「藻塩」から「潮干」へ 前稿では、凡そ壬申の乱から兵站として塩産地が重視され、征夷と同時進行していた伊勢物語の世界で描かれる「塩竃」の世界がたんなる遊楽ではなく、首都平安京の食糧基盤の増強や、軍事的示威活動を秘めていたのではないか、という仮説を展開した。 その後、広山堯道氏の『塩の日本史』および亀井千歩子氏の『塩の民俗学』を落手し、日本史・民俗学上の塩業の有様を改めて学んだ。実際のところ、「藻塩垂る」が盛んに歌われた平安期は、藻塩から塩浜法へ、土器から鉄釜へと、技術革新が起こった時期でもあったことを知った。宗教的、軍事的需要が高まり、より大規模に保護統制が採られるのである。 その中で、塩も単な…