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プロフィール
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ブログタイトル
白鷺だより
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/masato23161948
ブログ紹介文
40年以上暮らした演劇界の思い出を回想します<br><br> 吉村 正人
更新頻度(1年)

1回 / 2日(平均3.5回/週)

ブログ村参加:2020/10/17

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白鷺だより

まさとじいじいさんの新着記事

1件〜30件

  • 白鷺だより(371) 座頭市は笠間の生まれ

    座頭市は笠間の生まれ第一作から脚本を担当している犬塚稔の書いたものに拠ると子母沢の「座頭市物語」に拠ると市という盲人は博徒飯岡助五郎の乾分として実在の人物のようでもあるが私たちは彼を架空の存在に見立てているそこで私のどの脚本であったか覚えはないが市が生国を問われる場面で「常州は笠間の生まれでござんす」と科白に書いたことがあったかさまは語呂が良いのであてずっぽうに使ったまでのことであったがその映画が笠間市(茨城県)の映画館で上映されたことで時ならぬ大騒ぎになり、市役所までが座頭市を顕彰したいということになり勝を始め私も招かねて笠間に赴き案内されて登った小さな丘に「座頭市は笠間に生まる」と刻まれた鉄板の碑が建てられているのに吃驚し呆然としたその夜の市長らの歓迎宴で私が市の生誕したのが笠間であることを言明せねばならな...白鷺だより(371)座頭市は笠間の生まれ

  • 白鷺だより(370) 座頭市の物語

    座頭市の物語最近のYouTubeを見ているとやたらに座頭市シリーズの投稿が多い映画はもちろんテレビシリーズも出ていてこれはその頃の大映ファンが勝派、雷蔵派二派に分かれていてどちらかと言えば雷蔵派であった僕はほとんど観てもいなくて(勝作品としては悪名の方が好きだった)こんなチャンスはめったにないとシリーズ第一作から見始めたのだ脚本家の犬塚稔は子母沢寛と昵懇の仲であったので出版されたものは必ず送って来ていたがその中に随筆集「ふところ手帖」に座頭市物語という見出しで博徒飯岡助五郎の乾分に座頭市という盲目(めくら)やくざがいた歳四十、助五郎の阿漕な所業を嫌って盃を返し、田舎に引っ込んで百姓になったが、この男盲目ながら居合斬りの名手であったという話が書かれていた犬塚はこれはいけると思い子母沢に電話した「座頭市の話はどこで...白鷺だより(370)座頭市の物語

  • 白鷺だより(369)あめんぼあかいな

    あめんぼあかいな劇場その他が休館となって三か月芸人仲間がいい加減暇してると思い壁に貼ってあった「あめんぼあかいな」の全文をフェイスブックに投稿して声を出してと書いたところ思いのほか反響があったまず御大大村崑さんがMessengerで「声を出してやろうと」と投稿したのを始めやれ、若いときに覚えたものは忘れないとか昔修行時代によくやっていたので懐かしい、余興の前には必ずやっていたがその余興も無くなった、さっそく声を出してやってみた、最初のフレーズしか知らず全文は初めて、元芦屋凡々などは蝶々スクールの授業を思い出しもっと昔雁平さんがよくやらされていたが自分は覚えられなかったなどなどのコメントが返って来た僕はと言えば学生時代の発声練習以来11年前の大動脈解離の大手術のあとの言語障害のリハビリで久しぶりに出会ったのだ今で...白鷺だより(369)あめんぼあかいな

  • 白鷺だより(368)「かあちゃん」解題

    「かあちゃん」解題今年の日本香堂の観劇会は山本周五郎作「かあちゃん」を取り上げます山本周五郎作品は2018年に著作権が切れました名作が多いので今後舞台される作品が増えると思います日本香堂では「ゆうれい長屋は大騒ぎ」以来の舞台化になりますこの作品は昭和30年に雑誌「オール読物」7月号に発表されました「小学生時代の級友の一家をそっくりモデルにした」と作者は書いてますというよりこう書かなければならない事情があったのですそれは話があまりにも綺麗でその時代でさえも「ウソ」くさい話だったからです長男市太以外誰もが知らない男がちょっとした過ちで捕まった彼が市太を更生させた恩人であるという理由だけでこの一家はかあちゃんを中心に彼が出所してきた後の生活の資本を作ってやるそれも近所付き合いも欠き守銭奴と悪口を叩かれながら碌なものも...白鷺だより(368)「かあちゃん」解題

  • 白鷺だより(367)さぶちゃんの「まつり」

    さぶちゃんの「まつり」昭和59年作詞家なかにし礼は北島三郎サイドから作詞の依頼を受けた北島と言えば星野哲郎、船村徹コンビとしか思っていなかったなかにしは面食らった結局迷った末引き受けることにしたその頃の北島は歌手としても一番脂の乗り切っている時であり「風雪流れ唄」という名曲をものにして「風格」も一層そなわり今や美空ひばりと並ぶ歌謡界に君臨している趣があった僕は梅田コマにいたお陰でこの二人と仕事が出来て幸せ者であるなかにしは北島に歌謡界の団十郎のイメージを見た歌舞伎の団十郎は「荒事」をまがごとを振り払ってくれる厄払いのご利益のあるありがたい物に作り上げたつまり北島に歌謡界の団十郎のような存在になってもらい歌によってまがごとを振り払い国土全体を言祝ぎ国の平和と国民の幸福を願うような歌を歌うその資格は北島は充分に持っ...白鷺だより(367)さぶちゃんの「まつり」

  • 白鷺だより(366)昭和41年 新喜劇激動の一年(2)

    昭和41年新喜劇激動の一年(2)5月京都新聞より「天外が倒れたと思ったら今度は寛美が退団二枚看板を相次いで失った松竹新喜劇は今月は南座で京都公演蝶々雄二、五郎八、千葉蝶三郎ら座員が総力を挙げて劇団の立て直しにかかっているまた寛美の穴埋めに小島秀哉中川雅夫ら若手を起用するなど随分思い切った作戦を打ち出している」五月南座昼の部金をこしらえる機械滝の茶屋にて赤ちゃん赤信号(蝶々)夜の部番人のいる恋古い笑顔灘の「きむすめ」(蝶々)ミヤコ蝶々過労の為休演代役は「灘のきむすめ」は鶴蝶鶴蝶の代役は白河淳子赤ちゃん赤信号は酒井光子が代役まさに踏んだり蹴ったりの状態だその上この公演の後小島慶四郎が千秋楽をもって退団寛美・慶四郎は東映の俊藤プロデューサーの口利きで東映やくざ映画に出演六月中座蝶々出演昼の部リモコン夫婦思い出の街豆菊...白鷺だより(366)昭和41年新喜劇激動の一年(2)

  • 白鷺だより(365)昭和41年 新喜劇激動の一年(1)

    昭和41年新喜劇激動の一年(1)前史昭和39年10月1日松竹新喜劇株式会社として発足昭和40年9月13日南座夜の部「はるかなり道頓堀」に出演していた天外が第一幕終了後三階便所の帰り廊下で倒れるかねてからの脳溢血が再発し軽い右半身不随を興した役者としての天外はしばらく主演中止翌月歌舞伎座公演「上方喜劇大合同」は天外抜きで十吾、ミヤコ蝶々・雄二、かしまし娘に寛美ら新喜劇のメンバーで上演昼の部みなと三文オペラ(カシマシ)アットン婆さん(十吾)ご挨拶恋の周旋屋(蝶々)夜の部ぼんぼん物語愛の小荷物ご挨拶海を渡る億万長者その年は11,12月中座を天外抜きで何とか乗り切っていよいよ激動の昭和41年を迎える一月は南座にミヤコ蝶々・雄二をゲストに迎え再出発しょうとした)京都新聞より「正月の南座は例年通り松竹新喜劇の初笑いで開幕今...白鷺だより(365)昭和41年新喜劇激動の一年(1)

  • 白鷺だより(364)女の小っちゃな反乱 

    女の小っちゃな反乱今年の新喜劇のメインは山田洋次演出の「家族はつらいよ」でありもう一本はかって「さいなら」や「祇園小唄」のタイトルで上演された「舞妓はんと若旦那」である今のタイトルは新生になってからしばらくした平成7年のことでこれは僕は見ている陽二郎に八十吉清香に川奈美番頭に文童姉に酒井光子新吉に玉太呂という配役であった陽二郎と文童の番頭との掛け合いが面白かった記憶があるこの初演は新喜劇誕生の3か月後昭和24年2月であり現代劇であった配役は陽二郎に十吾、清香に宇治川美智子番頭に天外姉に浪花千栄子のちに何度も主役を演じることになる寛美は若干二十歳の若者で幕開けの賑やかしの楽士その一であったこの作品が昭和24年に書かれたこと(館直志)に驚く戦後とはいえまだ四年日本はまだまだ男社会であったそんな時「さいなら」の一言で...白鷺だより(364)女の小っちゃな反乱

  • 白鷺だより(363)平成6年に起ったこと

    平成6年に起ったことこの年の正月僕は南座公演「お初天神」の演出をしていた主役は園佳也子で入川保則他メインキャスト以外の役は松竹新喜劇の若手が大勢参加していた稽古中寛美時代からの頭取で坂東豊という人が何故か僕を気に入り話しかけて来た挙句は「頭取の独り言」という本を書きたいので協力してくれともいうこういうことは嫌いじゃない僕は翌年結果的に5か月付き合うことになる新喜劇公演の間中ずーっと頭取部屋に入り浸り寛美時代の面白い話を聞いたしばらくして知らないうちの入院されて大きな秘密は殆ど持って行ったこれが新喜劇との初めてのお付き合いだこの公演が終わった後うちの芝居も演ってくれと言われ果たして新喜劇担当制作より7月新橋演舞場の話が来た3月と6月はサブローの名前にちなんで東西コマ変わり番に公演していたこの年は三月が梅コマだこの...白鷺だより(363)平成6年に起ったこと

  • 白鷺だより(362)ロックミュージカル「禁断の惑星への帰還」

    Returntotheforbbiddenplanet1992年梅田コマの新しいメイン劇場「劇場飛天」とともにその年オープンする地下劇場「シアタードラマシティ」の開場目玉企画である来日公演「禁断の惑星への帰還」の打ち合わせの為ウエストエンドにいた僕は新しい地下劇場の文芸部のチーフが内定しておりその立場での打ち合わせの参加だ僕にとって初めての外国だったのでヒュースロー空港に着いて出口で僕の名前を書いたパネルを持って迎えてくれた通訳さんにあった時緊張の糸が切れたこの作品はシェークスピアの「テンペスト」を基に1956年に作られたいわゆるB級SF映画「禁断の惑星」とミックスしたロックミュージカルであり60年代70年代のロックミュージックをふんだんに使った作品でその当時始まったばかりの「ミスサイゴン」よりも客を集めていた...白鷺だより(362)ロックミュージカル「禁断の惑星への帰還」

  • 白鷺だより(361)片岡千恵蔵「七つの顔を持つ男」

    片岡千恵蔵七つの顔を持つ男YouTubeで面白い映画を見つけた昭和21年に造られた「七つの顔」という大映映画だ終戦直後とは思えない派手なレヴューシーンから始まりマジックあり歌ありカーチョイスありピストル乱射ありと洒落た作りになっている主役多羅尾伴内に片岡千恵蔵共演は轟夕紀子月形龍之介喜多川千鶴この映画での7つの顔とは私立探偵(多羅尾伴内)奇術師片目の運転手せむしの占い師新聞記者留置所の牢番藤村大造だ最後の謎解きに「あるときは片目の運転手またあるときは***しかしてその実体は~」は懐かしいシーンだ僕の住んでいた三重県名張市という街には僕が小学生当時映画館が三軒あった駅前に洋画専門、松竹大映日活系があったが元町に東宝、東映系の封切館があり(封切といっても都会より1週は遅れていた)こちらは祖母と阪妻の無声映画大会に行...白鷺だより(361)片岡千恵蔵「七つの顔を持つ男」

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