第5章 ニッポン : 2060年代≪51≫ 再会 = 2062年3月1日の夜10時すぎ、ぼくは駅から家へ向かって歩いていた。まだ肌寒いが、おぼろ月夜。街なかを抜け小さな公園に差しかかったとき、後ろからハイヒールの足音が迫ってきた。直感的にマーヤではないかと思ったが、振り返るわけにもいかない。追い付いてきた女性が、低い声で囁いた。「ただいま」ああ、やっぱりマーヤだ。幸い人通りもなかったので、二人はそのま...
世界初のSF経済小説。美人ロボットと結婚した男の冒険を通じて、200年後の日本を大胆に予想します。 毎週日曜日に連載予定。ご期待ください。
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第5章 ニッポン : 2060年代≪51≫ 再会 = 2062年3月1日の夜10時すぎ、ぼくは駅から家へ向かって歩いていた。まだ肌寒いが、おぼろ月夜。街なかを抜け小さな公園に差しかかったとき、後ろからハイヒールの足音が迫ってきた。直感的にマーヤではないかと思ったが、振り返るわけにもいかない。追い付いてきた女性が、低い声で囁いた。「ただいま」ああ、やっぱりマーヤだ。幸い人通りもなかったので、二人はそのま...
第5章 ニッポン : 2060年代≪50≫ 二流国 = 地球はすっかり昔の姿を取り戻していた。10年前のあのどす黒い雲は、まったくない。2月の日本はまだ寒いが、青空の下で桜の芽が確実にふくらんできている。だが人々は、どうして上空のメタンガスが急に取り除かれたのか。だれも知らない。 ところが街を歩いてみると、どうにも活気がない。最大の理由は人口の減少だ。日本の総人口はすでに1億人を割り込んでいる。しかも4人...
第5章 ニッポン : 2060年代≪49≫ 奇跡の生還 = 気が付いたとき、目に入ったのは真っ白な天井だった。どうやら眠っていたらしい。4年間も眠り続けたのに、どうしてまた眠ってしまったんだろう。宇宙船が大気圏に突入する前、マーヤが差し出した黒い丸薬。地上の重力に早く慣れるための薬だと言っていたが、睡眠薬も含まれていたに違いない。ここは病院だ。その証拠に、女性の看護師が歩いてきた。でも残念ながら、マーヤ...
第5章 ニッポン : 2060年代≪48≫ 2061年12月 = まだ学生だったころ、真夏の日本アルプスを縦走したことがある。家に帰ると疲れ果てて、まる1日眠りこけた。そのときと同じ感覚で熟睡し、パッと目覚めたら可愛いマーヤの顔があった。ぼくの手首を握りながら「お早うございます。血圧も正常です」と言い、にっこり笑う。「もう起きてください。あと1時間で地球の大気圏に突入します。すべて予定通りですから、何も...
第5章 ニッポン : 2060年代≪47≫ 帰国へ = ぼくとマーヤを乗せた宇宙船は11月11日の早朝、この島の北端にある発射場から打ち上げられた。船内は日本製の宇宙船よりやや広く、ベッドと椅子が固定されている。ダーストン星は瞬く間に見えなくなった。もう、この星に来ることはないだろう。ちょっと悲しかった。それにしても、いい人たちだった。みんな異星人のぼくを気持ちよく受け入れ、歓迎してくれた。マーヤに淋し...
第5章 ニッポン : 2060年代≪46≫ 結婚 = 朝からそわそわしているが、気持ちはきょうの秋空のように澄み切っている。いま、ぼくは薄黄色のローブ、隣のマーヤは薄桃色のローブに身を包み、例の完全自動車に乗っている。でも高速道路で遠くに行くわけではない。街なかを時速10キロぐらいで、ゆっくりと走っている。道路の両側には多くの人とロボットが集まり、何か叫びながら手を振っている。この街には約1万人の人間と...
第5章 ニッポン : 2060年代≪45≫ 絶対条件 = 「君の帰国は、これで本決まりじゃ。ただ1つだけ、絶対に守ってもらわなければならないことがある。それは地球に帰ったら、このダーストン星のことはいっさい口外しないこと。君がこの国で5年過ごしたことも、話してはならない。地球人にはダーストン国の存在を知られたくないからね。君は例のダーストニウム合金を地球に持ち帰り、太陽光発電を各国に広める仕事を始める。...
第5章 ニッポン : 2060年代≪44≫ 驚愕の提案 = 「やあ、元気そうだね。きょうは大事な話をするから、よく聞いてくれたまえ」ウラノス博士は開口一番、こう切り出した。白髪に丸顔、低くて柔らかい声。最初に会ったときと、ぜんぜん変わっていない。ただ変わったのは胸のプレート番号。≪12≫から≪07≫に変わっている。ああ、あれから5年もたったんだ。「以前に『君にはやってもらいたいことがある』と言ったのを覚えて...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪43≫ 別世界、それとも? = たしかに、この国は住みやすい。だいいち働かなくても、結構な暮らしができる。おカネの心配もない。病気やケガは完全に治してくれて、100歳までの健康が保障されている。喧嘩や犯罪もない。人々は自分の好きな道を選んで、生きがいを感じているらしい。でも、それだけに刺激というものが全くない社会でもある。最初のうちは「他人と競争しようなんて思わない」と...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪42≫ ダーストン人 = それから半年あまり、ぼくは精力的に人々と付き合い、集会などへも積極的に参加した。この国の人たちを、もっと知りたいと考えたからである。まるで世論調査をしているようだと感じながら、毎晩メモしたノートは20冊を超えた。おかげでダーストン人の思考や生活態度も、ずいぶん判ってきたように思う。エネルギー研究所のシュベール博士から聞いたダーストニウム合金と太陽...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪41≫ 道路革命 = 帰りの車では、改めて高速道路の状態を観察した。もう何回となく走っているが、これまでは遠くの景色を眺めていたことが多い。車の上半分は強化ガラスで造られているから、外はよく見える。でもスピードが速いので、近くのモノには焦点が合わない。高速道路は片道3車線で、幅は20メートルほど。両側には高さ1メートルぐらいの壁が続いている。その壁には点滅する小さなライ...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪40≫ 人工の光線 = 「この話は絶対にオフレコだぞ。マーヤも承知しておけ。本当は話したくないんだが、賢人会の議長から『話しておくように』と、わざわざ指示があった。なんで、あのウラノス博士がこんなことを言うのか、私には解らない」不満そうな口ぶりで、シュベール博士が訥々と喋り始めた。名指しされて、マーヤも緊張の面持ちで聞いている。「われわれが発見した新金属ダーストニウムは...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪39≫ シュべール博士 = この星では大勢の人と出会ったが、シュベール博士ほど変わった人はいない。胸のプレートは≪20≫だ。長身でやせ形、長く伸びた白髪の間からギロリと目が睨む。まるで仙人のようだ。ニコリともせず、こう言った。「君がうわさの地球人かね。われわれと、そんなに変わらないんだな」マーヤが賢人会のウラノス議長に連絡すると、折り返し手紙が届いた。すべて無線で用が足り...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪38≫ 国家機密 = また1ブロック先のレストランに来ている。落ち着いた間接照明で、高級感と居酒屋的な気安さが同居している住民の集会所だ。いつかマーヤに名前を尋ねたら「満足」という意味だという。人々は人生に満足しているからここへ来るのか、していないから来るのか。よく解らない。よく一緒になるSさんとMさんの夫婦が、今夜も酒を飲んでいる。そこで隣に座ってもいいかと聞いたら、4...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪37≫ ダーストニウム = 東京ドームに似た巨大工場の天井から見下ろした光景は、圧巻だったがグロテスクでもあった。直径が3メートルもありそうな太い金属パイプが、大蛇のようにとぐろを巻いている。そのパイプには数百本の細いパイプが突き刺さり、電線が蜘蛛の糸のように張り巡らされていた。音はほとんどしない。歩き回ったり、計器を見ているロボットたちが、小人のように見えた。ロボット...
第4章 錬 金 術 と 太 陽 光≪36≫ 純金の家 = ずっと考えてきたけれども、まだ解らないことがいくつかある。その1つは、人々が望んだモノをロボットたちはすべて造れるのかという疑問だ。どんな材料でも入手できるのだろうか。食料品や家具などは、たしかに工場で生産されていた。しかし、たとえば純金の家が欲しいと言ったら・・・。その晩、この疑問をマーヤにぶつけてみた。するとマーヤは首をかしげながら、こんな話を...
第3章 なんでもタダの国 ≪35≫ 200年後の地球 = この星で暮らし始めてから、早いもので2年が経過した。といってもダーストン星の公転周期は168日だから、地球の時間で言えばまだ1年に満たない。それでも生活にはすっかり慣れ、この国の人々ともずいぶん仲良くなった。見聞きしたことについては毎日メモを付けているが、この辺で2年間のまとめを書いておこう。そう思って、ノートに書き始めると・・・。いつの間にかマ...
第3章 なんでもタダの国 ≪34≫ブルトン二世 = 続いて、ブルトン病院長の息子さんにも聞いてみた。金髪で目のくりっとした11歳の少年です。名前はレノン君。――いま何年生ですか?「9年生です。近くの小学校へ、週に2回ぐらい行きます。学校といっても、決まった授業はありません。友達としゃべったり、遊んだりするために行くんです」――9年生というと?「ダーストン国には、小学校と大学校しかありません。小学校へは3歳で...
第3章 なんでもタダの国 ≪33≫子どもたちの意識 = きょうは公園に、中学生ぐらいの子どもたちが6人集まっている。男女3人ずつ。あのガーシュおばあちゃんが、連れてきてくれた。さっそく質問してみる。――きょうは学校へ行ったの?すると「はい」と言って手を上げたのは、女子の2人だけ。あとは行っていないという。学校へ行くのは、週に1-2回の人が多いようだ。友達と会って話をしたり、遊んだり。先生になにか相談する...
第3章 なんでもタダの国 ≪32≫ 爆発した議論 = ぼくが女性たちにこんな質問をし、マーヤがそれをダーストン語に通訳したとたん、会場は騒然となった。――いま話題になっているロボットとの結婚問題について、みなさんはどう思いますか?Aさんが立ち上がり、大声で喋り始めた。Cさんも負けていない。内容は解らないが、どうやら賛成論と反対論をぶつけ合っているようだ。ほかの女性たちも一斉に何か叫んでいる。ぼくはあっけにと...
第1章 ダーストン星 ≪11≫ マーヤの激励 あくる朝、ぼくはまだ憂鬱な思いを引きずっていた。宇宙船が壊れてしまったから、もう地球には帰れないだろう。地球は、日本はどうなっているのだろう。凍り付いてしまったのかしら。ほかの4人の宇宙飛行士は、ここよりずっと遠くの星を目指したのだから、まだ飛んでいるはずだ。いろんな思いが、頭のなかで交錯する。そのときドアが開いて、マーヤが朝食を持って現れた。「お早うござい...
第1章 ダーストン星 ≪10≫ 天涯孤独 実を言うと、ブルトン夫人の「子どもを残して病気や事故で死んでしまう親の悲劇」という言葉は、ぼくの胸にぐさりと突き刺さった。忘れようとしていた25年前の記憶が、一気によみがえったからである。そんな悲劇が起こる世界よりは「100年間を確実に生きられる方がいい」という夫人の主張にも、説得力を感じてしまった。その夜、ぼくはその日の出来事をノートにメモしながら、物思いに沈ん...
第1章 ダーストン星 ≪9≫ 幸せな人生 「私たちは物心がついたときから、お前の寿命は100年だと教えられてきました。そのとき子どもたちは『100年しか生きられないから悲しい』なんて、誰も思いませんよ。みんな『100年も確実に生きられるんだ』と喜びます。その喜びを、大人になっても持ち続けているんです。だから昔の賢人たちが決めたことに疑問を持ったり、反対を唱える人は誰もいません。もっと昔の人は、病気や怪...
第1章 ダーストン星 ≪8≫ 胸番号の秘密 快適な20階建てマンションの最上階。今夜はぼくの手術をしてくれた医師ブルトン氏の招待を受けている。ぼくがこの国のことを理解できるようにと、ウラノス科学院長が配慮してくれたのだそうだ。テーブルの上には、肉と野菜の料理。グラスには、ワインに似た液体も注がれている。電燈のようなものはいっさいないが、天井や四方のカベそのものが発光していた。40畳ほどの部屋には、戸棚...
第1章 ダーストン星 ≪7≫ 寿命100歳制 博士は最後に、ダーストンの建国にまつわる話をしてくれた。声が低くなり、顔つきも悲しげになったのが印象に残っている。そして、その内容は実にショッキングなものだった。博士の長い物語を要約すると・・・。博士たちの祖先が住んでいたチャイコ星では300年前、放射性物質が拡散する事故が発生した。そのころまでに科学技術は非常に発達していたので、人々は国ごとに大型宇宙船...
第1章 ダーストン星 ≪6≫ ノアの方舟 ウラノス博士の話は続いた。「実は、われわれの祖先も300年ほど前に、同じような経験をしたんじゃ。君の星、地球は海底のメタン・ハイドレードを掘り過ぎて、メタン・ガスの噴出を止められなくなったことが原因だったね」よく知っているなあ。UFOで集めた情報なのか。それとも、ぼくの頭脳から記憶を抽出したんだろうか。もしそうなら了解も得ないで、他人の記憶を勝手に取り出すなどと...
第1章 ダーストン星 ≪5≫ UFOの正体 そのウラノス博士は、大きな声をあげながら両手を前に突き出した。そう、この星では両手を重ね合わすことが挨拶だと、車のなかでマーヤに教わったばかり。ぼくも慌てて両手を差し伸べる。「元気になったようじゃね。結構、結構。まあ、そこに座ってくれたまえ」白髪で丸顔、広いおでこに鋭い眼。でも声は柔らかい。小太りの身体を黄色いローブのような衣服で覆っていた。まるでギリシャ時代...
第1章 ダーストン星 ≪4≫ プレート 卵型の小型車に、マーヤと乗っている。病院の玄関から幹線道路に出て、8車線の高速道路へ。すべて自動運転だ。だいいち、この車には運転席がない。きょうは科学院長に会いに行くのだ。高速道路では300キロぐらいのスピードで走った。だから100キロほど離れた隣町の科学院に、アッという間に到着する。それでも、マーヤにいろいろ質問する時間はあった。まずはきのう受けた手術で、ぼく...
第1章 ダーストン星 ≪3≫ ブルトン院長 本当にびっくりした。たしかにロボット的な感じもしなくはなかったが、すました顔の愛くるしい目。それに健康そうな小麦色の肌は、とてもロボットとは思えない。喋るときには、表情さえ変わる。「きょうの午後は、貴方の手術をされたブルトン院長の回診があります。とてもいい方ですから、何でも聞いてみてください。私が完全に通訳しますので、ご安心を」と、マーヤがにこやかに告げた。...
第1章 ダーストン星 ≪2≫ マーヤ あくる日の朝、ぼくは車いすに乗せられた。きのう見た胸番号「71」の女性看護師が、車を押してくれている。廊下に出ると、風景は日本の大病院とそう変わらない。患者とおぼしき人や女性看護師、それに医師らしい白衣姿の男性も廊下を歩いていた。気が付いたのは、男性の左胸につけられた青いプレート。そこには「48」と書かれていた。「外へ出てみましょうか」と、女性看護師「71」が言...
第1章 ダーストン星 ≪1≫ 出会い 気が付いたとき、目に入ったのは真っ白な天井だった。疲れている。頭が少し痛い。再び意識がかすんでしまった。次に目が覚めると、白衣の女性看護師の顔が見えた。卵型で整った顔立ちの美人だ。白衣の左胸に黄色のネーム・プレートを付けている。名前を見ようとしたが「71」という数字しか書いてなかった。 「もう大丈夫ですよ。気分はどうですか」と、やや甲高い声で聞いてくる。やっぱり...
プロローグ②ぼくはずっと家に閉じこもったままだ。本を読んだり、パソコンの前に座っていることが多い。でも飽きると広大な敷地内をドーベルマンと一緒に走ったりするから、運動不足にはならない。ゴルフ・ボールなど、いくらひっぱたいても敷地の外に飛び出すことはない。一方、摩耶の方はよく外出する。3キロも離れた町に買い物に出かけたり、ときには電車に乗って東京まで足を伸ばす。その事件は、摩耶が東京から終電で帰って...
プロローグ①ぼくのワイフは、女性ロボットだ。でも、このことは誰も知らない。見た目は人間そっくり。やや地味目のスーツを着たり、たまには和服姿のこともある。道ですれ違った人には、30代の後半で顔立ちの整った美人に見えるだろう。標準語もちゃんと話す若奥さま風のこの女性が、ロボットだとは決して気が付かない。その彼女が、ぼくのカミさんなのである。ぼくたち夫婦が住んでいるのは、山梨県の小高い丘の上。東京ドーム...
エピローグ≪67≫ かぐや姫 = その年の秋。夜半の満月を見上げた人は、びっくり仰天した。明るい月面から地上に一条の光が射し込み、その光に沿って和服姿の女性がゆっくりと登って行く。奇妙なことに女性は大きな黒い荷物を両手で抱えており、3-4分もすると見えなくなってしまった。 この天体ショーはSNSですぐに拡散。あくる日の新聞、テレビでも大きく報道された。見出しは「天に昇る美女」「かぐや姫の現代版」・・・。...
第7章 終 局≪66≫ 2100年 = 地球は22世紀を迎えた。早いもので、ぼくが地球に帰還してから、もう39年の歳月が流れたことになる。マーヤのおかげもあって元気に暮らしているが、御年なんと80歳だ。それに気になることがある。それは左胸のプレート。地球では着衣に隠れて見えないようになったが、裸になれば緑色の≪14≫という数字がくっきり。マーヤの黄色の数字は≪19≫だ。どうやらダーストン国の滞在期間と帰り...
第7章 終 局≪65≫ 記録 = 近ごろは朝のうち、パソコンの前に座っていることが多くなった。ダーストン国では数多くの人に会い、いろいろな施設を見学した。その都度メモをしたが、そのノートは帰りの宇宙船に持ち込ませてくれなかった。地球人にダーストン星のことを知られたくなかったからだろう。だが、あの5年間の経験は強烈だっただけに、ぼくはメモがなくても全部覚えている。ただ歳をとれば、記憶が薄れるかもしれな...
第7章 終 局≪64≫ 日本 = 2090年ごろになると、日本経済は完全に再生した。輸出が増加し、国内の消費も順調に伸び続けている。企業の利益は拡大し、株価は上昇した。なによりも街を歩く人が元気を取り戻し、世の中がひところより格段に明るくなっている。ぼくが地球を飛び出したのは、ちょうど50年前。あのころが、いちばんひどかった。異常な寒冷化が収まったあとも日本は回復が遅く、世界でも二流国に没落してしま...
第7章 終 局 ≪63≫ 世界 = けさのテレビ・ニュースは、中東で起きたテロと報復爆撃の様子を生々しく伝えていた。地球の異常な寒冷化で人類の存続が危ぶまれたとき、世界各国は一致して対応策の構築に努力した。だが脅威が去ると、状況は元へ後戻り。宗教的な色彩の強い地域的な戦争が、しばしば勃発。米中ロの3大強国は残り少なくなった資源の取り合いに狂奔。みな自国第一主義に走って、リーダーの風格を有する国は全...
第6章 ニッポン : 2070年代≪62≫ SEX = 「医療技術がダーストン並みに向上しないと、医療や介護、教育や家事型のロボットは造れないわけなのね」と、マーヤがつぶやく。――そう。いまの機械的ロボットでも補助的な役割は十分に果たすけれど、人間の代わりにはならない。200年後にダーストン並みのロボットが出来るかどうか。それは子孫に任せるしかないだろう。「でも貴方の気持ちの奥底には、私のような人間的ロボッ...
第6章 ニッポン : 2070年代≪61≫ 迷い = 山梨県の工場敷地内に小さな家を建て、近ごろはそこに引きこもっている。都内にいるとマスコミの攻撃に曝され、疲れてしまうからだ。いつも「あの“神の粉”は、誰がどこで造っているのか」と「貴方は宇宙で5年間なにをしていたのか」という質問ばかり。「お答え出来ません」「記憶がありません」と答える虚しさにも、耐えられなくなっていた。当然、マーヤもここに住んでいる。マ...