親の介護他自身の介護への不安を ブログを通して紹介してきましたが、自身が入院、要介護となり 志半ばで、ブログをお休みさせていただく事となりました。 親の介護でストレスを抱えながらも日々奮闘されている皆様、 健康に気を付けて介護を乗り切って下さい。
両親の介護を通して、私が介護される側になった時への備えの重要性を書いていきます。両親の介護から葬儀までを振り返ります。
親のケアマネ選びこそ自らの目や耳で時間をかけて選ぶべきだ。何の気なしに役所の紹介で決めてしまったケアマネですが、この事が母親の介護についての最大の失敗となりました。要介護認定調査の同席をせず、かかりつけ医の診断書の用意など適切なアドバイスを怠り、介護等級が実際の症状よりも低く認定されてしまう事態に。
親の要介護認定調査で親の今現在の症状に合った介護等級を勝ち取るためには、有資格者や識者の同席や発言、そして診断書などの文書の提出など、事前準備をした上でしかるべき方たちの力を借りなければ満足のいく介護等級を得る事は出来ません。
義母親の介護を介護施設の入所から通所、つまりデイケアに変更する事は可能ですが、今迄は介護施設に全てお任せする中で『母親が可哀そう』という客観的な感情だけでデイケアに変更する事は止めたほうが良い。デイケアを選択するのなら、兄弟姉妹で親の介護の為の時間を毎日作る覚悟があってはじめて出来る事です。
義母親は足腰が悪くなり日常生活を1人でこなせない為に介護施設への入所となりました。しかしコロナ禍での入所の為今日まで施設内での行事や交流は封印されたままの我慢の日々で、日ごとに認知症が進行する義母親を不憫に思い、実家からの通所、つまりデイケアの選択を検討し始めた兄弟姉妹ですが生活の一部を義母親の為に捧げるという思いを兄弟姉妹全員が持っているかどうかも 重要なポイントです。
良い介護施設?評判の良い介護施設の条件とは何でしょう?それはまず介護職員の労働環境や待遇の向上をアップさせて職員の働きやすい職場環境を整える事。 その事が介護職員の余裕を生み、入所者に寄り添った介護をするうえで一番重要であると思います。
コロナ禍の今だからこそ良い介護施設と悪い介護施設がはっきりと分かれる結果となっています。その最たるものは施設内でのコロナ感染対策であり、外部との接触や内部での制約によりコロナ感染者ゼロの介護施設を選べたことは過去の介護施設選びの失敗を教訓として介護経験者の意見を徹底して吟味した成果であると思います。
親の介護施設選びで大切な事は親の介護経験者たちからの評判を聞くことに尽きると思います。 ネットや役所の紹介はあくまで参考程度にして、介護経験者の経験談を参考に介護施設の見学や施設長やケアマネとの面談をするなど後悔しない為に時間をかけて検討しましょう。
民間の介護施設は評判の良い施設では入所待ちは当たり前です。しかし本当に順番通りかというと必ずしもそうではなく要介護度の高い方を優先して入所させる施設が存在する事も事実です。 私の母親も入所待ちは3番目でしたが、 他の2名よりも要介護度が高く母親が1番に入所できた事実があります。
義母親は介護施設に入所中ですが、家族 (義母親の長女である私の妻や長男、次女で話し合いデイサービスの利用をしながら義母親に自宅で過ごしてもらいたいという選択肢で介護施設のケアマネや施設長と調整中です。
家族が親の在宅介護が負担となり、介護施設へ入所させたものの、親の元気のない表情や『家に帰りたい』という訴えに 介護方法の変更を考える家族が多くいるようです。 そんな際は今世話になっている介護施設が入所から通所に変更可能かどうか?やショートステイも利用可能かどうかの確認をしてみましょう。
力仕事も60歳近くになると毎日ボディーブローのように効いてきます。 高齢になって来たからこそ毎日の体ケアーは欠かせません。日々のストレッチを出勤前と、帰宅後の風呂上りに必ず行い近い将来の定年後の楽しみを自分自身の身体で楽しめるように、要介護にならない体作りを心掛けています。
両親の介護が終わり、私もあっという間に60歳近くになりました。 認知症の走りか?物忘れも出だして、身体的には職業病か?頚椎症を患っています。今まで40年近く仕事で家族や自分の為に頑張ってきて、退職後に好きな事をしたいと、思っていたのに退職後は心身共にボロボロでは悲しすぎます。
両親の介護から見送りを終えた今、私も60歳まであと僅かとなりました。 認知症や自閉症などの影響で私が要介護になった時、家族に対して酷い行動をとってしまわぬように普段から心身ともに健康に留意し自分でない自分が家族を罵倒するようなことが無いよう健康に対する模索を続けています。
父親が自閉症だった事実を祖母の日記から知る事となり、生前の父親の行動や言動に納得すると同時に、先天的で親子間の遺伝の可能性もあると知り、今後私が高齢となり要介護等様々な心身状態の時に、プラス自閉症の症状が出ないとも限らない 不安と闘っています。
父親が在宅介護の末に亡くなった後で父親が自閉症(発達障害)であったことがわかり、父親の突発的な行動に納得すると同時に、父親からの遺伝で私も自閉症なのでは?という不安が頭をよぎります。
父親が亡くなり今になって妹が、父親からの形見分けの本の中から父親宛の祖母の日記を発見し、その記述の中から父親が先天性の自閉症(発達障害)であった事が判明し、父親の高齢になる前からの突発的で感情的な行動の数々が、この症状によるものからなのかと理解出来ました。
父親の突然消える行動は私の幼少期から父親が認知症になり要介護になる迄多々見受けられました。 日常生活でも旅先でも何も言わずに、ふっと消える、いなくなる。幼少期の私が父親に連れられ登山に行ったときに急に父親の姿が見えなくなり不安になった時のことは今でも覚えています。
父親の自閉症が判ったのが父親が既に亡くなり祖母が父親に充てた日記からわかった事なので、今思い起こせばという想像の域ですが、父親は家族で意見を出し合い決める事や相手の気持ちを考えて行動するような機会が皆無の家族だったと思います。父親が決めた事に他の家族が従うだけのコミュニケーションがない関係性であった。
父親が自閉症だったことがわかり、思い当たる事は沢山あります。母親との口げんかで父親は自分の感情を言葉に出来ず癇癪を起したり、相手の言葉の意味が理解できずに苛々したり、イレギュラーに対処できずにパニックになったりと父親が幼少期から患っていた自閉症は、父親が認知症となり要介護になってもその症状は多々あったと思います。
亡くなった父親の形見分けで貰った本の中から祖母が父親に充てた日記帳が出てきたと妹から連絡があった。 その日記の中に父親が幼少期から自閉症であったとの衝撃の事実が記載されており、その後大学や社会人になった父親の自閉症を心配する内容が明記されていた。
親の病名や症状が判らない場合、近くのかかりつけ医を頼りにしてきましたが私の母親が結果パーキンソン病だったのですが、病名が判らず整形外科を紹介されたことで、病名不明のまま無駄なリハビリで母親の寿命を縮める結果となりました。 本当に信頼できる医者はあらゆる病名を疑ってみる事?ではないでしょうか?
母親のかかりつけ医の誤診?により、(母親はパーキンソン病だった)整形外科への紹介をされ、それ以降整形、リハビリと体を悪化させる結果となり、改めてかかりつけ医の重要性と共に母親を一番診ていた医者として様々な症例を疑ってみる事への重要性を思い知った。 偏った診察により寝たきりとなり、寿命も縮まってしまった母親。
母親の病名が判らず適切な遅れて その後の介護や入院生活において 結果、寿命を縮める結果となった 母親ですが、かかりつけ医の大切 さを改めて思い知る事になった。 母親の病名がわかるまで 母親は風邪の時、体調不良の時、 予防接種の時もかかりつけ医に 通い処置して貰ってきました。 しかし、原因不明の症状究明に 一番信頼していたかかりつけ医 が整形外科を紹介した事で、 その後の治療が誤った方向性に 行ってしまいました。 普段から母親の様子を一番診て いるかかりつけ医には、せめて 幾つかの可能性を提示して欲し かったですし例えば3つの可能性 があれば私達家族の道標になった 可能性もありました。 医者が教…
母親が生前に原因不明の症状で平坦な場所での転倒を繰返していた時、十数件の病院の診断はどれも整形の病院での治療やリハビリを勧めるものでした。 この診断により15件めの大学病院で パーキンソン病と診断されるまで誤った治療により筋力を酷使し、要介護、寝たきりを早めてしまった事を 私達家族は今でも後悔し、数々の病院で1人の先生でもよいから異なる症状を疑ってみる事が出来なかったのか?と思わずにはいられません。
母親がパーキンソン病が原因で要介護となり闘病の末に亡くなりましたが、母親の病名が判明するまで10を超える病院を転々とし、その間誤った治療方針で体を酷使し寿命を縮めてしまったという後悔は今でも持っています。 母親の通院当時は病院に病名を判明させるような科はまだ少なく、体の痛み=整形外科というような診断に振り回され、母親が体を酷使するリハビリを強いられた苦い思いがあります。
両親を介護の末に見送った経験をひとまとめにして特集記事で一括りにしてみました。親の介護中、親が亡くなった際の 参考にしていただければ幸いですし、皆さんには私のように親の介護や葬儀、墓選びで失敗してほしくないので、恥ずかしながら まとめ記事特集を投稿します。
コロナ禍に振り回され3度も結婚式の延期を余儀なくされた長男ですが、今回は何とか4度目の正直で式が挙げられそうです。私達親だけでなく、義母親も孫の結婚式への出席を励みに、介護施設での入所生活を頑張っておりました。
義母親が足腰が悪くなり、日常生活に支障が出た事で介護施設への入所となりましたが、その介護施設の特徴である、笑顔や会話の絶えない入所者同士のコミュニティーや共同作業の充実や外部講師を招いたカルチャー教室の実施等は、コロナ禍ゆえにいまだに実現できていません。 日々隔離されて会話も出来ない状況で義母親の認知症の進行が心配されます。
義母親が今年2度目の処方箋を貰う為のかかりつけ医への通院許可が出て、義母親の長女である私の妻と、弟が病院の送り迎えをする事になったのですが、義母親の弟である叔父に事前にがいしゅつぃ許可を伝えた事で、僅かな時間ですがかかりつけ病院前での兄弟対面が実現し、義母親も笑顔で応えていたそうです。
義母親にとっての初孫である私の長男の結婚式への出席をモチベーションにして日々コロナ禍での入所生活を頑張っていた義母親ですが、残念ながら結婚式への出席は介護施設からの許可が出ませんでした。認知症になり実の子や兄弟の事も忘れている義母親が孫の事だけは忘れず日々気にしていただけに残念です。
私の亡くなった父親の選んだ樹木葬の墓には、父親と母親が眠っています。 私もこの樹木葬の墓に入るつもりですが 私の長男には負担を掛けたくないので、永代供養で管理費がかからないこの墓はとても気に入っています。雑草取りも管理事務所で行ってくれますし、寺院の墓石のように毎年のお布施もいりません。 長男にはこの樹木葬の墓を利用するもよし、新たに墓を購入するもよし で、とくにこだわりはありません。
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親の介護他自身の介護への不安を ブログを通して紹介してきましたが、自身が入院、要介護となり 志半ばで、ブログをお休みさせていただく事となりました。 親の介護でストレスを抱えながらも日々奮闘されている皆様、 健康に気を付けて介護を乗り切って下さい。
親の介護や自身の介護に対する ストレスの解消方法は立ち止まらずに将来の介護の備えを怠らない事
親の介護を終えて安堵した瞬間に 将来自分が要介護になる前に介護の備えをしておきたいという志が 忘れられ親と同じ介護ストレスの道を歩む事だけは避けたい。 親の介護で抱えたストレスを 次世代にかけてはいけない。
親の介護や自身の将来の介護を考える上で経済的負担もストレスになりますね。 日常生活費の他に介護や入院費用を工面するとなれば、それなりの貯蓄が必要でありストレスが蓄積される大きな問題です。
介護ストレスって親の介護をしている時だけではなくて、自分が老いた時の要介護に対する不安も介護ストレスだと思うんです。 親と同じ轍は踏みたくないと自分の介護に対する備えに思い悩むのも介護ストレスではないか?
定年退職を居て何をするでもなく 隠居している人は老化や要介護のスピードが速いものだと感じる。 ご近所の隠居の年金生活者は年々 足腰が弱くなり歩行スピードが遅く辛そうである。
退職して年金暮らしになった際に 気を付ける事は現役時代と同じ金銭感覚から身の丈に合った生活レベルへの見直しです。 生活費が少なくなったのに交際費や娯楽費などを散在していれば やがて破綻し要介護時の備えもない最悪のシナリオとなる。
年金を多く貰う為に繰り下げ受給 するか?健康で動ける余力を残して年金受給年齢を決めるのか? 年金額が増えても自身が要介護で 楽しめないなら、元気な内に新たな挑戦をする事も良し。
年金に頼った生活を始めるタイミングは出来れば要介護ではなく自分で身の回りの事が出来る健康な状態で始めたい。 それには健康管理、適度な運動や 適度な短時間労働で日父の関わりを絶やす事なく生活する事
年金受給年齢を繰り下げて年金受給額を増やす方もいます。健康のためにも社会と関わる為にも働く事は良い事ですが、健康寿命を過ぎてからの年金受給は、ただ介護や医療の為だけに年金を受給する事にならないか?
定年退職して年金暮しになったら 好きな頃をやって生活するぞ と思っている人も多いと思いますが、何をしたいのか?40年近くの時間をどう使うのかを考えないと ただ長いだけのつまらない40年に なり、身心も衰え、要介護になってしまう事にも繋がります。
定年して年金暮らしとなり初めて思い知った仕事以外の付き合いの なさを嘆いていても仕方ないので これから40年、要介護に負けない 身心を作り、仕事以外の生き甲斐を持ち続けるためにも、新たな気持ちで人の輪に飛び込む覚悟が必要だ。
定年後、年金暮し後に時間を持て余す人は、仕事以外の人間関係を疎かにしてきた人。会社時代の様にもう誰も私達の事を気にかける人はいないから。 要介護なく心身共に健康に過ごしたいなら、新人のつもりで人の輪に飛び込むしかない
定年退職後も生き甲斐を持ち生きる事は簡単なようで難しい。 現役時代の管理職のプライドが邪魔をして、新人のつもりで人の輪に入れなければ、定年後は1日が長く寂しい生活に終始する。 そして心身は日々衰え要介護に まっしぐらとなる。
退職は老後前の一つの区切りである。私は雇用延長で60歳以降も働いているが、責任ある職務から解放され生き甲斐という意味では物足りない日々だ。こんな気が抜けた状態がたとえ働いていても要介護に近付く要因となる。
親が認知症になり要介護となれば その家族にも生活のリズムを変えて親の介護の時間を作るべく覚悟が必要となります。 今まで育ててくれて寄り添ってくれた親への恩返しの時間は残りわずかです。
親の介護を今迄他の家族に任せていた長男が自身の早期退職により 時間が出来た事で親との面会や帰宅申請等の要求がエスカレートして、介護施設やケアマネとの交渉役の長女が悲鳴
親だから要介護や認知症は仕方ない等と考えるのでなく、自身も60歳を過ぎれば要介護や認知症にならないための取組や備えについて 考える事が重要です。
親が元気な内に感謝を伝えたり 行動で示しておかないと、認知症 になった親に恩着せしても、もはや要介護になった親に子供の愛情は伝わらない。
親が元気な内に親孝行すればいいものの、男家族って親が要介護や認知症になって初めて親孝行を意識する遅さがあります。 卒業他就職、結婚等親への感謝のタイミングはこれまで何回もあったのに。
親の介護他自身の介護への不安を ブログを通して紹介してきましたが、自身が入院、要介護となり 志半ばで、ブログをお休みさせていただく事となりました。 親の介護でストレスを抱えながらも日々奮闘されている皆様、 健康に気を付けて介護を乗り切って下さい。
親の介護や自身の介護に対する ストレスの解消方法は立ち止まらずに将来の介護の備えを怠らない事
親の介護を終えて安堵した瞬間に 将来自分が要介護になる前に介護の備えをしておきたいという志が 忘れられ親と同じ介護ストレスの道を歩む事だけは避けたい。 親の介護で抱えたストレスを 次世代にかけてはいけない。
親の介護や自身の将来の介護を考える上で経済的負担もストレスになりますね。 日常生活費の他に介護や入院費用を工面するとなれば、それなりの貯蓄が必要でありストレスが蓄積される大きな問題です。
介護ストレスって親の介護をしている時だけではなくて、自分が老いた時の要介護に対する不安も介護ストレスだと思うんです。 親と同じ轍は踏みたくないと自分の介護に対する備えに思い悩むのも介護ストレスではないか?
定年退職を居て何をするでもなく 隠居している人は老化や要介護のスピードが速いものだと感じる。 ご近所の隠居の年金生活者は年々 足腰が弱くなり歩行スピードが遅く辛そうである。
退職して年金暮らしになった際に 気を付ける事は現役時代と同じ金銭感覚から身の丈に合った生活レベルへの見直しです。 生活費が少なくなったのに交際費や娯楽費などを散在していれば やがて破綻し要介護時の備えもない最悪のシナリオとなる。
年金を多く貰う為に繰り下げ受給 するか?健康で動ける余力を残して年金受給年齢を決めるのか? 年金額が増えても自身が要介護で 楽しめないなら、元気な内に新たな挑戦をする事も良し。
年金に頼った生活を始めるタイミングは出来れば要介護ではなく自分で身の回りの事が出来る健康な状態で始めたい。 それには健康管理、適度な運動や 適度な短時間労働で日父の関わりを絶やす事なく生活する事
年金受給年齢を繰り下げて年金受給額を増やす方もいます。健康のためにも社会と関わる為にも働く事は良い事ですが、健康寿命を過ぎてからの年金受給は、ただ介護や医療の為だけに年金を受給する事にならないか?
定年退職して年金暮しになったら 好きな頃をやって生活するぞ と思っている人も多いと思いますが、何をしたいのか?40年近くの時間をどう使うのかを考えないと ただ長いだけのつまらない40年に なり、身心も衰え、要介護になってしまう事にも繋がります。
定年して年金暮らしとなり初めて思い知った仕事以外の付き合いの なさを嘆いていても仕方ないので これから40年、要介護に負けない 身心を作り、仕事以外の生き甲斐を持ち続けるためにも、新たな気持ちで人の輪に飛び込む覚悟が必要だ。
定年後、年金暮し後に時間を持て余す人は、仕事以外の人間関係を疎かにしてきた人。会社時代の様にもう誰も私達の事を気にかける人はいないから。 要介護なく心身共に健康に過ごしたいなら、新人のつもりで人の輪に飛び込むしかない
定年退職後も生き甲斐を持ち生きる事は簡単なようで難しい。 現役時代の管理職のプライドが邪魔をして、新人のつもりで人の輪に入れなければ、定年後は1日が長く寂しい生活に終始する。 そして心身は日々衰え要介護に まっしぐらとなる。
退職は老後前の一つの区切りである。私は雇用延長で60歳以降も働いているが、責任ある職務から解放され生き甲斐という意味では物足りない日々だ。こんな気が抜けた状態がたとえ働いていても要介護に近付く要因となる。
親が認知症になり要介護となれば その家族にも生活のリズムを変えて親の介護の時間を作るべく覚悟が必要となります。 今まで育ててくれて寄り添ってくれた親への恩返しの時間は残りわずかです。
親の介護を今迄他の家族に任せていた長男が自身の早期退職により 時間が出来た事で親との面会や帰宅申請等の要求がエスカレートして、介護施設やケアマネとの交渉役の長女が悲鳴
親だから要介護や認知症は仕方ない等と考えるのでなく、自身も60歳を過ぎれば要介護や認知症にならないための取組や備えについて 考える事が重要です。
親が元気な内に感謝を伝えたり 行動で示しておかないと、認知症 になった親に恩着せしても、もはや要介護になった親に子供の愛情は伝わらない。
親が元気な内に親孝行すればいいものの、男家族って親が要介護や認知症になって初めて親孝行を意識する遅さがあります。 卒業他就職、結婚等親への感謝のタイミングはこれまで何回もあったのに。