で親と面会できるだろうか?と考えると 時間はあるようでない。 なのでケアマネさんも忙しい事は 判りますが日時の連絡は期日を守って親との面会を助けてほしい。
ケアマネさんも親の家族の意向を実現する難しさはありますが、家族の代表者もまた家族とケアマネ、介護施設との狭間でストレスのかかる役どころです。 何の責任もない家族が言いたい放題で疲弊してしまう事も。
親の介護をする家族の求める介護への要望とケアマネの考える介護へのスピード感は明らかに違う。 家族が求めるのは親を1分1秒でも早く楽にさせてあげたい気持ちだが、ケアマネのそれは1週間後、1か月後とかなりのタイムラグがあるように思う。
親は家族にとってかけがえのない存在であり無償の愛で1日でも多く支えてあげたいと思うが、 対して介護施設やケアマネは 施設全体の安全面や健康面を判断する人の命を預かる責任がある。 どうしても無償と商売や人の命という事を優先せざるを得ない
親の家族の希望と介護施設やケアマネ側の連絡に誤差があり、面会やお見舞い、かかりつけ医への 定期健診の日程が2~3日前まで 決まらない事が多く、仕事を持つ家族は急な休みの変更などで非常に困っている。
60歳を過ぎて雇用延長したとはいえ、1度肩の荷が下りてしまうと 現役時の様に責任感や達成感を 得られる事なく淡々と生きていませんか? 肩の荷が下りた瞬間と生き甲斐のない日々は要介護まっしぐらとなる事を肝に銘じて下さい
私の亡くなった母親の様に、日々懸命に生きたいと願っていても 全身の筋肉がなくなり要介護、寝たきりとなり逝ってしまった事を 思い出し、60歳を過ぎても気を抜いてはいけない、公私共に緊張感を持って達成感を味わう為に日々過ごすべきであると思う
要介護や認知症は気から。 定年退職を機に心身共に気の抜けた状態は、その後働き続けていたとしても要介護や認知症に近付いてしまう。幾つになっても目標や 緊張感を維持できなければ、明るい老後は訪れない。
親の介護時には『もし、私が要介護になったら』なんて考えもしなかったが、親を見送り自身が60歳を過ぎて、自分の身に衰えを感じて初めて味わった時のショックは 計り知れなかった。 そして親の介護時に自身の介護予防の行動を起こすべきであったという後悔。
親の介護をし親を見送れば次は私達子世代が要介護や認知症に備える順番です。 その事に気付くのが自らの心身の異常が起きてからでは遅いのです。親の介護をしながら自らの将来の要介護予防を考え、健康維持の取組をはじめるべき。
仕事仕事の毎日から定年退職で解放され不規則な生活で要介護に近付いてしまう悪循環の日々。 仕事を続けたとしても60歳以降は 単純作業で何となく気が緩んだ日々を送ると心身の衰えが顕著になり要介護へ一歩前進。
老後は自宅で酒三昧?1日中テレビでぐうたら等、なんの目標設定もなしに年金暮らしやアルバイトを始めても、現役時代に得られた 達成感や生き甲斐は感じません。 むしろ要介護に認知症に日々近付くための生活になってしまう。
両親が病気や怪我をきっかけに 要介護や認知症になった事を 私が60歳を超えて実感する日々。 仕事も責任感が亡くなり、ただ言われた事をこなすような日々が続くと、自ら考え、話し、行動する 事がなくなり心身の衰えが進行していく事を実感します。
特に男性の場合、仕事に生きがいを持って働いていた人が多いので 60歳以降、緊張感や責任感から解放されて『何を生き甲斐に生きれば?』と心身ともに要介護に近付く方が多い気がします。
60歳以降も働いているとはいえ、 役職からは解かれ責任からも緊張感からも解放された今、心身ともにお気楽モードで何か気の抜けた日々を送っていると、体を過度に動かす事も、頭を使う事もなく 心身の衰え等、要介護へ近付いていると実感する。
私も生前の両親を在宅介護時には イライラしたり感情を表に出して しまったりと介護ストレスを感じ 日々を過ごしていました。 介護ストレスは仕事にも悪影響 介護ストレスで厄介なのは仕事や 日常生活にもイライラを持ち込み 周囲の人にも嫌な思いをさせて しまったかな?という時も多々 あったと思います。 そんな介護ストレスは家族との コミュニケーション不足や 仕事でのミスにも繋がる事が多く 今思えば家族や同僚、友人に 正直に親の介護の悩みを打明け 全てを吐出した上で介護の先輩の 良きアドバイスに耳を傾けて 内にため込んだ介護ストレスを 周囲と共有する事で明日への 活力へと変える事が一番の薬で あると身を…
介護ストレスに悩むあなたは真面目で勤勉な方に多い。つまり手を抜く事をしない人ほど、親の介護所ではない重度のストレスを抱えて日々懸命な介護をしていますね
ストレスを解消するのが不得手な方は、仕事以外に付き合いのない人や仕事という趣味?以外に時を忘れる事の出来る好きな事、趣味がない人が多い。
介護ストレスをひとまず忘れて オメガトライブのライブ会場で 40年前の私に戻ってきました。 オメガのライブが近付くと代り栄えのない日々のモチベーションが 上りまくりでした。ライブの為に 働き、辛いなんて思わない。 介護もそうありたい。
介護ストレスに悩みながら親の介護をしてきた60歳過ぎの男が、 40周年を迎えたオメガのライブで あの頃の自分に戻ってきました。 この時ばかりは、親の介護、自分の介護は忘れて、20歳代の希望に溢れたあの頃にタイムスリップして歌いまくってきました。
母親に義理の母親(祖母)の介護を任せきりにして好き勝手にお山の大将をしていた父親が認知症で要介護となっても、親という愛情は湧く事はなく、長男の私は仕事の様に淡々と仕事の様に介護をこなした。
認知症の父親は亡くなる1か月前に父親の若かりし頃のアルバムを見つけ、毎日、毎日思い出を懐かしみ、その表情は認知症の父親ではなかった。
認知症の父親の介護末期は昔懐かしいアルバムを頭に目に焼き付けるように毎日、毎日 アルバム鑑賞三昧の日々。まるで父親自身が死期を悟っているかのようにむさぼるように写真を眺めた。
父親が認知症で在宅介護となり、ひとりでの外出で警察に保護されて以降、独りでも家にいる事が多くなり、更に人との会話や風景を楽しむ事がなくなり認知症が進む中、父親の昔の写真が父親にとって唯一の癒しの時間となった。
父親が認知症となり在宅介護とデイケアへの通所を始めたが、父親が亡くなる少し前、父親は自宅で趣味の登山や父方の親戚との写真をどこから見つけたのか眺めて楽しむようになった。
資産整理で人と対面する叔母は元経営者らしく集中力を持ち毅然と振舞うが、何もないオフの1日の叔母はただの要介護のおばあさん であり、まるで別人だ。
要介護にも関わらず資産を整理し 親族等に分配をするため日々銀行や不動産屋と打合せを重ねるが、その時の真剣な表情や集中力は 独り佇む自宅では完全に病人の顔となる。
肺炎で要介護生活の中、残された時間の中で遺産整理を行い、銀行や不動産屋と交渉の日々の中で、 自宅での完全オフの日の叔母は 人前では決して見せない病人の顔である。
要介護の身の元経営者の叔母の資産の整理は法人と個人の両方を整理するので本当に労力がかかる。叔母自身の残された時間の中で肺炎と闘いながらも銀行等との話は気を抜くことが出来ない。
肺炎で要介護の叔母が病気を押して資産整理を急ぐのは、周囲に迷惑を掛けずに、親族の利益になる物だけを残し負担のなる物は整理してからという周りに配慮する姿勢であり・・・。
義理の母親が要介護で介護施設入所中の為、長男が未使用の土地の買い手を見つける為に奔走していたが、少しでもお金に換えようとすると見つからなかった買い手が・・・・。
義理の母親は介護施設に入所し認知症も進行する中で義理の母親名義の土地の処分に同居していた長男が日々奔走している。もう使用品K不動産の処分は義理の母親が存命の内に済ますべき重要課題であり・・・・。
介護施設への入所から3年が経ち 義理の母親は認知症を始め心身ともに衰え、一時帰宅の自宅を我が家と感じなくなった。 しかし長女が嫁ぐときに義理の母親が直伝した長女の煮物の味だけは覚えていた。
義理の母親が介護施設に入所して3年以上が経ち、たまの一時帰宅でも、自宅に戻った感情も無くなり、帰宅後1時間ほどが経過すると介護施設を家と呼び、はたく帰らなきゃと そわそわする義理の母親は、認知症の進行が顕著だ。
義理の母親が介護施設に入所し3年以上が経過したが、義理の母親の家は現在、長男が独り暮らしで あまりにも多い不要物に、長男の呼びかけで、3世代分溜まった不要物の断捨離を兄弟姉妹で行う日々
認知症の父親を介護するにあたり 周囲に迷惑を掛けない事、家族が介護した水環境を優先すべきか? はたまた父親の意見を尊重して 父親に過度なストレスを負わせない事がベストなのか?
独り暮らしの父親の認知症介護対策として父親に私の家での同居を勧めたが、実家にこだわる父親は 環境を変える事を拒み、結局父親の独り暮らしは続行し、結果、 近所や警察に迷惑を掛ける事に。
母親亡き後、父親は認知症が進行し家の事は何も出来ないので、離れて暮す私達家族に連日電話で呼び出しの日々。 住み慣れた家に居たいけど、独りでは何も出来ない父親の憂鬱
今は亡き父親の認知症後の物を隠す性癖は食パンを物置に大量に隠す事。以前、私が介護に実家に行ったときに、父ポ屋が独り暮らしなのに食パンを2袋買った事を注意して以来、食パンの購入はなくなったと思っていたのだが、ある日物置から大量の食パンが出てきた。
父親が認知症になり進行が進むにつれ警察や近所に迷惑を掛ける回数も増え、独り暮らしの父親に介護施設への入所を勧めたが、その時ばかりは正気の父親が頑なに拒んだ。
親が高齢になり介護方法を考える前に、老後を自分の手足で楽しめる健康維持の為の方法をまず構築し健康寿命を伸ばす事を考えよう。 健康でなければどんなに良い介護施設でも、住み慣れた自宅でも楽しい生活は送れない。
親が介護施設に入所を希望したが 親に介護施設費用を賄う年金額や 預貯金はなかった。親の望み通りの介護をする事は同時に親の資産状況を確認しどうすれば親の希望の介護が出来るのかを預貯金、NISA等で親の介護費用を捻出する取組を家族全員で共有し実行する事。
母親の介護の末期に『早く家に帰りたい』と訴えた。しかし自立生活が出来ない、胃瘻で栄養を取る母親に医療付介護施設の選択肢しかなかった家族の後悔を書いています。
親が介護施設への入所を希望しても介護保険では賄えない高額の入居費用がなければ介護施設への入所は叶わない。 介護施設の高額な施設費に対応する介護保険制度を望む。
親の要介護度が上り介護施設に入所したいが特養は待機時間が長く即入所が出来ないので泣く泣く高額の民間介護施設へ入所。親の資産が僅かで家族の介護負担が家計に重くのしかかる。
介護保険は親が望むなら介護施設への入所の為にも使える保険と思っていたが、入所費用や施設費などの高額な費用は自己負担であった。
『え~っ、介護保険は介護施設の入所費用には使えないの?』 介護保険の勉強不足でショックを受けた当時の私。 一番負担の大きい介護施設の入所費用に介護保険を使えないなんて
パーキンソン病で筋力を失った母親を家族として長生きしてほしいと胃ろうという選択をしてしまった罪悪感はぬぐえない。 延命しても母親が楽しいと感じない要介護生活は誤った選択をした 家族にあるのではないかと後悔
パーキンソン病で要介護になった 母親は医療付介護施設に入所して間もなく自治器での食事も出来なくなり、医師からは延命のためにも胃ろうという選択肢を提案された。家族としては長生きしてほしい気持ちがかえって母親を苦しめてしまったのではないか?
母親が原因不明の病に侵され病名が判るまで幾多の病院を盥回しにされパーキンソン病と判った頃には寝たきりの要介護状態となった 病名を発見し、治療に適した病院を紹介してくれる医師は何処にいるのか?
大好きな趣味で出掛ける事と引き換えにパーキンソン病を患い病院通いの日々となり、筋力の低下で ただ寝ているか病院通いの日々に
手先の器用な母親の趣味の1つに油絵があり、旅行先での油絵を描く事がライフワークとなっていたが、パーキンソン病という病に邪魔されて旅行とセットの風景画を描く事は不可能となり要介護での在宅介護の日々
手先が器用な母親は趣味と実益を兼ねて裁縫をしていたが、筋力の低下が著しく、パーキンソン病という病で手先の器用さを失い寝たきりの要介護となった
健常で趣味も多彩だった母親がパーキンソン病に侵され要介護となった。丈夫だった体はみるみる筋力が低下し、やがて手足を使う事も食事を取る事も出来ずに要介護の寝たきり生活に。
仕事上の付き合いのみで生きてきた父親は定年後には関わっていた人たちとの付き合いは続くことなく、寂しい老後生活の中で新しい人間関係を築く事なく認知症進行の日々を過ごす事になる。
父親の認知症介護において人付き合いのない父親の認知症の発症は時間の問題であった。 独りは気が楽な反面、問題発生時等で自分の思いを人にぶつけられない事、良きアドバイスが貰えない事などマイナス面の方が大きい。
父親というのは現役時代は仕事だけが生き甲斐だったから、定年して在宅すると話す相手もいなければ、やるべき事も判らない。 当たり前の共同作業が出来ないし 人の中に飛び込む事も出来ないので会話も無くなりやる事も判らず認知症を発症する方が多い。
男親の場合、私のケースは父親が定年退職後に真の友人が皆無で独りで会話のない生活の中で認知症発症となり要介護となったが、仕事上の付き合いはうわべだけの世界であったと気付く。
定年後に人とのやり取りがなくなり、情報源と言えばテレビ過信分だけ。人に意見したり相談したり 人のいう事に耳を傾けたりという 当たり前のやり取りもなく認知症を発症した父親の介護生活が始まった。
母親が亡くなり世間との交流や会話が皆無になり不安から頭が真っ白になり、今やっていた事を忘れてしまい、家族である私達への呼び出し電話が日常化してきた。 定年して在宅が多くなり、更に母親の死で会話をする相手もいなくなり、認知症の進行が早くなった。
父親が認知症になったのは母親に先立たれ独り暮らしがきっかけで 家の事はまるで分らない父親は不安との戦いで浮き沈みの大きな在宅介護生活となった。
冠婚葬祭では特に昔ながらのやり方というものが田舎や旧家には存在する。その事を考えずに今回の場合は葬儀方法において親の遺志だから家族葬です。で通用しない、理解を得られない事が判った。
家族が独立し親自身が高齢になってきたら実家の財産の事や介護費用や葬儀費用なども家族と共有しておく事が、親のもしもの事に備える事に繋がります。 家族は親の家とはいえ親の預貯金の事、介護や葬儀方法まで把握していませんから。
12月~3月にかけて各地で厳しい 寒さが続きますが私の身近でも 亡くなる方が多いですね。 寒い時期は葬儀が多い 要介護で在宅介護中の方や介護 施設に入所中の方もおりました 高齢で免疫機能が低下している 方が多く持病もある方が殆どで ふとした体調不良が死に繋がって しまうので本当に怖いですね。 ついこの間近況を聞いたばかり の方が数日後には亡くなるなんて 亡くなった私の両親の事を思い出 してしまいますね。 【中古】 親の葬儀と手続き・相続・法要のすべてがわかる本/二村祐輔,中村麻美【著】価格: 220 円楽天で詳細を見る 私の両親共に介護方法や症状は 違えど、亡くなる当日には元気 でしたから今ま…
私が20歳の時からの40年後の資産計画は非常に甘い物でした。 60歳までに家族を独立させて、住宅ローンなどの借金を完済させれば、残りの人生は自分の介護や病気の備えプラス貯蓄があれば大丈夫と高をくくっていた私が60歳を超えた時、まだまだ家族を支え踏ん張るべきであると気付いた。
新しい家族を持った30歳の頃は 子供を無事卒業させて住いのローンを完済すれば、あとは自分の趣味や旅行を楽しめると浅はかな考えでしたが、現実は60歳を過ぎてから、子供の結婚や出産、住まいのリフォームなど第二の大きな出費が待っている現実があった。
退職後の収入が年金だけの場合 要介護や入院、リフォームや家族の冠婚葬祭等のイレギュラー?に 備える事は出来ないし、家族に迷惑を掛ける事になるので、まだ元気な人、蓄えがある人は年金以外の収入源を出来るだけ多く確保する事
親の介護を体験し介護の将来の備えへの重要性を知りNISAで老後資金作りを始めたがコロナ禍でどん底の状態で始めたNISAが2023年12月にどんな成績になったのか 答え合わせをしてみた。
私も60歳を過ぎて要介護の症状が 出ている中で家族が新しい幸せを trに入れて喜ばしい限りだあるが これからも健常な状態で幸せを 見届けたい、噛みしめたい。 それには自身がこの目でこの手や足で幸せに立ち会える健康維持が必要だ。
我が国の高齢化社会の現状は健康寿命よりも平均寿命を重視するような仕組み自体が誤っている。 高齢になっても要介護のない自立した生活を送れる健康維持方法を 国が主導となって取り組んでほしい。少子化の我が国ではシニア層にも国を支えて貰わねばならないからこそ健康で長生きする健康プロジェクトの推進を望む。
2023年から2024年にかけて著名人の65歳前後の方のお別れが非常に多い。介護の備えも10年、20年先ではなく3年5年スパンで自分のエンディングの事を考えなければならない。平均寿命が高くても健康寿命は意外と低いので、自分のまさかの為の準備や備えは早めに準備したほうが良い。
要介護の親が亡くなり無人となった実家の断捨離は毎週末の休日を利用して1年強にも及んだ。 そこでの教訓は自分の家族には家の事で負担を掛けない様に日常的に断捨離を行う事。 出来れば要介護前に家をすっきりさせたい。
親の介護が親の死によって終わっても、まだまだ終わらない断捨離と処分という仕事。 2人兄妹で1年間毎週末の休日を作業日に充てて断捨離、処分そして 解体と少しずつ前に進めた。 断捨離は親が元気な内から始めるべきだ。
父親を在宅介護の末亡くし実家は誰もいなくなり姉妹で家の片付けに1年間毎週末通い断捨離を行いました。 実家は妹夫婦が相続が決まったが 家の片付けをしない限り売却も出来ない状況で兄妹分担での断捨離となった。
先の見えない親の在宅介護では ネガティブになりがちですが、そんな嫌な事の中に楽しみを一つ見つけて維持継続する事で、介護ストレスを和らげる効果とポジティブな作用をもたらしてくれると思う。
親の在宅介護が始まり頼れる人が身近にいない家族が病んでしまうストレスに苦しむ事例が数多くある。 介護を経済面で支える制度だけでなく介護ストレスを解消できる様な精神面のケアをする気軽に入れる施設の構築を願う。
経済力のない親が要介護になった場合、その家族が肉体的にも経済的にも介護に携わざるを得ない状況となり介護ストレスになりやすい。 その場合、義理の関係の妻に親の介護を押しつけると家庭崩壊や夫婦関係の破綻などリスクも多い。
親の介護ストレスも仕事のストレスも溜めこまずに即吐き出し、言葉で伝える事が一番のストレス解消のコツであり、ため込む事つまり我慢や忍耐が美徳と思う人ほど 将来の要介護のリスクが上がる事になります。
日本人は勤勉で真面目だから介護においても自分の事は後回しにしてストレスを抱えてしまう。 海外の人に見習い、人前でも 遠慮せずに喜怒哀楽をその場で 出し切る事が、終わりの見えない 親の介護を乗りきる秘訣ですね。
親の介護ストレスは仕事を言い訳できる男に比べて女性のストレス負担が大きいと思う。 仕事で休日出勤、接待で介護が出来ないと妹に親の介護を任せてしまった感は否めない。
私の親の介護のストレス解消法は 親の自宅に向かう道中や親の日用品の買い物中の車内で大声で歌を唄いまくる事が当初唯一のストレス解消法であった。親の介護の後 ストレスを家に持ち込まない、仕事に持ち込まない為の自分なりの選択であった。
私達兄妹姉妹を育ててくれた親が要介護となり兄弟姉妹で分担して介護をする事になったが今はそれぞれ独立し家庭を持っているため またそれぞれの性格もあり均等な親の介護は望めないし、兄弟姉妹の代表者が無理強いをする事も出来ない。
この世に生を授かり親に育てられ社会人として独立した。しかし生まれた家が裕福で兄弟姉妹も多く 何事も助け合える環境に生まれるとは限らない。経済的に苦しく兄弟姉妹もいない一人っ子家庭では 在宅介護しか選択肢がなく、心身ともに疲弊した心身を支えてくれる存在もいない。
親の介護をする兄妹姉妹も早や60歳、老老介護となりますが、せめて親を看取る迄は兄弟姉妹も健康を維持し親の介護をしたいもの。 近年、親の介護中、介護前に 兄弟姉妹が先に要介護になる話もあるくらい親不孝?な健康に問題を抱える兄弟姉妹が増えているそうです。
親の介護を兄妹姉妹で分担も介護が長期化するといつの間にか兄弟姉妹の年齢も60歳を過ぎて親の介護も終わっていないのに子が要介護で親の介護離脱なんて話もちらほら聞きますが、子世代も高齢者の仲間入りをする前に、もう少し健康に対する取組をしていきたいですね。
親の介護をしていた兄弟姉妹も、 いつの間にか60歳という年齢になって、親の要介護の心配以上に 自らの容態が悪化して・・・。 親と同じ症状の兄妹、物忘れが酷くなった姉妹など老老介護に足を踏み入れ、今後ますます大変になる親の介護。
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親が要介護をきっかけに介護施設に入所し実家が無人となり断捨離をする事になったが重量物の多い二階からの運び出しは決して若くない子供にとっても重労働だ
引き継ぎ手が決まっていない親の家が親の介護施設への入所や亡くなった事で無人になった。 親からの引継ぎなくもので溢れる家の断捨離は想像以上に過酷だ
自身が要介護になったら我が家の不要物はどうなるの? 子供は独立して実家には戻らない 事を念頭に心身が健康な内に断捨離や家の処分方法を家族で話し合う事
樹木葬や納骨堂の墓を選ぶことは 少子高齢化で全国に分散した家族の人的、経済的な負担を抑える点で非常に有難い墓の形である。 今迄の墓石では毎年のお布施や、 維持管理に人手がかかり、遠方の家族の負担となっていた。
少子高齢化の現代において、墓の維持管理費がかからず、管理も事務所で行ってくれる樹木葬という形はこれからの世代にも受け入れられる墓地の新しいスタイルであると思います。
人は時には何もかも忘れて穏やかな時を過ごす事が必要だ。 介護ストレスも仕事のストレスも 桜を眺めながらの両親の墓参りの時ばかりは、穏やかに そして無になれる瞬間だ。
子供は幾つになっても親にとっては子供であり、結婚や出産、孫、 新築、学費と援助は終わる事はありません。親にとっては要介護に備える歳でも やはり子供を優先してしまう。ですから親が年金暮しになっても資産形成は自身の為と共に子供の為にも なるのです。
老後は好きなように生きる。それは簡単な事ではありません。 定年を境に気力体力が衰えてしまえば、要介護に近付くだけでなく 年金では不足する生活費を預貯金を取り崩す事でしか生きていけない。やはり僅かでも働いて稼いだお金を増やす努力なしでは豊かな老後、要介護のない生活は営めない。
子供が独立し、住宅ローンを完済したら後は頭語の要介護や自身の生活資金だけを考えればよいと思っていたが、住宅のリフォームは勿論の事、子供の新しい家庭への援助など高額の援助が必要なので ただ取り崩すだけの生活は出来ない。
60歳を過ぎたら老後の要介護の備えにシフトを変えていたが、娘の結婚式が決まり、介護の備えの前には子供の結婚や新居への援助や 出産など子への出費が暫くは続くと実感した。
親の介護やこれから高齢者の仲間入りをする私達の介護や老後に関する独り言です。 40年以上税金や保険料を納めてきた私達に給付金があるのならば、 対象者全員が受給できる様な周知を徹底して頂きたい。
私達60歳以上の雇用延長者は給与が大幅に減額される事を国は知っているのだろうか? 要介護や老後に備えて懸命に60歳以降も働いているのに、給与は減るが税金や保険料は引き落とされ しかも60歳以降も低賃金で働く者の助けになる給付金制度は縮小、廃止の方向なんて、働いているのに増々苦しい生活である。
親の事をよく知る家族とのやり取りはケアマネにとって非常に神経を使うもの。 だって何十年も暮してきている 家族に経験値が足りないなんて 言われながらも、立ち止まることなく行動するのですから。
ケアマネージヤーと親の家族のパオプ役は家族の代表者ですが親の介護に対する要望を家族でまとめてケアマネに伝えるという大切な役目ですが、家族の中にも言いたい事を押しつけて来る者もいて 家族とケアマネの間でオタばさみ 非常に辛いストレスの溜まる役どころです。
親世代の平均寿命が○○歳だとしたら、あと何回、介護施設で親と面会できるだろうか?と考えると 時間はあるようでない。 なのでケアマネさんも忙しい事は 判りますが日時の連絡は期日を守って親との面会を助けてほしい。
ケアマネさんも親の家族の意向を実現する難しさはありますが、家族の代表者もまた家族とケアマネ、介護施設との狭間でストレスのかかる役どころです。 何の責任もない家族が言いたい放題で疲弊してしまう事も。
親の介護をする家族の求める介護への要望とケアマネの考える介護へのスピード感は明らかに違う。 家族が求めるのは親を1分1秒でも早く楽にさせてあげたい気持ちだが、ケアマネのそれは1週間後、1か月後とかなりのタイムラグがあるように思う。
親は家族にとってかけがえのない存在であり無償の愛で1日でも多く支えてあげたいと思うが、 対して介護施設やケアマネは 施設全体の安全面や健康面を判断する人の命を預かる責任がある。 どうしても無償と商売や人の命という事を優先せざるを得ない
親の家族の希望と介護施設やケアマネ側の連絡に誤差があり、面会やお見舞い、かかりつけ医への 定期健診の日程が2~3日前まで 決まらない事が多く、仕事を持つ家族は急な休みの変更などで非常に困っている。
60歳を過ぎて雇用延長したとはいえ、1度肩の荷が下りてしまうと 現役時の様に責任感や達成感を 得られる事なく淡々と生きていませんか? 肩の荷が下りた瞬間と生き甲斐のない日々は要介護まっしぐらとなる事を肝に銘じて下さい
生活費(公共料金、生活必需品) の支払を1枚のカードでの支払いにする事で、生活費にプラスアルファーのポイントを得る事が出来ます。 ただ介護や医療に備える退屈な老後から、ポイントで好きな物を選べる小さな幸せを得よう。
老後の生活費をやりくりしながら趣味も楽しんでゆく。それには無駄な出費をとことん抑える事。 本の衝動買いも図書館を利用すれば出費0で楽しめます。 介護や医療に備えながら趣味も楽しむという事は、それ以外の無駄を省く事。
退職後に生活レベルをペースダウンしなければ、その後の生活は赤字に転落する。100あった給与が70にまで減少し老後の介護や医療の備えをしながら、かつ生活を楽しんで生きるには無駄な出費を抑える事。その無駄の最たる例が自販機での飲料買いだ。1日100円1か月3,000円の無駄が生活水準の落ちた老後生活を直撃する。
貴方が定年退職をする頃、子供は既に社会人となり、独立して新しい家族を築いているでしょう。 そうしましたら、子供が学生の時の様に生命保険は必要ないでしょう。生命保険を解約か減額して老後資金に充てるか、投資信託等で老後の将来の備えをする事が良いと思います。
定年退職後の再就職は給与の減額が避けられないので、切り詰めた生活を心掛けると同時に、雇用保険の便利な制度を有効活用するべきです。その制度は高年齢雇用継続給付金で、給与が前職の75%以下の場合に、2か月に1度給付される。現役時の給与を全額カバーできるわけではないが、ぜひ利用したい。
定年退職をしても社会保険完備の会社でアルバイトでもいいので働く事はメリットしかありません。 人との関わりを維持しながら厚生年金を納め、結果、年金額を増やすことが出来る。 老後の介護等の将来の備えも出来る訳です。
自分の老後の介護や生活資金を少しでも増やすには、国民年金の未納付期間がないか確認し、未納付があれば任意納付をしておく事。 そして1日でも長く働いて厚生年金を納付し続ける事が、少しでも多くの年金を受給できる方法です。
親は自分のもしもに備えて備えなければならない。それは介護や入院などの出費に備えると同時に、親として自分の持ち物を元気な内にどのような処理をするかを明確にしておく事。 親の貴方にとっては不要な物でも家族にとっては大切な形見に思えるかもしれません。 生前に不要な物を家族に伝えておけば、家族も安心して遺品整理が出来るでしょう。
断捨離を始めるのなら、せめて40歳代の内、身も心も若いうちに 子(兄弟姉妹)にお願いして、不要物の共有と実行を行いましょう。親も自分の身に何か(要介護や入院)あった時に子や兄弟姉妹に迷惑を掛けたくないのなら、断捨離を行うのは今です。
親の持ち物が親の入院や介護によって不要になり、片付けをする事は大変な労力がかかります。 親が健在で家族が集った際に、要る物、要らない物を家族で共有しておく事と、親の健在時に家族で分担して少しずつ断捨離を行う事が大事です。
親の思い出の品の中には人形類も多いのですが、親が介護施設に入所し、子も60歳近くになったタイミングで兄弟姉妹で分担して断捨離をする事となりましたが、各家庭とも親や子の思い出の品として人形やぬいぐるみを断捨離しきれずに放置しているケースが多いようです。
NISA制度を利用して介護や入院など老後資金を増やす事を勧めます。勿論、身の丈に合った適度な投資になりますが、使う予定のないお金は、淡々と積立てて老後の必要な時に取り崩すスタンスで 老後生活に備えましょう。
地政学リスク、エネルギー価格の上昇、原材料費の高騰等々、 老後や介護に向けた資産作りも 正念場の60歳前後世代にとっては 頭の痛い状態ですね。 ただここは冷静に資産を積み上げる為にほったらかし投資で 行きましょう。
親の在宅介護は狭い部屋で親と家族との1対1の隔離された空間。 介護する側も話す、考える、書く を介護に取り入れて、心身ともに元気でいられる工夫が必要です。 親の介護を義務と感じず、少しでも楽しく過ごせるように。
父親の在宅介護をしている際、ダイニングテーブル下のカーペットの食べかすや髪の毛等の掃除に重宝するゴムホーキは、カーペットの奥に入り込んだゴミを浮き上がらせてくれるので、不衛生な環境の解消に一役買ってくれる一品です。 小さなお子様やペットのいる家庭にも重宝します。
60歳以降は賃金も低下し老後資金構築の為には、いかに無駄を省き 貯蓄や投資に回せるかが大きい。 老後に介護や医療、リフォーム等の出費に備える為にも60歳以降はいかに無駄を減らしていくのかが、老後の安心に繋がります。
定年退職後の再就職は賃金が下がる上に、老後の介護や入院等に備える貯蓄が求められる。 現役時の25%も賃金低下の中で老後に備えるのは並大抵の行動では出来そうもない。
親の介護が終わったら私達世代が介護や入院に頭を悩ませる世代であると自覚して、心身共に元気な内に健康維持への取組をすべきです。現役世代の時の様に黙っていても健康診断が設定されてはいません。健康維持に取り組んだうえで、おかしいなと思ったら、自らが動き健診や受診をするべきです。
60歳近くになって受けた健康診断でまさかの要精密検査。 貧血で内臓からの出血が疑われるので内視鏡で大腸と胃を検査すべし との事。 まさかの展開に検査結果が出るまでは非常にナーバスになり、 要介護、入院、手術など最悪の事ばかり考えていました。
親の介護も終わり60歳目前のある日、会社の健康診断の通知書に、貧血でヘモグロビン値低下、要精密検査とあった。 病院を受診すると先生から『男性の貧血症状は、内臓の出血が考えられる。腫瘍だった場合は 早期発見に越した事はないので今すぐ精密検査の予約を』と脅かされ? 私も心配なので精密検査を予約する事になった。