誤乗若い頃電車に乗り間違える夢を何度も見た自分の歩んでいる道が間違っているのかといつも不安になった間違っていたのだろうか正しい電車はもうないのだろうか私にはついにわからないまま年を取ってその夢は見なくなった乗り間違えたのならそれでいい行き着く所には別の何かがあるだろう第62日
三万の昼と夜三万もの昼と夜を人は何をして生きるのかそのうちいくつの昼と夜が本当に魂を叩き育てるのか流れ去っていくもの澱のように居凝るもの紡ぐ糸はしばしば途切れ織り上げた衣装は時に裂ける混沌と熱中と栄光と悲嘆と様々な修飾の奥に何かが静かに稔っていくのか三万もの昼と夜は拷問と言える長さ堪える力だけは鍛えられる第61日
圧熱干してあるタオルが重い風にわずかに揺らぐ夏の午後三時蝉たちも鳴くのをやめすることも行くところもなく私は私の体と心を腐らせる夏は腐敗に似つかわしい強烈な陽射しは死にも似てまどろみの中に蝉しぐれの幻聴が響くそれは私の脳が溶けていく音かそれとも世界が干上がっていく響きかどこか遠くには清涼な地もあるということすら忘れさせてしまうこの熱射の絶対王政私は白旗を上げて死を待つのみとなる第60日
夢の香り粉々になった夢の記憶が心の深みに沈み積もりふとした心の揺らぎに脈絡もなく立ち昇ってくる夢もまた人生なのだ意味も脈絡もなくともそれは感情を伴った私の心の体験なのだからもし夢が真実界の体験の歪んだ記録なのだとしたら私の心はそこから何を汲み取っているのか夢の欠片が立ち上らせる香りを私はもどかしい気持ちで愛するその向こうにある魂の息づきを探りながら第59日
実在そこに何があるのかね名前のついた物か分子とか原子なのかそれとも素粒子とかヒモなのか実在は常に逃げ回る見方によって物は様々に変わる観測しないと確定できないいや観測しないと存在しない様々に変わるから幻なのか何かがあって様々な見方ができるのかないものがありあるものがないのかこねくり回したところで私の前にパンは現れない私は何かわからぬものの海でもがく第58日
憧れ私は誰かどこから来てどこへ行くのか人間は数千年を掛けてもこの肝心な問いに答えを出せていない思うゆえに我があるのか思うゆえに我はないのか我は物質の上に咲いた火花かそれとも夢の中で夢を案じている幻かけれど私は知っている私には意志があることを何かを憧れ続けることをそう私は憧れ続け望み続ける私は誰かどこから来てどこへ行くのかが明らかになる所へ行くことを第57日
夢の街夢で訪れる街は高台の小さな街大きな石のアーチが入口城壁の三階には飲み屋街がある家々の窓は凝ったレース飾り商店街には骨董屋や本屋町外れには広大な回廊のある大学その奥には大聖堂の内部のような図書館その一角に私の家もある太い梁と漆喰の壁少し暗いが静かな家その夢から醒めるたびに私は失望しつつ希望を味わういつかそこへ行く日が来るのかと第56日
環流熱量は外部に放散されそして外部から注入される閉鎖系などどこにもないのだからそれが真実なのだ息を吹き込んだシャボン玉を空に放つように以後無縁と創造主は宇宙を創造したのだろうかそれとも自分の畑の作物のように水をやり肥料を施し陽を当て慈しんでいるのだろうか外から何かを受け取り何かを返す人も自然もそして宇宙も第55日
甘露滾々と湧き出る水は神の愛としか思えない透き通って輝き冷たく甘い祖母が暮らした山村の共同清水は人々の畏敬を集めてさながら神社のように清く神秘な空気を漂わせていたそういう水の傍らで暮らしたい神の愛を毎日頂きたい毎朝その水で顔を洗いたいこの国の最も愛すべきところは至る所にあるこの清冽な水だこれがある限りこの国は美しい第54日
一文明の終わり終わったかな欧州も米国もこの国はどうかわからないけど先進国が先進ではなくなっていくだろうもしかしたら今回の小文明史が終わるのかもしれないこの二千年くらいの人類は破滅しないだろうけれど混沌と野蛮の時代になるかもしれない近代文明を受け継ぐ者はいなくなるかもしれない古代ローマの貴族たちのようにわれらは家に籠もり追憶に浸りながら滅びていくだろう第53日
天をつなげる大樹の枝先から天に向かってほのかな光の筋が昇っていくのがたまに見える植物たちはじかに天に結びついている地上に繁茂しながら彼らは天のものなのだ彼らが天を降ろしてくれているから天とのつながりを失ったわれらは生きていけるその緑は天の子守歌その花は天のつぶやき植物たちは天の媒介者第52日
時への恋歌恋に関する感情ほど繊細で香り高いものはないごく些細な仕草や言葉にどれほどの詩情が湧き起こることか恋の歌ほど多彩なものはなく恋の歌ほど馬鹿馬鹿しいものはないそれでも人は恋の歌を歌う恋歌こそが本当の歌であるかのように私はもう恋歌を歌えない私の心は死んでしまったのか繊細な感情を紡げなくなったのか私は代わりに時への恋歌を歌おうにがい苦しみや切ない憧れを恋に破れた者と同じように第51日
狂える太陽太陽が狂い始めた太陽磁極は分裂し黒点リズムは変拍子を刻むそして虚を突く巨大な質量放射地球人類を何かに導こうとしているのか太陽人の世界で分裂抗争があるのか謎の伴星ネメシスの介入なのかそれとも地球界が太陽を狂わせているのか狂う太陽のもと人間たちは行進を始める穴を掘って心を埋め山に登って神を打ち落とすさあ凄惨な酒宴の始まりだ地は割れ海は荒れ狂うだろう明日は予期せぬものとなるだろう第50日
思念ウイルスどこからともなくやってきて知らぬ間に心に入り込みふとした機会に燃えさかる思念というものがあるそれはウイルスのようなもの防ぐことができない制御することができない思念のほうが私を操っているそういったウイルスをひとつひとつ駆除していかなければならない過ったことをしでかさないように私が私であるために世の中に飛び交っている言葉はたいがいそのウイルスの胞子だ今日もまた黒死病のようなパンデミックが街を塗りつぶしていく第49日
入道雲遠くに聳える入道雲は妙に心を掻き立てるあれはどのあたりの街の上だろうかこちらにやって来るのだろうかあの湧き上がる頂に立ちたい幼い私はいつもそう思った雲の上には立てないことをもちろん知りながらもあの真下には狂乱がある雷、豪雨、雹、冷気の急降下さあやって来てこの酷暑を切り裂いてくれ入道雲は小さな神だ神と神々を葬ってしまったこの世に白く輝く巨人だけが悲しげに徘徊する第48日
虚花花火はいいものだ何の役に立たないところがなお若い恋人たちには恋を深めるチャンスなのかもしれないが芸術のように何かを語りかけることもない暗さをぶつけるようなこともしないただただ美しくそして消え去っていく美しいだけで何もないというそんな美があるものかと私は奇妙な気持ちになるけれど花火の後の静けさは人の心にかすかな悲しみを撒くそれは美の女神の密かな復讐なのかもしれぬ第47日
囲炉裏囲炉裏の炎は私の故郷都会育ちの身でありながら煙と煤の匂いは喜び祖母の家の静かな安らぎが心に刻み込まれたのかそれとももっと深いDNAに火への愛が組み込まれているのかしかし現代は火を追放する家からも庭からも落ち葉焚きさえできないもう人間は火を愛することをやめたのか火を操る特権さえ放棄したのか最も深い何かを失ったようで私は泣く第46日
鎮まり清まる仏教は鎮める神道は清める鎮まり清まることそれが日本の宗教だ容易なことではない内には欲望が外には煽り屋がひしめいている鎮まり清まればそこに必ず天の助けがあるそれが日本の信仰だ陰鬱な神学など必要ない単純で至高の宗教ではないかわれらはそこに戻ればよい第45日
輝玉幾千万の草つゆの玉に幾千万の太陽が輝き地上は天空の領土になるわれらは皆太陽の子であったと思い起こさせるためにこの草つゆはやってきたのだ空を仰いで輝け存在の賛歌を歌えそして光の伝え手となれやがて風は舞い起こり玉を散らすそれでも宿った太陽の記憶は響き続ける風景の奥に沁み込み輝き続ける第44日
白一点夏の野に一本だけ咲く百合の花は幻のようでその百合は孤独なのか見えない糸で種の魂と繋がっているのか独り咲くのが嬉しいのか群れて咲くのが望みだったのか淋しげでもあり誇らしげでもありそんなことは知らないとひたすらに咲き輝く花の強さを羨む第43日
亀裂人間が壊れていくある種の人々が狂い出すのではなく普通の人間が突然恐ろしい亀裂をむき出しにするそこからは毒が吹き出し厄介なことやおぞましいことが起こる世のあちこちに亀裂が生まれ人々は普通のまま狂い出すこれは同時多発テロだ仕掛けているのは悪魔なのかそれとも人類の進化の一面なのか警戒しなければならないすぐ隣で何かが起こるかもしれぬいや自分自身に亀裂が走るかもしれぬ第42日
重い何十キロの肉と骨と何百もの悔恨や苦悩とをこれでもかと抱え込んで人はうろうろと動き回る何と重たい世界だろう春の明るい微風の中をひらひらと舞う蝶のように軽やかになれぬものかおまけにその巨体と重い心を意味もなくぶつけ合うそして怒声と呻き声を上げる体重は減らすことだなそして心の重さも風に吹かれて軽やかに転がっていこうや第41日
三重苦肉体は魂の容器ではない肉体はそれ自体魂の課題心もまた生存のための方便ではない心もそれ自体魂の課題魂は肉体と心とそして現実という三つの課題を背負っている何と難しいゲームかうまくこなすなど至難のわざぼろぼろでしょうがないじゃないか第40日
反映食器棚のガラスに映る反対側の窓外の木立は妙に美しい存在の重さを消し去って幻に近くなっているからか揺らぐ光の色になっているからか人も互いにこんなふうに軽やかに映りあったらいいのに重々しくぶつかり合うそして苦しみ合うしかもそれを好む人がいる第39日
比較比較は認識の始原だがまた認識の逸脱でもある比較している時そのものは捉えられない自分と誰かを比較しても自分はそこにいず誰かもそこにいないただ差異の認知があるだけ人を愛する時相手を誰かと比較したりはしないただ存在を見つめ味わうわれらが存在と向き合うには比較という認知をやめなければならぬ自分自身の存在に対しても第38日
ラプソディ赤錆の風が吹き夕凪の海は腐り堕落した犬の遠吠えが赤子たちの眠りを引き裂く干涸らびていく魚の目には異国の城のシルエットが映りかつて鳴り響いた軍楽の崩れた残響をにじみ立たせるもう夢は帰ってこないのだ人はそれを虚しく食べてしまった束の間味わうことさえなく鼠色の影の群がひっきりなしに通り過ぎ一文明史の終わりを祝福する第37日
小さい私私の中に何人もの小さい私がいる階段の下に隠れている恐がりの私小狡く楽ばかりしようとする私一心不乱に仕事にのめり込む私ストイックに格好をつける私女の尻にでれでれと涎を垂らす私冷たく人を払いのける私無限の愛に満ちた私残忍暴虐な殺人者も崇高無疵な聖人もかけらくらいはいる暴れるんじゃないお前らの話は聞くから幼子のように抱き留めてあげるから第36日
心オオ心、汝病メリ病んでいるのは私の心だ体でもなく魂でもなく体のちょっとした異常を心は大げさに囃し立てる世や人のちょっとした棘に心は厖大な毒汁を発散する朝目覚めると心も起き出してすぐに毒を吐き始めるそれはこめかみのあたりに重く溜まる心よお前は私が自滅するのを望んでいるのか何のためにお前はいるのか第35日
お不動様不動明王の怒りの顔はとても慕わしく感じるあの深い怒りが私にもあったらと怒ることが必要なのだ人に対してではなく煩悩に進んで負けようとする己のだらしなさに聖なる怒りというものがあるのだとすればそれは魂を高めるためのもの進んで地獄へ行こうとする私の心の愚かさ不甲斐なさをお不動様はその怖い目でぶっ叩いてくれる第34日
種の意識若い子たちは異人種のようだ顔が小さく足が長く栄養や生活スタイルのせいとは思えない日本人の集合意識が肉体を変えつつあるのでは進化というのはこうして起こるのかもしれぬ種の集合意識が強く望むことでキリンの首が長くなったように日本人は八頭身になっただとしたら面白い第33日
洗う脂とアンモニアを分泌し続けるこの私の肌は細菌の巣となりおぞましい匂いを生み出す鬱に襲われると風呂にも入れないただ饐えた匂いの中に沈み心は糜爛していく生きていくということは常に自分を洗い続けることだそれは絶対の責務心もまた洗い続けねばならぬ饐えた匂いを立てないようにけれどわれらはすぐそれを忘れる第32日
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